28: ◆Freege5emM[saga]
2015/09/23(水) 17:06:41.17 ID:5OkfeDTTo
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私の危惧に反して、志希ちゃんは甲斐甲斐しくパンジーの世話をしていた。
仕事と比べたら、まるで別人の取り組みっぷり……アイドルとして、それはどうなんだろうか。
用土の湿りを毎日チェック――関東平野の冬は空っ風が吹くから、油断すると乾くとかぼやいてた。
夜にゴソゴソやってて何かと思ったら、鼻歌交じりで虫たちを割り箸でつまんで、
水を張ったバケツに突っ込んでた――その手つきは、私から見ても堂に入っていた。
志希ちゃんのお世話の賜物で、パンジーはスクスクと育っていく。
芽が出る。葉は虫食いの影も見えないし、茎も間延びせずちょうどいい。
ベランダにも、二人でホームセンターへ行って買ってきたネットを広げた。これで鳥避けもバッチリ。
パンジーは寒さに強く暑さに弱い。
秋に発芽し葉を茂らせて、冬から春にかけて咲くお花だ。
その切り花が私たちの部屋を飾るころには、私も志希ちゃんに対する認識を改めていた。
切り花――といえば、志希ちゃんのお世話で、特に剪定が印象に残ってる。
剪定というと、お花を育てない人にとっては、
木や盆栽の枝ぶりを切って整える……みたいなイメージがあるかな。
お花――特にパンジーみたいに、比較的長いシーズン咲き続けるお花は、
上の方にある花が盛りになったら枝ごと剪定してしまうんだよ。
何でそんなことをするのかって? それは、植物ホルモンのオーキシンが……まぁとにかく。
盛りを過ぎた花は摘まないと、花が実をつけるために栄養を吸ってしまって、下の花が咲けないの。
そうして切ってしまったお花は、切り花やドライフラワーにする。
志希ちゃんのパンジーも、私のウインターコスモスとかと合わせて、事務所に披露したこともあったね。
みんな、冬に鮮やかなお花が咲くイメージが無かったらしくて、なかなか好評だったよ。
剪定は、育てる人の性格が出るところだね。
私なんかは、せっかく咲いたお花なんだし……と思って、理屈じゃ切ったほうが長持ちする、
って分かっていても、株につけたまま一週間も眺めて、ついぎりぎりまで惜しんじゃう。
逆に志希ちゃんは、花が開き切ったらすぐにパチンパチンとやってしまう。
「……まぁね。夕美ちゃんの言うコトも分かるよ。花盛りだもんね」
それが気になった私は、剪定について志希ちゃんと話してみた。
「でも、あたしの場合は……ちょっと、ね。パンジーは特別なんだ。
どうしても5月の終わりに、咲いてて欲しいの」
志希ちゃんは、いつもとはだいぶ違う、しんみりしたトーンで私に応えた。
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