3: ◆Freege5emM[saga]
2016/01/03(日) 02:05:59.83 ID:d/9JR/ulo
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「モバPさん。最近、鷺沢文香と連絡取りました?」
ある日の仕事中、別事務所のプロデューサーと顔を合わせている時、
彼から不意に、かつての担当アイドル・鷺沢文香の名前を聞かされた。
「いいえ。鷺沢が引退して、地元の長野に戻ってから、それきりです。
10年以上は話していないですよ。鷺沢が、どうかいたしましたか」
何事か、と俺が問うと、彼は何故か得意気にペラペラ喋り出した。
「もうすぐ、古書ブームが来るでしょう。
新田次郎とか、向田邦子とか、横溝正史とか、大物がそろそろ著作権切れますから。
それに合わせて、昔に鷺沢文香が主演で当てたアレ――古書店ミステリの映画をリメイクするんです」
「その企画、部外者の私へ漏らしていい話なんですか」
「んー、大丈夫ですよね。モバPさん、口が堅いでしょうから」
「はぁ」
鷺沢文香は、俺が昔――プロデューサーとして最前線にいた頃――担当していたアイドルの一人だ。
当時、文学部の女子学生だった文香が、神保町の古書店で店番をしていたところを、
俺が直接スカウトし、担当アイドルとした。
文香は当初、ライブを中心としたアイドル活動を行っていたが、
既に勢いに乗っていた渋谷凛や神崎蘭子と比べると、人気は物足りなかった。
さて、どうしたものかと思っていたところ、俺はあるベストセラー小説の映画化の企画を知った。
その小説は、古書店の女店主が主人公であった。
「それにしても、古書店シリーズとは懐かしい。そんなもの、やらせましたね。
鷺沢は古書店の本棚が似合う珍しいアイドルだったので、ハマるかと思いまして」
古書店で実際に店番をやっていた文香なら、その主演にうってつけだ――と思った俺は、
プロダクションのツテで、女優経験のなかった文香を強引にオーディションへねじこんだ。
結果、文香は主演を勝ち取った。
演技力は未熟だったが、文香自身が役柄のイメージそのままだったのが幸いした。
映画もヒットを飛ばし、文香は一躍時の人となった。
「リメイクとなると、鷺沢版とも言うべき前の客を引っ掛けたいじゃないですか。
だから、彼女を宣伝に使おうと声をかけたんです。でも、色よい返事がもらえなくて」
「鷺沢は、芸能界を引退して随分経ちますからね」
だが、文香の芸能生活は長く続かなかった。
あの映画が、あまりに鮮やかに人々の印象に残った。
以降の文香は、どのドラマに出しても、
劇中の――物静かで清楚な古書堂の女店主――イメージから脱皮できなかった。
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