過去ログ - 佐久間まゆ「あなたを待ちわびて」
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2016/09/06(火) 22:40:38.15 ID:RE0Y+nXd0
 「……さて、じゃあ行こうか」 
  
 あなたはそう言って、テレビ局の門を出てすぐにタクシーを呼んでいた。 
 数分もせずに来た車に乗り込み、あなたは運転手に、わたしの家の住所を口にする。 
  
14: ◆dCFehqwTmo[saga]
2016/09/06(火) 22:46:05.63 ID:RE0Y+nXd0
 ……数か月ぶりに両親に会い、ほんとうに帰郷したことを改めて自覚した。 
 あなたはほんとうに事前の連絡をしていたようで、わたしの突然の帰りを、お父さんも、お母さんも、驚くことなく歓迎していた。 
 久しぶりに触れる両親の手……。心の準備もままならなかったとはいえ、そのぬくもりにわたしは胸が震える。 
  
 『君には親がいる。君に微笑み、君の手をとってくれる人がいる。どうか、どうか幸せに生きてほしい』 
15: ◆dCFehqwTmo[saga]
2016/09/06(火) 22:50:30.08 ID:RE0Y+nXd0
 久しぶりのお母さんの手料理はとてもおいしかった。 
 女子寮で自炊することはあっても、食べていてこれほど嬉しくなるご飯を作れたことは、たぶん、ない。 
 ……たぶん、それはわたしの隣にあなたがいるから。 
  
 玄関口で手土産を両親に渡したあなたが「ホテルに帰ります」と言ったとき、即座にお母さんがあなたを制した。 
16: ◆dCFehqwTmo[saga]
2016/09/06(火) 22:57:18.65 ID:RE0Y+nXd0
  
  
 「プロデューサーさん」 
  
 二階の自室、廊下をはさんだ向かいが客間で、あなたはここに泊まることになった。 
17: ◆dCFehqwTmo[saga]
2016/09/06(火) 23:01:07.83 ID:RE0Y+nXd0
 六畳一間の客間。普段は中央にテーブルを置いているが、端に寄せられ、今は布団が敷かれている。 
 窓の外には、都会では見ることの叶わない数多の星々が見える。 
 部屋のわきにはスーツが掛けられ、その真下にはあなたの荷物が置かれている。 
 あなたはシックな柄のスウェットに身を通し、布団の上に座っていた。 
 そのスウェットに見覚えはなかった。 
18: ◆dCFehqwTmo[saga]
2016/09/06(火) 23:03:19.14 ID:RE0Y+nXd0
 「まさか、こんな日が来るとは思いませんでした」 
  
 「……ほんとだな」 
  
 ふう、というため息とともにあなたは応える。 
19: ◆dCFehqwTmo[saga]
2016/09/06(火) 23:05:50.00 ID:RE0Y+nXd0
 「まゆ、きみ……お母さんになにか言った?」 
  
 「いいえ……わたしもまさか、こんなことになるなんて……」 
  
 これは本心だった。 
20: ◆dCFehqwTmo[saga]
2016/09/06(火) 23:15:28.86 ID:RE0Y+nXd0
 ……そのまましばらくの間、わたしはあなたの声を待った。 
 あなたは何度もわたしを伺っては、所在なさげに目を泳がせるばかり。 
 それでもあなたは、わたしを拒むことなどない。 
 むかしのあなたなら、きっとわたしを振りほどき、わたしが部屋に入ることさえ断ったはずだ。 
 もしかしたら、あのとき無理にでもホテルに帰っていたのかもしれない。 
21: ◆dCFehqwTmo[saga]
2016/09/06(火) 23:16:07.82 ID:RE0Y+nXd0
  
 「……」 
  
 「……」 
  
22: ◆dCFehqwTmo[saga]
2016/09/06(火) 23:26:35.94 ID:RE0Y+nXd0
 いま、あなたは何を感じているの? 
 いま、あなたは何を思っているの? 
 こんなに近くにいるのに。あなたの呼吸の音すらはっきりと聞こえる距離にいるのに、あなたは何も話さない。 
 ……ちょっと前までのわたしなら、きっとすぐにあなたを求めていたでしょう。 
 あなたとのシルシが、キズナが見えていなかったあの頃のわたしなら、きっと。 
23: ◆dCFehqwTmo[saga]
2016/09/06(火) 23:27:04.93 ID:RE0Y+nXd0
  
 「……」 
  
 「……」 
  
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