1:名無しNIPPER
2015/05/17(日) 14:04:11.35 ID:BxsgERTK0
久しぶりの帰省だった。
また今度来れるのはいつかわからなかった。
だから、帰りの電車が来る前に、近くの山の上からの景色を、目に焼き付けておこうと思った。
やさしくはない山道だった。けれども子供の頃はすいすいとのぼっていったものだった。
昔のことを思い出しながら、山の天辺めざしてからだを動かしていると、なまりきっていたせいか、足を踏み外してしまった。
「うわあ────ッ」
そして、そのまま転げ落ちていった。木や石や岩に殴られながら、ごんごん、ごんごんと。
ようやく落ちきったかと思ったころには、体中からじんわりとした痛みのかわりに、暖かさがどこかへ流れていた。
ああ、なんて寒い夜だ。もう清明も近いというのに。
SSWiki : ss.vip2ch.com
2:名無しNIPPER
2015/05/17(日) 14:25:21.14 ID:BxsgERTK0
なにもすることができず、ただ夜空とそこらの木々を眺めていたら、いつのまにか朝になっていた。
もうそろそろ、暖かくなってきてもいいころじゃないかと思っていたが、からだは冷めていく一方だった。
たぶん、死ぬなァ。
3:名無しNIPPER
2015/05/17(日) 14:41:40.54 ID:BxsgERTK0
「医学会の帰りかなにかで」
尋ねると、やはり早口で答える。
「はい。すぐそこに、実家が」
4:名無しNIPPER
2015/05/17(日) 14:53:45.09 ID:BxsgERTK0
「わたくしも久しぶりの帰省で、帰る前にこのあたりを眺めておきたいと思っていたのですが」
およそ独り言のようなことばに、手当てに集中しながらも、こくこくと相槌を打ってくれている。
「足を滑らせてしまいまして」
5:名無しNIPPER
2015/05/17(日) 15:03:17.16 ID:BxsgERTK0
「いやァ、もうだめでしょう」
ああ、声が出し難い。
「血ががぶがぶ湧いて、止まりませんな」
6:名無しNIPPER
2015/05/17(日) 15:13:29.59 ID:BxsgERTK0
その様子を見て、大丈夫です、こらえてください、と言葉をかけてくれたが、応えることもままならない。
血が流れすぎたせいだろうか。ああ、ひどいものだ。
きっと彼は、このあと悔しがるのだろうが、こんなに必死に手当てをしてくれたのだから、文句のあるはずもない。
7:名無しNIPPER
2015/05/17(日) 15:18:48.17 ID:BxsgERTK0
しかし、いい空である。
風が目に見えるように吹いている。
8:名無しNIPPER
2015/05/17(日) 15:20:33.12 ID:BxsgERTK0
宮沢賢治作、『眼にて云ふ』を基にしたお話でした。
最後にその詩をどうぞ。
9:名無しNIPPER
2015/05/17(日) 15:21:15.99 ID:BxsgERTK0
眼にて云ふ
だめでせう
とまりませんな
がぶがぶ湧いてゐるですからな
10:名無しNIPPER[sage]
2015/05/17(日) 15:38:29.91 ID:2Dl+lWDAO
乙
上手く言えないけれど、素敵だ
凄惨なのに美しく、空虚なのに満ち足りている
11:名無しNIPPER[sage]
2015/05/17(日) 16:27:33.61 ID:keRjcXiIO
乙!
12:名無しNIPPER
2015/05/17(日) 19:30:14.28 ID:BxsgERTK0
HTML化依頼忘れてました・・・すぐ出してきます
13:名無しNIPPER[sage]
2015/05/17(日) 20:28:07.45 ID:+NFlrJbfO
おつおつ
いいねこういうの
14:名無しNIPPER[sage]
2015/05/17(日) 22:11:46.31 ID:qIY0gy4B0
割とすき
15:名無しNIPPER[sage]
2015/05/18(月) 01:38:31.42 ID:m2rkBuMAO
乙
とても好き
15Res/6.83 KB
↑[8] 前[4] 次[6]
板[3] 1-[1] l20
このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています。
もう書き込みできません。