5:名無しNIPPER[saga]
2016/12/21(水) 17:40:27.12 ID:Mbdc4egm0
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そしておよそ一ヶ月後。
収録を終えた光さんに連れられて、質素なカフェテリアでパフェをごちそうになっていました。
でん、と私の前に置かれたフルーツパフェは、苺の色艶からして極上で、スイーツの王様というパフェの語原にふさわしく君臨しています。
「ごめんねありすちゃん。攻められ損になっちゃって……こいつは約束とお詫びだ」
光さんは拳銃の管理を怠った新米警官みたいに、深々と頭を下げてきました。
「謝らないでください……私の方こそ、喧嘩よりむごいことをしてると思われても仕方ないことを、したんですから」
「そういう練習をするって先に説明しとかなかったのが、アタシのミスなんだ。鍵を借りるとき、もっと詳しく話すべきだった……」
そう言って光さんは肩を落とし、ミルクセーキを一口飲みました。
どんよりと淀みつつある空気の中でごちそうを食べたくないし、まして落ち込む彼女を見たくありません。
固着しつつある陰鬱さを打破するため、話題を切り替えることにしました。
「そういえば、収録は上手にいきましたか?」
「お、おおっ、聞いてくれるのかっ!?」
するとそれまでの調子から一転して、椅子を蹴飛ばしそうなほど大喜びし、こちらに身を乗り出して破顔しました。
「レッスンの甲斐あって、監督に『喉から絞り出したような声がイイ感じ』とか、たくさん褒めてもらえたよ。尺に問題さえ無ければ、ほとんどカットせずに流してもらえるかも!」
「成功した……ってこと、ですよね?」
「うん! で、もしかしたら今後またゲストで呼ばれるかもしれないんだ! ふふ、栄光への道をまた一歩……!」
話したいことが溢れ出るみたいに、身振り手振りを交えて結果を語り出しました。
語られる感動体験には時に主観、時に客観が入り交じっていて、それを楽しそうに話す彼女から目が離せません。
ただ相づちを打つこと以外何もできないほど勢いある話し方は、本来褒められたものじゃないでしょう。
けれど、それほど夢中になってる人だけがもつ特有の輝きに、私もまた魅せられていました。
しかしひときしり話しが進んだ後に、そのきらめきは急にくすみます。
「……それで、今後もまたお呼ばれされるかもしれないってことで、だな……」
ためらいがちな彼女の視線には、どうしてか羞恥が滲んでいます。
なぜ恥ずかしがっているのか、そしてなぜ彼女が恥じらってると理解できた理由が、私にはわかりません。
ただわかるのは。もじもじと手のひらを弄んでる彼女からそれを見いだすのは、私がその不可解な感情へ酷く惹かれているからだ、ということです。
「……その、時間があるときだけでいい。またレッスン、手伝ってくれないか……?」
恐る恐る問いかけてくる表情は、拒絶されたり、あるいは要求を飲まれることの両方を、恐怖しながら期待しているようです。
彼女らしくなく煮え切らない姿を目にし、胸中でまた、あの熱い感情が滲み始めました。
その気持ちは混沌とし過ぎていて、細分化して理解することができません。
「……私じゃなきゃ、だめなんですよね」
けれど、後ろめたい気持ちに進んでなろうとするような、黒い濁りが混じったこの想いは、きっとひどく原始的な部分に根ざした衝動ということは確信していました。
「うん。その、他人には頼み辛いことだから」
神聖な物を汚損するような恐れが混じった返事を聞いて、私は強烈な安心を味わっていました。
なぜ、私はあれだけ没頭したのか。
そもそも、なぜ取り憑かれたような陶酔感に囚われてしまったのか。
その理由を一緒に探す口実を、彼女の方からくれたんです。
「わかりました。また、呼んでくださいね」
しっかりした発音で返事すると、光さんは緊張で乾いたらしいうっすらした唇を、舌先で舐めて潤しました。
「えへへ、ありがと」
そんな彼女をどうしてか見てはいけない気分になって、パフェの生クリームを一口含み、探してはいけないと叱られた倉庫をまた漁るような胸の重さと一緒に胃へと飲み下しました。
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