36:名無しNIPPER[ saga]
2019/01/08(火) 23:53:40.67 ID:PhxU7pY/0
「…………」
「歌わないの?」
「いい……」
「そう?」
元来た道を戻るようにして、俺と一花は集合場所にしていたカラオケ屋に入店していた。イマイチ状況が飲み込めていないが、ひとまずはじっとしていれば良さそうだ。
曲目を選択する機械……確かデンモクと言うのだったか。一花はそれを器用に操って、いくつかの曲を予約していく。流行にはさっぱりな人間なのでそれらがどの程度の人気を誇るものなのか知る由もないが、そんな俺の疑問をよそに一花は続けざまに何曲か熱唱してみせて、その間に俺はなんとなく近くに置いてあったマラカスを振っていた。我ながら何をしているのか謎である。
ドリンクバーから持ってきたグラスに珠のような水滴が浮かび上がっている。少なくとも三十分以上は彼女のオンリーショウに付き合っているが、時間をかければかけるほど、今やっていることの意味不明さが際立った。特に説明もないまま店に来て、特に説明もないまま歌いだしたのだから無理もないことだ。
マラカスを持った腕を規則的に振りながら、彼女の意図を考える。なんだろう、ここの支払いを俺に任せる……とかだろうか。この頃は姉妹の生活費を稼ぐために必死でストレスが溜まっているだろうし、その解消のために。
有り得なくはないように思う。節制を求められる環境下にあって、娯楽に興じる余裕も少ないだろうし。ただでさえ長姉としての振る舞いを自身に義務付けているような奴だから、妹に泣きつくのはためらいそうだ。そこの溝を俺で埋めるというのは考え方としては多いにアリだし、理に適う。丁度いい部外者としての役割だ。
……が。
秘密の代価として支払うものがこれだけというのは流石に安すぎる気がする。人生一発終了レベルの爆弾なのだから、もっと上手い活用法なんていくらでもあるはずなのだ。確かに一花は馬鹿かもしれないが、そこまで頭が回らない奴だとは思わない。これではいくらなんでも手札の切り方が下手くそ過ぎやしないだろうか。
これが俺の深読みであるのが一番なのだが、まだ何か裏がある気がしてならない。女の強かさをここ最近身に染みて感じているせいで、世の事象を素直に納得できなくなってしまった。
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