過去ログ - 【ひなビタ♪】霜月凛「やまびこ」
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11: ◆khUorI/jDo[saga]
2016/09/28(水) 19:15:06.94 ID:tZz1LPe6o
 本日四杯目の珈琲を入れる喫茶店の後ろ姿を眺めながら、私はどうにもいたたまれない気持ちで居住まいを正して待っていた。

 喫茶店は私の言葉をどう捉えたのだろう。あの『嬉しい』という返事は、喫茶店の本心から出た言葉なのだろうか。
彼女の懊悩をやり過ごすための中身のないやりとりを、私は空虚なやまびこと例えた。
今日の私の言葉には中身があっただろうか。喫茶店が返したやまびこを、果たして私はちゃんと受け取れただろうか。

 なんとなく天井を見上げると橙色の照明が店内を照らしている光景が目に入った。それだけで、ほんの少し気持ちが落ち着いた気がした。

「あ……」

 コーヒーサーバーを持って私の席へ向かおうとした喫茶店が小さく声を上げた。
耳を澄ますと、開いた窓から姦しい笑い声が聞こえてくる。この商店街で『姦しい』と言って連想されるのは、字面の通り三人だけだ。
ごはんごはん、なんて声が漏れ聞こえてきた。ここに向かっているのだろう。

「忙しくなりそうです。おかわりを注いだら戻りますね」

 コポコポ、とコーヒーカップが音を立てる。
遠くからは楽しそうな笑い声が響き、オレンジの灯りに照らされた私たちの間に会話は無かった。
つい時間が巻き戻ったような錯覚に陥る。けれどほんの小一時間前まで確信していたことに今では自信が持てなくなっていた。
私とのこの静かな時間を、彼女は好ましいと思ってくれているだろうか。
そんな疑問が頭をかすめた時、私の耳は昼間には聞こえなかった音を捉えた。

 喫茶店の吐息が聞こえた。鼻から抜ける息に声が混ざった、胸の内の幸福が溢れたような満足気な吐息だった。
衣擦れの音にもかき消されてしまいそうな小さな小さな音。喫茶店の頬はかすかに赤みを帯びていて、口元には優しげな微笑みを湛えていた。

 瞬間、私は今自分がいるこの世界の全てが、かけがえのないひどく愛おしいもののように感じた。
真に求めていたものを確かに受け取ることができたと確信した。それは私の胸中に入り込み、いついつまでも留まっていた。

 カップに珈琲が注がれるまでのほんの僅かな時間。
遠い笑い声と、水音と、私たちの小さな幸福が響く世界で、オレンジ色の光明に目を細めて。

 私は、やまびこを聴いていた。


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