過去ログ - 開かない扉の前で
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843:名無しNIPPER[saga]
2017/11/04(土) 23:51:11.77 ID:rBhi7b25o

 ――重荷なんだ。

 咳にまぎれて、笑みがこぼれた。

 今、この今、わたしは何かを掴もうとしている。
 それはたぶん、狭隘で閉塞的な空間でしか手にできない何かだ。

 深い穴の底で見るような、果てのないトンネルの中で見るような、狭い箱の中で見るような、この暗闇の底で見るような、
 そこでしか得られないような、何か。それが今、わたしの手元まで来ている。

 それがあると楽だ。
 それさえあれば他に何もいらない。

 暗闇は、ただ親密にわたしを受け入れてくれる。わたしを取り囲んでいる。

 それは、『かもしれない』の集合体だ。
 あの暗がりに、誰かの背後に、視界の隅に、握りしめた手の中に、何かが『あるかもしれない』。

 シュレディンガー、二重スリット、量子力学の比喩。

 光は波か粒子か、定まるのは観測者がいるからだ。

 観測者がいなければ、それは不明確のまま。
"明"言されなければ、"明るみ"にさらされなければ、"暗がり"はすべてを内含する。
"無明"の中では何もかもが"不明"だ。

"不明"であることは、何ひとつはっきりしないということだ。

 その暗渠のなかで、わたしを苛む声。

 お兄ちゃんに会えるかもしれない、と聞いたとき、わたしが引き返さなかった理由が、今なら分かる。
 はっきりさせるのが怖かった。お兄ちゃんの憎しみ、わたしを重荷に思う心、それは、"明るみ"にさらさなければ、ただの"可能性"にすぎない。
 
 もし、会ってしまったら、話してしまったら、観測してしまったら、それは確定してしまうかもしれない。
 知ってしまったら、戻れないかもしれない。

 だから、わたしはここにたどり着いたのだ。

 この暗闇の中で、わたしはわたしを維持できる。
 何も知らなければ、何の事実もなければ、わたしは傷つかない。
 わたしを苛む空想を、けれど、空想だと分かった上で、そこに溺れながら払いのけ続けることができる。
 
 そうしているのが楽なのだ。




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