1:名無しNIPPER[sage saga]
2015/08/14(金) 19:27:23.81 ID:g3AOr3Wb0
一
普段は誓子にべったりな成香が、どう云う訳か、私と一緒に散歩したいと言って来た。
かく言う私も、普段は爽とつるんでばかりなので、成香とはあまり二人っきりになったことがなかった。
それが今日は珍しく、成香の方から散歩の誘いを持ちかけてきたのだ。
時期は、もう春の陽射が照りはじめて、外をぶらりと散歩するには好い心地だ。
私と成香は、校舎の裏にある森林を歩くことにした。
そこの林道を中程まで行った処に滝があり、それが中々見事だ。
森林をぶらりと――となれば大体滝まで歩き、そこで魚でも眺めて来た道を戻る、というのが散歩の通例だった。
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2:名無しNIPPER[sage saga]
2015/08/14(金) 19:27:55.83 ID:g3AOr3Wb0
見晴らしの良い高台を望もうにも、どこまで行っても鬱蒼と繁る杉に覆われているし、珍しい動植物が生息している訳でもない。
一応滝を越えて登った上流には、中央に大きな岩がある泉があるけど、そこまでは遠くて山歩きに慣れないか弱い女子高生が行くような場所ではない。
それでも、爽はよくそこまで散歩しに行くようだ。
3:名無しNIPPER[sage saga]
2015/08/14(金) 19:28:25.05 ID:g3AOr3Wb0
成香の笑顔は、陽を反射して光る川面の煌めきの面影をその小さな口の端にちらつかせる。
それがなんだかとても眩しくて。
とても恋しくて。
4:名無しNIPPER[sage saga]
2015/08/14(金) 19:28:59.69 ID:g3AOr3Wb0
だからいつも実物を見る度に、少し拍子抜けをする。
私の滝のイメージは、華厳の滝だとか、那智の滝だとかの雄大なそれなのだ。
ここだって、滝が行き着く滝壺や、川や崖などの周囲の雰囲気は、音に聞こえる名所の滝にだって負けてない筈だ。
5:名無しNIPPER[sage saga]
2015/08/14(金) 19:29:43.79 ID:g3AOr3Wb0
そうすると、成香は滝から魚に目をやり、素敵ですと言って、また同じように感動するのだった。
私が手づかみで取れそうだと言うと、
成香「危険ですよ、滝壺だって、結構深いんですから」
6:名無しNIPPER[sage saga]
2015/08/14(金) 19:30:11.89 ID:g3AOr3Wb0
川には魚を食べに来た野鳥が、その中州で羽を折り畳んで休んでいる。
私達が川に近づくと、驚いて河岸の向こうの山へと飛び去ってしまった。
成香「ここにもお魚さんが一杯いますね」
7:名無しNIPPER[sage saga]
2015/08/14(金) 19:31:37.74 ID:g3AOr3Wb0
揺杏「ごめん。なんだかさ、そう…」
なんだろうなぁ……。
成香と二人っきりになる、ということが余りなかったからか、少し緊張しているのだろうか。
8:名無しNIPPER[sage saga]
2015/08/14(金) 19:32:28.33 ID:g3AOr3Wb0
心ない釣り人に釣られて、そのまま捨てられたのだろうか。
鯉は川の浅瀬に息も絶え絶えに横たわっていた、鱗は処どころ傷つき、またそれを反射した陽の光が仄めくので、余計にありありと傷口が見え、それがとても痛々しかった。
あの傷では、川の中へと帰る元気もないだろう。
9:名無しNIPPER[sage saga]
2015/08/14(金) 19:33:18.95 ID:g3AOr3Wb0
大きな鯉だったので、なかなか苦労したが、それでもなんとか川の中へと返すことが出来た。
成香「やりました。揺杏ちゃん、凄いです」
喜ぶ成香の様子に、なんだか私は嬉しくなった。
10:名無しNIPPER[sage saga]
2015/08/14(金) 19:33:49.45 ID:g3AOr3Wb0
と、その瞬間、私と成香は、まるで牛乳を拭いた雑巾が発酵し溜まったガスが洩れるような、間抜けな声を上げた。
「あなた達のおかげで、なんとか助かることが出来たのよ。あなた達は私の命の恩人ね」
鯉が――喋った。
11:名無しNIPPER[sage saga]
2015/08/14(金) 19:34:51.92 ID:g3AOr3Wb0
大変だ、今すぐ妖怪ポストへ手紙を届けて怪物くんにご足労願わなくては……。
呪文は何だっけ、慥か、
『エロイムエッサイム我は求め訴えたり』
12:名無しNIPPER[sage saga]
2015/08/14(金) 19:35:20.27 ID:g3AOr3Wb0
ほら、眼を開ければそこにはなんの変哲も無い、ただの傷だらけの鯉が居るだけだ。
「あの…もしかして、私が喋るのに驚いているのかしら?」
マ行の音、『マ・ミ・ム・メ・モ』は、一般に『唇音』と呼ばれていると聞いた。
13:名無しNIPPER[sage saga]
2015/08/14(金) 19:35:47.93 ID:g3AOr3Wb0
混乱する私を見て、鯉は、
「そうよね…喋る鯉なんて、気持悪いわよね…」
とかなしそうに言った。
14:名無しNIPPER[sage saga]
2015/08/14(金) 19:37:31.06 ID:g3AOr3Wb0
と、なんだかこの不思議な状況が、とても馬鹿馬鹿しく思えて来た。
成香「鯉さんは、どうして喋れるんですか?」
ついに尋いちゃうかそれを……。
15:名無しNIPPER[sage saga]
2015/08/14(金) 19:37:59.40 ID:g3AOr3Wb0
恋人は、その原っぱで来る日も来る日も泣いて、とうとう岩に姿を変えてしまったのだ。
そして、岩になってもなお、泣き続けた。
その泪がやがて水溜まりとなり、泉となった。
16:名無しNIPPER[sage saga]
2015/08/14(金) 19:38:27.02 ID:g3AOr3Wb0
「えぇ、私は一刻も早く滝を登り切って、ミホコに逢いに行かなければならないの」
鯉は、その身をぷかぷかとたゆらせながら言った。
成香「そう云えば、鯉さんには名前があるんですか?」
17:名無しNIPPER[sage saga]
2015/08/14(金) 19:38:55.82 ID:g3AOr3Wb0
揺杏「はぁ…よろしく」
成香「よろしく御願いします」
川の水面は陽の光を受け、爛々と乱反射していた。
18:名無しNIPPER[sage saga]
2015/08/14(金) 19:39:29.43 ID:g3AOr3Wb0
まあ、小動物好きの成香なら、喋る鯉なんてメルヘンでオカルトなものにも抵抗は少ないのかなぁ、それとも、小動物は小動物同士、何かシンパシーを感じたのかな、と私は変な納得をした。
ヒサ「それじゃあ、楽しかったわ。さようなら」
と身をひるがえし、私達に尾ヒレを振って滝まで泳いでゆく。
19:名無しNIPPER[sage saga]
2015/08/14(金) 19:40:05.49 ID:g3AOr3Wb0
この傷は、そうやって出来たんだろうと、容易に考え至った。
成香は、それをただ、心配そうに見つめる。
鯉は、私達に見られるのもお構いなしなのか、何度も何度も滝へと挑戦し続けた。
20:名無しNIPPER[sage saga]
2015/08/14(金) 19:40:32.99 ID:g3AOr3Wb0
あまり昏くなると、森の中は危ないし、誓子達に心配される。
成香「ちょっと待って下さい」
成香は、持って来た鞄をまさぐった。
21:名無しNIPPER[sage saga]
2015/08/14(金) 19:41:00.73 ID:g3AOr3Wb0
成香「いいんです。私、ヒサさんの何かお役に立つようなことがしたいんです」
と言うと、ヒサは背ヒレをなびかせまた礼を言った。
揺杏「明日も来る気かよ?」
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