60: ◆hSU3iHKACOC4[saga]
2015/04/07(火) 05:33:38.40 ID:Joyq1BtQ0
京太郎が商品を渡すとすさまじく滑らかな動作で商品のバーコードを造魔花子は読み取った。
すでに構えていたバーコードリーダーを使い、あっという間の作業だった。これもまた教えられたとおりの動作である。
そしてこういった。
「一点で税込み二千五百円です。マグネタイトでのお支払いでよろしかったですね?」
造魔花子がこういうと京太郎はうなずいた。京太郎は少し心配していた。マグネタイトのやり取りを何度か京太郎は経験している。
しかし、こういうお店の形でマグネタイトをやり取りするというのは初めての経験だった。何にしても初めての経験というのは恐ろしいものである。
京太郎がうなずくのを確認して造魔花子は京太郎に向けて右手を差し出した。握手を求める形である。そしてこういった。
「では、私の手を握ってください」
マグネタイトを機械でやり取りすることもできる。しかしいったん造魔にマグネタイトを渡すことで、その後の処理を楽に行うことができるのだ。
たとえば、あとで造魔にためこんだマグネタイトを造魔ごと業者に渡しても良く、またで自分の仲魔に渡してもいいのである。
いちいち機械を使うよりは簡単で楽なのだ。
京太郎が手を握ろうとしたところでおばあさんがこういった。
「坊主、もしも気分が悪くなったらすぐにいいなさいな。すぐにとめるからね」
おばあさんは京太郎を侮っているわけではない。心配しているのだ。おばあさんは特殊な技術を使うのではなく、京太郎を見たときにマグネタイト量が少ないことに気がついていた。
そのため、もしかしたらマグネタイトを吸い取りすぎて、調子を崩すかもしれないと考えたのだった。
おばあさんの忠告に京太郎はうなずいた。そして造魔花子の手を握った。忠告を受けたためだろう、造魔花子の手を握る京太郎の手には力が入っていなかった。
しかしマグネタイトでのやり取りをやめようとは思わなかった。ここまで来て引けるわけもない。意地を張ったのだ。そんな気持ちもあったのだ。
京太郎の手を握った造魔花子の表情がわずかに変化した。今までの鉄面皮が崩れている。眉を八の字に曲げて、口元に力が入り始めていた。そして、耳と首が赤く染まり始めるのだった。
造魔花子の様子が変化してきたのは、京太郎のマグネタイトを吸い取り始めたからである。
京太郎はいまいちわかっていないことであるが、京太郎のマグネタイトには強烈な特徴がある。ディーや京太郎の仲魔、そしていくらか取引をした悪魔たちが口に出していた酒のような性質だ。
京太郎のマグネタイトには酒の性質があったのだ。特殊な契約を結んだことによる副作用なのか、それとも生まれついてのものなのかはわからない。
なぜなら、京太郎以前の真正の魔人たちはとっくの昔にこの世界から去っている。確認のとりようがないのだ。
しかし何にしても本当に悪魔たちを酔わせてしまう性質の強さがあった。常に京太郎からマグネタイトを供給されている仲魔や特に強力な力を持つディーのような存在ならまだしも、これといったチューニングも受けていない造魔花子がマグネタイトを受け取ればひとたまりもない。
それこそ、常時発散されているマグネタイトに当てられて酔うこともあるだろう。
握手で交換するようなことになれば当たり前のように酔うのだ。
三秒ほどでやり取りは終わった。京太郎の手を握っていた造魔花子の力が緩んだ。手を離したときに、造魔花子の体が、ユラユラと揺れた。
真っ白だった顔が真っ赤に染まり、視点がゆらゆらとゆれていた。吐き出す息には京太郎にもわかるほど酒のにおいが混じっている。
わずか三秒間の交換であったが、造魔花子を酔わすには十分だったのだ。
京太郎が手を離すと造魔花子はこういった。
「マるネタイトの交換完了しました。少々お待ちくらさいませ。商品を袋に入れまふ。ヒック……ヒック」
完全に出来上がっていた。手元がおぼつかない。しかしそれでも何とか接客を行おうとしているのは、造魔としてのプライドのためである。
様子のおかしい造魔花子をみておばあさんがこういった。
「坊主、あんた特異体質か何かかい? この子が酔っ払うなんて見たことないよ」
お婆さんは目をかっと見開いていた。自分の仲魔というのがこのような状態になるなどと思ってもいなかったのだ。変化に特に強いのが造魔という種族の特性なのだから、こんな簡単にグデングデンの酔っ払いになるというのはなかなか受け入れられないことだった。
十秒ほどかけて造魔花子は商品を大きなビニール袋につめた。大分動作が遅かった。京太郎のマグネタイトの性質が、そろそろ体全体に回ろうとしているのだ。完全に酔いつぶれていないのは、接客を完遂しなければならないという使命感の力である。
京太郎は商品を受け取ると、さっさと本屋を出て行った。脱兎のごとくというのがよく似合うすばやさだった。
本屋さんのおばあさんがずいぶんひどい目で自分を見ているのに耐えられなかったのだ。
立ち去る京太郎の背中に造魔花子がこういった。
「まらろうぞ、おこしくださいましぇ」
完全によいが回っていた。たっていられないらしくおばあさんに支えられて、いすに座らされていた。
それでも最後まで接客を行っていたのは見事としか言いようがない。
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