78: ◆KSxAlUhV7DPw[saga]
2016/06/05(日) 22:06:55.57 ID:y3rgRIdpo
見覚えのある景色だった。
それは本来のものとは微妙に異なっているが、どこが間違っているかは解らない。
見覚えのある人だった。
そのスーツ姿の男性は背を向けていて、前へ前へと進んでいる。
ボクはあの屋上にいた。
ところどころ色を失った空の下、遠ざかっていく背中を見つめているだけだ。
身体が動かない。音も聞こえない。ただ彼はボクから離れようとしている。
それ以上は危ない。ここは屋上だ、このまま進めば落ちてしまう。
まるで意に介さず彼は歩みを止めない。そうか、格子がないのか。どうしてないんだろう。
ボクは叫んだ。
声なき声を。こんな時に動かない身体を歯痒く思いながら、ありったけの力を込めて。
はたして彼に届いたのか、ボクには解らない。立ち止まってくれるまで何度も、何度も叫び続ける。
置いていかないで、と。
高い所から身を投げようとしている相手へかける言葉ではないだろうに、ボクはそう叫んでいた。どうして、なんて疑問を抱いている余裕もなかった。
彼は一向に止まってくれない。このまま飛び降りるつもりなのか。彼がいなくなってしまう。いやだ。待ってくれ。ボクの声が聞こえないのか。
ボクは叫ぶ。何度も、何度も。
ボクを置いていかないで、と――
「――ない、で……」
視界が暗転する。
さっきまでいた屋上も、彼の後ろ姿も、もうどこにもない。ここはボクの部屋だ。
夢を見ていたらしい。どうにも臨場感があり、霧散した光景やあるはずのない体験が生々しい感情としてボクの胸に留まっている。
……あぁ、夢でよかった。
時刻は朝5時過ぎ、起床するには早い時間だが寝直す気にはなれない。また同じ光景を見てしまいそうで、寝付けそうもなかった。
夢は何かを暗示するそうだが、今ボクが見ていたものは何のメタファーだろう。あまり気分のいい内容ではなかったし、忘れたい部類ではあるが。
それにしても、内容はともかく夢に彼が出てくるとはね。
彼への想いに気付いた途端これかと思うと、なんだか身悶えしてくる。ボクって単純なのかな。どうせなら良い夢で逢いたいものだ。
少し早いけど、いつでも出られるように今日の準備をしてしまおうか。3月も後半、中学生は春休みの時期だ。うららかな陽光の差す日が増えてきているものの、この時間はまだ寒い。
本番まで数えるほどもない。体調を崩さないためにも温かい格好を心掛けなければ。しばらく学校が無いのでアイドルに集中出来るのは有り難かった。
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