13: ◆Freege5emM[saga]
2015/09/07(月) 03:15:40.70 ID:DhP+ihnQo
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「からたちは、星みたいな形の白く小さい花を咲かせるのですが……
棘が固く鋭い上、実が食用向きでないので、最近は育てる家もめっきり見なくなったそうです。
私も祖父母の家のほかに、からたちの垣根を見たことがありません」
私がそう告げると、小梅さんは私の隣りに座ったまま、何かを考え込んでいました。
やがて小梅さんは、すっと立ち上がって私に向き合うと、
「音葉さん……もし、よければなんだけど……『からたちの花』……
今、ここで聞かせて欲しい……」
と言いました。
目の前で見る小梅さんの白い腕は、彼女と同じくらい細く透き通っている気がしました。
「……そうですね。ここまで、私の思い出話を聞いてくれましたし……」
私は、あの神戸の別れ以来はじめて、
『からたちの花』を歌いました。
――からたちの花が咲いたよ
――白い白い花が咲いたよ
目を閉じて、私の歌声は白く白く、在りし日のニンバスにも、からたちの花弁にも、
そして彼女の透き通るほどの白さにも負けない、純白の音で意識を満たすように……
――からたちの棘は痛いよ
――青い青い針のとげだよ
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歌い終わったあと、私が眼を開くと、白く塗り潰したはずの目蓋の裏より、
もっと明るい事務所のLEDが、私の網膜をちりちりと苛んで、私は涙腺が緩むのを感じました。
「音葉さん、ありがとう……『からたちの花』……
私も、とっても素敵な歌だと思う……」
年下の子の前で、自分の歌に感極まって涙を流す――ということに、
歌い終わった余韻が覚めつつあった私は、今更ながらの気恥ずかしさを覚えて、
つい目を両手で覆ってしまいました。
「あと、あの子も……音葉さんは、あの時よりも、もっと素敵になったって……」
私が両手を顔から離すと、手のひらのあたりから、
何か薄く小さいものがひらひらと舞って、私の膝の上に落ちて止まりました。
それは、濃い青紫色をした菖蒲の花弁でした。
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