14:名無しNIPPER[saga]
2017/04/17(月) 13:51:36.55 ID:5I2Isvu00
事務所を裏口からそっと出ると、外に人だかりができていた。記者の人たちだろう。
私は顔を伏せながら横を通りすぎたが、誰にも声をかけられなかった。喜ぶべきか、かなしむべきか…。
足早に去ろうとすると、人だかりを遠目に眺めているおじさんがいた。なぜか小脇に日本酒の瓶を抱えている。そっと近くに行くと、少し腰が曲がっていることに気づいた。そして、日本酒を抱えている手にたこができいた。
「あの!」
私が話しかけると、おじさんはびっくりしたのか、よろめいた。瓶を落としそうになったので、私は慌てて支えた。手をよく見ると、指の一部が斜めに削げていた。
「おじさん、ひょっとして高垣さんの知り合いですか。行きつけの居酒屋の店主さんだったりとか」
私が尋ねると。おじさんはまたびっくりしたようだった。
「どうして分かったんだい?」
「おじさんの立ち方と指、そしてそのお酒です!」
私は得意になって、推理を披露した。
「長時間立ち続けると、人は腰を悪くします。なので、おじさんは立ち仕事をしている人だとわかりました!
次に、ものを長時間握り続けるとたこができます。おじさんは、親指と人差し指の間、水かきの部分に大きなたこができていますよね? だから、握っているものは小さなものではなく、五本の指で握るものだとわかりました!」
おじさんは、興味深そうに話を聞いてくれた。私はそれが嬉しくて、口が止まらなかった。
「その指の削れ方は、テレビで見た板前さんとそっくりでした! 包丁を長年研ぎ続けると、指が斜めに削れてくるんですよね?
そして、極めつけはその日本酒です! 高垣さんは、東京のいろんな居酒屋でお酒を飲んでいました。だから、ボトルキープでしたっけ? それで、いろんな場所にお酒を残していったんだと想像できます!」
私の説明に対しておじさんは微笑んだ後、反論をした。自分が高垣さんの知り合いだと認めた上で。
「いや、それだけでは、私が高垣さんの知り合いだとは決まらないでしょう。高垣さんの1ファンで、彼女の事務所に献花、いや献酒をしにきただけかもしれない」
たしかに、おじさんの指摘は正しい。私は、日本酒の中身を指差して、最後の推理を語った。
「いえ、それはありえません! なぜなら、その瓶の中は三割ほど減っていて、開封されているからです! けんしゅ、するなら未開封のものを持ってきますよね?
それにおじさんはご自身の手で、お酒を事務所に運んできました! ただのファンは事務所宛に郵送することを選ぶはずです!
おじさんがそうしなかったのは、ご自身の手で高垣さんのお酒を渡したかった……そうですよね?」
自分の推理を明かすのは、初めてコンサートの舞台に立ったときよりも、ずっと気持ちがよかった。
「恐れ入りました。あなたの言う通り、私がここにきたのは、高垣さんのお酒を届けるためです」
おじさんは、笑った。鈴帆ちゃんや、笑美ちゃんと同じ笑顔だった。
「彼女は駆け出しの頃から、そして有名になった後も、私の店に足繁く通ってくれました。他のアイドルや、プロデューサーの方とご一緒に。
高垣さんはお酒をとても美味しそうに飲む方で、私はそれが嬉しかった…。一杯一杯を大切に飲めるお客は、そうはいません。最近の人は何かを忘れるため、何かから逃げるためだけに、お酒を飲んでばかりで…」
おじさんは、ひどく悲しそうな顔を浮かべながら、瓶を私に差し出した。
「あなたは高垣さんと同じアイドルのようですね…これを仏前に供えていただけたら、幸いです」
「えっと…私は通りがかりの一般人かもしれないんですよ?」
私は瓶を受け取りながらも、おじさんに言った。
「一生懸命だったあなたを信じます。推理は…私にはむずかしい」
おじさんはまた寂しそうに笑って、立ち去った。残された私も、寂しい気持ちになった。
私は事実を観察して、推理して、ようやくそれを事実だと認めることができる。つまり、信じる、ということを二の次にしている。それは、とても寂しいことだろう。
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