13: ◆8HmEy52dzA[saga]
2014/07/29(火) 20:26:06.75 ID:YJpQUpwa0
俺はアイドルが嫌いだ。
顔とスタイルがいい、というだけで周囲が持ち上げて金を落として行く。
汗水垂らして働いている俺も馬鹿にされているようで、腹が立つ。
単に持たぬ者の羨みなのだが、世の中そう思う奴の方が大半だろう。
有名税に嫉み妬み僻みは付き物だ。
「いいじゃないですかぁ、まゆとプロデューサーさんは公認の恋人同士なんですから」
「そうだけど……やっぱり人前じゃ恥ずかしいよ」
佐久間まゆはアイドルだが、一途な恋人がいるアイドルとしてもその名を世間に馳せていた。
アイドルとしてはどうかとも思うが、結婚して出産した後に復帰するアイドルもいる辺り、そういうものなのだろう。
俺には存在自体が到底理解出来んが。
それよりも、虚節は述懐したように事実そのものではなく、人の認識を変える。
佐久間まゆは『阿良々木暦と恋人である』という一点を捻じ曲げたのだ。
虚節の恐ろしい……いや、感嘆すべきところはそれを世界レベルで修正することだ。
認識をすげ替えることは、事実を改変するよりも遥かに効率的だ。
例えば世界の破滅を望むのならば実力行使で虐殺を繰り返すよりも、虚節に殺人行為全般を『善行』として認識を塗り変えさせるだけで、人類は大した苦もなく勝手に滅びる。
人間の大半は外聞の為に善行を求める生物だからな。
臥煙先輩が俺に依頼した理由もそこにある。
忍野や臥煙先輩では、虚節という怪異が現れたことは理解出来ても、『どう認識が歪められているのか』までは分からない。
ひょっとしたら常識だと思っている事項が虚節に歪められているかも知れないと考えると、迂闊に手も出せない。
忍野が阿良々木を被害者みたいだ、と曖昧に濁したのも、確たる証拠がないからだ。
宿主の近辺に阿良々木がいたから多分そうだろう、程度の推測でしかない。
阿良々木も被害者体質だしな。
俺だけが何故、その認識の歪曲から逃れられているのかは、まぁ、俺が詐欺師だから、とでも言っておこう。
詐欺師が騙されていたら仕事にならんからな。
結果ではなく前提を根底から引っ繰り返す。
その上変えられた方はそれに気付かない。
それが虚節という怪異だ。
完璧な詐欺だ。
騙された方が全く気付かない、理想的詐欺と言えよう。
高額の報酬の理由もそこにある。
敵に回せば恐ろしいが、上手く使えば大抵のことは出来る。
「でも未だに信じられないよ。佐久間が僕の恋人なんだって事が」
「両想いだったなんて、まゆも信じられなかったですよ。勇気を出して告白した甲斐がありました」
きっと運命だったんですよぉ、と佐久間まゆ。
何が運命だ。
怪異の力を利用しておいて、随分と太い女だ。
あれが佐久間まゆ……か。
ああいう女は苦手だ。
愛する者のために滅私奉公するなど怖気がする。
そのアイドルにあるまじき面の皮の厚さは少し気に入ったが。
虚節に取り憑かれた者は自我を失くす……なんて事はない。
無論、虚節だって無料奉仕で願いを叶えている訳ではない以上リスクはあるが、それでも佐久間まゆはきちんと自我を持っている筈だ。
大したタマだと褒めてやりたい所だが、同時に哀れでもある。
虚節を使い続けるということは、自分を騙し続けていることに他ならない。
「運命か……僕はあんまりそういう言葉で片付けるのは好きじゃないんだけれど」
「いいじゃないですか、こうしてプロデューサーさんと一緒にいられるだけでまゆは幸せですよぉ?」
「そりゃあ僕もだけれど……何だか、怖いんだ」
「怖い……? 何がですか?」
「わからないけれど……何か、大事なことを忘れている気がするんだ。胸に穴が空いたみたいな……」
「…………」
阿良々木も、身体の何処かで感じている。
だが何かがおかしい、という自覚はあっても何が間違っているのかまではわからない。
ならば現状に身を委ねるのが普通の反応だ……が。
喪失感が、あるのか。
何か大事なものを失くした、と。
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