22: ◆Freege5emM[saga]
2015/09/13(日) 22:00:25.82 ID:heJa7yVRo
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社殿の壁には、誰か崇敬者が奉納したのでしょうか、
畳一畳よりも大きそうな真新しい絵額に、羽衣を巻きつけた半裸の女性が描かれていました。
おそらく、天岩戸のときのアメノウズメを描いた絵ではないかと思います。
振り乱された羽衣の綺羅びやかさは、ぼんやりとした灯籠の明かりの下でも輝かんばかりに、
それが纏わりついた赤みが差す肌は、匂い立つほどリアルに私へ迫ってきました。
私は美しく妖しい姿に魅せられた興奮と、
破廉恥な物を視界に入れてしまった羞恥がないまぜになって、
頬が熱くなったのを感じていました。
少し時間がたち、気分が収まってきた私は、
エロティックな女性の絵姿を凝視しているのがいよいよ気まずくなり、上へ目をそらしました。
すると、社殿の高く造られた天井の全面に、
荒々しい雨雲を取り巻かせて、こちらをギョロリと睨みつける墨絵の龍が描かれていました。
私は、その龍の眼に射竦められました。
吊り灯籠の淡い光が届かない高みから、黒い穴のような目が私に迫ってきて、
それをまともに見てしまった私は、先のまったく見通せない深さの瞳に、体が吸い込まれていって、
『あっ』と思う頃には足が床から引き剥がされ、雨雲の中へ連れ去られていく心地がしました。
自分がここから引き剥がされる感覚が恐ろしく、幼い私は助けを呼ぼうとして……
しかし叫ぶどころか息すらままならず、あわや天井へ引き摺り込まれるか……というところ、
すっと誰かから言葉が投げかけられました。
「どうしたの?」
張りのあるくっきりとした声音の、若い女性。
背が高く、上から私を覆って守ってくれるようなその声が、とても頼もしく感じられます。
「あ、あの……龍が、龍が……」
「龍が、怖いの?」
「わ、私を……天井へ、引っ張っていって……」
私が振り返って見た女性は、私の言葉を聞いて、呆れ半分、感心半分といった様子。
お姉さんらしいしっとりとした目鼻の美しさに、茶目っ気を帯びた表情でした。
「ふぅん。そうか、そいつはいけない、悪い龍だねぇ……」
彼女はシンプルなセーラー服を着込んでいて、
なぜかその腕の中に零れ落ちそうなほど桜の花弁を抱えていました。
綺麗なのに悪戯っぽい顔つきと合わせて、私は彼女が春の妖精かと思いました。
「キミみたいな小さくて可愛い子を怖がらせるなんて……
そんな奴は、お姉さんが……こうしちゃうんだからっ☆」
そう言って、お姉さんは腕いっぱいの桜の花を、天井の龍に向けて放り上げました。
数えきれないほどの桜は、生きた蝶々のように、私と龍の間にはらはらと舞い上がって、
恐ろしい龍と雨雲を覆い隠し、私はその桜吹雪に見惚れていました。
これ以上は……私の見たあの光景は、
未だに詞(ことば)にして言い尽くすことができそうもありません……。
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