5:znAUHOH90 4[sage]
2017/04/05(水) 01:04:42.22 ID:znAUHOH90
薄暗い明かりに、鮮やかな赤い唇が浮かぶ。
何だかって名前のブランドの、柑橘系の香水の香りに包まれる。
ゆっくり、音もしないほど静かに、太股と胸の辺りに、柔らかな重みが加わる。
「私は、貴方の望んだ以上のアイドルになってみせる。けど、貴方の前では、普通の女の子でいたらいけない?」
濡れた声、潤んだ上目遣い。
表情のひとつひとつが、ひどく印象的なんだ、この少女は。
「……夕方には迎えに来るよ。」
声が上ずらないように注意しながら、答えた。
「遅れそうならLINEするからさ。待っててくれ。」
「そのあと、お仕事残ってる?」
「……いや、対客は無い。事務作業片付けたら、今日は終わりだ。」
「そう。なら、そのあと付き合ってね。」
「は?」
「仕事の出来るプロデューサーさんだもの。一時間もあれば終わるでしょう?」
「おい」
「待ってるから」
待ってろって言ったでしょ? 貴方がそう言ったの。
悪戯な瞳がそう言い返してきたら、観念するしかなかった。
「……可能な限り早く終わらせますよ、シンデレラ」
「ありがと、ふふっ!」
狙った獲物を捕らえたときの笑みを浮かべて、パッと体を起こして軽やかに車を降りていった。
「ふぅ……」
ため息をついて、浅くなっていた呼吸を取り戻す。
ドアが閉まる音に合わせて、ポケットを探って、煙草を取り出す。
−−−−と。
「ん?」
コンコン、と、運転席側の窓を叩く音。さっき出ていった奏が立っている。後ろ手に手を組んで、猫みたいな顔で。
火の付いていないタバコをくわえたまま、パワーウィンドウを開く。
「忘れ物でもしたか?」
「ええ、ちょっと確認。」
「どうした?」
「コレ。今日の夜、予定入っちゃったから、もういらないわね?」
ぴらっ、と、奏の長い指に挟まれた紙を見て、思わずタバコをを落としそうになった。
「おま。いつのまに」
「それと」
表情が変わらないよう努めた俺の問いかけをフイッとかわすように、くわえたままのタバコの先に、人差し指をそっと当てた。
「私とキスする前は、煙草は吸わないでおいてね。その香りも嫌いじゃないけど……やっぱり、あなた自身の匂いが好きだもの」
くすりと笑うと、そのまま顔を近づけ、赤い唇を開く。
白い歯、唾のすべる舌を一瞬だけ垣間見せて、指に挟んでいた紙切れをくわえた。
ピーっと音を立てて千切っていく。あっけなくまっぷたつになり、彼女の華奢な手で握り潰された。
「ね?」
息を呑みそうになるほど綺麗な顔で得意気に笑うと、ダンスのようにサッと身を翻して、今度こそ去っていった。
「……魔女か、あいつは」
欲しいものをたちまちに魅了してしまう魔性を、10代らしい奔放さできまぐれに撒き散らす。
将来、あいつの隣にいる男ってどんなやつなんだろう。
ふと、あってはいけない男の姿を想像した。
それを、彼女が残していった残り香と一緒に振り払いたくて、旨くもないタバコに火をつけ、むせるほど吸った。
22Res/33.00 KB
↑[8] 前[4] 次[6]
板[3] 1-[1] l20
このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています。
もう書き込みできません。