過去ログ - 【ガルパンSS】西絹代(30)「恋って、したことないんだよなぁ」
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2:名無しNIPPER[saga]
2016/06/03(金) 22:30:24.89 ID:S/jDowzwo
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3:名無しNIPPER[saga]
2016/06/03(金) 22:30:36.85 ID:6GJ2ZMddO
 きっと私は幸せ者だった。誠実な夫、可愛い子どもたち、退屈なほどの日常。朝起きて、朝食を作り、家族を起こして、子どもを送り届け、家事をして……しかし、そうして日々の雑事に追われているとき——その隙間に、ふっ、と思うのだ。私は恋をしたことがなかった、と。
 学生時代、男性と交際する機会はないでもなかった(実際、恋人のいる同級生は多かった)が、私はなんとなく、そういうものから距離をおいてしまった。それは、恋愛という不純なものへの恥じらいからで——もっとも私は恋愛に対して少女らしい憧れを抱いてもいたが——当時はそれよりも戦車のことで頭がいっぱいだったのだ。いや、そう言い聞かせていたのかしらん……。


4:名無しNIPPER[saga]
2016/06/03(金) 22:33:06.69 ID:6GJ2ZMddO
 この頃、戦車の写真なんかを見ると「私は恋をしたことがないのだ」と考えこんでしまう。戦車と恋になにか関係があるだろうか?  きっと、私の青春が戦車とともにあったからなのだ。幼い時分から続けていた戦車道は、結婚を機にふっつり辞めてしまった。今は、家事の合間に録画していた試合を観たり、資料を読む程度で、もう何年も戦車には乗っていない。
 思わずため息をつくと、居間の時計が鳴った。子どもを迎えに行く時間だ。私は簡単に身づくろいをして、車へ乗りこんだ。私の家には車が三台ある。
 エンジンの震えはまるで物足りない。公道を走るのは、退屈だった。また、ため息が漏れる。


5:名無しNIPPER[saga]
2016/06/03(金) 22:35:30.48 ID:6GJ2ZMddO
 同じことの繰り返し——螺旋階段をのぼるように歳だけは重なっていく。私はすでに三十歳になっていた。
「もっと、なにかあったんじゃないか?」
 バックミラー越しに自問するが、答えは出ない。
 いつもの息子は、私を見つけるやいなや腕の中に飛び込んでくるのだが、今日はなかなか帰ってこなかった。どうしたことだろうと、親子の群れの中で立ちすくんでいると、やっと息子が園内から出てきた。彼は女の子と手を繋いで歩いていた。


6:名無しNIPPER[saga]
2016/06/03(金) 22:36:16.58 ID:6GJ2ZMddO
 私はつい頬を緩ませ、息子の名前を呼んだ——と、傍の男性が同じ方向へ(恐らくは女の子の名前を)呼びかけていた。私と彼は、顔を見合わせると苦笑した。
 男性は女の子の父親だった。
 私は息子を、彼は息女を、それぞれ抱きかかえて、簡単に挨拶をした。
「ませたものですね」
「ええ、ウチの子どもが……」
以下略



7:名無しNIPPER[saga]
2016/06/03(金) 22:37:13.49 ID:6GJ2ZMddO
 それから数日後、やっとお互いの名前を知り合った。彼は私の名前を聞いて「どこかで聞いたことのある名前ですな」と、はにかんだ。学生の時分から戦車道のファンだという——私が戦車道をやっていたことは話さないでおいた。
 彼の息女と、私の息子は、順調な交際を続けているようだった。息子は少しだらしないとこもあったのだが、この頃はきちっと制服を着こなしてから登園するようになった。夕方になって迎えに行くと、恋人の手を取って門まで帰ってくる。彼ら二人の仲が良くなるにつれ、自然、女の子の親と話す機会が増えた。


8:名無しNIPPER[saga]
2016/06/03(金) 22:38:44.52 ID:6GJ2ZMddO
 彼は(彼の息女は、というべきか)片親だった。幼稚園が終わる頃に迎えに来て、息女を家へ帰すと、また仕事へ戻るという。遅くまで預かってくれる保育園を探しているそうだが、未だ見つからないらしい。
「よければ私の家で預かりましょうか?」
 我ながら思い切ったことを言ったと思う。彼は「いえ、ご心配には及びません」と慇懃に断ったものの、しかしやはり息女を一人で留守番させるのは不安らしく、三度目の申し出には首を縦に振った。
 私の夫は先も書いた通り誠実な人だった。事情を説明すると、息女を預かることに何の異議も唱えなかったばかりか、まるで自分の娘のように息女を可愛がった。


9:名無しNIPPER[saga]
2016/06/03(金) 22:39:22.04 ID:6GJ2ZMddO
 その頃、私に恋の自覚はなかった。というよりも、まだ、恋をしたことがないままの自分だった。私はまったく善意で彼の息女を預かり、私の生活に多少の彩りが添えられた——その程度のことと考えていたのだった。下心もなにもなく、誠実かつ退屈な螺旋階段と思っていた。


10:名無しNIPPER[saga]
2016/06/03(金) 22:40:07.35 ID:6GJ2ZMddO

 それが変わったのは、ずいぶん経ってからのことだ。
 季節は夏、バーベキューに誘われた。私は一も二もなく了承したが、夫は仕事があり参加できなかったため、私と下の息子、彼と彼の息女の四人でのバーベキューになった。彼の運転する車で河原へと出かけた。他人の運転する車に、なんとなく戦車道に躍起になっていた頃を思い出した。


11:名無しNIPPER[saga]
2016/06/03(金) 22:40:56.84 ID:6GJ2ZMddO
 私の息子と彼の息女は後部座席で仲良く手を繋いでいたので、私も彼も、二人に構わず話ができた——とは言え、彼らの親として話すだけで、それ以上踏み込むことはなかったが。
 目的地へ着いてからも、それは大して変わらなかった。
 ところで、私はバーベキューは初めてだった。肉を焼く行事だということは知っていたが、具体的になにをどうすればいいか、まったくわからなかった。食材はすでに調理済みで、あとは焼くだけのものが用意されていたため、私はただ馬鹿みたいに突っ立っている他になかった。一方、彼は手際良く鉄板や炭を準備した。私の夫はこうしたことに非常に疎いので——今だからこう形容できるが——少しばかりときめいたのだった。


12:名無しNIPPER[saga]
2016/06/03(金) 22:41:39.20 ID:6GJ2ZMddO
 いいだけ食べて、微かに眠気の纏う昼下がり。河原を走り回る子どもたちを横目に、私と彼は笑みを交わした。
「いつも、ありがとうございます。本当に、助かっています」
「気にしないでください」と私は答えた。「夫も、もう一人子どもができたようだと、喜んでいますから」
 彼は寂しそうに笑って「そうですか」と言った。私は、しまった、と思った。
「私個人はさっぱりしたものなんですけどもね、娘のことを考えると」
以下略



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