99: ◆FlW2v5zETA[saga]
2016/07/20(水) 07:09:25.83 ID:MhS5mzTTO
「岩代……?」
忘れる筈もない名前を見付けたのは、その時の事だった。
おじさんとおばさんの名前は覚えていない。
だけどあの二人の名前だけは、忘れる筈も無い。
そこにあった表札は、二つ。
一つは、最初に見付けた塀に埋められた苗字だけのもの。
そしてもう一つは、違うスペースに貼られた家族全員の名が刻まれたもの。
気付けば俺の息は乱れ、目を逸らしたくなるのを必死で堪えながら、二つめの表札へ近付く。
『岩代トオル』…
『サヨコ』…
ああ、この並びは、夫妻の名前だ。
だけどその後も、まだ続いてる。きっと子供がいたはず。
固まりたがる首を必死に回し、次の欄へと、ガタガタと震える指を這わせた。
子供は二人……そこにあったのは。
『ユウ』
『コウタ』
それを目にした瞬間、俺は膝から崩れ落ちた。
そしてふと顔を上げた時、俺の目は門から家全体を俯瞰して視界に収める。
ドアにも縁側にも大きな穴が開き、家の中は丸見え。
不意にリビングの壁が目に入り、それは最初、『純粋な赤い壁紙の様に』見えた。
違う…あれは……血の…いや、小さい…そうだ、例えるなら人間が飛び散った…。
1人なんてもんじゃねえ……あの壁は、もっと…!
「うああああああああああっ!!!」
「ケイ君!?どうした!」
その時、俺は我を忘れ、半狂乱で叫ぶのみだった。
今もその時の表情筋の感覚は、よく覚えている。
それまでの人生の中で、最も怒りと悲しみを顔に出していた、その時の感覚は。
俺がどんな形でもこの戦争に参加すると決めたのは、その日の事だった。
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