6:名無しNIPPER[saga]
2015/06/21(日) 13:32:55.13 ID:KKdbAala0
「提出を義務付けられた書類は全て提出している筈です。直近の進路希望調査書には進学と記入して提出しました。学費だって確認はしていませんが両親が収めているでしょう。それとも授業態度の事ですか? それもこうして呼び出されるような事はしていない筈です」
「そうじゃない。確かに君は我々教師から見て何の問題もない生徒だ。今君が言った様な事は何も私は懸念していない。確認した訳じゃないがな。今回こうして呼び出したのはこれについて聞きたい事が有ったからだ」
強気に発言してみたものの、彼女はそれをあっさりと受け流し、カウンターのパンチを浴びせる代わりに一枚のプリントを懐から出して俺と彼女の間に横たわるテーブルの上においた。提出した書類でなければ彼女が差し出したプリントは一体何なのか。彼女俺の方にグッと指で突き出したそれを前のめりになりながら確認すると、意外や意外それは先日現代国語の授業で提出したプリントだった。確かに今俺の前に座っている女性は国語教師、それも俺の居るクラスも担当している人だ。彼女がそれを持っていても全く何の不思議もない。が、しかし彼女がそれを理由に俺を呼び出すことには疑問以外の何物も生じなかった。この授業中に提出した一枚の紙切れの為に態々放課後この様な呼び出しが行われるなど聞いたことがなかったからだ。
「これがどうかしたんですか? 何の問題も無いように思いますが」
改めて中身を読んでみても問題が有るような内容には思えない。どこにでも転がっているようなつまらない文章だ。これで何故呼び出しを受けたのだろうか。その疑問を目で訴えかけると女性は心底脱力したようにため息を吐いた。それと一緒に彼女の口内から白煙も流れ出てくる。その煙は一旦息の流れにのって彼女の胸元辺りに貯まると、水中に撃ちだされ推進力を失ったペットボトルロケットのようにゆっくりと上昇していった。彼女はうっとおし気にそれを手で払うと言った。
「そうだ。確かにこれには何の問題もない。しかしだ、私には何の問題も無い事こそが問題だと思う」
彼女の言い方は不思議だ。何の問題も無いことが問題というのはどういう意味だろうか。問題が有ることこそが正常という事だろうか。しかし、そういった誘導をするような課題ではなかった筈だ。
首を傾げる俺を見て、不理解を悟ったのだろう。国語教師・平塚静は二の句を継いだ。
「比企谷、君には友達はいないだろう」
なんだって。その言葉の持つ衝撃に俺は辛うじて心の中でそう呟くことしか出来なかった。だってそうだろう。まさか学校の教師にお前友達いないだろと指摘されるような日が来ようとは思ってもみないだろう。それも俺を虐めたり、甚振るような目的が存在するなら兎も角、こうして単身生徒指導室に呼び出され優しく指摘される様な事態が起こるなどとは、例え俺をよく知る妹だろうと予測できない筈だ。
「ま、待ってください。今何て、今何て言ったんですか?」
俺は現実を受け止めきれず、聞き逃した風を装って平塚先生にもう一度繰り返して貰えるような頼んだ。大丈夫、今のは空耳か聞き間違いだ。そう自分を騙しながら。
「君には友達がいない」
が、俺の儚い希望を打ち砕くように先生はそう繰り返した。そこには何の遠慮も躊躇もない。突きつけられた事実に打ちひしがれる俺を他所に、彼女は続けた。
「だから、ここで君が語っている友人は存在しない。君はここに嘘を書いたんだ。私も狭量ではないからな。高校生が多少ヤンチャしてしまう位なら目を瞑るのは訳ないが、こう嘘ばかり書かれているのではそういう訳にもいかん。そもそも君の為にもならんだろう」
まさか、まさか彼女にそんな事がバレているとは。そんな驚きが空洞化した俺の体の中をいつまでも反響しながら巡り続ける。遮蔽するものがないそれは減衰するという事を知らず、それが絶えず頭の中を占領してしてしまうせいで、俺にはいつまでたっても口を開くという選択肢を選ぶ事が出来ない。そんな俺の状態を察するでもなく彼女の発言は続く。朗々と、それこそ彼女の言うとおり俺の為を思ってなのだろう、彼女の言葉の端々には俺への優しさと慈しみ、そして真剣さが滲んでいる。淀みなく、それでいて熱量を感じさせる彼女の語り口から紛れも無く彼女という人間が見えてくる。そんな彼女という人間が自分のような人間の為に動いてくれるという事は大変喜ばしい。俺は我に帰って漸く彼女を遮った。
「ま、待ってください。確かに俺には友達が居ません。そこに嘘を書いてしまった事も認めます。すいません。しかし、それで生徒指導室に呼び出しというのは些かやり過ぎではないでしょうか。過激で問題を抱えていることを明らかにするような作文を書いているようなら分かりますが、俺のそれは……そうですね、そういった事を周囲の人間に悟らせない、心配させないようにする一種のカモフラージュであって」
「それも嘘だろう。君がそういった事を気にするとは短い付き合いながら到底思えん。それに、そういったカモフラージュを行うからこそ私は問題が深刻だと考える」
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