過去ログ - あなたの物語を。トエル 『氷菓』
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123: ◆KM6w9UgQ1k[saga sage]
2017/01/09(月) 20:54:15.38 ID:fiJYedV+0
「そうかも……しれません」
千反田は考えを纏めようとしているのだろうか、足元ばかりをじっと見つめている。
124: ◆KM6w9UgQ1k[saga sage]
2017/01/09(月) 20:54:50.33 ID:fiJYedV+0
「外国の街並みを描いた作品があっただろ? あの一枚について俺はお前の母親に尋ねたんだ。
まるで実際に見てきたようだけれど、実のところはどうなのか、と。
それに対してお前の母親は事情があって実際には渡航はできなかったと教えてくれたよ。
125: ◆KM6w9UgQ1k[saga sage]
2017/01/09(月) 20:55:18.28 ID:fiJYedV+0
生で街の空気に触れていれば、自分のこの作品はもっと生き生きとしたものになっていたはずだと、
ちょっとだけ口惜しそうだった。そしてこの事情というのは、お前の母親が絵を止めることを決断する原因にもなったはずなんだ。
千反田、お前の母親は元々は陣出の人間ではなかったんじゃないか?」
126: ◆KM6w9UgQ1k[saga sage]
2017/01/09(月) 20:56:18.78 ID:fiJYedV+0
「はい。母は神山市内から千反田家へ嫁いできた人間です……折木さん、ひょっとして……母は千反田の家のせいで、
自分の夢を諦めなければならなかったのでしょうか?」
この辺りまで話が進めば、いくら察しの悪い千反田であろうと気づくことになると予想はできていた。
127: ◆KM6w9UgQ1k[saga sage]
2017/01/09(月) 20:56:56.16 ID:fiJYedV+0
「俺には当然分からない。ひょっとすれば、お前でさえ知らない苦労があったのかもしれん。
名家と呼ばれる家へ嫁いでくるということ、右も左も分からないままに陣出の顔役を支える者としての責任を課せられ、
周囲が千反田家に求める事柄をこなしていかなければならない重圧。
128: ◆KM6w9UgQ1k[saga sage]
2017/01/09(月) 20:57:29.96 ID:fiJYedV+0
「母は、籠の鳥であることに苦悩していた」
千反田と視線が交わる。憂愁の色合い濃いその瞳が、俺に問うているように思われた。
ああ願わくは我もまた、自由の空に生きんとて。
129: ◆KM6w9UgQ1k[saga sage]
2017/01/09(月) 20:59:21.77 ID:fiJYedV+0
「お前の父親があの絵から与えられたものは、ここまで俺が話した内容だけでは、確固たる決意を抱かせる根拠にはなりえなかっただろう。
過去の後ろめたさから導出した当て推量程度にしか考えなかったかもしれない。
しかし、気づいてしまったんだ。言葉では語られぬはずの物語の内に潜められた、たった三文字のメッセージに」
130: ◆KM6w9UgQ1k[saga sage]
2017/01/09(月) 21:00:09.76 ID:fiJYedV+0
メッセージ? と千反田が繰り返す。
「トエル。これは雅号なんかではなかったんだ。この言葉の意味を知り、お前の父親は確信してしまったかもしれない。
妻は、やはり後悔していたんだ。自分の夢を犠牲にしてしまったことを、そして驚愕してしまったのかもしれないな。
131: ◆KM6w9UgQ1k[saga sage]
2017/01/09(月) 21:00:51.85 ID:fiJYedV+0
「アルファベットにするだけでいい。『To eru』えるに」
千反田の伯父である関谷純の氷菓と似ている。
確認したことはなかったが、ひょっとすれば関谷純が千反田の母親の兄なのかもしれない。
132: ◆KM6w9UgQ1k[saga sage]
2017/01/09(月) 21:01:29.11 ID:fiJYedV+0
「母は、あの絵をわたしへ」
千反田が独りごちる。どこかで、蛙の野太い鳴き声が聞こえた。
腕時計にちらと目をやると、時刻は七時をまわろうとしている。
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