4:名無しNIPPER[saga]
2016/12/21(水) 17:39:34.40 ID:Mbdc4egm0
事実が胸を雨雲のように覆い、罪悪感が背筋と心を凍らせます。
(身を捩ることすらできずに震えてる、彼女こそ被害者だ)
そう当たり前のことを繰り返し唱えていなければ、どう手当てすればいいかすらわからない恐怖で、ふてぶてしくも叫んでいたかもしれません。
「ごめんなさい……私が、加減を考えなかったせいで……」
「……謝らないで……全力でやってくれて、本気で練習してくれて、はぁ、ありがとう……」
悲鳴を放ちすぎて枯れた喉が、嗄れ声で私を慰めます。
その語調はいかにも儚げで、手の中にある彼女の体温が消えてしまいそうとすら思わされました。
「もう喋らないでください……今縄を切ります。レッスンは中断して、医務室に連れて行きます。立てますか、それだけ答えてください……」
彼女のダメージを治すことに集中すると、どうにか混乱が収まってきました。
「……やめちゃう、の……?」
そう冷静さを取り戻すのに必死な私に、熱っぽく語りかけてきました。
「え……? なにを、言ってるんですか」
思わず口をついてでた疑問に、彼女はいっさい返事しません。
ただ惚けたように濡れた瞳を私に向けて、じっと見つめてくるだけです。
そんな空白した時間の圧力が、耳に絡むような声の印象を強めました。
「……続けたいん、ですか」
悪魔と取り引きするみたいにおずおずと訪ねると、光さんは小さな頭をこくりと振りました。
それは首肯かもしれませんし、痛みに耐えかねて脱力しただけかもしれません。
けど私は、同意だと解釈しました。もっと練習したいのだと。より痛くされたって経験に変えるんだという意味だと捉えました。
「いいですよ、……してあげます、してあげますから」
ふっと肩から重みが消えて、入れ替わりに衝動がこみ上げてきます。
もっと彼女の望みを叶えてあげたい。
欲された物を授けて、そしてもう一度役に入ってみたい。
幸い、それを為す手段はすぐ近くに転がっています。
捨てた鞭を再び手にし、ぐったりしてる彼女に打ち据えました。
音速の打撃を受け止めた光さんが、くたびれていたのが嘘みたいに吠えました。
軋むような不協和音が耳に届く度、罪悪感が真っ白な雷に焼き焦がされて、強烈な安心感に襲われます。
一閃、また一閃と空を引き裂き悲鳴をかき鳴らすたび、顎ががちがちと音を立て、胸中にうっとりと甘い匂いが充満しました。
そんな名前も知らない激情に駆られてた私を、光さんのうつろな瞳が反射します。
(そんなに、楽しいの……?)
憔悴して闇を煮詰めたように昏い視線に、どうしてかそう訪ねられた気分がします。
そのどこから来たかもわからない質問には、ひときわ強く、ひときわ早い一撃でお答えしました。
(光さんだって、――笑ってるじゃないですか!)
白熱した感情が雄叫びの体を為して喉から飛び出し、光さんに痛みをもたらします。
返答を受け止めた彼女は、突き抜けるような声で激痛を訴えました。
二つの絶叫が絡みあいながら延び、いつまでも部屋にハウリング。
彼女を打楽器にすることに必死になってた私は、根拠のない充足感を味わっていました。
光さんもまた、ほっそりした腰を痙攣させて、熱の籠もった息を漏らし、肩を喘がせて疲労に沈んでいます。
力なく打ちひしがれてるその退廃的な表情を、私はきっと、一生忘れられないでしょう。
そんなふわふわした有様では、部屋に誰かが入ってきてるなんて、お互い気付くことが出来ません。
「橘! 南条! お前たちは、なにをやっているんだ!」
顔をひきつらせたベテラントレーナーさんが、鞭よりも苛烈な怒声を放ちます。
自主練習が終わったという事実は現実感を欠いていて、私は他人事のように遠く聞いていました。
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