過去ログ - 【ガルパンSS】西絹代(30)「恋って、したことないんだよなぁ」
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24:名無しNIPPER[saga]
2016/06/03(金) 22:48:53.09 ID:6GJ2ZMddO

 窓辺の花は微かに乾いていた。吹き込む風にかさかさとこすれ合った花びらが一つ離れ、シーツの上に落ちた。花を持ってこなくてよかった、と私は思った。
「お気遣いいただいて……」
 紅茶の箱を棚へ置くと、彼は照れくさそうに頭を掻いた。顔色はあまり良いと言えないが、思っていたよりも元気そうで安心した。
 傍の椅子へ腰掛けたはいいものの、なかなか言葉が思い浮かばなかった。


25:名無しNIPPER[saga]
2016/06/03(金) 22:49:22.62 ID:6GJ2ZMddO
「入院と言うので、驚きました」
「本当に、大したことはないんです」
 そう言って、彼は笑った。笑い返してすぐ、なぜだか耳のあたりがくすぐったくなり、私は目を伏せた。柄にもなく、もじもじと手遊びが止まなかった。
「貴方は……」
 言いかけて、内ポケットの手紙に意識が集まった。


26:名無しNIPPER[saga]
2016/06/03(金) 22:49:58.64 ID:6GJ2ZMddO
 目を上げると、彼と視線がぶつかった。胸の底にある奔流が、喉元へせり上がるような気がした。それは悲しい音を纏っていた。
「もっと、早くに出会っていたらよかった」
 独り言のように呟いて、私は再び目を伏せた。
 風が吹いて、沈黙を攫っていった。


27:名無しNIPPER[saga]
2016/06/03(金) 22:50:34.65 ID:6GJ2ZMddO
「西絹代隊長」彼は言った。「かっこよかった」
 私は顔を伏せたままだったけれど、頬が熱くなるのを感じていた。同時に、代えがたい寂しさも。
「もう、戦車には乗らないのですか?」
 彼は無邪気な子どものように訊いた。私もまた、無邪気に笑ってみせた。


28:名無しNIPPER[saga]
2016/06/03(金) 22:51:02.25 ID:6GJ2ZMddO
「貴方は、ずっと前から私を知っていたのですね」
「すみません、僕が勇気を出していたら」
「いえ、いいんです」私はようやく顔を上げた。「いい思い出ができました」
 胸元の手紙は、捨ててしまおう——彼を責める気には、とてもなれなかった。
「貴方が好きです。だから、さようなら」
以下略



29:名無しNIPPER[saga]
2016/06/03(金) 22:51:28.10 ID:6GJ2ZMddO
 私は感情の氾濫を悟られまいと、足早に病室を出た。
 ドアを閉め、少し離れたベンチに身体を投げ、それからやっと涙を手放した。堰を切って、感情が指先へ巡った。
 私は泣いた。行き場を失くしたことごとを、涙が押し流して、それで赦しを乞うように。


30:名無しNIPPER[saga]
2016/06/03(金) 22:51:57.19 ID:6GJ2ZMddO
 ようやく頬が乾いた頃に、傍を母娘が通り過ぎた。二人は、彼の病室のドアをノックした。
 そこに私の入る隙間は、少しだってなかった。
 悲しくも嬉しい彼の幸福は、私の願いに消えてしまうがいい。


31:名無しNIPPER[saga]
2016/06/03(金) 22:52:23.58 ID:6GJ2ZMddO

 私は涙を拭いた。恋は音速で通り過ぎたことを知った。
 そして私は私の幸福へと帰った。
 だから、これからの私は、不幸にも恋をしたことがないと言うことはないだろうに。



32:名無しNIPPER[saga]
2016/06/03(金) 22:52:56.43 ID:6GJ2ZMddO
以上です。お付き合いいただき、ありがとうございます。


33:名無しNIPPER[sage]
2016/06/03(金) 23:05:13.08 ID:mBA8G5RSo
乙です!


34:名無しNIPPER[sage]
2016/06/03(金) 23:06:09.58 ID:UzgK4Lsoo



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