過去ログ - 【ガルパンSS】西絹代(30)「恋って、したことないんだよなぁ」
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12:名無しNIPPER[saga]
2016/06/03(金) 22:41:39.20 ID:6GJ2ZMddO
 いいだけ食べて、微かに眠気の纏う昼下がり。河原を走り回る子どもたちを横目に、私と彼は笑みを交わした。
「いつも、ありがとうございます。本当に、助かっています」
「気にしないでください」と私は答えた。「夫も、もう一人子どもができたようだと、喜んでいますから」
 彼は寂しそうに笑って「そうですか」と言った。私は、しまった、と思った。
「私個人はさっぱりしたものなんですけどもね、娘のことを考えると」
以下略



13:名無しNIPPER[saga]
2016/06/03(金) 22:42:19.48 ID:6GJ2ZMddO

 それ以来、ぼんやりすることが多くなった。家事はいつも通りにこなしていたから夫に訝られることもなかったけれど、そのことが却って私を苛立たせた。
 朝起きて、朝食を作り、家族を起こして、子どもを送り届け、家事をして……ぼんやりしているうちに幼稚園へ子どもを迎えに行く時間が来る。すると、私の心は華やぐ。
「こんにちは」と、私は彼に挨拶をした。
「やあ、こんにちは。今日は、預かっていただかなくても平気です」


14:名無しNIPPER[saga]
2016/06/03(金) 22:42:57.42 ID:6GJ2ZMddO
 この頃は仕事が落ち着いているらしい。以前のように彼自身が迎えに来て、そのまま帰ることが多い。息女と食事をすることは素直に楽しみだったが、今はそれよりも彼と話せることが嬉しかった。彼の表情や、身体の動き、一つ一つにくすぐるような切なさを感じた。驚くほど初心で、純粋な、桜色の気持ちを。まるで、処女だった頃のように——しかし、当時、その処女は戦車に乗ってもいたのだった。あの頃の私なら、突撃一辺倒——そんなアプローチができていただろうか。
 いや、今だって——指先を震わせるも、すぐに目を伏せた。出会うのが遅すぎた。私は夫を愛してはいないけれど、それでも夫は誠実な私の夫で、私もまた誠実な妻だった。
 そして彼は? シングルファーザーという立場に置かれているのを、単に同情しただけなのだ。


15:名無しNIPPER[saga]
2016/06/03(金) 22:43:27.87 ID:6GJ2ZMddO
 なんてことない世間話の途切れに、口の中で呟いた。
 Pity is akin to love.
 可哀想だた惚れたって事よ。
 しばらくして、彼の息女が門から出てくると、一目散に父親に抱きついた。
 はて、と私は思った。息子の姿がない。身を乗り出して見ると、息子は少し離れたところに仏頂面で立ち止まっていた。
以下略



16:名無しNIPPER[saga]
2016/06/03(金) 22:43:55.16 ID:6GJ2ZMddO
「喧嘩でもしちゃったか?」
 訊くと、息子はこっくりと頷いた。
「あんなに仲が良かったじゃないか」
 私は息子を抱き上げて門を出た。そして、同じように息女を抱いていた彼へ別れの挨拶をすると、そそくさと家に帰った。


17:名無しNIPPER[saga]
2016/06/03(金) 22:44:21.53 ID:6GJ2ZMddO

 その夜、ずいぶん久しぶりに夫から求められた。セックスの回数はもともと多くなかった。お互いに淡白な性分で、今では月に一回あれば多いほうだ。私から求めたことは一度もないが、夫から求められたときは断らなかった。しかし、今夜は身体を離し、私は夫に背を向けてしまった。夫が小声で謝るのへ曖昧に返事をしたが、むしろ、私の身体は火照りさえ覚えていた。しかし、この火照りは夫のためではなく、別の男のためであった。微かに浮かぶ罪悪感を見たくなくて、私は目をつむった。


18:名無しNIPPER[saga]
2016/06/03(金) 22:44:48.76 ID:6GJ2ZMddO

 息子はなかなか、彼の息女と仲直りしなかった。しかもこの頃は、別の女の子と手を繋いで門を出てくる。
「羨ましいな」
 私は半ば本気にそう思って、苦笑混じりに呟いた。
 息女はと言えば、ひとり逞しく園内から父の腕の中へと走ってくる。彼は息女を家へ帰したあと、また仕事へ戻るのだろう。私の家で息女を預かるのは、彼のほうから断られた。つまり結局、以前の状態へ戻ったのだった。ただひとつ以前と違うことは、彼と話す機会さえ私から奪われたことだ。息子が他の子と仲良くなれば、自然、その親御さんと話すことになる。
以下略



19:名無しNIPPER[saga]
2016/06/03(金) 22:45:18.12 ID:6GJ2ZMddO
 他人からすれば、なにも変化などないと見えるだろう。けれど、違うのだ。確かにあった繋がりが、断たれた。私は、息子が彼の息女と仲直りするのを、祈る他なかった。本当に、ただ、祈っていたのだ。


20:名無しNIPPER[saga]
2016/06/03(金) 22:45:45.54 ID:6GJ2ZMddO
 ある日の昼下がり、ふいと万年筆を取った。便箋を撫でつけ、ためらいがちに筆先を落とした。極端に記号化された文句から書き始め、それから私の息子と彼の息女について書き、彼の仕事や体調の心配を——私は手を止めた。迷惑だろうかと、そう思う以前に私は人妻なのだ。
 不意に、胸の底の奔流にむせた。どうしてだろう。誰が私を連れてきたのか。


21:名無しNIPPER[saga]
2016/06/03(金) 22:46:44.63 ID:6GJ2ZMddO
「これが恋なのでしょうか」
 ため息を書き写して、手紙を結んだ。その一文が宛先を奪ってしまった。
 私は上着の内ポケットへ手紙を入れておいて、彼を見かけたときどきに胸元さすってみた。それで少しは具合がよかった。


22:名無しNIPPER[saga]
2016/06/03(金) 22:47:58.36 ID:6GJ2ZMddO
 そんなお遊びを続けているあいだに、彼は幼稚園へ姿を見せなくなった。彼だけじゃない、彼の息女も登園していないようだ。それとなく息子に訊くと「ビョーキ」と短い答えが返ってきた。
 私は家へ帰ると、すぐに彼へ電話をした。
「入院しているんです」
「えっ……」
 彼の言葉に一瞬気を失いかけたが、どうにか持ちこたえた。悪い想像とどこかで耳にした病の名前がぐるぐると頭に渦巻いた。彼は電話口にも私の様子を察したらしく、軽く笑って「胃潰瘍ですよ、すぐに治ります」と言った。それを聞いて、ひとまずほっとした。遅れて息女のことを訊くと、入院のあいだだけ預かってもらっているそうだ。


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