高垣楓「甘苦い、35.8℃のメープル」※R18注意
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3: ◆PL.V193blo[sage ]
2019/02/09(土) 22:47:26.49 ID:qHnb6U9L0
「エドラダワーを」
「お飲み方は? ストレート?」
「ストレート」
「かしこまりました」

 部屋着のようなスリーフ姿で、王様のレストランのような気取った仕草と、洗練された動作でサーブをこなすマスター。
 僕が、彼が「今日はどのように? 甘いの? 甘くないの?」と聞く前に希望を出せばウィスキーとパターンが決まっており、僕がウィスキーを飲むときはストレートと相場は決まっている。
 
「どうぞ」

 す……と差し出された、薫り溜まりのふくらみの付いたワンショットグラスに、加水用のキャップとスプーン。
 蜜のような琥珀色のこの液体は、大粒の真珠のような甘さと裏腹に、58度の熱量を持つ。
 社会人が平日から、そんなきつい酒を干していたらどうなるか、わかり切っている。
 けれど、極上のシェリー樽の香りとクリームのような歯ざわりの良さが、タブーを超えさせる。
 なにもストレートだけが上等なウィスキーの、最上の飲み方ってわけじゃない。けれど、こんな風に酔いたい時は、ストレートは最高なんだ。
 破滅の味。まるで、日常まで毀してくれそうな。

「……少し、疲れたよ」

 マスターはハンサムな顔で少し笑って、またグラスを磨き始めた。
 今日はなにか、大きな問題があったわけじゃない。けれど、少し疲れてしまった。
 それぞれの思惑とか、互いの人間関係とか、指示の交錯とか――目まぐるしい
繁忙の中で、そういうささらみたいなストレスがひっかかって、少し精神が荒れてたんだ。
 柄でもなく、職場の中で感情を隠しもせずに怒鳴ってしまった。その時は間違っていたとは思わなかったが、今にして思えばみっともなかったようにも思う。
 男なら、どんなに煩わしい思いをしたって、仕事は黙ってこなすものだ。
 とくに女性の多い職場で、あんなふうにすべきじゃなかった。

「……ふう」

 一息つく。マスターはグラスを磨き続けている。
 その沈黙がありがたい。こんなふうに、一人で喉を焼きたい夜もある。
 独り言をつぶやきながら、誰にもこたえてほしくないような夜が。




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