57: ◆N7YbsBIT3ELs[saga]
2014/09/01(月) 22:47:14.18 ID:UDVM4aPw0
ミネラルウォーターのラベルが付いた、空の2リットルペットボトルが何本か床に転がっている。あれに灯油を入れて持ち込んだのか。
火の手は見る見るうちに、フロア中に広がっていく。
けたたましく、非常ベルが鳴り響き、スプリンクラーが散水をしている。スピーカーや非常口の誘導灯からアナウンスが流れるが、頭に入ってこない。誰もが非常口に殺到し、逃げて行く。待って、と叫ぶが、喧騒の中、誰も気づかない。
置いてけぼりだ。
58: ◆N7YbsBIT3ELs[saga]
2014/09/01(月) 22:48:17.65 ID:UDVM4aPw0
火と、スプリンクラーの散水の中、雨男と二人きり。
そこで、やっと気づく。わたしはスプリンクラーを見上げた。ほぼ真上にあったそれが、わたしの顔を濡らす。
「まさか、これが、雨?」
59: ◆N7YbsBIT3ELs[saga]
2014/09/01(月) 22:50:28.75 ID:UDVM4aPw0
もう、この階にわたし達以外の誰もいない。死の条件が整い過ぎていた。
必死に立とうとするが、痛みで立ち上がることができない。雨男に蹴られたのだと今になって解るが、それにしても尋常な痛みじゃない。爪先に金属の仕込まれた、安全靴でも履いているに違いない。
仮に立ち上がることができても、雨男が見逃してはくれないだろう。ターゲットは間違いなく、わたしだ。
60: ◆N7YbsBIT3ELs[saga]
2014/09/01(月) 22:51:43.45 ID:UDVM4aPw0
息を吸っても吸っても、酸素が足りない気がする。もうそれ程まで、火が回っているのか。
いや、火のせいではない。むしろあれだけ燃え広がった火は、少しずつ弱まりつつあった。
身体の底から、重く、暗い何かが広がっていき、それが肺を満たしている。追い出そうと息を吸えば吸う程、それに溺れていく。沈んでいく。
絶望だ。
61: ◆N7YbsBIT3ELs[saga]
2014/09/01(月) 22:53:50.99 ID:UDVM4aPw0
雨男が、こちらに一歩踏み出した。
今日、ここに来なければ、こんなことにはならなかったかもしれない。さっさと警察に情報提供しておけば、こんなことにはならなかったかもしれない。あの日、買い物に行かなければ。
後悔が次々と、絶望の海から浮かんでは沈んでいく。
雨男が、また一歩近づいてきた。あと一歩でナイフが届く距離だ。
62: ◆N7YbsBIT3ELs[saga]
2014/09/01(月) 22:55:25.02 ID:UDVM4aPw0
雨男が、踏み込んだ。
わたしの方を向いたままの切っ先が、ぐんと近づいてくる。それが突き出されて、わたしが終わる。
63: ◆N7YbsBIT3ELs[saga]
2014/09/01(月) 22:56:13.20 ID:UDVM4aPw0
雨男の右肩が動き出した、その瞬間、雨男の身体が後ろに吹き飛んだ。
雨男はわたしの後ろの、燃えていない商品棚の影から飛び出した人物に、蹴り飛ばされた。
「ほら、言ったじゃん。止んでないってさあ」
64: ◆N7YbsBIT3ELs[saga]
2014/09/01(月) 22:58:41.02 ID:UDVM4aPw0
「油断し過ぎだっつうの、こまこま。アタシなら千回は刺せるわ。ハサミの筵になっちゃうよん」彼女は、けらけらと笑う。
「な、なんですか、ハサミの筵って」わたしは、緊張と弛緩の混乱で、引きつった笑みを返した。
65: ◆N7YbsBIT3ELs[saga]
2014/09/01(月) 22:59:33.72 ID:UDVM4aPw0
「余計なもんが裁断できたおかげで、さっぱりしたわ。まるで生まれ変わったみたいにさあ、世界がすっきりはっきりしてますわ。後はあれを切り刻むだけってわけよ」鋏が雨男を指した。
スプリンクラーの雨の下、殺人者が相対する。
66: ◆N7YbsBIT3ELs[saga]
2014/09/01(月) 23:00:15.68 ID:UDVM4aPw0
「アンタ、人を殺さないアタシがいてもいいって言ったわよね?」わたしに背を向け雨男と向き合ったまま、ジェノサイダーが尋ねてきた。「人を殺さないジェノサイダー翔がいても、って。覚えてんでしょうね?」
「は、はい」
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