過去ログ - モバP「見えた今に絶えぬ未来を」
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27:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
2014/04/22(火) 23:27:16.14 ID:dbLyof+Po


 翠はずっと不安だったのだろう。

 追い越そうとも引き離され、一度の隆盛もないまま過ぎていく時間をもどかしく感じ、そしてそのまま行けば自分の立場そのものが失くなってしまうのではないかという恐怖があったのだ。
「……不甲斐ない……私で、ずみません」
 彼女の顔はすぐ隣にあり、表情は見て取れない。
 だが、先程まで支配していた悲痛な思いは欠片となって沈んでいったように思える。

「不甲斐なくてもいいさ。どっちだろうと、翠なのは変わらないから」
 そうだ、どっちだって構わない。

 練習の鬼だったとしても、器量が悪く、テンポが悪かったとしても、彼女が翠であるかぎり、俺は彼女のために時間を使いたいと思う気持ちは全く不変なのだ。

「そして皆をもっと頼れ。俺も皆も、絶対に助けてくれるんだ。もう少し肩の力を抜いて、……それこそ、少しは遊ぶくらい」
 弓道では全ての動作をきっちりこなす必要があるが、必ずしもそれが他でも正しいかといえばそうではない。
 思いつめないように、壊さないようにするために人は遊ぶ。遊ぶという『遊び』を持つことで、心に柔軟性と酸素を送っているのである。

「それで、いいんですか。追いつかないと、いけないのに。私は、このままじゃ――」
 顔が見えないまま、翠は小さく耳元で囁いた。未だ声に芯はなく、揺れるような微かな声が彼女の心を表していた。

「それで、いいんだ」
 もとより、彼女がここまで苦しむ必要はそもそも必要なかったのだ。どういう経緯があろうとも、翠をこの世界に呼んだのはまさしく俺なのだから。
 苦しみや悲しみは人を成長させる。だが、行き過ぎたそれらはただの毒で、それを薄めるか濃くするかは俺の手にかかっているのである。

 だから、必要以上の苦しみは、俺が共に背負って薄めなければならないのだ。

 汗を掻いて冷えてはいけない、と弛緩した彼女の躰から手を離すと、赤らんで充血した瞳の翠がそこにいた。
「……もう少し、ここにいようか」

 そんな泣き腫らしたような顔で外に出ようものなら他の人に心配をかけるばかりだ。それは翠も望んでは居ないだろう。

 俺の意図を察したか、それとも翠の意図を読まれたと思ったか、彼女は自分の目や頬を手でこすると、いささか恥ずかしそうに笑う。

 涙を流す前と似たような笑顔。だが、そこに明確な近似性はなく。

「すみません、情けない顔で……ふふ」
 それは俺が原因なのかもしれないが。
 涙のベールがめくれ、彼女の心からの表情が久しぶりに垣間見れたような気がした。





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