8:名無しNIPPER[saga]
2016/11/26(土) 17:45:36.01 ID:aK0UkAGEo
仕事から帰り、アパートの自室で夕飯の支度をしていると、玄関のベルが鳴った。
あなただとすぐに分かった。
「どうしたんですか?」
「美優さん」
目の前にいる私の存在を確かめるように名前を呼んだ。
どうしてか私も、数年ぶりにあなたと再会したような気分だった。
私は部屋着の上に使い込んだボロボロのエプロンをかけていて、あなたはさっぱりしたシャツをおしゃれに着崩していた。
プライベートではあまり見かけない格好で、お化粧もいつもと違っていた。
とても可愛くてかっこよかったから、私はあなたが突然訪問してきた事よりもそっちの方がよほどびっくりしたくらいだった。
まるで芸能人みたい。
「いい匂い。今晩はシチューですか?」
部屋に上がる様子もなく言った。
「ええ、そうですけど……」
玄関の扉が自然に閉まっていく。
私がそれ以上、何も言わないうちにあなたは何気ない仕草で私の唇にキスをした。
知らない香水の匂いがした。
「チューしちゃいました。シチューだけに……ふふっ」
私は時々、あなたが何を考えているのか分からなくなる。
そして、そんなあなたにどこまでもついて行きたくなる。
「本当にどうしたの?」
「美優さんにお願いがあるんです」
もう一度、キスされた。重なった唇は、今度はしばらく離れなかった。
私はその静かさの中に意味を探した。
それは諦めにも似た悲しみと、ひとかけらの情熱だった。
「私と一緒にこの街を出ましょう」
28Res/32.09 KB
↑[8] 前[4] 次[6]
板[3] 1-[1] l20
このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています。
もう書き込みできません。