天空橋朋花「夢の中ならレ●プしてもいいとお思いですか〜?」
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3: ◆FreegeF7ndth[saga]
2020/11/14(土) 14:34:19.87 ID:42YhWwR9o
※1


(プロデューサーさんのお部屋、意外と片付いているようですね……あんなようすだった割には)

 アイドル・天空橋朋花は、自分を担当するプロデューサーの部屋の風景を、首を振ってじろじろと見回す。かくれんぼの鬼に似ていた。ファンや同僚アイドルから『聖母』とも呼ばれる朋花としては、そわそわした仕草だった。
 朋花を担当するプロデューサーの部屋は、ほとんど真っ暗だった。
 天井の照明はすべて落ちている。カーテン越しの窓の外は、夜に塗りつぶされている。光源といえば、窓際に据えられた木製の収納付きシングルベッド脇で、光量のしぼられたベッドサイドランプがひとつ点いているきり。ランプは黄色くて色温度が高い光で、プロデューサーの寝顔を半分だけ照らしている。

(……片付きすぎとさえ思えます)

 朋花が首を曲げるだけで、ベッドのあるこの部屋から、キッチンと玄関ドアまで見える。すべて合わせても、朋花が実家で使っている私室と大差ない広さのワンルーム。
 家財は、小さな机とノートパソコン。プロデューサーが横たわっているベッド。あとは無銘の真新しい140サイズ段ボールがいくつかあるが、中はタオル一枚さえ入っていない空っぽ。ベッド下収納さえもぬけの殻。
 それきりだった。

(ものが少なすぎます……この部屋を引き払ってしまうつもりでしょうか? まるで、身辺整理でもしているような……)

 朋花は、深夜にプロデューサーの暮らす部屋を眺めているが、彼から合鍵を渡してもらったわけではなく招待されたわけでもない。
 そもそも朋花が立っている場所は、プロデューサーの暮らす部屋と同じ風景をしているが、同じ部屋ではない。
 プロデューサーの夢の中であった。

 朋花が立っているのは、プロデューサーの夢枕だった。



 天空橋朋花という少女は、他人の夢の中に入り込んで、少しだけ――長くて一晩ほど――自由に行動することができる。朋花はその異能を秘密にしていた。アイドルになって以降に他人の夢へ入ったのは一回だけ。後輩アイドル・中谷育が怖い夢に悩んでいると聞いて育を助けるために一晩。それきりだった。

(呼ばれてもいないのに入り込んでしまって、良心がとがめてきますけれど……プロデューサーさんがいけないんですからね……?)

 その日の昼、プロデューサーは朋花に対して『別のプロデューサーを紹介するから、自分は朋花の担当を下りたい』と申し出ていた。事務所も辞するつもりだという。朋花からすれば一方的な宣告だった。

(何の説明もなく、私のプロデューサーを降りようだなんて……無責任ですよ。その寝耳に水を流し込んで差し上げましょうか?)

 朋花とプロデューサーのアイドル活動は上り調子だった。それらしい理由もなく担当プロデューサーが降りたとなると、アイドル業界のうわさスズメが訳知り顔でひそひそ騒ぐぐらいの知名度と存在感はあった。プロデューサーが朋花に申し出る顔も残念無念といった色だった。
 だから朋花は、家族の介護でも手伝うとか、彼自身が体調を崩して療養しなければいけないとか、やむにやまれぬ事情があると推察した。それなら仕方ないと思った。だだをこねて彼を困らせたくなかった。
 ただ朋花は、『仕方ないと思っ』て割り切るために、プロデューサーが辞する理由を知りたがった。朋花は彼が話してくれると――二人の間にそのぐらいの信頼はあるだろうと――思っていたが、プロデューサーは朋花に理由を教えなかった。朋花が食い下がっても、聞いてくれるなという雰囲気しか返してくれなかった。

(プロデューサー……私が、黙ってあなたの夢に入り込むのは……あなたが理由を教えてくれなかったせいです)

 朋花は膝を曲げ腰をかがめて、プロデューサーの寝顔を近くで眺めた。朋花が最後に見た顔よりさっぱりとしたようすだった。どうやら彼は、風呂か歯磨きのあとにもヒゲを剃るたちらしい。寝顔に彼の『理由』は書かれていない。

(……あなたが教えてくれないことで、私が気分を害した。その腹いせで……つまり私怨、なんですけれども)

 朋花がプロデューサーの肩に手をのばす。揺り動かす。いまはまだプロデューサーが夢を見ていないので、二人は彼が寝入る直前に認識していた彼の部屋にいる。

(あなたにとって、私はその程度だったんですか。私がそんな聞き分けのいい女だと思ったんですか)

 朋花が彼を夢枕で揺り起こせば、夢が始まる。

「プロデューサーさん、プロデューサーさん――」




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