100: ◆hSU3iHKACOC4[saga]
2015/04/14(火) 05:48:55.20 ID:KlUD8s2/0
岩が生え始めて三分後、スポーツカーは運転をやめていた。道がほとんどなくなってしまったからである。
視界のほとんどが岩で埋め尽くされて、引き返すこともできなくなっている。一応道はあるのだ。スポーツカーの前に一本道である。進めばいいところだけれども、少し気が引けるのだ。
というのが、一本道の向こうには円形の空間がある。半径十メートルほどの円形の空間だ。ここは普通の草原だった。
そして運のいいことに、円形の空間の中心にはオロチの石碑が立っていた。非常に運がいい。
しかし、問題があった。オロチの石碑のすぐそばに、怪しい女性が立っていたのだ。長い髪の毛を地面に引きずって、ぼろ布をまとっただけの怪しい女性である。
どうやら、スポーツカーに用事があるらしかった。輝く赤い目がスポーツカーを睨みつけていた。
スポーツカーの中にいた三人はおのおの違った反応を取っていた。京太郎は笑みを浮かべ、虎城は恐れ震え、ディーはあきらめていた。
いかにも怪しい女性をオロチの石碑のそばで発見したディーは車を止めた。女性から二十メートルと少し離れているところだった。怪しい女性が誰を狙っているのかすぐにわかった。
怪しい女性の輝く赤い目は助手席の京太郎を見つめてまったく動いていない。このまま近寄っていって、京太郎を危険にさらすというのがディーには選べなかった。オロチの石碑を使いたいという気持ちはあるけれども、京太郎を危険にさらすのはだめだった。
止まった車の中でディーはこういった。
「あの女悪魔とコンタクトをとろうと思う。
オロチの石碑を使いたいと俺は考えている。そうすれば現世への帰還がすばやく行える可能性が非常に高い。
松常久という準幹部クラスの裏切り者がいる以上、早く龍門渕へ戻り関係者たちと情報交換を行うべきだ。
しかし危険がある。あの怪しい女が、オロチの石碑を使わせないように邪魔をしている。きっとまた、須賀ちゃんを要求するだろう。じっとこっちを見ているのを見れば、ほぼ間違いないと思うがな。
それでだ。どうする須賀ちゃん。俺は強制するつもりはない。須賀ちゃんは、一般人だ。ヤタガラスじゃない。
怖いなら、ここにいてくれたらいい。この車の結界は簡単に壊れない。上級悪魔程度の攻撃では傷ひとつつかない。きっと守りきれるだろう
悪いとは思うが、選んでくれ。ここに残るか、俺と一緒に先に進むか」
ディーは淡々と京太郎に話をした。京太郎にどうするかを任せていた。というのが、ディーには二つの考え方があるのだ。
ひとつはなんとしても龍門渕に戻りたいというヤタガラスとしての考え方。いつまでもだらだらと道を走っているわけには行かない。できるだけ早く龍門渕に戻り、情報交換をするべきだろう。
ライドウが内偵を命じていた事件についても、内偵にかかわっていた虎城たちに対する襲撃に関しても、今のままでは前に進むのが難しい。というのが、ほとんどの証拠が虎城に集中しているからだ。
なにせ虎城の班員たちに何が起きたのかを知っているのは今のところ当事者である松常久と、虎城のみ。虎城がいないままでは龍門渕もハギヨシもいまいち上手く動けない。
たとえ内偵にかかわっていたサマナーたちが行方不明になっていると確認ができても、おそらく松常久がヤタガラス襲撃にかかわっていたという証拠は悪魔の技術を使い消されているだろう。
何にしても、戻るためにはオロチの石碑を使うのが一番手っ取り早くしかも安全である。日本の国土を何百も重ねた領域を持つオロチの世界から抜け出すためには道しるべが必要なのだ。地図がない以上は頼るしかない。
しかしヤタガラスとしての考え方以上に、二つ目の考え方というのがディーを悩ませている。
ディーは京太郎を巻き込みたくないのだ。なぜなら京太郎はヤタガラスではない。仮にヤタガラスであったとしても、いかにも怪しい女性の生け贄にするようなまねというのはディーの正義が許さない。
合理的な判断であっても許さないのだ。怪しい女性が何者なのかわからない。そして何を持って京太郎に興味を持っているのかわからない。わからないことばかりだ。
手探りで進むしかない真っ暗闇の道、獣が潜んでいるかもしれないのに、子供を歩かせる。そんなことはディーにはできない。
「できるだけ遠ざけておきたい。火の役割を果たせる自分の元においておきたい」
これがディーの二つ目の考え方で、一人の人間としての根っこの部分であった。
結果としてヤタガラスとしての合理性と、人としての正義がせめぎ合って京太郎に決断を任せるような話をしてしまったのだった。
京太郎が選んだ結論であればどちらでもディーは納得できるから。積極的には選べなかった。
ディーの示した二つの道、京太郎はしっかりと選び取った。少しも迷わなかった。
「とりあえず、話でもしましょうか。手を握られるくらいで通してくれるのならたいしたことじゃないですし、オロチの石碑の案内は俺もぜひ使いたい。
いつまでもオロチの世界にいるつもりはありませんから。
それに今度は反応して見せますよ。ちょっと思いついたことがあるので試してみます」
京太郎は明るく元気に振舞っていた。特に恐怖の色はなかった。京太郎の頭にあるのは怪しい女性に対して自分の思い付きが通用するのかというわくわくした気持ちだけだ。ディーが感じているような重苦しい気持ちというのはない。
また、明るく振舞っているのは、虎城に気を使ったためである。虎城が自分のことを怖がっているというのはわかっている。
スポーツカーの不思議な空間で小さくなっているのが証拠である。そして車の中の空気が、いまいちよくないことも察している。
暗くてよどんでいてよくない。その空気を察していたからできるだけ明るく振舞った。ここで、真剣な口調で話をしたら、また空気が悪くなるなと思ったのだ。あまり空気が悪いと、虎城もディーもつらいだろうという配慮である。
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