50:名無しNIPPER[saga]
2016/05/22(日) 00:08:39.66 ID:C7BIXhIso
「機嫌直してくれよ飛鳥ー?」
レッスンが終わり、早足で事務所へ戻ろうとするボクを追ってプロデューサーもついてくる。邪魔をしに来たことをボクが怒っている、とでも察したらしい。
そうではない。そうじゃないんだよ。今のボクはキミに顔向け出来ないんだ。だから放っておいてくれ。
言えるはずもなく、ただボクは黙って歩を進める。彼もまたボクの後を追うのをやめない。目的地が一緒なのでそればかりは仕方ないのだが。
「飛鳥の歌、良かったよ。もっとちゃんと聴きたかったな」
「やめてくれ。慰めてるつもりかい?」
「すまん。レッスンルームに入る前、中に入るタイミングを測ってる時にも聴こえたんだ。あまりよくは聴こえなかったけど、あの後トレーナーさんに褒められてたんじゃないか?」
「……」
なんだ、あれを聴かれてたのか。
ホッとしたような、釈然としないような。しかし偶々上手く歌えなかった、などと言い訳をしないでいたのは正解だったみたいだ。
彼に格好悪いところは、なるべく見せたくない。
「でも、アイドルなら人前で本来の力を発揮できるようにならないとなあ。それは俺が飛鳥に経験を積ませてないからいけないんだけどさ」
「……ボクなら出来る、そう信じてこの舞台に推してくれたんだろう? ならそれは、ボクの力が及んでいないせいだ」
「最初からどんな時も全力を出せるやつなんてそういないよ。気にするなって」
「でもキミはボクを――」
「飛鳥」
名前を呼ばれただけなのに、スッと胸に落ちていった。それは無視出来ない何かを秘めていて、ボクの足の動きが止まる。
……振り返ると、そこには笑顔があった。
微笑みだけで優しさに包まれる、いつもの笑顔だ。
「本番も間近なのはわかってる。でも焦らないでほしいんだ。俺一人なんかよりよっぽど多くの人にお前の歌を聴いてもらうことになっても、その舞台にはあいつらが一緒にいる。だから安心しろって」
「……っ」
ボクを落ち着かせようとしているのは伝わってくる。それ自体はいい。
けれど、彼の言い分ではボクだけを甘やかしているように聞こえてしまう。それでは二人に追いつけない。ボクなりに追いつき追い越そうとしているのだから、そんな特別扱いはいらない。して欲しくない。
……だから、つい、ボクは。
「裏方のキミに、何が解るっていうんだ?」
口にした側から後悔するような、思ってもいないことを彼に言ってしまった。
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