過去ログ - 千早「どうぞ歌ってくださいと、話しかけてきた」
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13: ◆WOrY9N/cxs[sage saga]
2015/01/12(月) 02:28:34.94 ID:r0J+Luue0


「チハヤには言わないくれ……」

 演奏を終えた彼を問い詰めると、最初に言った言葉がそれだった。

 今は薬が抜けた喪失感でおとなしくなっている。
 どうやら昨夜未明のあたりに打って、ずっとそのままだったらしい。
 アメリカでもドラッグをやっている人はいたが、今ほど強い怒りを覚えはしなかった。

「千早に会う君はどっちだったんだ?」

「知っている人はいないと思う……少なくともチハヤは……うぐっ!」

 俺は胸倉を掴んでポールを壁に押し付けていた。

「千早に会う時、ドラッグを使っていたかどうかを聞いているんだ……!」

「使っていない……! 使わなくてよかったんだ……!」

 解放すると、恐ろしく小さな声でうわごとのように語りだした。

 ドラッグは16の時から。
 音楽的に伸び悩んでいた時、友人に勧められてというお決まりのパターン。

 父親は楽器流通の会社を経営していたが、病気で亡くなり、家を継いだポールは会社を人に譲って父親の友人であり恩師でもあるチャップマン氏のスタジオに入った。

 そして、千早に逢った。

「外を歩くにはドラッグを抜かなければならないボクは、外では死体のようだった。今のボクが外を歩けるのはチハヤがいるからなんだ……それを……」

 俺が奪おうとしている。

「チハヤがいるからボクはまだ生きていられるのに、君が連れて行く。チハヤと君がいる。それだけでこの全身は震えて止まらないんだ。いいだろう? 君にはあのハニーと呼んでくれる子だっているんだ。日本に帰ればまだいるんだろう。チハヤが言っていた。チハヤはさみしそうだったんだ。チハヤは一人だったんだ。チハヤはボクが支えたんだ。チハヤはボクを助けて……う、うぅ、げぇっ! うぇ! おご、うぅ……! うぐぅ、うぅ……」

 呟き、しがみつき、えずいて、千早の写真を握りしめてのたうちまわる。
 その様子は舞台で見たグレゴール・ザムザそっくりだった。
 たった三日で人間の見方はここまで変わってしまう。
 あの時の千早もそうだったのだろう。
 だとしたら、彼の痛みは彼自身で乗り越えなければならない。

「ポール」

 彼は泣いていた。千早の前で泣いていた。

「君がやらなければならないのは、まずドラッグを絶つことだ。そのために君は俺を呼んだのだろう?」




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