6:znAUHOH90 5[sage]
2017/04/05(水) 01:12:34.65 ID:znAUHOH90
「……ん?」
タバコは別に好きじゃない。若い頃は吸っていなかった。この仕事を始める時に、この業界には未だタバコを吸う人間が多くて、話のネタのひとつとして吸い始めたのがきっかけだ。
だが吸い慣れると間が持たないときなど、ついくわえたくなる。こうしてだんだん深みにハマるんだろう。
運転中、くわえたタバコを一吸いした矢先に、専務から電話が入った。まだ大分長さの残っていた火を消して、スピーカーを繋ぐ。
『首尾はどうだ?』
余計な挨拶もなく、単刀直入な硬い声。
「無事に一本プラの4000万で決まりました。打ち合わせ通り、うち二本は例のプロジェクトの運転資金で使うということで、企画を固めます」
『約定は?』
「22日です。今月の決済には間に合いますよ」
『そうか、ご苦労。引き続き頼む。』
「ありがとうございます」
『いつも君は期待に応えてくれるな』
似合わない専務の褒め文句に、タバコの残り香が、一層苦く感じた。
「ひとえに奏の力です。」
それは、本心だった。
ひょっとしたら傍目にはそれなりに仕事が出来る男のように見えてるのかもしれない。けど、俺なんて男は、所詮、奏がいなきゃ何もできない。本当は奏の流し目一発あれば決まる仕事を、さも必死に走り回っててめえの力で仕上げましたってツラして手柄ぶってるのがこの俺だ。
俺じゃなくたって奏は飛ぶように上へあがっていくだろう。いや、アイドルじゃなくても、奏は女性として順風満帆な未来を送ったに違いない。
俺じゃない、よっぽどふさわしい誰かと。それくらい、あの煌めくような少女とこの石ころみてえなおっさんのモノの違いは明らかだった。
『−−−−担当者としては、それを最後の仕事にしてみないか?』
「はい?」
わざとらしく聞き返したが、たぶん何を言われるかはわかっていた。
「エグゼクティブに昇格、ですか?」
『ああ、かねてから君には大局の仕事についてほしいと思っていた。それにに君は、いち担当者としては関わっているプロジェクトがやや多すぎるのでな。頃合いだろう。』
「私はまだ若造ですし、まして中途です。年次的にももっとふさわしい方がいると思いますが」
『この業界で三十代の管理職など珍しくもない。それに役職は能力で付くものだ、年次でつくものではない』
消したばかりの、好きでもないタバコを吸いたくなった。
それは、『速水奏の敏腕プロデューサー』で無くなることが惜しかったのではなく。
もっと根源的であさましい、俺の。
『まだ私の考想でしかないが、君が良ければ次の役員会議で発案しようと考えている』
「そうなると、奏の担当は外れることになりますね」
『速水の後任は心配しなくてもいい。君は十分に成果を出してくれたといえる』
「サラリーマンですからねえ」
『君の前歴は知らぬではないが、346に籍を置く以上は能力は発揮してもらうよ。善処を期待している』
通話が切れて、旨くもないタバコに手を伸ばす。
“ねえ、気付いてる?”
ぼんやり浮かんだついさっきの、何気ない居住まいが、絵に描いたように完璧で、鮮烈で。
そう、何とも言えず、モノ。存在感というか、オーラというか。
もう全然、ものが違うんだな。威厳すら感じた。ただの17歳の少女に。
「キリだよな。ここらが。」
今更、出世やカネに興味はなかった。だからうれしくはなかった。
だが、いい機会だとは思えた。彼女から離れるのも、答えの出したくない気持ちに区切りをつけるのも。
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