過去ログ - 六畳世界から考察するチョコレートと恋愛ごとにおける関係
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7:名無しNIPPER[sage]
2017/02/16(木) 06:52:55.42 ID:REFDSq1Lo
めんどくさい地の文あってこその森見作品だろ!
野暮な事言ったが乙です 待ってるぞ


8:名無しNIPPER[sage]
2017/02/16(木) 10:58:02.06 ID:aFKE0B4jo
きたい


9: ◆jZl6E5/9IU[saga]
2017/02/16(木) 22:50:53.24 ID:ZX+GwLVA0
時は二月十三日。金曜日であった。いきなり二月十四日の話でないことにおそらくは疑問符を心の中に抱かれた読者の方も多いであろうと思う。しかしながらここから私は人生で最も体感的に長いバレンタインデーの始まりへの階段を踏み出したのである。
その日私は大学の附属図書館で調べ物に取り組んでいた。別にそれは重要なことではないので内容は割愛させていただく。とにかく、私はその調べ物のためにほぼ一日を費やして、夕方にもなろうかという頃にようやく図書館を離れたのだった。あとは愛すべき我が六畳の城へと戻りひたむきに本と向き合うだけの窮屈な時間から解放された我が身を労われば今日自らに課した任務は終了となるはずだった。


10: ◆jZl6E5/9IU[saga]
2017/02/16(木) 22:52:14.43 ID:ZX+GwLVA0
「先輩」
図書館を出て時計台の辺りへと差し掛かろうかというところでそのように私を呼ぶ声を背後から聞き取ると、私はくるりと後ろに回れ右をした。回った先には私の方へと歩み寄ってくる一人の女性がいた。彼女は理知的な眉をきりりとさせたままにつかつかと私の正面に立った。
「やぁ明石さん」と私は慣れ親しんだ調子で彼女にそう返した。私の目の前にいる彼女こそが先ほどの説明でも出てきた明石さんである。彼女は私の挨拶に軽く頭を下げると特に表情も変えることなく「これからお帰りですか。私もです」とだけ言った。


11: ◆jZl6E5/9IU[saga]
2017/02/16(木) 22:54:24.95 ID:ZX+GwLVA0
こんなやり取りだけだと読者諸賢には私たちの間柄がただの親しい先輩後輩の関係に見えるかもしれないが、私と明石さんはちょっとした男女の関係にある。ただし、男女の仲といっても私たちはお互いにあはんうふんなどといったような浮ついた感じで触れ合ったりはしない。何なら肉体的な接触と言う話であればまだ手と手を繋ぎ合ったことがあるくらいである。
いい歳したオトナが恋愛関係でそんな初々しい中学生のような触れ合いでよいのか、と言う方もいることだろう。しかし、私と明石さんの仲は、昨今はびこっているようなそこいらの何だか間に合わせで生まれましたといわんばかりのインスタントな感情で結ばれているのではないのである。もっと深く、深すぎて沈んでしまってもう浮き上がらないほどの、精神的な繋がりがそこにはあるのだ。と私の方では勝手にそう思っている。


12: ◆jZl6E5/9IU[saga]
2017/02/16(木) 22:58:35.30 ID:ZX+GwLVA0
私は普段通りの気心の知れた彼女とのやり取りに対して内心では踊り狂っていた。その昔、『美しき青きドナウ』を流しながら桃色ブリーフ一丁で踊った何とも冒涜的な阿呆たちがいたが、今の私はその中に飛び込んで共に阿呆な踊りを披露したって構わないと思えるほどの幸福感を心に感じていた。仮に私が本当にそのような真似をしたとしても精神的な痛みはせいぜい二、三日引きこもる程度で癒えるだろうと思う。

何せ私には明石さんがいるのだ。他のどんな女性が私を軽蔑し距離と取るとしても、彼女はきっと桃色ブリーフ一丁の私に「また阿呆なことをしましたねぇ」などと笑って迎えてくれることだろう。


13: ◆jZl6E5/9IU[saga]
2017/02/16(木) 23:01:01.35 ID:ZX+GwLVA0
と、そんな馬鹿げた話はともかく、用件が済んで同じく家路につかんとしているらしい明石さんに私は一歩精神的に歩みを進めた。昔であれば二、三言交わしてからはいさようならであったが、今は違う。女性相手にこのような言葉を告げることは私にとって実にハードルが高く、もはや棒高跳びでもするのではないか、いやむしろ私は実は棒高跳びに挑戦していたのではないかと思わされてしまう高さに位置する。
しかしながら私も様々な小冒険を重ね、多少の勇気を無謀とは履き違えずに使うことができるようになった。今こそその勇気を奮う時なのだ。


14: ◆jZl6E5/9IU[saga]
2017/02/16(木) 23:04:53.99 ID:ZX+GwLVA0
「明石さん。よければちょっと歩かないか? この間話したオススメの本を偶然にも古本屋で見つけたのだ。君さえよければ、少し見に行くのもいいと思ったのだけれど」
こうして回想しながら述べている最中でも、我ながらあれは見事な誘いだったと自画自賛の念に駆られてしまう。

彼女とはよく、私がこれまでに読んできた小説や寓話、あるいは伝記などとにかく本と名の付く物であればどんな物でも、彼女が気を惹かれそうな本のことを話したものだった。そもそも私が彼女と出会ったのは下鴨の古本市である。お互いに相手の読む物には興味を持ち合っていたのだ。
彼女の返事を待ちながら、私は自分の言葉に何か問題はなかったか、少しでも噛んではいなかったかと自分の口から飛び出て耳を通して帰ってきた言葉をもう一度頭の中で無意味と知っていながら精査した。元々言葉を口にする際は何度も何度も石橋を叩き割る勢いで慎重に検査する私である。こうして出て行った言葉でさえ、どこかで失敗を疑ってしまうのだ。特にこういう大切な場面ではなおさらに。


15: ◆jZl6E5/9IU[saga]
2017/02/16(木) 23:05:58.05 ID:ZX+GwLVA0
心臓が跳ねに跳ねているのを胸の鼓動から感じる。彼女の方を顔は向いているものの、まともに視界には彼女の顔は映っていない。靄がかったように、彼女の顔の輪郭がぼやけてしまうのだ。私は耳にまで振動音を及ぼすうるさい心臓に向かって「静かにせんか! これでは彼女の返事も聞こえぬではないか!」と抗議した。しかし心臓は心臓でそれどころではないらしく「うるさい! 仕方ないだろうが! だいたいあんたが脳でそういう風に命令してるんだ! 静かにさせたかったら自分が落ち着け!」と小生意気にも反論を寄越してきた。


16: ◆jZl6E5/9IU[saga]
2017/02/16(木) 23:10:10.80 ID:ZX+GwLVA0
このようなやり取りを何度となく心の中で私は緊張を晴らすついでに行っている。そうでもしないと、慣れない誘いからの緊張に堪えきれず変な悲鳴を上げながら明石さんの前から走り去ってしまいそうだったのである。と、時間にして十秒も経っていないであろう中でつまらない諍いを大事な器官と行う私を尻目に、明石さんはあっさりとした調子で「いいですね。ちょうど今日はもう特に予定はありませんし。行きましょうか、先輩」と気軽に言うと、私の右隣に自然に並んだ。

私はどれほどに見ても慣れぬ光景に曖昧な笑みを浮かべると、「では行こうか」と小さく零すように返すとゆっくりと足に力を入れて進みだした。明石さんは私の右隣を維持したまま私と歩みを共にしながら、そうして私と二人で大学構内から出て行くのであった。


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