5:オータ ◆aTPuZgTcsQ[saga]
2015/07/13(月) 17:53:16.99 ID:pbmAn6xEO
「今日は海に行こうね。お父さんとお母さんには許可をもらったから」
眠たそうな目をしたまま、昨日と同じ白いワンピースを着た女の子は、僕に言った。
「その喋り方、なんとかならないわけ?」
「え?」
「アンタはもっと別の喋り方できるでしょ」
今日も言葉の意味が分からなくて、僕は柔らかいベッドの上で少し慌てた。
彼女は体をゆっくり起こすと、目線をあわせないまま僕に告げた。
「私、今日には別の場所に帰らなくちゃいけないのよ。
だから、帰るころには私はもういないわ」
ショッキングな事実を叩きつけられて、僕は決断を迫られた。
「じゃあ……」
「ん?」
「じゃあ……今行こう」
女の子は顔色を変えずに、窓の外を見た。
「いいよ、無理しなくて。顔真っ青だし」
その言葉で、決意はしっかり固まった。
「大丈夫だよ!海に行こう。きっと気に入るから」
「……別についていってもいいけど、本当に大丈夫なの?」
「大丈夫だってば!」
僕は女の子の手をとって、昇降口に走り出した。
今は休み時間じゃないから、園児も先生も誰も廊下にいない。
保健の先生も、職員室でコーヒーでも飲んでいるのだろう。
香ばしい香りと花の香りがほのかに漂う。
静かな空気で満ちた廊下を、上履きのまま外に向かって駆け抜けた。
「海はすぐそばなんだよ。みんなで行ったことがあるから、僕も道は分かるんだ」
幼稚園の裏の坂を、コンクリートに足音を響かせて走る。
木が鬱蒼としげる砂利道を走って、幼稚園が見えなくなった時、僕達は立ち止まって荒い呼吸を繰り返した。
「ちょっと、いつまで手つかんでんの」
言われてみると恥ずかしくなり、ぱっと手を離す。
女の子は興味がなさそうな顔で、辺りを見回した。
「薄暗いわね。まさか海までずっとこんな感じなの?」
「コンビニの裏に出れば、木はあんまりはえてないよ。
だけど、海のそばはまた林みたいになってるから……」
「ふーん。じゃ、早く連れていきなさいよ」
今度は僕たちは手を握ることなく、てくてくと砂利道を歩き出した。
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