過去ログ - あなたの物語を。トエル 『氷菓』
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126: ◆KM6w9UgQ1k[saga sage]
2017/01/09(月) 20:56:18.78 ID:fiJYedV+0
「はい。母は神山市内から千反田家へ嫁いできた人間です……折木さん、ひょっとして……母は千反田の家のせいで、

自分の夢を諦めなければならなかったのでしょうか?」

 この辺りまで話が進めば、いくら察しの悪い千反田であろうと気づくことになると予想はできていた。
以下略



127: ◆KM6w9UgQ1k[saga sage]
2017/01/09(月) 20:56:56.16 ID:fiJYedV+0
「俺には当然分からない。ひょっとすれば、お前でさえ知らない苦労があったのかもしれん。

名家と呼ばれる家へ嫁いでくるということ、右も左も分からないままに陣出の顔役を支える者としての責任を課せられ、

周囲が千反田家に求める事柄をこなしていかなければならない重圧。
以下略



128: ◆KM6w9UgQ1k[saga sage]
2017/01/09(月) 20:57:29.96 ID:fiJYedV+0
「母は、籠の鳥であることに苦悩していた」

 千反田と視線が交わる。憂愁の色合い濃いその瞳が、俺に問うているように思われた。

ああ願わくは我もまた、自由の空に生きんとて。
以下略



129: ◆KM6w9UgQ1k[saga sage]
2017/01/09(月) 20:59:21.77 ID:fiJYedV+0
「お前の父親があの絵から与えられたものは、ここまで俺が話した内容だけでは、確固たる決意を抱かせる根拠にはなりえなかっただろう。

過去の後ろめたさから導出した当て推量程度にしか考えなかったかもしれない。

しかし、気づいてしまったんだ。言葉では語られぬはずの物語の内に潜められた、たった三文字のメッセージに」
以下略



130: ◆KM6w9UgQ1k[saga sage]
2017/01/09(月) 21:00:09.76 ID:fiJYedV+0
 メッセージ? と千反田が繰り返す。

「トエル。これは雅号なんかではなかったんだ。この言葉の意味を知り、お前の父親は確信してしまったかもしれない。

妻は、やはり後悔していたんだ。自分の夢を犠牲にしてしまったことを、そして驚愕してしまったのかもしれないな。
以下略



131: ◆KM6w9UgQ1k[saga sage]
2017/01/09(月) 21:00:51.85 ID:fiJYedV+0
「アルファベットにするだけでいい。『To eru』えるに」

 千反田の伯父である関谷純の氷菓と似ている。

確認したことはなかったが、ひょっとすれば関谷純が千反田の母親の兄なのかもしれない。
以下略



132: ◆KM6w9UgQ1k[saga sage]
2017/01/09(月) 21:01:29.11 ID:fiJYedV+0
「母は、あの絵をわたしへ」

 千反田が独りごちる。どこかで、蛙の野太い鳴き声が聞こえた。

腕時計にちらと目をやると、時刻は七時をまわろうとしている。
以下略



133: ◆KM6w9UgQ1k[saga sage]
2017/01/09(月) 21:01:57.19 ID:fiJYedV+0
「俺がお前の母親に伝えますと言ったのはこのことだ。

額縁に収められた物語について、俺が何を語ろうとそれはお前の母親の言うとおり、俺が感じたものにすぎない。

あとはお前がそれをどう受け取るかにかかっている」
以下略



134: ◆KM6w9UgQ1k[saga sage]
2017/01/09(月) 21:02:33.04 ID:fiJYedV+0
 夕焼け空が、艶かしい色合いへと移り変わっていく。

夜の闇が、その異なる色相を幾重にも別けて積み重なっている。

待ちかねた星々がまばたきを始めた。このような時間帯をトワイライトタイムと呼ぶらしい。
以下略



135: ◆KM6w9UgQ1k[saga sage]
2017/01/09(月) 21:03:07.91 ID:fiJYedV+0
「けどな千反田、お前の父親の解釈だけは、さっきお前の母親によって否定されてしまったんだ。

お前の父親は母親の過去に引け目を感じすぎているのかもしれない。

その過剰な憐憫の眼差しが作品を鑑賞するための審美眼を曇らせてしまっていた。
以下略



136: ◆KM6w9UgQ1k[saga sage]
2017/01/09(月) 21:03:42.04 ID:fiJYedV+0
「母は、わたしに幸せでありなさいと言ってくれました」

 両の手を胸の前で重ね合わせた千反田の姿は、まるで祈りを捧げているかのようであった。

その瞳が細められ、千反田があどけなく相好を崩す。
以下略



137: ◆KM6w9UgQ1k[saga sage]
2017/01/09(月) 21:04:20.77 ID:fiJYedV+0
「それにお前の父親は自由に生きろ、好きな道を選べとお前に言ったんだよな。だったら……」

 これ以上は俺の語ることじゃない気がした。

今日の俺は、やはりどこかおかしかったのかもしれない。
以下略



138: ◆KM6w9UgQ1k[saga sage]
2017/01/09(月) 21:04:47.31 ID:fiJYedV+0
「夏休みはまだ長い。考える時間ならたっぷり残されているさ」

 胸にストンと落ちる。これぐらいの言葉が、俺にはやはりちょうどいい。


139: ◆KM6w9UgQ1k[saga sage]
2017/01/09(月) 21:05:35.80 ID:fiJYedV+0
「はい。折木さん、今日は本当にありがとうございました」

 千反田が礼を述べ、ゆったりとお辞儀をする。そして、頭を上げると、おもむろに身体ごと背後へ振り返ってしまった。

もう、俺には千反田の表情は伺えない。今、こいつはどんな表情をしているのだろうか。
以下略



140: ◆KM6w9UgQ1k[saga sage]
2017/01/09(月) 21:06:02.05 ID:fiJYedV+0
 残光が千反田のシルエットを縁取っていく。

千反田が、今も祈りを捧げてくれていればいいのにと思う。

与えられた物語へ、これから紡ぎ出す自らの物語に、
以下略



141: ◆KM6w9UgQ1k[saga sage]
2017/01/09(月) 21:10:57.87 ID:fiJYedV+0
終わりです
読んでくれた方がいればありがとうございました。
誤字脱字もですが、改行等も下手くそだったかもしれません申し訳ないです。



142:名無しNIPPER[sage]
2017/01/09(月) 23:50:32.86 ID:1ctRxCBY0
これは良作


143:名無しNIPPER[sage]
2017/01/10(火) 00:56:09.24 ID:4JUxz/Wy0

氷菓SSなんて久しぶりにみた


144:名無しNIPPER[sage]
2017/01/11(水) 11:06:19.12 ID:Jm9NJJdA0
いや面白かった
氷菓のSSは秀逸なのが多いな


145:名無しNIPPER[sage]
2017/01/11(水) 11:17:18.92 ID:79831GZTo
良作だった
翼って単行本出てたっけ?まだ買ってないや


146:名無しNIPPER[sage]
2017/01/11(水) 11:47:25.91 ID:ATgVl1D3O
この前出たばっかだよ


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