過去ログ - あなたの物語を。トエル 『氷菓』
↓ 1- 覧 板 20
22: ◆KM6w9UgQ1k[saga sage]
2017/01/09(月) 19:24:54.87 ID:fiJYedV+0
この道を、選んだのは私だった。
この子が笑い、泣き、走り回り、飛び跳ねる姿、絵本を読んでもらっているときのあの瞳の輝きや安堵の寝顔、
その全てが愛おしくてたまらない。
23: ◆KM6w9UgQ1k[saga sage]
2017/01/09(月) 19:27:14.19 ID:fiJYedV+0
彼女の唇に触れ、考える。この子にも、私と同じことで臍を噛むような気持ちになることがあるのだろうか?
ひょっとすれば、その瞬間が訪れることはないのかもしれない。
どちらがいいだろう? 他人に知られれば、指弾されるかもしれないが、私は私と同じように、この子も悩んでくれる
24: ◆KM6w9UgQ1k[saga sage]
2017/01/09(月) 19:28:15.83 ID:fiJYedV+0
軒下の犬走りを打つ雨垂れの音だけが、この深閑とした空間で
耳に届く唯一の音らしい音だった。
やがては、この雨滴の音もさわさわと降り続く雨の音同様に、間もなく
25: ◆KM6w9UgQ1k[saga sage]
2017/01/09(月) 19:29:42.92 ID:fiJYedV+0
隣の横手邸に何の気なしに目を遣る。瓦葺き屋根の平屋建て、やって来た時には気づかなかったが、
屋敷の縁側正面には小さな池があり、白色と薄い桃色の蓮の花がまるで装飾品のように
この敷地に彩りを添えていた。姿を消していたかたつむりが何処を目指してか、また板塀を
26: ◆KM6w9UgQ1k[saga sage]
2017/01/09(月) 19:30:27.94 ID:fiJYedV+0
お世辞ではなく陣出の景観に、この屋敷は見事なほどに馴染んでいる。
まるで誰かがキャンバスに描いた絵画のようだ、とふと俺には思えた。
まず陣出の山里風景を描く。峻険な山々の姿、木々や草花、まばらに建つ人家。
27: ◆KM6w9UgQ1k[saga sage]
2017/01/09(月) 19:31:06.17 ID:fiJYedV+0
両手の親指と人差し指を立てL字型をつくる。それを組み合わせ長方形の窓枠にし、
そこからそっと周囲を覗いてみた。
どこをどうその窓枠に収めてみたところで、俺にはイマジネーションの気配も趣とやらも感じることができない。
28: ◆KM6w9UgQ1k[saga sage]
2017/01/09(月) 19:31:37.39 ID:fiJYedV+0
「千反田」俺は蔵の内側へ呼びかける。「少しは落ち着いたか」
応答は返ってこない。
29: ◆KM6w9UgQ1k[saga sage]
2017/01/09(月) 19:32:53.92 ID:fiJYedV+0
ただ、べつにいいさと俺には思えた。得手勝手な話ではあるが、誰かが不利益を被ればいいという
願いを微かに抱いていた。千反田えるを取り巻く種々のしがらみを後生大事にする奴らも、合唱祭の成功ばかりに目を向け、
千反田えるという個人を蔑ろにした奴らどちらにも不利益が被れば良いと僅かに願っていた。
30: ◆KM6w9UgQ1k[saga sage]
2017/01/09(月) 19:33:30.56 ID:fiJYedV+0
つまるところが八つ当たりだ。論理もへったくれもない。ぐずる子供が喚き散らし、非の全てを誰かに押し付けたいだけだ。
千反田は俺がこのような事を述べたところで絶対に同意はしないだろう。
そのような考えを俺が持っていること自体にも喜びはしないはずだ。
31: ◆KM6w9UgQ1k[saga sage]
2017/01/09(月) 19:34:03.37 ID:fiJYedV+0
前触れもなく、観音開きの扉が開く。思いの外鳴り響く音に、俺は少しだけ驚き、後退りしてしまう。
「ごめんなさい。折木さん」
俯き加減の千反田がそう呟く。
32: ◆KM6w9UgQ1k[saga sage]
2017/01/09(月) 19:34:34.94 ID:fiJYedV+0
そんなことないさ、とは口に出来なかった。千反田はその言葉をにべもなく否定してしまうだろう。
何を言葉にすればいいのか、どれもこれもが千反田を傷付けるだけのようで俺には分からなかった。
146Res/56.44 KB
↑[8] 前[4] 次[6]
板[3] 1-[1] l20
このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています。
もう書き込みできません。