過去ログ - 六畳世界から考察するチョコレートと恋愛ごとにおける関係
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◆jZl6E5/9IU
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2017/03/02(木) 22:36:31.81 ID:3fRTx7810
さて、仕掛け人の話の続きをしよう。三人目に用意されたのは樋口氏、そして四人目は羽貫さんである。当初、小津は樋口氏を私の隠れ家を用意する役兼連合の手先役にしようと考えていた。
隠れ家を用意する役では、私を隠れ家に匿い、その際に私にそれとなくバレンタインの話をすることで、心の奥底に隠した本音を私に思い起こさせ、連合の手先役では、チョコか自分かの二択を突きつけて私の本音を引っ張り出す。そういう役割二つを、樋口氏に任せることになっていた。それで小津の計画上の仕掛け人は全てであったのだが、その話をもちかけた闇鍋会の、私が帰った後の酒の席には羽貫さんもおり、彼女は小津の計画を「楽しそう」と判断し、参加を希望したそうである。
これで仕掛け人は揃うはずであった。ところが、今度は樋口氏が城々崎氏をこの無駄なドッキリに連れてきたのである。計画の最後、つまり先ほどに私がした般若面との交渉の場面。原案では樋口氏か羽貫さんが般若面役をすることになっていた。しかし、そこで樋口氏が、万一にも声で正体がバレて、それによって計画に支障が出てはいけないと考え、私との面識がそれほどになかった城々崎氏に協力を取り付けたのである。
以下略
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◆jZl6E5/9IU
[saga]
2017/03/02(木) 22:37:49.14 ID:3fRTx7810
私が今の説明を噛み砕いてさらなる機能回復を目指そうとしている間も、時間は待っていてくれない。世界は私を置いていくばかりである。
樋口氏はカラカラと下駄を鳴らしながら、私の横をすり抜けて小津の元へと歩く。それを私が目で追っていくと、小津は照れたように頭の後ろを撫でながら、樋口氏を迎えているのが見えた。
「小津、今回は見事な手際だった。やはり貴君はなかなか見所があるよ」
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◆jZl6E5/9IU
[saga]
2017/03/02(木) 22:40:40.11 ID:3fRTx7810
「ま、あとのことは若い二人に任せて行きますか」
お見合いの仲人みたいな言葉と共に、この場を引き締めるように城々崎氏が我々をぐるりと見回す。それから、「俺はこれをみそぎに返してくる。小津、俺の車でついてこい。それから打ち上げだ」そう告げると、彼は普段は「みそぎ」が撮影で使っているらしいバンに向かって歩き出した。
城々崎氏の声に続くように「そうであるなぁ。行こうか」と樋口氏も動き出す。彼はどうやら入口近くに駐車した城々崎氏の車に乗るらしい。羽貫さんは私に向かってこっそりとウインクすると、樋口氏に続いた。小津も、それじゃ、とだけ残して羽貫さんに続いていく。
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◆jZl6E5/9IU
[saga]
2017/03/02(木) 22:44:13.20 ID:3fRTx7810
このようなやり取りをしながら、彼らはそれぞれに城々崎氏の車とバンに乗り込み、夕暮れの街へと消えていった。あとには私と明石さんだけが残されるだけである。
そこでようやく、私はほぼ落ち着きを取り戻した。呆然と小津たちの乗った車を見送ると、私はゆっくりと明石さんを見た。彼女はただ毅然と構えて、ずっと私のことを見つめていたようだった。
勘違いでなければ、おそらく私からの何かしらの一言を待っている。私は上げたままであった自分の両手に今度は視線を移した。そこには確かに、小さな箱の世界に座り込むもちぐまたちがいた。
以下略
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◆jZl6E5/9IU
[saga]
2017/03/02(木) 22:46:41.19 ID:3fRTx7810
猫ラーメンは、猫から出汁を取っているという噂の屋台ラーメンであり、真偽はともかくとして、その味は無類である。
今日の予定の最後に組み込んでいたそれを果たそうと、私はふと思い立ったのである。そしてついでに、その屋台へと行く前に、近くだからと私は明石さんを誘って、相生社へ参拝することにした。宇治まで饅頭を食べに行くことは叶わなかったが、せめて少しくらいは考えていた予定通りになるように今日一日の行動を戻したかったのだ。陽もほぼ落ちかけた社には特に人もおらず、私たちは鳥居をくぐって賽銭箱の前に立った。賽銭を投げ、私は手を合わせた。
「なむなむ!」
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◆jZl6E5/9IU
[saga]
2017/03/02(木) 22:49:23.38 ID:3fRTx7810
参拝を終え、私と明石さんは下鴨神社の南口鳥居を通り、糺の森を南に歩いていく。途中、私は奇縁とでも表現すべきだろうか、そのようなモノの仕業で、今日の昼に八兵衛明神で知り合った黒髪の乙女と先輩なる男にすれ違った。
一度は横を通り過ぎ合った我々であったが、黒髪の乙女の方がはたと私に気付くやいなや、「奇遇ですねぇ!」などと純粋な笑顔を以って立ち止まって振り向いた。遅れて彼女に気付いた私も立ち止まり、「奇遇ですね」と返した。
それから黒髪の乙女を明石さんに、「明石さん、さっきのお祈りを教えてくれた人だよ」と紹介した。すると明石さんは「ああ、なるほど。あれはよいお言葉でした。これからは私も使わせていただきます」などと挨拶した。
以下略
174
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◆jZl6E5/9IU
[saga]
2017/03/02(木) 22:50:50.81 ID:3fRTx7810
立ち話もそこそこに二人と別れ、私と明石さんは目的の猫ラーメンへとやってきた。屋台の店主は席に座った我々に対し無言のまま、猫ラーメンを作り始めた。ちょうど、客は一人もいないようだ。
私は出来立てのラーメンへと箸を伸ばした。すっかり疲労しきっていた身体は、無類の味のおかげでゆっくりと回復していくようであった。
「しかし、今日は疲れた」
以下略
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◆jZl6E5/9IU
[saga]
2017/03/02(木) 22:51:59.37 ID:3fRTx7810
「でも、チョコを用意してくれたのなら、どうしてあんな嘘を?」
「嘘?」
「だって、君は昨日言っていたろう。バレンタインなど、あまり好きではないと」
以下略
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◆jZl6E5/9IU
[saga]
2017/03/02(木) 22:54:58.52 ID:3fRTx7810
明石さんはまっすぐに、なんの照れも躊躇いもなく、あっさりとした調子でそう言うと、つるつるとまたラーメンを啜った。私はただ、その横顔を見つめていた。彼女のその姿に、腹の辺りにふわふわとした温かな感覚を抱いた。胸の奥底のどこかがむず痒く感じる。しかしそれを不快には思わない。むしろもっと感じたいと思う温かさだった。
ああ、そうか。彼女は、私のような阿呆のために。急にある言葉を、私は脳裏に思いついた。それはこれまでにないほどに私らしくもなんともない、陳腐かつ大味な台詞であった。正直なところ、口にするのも恥ずかしい。しかし、今。先ほどの公開処刑によって、私に捨てるような恥などもうなかった。
私は決心を固め、行動を起こすことにした。
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◆jZl6E5/9IU
[saga]
2017/03/02(木) 22:55:57.98 ID:3fRTx7810
「明石さん」
「はい」
「その、これから私が口にする言葉はとても今さらで、もしかしたら、また君に阿呆と思われてしまうかもしれないのだ。それでも、聞いてほしい」
以下略
178
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◆jZl6E5/9IU
[saga]
2017/03/02(木) 22:57:26.28 ID:3fRTx7810
おそらくは世界で一番単純な感情表現の言葉であると思われる。それを私は、彼女に初めて伝えた。口にしてみれば、想像よりも大したことなんてなかった。どうしてこれまで言えなかったのだろうと、過去の自分に問いかけたくなったくらいである。
明石さんはそんな私に特に表情を変えることもなく、普段通りの落ち着いた様子でいた。やがて彼女はふぅ、と呆れたように息を吐くと、「先輩。今になってそんなことを言うなんて、先輩はやっぱり阿呆です」とだけ言って、また丼へと向き直って、ラーメンを食し始めた。
彼女は変わらぬ凜とした表情であったが、しかし、麺をするすると飲み込んでから、小さく口元に笑みを零した。
以下略
179
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◆jZl6E5/9IU
[saga]
2017/03/02(木) 23:00:25.86 ID:3fRTx7810
以上をもって、この物語を了としたい。私の阿呆な踊りについての語りは想定していたよりも時間がかかったおかげで、もう時刻は零時を過ぎている。二月十四日に行われる、バレンタインという名の三百六十五日ある長い一年の中でも特に一過性であると思われる行事の日はとうに終わり、二月十五日というなんでもない日がやってきたのだ。もうバレンタインだかいう日の旬は終わりである。
私は現在、元田中の下宿へと戻り、こうして今日の出来事をまとめさせていただいている。まとめるのに多少の糖分が必要であったので、例のもちぐまチョコを私は大切に一つ一つ賞味していた。うむ、甘い。元来の私はそれほどに甘いお菓子は得意ではない。しかしながら、頭脳労働には甘味の補給が大事である。
さて。読者諸賢も、この実例を通じて、以前に述べたことについてよく理解してもらえたことだろうと思う。そう、成就した恋ほど語るに値しないものはないのだということを。
以下略
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◆jZl6E5/9IU
[saga]
2017/03/02(木) 23:02:26.36 ID:3fRTx7810
翌日、二月十五日の夜。私は小津を誘って、夕食へと出た。もちろん場所は、二人で普段から食事をするためにちょくちょく来る居酒屋である。
座敷に通された私は、さっそく小津の代わりに注文をしてやった。すぐに注文の品、きのこと野菜がたっぷりと入り、あっさりとした鶏肉に味噌出汁が効いた、絶品のきのこ鍋が届いた。
それを見るや小津はすぐさま逃亡を図ろうとしたが、すっかり馴染みの呪文「小日向さん」の詠唱によって、私は彼を呪縛してみせた。
以下略
181
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◆jZl6E5/9IU
[saga]
2017/03/02(木) 23:04:14.17 ID:3fRTx7810
その様子に、小津が入院していたときに初めて勝利したときのことを思い出し、私は愉快な気分に浸りつつも、ちゃんと食え、と小津に説教めいた口調で言いながら、自分の分を取った。それからむぐむぐと野菜を味わいながら、じとりと射抜くように小津を睨みながら開口した。
「まったく。どうしてお前はこうも面倒なことをするのだ」
「いいじゃないですか。おかげで明石さんにやっとちゃんと愛の言葉を告げられたのでしょう?」
以下略
182
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◆jZl6E5/9IU
[saga]
2017/03/02(木) 23:06:19.92 ID:3fRTx7810
一つため息を吐くと、私は小津を見据えた。
「どうしてお前はそうやって私に付きまとって余計なことをするのだ」
小津はにやにやと笑った。
以下略
183
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◆jZl6E5/9IU
[saga]
2017/03/02(木) 23:07:48.95 ID:3fRTx7810
むかっ腹にきたので、私は鍋から一つの傘の大ぶりな椎茸を箸で掴むと、小津の口に突っ込んでやった。
小津は涙目でむーむーと両手を振り回してきたが、「小日向さん」の一言ですぐさま大人しくなって、その憎まれ口を叩くための口を働かせ、椎茸を咀嚼した。彼にとっては健康への第一歩たる菌類の使者の味はあまりにも美味かったらしく、小津はさめざめと泣いた。
完全なる菌の塊を胃の中へと納めると、小津は目尻にいまだ失せぬ涙を溜めたまま、聞き返してきた。
以下略
184
:
◆jZl6E5/9IU
[saga]
2017/03/02(木) 23:09:39.30 ID:3fRTx7810
小津。弱者に鞭打ち、強者にへつらい、わがままであり、怠惰であり、天の邪鬼で、勉学に精を出すこともなく、誇りのかけらもなく、他人の不幸をおかずにして飯が何杯だって食えるような、およそ誉めるべきところが一つもない男である。
もし彼と出会わなければ、きっと私の魂はもっと清らかであったろうと、やはり今でもそう思う。しかし、そんな小津に出会ったからこそ、私は曲がりに曲がった現在の有様へと向き合うことができているのだ。それだけは、肯定的に捉えられることであった。
私は改めて、この唯一の友人へと居住いを正して向き合う。
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185
:
◆jZl6E5/9IU
[saga]
2017/03/02(木) 23:10:19.43 ID:3fRTx7810
♪ 迷子犬と雨のビート/ASIAN KUNG-FU GENERATION
以下略
186
:
◆jZl6E5/9IU
[saga]
2017/03/02(木) 23:19:00.46 ID:3fRTx7810
PVでもあればと探したのですが見つからなかったので皆様のセルフでお願いします。以上をもちまして投稿は終わりです。ここまでお付き合いいただきありがとうございました。ほぼ思いつきの勢いだけで始めた話ではありましたが、どうにかほぼ毎日書くことができました。一日一日に即興で書いていることとうろ覚えもあって、だいぶ細かな修正や訂正を何度も入れてしまいましたが、こうして無事に終われてよかったと存じます。読者諸兄に少しでも楽しんでいただけたのなら恐縮の極みであります。「夜は短し歩けよ乙女」公開までおよそ残り一ヶ月となりました。映画のヒットをお祈り申し上げると共に、森見氏の素晴らしい作品の映像化に感謝を。
最後に夜は短しのPVのリンクだけ貼らせていただきます 長ったらしい文章で最後まで失礼 では
ttps://www.youtube.com/watch?v=tmeU9GFJW3I
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名無しNIPPER
[sage]
2017/03/02(木) 23:52:53.42 ID:N4Vq188Do
また阿呆なものを作りましたねえ
良かった、乙!
188
:
名無しNIPPER
[sage]
2017/03/03(金) 00:32:15.55 ID:/OOWNNyyO
面白かった!
次は有頂天家族だね(ニッコリ
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