過去ログ - 飛鳥「ボクがエクステを外す時」
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107: ◆KSxAlUhV7DPw[saga]
2016/06/15(水) 01:12:25.01 ID:daPPk+Poo

 頃合いを見計らい、彼は口を開く。

「いやー、いいねえ。青春ってやつだね。若いっていいよなあ」

「プロデューサーさん、何を老けたようなことを仰ってるんですか?」

「うっせ、実際そんなに若いとは思ってないんだよ! ところでさ、この後のことなんだが、そろそろ行くか?」

 午後からは四人ともオフだ。集まった後にどこかへ出掛けよう、という話になっている。
 プライベートで彼と会える、ボクにとっては最初の機会。蘭子と幸子もいるけれど気にはならなかった。その方が、ボクらしく振る舞えそうだ。
 ……いや、ボクらしくなんてのは考えるな、ありのままでいよう。仕事の時はアイドル「二宮飛鳥」として、プライベートでは……ただのボクとして。
 そんなことを考えていると、蘭子と幸子は急にいそいそと立ち上がった。

「それでは、ボクらはこの辺で。ね、蘭子さん?」

「我等にも急を要する案件があるのだ。これよりは、そなた達で過ごすとよい(私達、用事があるんだー。後は二人で過ごしてね?)」

「あ、ちょっ、おい幸子! 蘭子も! どうしたんだよ?」

 蘭子がプロデューサーに伝わっているんだか伝わっていないんだか解らない難解な言葉を並べ立てている間に、幸子がこっそりボクに耳打ちをした。

「言っておきますけど、これが最後ですからね? ボクたちからの餞別です。楽しんできてください」

 呼び止める隙も与えてくれない蘭子と幸子の連携プレーを前に、二人の背中を目で追うことしかボクらには許されていなかった。
 ……困った。どうしろっていうんだ、この展開。

「あー、その。飛鳥?」

 先に現状を把握したらしい彼が、ボクに呼び掛ける。

「……なんだい?」

「えっと、この後なんだけど……出る前にさ、それ、エクステ外してくれないか?」

「エクステを? ……どうして?」

「今のお前、時の人にすらなりかけているからな。そこでその飛鳥らしさでもあるエクステをつけたままだと、お前であることがバレやすい。ただでさえ目立つんだ、仕事でもないのに俺と二人きりでそれは……大いにまずい」

 エクステは二宮飛鳥という少女が「二宮飛鳥」らしくあるために必要なパーツだ。それを外してくれという。
 つまりそれは、ボクに「二宮飛鳥」であることを求めない、ということになる。
 これから少しの間、誰でもない少女と誰でもない彼として、ボクらは過ごす。
 ……とても魅力的な提案だった。

「そう、だね。了解だ。化粧室で準備してくるから、待ってて」

 バッグを携えてカフェテラス内の化粧室に足を運ぶ。
 エクステは付けるのに比べれば外すのは簡単だ。でもそれが今はなかなか出来ずにいる。気を抜けば口元が緩んでしまって、鏡に映る自分の姿を見られなかったのだ。
 こんなことでは「二宮飛鳥」に嗤われるな、なんてね。
 帰ったら念入りに手当てをしよう。ボクはやっとエクステを外し、なるべく綺麗に束ねてバッグへしまい込んだ。
 最後に、鏡に映るエクステを外した自分を隈なくチェックする。変なところは、ないよな。まさかこの姿をこんなに早くキミに晒すことになろうとは……ね。

 心を落ち着かせてから席へ戻ると、すぐに会計を済ませることになった。今日は全部彼が出してくれるそうだ。中学生の女の子に一円たりとも出させてたまるか、とのこと。
 ボクはそんなことを気にしたりしないし、出せと言われたら出すつもりもある。だがそうはさせないのが彼の望みであり、黙って出されているのが中学生の……女の子らしいのであれば、一度くらいは抵抗せず流れに逆らわないでみるのもありだろう。
 今のボクは「二宮飛鳥」であろうとしていないのだから。エクステも外したことだし思いのままに、感じるままに、彼と同じ時を過ごしたい。
 カフェテラスを出てすぐに、一陣の風が舞い込んだ。春の風はボクらを凍えさせることはなく、桜色の訪れと共に季節の巡りを感じさせる。

「暖かくなったなあ。飛鳥は春って好きか?」

「うん、嫌いじゃないよ。特に今年は、ボクが経験してきたどの春よりも騒がしくなりそうだからね」

 すぐ側には彼がいる。孤独に身を震わせていたボクの長い冬は終わり、晴れ渡ったあの空のように青い春がやってこようとしていた。
 ボクはこれから何処に往き着くのだろう。彼のプランはまだ聞いていない。
 それでも、楽しい未来が待ってればいいなとボクは彼に期待している。
 暖かな光は手を伸ばせば届き、積もる想いはいつか実る。そんなものは幻想に過ぎない。逆らうことも許されずボクらはただ流されていく、そんな世界にボクらは生まれたけれど。
 彼のおかげで、ボクはこの世界でも生きていける。ヒカリの眩さを忘れずにいられる。

「さあ――」

 往こうか、といういつもの台詞は胸の中で呟いて。

「今日は、何処に連れていってくれるんだい?」

 ボクらは歩き出した。
 ボクの知らない、新しい世界へと。






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