49:名無しNIPPER[saga]
2016/05/22(日) 00:03:32.62 ID:C7BIXhIso
「良い仕上がりだ、二宮。これなら本番が楽しみだな」
幸子と蘭子がそれぞれの仕事でいない中、ボクはトレーナーとマンツーマンでボーカルレッスンをこなしていた。
一人だけのレッスン、二人のどちらかが欠けたレッスンはこれまでにも何度かあった。駆け出しのボクが二人よりもスケジュールに余裕があるのは当然だ。
実力ですら水をあけられないために、一人でのレッスンはユニット結成以前よりも身が入る。三人揃ったレッスンではボクより先を往く二人への焦りを隠すだけでも手一杯だ。
トレーナーに褒めて貰えたのならば、ボクの水準は上がっているのだろう。
確かな手応えに胸の内だけでヨロコビを甘受していると――
「お疲れ様です。様子を見に来たのですが、どうですか? 飛鳥は」
レッスンルームに思いも寄らない来客が顔を出す。プロデューサーだ。
二人のどちらかに付いているとばかり思っていたが……。
「上々だ。本人もやる気を見せてくれているし、これならあの二人にも引けを取らないのではないかな」
「飛鳥がやる気を……へぇ。トレーナーさんにそこまで言ってもらえたら安心ですね」
余計なことを言わないで欲しいな。
視線だけでトレーナーに抗議してみるが、プロデューサーと話をしていてこちらに気付く様子もなかった。
「本人から歌うのは好きだと聞いていたので、飛鳥の武器になってくれたらと考えてはいたんですよ」
「二宮の歌声は個性的なところがある。どこまで曇らせずに伸ばしてやれるか、それが我々の課題だな」
「いやー、早く聴いてみたいなあ飛鳥の歌。今後とも飛鳥をよろしくお願いしますね」
オトナのする会話をプロデューサーがしていると、ボクは彼のことをまだまだ解れてはいないんだな、そう思い知らされる。
あれは彼のオトナとしての仮面なんだろうか。それとも、ボクに向けるあの笑顔の方が……。
「なんなら少し聴いていくか? 今の二宮なら充分キミに可能性を見せてくれるだろう。もちろん時間さえあれば、だがね」
「いいんですか!? じゃあちょっとお邪魔しようかなあ。いいよな、飛鳥?」
「ん、あぁ。ボクは別に……」
「決まりだな。では今日の総まとめとしてさっきのところ、もう一度いくぞ。準備はいいな?」
よくないに決まっている。いつの間にそんな運びになっているんだ。
ボクに断る権利なんてそもそも無かったのだろうけど、それでもいきなり過ぎる。どうしてこんなことに。
本番まで取っておくのが面白いんじゃなかったのか?
いや、これもボクの成長を見せつける良い機会だ。彼を安心させてやれないことには、ボクは彼と対等にはなれない。今日この時をボクのために割いているなら、やってやるさ。
「……いつでもどうぞ」
「よし、始めよう」
期待を背負う、というのはどうにも大変な重荷になり得る。
本番前にそれを理解できただけでも彼の前で歌った意味は大きかった。
……あぁ、そうとも。彼を前にして、ボクは上手く歌えなかった。
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