過去ログ - 北上「離さない」
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98: ◆FlW2v5zETA[saga]
2016/07/20(水) 07:08:30.56 ID:MhS5mzTTO

「リーダー、これって…。」
「……もう見るな。見ちまえば情が移り、手が止まる。
俺たちが今やるべき事は、この道を空ける事だ。
被害者のためにこそ、今は情を捨てて集中しよう。」


落ちていたのは、血に染まったウサギのぬいぐるみ。
焦げ落ちた片耳と血のつき方を見れば、何となく何が起きたのかは理解出来た。

きっと持ち主は恐怖に震えて抱えたまま、頭を撃たれたのだろう。
焦点が変わるはずのないプラスチックの目は、ずっとその光景を焼き付けているように見えた。

手袋の合皮が、ぎゅっと軋みを上げる。
この時俺が怒りをぶつける先など、せいぜい自分の手のひらぐらいしかなかった。

後続するダンプに積めるものはそちらへ、積めないものは道の端へ。
塀に瓦礫を寄せていると、度々家々の表札が目に入る。

ここは5人家族、ここは6人…。
散らばった皿や、とっくに土へ帰った食事の残骸を目にする度、俺はその瞬間まで団欒を楽しんでいたであろう光景に思いを馳せた。

そして所々、至る所に残る血痕が。
それらの命が理不尽に踏みにじられた事を、俺に伝えてくるのだ。


「ケイ君と言ったね、君はどうして今回ボランティアに?」
「……幼馴染の引越し先が、この街だったんです。もう絶望的でしょうけど、せめて何か出来ないかって。」
「そうか……すまない、出過ぎた事を訊いた。」


ボランティアチームには、親族や友人がこの街にいる人が多かった。
じっと破壊されたアパートを見つめる人や、表札を見て涙ながらに作業をする人もいた。

ユウ姉ちゃんも、コウタも…皆、死んじまったのかな…。
わからないや、死体も見てない以上、何もわからない。

うちは両親が忙しく、3人の写真は、いつもおじさんとおばさんが撮っていた。
故に写真を持っておらず、小さかった俺はあの二人の顔を正確には思い出せないし、今どんな風に変わったのかも知らない。

それでも、大切な思い出。
いや、思い出『だった』。

せめて、せめて何か……そう思いながら作業を進めていた時。




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