838: ◆EhtsT9zeko[saga]
2015/11/07(土) 13:54:25.06 ID:wlHWTXrso
「はい…戦争が終わって、それから魔界でのあの事件で傷ついた兵士が我が“大地の教会”に参られた際に話を伺いまして、この街にまかり越した次第です」
大尉さんの言葉を聞いて、妖精さんがよどみない綺麗な敬語を並べてそう事情を説明する。ていうか妖精さんも敬語上手になったよね…
なんて私は、明々後日なことに感動していたら、おじさんはくぅっと唸り声を上げて、手の甲で目頭を拭った。
「なるほどな…戦争で離れ離れになった母親を探して、こんな街まできた、ってのか…若い頃には苦労はするもんだ、とは言うが、いやはや、恐れ入るよ…」
そんな感慨深気な様子でいうので、私はおじさんが何かを知っているんじゃないかと期待して一歩前に踏み出した。
でも、次におじさんの口から出た言葉は、申し訳なさの混じった、しょんぼりした返答だった。
「だがすまないな…それだけの特徴だと、とてもじゃねえが誰か一人を特定するのは難しい。
それこそ栗色の二十代後半くらいの女なんて、街のやつでも部外者でも、一日何人も違うのと会う。時期に照らしても相当な数だ。
この街に居着いているのだって、酒場には三人、大工の棟梁のとこで線引きしてるのも栗色の髪の女だし、魚漁ってる連中にもいる。
魚を加工してる工場にだって四、五人いたはずだ。出て行った連中の中にもいたし、ここに物売りに来てる連中の中にも山ほどだ」
昨日、大尉さんが言っていた通りだった。
それこそ思い返せば私のいた村にだって五人の内一人くらいの割合で栗色やちょっと明るい茶色、くすんだブロンド色の人がいたし、やっぱり昨日考えた通り、それだけを手掛かりにして探すのは骨が折れそうだ。
もちろん、おおっぴらに魔界に売られていた経験のある人は?だなんて聞けないし、そんなことを竜娘ちゃんのお母さんが公言していない可能性もある。
少しでも絞り込めそうな条件と言えば、やっぱり、昨日大尉さんが話していたことくらいしかないだろう。
「それなら」
そんなことを思っていたら、案の定、大尉さんがそう口を開いた。
「戦争前後に、王都の特務隊と一緒に来た人ってのはいないかな?」
「王都の…トクムタイ?」
大尉さんの言葉を繰り返しながらおじさんは首をひねる。
「そう。黒い装束に紫のマントを羽織ってて、胸のところに王家の紋章が入った軍人みたいな集団なんだけど、知らない?」
「黒装束に紫のマント…ふむ、見かけた記憶があるな…」
「ほ、本当ですか?!」
大尉さんの言葉を聞いて言ったおじさんに、竜娘ちゃんがそう声をあげる。
「あぁ…それこそ戦争が始まったって噂が届いた頃だったか…各地の貴族連中の家族やら従者が避難してきていた時期に、そんな奴らが混じっていたな…」
「その人達が連れていたはずなんです、私達の探し人!」
大尉さんがそう言ってぐっとカウンターに身を乗り出した。私も、思わずカウンターに飛びついておじさんの顔を見つめる。でも、おじさんは眉間にシワを寄せて言った。
「そうか…だが、すまないな。この暑い街で妙な出で立ちだと思ったっきりで、連れてたやつがいたかどうかは記憶にない…おそらく、ここへは顔も出してないだろう」
それを聞いた途端、竜娘ちゃんがしゅんと肩をすぼめた。大尉さんはそれでも
「なんでもいい、何か思い出せない?」
とおじさんに食いついてはいるけれど、おじさんは宙を見据えてから力なく首を振るばかりだった。
「そんなお嬢ちゃんの生き別れの母親なんだったっら力になってやりたいのはヤマヤマだが…何分、その時期は本当に戦略的価値のないこの観光街に逃げてきた連中が多くてな。
正直、全部を覚えてなんていられなかったし、この組合事務所に顔を出してねえんじゃ、なんとも答えかねる」
「そっか…ありがとう、おじさん」
大尉さんが肩を落としてそうお礼を言う。それに続いて竜娘ちゃんも
「ありがとうございました…」
と伏し目がちに口にした。
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