5: ◆Freege5emM[saga]
2014/12/20(土) 21:46:30.08 ID:dlUov/GTo
●04
シネマを出た後は、妙に空が眩しい。
東京都心にしてはほどほどに賑わう街中を、二人で歩く。
時間は、そろそろお昼にしてもいいか、という具合。
「おっ! にしんそばなんて、こっちじゃ珍しいね」
「にしんそば?」
どこでランチにしようか。
あまり焦らすと、周子の胃袋が可哀相だな――なんて思っていると、
周子が不意に足を止めた。
「お蕎麦屋さんね。それにしても、にしんそばって何かしら?」
「奏ちゃん、知らないんだ。まぁ、東京にはないのかもね。
関東と関西は、ダシもけっこう違うし」
周子は、お蕎麦屋さんの店先に掲げられたお品書きが気になったらしい。
周子の目線をなぞる。お品書きは、黒漆でつやつやした小さな木札がたくさん掛かっていて、
その一枚に『にしんそば』と書かれていた。私には、名前と値段しか分からなかった。
「そうか、奏ちゃんは知らないのか……じゃ、ここで食べてこ♪」
「花も恥じらう女子高生二人がオフで遊んでて、ランチがお蕎麦屋さん、ね」
「ふふーん、渋いでしょう?」
周子が目をつけたお蕎麦屋さんは、けっこう繁盛している様子。
うかうかしてると、二人分の空席すらなくなりそうなので、さっさと暖簾をくぐることにした。
私たちは空いてたカウンター席に並んで座り、同じにしんそばを注文した。
別のメニューを頼んで周子と分け合ってみたい、という気持ちもあったけど、
蕎麦を分け合うというのは何となく抵抗があったので、やめておいた。
にしんそばが“京都では定番だが東京では馴染みの薄い食べ物のようだ”
というところまで周子と話したところで、注文した実物が湯気をたててやってきた。
「うーん♪ これが京風だよー!
別に関東風がキライってわけじゃないけど、あたしはこっちのが馴染んでるね」
立ち上る湯気――周子曰く、鰹ダシらしい――は、どこか優しげ。
透き通ったダシ汁に、花のような白ネギが浮かび、わずかに不揃いな手切りそばの上に、
濃いべっこう色の照りがついたにしんの甘露煮が鎮座していた。
二人並んで割り箸を割る。
私が右利き、周子が左利きなので、私の左に周子が座っている。
「できたてのかけそばはアツいぞー。でも最初からにしんに手をつけちゃうのはせっかちかな?」
私が、自分のにしんそばから周子に目線を移すと、
周子はそばを箸で持ち上げたまま、私に笑いかけてきた。
箸でつままれ、重力に引っ張れて下に伸びる蕎麦が、
冷まそうとする周子のくちびるから、吐息を浴びて微かに揺れた。
そのまま、一呼吸のうちにスルスルとすすられる。
「んまいっ! 京都育ちのあたしも太鼓判だよ!」
周子が店のにしんそばを絶賛したため、
カウンターの向こうでそばを茹でているおじさんが、明らかに上機嫌となった。
忙しいお昼時なのに、こっそりデザートまでオマケしてもらった。
「いいねこのお店、また絶対行こー!」
店を後にした直後の周子の言葉に、私は頷いた。
「そうね。私も行きたいわ」
だって、周子があんなに美味しそうに食べているのに、
周子ばかり見ていた私は、せっかくのにしんそばの味を、ろくに覚えていないのだもの。
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