過去ログ - 茄子「にんじんびーむ♪」
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3:名無しNIPPER[saga]
2016/12/31(土) 13:42:32.58 ID:tFwGSLOi0
 それは昨日のお昼のことでございました。私、鷺沢文香が昼食を終え、事務所でゆっくりと読書に耽っていた時です。

 ここにいらっしゃる皆様はご存知のことかと思いますが、書に没入しているときの私は極端に視野が狭くなります。

 目は手元しか見えていませんし、耳もほとんど聞こえません。いえ、聞こえてはいるのでしょうが、頭に入ってきた音は処理されることなく、そのまま反対の耳から出ていってしまうのです。

 ですから、よほどのことがない限り、私は外界に注意を向けることはありません。事実、私はちひろさんが遅い昼食に出かけたことにも気づきませんでしたし、年少組の面々がいつ事務所に来たのかもわかりません。

 もしあの時、あの一声がなければ、彼女たちが手紙を書き終えて帰るまで、私は物語に没頭していたと思います。

 活字に深く浸かっていた私を現実に引き戻したのは、薫ちゃんが発した一言でした。

「かおるはねぇ、せんせぇの赤ちゃんがほしいな!」

 私はページをめくる手を止めて、顔を上げました。事務所のソファとテーブルを年少組が占拠しています。テーブルには色とりどりの便箋が散らばり、重ねられた封筒と、いくつかの色鉛筆が転がっていました。

 薫ちゃんはきらきらと目を輝かせながら、色鉛筆を握りしめ、私と同じように顔を上げている少女たちに力説します。


「あのね、本当はせんせぇとケッコンしたいですってお願いしようとしたんだけど、お母さんがそれはむつかしいって言ったんだ。

 だってケッコンは人にプレゼントできるものじゃないから。そんなの、サンタさんも困っちゃうよって。

 だからね、かおるはこう考えたの。赤ちゃんがいれば、せんせぇと結婚できるって。

 だって赤ちゃんは、ケッコンした男と女の人に、コウノトリさんがプレゼントしてくれるものでしょ?

 それならサンタさんも、かおるにプレゼントしてくれるって思ったんだ!」

 それは稚拙と笑うにはあまりにも純粋で、そしてまぶしいほどの笑顔でした。

 ――皆さんには想像できますか? 赤ちゃんがどこからやってくるのかも知らない、少女の無垢さを。サンタさんを信じるその無垢なる魂を。

 彼女たちはいつかは知ってしまうのでしょう。子供の作り方を。全国津々浦々にいるサンタさんの正体を。ええ、いつかは知ってしまうのです。しかしそれは同時に、今だけは汚してはならないものだったのです。

 言い訳がましいことは思います。あの時、その場にいた私が声を上げれば、こんなことにはならなかったのではないか。そう思うと悔やみきれません。

 ですが、あの時の私に、彼女たちの笑顔を裏切ることはできませんでした。

仁奈
「ケッコンしたらきっと、プロデューサーとずっとにいられるでごぜーますね! 仁奈も、サンタさんにあかちゃんをお願いするでごぜーます!」

莉嘉
「うーん、お姉ちゃんには悪いけど、アタシもPくんのこと大好きだし……それにアタシとPくんの赤ちゃんなら、絶対カワイイよねっ☆」

千枝
「……Pさんとの、赤ちゃん……結婚したら、千枝のこと、もっと見てくれるかな……えへへ」


「オレは別に、アイツなんか……け、結婚とかどうでもいいけど……ボールは買ったばっかだし、シューズも全然いけるし……ほかにほしいものもねーし……赤ちゃん、かわいいし……頼むくらいなら、いいよな……?」

 薫ちゃんの笑顔にあてられたのか、テーブルに集うほかの少女たちも、一斉に新しい便箋に手を伸ばします。

 少女たちは思い思いにその願いを便箋に綴っていきます。声をかけるかどうか迷う私をよそに。

 そして、事務所の入り口で立ち尽くしたままのプロデューサーさんにも気づかず、精一杯の気持ちを色鉛筆に託すのです。

 私はプロデューサーさんに視線を送りました。どうにかしてください、と。

 ですがまあ、皆さんもお分かりだとは思いますが、あの人は微かに首を横に振っただけでした。自分に向けられる好意をどうしたらいいのかわからないのです。ええ、いつものプロデューサーさんです。

 こういう時のあの人は、本当に何もできません。当事者だというのに、いつもちひろさんを頼ってばかりで、まったく成長していませんから。

 じっと立ち尽くしてるんです。雪の降りそうな外から戻ってきたばかりだというのに、額にうっすら汗まで浮かべて。

 そんなプロデューサーさんに最初に気づいたのは、舞ちゃんでした。彼女だけは便箋を書き直していませんでしたから、ほかの子よりも周りに目が行ったのだと思います。さすがに後ろにいる私が、本から顔を上げていることには気づいていませんでしたが。

 私からはポニーテールしか見えませんでしたが、舞ちゃんとプロデューサーさんの目が合ったのはわかりました。プロデューサーさんはその場の空気を何とかしてほしい、といったような、なんとも情けない苦笑を浮かべましたが、舞ちゃんは応えません。

 二人が視線を合わせて、たっぷりと五秒は経ったでしょうか。舞ちゃんは手元にあったであろう自分の便箋を、音を立ててくしゃくしゃに丸めると、プロデューサーさんのそばのゴミ箱に向かって、えいと投げ入れました。


「私も、プロデューサーさんと結婚したいですから」

 はっきりとそういって、新しい便箋に手を伸ばした彼女の顔は、私からは見えませんでした。


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