過去ログ - 飛鳥「ボクがエクステを外す時」
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97: ◆KSxAlUhV7DPw[saga]
2016/06/11(土) 23:26:46.23 ID:2YZyh0JIo

「……そうだな。虫が良すぎる、よな。こんなんじゃ」

 ボクが重ねたままでいた手を、彼はそっと握り返してきた。
 彼は覚悟を決めたようだ。顔を見られないよう俯いていたボクは、そんなことも忘れて顔を上げる。
 今日初めて、彼と目が合った。

「わかったよ。もう迷わない、昔みたいにもっと無神経にお前達と付き合っていく。踏み込んでいく。だけど一応だぞ。前例があるから、いっちおーう宣言しとくからな」

「っ……聞こうじゃないか。なんだい?」

「間違っても、俺に惚れるなよ?」

「……フッ」

 それは、もう遅いよ。

「そっちこそ。……決まりだね。決まったことだし、ボクは……ええと、レッスンしに行かないと」

 彼が迎えに来た瞬間が、事務所に戻ろうとした矢先だったのを思い出す。
 今ここで彼と話すべきことはもうない。やるべきことをやらなければ。

「いいさ。本番間近の貴重な時間だけど、飛鳥はあいつらよりもレッスンしていた時間が長いし、トレーナーさんからもお墨付きだ。午前の分は休みにしておいたから、自由にしててくれ」

「そう? なんだかサボっているみたいで落ち着かないな、キミはこれからどうするんだい?」

「今日はデスクワーク中心、といってもほとんど片付いてるから余裕があるんだ。もともとお前達の様子を見たくて調整しててさ」

「キミも暇ってことか」

「暇とはなんだ暇とは。あー、だから、俺に聞きたいこととかあるんなら、答えたりできるぞ。たとえば、俺の好みのタイプとかな」

「……まぁ、まずは戻ろう。ボクらの事務所に」

「そうだな。少しずつ温かくなってきたとはいえ、まだまだ外は寒いからなあ。……でも、このままで?」

 このままで、というのは無論、ボクの右手と彼の左手が繋がれていることを指しているのだろう。
 意識しないようにしてたのにとうとう指摘されてしまった。離すタイミング、無かったもんな。
 だけど、やっと彼と対等の存在になれるような気がしている今なら、このままでいた方が新たなボクらのセカイに浸れて好都合だ。

「このまま、戻ってみよう。この方が肩を並べて歩きやすいだろう?」

「なるほど、飛鳥らしい発想だ。試しにそうしてみるか」

 そうしてボクは、いつの日か叶わなかった、彼の手の温もりを感じられながら事務所へ戻った。
 僅かながら二人きりになる時間も貰えたことだし、彼と過ごす時間を大事に使いたい。
 解り合うことを許された今なら話したかったことも素直に話せそうだ。

「……キミってさ、やはり大きい方が――」

「ん? 大きい?」

「っ! いや、何でもない。そうだな……何から話そうか」

 ボクらの事務所へ戻ると、冷めてしまっているコーヒーのマグカップがそのままになっていた。
 彼は淹れ直そうとしてくれたが、ボクは断って冷めた飲みかけを一口ずつ味わって飲む。熱い冷たいの差はあれど、苦みというこの飲み物の本質は変わっていない。
 ボクの「二宮飛鳥」という仮面もまた、そこに潜む本質、ようやく気付いて認めることが出来たボクという存在までを完全に覆い隠すことは不可能だった。仮面があろうとなかろうと、変わらずボクは彼が好きになっていただろうから。
 どんなコーヒーもそのままなら苦い。どんな仮面を付けたってボクはボクだ。

 人は変わるものだと彼は教えてくれた。ボクもそう思う。でも変わらない味があるのなら、変わらない想いがあってもいい。
 ボクはこの先、彼のことをずっと好きなままなのだろう。好きの意味合いが多少変化することはあっても、ボクは彼を好きなボクで在り続ける。そんな自信がある。
 コーヒーを飲んで、やはり苦みに耐えるボクがいることを確かに感じながら、そんなことを思った。


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