過去ログ - あなたの物語を。トエル 『氷菓』
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43: ◆KM6w9UgQ1k[saga sage]
2017/01/09(月) 19:42:42.85 ID:fiJYedV+0
途端、ホーローに印刷された男性の笑顔が、憎たらしい笑みに変わったように俺には思えた。
「どうして父はこのタイミングで、わたしに自由に生きろと、好きな道を選べと告げたのでしょう。
これまでのわたしの振る舞いを父も十全に理解していたはずです。
44: ◆KM6w9UgQ1k[saga sage]
2017/01/09(月) 19:43:30.54 ID:fiJYedV+0
なるほど、と妙に得心がいった。
役割を投げ出してしまったことへの自責、千反田の父が娘に告げた家を継がなくていいという、捉えようによっては許しの言葉。
課せられた責と解かれた責、この二つの責の狭間で先刻まであれほど煩悶していた千反田だったが、
45: ◆KM6w9UgQ1k[saga sage]
2017/01/09(月) 19:44:07.60 ID:fiJYedV+0
瞳孔が拡大したようにも見えるその大きな瞳が、俺を呑み込んでしまわんとばかりに凝然とこちらを見据えている。
普段以上の迫力に、知らず息を止めてしまっていた。
「分かった分かった」
46: ◆KM6w9UgQ1k[saga sage]
2017/01/09(月) 19:44:37.44 ID:fiJYedV+0
「とりあえず千反田……少し離れろ」
勢い余ってこちらに身を乗り出した千反田にたじろぎ、手にしていた傘を地面に放ってしまい、
もう二人とも完全に雨ざらしだ。まず俺が初めにくしゃみをし、つられたように千反田があとに続いた。
47: ◆KM6w9UgQ1k[saga sage]
2017/01/09(月) 19:45:19.32 ID:fiJYedV+0
千反田の提案で、千反田邸に足を運ぶこととなった。
小雨程度だといっても、二人ともいい塩梅にずぶずぶだ。他人の家にお邪魔することがそれほど得意じゃない俺だったが、
待ち受けているだろうバスタオルの誘惑には抗えない。それに、どうして千反田の父親が件のようなことを告げる気になったのか、
48: ◆KM6w9UgQ1k[saga sage]
2017/01/09(月) 19:46:25.69 ID:fiJYedV+0
頭を垂らしてはいない緑の稲が、毅然として整列している光景が目の前に広がる。
出穂にはまだ少し時間を要するそうだ。
この広大な田園の全てが千反田家の所有地なのだろうか。
49: ◆KM6w9UgQ1k[saga sage]
2017/01/09(月) 19:47:08.01 ID:fiJYedV+0
門扉の前に立ち、改めてその内部を伺ってみると自然と溜息が漏れ出てしまった。
依然として変わらないその偉容は、古くから連綿と続くこの家系の誇りを代弁しているかのようだった。
俺や里志たちには到底理解し難い責、千反田という家の歴史が
50: ◆KM6w9UgQ1k[saga sage]
2017/01/09(月) 19:47:46.12 ID:fiJYedV+0
不意に、不安に襲われる。千反田はこの責任と真正面から対峙し続けてきた。
ただ、その責任から唐突に放免され途方に暮れてしまった今、千反田の父親の真意を知り得たところで、
それは本当に千反田の救いになるのだろうか。
51: ◆KM6w9UgQ1k[saga sage]
2017/01/09(月) 19:48:22.15 ID:fiJYedV+0
「ところで千反田」
俺はそんな不安を振り払おうと隣を歩く千反田に声を掛ける。
「父親が、お前に『家のことは気にせず自由に生きろ』となぜその日に語ったのか、
52: ◆KM6w9UgQ1k[saga sage]
2017/01/09(月) 19:49:11.87 ID:fiJYedV+0
「別にどんな些細なことだっていいんだぞ。
それに、普段から一緒に生活をするお前でなければ些細な変化なんて気づきようもない」
腕を組み合わせ、下唇を噛んでもう一度記憶を手繰り始めた千反田が
53: ◆KM6w9UgQ1k[saga sage]
2017/01/09(月) 19:49:56.18 ID:fiJYedV+0
時折このお嬢様は俺が期待する加減というものを、
ものの見事にあっさりと裏切ってくれる。
「どうでしょうか? うーん、あっ! では物置の整理をしていて、
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