過去ログ - 安斎都「ドレスが似合う女」
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30:名無しNIPPER[saga]
2017/04/20(木) 00:30:25.37 ID:0eIMi64y0
 私は、自分の調査能力を過信していない。そもそも、この調査自体ほんの退屈つぶしで始めたものだ。
 しかし私の手元には、それなりに情報が集まってきている。しかも、全てが高垣さんのプロデューサーにつながる情報。私はそれを偶然だとは思えない。
 高垣さんは寮に住んでいた。したがって、他のアイドルが部屋をたずねてくることもあったはず。高垣さんと高垣さんのプロデューサーが並々ならぬ関係だったとしても、他のアイドルの方が高垣さんの部屋に出入りしていただろう。2人の関係がバレるのを恐れていたら…の話だけど。したがって、私が部屋にお邪魔したときには、高垣さんのプロデューサーよりも、他のアイドルの痕跡を見つける方が自然だ。
 私は“偶然”高垣さんのプロデューサーにつながるものばかりを発見している。そうなると、怪しいのは私のプロデューサーさんだった。
 そもそも、なぜ真面目を絵に書いたようなプロデューサーさんは、高垣さんの部屋の調査を許したのか。自分で言うのもなんだけど、ワガママでやっていい範囲を超えている。
 プロデューサーさんも、高垣さんの死の真相を知りたがっている、で締めくくるには、危険な疑問のように感じる。
 だけど、私は敢えてその疑問を無視して、調査を続行することにした。ほんとうに、ただの偶然の可能性もあるし、私はそっちを信じたかった。
 私は買い取ったスーツのタグから、テーラーを探り当てた…と言っても、都内に店舗が1つしかないお店だった。
 事務所から離れていて、近くに駅もなかったので、プロデューサーさんが車を回してくれた。私は調査のことをかいつまんで話してみたけれど、プロデューサーの反応はよくわからない。止めるのでもなく、積極的にやれとも言わなかった。
 テーラーは芸能界ではそこそこ有名らしいけれど、店構えはなんだかくたびれていた。帝国時代のイギリスを意識しているらしき店内は、過剰な装飾や、店主の趣味と思われる骨董品にあふれていて、落ち着きがなかった。
「いらっしゃいませ」
 店主も、店内に見合うだけの格好をしていた。頭にはシルクハットをかぶり、単眼鏡(モノクル)をかけている。服装は光沢のある黒の背広で、手にはステッキ。ポケットからは懐中時計の鎖がのぞいている。イギリス趣味といっても、ここまでくると怪物的のように見えた。
 この人は、こんな格好で東京の街を歩くのだろうか。私には理解が及ばない世界だった。
「台帳を見せてほしいんですが!」
「駄目です」
 店主は即答した。この瞬間は、探偵の肩書きよりも警察手帳の方が欲しかった。
「会社の経費に不正がないか調べているんだ」
 プロデューサーさんは、名刺を取り出して店主に見せた。でも、こんな助手の積極性を、今日の私は素直に喜べない…領収書の件もあって。
 店主はいまどき見ない、分厚い紙の台帳を取り出した。丁寧な装丁が施してるけど、どこに行けば買えるのだろう。
「どなたのお名前を探しているんでしょうか?」
「高垣か、〇〇だ」
 プロデューサーさんが2人の名前を言うと、店主の表情が一瞬変わった。
「ええーと…」
 店主はページに迷わなかった。やはり、2人が訪れたのだろう。
「ええーと…346プロダクションさんですね?
 たしかに会社の名前で領収書切ってありますから。衣装代だって」
 私は、プロデューサーさんと顔を見合わせた。本当に経費の不正が見つかってしまった!
「ええっと、コピーをとっていただいてもいいですか…あっ、あとこのボタンなんですが!」
 衝撃で忘れかけていたけど、私はとっさにボタンを取り出して店主に見せた。店主はわざとらしく単眼鏡を掛け直した。プロデューサーさんは気まずそうに、エンジン温めてくる、と言ってその場を離れた。
「それは、当店のスーツに使われるボタンですね。先日も、ほら…あの自殺しちゃったアイドルの…えっと」
 プロデューサーさんがいなくなった途端、店主が饒舌になり始めた。見かけに似合わず、おしゃべりなのかもしれない。
「高垣楓さん?」
「そうそう! その人が買いにきたんですよ。余分に持っておきたいって。ボタンをつけてあげるような相手がいたんですかね」
 同じ事務所のアイドルに、この人は何を言っているのだろうか。いや、同じ事務所だからこそ、私から何かを聞き出そうとしているのかもしれない。
「大きな声じゃ言えませんがね…あの自殺も、恋人絡みだったんじゃないですか。ほら、アイドルって、色々と…ねえ?」
 私が何も言わず黙っていると、店員さんは手持ちぶさに、台帳をぱらぱらとめくった。その動きをぼんやり見ていると、私は見慣れた文字を発見した。
「ちょっと待ってください。今のページ」
「このページですか」
「いえ、1つ前のページ」
「ええと、この方がどうかされましたか?」
 そこに記されていたのは、私のプロデューサーさんの名前だった。私は店主にお礼を言った後、あの日購入した香水をつけて、車へ戻った。
「どうした。急に香水なんてつけて」
「この香水は、高垣さんの部屋の残っていたものと同じ香りです」
 私はそう言って、プロデューサーさんの反応を見た。
「なんだって!? じゃあ、やはり彼が…」
 普段香水をつけないプロデューサーさんが、なぜ“やはり”と確信できるのだろう。シトラスの香水なんて、何百種類もあるのに。
 私の疑問はいままでの調査を崩壊させかねないほど、大きくなっている。



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