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憂「どうして私は憂って名前なんだろう」純「なんでだろうね」梓「知らないよ」 - SS速報VIP 過去ログ倉庫

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1 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/07(日) 00:16:02.75 ID:71QLmrIH0
知ってる人もいるかもしれませんが、昔vipでやったssの続編みたいなssです

一応知らない人のために最初からやりますが…

よかったら見てください


※ただし、憂が激しくキャラ崩壊している上に本来の設定とは大きくかけ離れている場合があります
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クリスタ「かわいいだけじゃだめですか?」 @ 2025/07/19(土) 08:45:13.17 ID:AK1WfFLxO
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1752882313/

八幡「新はまち劇場」【俺ガイル】Part1 @ 2025/07/19(土) 06:35:32.67 ID:BGCulupRO
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1752874532/

【安価・コンマ】力と魔法が支配した世界で【二次創作】 @ 2025/07/18(金) 23:44:57.84 ID:Xc8IdKRvO
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1752849897/

どかーんと一発 @ 2025/07/18(金) 21:10:10.35 ID:CEsRuBor0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/aa/1752840609/

冒険者育成学校 @ 2025/07/18(金) 01:36:01.28 ID:PkrtUMnv0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1752770160/

たてづらい部!! @ 2025/07/17(木) 23:24:46.15 ID:o3A0TqwG0
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ゼンレスゾーン淫夢要素ゼロ @ 2025/07/16(水) 18:57:50.86 ID:RQSyJ1Qxo
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【ギルデッドエネミー】ウルフ「まるでじゃんけんだ」 @ 2025/07/16(水) 01:49:20.03 ID:ryYxoR/vO
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2 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/07(日) 00:25:28.62 ID:71QLmrIH0
憂「……」

 「……」

憂「……えと」

 「……私になにか用でもあるの?」



思わず首を振ってしまった私を、目の前のクラスメイトが怪訝そうに見る。

いや、察してよ。察してちょうだいよ! 
そりゃあ理由がなきゃ話しかけるわけないじゃん!


この私が! この憂鬱の憂を名前に持つ私がっ!


 「用が無いんなら私、部活動見学に行きたいんだけど」

ちょっと待って。そう言いたかった。
確かに私自身には用事はないけど、担任である中村先生から頼まれたのだ。
3 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/07(日) 00:26:07.91 ID:71QLmrIH0
『中野梓さんを見かけたら、職員室まで来るように言っておいてください』


確かにそう言われたのだけど……。

けれども言葉を発するのも自分の感情を表現するのも苦手な私は、黙って俯くことしかできなかった。

小馬鹿にしたような溜息が目の前でこぼれた気がした。

気のせいだよな?


「用が無いんなら私、行くから」

小柄な女の子が踵を返す。遅れて触覚のようにセットされた二つのお下げが小さく揺れた。


ゴキブリみたいなその二つの触覚、ひきちぎってやろうか?
4 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2011/08/07(日) 00:28:58.85 ID:QI7syOv7o
ずいぶんと懐かしいな、期待しよう
5 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/07(日) 00:31:06.32 ID:71QLmrIH0



放課後のグラウンドで青春の汗をかいている連中をしり目に私は校門を出た。

自分の名前にコンプレックスを持ってる人というのは、多かれ少なかれいるんだろうけど 、私レベルのコンプレックスを抱えてる人間ははたしているんだろうか。


憂。


憂って書いて「うい」と読む。
酔っ払いのしゃっくりみたいだね、と小学生の頃にクラスメイトに言われたことがある。

いや、まだそれくらいならいいが問題は私の名前に使われた漢字だ。

なんだよ「憂」って。
ていうかなんでこれで「うい」って読むんだよ。
なんでお姉ちゃんは「唯」ってありきたりながらもまともな名前なのに、私の名前はどうして……。

名前で奇を衒わなくていいんだよ。

ていうか絶対に私の両親は「唯」と語呂を合わせたかったから、「憂」なんて名前にしたのだろう。

両親への文句を原稿用紙に換算して四百枚分くらい吐き出したかったが、
生憎、私の両親は日本にいない。今頃は海のはるか向こうでイチャイチャしているだろう。

そのまま帰ってこなくていいぞ。なんなら海のクジラのエサにでもなってしまえ。


……嘘です。無事に帰ってきてください。

6 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/07(日) 00:32:15.04 ID:AeU2MKiRo
人が隣にいれば優しくなれるんだよ
7 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/07(日) 00:34:16.69 ID:71QLmrIH0
せめて「憂」じゃなくて「優」にしてほしかったと切実に思う。

改名ってどうやってするのだろうと考えつつ、とぼとぼと歩いていると運動部のものと思われる掛け声が聞こえてきた。

おお、走ってる走ってる。


弾む声。飛び散る汗。青春のかおり。


……ああ、吐き気がする。


でも、中学時代は部活でテニスやってたんだよなあ。

もっとも部活なんて青春のシンボルは私にはもう一生縁がないだろうし頑張っている人間を見ていると自分がミジめに思えるのでさっさと家に帰って夕飯の用意でもしよう。


 「あのーハンカチ落としましたよー」


さて、夕飯は何にしようか。確かまだ卵が残ってるし昨日買った豚肉が……


「ハンカチ落としましたよー」


豚肉が残ってるので、ピカタでも作るか。今日は気分がノらないし簡単なものの方がいい。


「ハンカチ落としましたよー」


うるさいなあ!
意図的に無視してるのがわからないかよ!

私のようなプリティな声で話かけるならともかく、よくそんなかすれぎみのダミ声で話かけてくるな。

そう思いつつ、無視するのもかわいそうだし、単純にハンカチを回収したかったので振り返った。
8 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/07(日) 00:37:33.49 ID:71QLmrIH0
振り返った先にいたのは見るからに運動してます、といった感じの女子生徒だった。
額に髪を張りつかせて鼻のてっぺんに油を浮かべたソイツが、私にハンカチを差し出す。

 「はい、ハンカチ」

ムダに爽やかな笑顔を浮かべる女に、まあせめてお礼くらいは言ってやろうと口を開いた。

憂「アリガトウゴザイマス……」

蚊の鳴くかのようなかすれ声が私の口から漏れ出た。
……人と話すのは『ちょっとだけ』苦手なんだよ……。

まあしかし、こんな見ず知らずの女相手にいちいち礼を言うとは。
私はなんてできた人間なのだろう。

全人類は私の爪の垢を飲むといい。たちまち素晴らしい世界のできあがりだ。

「どういたしまして」

先に述べたように、蚊の鳴くような、というか空気が振動するかどうかもあやしい小さな声だったのにも関わらず女子生徒はお礼を言われたと決めてかかって、そう言って去っていた。
9 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/07(日) 00:38:04.15 ID:71QLmrIH0
Q.平沢憂さんに質問です。お友達はいないんですか?


A.いません。私は人と関わるのが苦手で、いつも休み時間は寝ています。
授業中に先生にあてられたらコンマ一秒で分かりませんと答えます。

人から声をかけられることはほとんどありません。
席替えの際に「平沢さん、席変わって」と頼まれるときぐらいで、基本、私は誰からも話しかけられません。

静かで退屈な学校生活です。


Q.平沢憂さんの趣味はなんですか?


A.それを聞きますか。そうですね、しいて言うなら家事ですかね、ええ。

料理に洗濯、お掃除に会計、専業主婦に必要なスキルは全て会得しています。

でも学校生活にはイマイチ活躍しません。


ところで今日は美味しい納豆茶漬けについての講義だったはずですが?

どうしてこのような不愉快な質問に私は、真面目に答えているのでしょうか。
10 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/07(日) 00:38:37.12 ID:71QLmrIH0
憂「……ん?」

どういう夢だったかは覚えていないが、とにかくクソ不愉快な夢を見ていた気がする。

どうやら、学校から帰宅して着替えた後、洗濯物を畳んでいたら眠ってしまったらしい。
まだ畳まれていないタオルが、山を形成していた。

ソファーから預けていた身体を起こす。眉間にシワが寄るのが自分でもわかる。

こういうときは、掃除をして憂さを晴らすにかぎる。

洗濯物を畳んで、掃除をして夕飯を作ろう。

お姉ちゃんが帰ってくる前に全てやりきったら自分へのご褒美にポッキーを食べよう。

11 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/07(日) 00:40:28.92 ID:71QLmrIH0



平沢唯。

私のお姉ちゃん。

私が日の当たらない陰湿な藻だったら、お姉ちゃんはさしずめ太陽の光を浴び続けるヒマワリと言ったところだろうか。

よく私とお姉ちゃんは似ているとか言われるがそれはあくまで外見に限っての話だ。

中身を見ればそれはもう同じ人間かどうかもあやしい。


明るくて社交的で天然でドジっ娘を地で行く人気者の姉と 根暗で内気で人と話すのもままらないクラスでも空気そのものの妹。


同じ腹から生まれたはずなのに、同じ遺伝子を受け継いでいるはずなのにどうしてここまで姉妹で差がついてしまったんだろう。


憂「ああ、憂になる……じゃなくて鬱になる」


自分で言ったジョークでさらに憂欝な気分になった。
放置していた洗濯物はどれもしわくちゃのよれよれになっていた。
12 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/07(日) 00:41:40.06 ID:71QLmrIH0



ところで今現在の私についてだが、切らした醤油を買いにスーパーまでの道のりを歩いてるところだ。

今日は色々とツイてないみたいだ。

憂「……私にとってツイてる日ってどんな日だろ?」

また、自分で言ってから自分で後悔した。

歩く憂鬱とは私のことかもしれない……はははは。


どうもお姉ちゃんが帰ってくるまでに、全ての家事を済ますのは無理みたいだった。


それでも無意識に歩くペースは速くなった。少し体温が上がって額に汗が浮かぶ。

今日は春にしてはいささか暑い。


空を見上げれば、私のはるか頭上にある空には雲が立ち込めていた。

13 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/07(日) 00:42:14.77 ID:71QLmrIH0
無事に醤油を購入し、スーパーを後にした私は三十分ほどかかって、家に着いた。

憂「……?」


暗くてはっきり視認できないが、それでも玄関の前で誰かがしゃがみ込んでいるのは分かった。

目を凝らすまでもなく、その人物は特定できた。

お姉ちゃんだった。


憂「何してるの……?」

さすがにお姉ちゃんとは姉妹なので、普通に会話することができる。
まあ、それでもやっぱり私の発した声はウサギの鳴き声とそう変わらないんだけど。

唯「あ、ういー」

見て見て、とお姉ちゃんは立ち上がると今まで自分がしゃがみ込んでいた場所を指差す。


黒猫が行儀よく座ってお姉ちゃんと私を見上げていた。

14 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/07(日) 00:42:42.00 ID:jNWH/GIIO
期待
15 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/07(日) 00:43:18.49 ID:71QLmrIH0
黒猫、不吉の象徴……背筋に悪寒が走る。


憂「どうしたの、この猫?」

唯「さあ?私が帰ってきた時にはもう玄関の前にいたんだ、この猫」

野良猫の分際で、よく逃げないな。私よりよっぽど度胸があるのかもしれない。

猫以下か、私……。


唯「ねえねえ、憂。この猫さん、ひょっとしてお腹がすいてるんじゃないかな?」

そう言われてみれば、行儀良く座るその姿は、餌を求めているように見えなくもない。

唯「こうして出会ったのも何かの縁だよ。何か餌をあげようよ」


黒猫は不吉の象徴だ。呪われても困るし、ミルクくらいは出してやるか。

16 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/07(日) 00:44:34.21 ID:71QLmrIH0



黒猫に皿いっぱいに入れた牛乳を差し出してやった。
黒猫は数秒だけ鼻の先を近づけたがすぐ、顔を背けた。

唯「……飲まないね」

わざわざお腹を壊さないように、温めてやったのに……恩知らずな猫め。

どこかの国では、熱した鉄板に猫を放り込んで、猫がのたうちまわるのを
楽しむという、非常によろしくない遊びがあるらしいが、同じことをしてやろうか、このアホ猫め。

……いやいや、黒猫じゃなくても、そんなことをしたら呪われそうだからやらないよ?

ていうかその前に動物愛護団体から制裁を加えられるか。


唯「ひょっとして猫さん、熱いからこのミルク飲まないんじゃない?」


そういえば、この黒猫は猫なんだから猫舌か。
お腹を請わないようにという配慮がかえってアダになってしまったみたいだった。
17 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/07(日) 00:46:34.92 ID:71QLmrIH0
違う容器に移し変えて、もう一度ミルクを黒猫の前に差し出した。

え?新しい牛乳を出したほうが手っ取り早い?冗談じゃない。

こんな図々しい野良猫相手に牛乳を出してやってるだけでも、全米が号泣して地に伏してもいいだろう。

黒猫がもう一度、鼻の先をミルクに近づける。
足りない脳みそを必死に使って考えているのか、少しためらってから猫は舌を出した。

唯「おお、飲んだ!」


お姉ちゃんが嬉しそうに声を弾ませた。
不覚にも私まで嬉しくなった。別に猫がミルクを飲んだのが嬉しいんじゃない。

お姉ちゃんが嬉しそうにしたからだ。はい、ここ重要。


一分もしないうちに、猫はミルクから顔を離した。大して量は減っていなかった。

用は済んだと言わんばかりに舌舐めずりすると、猫はさっさと背中を私たち姉妹に向けて歩き出した。

金を出せとは言わないから、礼ぐらい言えよ。

そんな私の内心を見抜いたわけではもちろんないだろうが、黒猫は一度だけ振り返って鳴いた。

うん、多分礼を言ったわけではあるまい。
おおかた、『あんまりうまくないですね』とか文句を言ったにちがいない。


去っていく黒猫の背中を、いつの間にか雲と雲の間から顔を出した月が照らしていた。
18 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/07(日) 00:51:18.12 ID:71QLmrIH0



唯「うい〜おいしいよ〜」

憂「……うん」

唯「憂はりょーさいけんぼだねっ」

憂「……ありがと」

両親が基本的に家を空けているため、ほとんどの場合で私が家事をしている。
家事の中にはもちろん料理も含まれていて、今日も例にもれず私が晩御飯を用意した。
私が作った晩御飯をおいしそうに食べるお姉ちゃんを見ていると、一日の疲れも吹き飛ぶようだった。

まあ、私が家事を積極的にする理由はお姉ちゃんの幸せそうにしている顔を見たいからだ。

唯「うんまーいっ」

憂「……そう、よかった」

もっとも、学校にいようが家にいようが私の口数はほとんど変わらない。

お姉ちゃんがひたすらしゃべって私が相槌を打つ。
本当はもっと話したいのだけれど、シャイな私はせいぜい相槌を打つので精いっぱいなのだ。


唯「うーいーおかわりー」

憂「はいはい」

19 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/07(日) 00:54:38.47 ID:71QLmrIH0



一ページが自分の文字でびっしり埋まったのを見て私は満足してノートを閉じた。

すでに毎夜の習慣になったこの行為はある意味自慰行為に似ている。
これをしないと寝れないし、日記を付けはじめてから一度も欠かしたことはない。


一日一日丁寧に書き綴ったお姉ちゃんに関する日記。
私からお姉ちゃんへの愛の言霊。


私はお姉ちゃんのことが好きなのだ。

好――愛している。

いちいち下手な比喩なんか使ったところで私の溢れんばかりのお姉ちゃんへの愛は表現できない。

憂「あれ……?」

私ってもしかして最強の萌えキャラじゃないか?


根暗で内弁慶で無口でシスコンでしかも家事万能。ついでに運動も勉強も控えめに見えても上の下というハイスペックぶり。

日本の廃棄食料並にあるアニメにだってこんなカオスなキャラはいないぞ。


お料理番組から昼ドラまで幅広くこなせるオールマイティなキャラ、平沢憂。
これはお姉ちゃんに告白される日も近いかもしれない。

しかし、一つ致命的なことを忘れていた。

私はカワイクなかった。




20 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/07(日) 01:00:54.56 ID:71QLmrIH0
お姉ちゃんと私。

姉と妹。

ほとんど同じ外見であるはずなのに中身は全然違う。

お姉ちゃんの中身が北アルプスで取れる天然水なら私はヘドロ混じりの河の泥水だ。

きっとお姉ちゃんが産んだ子供はモーツァルトすらもかすんでしまうような神童で、
私が産んだ子供は醜い醜い、それこそヘドロから生まれたベトベトンのような子供だ。

……なんだろう。

起きている時間の分だけ鬱になっている気がする。


ほとんど意味を成していない携帯電話を開く。

もちろん友達がいない私は友達から送られてくるメールを楽しみにしているわけではない。
アラームがきちんとセットされているかをチェックするだけだ。

私はこの手の機械に疎い。ついったー、とか、みくしい、とか異次元の言葉に聞こえる。

まあいいや、寝よう。


鳴りもしなければ光りもしないケータイをベッドに投げる。


おやすみなさい。
21 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/07(日) 01:02:28.46 ID:71QLmrIH0
その翌日も私は教室の空気として、学校ライフの一日を終えた。

 「憂、今ちょっと時間ある?」

目の前でマリモが二つ浮いている。しかも口を利くとは……なかなかすごいではないか。

取っ捕まえて、今すぐ札幌農学校に明け渡してやろうか。たちまち私は有名人になれるだろう。

 「聞いてるー?うーい?純ちゃんだぞー」

北海道に帰れ。

そう言おうとしたが、どうやらマリモじゃなかったらしい。

頭部の左右に、マリモにしか見えない髪のカタマリをひっつけた女は、私と目が合うと品のない笑みを浮かべた。
22 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/07(日) 01:05:07.27 ID:71QLmrIH0
「憂は何の部活に入るか決めた?」

まるで十年来のお友達のように話しかけてくるソイツ、鈴木純は私の顔を覗きこんだ。

純「実はさ、私まだ部活決められなくてさ」

なんて馴れ馴れしいのだろう。
確かに中学時代からお互いに顔見知りではあるが、話しをしたことなどほとんどない。

挨拶でさえ交わした回数は五本の指で数えられるほどだ……たぶん。


だいたい私はコイツのことが好きじゃない。むしろ嫌いだ。

うるさいし品がないし。

きっと私みたいな人間のことを陰で馬鹿にして悪口を言いまくっているに違いない。
そのような場面は見たことなんてないし聞いたこともないが、うん、絶対そうだ。

何を悩んでるのかは知らないが、スッカスカの脳みそで何を考えたってムダムダ。

援交でもして警察に捕まってしまえ。ついでに妊娠して一生を棒に振るがいい。


私の心の中の呪詛などもちろん気づいていないマリモ女は更に続ける。


純「そこで私、軽音部の見学に行こうと思って。ほら、たしか憂のお姉ちゃん軽音部に入ってんでしょ?」
23 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/07(日) 01:08:46.57 ID:71QLmrIH0
思わず眉根に力が入る。なんでそのことを知っているんだ?

まさか私のお姉ちゃんを狙っているのか? そうなのか!?

憂「…………ぁ」

詰問しようとしたが、私は人と話すのが苦手だった。というか喋れない。
人と話そうとすると急に目の奥が玉ねぎをみじん切りしている時のようにツーンとなって歯を食いしばらないととてもじゃないが耐えられないのだ。

冗談みたいな話だが私のような人間なら、おそらく分かってもらえるだろう。


純「というわけでよかったら一緒に軽音部見学に行かない?
  ついでにこれを機会に……」

マリモ女の言葉を遮るように私にしては珍しく口を挟んだ。
しかし、この先に続く言葉を出せるほど私は社交的ではなかった。

憂「その、えと……」

純「ダメ?」

憂「き、今日はその、あ……」

純「もしかして用事でもある?」

私は必死に頷いた。
はたから見たら首をカクカクさせているようにしか見えないだろうけど。
24 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/07(日) 01:12:44.13 ID:71QLmrIH0
情けない、情けないよ……平沢憂!

お姉ちゃんのようにその場の空気を読まずに、人の気持ちも考えずに、ズカズカ聞くのは無理にしても……!

純「そっかあ。まあいいや。ありがと、私一人で軽音部見に行くわ」

鈴木純がそう言って引き上げると私は自分の胸を撫で下ろしていた。
これでもう赤の他人と話さなくてもいいと思うと、それだけで気持ちが晴れて胸の内側に虹がかかるようだった。

情けない。情けなさすぎて笑えない。

でも。ま、いっか。


どうせ私だし。


うん、今更うだうだ言うことじゃない。
それより愛しのマイシスターのための料理を今日は一段とガンバろう。

ガンバってお姉ちゃんに喜んでもらおう。


憂「と、その前に」


今日は私が日直だ。
日誌をつけよう。

25 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/07(日) 01:15:47.75 ID:71QLmrIH0



日誌をつけ、日直としての仕事を全うした私はさっさと家に帰ることにした。

今日のご飯は何にしようか。

そういえば、先日購入したフードカッターはまだ一度も使っていない。
せっかくだし餃子でも作ってみようかな。

久々に創作料理に挑戦してみるのも良いかもしれない。
この前の和風出汁と豆腐を使った和風シチューはなかなかお姉ちゃんも気に入ってくれたし、悪くないのでは。


いや、その前にすっかり忘れていたが社会保険組合への試供品の申し込みをしなければ。
お姉ちゃんのために質の良い化粧水と乳液を選ぼう。

きっと喜んでくれるだろう。

たーのしーみー。

ああ、お姉ちゃんのことを考えているとこんな私でも身体がポカポカしてくるから不思議だ。

実はお姉ちゃんは天使なのかもしれない。いや、天使以上の存在だ。


そうだそうだ。日記をつけるのも忘れてはいけない。
26 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/07(日) 01:17:46.29 ID:71QLmrIH0
帰宅して着替えを済ませた私は少し、休憩がてら日記をつけることにした。

さあ口づけの代わりに愛を綴ろう。

ノートを開く。
見覚えのある字が並べられていた。


憂「?」

おかしい。私のノートはお姉ちゃんへの愛の言葉でほとんど隙間無く埋められていたはず。

しかし、これはどういうことだ?

このノートは私のお姉ちゃんへの愛の文字でうめつくされているはずなのに、実際には今日の学校の一日について記されていた。


ま、まさか!


これが噂のイジメ!?


地球に優しくもないかわりに害もない無味無臭のグリーンガス(なんか矛盾してる気がするけど気にしない) の私に危害を加える輩がいるとは……。

座っていた椅子から立ち上がる。


……予定変更。学校に乗り込む。私を怒らせたことを後悔させてやる!


……できれば穏便に済ませよう。
27 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/07(日) 01:19:20.46 ID:71QLmrIH0



例えば大好きなあの娘に送ろうとした手紙が何かの間違いで全く関係のない誰かに渡ってしまったなんてことが起きたらどうしようか。

私だったらもう首を吊るなり、屋上から飛び降りるなり、ウォッカを浴びるように飲んでリストカットするなりして、とにかくこの世から消えて無くなろうと思う。

しかし、今まさに似たような状況が展開されているのだから、私は本気で死ぬことを考えたほうがいいのかもしれない。




手渡されたノートを見て私は顔を恐る恐るあげた。

上げた目線の先には見覚えのある顔があった。


私はこの女のことをきっちり記憶している。相手は私のことを知らないだろうが。

中野サンプラザ、ではなく、中野梓。

昨日、私が何をとち狂ったのか知らないが話かけようとした女。

どうして話しかけたのだっけ?
28 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/07(日) 01:21:53.87 ID:71QLmrIH0
そもそも何ゆえ私が日直日誌と日記を間違えたのか。
いや、単純に二つのノートが全く同じもので、しかも両方とも表紙に何も書いてないせいで、うっかり間違えて、担任に日記を渡してしまったわけだ。

おいおい、ドジっ娘属性までつくとは……このままではお姉ちゃんとキャラが被ってしまうではないか。

さてさて、ではどうして担任に渡ったはずの日記を中野梓は持っていたのか。

担任いわく。

 『ノートなら中野さんに渡しておきましたから。
  え?なんで渡したのかって言われても。  
  たまたま職員室に中野さんが来ていたので、平沢さんの机の中にそれを入れておいてもらおうと思ったんですよ』

ということらしかった。


あとであの先公呪ってやる。

帰りにダイソーで五寸釘とを買おう。トンカチと学級写真は家にあったはずだだからモーマンタイ。
29 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/07(日) 01:24:46.17 ID:71QLmrIH0
梓「そのノートって……」

中野梓が口を開く。

ほほう。
昨日の帰り間際、ゴキブリを唾棄するような目で私を見たことをまさか、忘れているわけではあるまいな。
憎むべき宿敵の名前は全て脳に刻んである。あと半世紀は忘れることはないだろう。
特にその、今流行のA[ピーーー]Bメンバーの一人であるま●ゆみたいな髪型とか絶対忘れないだろう。


私が心の中で中野梓を血祭りにあげようかどうか迷っていると。
ツインテールを揺らして目の前の中野梓が笑い出した。


なんだコイツは?
30 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/07(日) 01:26:09.35 ID:71QLmrIH0
憂「な、なに?」

大和撫子を代表する奥ゆかしい私の声は、ほとんど笑い声に掻き消されていた。
それでも中野梓は私の声を聞き取ることができたらしい。

梓「だってこんな面白い日記書いてるなんて思わなくて……」

そこで言葉が途切れた。
遅れてすっかり緩んでしまった口許を強制的にチャックしたかのように結ぶ。

鏡がないので自分がどんな顔をしているのかは確かめられないが、さぞかしヒドイ顔をしているだろう。

ムンクの叫びならぬ憂の叫びだ。


憂「み、見たの……?」

突然南極の凍てつく大地に放り出されたゴキブリのように中野梓は、ぎこちなさ全開で頷いた。

梓「う、うん」


私は叫んだ。心の中で。

それこそムンクの叫びのように。
いや、ムンクは実際には叫んでいないし、あれは耳を塞いでるだけなのだけど。

梓「えと、気になって見ちゃったんだけどすごく面白かったよ。小説家になれるんじゃないってぐらい」
31 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/07(日) 01:27:31.80 ID:71QLmrIH0
憂「な、なに?」

大和撫子を代表する奥ゆかしい私の声は、ほとんど笑い声に掻き消されていた。
それでも中野梓は私の声を聞き取ることができたらしい。

梓「だってこんな面白い日記書いてるなんて思わなくて……」

そこで言葉が途切れた。
遅れてすっかり緩んでしまった口許を強制的にチャックしたかのように結ぶ。

鏡がないので自分がどんな顔をしているのかは確かめられないが、さぞかしヒドイ顔をしているだろう。

ムンクの叫びならぬ憂の叫びだ。


憂「み、見たの……?」

突然南極の凍てつく大地に放り出されたゴキブリのように中野梓は、ぎこちなさ全開で頷いた。

梓「う、うん」


私は叫んだ。心の中で。

それこそムンクの叫びのように。
いや、ムンクは実際には叫んでいないし、あれは耳を塞いでるだけなのだけど。

梓「えと、気になって見ちゃったんだけどすごく面白かったよ。小説家になれるんじゃないってぐらい」
32 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/07(日) 01:28:56.60 ID:71QLmrIH0
中野梓はにこやかに続けた。

梓「本当だよ?
  冗談抜きで面白いって思ったよ。平沢さん文才あるよ」


ていうか私は作文だろうと、勉強だろうとスポーツだろうと家事だろうがなんだってこなせるんだけどね。

コミュニケーション能力だけが圧倒的に欠けているけど。

一向に喋らない私に困ったのか、中野梓は冗談とわざと分かる声でおどけてみせた。

梓「もしかして、そのノートに書いてあることは冗談じゃなくて本気だったりして?」

憂「……」

梓「一日一ページきっちり埋めるなんて、デスノートの魅上照みたいだよね」


褒め言葉のつもりか。
ていうか私が魅上だったらお前は真っ先に削除されてるぞ。

憂「…………」

梓「あのーもしかしてなんだけど」

憂「……」

梓「この日記の内容本気だったりする?」

さっきの質問と内容がほとんど同じでありながら今度は恐る恐る聞いているのが窺えた。

なんて答えればいいんだろう?
33 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/07(日) 01:31:38.13 ID:71QLmrIH0
憂「…………」

いったいどうしようか。

何とかして誤解を解かないと。
いや、お姉ちゃん好き好きラビューだけど、そんなことが知られたら私の人生は多分終わる。
根暗で内弁慶で空気なシスコン。もはや人間かどうかもアヤシイ。

こうなったらなりふり構っていられない。お姉ちゃんにだけは絶対に迷惑はかけたくない。

私はノートを開いてそこに文字を書き殴った。

梓「あ、ごめん。私、友達と部活見に行く約束してたから、行くね」

ちょっと待てコラ。
中野梓の顔前に私は開いたノートを見せた。

梓「わかった。約束する、」

中野梓はオッケーサインを出してすたこらさっさーと去って行った。

ちなみに私がノートには書いたのは言葉は感じ四つ。


『他言無用』


あとになって私は他言無用という言葉では誤解を解くどころか、更に誤解を深めてしまっていることに気がついた。
34 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/07(日) 01:34:36.86 ID:71QLmrIH0



会話が苦手な人間というのは、いざ話そうとしても言葉が出てこない。
自分のコミュニケーション能力の無さにうんざりがに(蟹)。
なんでこんな人間になってしまったんだろう。


憂「はあ……」

唯「どうしたの、憂?」

口から無意識のうちに漏れた溜息は、向かい側でから揚げを頬張るお姉ちゃんにも聞こえたらしい。

心配そうに私の瞳を見つめてくるお姉ちゃん。

やべえ。ちょーかわいんですけど。

むしろこっちからも見つめ返したくなるが、そこは私。

恥ずかしくて目を逸らした。
まあ、見つめすぎてお姉ちゃんの純粋で曇りのない瞳に穴を空けたら一大事だ。

憂「少し、ね。嫌なことがあったんだ」

唯「なに?何があったの憂!?」

身を乗り出すお姉ちゃん、もうマジ天使。
35 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/07(日) 01:35:39.69 ID:71QLmrIH0
憂「大したことじゃないよ……」

大嘘です。ごめんなさい許してくださいお姉ちゃん。
イエスの踏み絵を踏む瞬間のキリスト教徒のように罪悪感が胸中にドッと押し寄せた。

唯「ほんとに?」

憂「本当だよ」

唯「ウソじゃない?」

憂「嘘じゃないよ」

唯「うーん」


そこでお姉ちゃんはポンっと手を打った。

唯「よし、今日はお姉ちゃんと一緒にお風呂に入ろー」

どうしたらそのような結論に至るのかは、お姉ちゃんを愛してやまない妹である私にすら分からないのだけど、まあそんなことは、お姉ちゃんとのお風呂の前ではあまりにもどうでもよかった。


ういぃやっほおおおおおうい!
36 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/07(日) 01:39:37.81 ID:71QLmrIH0



憂「いい湯だった……」

お風呂上がりの牛乳を飲みながら私は一人呟いた。
身体がポカポカしているのはなにも、お風呂上がりだからという理由ではないだろう。

目を閉じれば浮かんでくる。


嗚呼、お姉ちゃんと共に入るお風呂!なんて素晴らしいの!お姉ちゃんの水の滴るツヤツヤの髪!
泡が滑り落ちていくなまめかしい肢体!肉付きのいい思わず顔を挟んでもらいたくなる太股!
なぞりたくなる美しいラインを描く鎖骨!可愛らしい私より小さな乳房!吸い付きたくなる胸の頂きを陣取る桃色のち(以下省略)。

天国ってきっとあんな素晴らしい景色が浮かんでるところなんだろうなあ(遠い目)。

よし、今すぐこの幸せを綴ろう。この溢れんばかりのパトスを書きなぐろう。

というか誰かにこの幸せを伝えたい。

世界は捨てたもんじゃない!

世界は素晴らしい!

素晴らしきこの世界!

すばせか!

おめでとう私!

おめでとうみんな!
37 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/07(日) 01:41:03.37 ID:71QLmrIH0



お姉ちゃんとお風呂に入るという奇跡体験をした次の日の学校。
てっきり反動で何かとんでもない不幸が降りかかってくるのでは、と危惧したが徒労に終わった。
いつも通り、学校の空気としての役目を終えた。

しかし、一ついいことがあった。
新入生のために行われた新歓ライブ。
ギターを掻き鳴らしてシャウトするお姉ちゃんマジロッカー。

唯『かーれーちょっぴりらいすたーっぷりっ!』

これで萌えないとかもう人間じゃない。
お姉ちゃんと同じ学校に入ってよかった、ていうかお姉ちゃんの妹でよかった。


うん。帰ったらすぐ日記をつけよう。昨日の奇跡体験と合わせて今日はニページ書いてしまおう。
38 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/07(日) 01:44:18.71 ID:71QLmrIH0
気分がよすぎてモンローウォークして帰宅したくなる。が、奇異の目を向けられるのはイヤなので自粛。
お姉ちゃんのモンローウォークとかならすごく見てみたいけど。
モンローウォークってすごくセクシーなんですよ。
見たことないけど。

梓「平沢さん」

私の脳内でお姉ちゃんがお尻をぷりっぷり振りながら歩くという薔薇色の光景が一瞬でセピア色になった。
声をかけてきたのはあの中野梓だった。

梓「昨日のことなんだけど……」

中野梓が今この場で何を話そうとしているのか分かって私は内心で狼狽した。
いやいや、今、この場面で話すな。一応気を使って声のボリュームを小さくしているのだろうが、そんな気遣いができるならまず、TPOをわきまえろ。

まだクラスメイトが何人も教室に残っているだろうが。

梓「私、昨日少し考えたんだけど」

憂「な、中野すぁん」

私は私の中の勇気を振り絞って声を吐き出した。

梓「?」

憂「少し待っちぇ。その話するの……」

梓「わかった」


や、やった! やったあ! お姉ちゃん!私、喋れたよ!
噛みまくったけど人とお話しできたよ!

39 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/07(日) 01:46:00.53 ID:71QLmrIH0



結局、クラスメイトが全員教室から去るのには十分近くかかった。
皆がいなくなったのを確認した中野梓は、私の耳元に唇を寄せた。
いや、今は誰もいないからそんなことはしなくていいんだが……さすが、自ら進んで奇妙な髪型にしているだけのことはある。

梓「それで、昨日の話なんだけどね」

憂「うん」

中野梓が、薄い胸を張った。

そういえばまな板も、古くなってきたしそろそろ新しいものを購入しなければなあ。

梓「冷静に考えたら、お姉ちゃんを好きになるっていうのはダメだと思う」

憂「……」

梓「だってそれって近親相姦でしょ? 危ないよ」

とりあえ、自らゴキブリヘアーで登校してくるお前には言われたくない。
40 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/07(日) 01:46:55.88 ID:71QLmrIH0
梓「今ならまだ引き返せるよ」

憂「……」

さながらドラマのワンシーンのようにステキすぎる台詞をキメた中野梓は、私の目を覗きこむ。
しかも両の頬をがっしり掴んで。

はたから見たらこれ、キスシーンみたいで誤解されるからやめてほしいのだが。

梓「今ならまだ引き返せるよ」

二度も言うな。
ていうか私は奥ゆかしいことで有名なんだよ。お姉ちゃんに手を出すなんてできるわけがない。

さて、どのような言葉で私のほっぺを両手で挟みこんでるゴキブリ女から逃れようか。

梓「そもそも近親相姦以前に同性なんだよ? 
  レズビアだよ?そんなのダメだよ」

中野梓が悲痛な面持ちで私を見る。
ああ、コイツは稀にみる馬鹿だけれど実はスゴイいいヤツなのかもしれない。


 「カニさんだよ〜ちょっきちょっき」

その時。

マリモ女が教室に入ってきた。蟹のように手をちょっきちょっきさせて。
41 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/07(日) 01:48:17.21 ID:71QLmrIH0
教室に入ってきた。入ってきちゃった。


ちょき

ちょき


その時。


鈴木純のちょきちょきが止まった。

唖然とした顔で、私と中野梓を呆然と眺める。

純「い、今の会話……マジ?」


どこからどこまで聞いたんだろう。

大ピンチの予感。悪寒。私のオカンは海外。
あんまり面白くないな。さすが私だ。

大ピンチ。だけど不思議なほど私は冷静だった。
42 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/07(日) 01:49:31.05 ID:71QLmrIH0
純「『同性なんだよ?レズビアンだよ?そんなのダメだよ……』って、あんたたちってそういう関係なの!?」

呆然とした表情はいつの間にか引きつっていた。
ていうか都合よく誤解されやすいところだけ聞き取ってんじゃねえよ。

梓「え?……ち、違うよ!?」

ようやく中野梓がマリモ女の言葉に反応を返した。

梓「平沢さんが好きなのは私じゃなくてお姉さんなんだよ!」

おいいいいいぃぃぃっ!


一番知られてはいけない部分をカミングアウトしてんじゃないか!
43 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/07(日) 01:50:34.45 ID:71QLmrIH0
純「お姉さん……それって平沢唯さんのこと?」

梓「う、うん。そうなんだ。平沢さんはお姉さんのことがすごくすごく好きで、お姉さんのことについて毎日毎日、日記に書いてるんだ」

憂「!?」


いやいや、全開にした蛇口みたいに全部包み隠さずカミングアウトしちゃってるけど……ええ!?

昨日の約束は何だったんだ!?

梓「……ってしまった!」

今更、ゴキブリ女は自分のミスに気づいて口許を押さえた。
ていうか現実で『しまった!』っていう人を初めて見た。
44 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/07(日) 01:53:20.14 ID:71QLmrIH0
純「えーとお……そうなんだ。じゃあ私、ジャズ研行くから」

露骨に鈴木純はひいていた。
そして何事もなかったかのように、或いは無理やり忘れようと踵を返した。

梓「ち、ちょっと待って!」

私が誤解を解くのを諦めて、首吊り自殺を考えかけたところでゴキブリツインテールがカニ女を引き止めた。

梓「今のは嘘。真っ赤な嘘だよ!」

ちなみに私の顔は真っ青。

梓「本当は平沢さんはバイでどっちでもいけるんだよ。雑食なんだよ!」

人をギャルゲーの主人公みたいに言うのはやめろ。

ついでにバイじゃない。

私は偏食家なんだ。私が愛してるのは世界でただ一人、平沢唯だけだ!
ていうかどんどん恐ろしいキャラ付けをするな!

純「そ、そう。へえすごいすごいわーおわんだふー」

ぱちぱちぱちぱちぱちぱち。


鈴木純はカニの分際で拍手しながらムーンウォークして教室から出て行った。
見事な足さばきである。

梓「追いかけて誤解を解かなきゃ!」


私は中野梓に腕を引っ張られながら、鈴木純を追いかけるはめになった。

……明日から高校に通えないかも。
45 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/07(日) 01:54:38.42 ID:71QLmrIH0
純「えーとお……そうなんだ。じゃあ私、ジャズ研行くから」

露骨に鈴木純はひいていた。
そして何事もなかったかのように、或いは無理やり忘れようと踵を返した。

梓「ち、ちょっと待って!」

私が誤解を解くのを諦めて、首吊り自殺を考えかけたところでゴキブリツインテールがカニ女を引き止めた。

梓「今のは嘘。真っ赤な嘘だよ!」

ちなみに私の顔は真っ青。

梓「本当は平沢さんはバイでどっちでもいけるんだよ。雑食なんだよ!」

人をギャルゲーの主人公みたいに言うのはやめろ。

ついでにバイじゃない。

私は偏食家なんだ。私が愛してるのは世界でただ一人、平沢唯だけだ!
ていうかどんどん恐ろしいキャラ付けをするな!

純「そ、そう。へえすごいすごいわーおわんだふー」

ぱちぱちぱちぱちぱちぱち。


鈴木純はカニの分際で拍手しながらムーンウォークして教室から出て行った。
見事な足さばきである。

梓「追いかけて誤解を解かなきゃ!」


私は中野梓に腕を引っ張られながら、鈴木純を追いかけるはめになった。

……明日から高校に通えないかも。
46 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/07(日) 01:56:02.20 ID:71QLmrIH0



純「そんなこともあるんだね」

鈴木純はハンバーガーにかぶりつきながら、私と中野梓を交互に見た。

――結局、あの後私と中野梓は何とか鈴木純を引き止め、誤解を解くことに成功した。

ただし私がお姉ちゃんのことを愛していることや私がお姉ちゃんへの想いを綴った日記を毎日書いていることなど、全てつまびらかになってしまったが。


梓『その……私のせいで平沢さんの秘密がばれたから……ハンバーガー奢るよ』

純『あ、じゃあ私もついてっていい?』


ちなみにこれは誤解を解いた後の会話である。
正直、赤の他人と食事などしたくなかったし、そうでなくともファーストフードを積極的に食べようとは思わなかったが、どうしてもと言うので結局私は中野梓と某ハンバーガー店へ来ることになった
47 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/07(日) 01:56:57.76 ID:71QLmrIH0
純「にしても悪いね。私までなんか知らないけど奢ってもらちゃって」

ちゃっかり中野梓に奢ってもらっているカニ女はチキンナゲットを美味しそうに口にほうり込む。

梓「それより平沢さんのことなんだけど……」

憂「なに?」

梓「いや、ほらさっきの話だよ」

近親相姦がどうとかいう話か。
48 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/07(日) 01:57:57.50 ID:71QLmrIH0
なんて答えればよいのかわからなくて、ストローに唇をつける。
ジンジャエールに含まれた炭酸に思わず顔をしかめてしまった。


梓「さっきも言ったけどやっぱり近親相姦でしかも、しかも同性愛なんてよくないよ……」

喋っているうちに興奮して中野梓は自分の声が大きくなっていることに気づいて、口許を押さえた。

憂「私は……別にお姉ちゃんになにかしようとしているわけじゃないよ」

あくまで芸術作品を鑑賞するかのように、眺めているだけで十分に幸せなのである。

欲を言えばお姉ちゃんからも私宛てにラブリーなメッセージが届かないものかどうか。

それにしても中野梓にしろ鈴木純にしろ、妙に喋りやすい。

まあ、人間以下としてしか見てないからかもしれないが。
49 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/07(日) 01:59:14.64 ID:71QLmrIH0



純「んじゃ、おいとまするわ。ごちそうさまー」

店に来て十五分もしないうちに、鈴木純はそう言って帰っていった。

梓「食べるの速かったね」

憂「そうだね」

黙ってほとんど食べることしかしていない私よりもはるかに速い。
ジャズ研がどうとか、カッコイイ先輩がどうとか購買がどうとか。
そんなことを機関銃のように語りまくっていたにも関わらず、どうしてああも速く食事を済ませることができたのか、いささか謎だったが、まあカニ女のことなど気にしても仕方がない。

私は再びハンバーガーにかぶりついた。

梓「あのさ、一つ聞いていい?」

憂「なに?」

梓「平沢さんってスゴク変な性格してるよね?」

聞いていいと言いつつ、まるで質問になっていない中野梓の言葉に、私はどんな顔をしてしまったのだろうか。

梓「……スゴクじゃなくて少し変な性格してるよね?」


今更訂正しても遅いわ。

50 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/07(日) 02:00:44.00 ID:71QLmrIH0
梓「その、ごめん。私、日本語下手だから……」

憂「……そう」


降って湧いた沈黙の中で私は少し考えてみた。

自分の性格。

昔からこんな性格だったのかと言うとどうだろう。
別に幼少期からこのような鬱々とした性格ではなかった気がする。私の記憶が正しければだけど。

大人しい性格ではあったが、いちいち自分のことを卑下するような子供ではなかった……はず。

でも気づかないうちにこんな性格になってしまっていた。

もしかしたらきっかけのようなものはあったのかもしれない。
51 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/07(日) 02:02:00.68 ID:71QLmrIH0
思い出せないけど。案外きっかけなどなかったのかもしれない。
もしくは、実は私は過去にとんでもない体験をしてそのショックで、こんな人間になってしまったのかも。



……まあ、そんなわけないのだけど。

私は、自分で言うのもおこがましい話だが、記憶力がいいのだ。

私が生まれた時から今日に至るまでの姉妹の感動震撼感無量エピソードを今すぐ語ることだってできる。

うん、記憶喪失の線もなさそうだ。

じゃあなんでこんな性格になったのかという話に戻るわけだが、どうでもいい。

今更この性格が変わるとは思えないし。


梓「やっぱ訂正」

ちびちびとジュースを飲んで黙ってしまった私に
気まずくなったのか中野梓は、無理矢理笑っていると分かる笑顔でこんなことを言った。

梓「変わった性癖してるね?」


口に含んだジンジャエールは相変わらず酸っぱかった。
52 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/07(日) 02:03:44.74 ID:71QLmrIH0



その後、某ハンバーガー店を後にした私と中野梓は一緒に帰ることになった。

意外と家が近いらしい。

どうでもいいけど。

梓「私、新歓ライブ見たら軽音部に入りたくなってね」

憂「うん」

梓「明日入部届けを出しに行こうと思って」

憂「そう」

梓「そういえば、平沢さんのお姉さんは今日ライブでギターしてた人なんだよね?」

憂「うい」

ただ頷くだけなのに噛んでしまった。
中野梓は気づいていないみたいだけど私の顔は少し赤くなってしまった。

……こ、これくらい、は、恥ずかしくなんてないんだからっ!
53 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/07(日) 02:05:39.82 ID:71QLmrIH0
梓「じゃあ、私こっちだから」

十字路の前に来たところで、ツインテールが振り返った。

梓「バイバイ」

中野梓が手を振ったので、私もまあ、手を振り返してやろうとしたところで、聞き覚えのある声がした。


「うーいー」


嗚呼……この鼓膜を震わすどころか溶かしてドロドロにして変な液体を耳の穴から垂らしてしまいそうになるプリティな声は……

憂「お姉ちゃん」

だった。
54 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/07(日) 02:06:22.97 ID:71QLmrIH0
夕日をバックに向かって来るお姉ちゃんの笑顔に私は胸をときめかせる。

唯「憂、今日は遅かったね」

憂「うん、ちょっとね」

本当に脳みそが入っているのかどうか、思わず、かっ開いて見てみたくなるくらい頭の軽い女のせいで、いつもより遅くなっちゃたんだ。

とは、口の中に留めておいた。

いやいや、それよりもっとお姉ちゃんに言わなければいけないことがあるではないか。

今日のお姉ちゃんの新歓ライブに震撼した私の感想を言わなければ。

お姉ちゃんの勇姿を見れた感動を伝えなければ。

私が意気込んで、お姉ちゃんに話そうと口を開いた時、

梓「今日のライブすごくよかったです」

誰だよお前。

55 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/07(日) 02:07:16.72 ID:71QLmrIH0
いつの間にか私の隣で、私のお姉ちゃんのプリティフェイスを見上げてゴキブリツインテールが目を輝かせていた。

唯「?」

お姉ちゃんが、ゴミ捨て場で喋るナマゴミでも見つけたかのように首を傾げた。

梓「あ、すみません。私は中野梓っていいます。平沢さんとはクラスメイトです」

そしてたった今敵になりました。

梓「平沢さんとは今日お友達になりました」

クラスメイトの部分は否定しないが、お友達になった覚えはない。
チーズバーガーで私を釣れると思っているのなら大きな間違いだ。
56 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/07(日) 02:08:17.26 ID:71QLmrIH0
唯「へえ、憂のお友達なんだ。こちらこそ初めまして平沢唯です」

梓「よろしくお願いします」

ああ、さすがお姉ちゃん。
汚らわしい泥棒猫女にまで握手を交わすなんて。
後できちんと手を洗ってもらおう。野良猫はどんな病原菌を持っているか分からないから。
そういえば、家のどこかにノコギリがあったな。どこに閉まったのかな?

梓「それで、私、軽音部に入ろうと思うんです」

唯「ホントに!?」

ヤベー。お姉ちゃんの顔が夕日とか関係無しにシャイニングして見える。
泥棒ゴキブリがジャマだなー。

梓「本当は今日軽音部にお邪魔する予定だったんですが……」

なぜか一瞬だけ、中野梓の視線が私に移動した。

唯「やっっったあ!やったよーうーい」

思わず後ろに倒れそうになるのを、何とか踏ん張った。
お姉ちゃんが喜色満面で私に抱き着いてきたのだ。

ベッドの上だったら間違いなく、勢いに身を任せているところだ。


Uh……し・あ・わ・せ・はーと。


中野梓は私とお姉ちゃんを交互に見て、目を瞬かせた。
57 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/07(日) 02:10:30.98 ID:71QLmrIH0
 『……仲いいんだ』

そんな呟きが聞こえた気がしたがお姉ちゃんに抱き着かれている私には
そんかことは果てしなくどうでもよくて、正直そのように聞こえたのかは、自信がない。

梓「それじゃ」

私はこれで。中野梓は一礼して袖をひるがえした。

唯「梓ちゃん、またねー」

お姉ちゃんが去っていく中野梓に手を振る。

中野梓が振り返ってもう一度お辞儀をして、それから私の方を見た。

遠くからで、しかも夕日を背にしていたから、泥棒猫女が本当に私の方を見たのかは、分からないけど。

梓「さよーならー平沢さん」


手を振る中野梓の背後の夕日が、不思議とさっきよりも眩しく映った。
もっとも、私が手を振りかえしたときには中野梓は夕焼けに溶けていた。
58 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/07(日) 02:11:40.48 ID:71QLmrIH0



憂「……今日は素晴らしい日だった」

日記の最後の締めを呟いて、私はノートを閉じた。
常日頃から犯罪的なまでにカワイイお姉ちゃんが今日は一段とかわいく見えた。

新歓ライブでギターボーカルとして一生懸命頑張るお姉ちゃん。
中野梓が、軽音部に入ると聞いた時の百万ドルの笑顔のお姉ちゃん。
今日も私の作った料理を美味しい美味しいと食べてくれたお姉ちゃん。

私は幸せだ。特に今日は一段と幸せだ。

それなのに。

私は無意識にノートを開いたり、閉じたりしているのに気づいて、手を止めた。
59 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/07(日) 02:16:11.81 ID:71QLmrIH0
私は自分の手の中に収まっている紙切れを開いた。
開いた紙にはアルファベットが並べられていた。
携帯電話のアドレスがそこには書かれている。

いつの間にかノートに挟まっていた紙切れ。
並んだアルファベットたちの下には割とキレイな字で、


『メールをこのアドレスに送ってください。中野梓より』


と書かれていた。

一瞬送るか送るまいか迷ったけど私は結局、ゴキブリ女にメールを送った。
60 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/07(日) 02:16:43.38 ID:71QLmrIH0
どれくらいその紙切れを眺めていたのだろうか。

中野梓から不意にメールが届いた。

今時の女子高生らしい頭の悪そうな文字が並べられていると思った私は、少々拍子抜けした。

ちなみに分量は結構多かった。

これからよろしくね、という挨拶から今日の自分の失敗によって
鈴木純にまで私の秘密がばれてしまったことへの謝罪の文。他にもどうでもいいことが幾つか。

よくこうも書くことが浮かぶものだと私は感心してしまった。

しかし、これはなんて返せばいいのだろう。

私はメールのやりとりをほとんどしたことがない。絵文字も使ったことがなかった。


結局、お湯に浸かってほてったはずの身体がほとんど冷めた頃にメールを返した。

一言。


『おやすみなさい』

61 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/07(日) 02:21:58.12 ID:71QLmrIH0
とりあえず一旦ここまでってことで区切りをつけます。

もともとこのssはvipで一年前ぐらいに書いたものですが、その時は書きたい話を全部書けずに無理やり
オチに持って行ったので前から続編というか、すっ飛ばした話を書きたいと思っていました。

ちょうど夏休みにも入ったのでいい機会かな、と思って今回新たに書くことにしました。
だいたいのストーリは頭の中でできているので、なんとか完結させたいと思います。

ちなみに元スレはこれです↓

憂「どうして私は憂って名前なんだろうね」唯「なんでだろうね」
http://www40.atwiki.jp/83452/pages/5136.html

ちなみにこのssにいくつか修正を加えつつ、すっとばした話を追加していこうと思います。
まあ、たぶんいないだろうけどこの話を見たことある人は続編に入るまでは待っていてください。


※冷静に見直してみると、梓もけっこうキャラ崩壊してますね。
62 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府) [sage]:2011/08/07(日) 04:02:06.72 ID:BmoRHJoo0
憂欝の憂を体現したようなキャラが梓、純との関係をつくりながら
本編の憂ちゃんの様になって行く様を丁寧でユーモラスに描いた
ゆいういSSの名作だと思っていたがその作品が完全版となる訳ですね…
期待大です。これで夏をやり過ごせそうです。
63 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西・北陸) [sage]:2011/08/07(日) 05:31:14.18 ID:xiT9Gm+AO
まさかこのssの続きが読めるとは…
暴走するあずにゃんが大好きです!応援してます!!
64 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/07(日) 15:08:19.64 ID:TBNSgAeh0
懐かしい…これは面白かったから期待
65 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/07(日) 21:32:40.08 ID:71QLmrIH0
平沢憂の日記から一部抜粋

―――――――――――――――――――――――――――――――――

今日もお姉ちゃんが可愛すぎて生きるのが楽しい。

鈴木純はジャズ研に入っているらしい。うん、果てしなくどうでもいい。

中野梓は初めての軽音部での活動が楽しみだそうだ。お姉ちゃんに手を出さなければどうでもいい。

―――――――――――――――――――――――――――――――――

お姉ちゃんがエロ可愛すぎて今日も生きているのが楽しい。

中野梓に部活のことを聞いてみた。なぜか浮かない顔をしていた。歯切れも悪かった。
どうでもいいか。

―――――――――――――――――――――――――――――――――


66 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/07(日) 21:34:08.46 ID:71QLmrIH0
―――――――――――――――――――――――――――――――――

今日もお姉ちゃんが天使可愛いくて生きてるのが楽しい。

明日、お姉ちゃんたち軽音部一同は中野梓の歓迎会ということで、どこか行くらしい。
中野梓だけごーとぅーへる。

しかし、ゴキブリにも友愛の精神を忘れないとは、さすがお姉ちゃん。マジリスペクト。

どうでもいいがお姉ちゃんが、あずにゃんってあだ名をつけたため中野梓をゴキブリと呼ぶのはやめることにする。

―――――――――――――――――――――――――――――――――

お姉ちゃんがマシュマロ可愛くて今日も生きてるのが楽しい。

私と中野梓と鈴木純が某ハンバーガー店で一緒にハンバーガーを食べてから一週間が経過した火曜日。

放課後、中野梓が私より先にギターを背負って帰っていた。
部活はどうしたのだろう。別にどうでもいいが。

しかし、お姉ちゃんもなぜか元気がない。
心配だ。明日あの猫娘を問い詰めるか?
―――――――――――――――――――――――――――――――――
67 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/07(日) 21:35:34.64 ID:71QLmrIH0
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今日もお姉ちゃんがダラダラ可愛くて生きてるのが楽しい。

最近元気のなかったお姉ちゃんが今日は元気だった。可愛かった。輝いていた。

反対に中野梓は足りない脳みそで何か考えているのか、ずっと浮かない顔をしていた。

いや、猫女のことなんてどうでもいいんだけど。

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今日もお姉ちゃんがアメアメ可愛いくて生きてるのが楽しい。

今日は雨が降っていたのでお姉ちゃんがギターを持って行くのに苦労していた。
何か善後策を練ってお姉ちゃんの労力を減らしてあげよう。

最近元気のなかった中野梓が久々に話しかけてきた。
……って言っても別に特に何か重要な話だったわけではなかったからよく覚えていない。

どうでもいいが、鈴木純の髪型が面白かった。

―――――――――――――――――――――――――――――――――
68 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/07(日) 21:38:29.49 ID:71QLmrIH0
ゆっくりと、けれども時間は坂を滑り落ちるように流れていった……まあ、時間が経過して五月になっただけなんだけど。


ゴールデンウィークが明けて一週間。
面倒な学校がまた始まった。

今思うと黄金週間は素晴らしいことの連続だった。

お姉ちゃんと二人っきりの日が二日もあったのだ。

盛りのついた猫のように、あるいは去勢されたアザラシのように
ダラダラ床を転げ回るお姉ちゃんを延々と眺めていられたなんて……デジカメにでも納めておけばよかった。

まあ、いいか。記録、もとい日記はきちんととってある。

ちなみに残りの二日間はお姉ちゃんは軽音部の皆さんと遊びに行った。
私は家にいた。(もちろん、心配だったので家事に影響が無い程度に尾行した。妹として当然の務めである)。


そして現在。お昼休み。


純「家族でバーベキューしたんだって。でも、うちの親、火をつけるのが下手でさあ」

憂「……」

梓「あ、私も中学の頃に友達とバーベキューしたけど、火のつけ方が分からなくて苦労したよ」

憂「……」
69 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/07(日) 21:43:35.50 ID:71QLmrIH0
憂「……」

純「いやあ、ネギマが一番食べたかったのに忘れちゃって……」

憂「……」

梓「ドンマイだね。ところで純は豚肉派?牛肉派?」

憂「……」

純「鳥が一番でしょ」

憂「……」


お昼休み。

普段一人で食べるはずのお昼ご飯。けれども今日は違った。

純「お茶漬け食べる時ってやっぱ緑茶だよね?」

憂「……」

梓「お湯じゃないの?」


なんていうか、うるさい。
70 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/07(日) 21:46:34.85 ID:71QLmrIH0
だいたい、どうしてこんなくだらない話題で会話が続くのか。
不思議だ。

純「憂はゴールデンウィークは、なにしてたの?」

口にものを含んだまま喋るな。ぐちゃぐちゃになったシャケがチラチラ見えるんだよ。

憂「別に。家でゴロゴロしてた」

梓「唯先輩から聞いたけど、憂ってすごく働き者なんでしょ?」

いつから私は猫女に呼び捨てにされるようになった。
猫業界は上下関係と異性関係が、厳しいということを教えてやらないといけないみたいだな。


憂「……家で家事して、時々お姉ちゃんの宿題見てあげたりしてた」

梓「へえ……って、なんで唯先輩が憂に宿題を見てもらってんの。
  普通は逆でしょ?」

憂「うちでは普通」

梓「そうなんだ……そういえば憂って料理も得意なんでしょ?」

純「ほほお。言われてみると美味しそうなブツが、いただきっ」

鈴木純の箸が私のピーマンの肉詰めを捕獲するよりも、私がそれを避ける方が速かった。

純「むー、やるねえ。しかし、いつまで私の箸サバキから逃れられるかな?」

憂「……」

71 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/07(日) 21:48:27.68 ID:71QLmrIH0
梓「憂は唯先輩が出かけたりしてる時は、なにしてるの?」

鈴木純が、私のピーマンの肉詰めを諦めた頃に中野梓が、質問してきた。

憂「特に何もしてない」

どうしてそんなことを聞くんだろうか。
顔を見返すと、猫娘は口許を少し緩めた。

梓「いや、唯先輩が言ってたんだ。憂はお母さんみたいなんだよって」

憂「お母さんみたい?」

梓「うん」

まあ、平沢家の家事のほとんどを担っているのが私なのだから、ある意味それは正しいのかもしれない。

……どうせなら恋人みたいとか言ってほしいなあ。
72 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/07(日) 21:51:06.15 ID:71QLmrIH0
梓「特にお出かけする時が一番厳しいって言ってた」

純「あれ?憂ってお姉ちゃんのこと好きなんじゃないの?」

憂「……」

思わず辺りを見渡す。

純「心配しすぎだよ……まさか憂がレズビアンだなんて誰も思っちゃいないって」

後半の台詞は私の耳元でささやかれたため、耳に息がかかった。
吐き気と悪寒に苛まれ思わず俯いてしまった。

純「そんなに恥ずかしがらなくてもいいって」

ちげえよ。

梓「それで、憂は唯先輩にお出かけ前に何するの?」

憂「特にはしない。ただ……」

出かける前はどこへ出かけるかを聞く。

そして。

まず、財布は絶対に二つ持たせる。
お姉ちゃんが今までに財布を無くして、泣いて帰ってきたことは珍しくない。
そして身分が分かるものを必ず持ち歩かせる。
具体的には保険証のコピー、さらに私、及び、お父さん、お母さんの携帯電話の番号も。

全て、万が一、億が一事故にあった時ようの対策だ。
そして、もちろん電話も携帯させるのも忘れない。
さらには携帯電話の充電器も持たせる。
それから帰宅時間を聞くのも、お姉ちゃんが出かける前にしなければいけないことの一つだ。

73 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/07(日) 21:54:43.11 ID:71QLmrIH0
……という、二百文字程度の説明を五分ほどかけて、中野梓と鈴木純にした。


純「たしかにお母さんみたい」

梓「本当だね」

なぜだか知らないが、二人が、まさにお母さんのように「微笑ましいわね」とでも言いたげな顔をした。
バツが悪くなった私は、目線を反らして窓から見える景色に視線を移した。

憂「だって、お姉ちゃんが……す、き……だもん」

無意識に本音を零してしまった。
そんな私を見て鈴木純はもとから締まりの悪い口元をさらに緩めて言った。

純「憂ってさ――」


鈴木純のその後の言葉を聞き取ることができなかった。

チャイムの音がちょうどタイミングよく鳴って、鈴木純の声を掻き消したからだ。

昼休みが終わった。
74 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/07(日) 21:57:33.61 ID:71QLmrIH0



次の日も次の日も、相変わらず特に何もなく推移していった。
変わったと言ったら、お昼休みに一人でご飯を食べていたのが、三人になったことぐらいだ。


中野梓。

鈴木純。

そして私。


まあ、私はほとんど喋らないで、聞き手として二人の会話に耳を傾けているだけだが。


純「お昼ご飯、食べよ」

憂「うん」

相変わらずモップ女は、姦しい。

梓「疲れたー」

純「お疲れー」

中野梓も、やってきた。

いつのまにか私の机を囲んで昼食をとるのが当たり前になっていた。
75 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/07(日) 21:59:11.96 ID:71QLmrIH0
純「いや、だから私は鯛焼きはしっぽから食べたいんだってば」

純「普通に頭から食べた方がウマイよ」

梓「そんなことないもん」

純「そんなことあるよ」

梓「憂はどう思う?」

純「憂も普通に頭から食べた方がウマイって思うでしょ?」

不毛な話題をこっちに振らないでほしい。
しかし、質問に答えなければこの二人がさらに
やかましく騒ぎ立てるのは、目に見えているので私は少し考えて、こう答えた。


憂「お姉ちゃんは頭から食べるよ」

純「そ、そうきたか」

梓「唯先輩は参考にならないよ」


どういう意味だ。答え次第では……。
76 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/07(日) 22:01:46.19 ID:71QLmrIH0
それから二人は再び生産性のない、実にたわいのない会話を繰り広げ始めた。

たけのこの里がどうとか、きのこの山がどうとか。

それを私はぼんやりと眺めながらご飯を食べる。

そして本当に時々だけど会話に混じったり、テキトーに相槌を打ったりする。

そんなお昼休みが徐々に日常として、当たり前のものとして私は、ごく普通に受け入れていた。

正直、楽しいのか、愉快なのか、もしくは不愉快なのか
或いはもっと別の感情なのか、今の状態は自分にとってどうなのか、判断がつかなかった。

でも。


最近は、お昼休みの間、無意識に時計の針を目で追うことが多くなった気がする。
77 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/07(日) 22:02:28.53 ID:71QLmrIH0
純「ねえねえ、憂の卵焼きちょうだい」

憂「……」

純「昨日、初めて憂が作った卵焼き食べたけど、うちのお母さんが作るのよりウマかったんだって」

梓「純、憂からもらいすぎ」

純「だってえ。本当に美味しかったんだもん」

確かにここのところ、私のお弁当の中身は何かしら鈴木純の胃に入ってる気がする。
本来私が作ったものは、お姉ちゃんに捧げるものであって鈴木純のエサではない。

純「あ、じゃあこのカニカマあげ……んっ!?」

大きく開いた口に卵焼きを突っ込んでやると、鈴木純は目を白黒させた。

純「ごっくん……うん、やっぱ憂の卵焼きは美味しい」

梓「純だけずるい」

そう言いつつ、なぜか私に訴えかけるかのような視線を送る。
いつかの黒猫が脳裏に浮かんだ。
78 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/07(日) 22:08:41.78 ID:71QLmrIH0
純「梓ももらえばいいじゃん」

梓「そ、それは」

猫娘は、今度は遠慮がちに上目遣いで私を窺う。

なんでだろう。

お姉ちゃんに見つめられたわけでもないのに、中野梓の猫のように丸い目を見ていたら、顔が熱くなるような感覚を覚えた。

私は人見知りだ。

人と喋るのが苦手だ。

人と目を合わせるのも苦手だ。

人と面と向かって喋るなんて、考える前に勝手に身体が拒絶してしまう。

はっきりと原因は分からないけど、多分恥ずかしいから、人とコミュニケーションをとることができないのだと思う。

でも、今こうしていつものように、中野梓から目を逸らしたのはもっと別な理由な気がする。
いや、深く考えるのはやめよう。
頭が痛くなりそうだ。

憂「……ぃいよ」

中野梓が首を傾げた。私は息を吸い込んで、お腹に力を入れる。


憂「……よ、余裕があった、ら……中野さんの分も……鈴木さんの分も作ってくる」

私はそれだけの台詞を言うのにひどく疲れてしまった。
それでもなんだか不思議な達成感があった。
79 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/07(日) 22:12:03.08 ID:71QLmrIH0
「「本当!?」」

中野梓と鈴木純が異口同音で聞き返してきたので、私は三回ぐらい首を縦に振った。

……二人の母親がこれを見たらどんな表情をするんだろう。

梓「でも、本当にいいの?大変じゃない?」

純「そういやお姉ちゃんの分も作ってるんだっけ?」

憂「気にしなくていい」

どうしてかは自分でも分からなかったが、喉から出た声は妙につっけんどんになっていた。
けんもほろろってこんな感じの態度のことを言うのかな。
しかし、二人はまるでそんなことを意に介した様子もなく、はしゃぎはじめた。


純「そういえば、もうすぐ中間テストじゃん。明後日から一緒に勉強しようよ」

梓「三人寄ればなんとやらだね。いいよね、憂?」

私が勝手に進んでいく流れに流されるまま頷いたのと、チャイムが鳴ったのは、ほとんど同時だった。

お昼休みが終わった。


あっという間に終わった。
80 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/07(日) 22:14:50.84 ID:71QLmrIH0



梓「あー疲れた」

憂「あ、梓ちゃん」

純「お疲れ。はいイチゴオーレ」

梓「ん、ありがと」

純「にしても今日も、世界史は退屈だったなあ」

憂「純ちゃん寝ちゃってたもんね」

梓「純は世界史の時はいつも寝てるよね」

純「う〜、世界史ヤバいかも」

梓「前みたいに前日に泣きついてくるのはやめてよ」

憂「そういえば前回のテストでは純ちゃん、梓ちゃんのノートを写させてもらったんだよね」

純「今回も、梓の力を借りなければいけないかもしれない」

梓「自分でなんとかしなさい」

純「おおー梓に裏切られてしまったよーうーいー」

憂「よしよし」
81 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/07(日) 22:18:20.17 ID:71QLmrIH0
何か非常に気味の悪い夢を見ていた気がして、私はベッドに預けていた身体を起こした。
朝六時手前。
いつも通りの時刻に無事に目を覚ますことができたらしい。

しかし今のは夢はいったいなんだろう。

あずさちゃん?

じゅんちゃん?

……ないない。そんな呼び方はナンセンスだ。

モップ女と猫娘。

鈴木純と中野梓。

鈴木さんと中野さん。

うん、やっぱりこれが一番、私にはしっくりくる。

さあ、さっさと起きてお姉ちゃんと私とプラス二人分、作ってしまおう。
82 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/07(日) 22:19:29.72 ID:71QLmrIH0



憂「ふぅ……」

全員の分のお弁当の準備を終えた私は一息ついた。
準備完了。

 「うーいー」

人間の耳にいい音には様々なものがあるらしいけど、もちろん私の耳に一番いいのはお姉ちゃんの声だった。

着ボイスにもしてある。

憂「どうしたの、お姉ちゃん?」

いつもならまだ安眠を貪っているはずの、お姉ちゃんが目をしょぼつかせて、リビングの扉の前で突っ立ていた。

起こしてしまったのだろうか?

憂「ごめん、起こしちゃった?」

唯「ううん、お腹がすいて目が覚めたんだ」

憂「お弁当のあまりものがあるよ。食べる?」

唯「食べる食べる」


嗚呼……お姉ちゃんってやっぱ天使なのかも。
83 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/07(日) 22:20:51.30 ID:71QLmrIH0
唯「憂、最近少し変わったね」

卵焼きを頬張るお姉ちゃんの膨らむほっぺは、思わず突っつきたくなる愛らしさがあった。


憂「……」

唯「憂、聞いてる?」

憂「うん、聞いてるよ」

いけないいけない。
お姉ちゃんの可愛さに思考が提出しかけていた。
神の啓示にも等しいお姉ちゃんの言葉を聞くために、私は洗いものをしていた手を止める。

憂「それで何だっけ?」

唯「聞いてないじゃん……」


今度は怒ってほっぺを膨らませる。やばい。超カワイイ。
84 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/07(日) 22:22:41.94 ID:71QLmrIH0
唯「だから。憂、少し変わったなあって思って」

憂「変わった?」

思わず目を白黒させてしまった。

私が変わった?

何が? どこが?

前より前髪が伸びたとか?

きっと疑問が顔に出てしまったのだろう。
お姉ちゃんは、私のような愚妹にも分かるように語りかける。


唯「前よりもずっと明るくなった気がするし、口数も増えたよね」

そう言われたところで自分ではよく分からなかった。

唯「それに……」

憂「それに?」


唯「あずにゃんや純ちゃんのことも話すようになった」
85 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/07(日) 22:23:56.77 ID:71QLmrIH0
思い返してみれば、どうだろう。
基本、私は誰と喋っている時でも聞き手に徹することがほとんどだった。
いや、最近だって私から積極的に話そうとすることなんて無かったはずだが。

唯「この前、私が聞いたこと覚えてる?」

憂「この前っていつ?」

唯「えと……一週間くらい前かな?」

……思い出した。

憂「もしかしてお姉ちゃんが、私にどうしていつもより早く起きるの、って聞いてきた時のこと?」

唯「そう、それそれ!」


そういえば、その日は初めて鈴木純と中野梓の分のミニお弁当を作っていて、今日みたいにお姉ちゃんが、いつもより早めに起きてきたのだった。


唯「あの時の憂、嬉しそうに鈴木さんの分と中野さんの分を作ってるって言ったんだよ」


確かに私にはそのように答えた記憶はあったが、しかし、嬉しそうにしていた覚えはまるでなかった。
86 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/07(日) 22:25:45.29 ID:71QLmrIH0
憂「そう、なんだ」

唯「うん、そうなんだよ」

お姉ちゃんの笑顔はいつだって私に力をくれた。今日も頑張ろう。そんな気持ちにさせてくれるのだ。

でも、今日はそれだけじゃなかった。
暗闇の中に灯る明かりのように、胸に温かな何かを感じる。

曖昧として判然としないそれは、不思議と心地の好いものだった。


唯「あとね、もう一つ変わったことがあるよ」

お姉ちゃんが、私が作った卵焼きを目の前に差し出す。

こ、これは……俗に言う、あーん!

あまりに突然に刺激的なイベントが来てしまったために、メマイと動悸と吐き気が同時に襲ってきたけど、
私は思わずそれにかぶりついた。


唯「憂のご飯が前よりも、もっと、もっともっと美味しくなった」


確かに――言われてみれば口に広がった味は、前よりもすごくおいしい気がした。
87 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/07(日) 22:30:17.20 ID:71QLmrIH0



純「憂は今日、放課後時間ある?」


中間テストが終わって一週間が経った放課後。

憂「えっと……あんまり、遅くなるのは……ダメ。
  けれど…………少し、ならいいよ?」

純「よっしゃ! 久々にハンバーガー食べに行こっ」

久々も何も、まだ一回しか行ったことないはずでは?
まあいいや。鈴木純は基本的に考えるよりも行動が先のタイプの人間だ。

と、いうのを最近私は分かりはじめてきた。
別に知ろうとして知ったわけではなく、一緒にいる時間が長いから嫌でもわかってしまうだけだ。

純「あ、ちなみに梓は今日は普通に部活だから」

憂「……鈴木さん、は、ジャズ研……いいの……?」

純「……」

鈴木純は急に神妙な顔をしたかと思うと、私の顔をたっぷり三十秒は窺った。
そしてにんまりと笑った。

純「まあ、今日は女二人で語り明かそうよ」
88 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/07(日) 22:32:58.30 ID:71QLmrIH0



純「今日はなんと純ちゃんが奢ってあげたりしなかったりしちゃいます」

ガラス張りの店内に入ると、鈴木純は背後の私を振り返った。
奢るのか、奢らないのかどっちだ。
私が財布を取り出すと、鈴木は私の手を慌てて取った。

純「ストーップ!だーかーら、私が奢ってあげるってば」

憂「……そう」

純「あ、ただし四百円までね」

憂「……吝嗇って……言葉、知ってる?」

純「りんしょく? 知らないけど、どういう意味?」

憂「チーズバーガーと、ジンジャーエールでいいよ」

純「スルーするな」

モップ女に対してすっかり私は物怖じしなくなってしまっていた。
話し方は相変わらずたどたどしいけど。

89 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/07(日) 22:35:38.18 ID:71QLmrIH0
席に着いてからはいつも通りだった。鈴木が一方的に話して、私が相槌を打つ。

純「でね、変な夢を見たんだ」

憂「うん」

純「なんか知らないけど、朝起きたら別の世界に飛んでってるって夢」

にしても、この女は相変わらず食べるのが、速い。そして喋るのも速い。
口の動きが異常なのだ。いつか愕関節症にならないか、人事だけど心配だった。


純「それで、理由は不明なんだけど私は、自分がいる世界が鏡の世界史だって知るわけ」

憂「へえ」

純「で、全員、性格が違うんだって」


鈴木は二つ目のハンバーガーに取り掛かった。
この女は食べるのが早すぎるから、満腹中枢が満たされず、結果よく食べる。
中野よりも半人前分くらい多く食べる。そのため作る弁当の量は、鈴木の方が必然的に多くなる。
90 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/07(日) 22:38:09.00 ID:71QLmrIH0
憂「鏡だからみんなの性格も反対ってこと?」

純「うん。憂はなぜか髪を後頭部に結んでてね。
  なんか明るくてニコニコしててすごく社交的なタイプになってたよ」

それは、つまりリアルの私は暗くてブスッとしてて
全然社交的でないということだろうか……いや、全くもって否定できないし、自分でもそれは認めているのだけど。

自覚はしているが、人に言われるとツライものがある。


純「でもさ、改めて考えてみると変な話だよね」

憂「何が変なの?」

純「だって性格は鏡に映らないしさ」


――性格に形もくそもないでしょ?

真っ直ぐに見つめてくる、鈴木の瞳に理由も分からず、私は心のどこかがざわつくのを感じた。
91 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/07(日) 22:40:39.34 ID:71QLmrIH0



それから鈴木は本当に珍しいことに、その壊れた機関銃のように動かし続けていた口を休めて、窓の外を見た。

鏡の世界。

あるいは、平行世界。

仮に、私のいる世界以外の世界があったとして、その世界の私はどんな人間なのだろう。


鈴木の言った、全く別の私が、そこには存在しているのだろうか。

或いは、人間としてはまるで変わらず、環境だけが全く違う世界があるのかもしれない。

もしかしたら、名前すらも全然違う、平沢憂がいるのかもしれない。


純「名前……」

不意に鈴木は小さな呟きを漏らした。
92 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/07(日) 22:42:03.39 ID:71QLmrIH0
純「さっきの鏡の世界の話だけど……今、思い出したんだけどね」


なぜかは理由は分からなかったけど、私は口をつけかけたストローから唇を離した。

そして、わけも分からず姿勢を正す。

純「……どうしたの?」

憂「……別に」

純「まあいいや。で、さっきの話。鏡の世界ではさ、名前まで逆さまになってたんだ」

憂「……」

純「夢の中の私、自分の名前書くだけなのに悪戦苦闘してね。
  わりと私、自分の名前好きなんだけど、その時だけはもっとシンプルな名前がいいな、って思った」

本当にどうしようもないくらい、どうでもいい話だった。

けれども。
93 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/07(日) 22:45:09.65 ID:71QLmrIH0
憂「わ、私は……」

自分から喋るのは苦手だ。
まして、自分の考えや意見を言うなんてしたくない。

でも、なぜだかわからなかったけどこの瞬間だけは私の口ははっきりと自分の考えを話していた。
まるでため込んでいた鬱憤を吐き出す火山のように。

私はもう一度口を開いた。

憂「私は自分の名前が嫌い」

今度は完璧に、淀みなくその言葉を言えた。
鈴木の話を聞いているうちに肺腑に、得体の知れない鬱憤にも似た何かが蓄積していくのを、私は感じていた。

それをどうしても、誰にでもいいからぶちまけたかった。


どうして私は憂って名前なんだろう。

ずっとずっと昔から思ってた。

『名は体を表す』なんて言うけど、これほど心理だなって思う言葉は他に思いつかない。


憂。

憂い。

まさにこの名前は私そのものだった。
94 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/07(日) 22:47:31.45 ID:71QLmrIH0
純「そっか」

憂「……」

純「憂はさ、黒猫を見たらどう思う?」

憂「……」

驚くべきさりげなさで、鈴木は話題を変えた。

95 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/07(日) 22:49:25.11 ID:71QLmrIH0
純「あ、今急に話題変えるなって顔した」

憂「……」

当たり前だ。
人が珍しく本音を真剣に語っているのに、どうしてそうもあっさり話を変える。

純「まあまあ落ち着いて落ち着いて。クールダウンだって」


私は私の苛立ちを表明するように音を立ててジュースを飲む。
もっとも私を諌めるモップ女の言動から推測するに、私の苛立ちは表情に出てしまっているのだろうけど。

……炭酸が効いた、ジンジャーエールはやっぱりすっぱかった。


純「さあ、私の質問に答えよ。汝は黒猫を見たことがあるか?」

憂「ある」

自分の声に含まれた刺にも構わず、私は答えた。
96 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/07(日) 22:50:58.86 ID:71QLmrIH0
純「そして、その黒猫を見たらどう思う?」

憂「……」

どう思うのか。
別に特に抱く感情なんてないはずだが。
しかし、そこで、私はいつかミルクをあげた野良猫のことを思い出す。

野良猫。全身真っ黒の猫。
その黒猫を見て、私はどう思ったか。

――まるで私みたい。

憂「不吉の象徴だと思う」

純「そっか、そんなことを思ってしまうのか……」

どこか愕然とした様子で、鈴木は呟いた。
97 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/07(日) 22:52:20.59 ID:71QLmrIH0
純「うん、すごい憂はネガティブだよね」

憂「……そう、だよ」

純「もう全身灰色だよ。灰かぶりだよ」

憂「……」

呆れたように鈴木は溜息を漏らして私を見た。


純「こういうのって結局は考え方の問題なんだろうけどさ。
  黒猫は昔の日本じゃ魔よけになるって言われて、結構大事にされてたんだよ」

憂「本当、に?」

思わず私が聞き返すと、鈴木は多分、と胸を張った。

純「まあ、一方で、アメリカでは、悪魔憑きとして魔女狩りで猫は沢山殺されたらしいけどね」

憂「……そう」

真偽は定かじゃなかったが、わざわざこの流れで言う必要はない気がした。

純「まあ、とにかく何語とも考え方次第ってこと!」

無理矢理、鈴木純はそう締めた。
98 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/07(日) 22:58:17.62 ID:71QLmrIH0
再び、私と鈴木の間には沈黙が訪れた。
鈴木がジュースを啜る音だけがいやに耳についた。
店内も今日はあまり客がいない。というか、私以外には老夫婦が、いるだけだった。


純「……あのさ、さっき何事も考え方次第だって言ったよね?」

やっぱり最初に口を開くのは鈴木純だった。

純「憂は自分の名前に対してどんなイメージもってるんだっけ?」

憂「……私には…………ね、ネガティブなイメージしか……持てない」

純「私にとっては憂の名前は面白いけどね。
  ……っていうか珍しい名前だよね」


珍しい、というか変な名前だ。


純「あー、でも……」

不意に鈴木は手をポンっと打った。
99 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/07(日) 22:59:55.39 ID:71QLmrIH0
純「ほら、憂って漢字使った、うれえる、だっけ? そんな言葉があるよね?」

憂「……?」

純「あれ? なかったっけ?」

憂「あるけど……」

そこで鈴木は探偵のように口許に手を当てて、少しだけ黙った。

純「ほら、憂えるっていうのは、ようは誰かのことを心配したり、誰かのことを思って不安になるってことでしょ?」

……だいたいその意味であってるはず。私は頷いた。

鈴木の次の言葉を待ちながら私はストローくわえた。

そして――鈴木純は得意げな顔をして、私に笑顔を見せた。


純「――誰かのことを思って不安になったり、誰かのことを思って心配したりするのは――優しくなきゃできないじゃん」


口に含んだジュースの炭酸は、すっかり抜けていた。
100 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/07(日) 23:02:15.21 ID:71QLmrIH0



空を覆うオレンジ色の帳の下を私は一人、ポツンと歩いていた。
鈴木とは、彼女が帰りに本屋へ行くと言ったので、店を出てすぐ別れた。


憂「……」

さっきから、鈴木が言った言葉が頭から離れなくて、私はその言葉から逃げるように速歩きで家に向かった。
途中、交差点で赤信号に引っ掛かる。足踏みをして待つ。
信号が青に変わる。

さっさと横断歩道を渡る。さっきよりもさらにペースアップして歩く。
そうして、普段よりもずっと早い時間で家に着いた私を迎えたのは、


梓「やっほー」

なぜか、家の玄関の前で手持無沙汰といった感じで突っ立ていた猫娘……中野梓だった。
101 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/07(日) 23:04:00.12 ID:71QLmrIH0



梓「それっ」

陽光を浴びて、煌めく川の上を小さな石が跳ねた。

梓「こんなのするの久々だなあ。憂は水切りしたことある?」

憂「ない」

梓「ふうん……えいっ」

再びみなもを小石が蹴った。

一回。

二回。

三回……そこまでだった。


憂「……わ、私に話って、なに?」

今、私と中野がいるのは家からそう離れていない川だった。
中野に話したいことがあると言われてここまで来た。

中野は部活の帰りらしい(お姉ちゃんは軽音部の人たちとアイスを食べてから帰るそうだ)。
102 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/07(日) 23:06:22.15 ID:71QLmrIH0
梓「ごめんごめん。そうだったね」

中野は手をパンパンと払うと、私が座っている隣へ腰を下ろした。
私は少しだけ、離れた。
人と距離が近いのは苦手。
意味もなくドキドキして、身体が熱くなっちゃうから。

梓「む……なんで離れるの?」

憂「別に……」

梓「……」

今度は中野が私が離れた分だけ距離を詰めた。離れる。また詰められる。離れる。

梓「……だから、なんで逃げるの?」

憂「別に」

梓「別にじゃ分からないよ」

憂「……」

梓「よいしょ」

憂「ち、近すぎると、思う」

梓「だって……こうしないとお喋りできない」
103 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/07(日) 23:09:41.32 ID:71QLmrIH0
憂「そんなことない」

梓「そうかもね。でも私はこうしたい」

憂「どうして?」

梓「わかんない。でも友達どうしだからいいでしょ、別に」

不意に何かの単語が心のどこかに引っ掛かった。
遅れて私の脳裏には、あの鈴木の言った言葉が浮かび上がった。


純『――誰かのことを思って不安になったり、誰かのことを思って心配したりするのは――優しくなきゃできないじゃん』


それは、どういう意味なんだろう。

それは……

私は気づくと、中野梓の小さな手を握っていた。
104 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/07(日) 23:10:43.41 ID:71QLmrIH0
憂「わからない……わからないよ」

梓「憂?」

どうしてこんなにも落ち着かないのか、わからなくて。

憂「自分のことなのに……自分のことなのに」

自分のことなのに、まるで赤の他人のように自分のことが分からなかった。
思い返してみると鈴木純と中野梓と出会ってからだった。
私の胸に自分でもよく分からない感情が去来するようになったのは。

握った手に力を入れる。

梓「憂……」

握り返してくれる中野の手が、妙に心強く感じた。
105 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/07(日) 23:13:05.46 ID:71QLmrIH0
夕日を映した川面が眩しいからなのか、或いはもっと別の理由なのか、目の奥がツンとして私は空いてる片方の手で目を揉んだ。

梓「とりあえずさ、悩みができたら誰かに相談するのが一番だよ」

憂「……何が悩みなのかが、分からなかったらどうすればいいの?」

梓「そういう時は……」

中野梓がおもむろに立ち上がって、私の手を引いた。
中野が一人で暴走して、あげく、私の秘密が鈴木にばれ、逃げる鈴木を追うハメになったあの日。

あの日のことを私は思い出す。
106 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/07(日) 23:23:21.63 ID:71QLmrIH0
あの日追いかけた小さな背中は今も小さい。けれども、小さいのになぜか頼もしく見えた。

梓「身体を動かすのに限るよ」

私の手は握ったまま、中野はしゃがんで手頃な石を見つけると、思いっきり川に投げた。

勢いよく小さな石は、水面の上をかけていった。

得意げな顔で中野は振り返った。

梓「憂もやってみようよ」

憂「……わ、私、やったことないよ……」

梓「大丈夫だよ。憂ならすぐできるようになるよ」

中野は手ごろな石ころを私に手渡した。
私はやってみることにした。
107 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/07(日) 23:48:20.42 ID:71QLmrIH0



憂「あ……」

梓「おお」


七度目の投擲の時だった。

私の投げた薄い石は何度も川面をかけて、向こう岸に辿りついた。

梓「憂、やったね」

憂「……」

梓「憂?」

108 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/07(日) 23:49:34.69 ID:71QLmrIH0
中野に頬を引っ張られて、ぼーっとしていた私は顔をしかめた。

憂「いたい……」

梓「ご、ごめん。強く引っ張りすぎた」

少しだけ低い位置にある黒髪の下の顔が、申し訳なさそうに俯いた。

憂「え?ううん……」

まるで、夢の中にいるような感覚に私は戸惑う。
先程まで暗幕のように心にかかっていた、しこりのようなものが消えていくのを感じる。
その代わりに次に湧き出てきた感情に、これまた私は戸惑ってしまった。
情緒不安定なのだろうか?

梓「憂?」

またもや黙ってしまった私の頬に今度は引っ張るのではなく、両手を当てた。

この気持ちはなんだろう?

見えそうで見えない感情を探りあてようとしていると、

 「あ、あんたたちっ!」

夕焼け空に聞き覚えのある声が響いた。
109 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/07(日) 23:50:37.48 ID:71QLmrIH0
声のした方向を見ようとしたが、中野の両手が私の顔を固定したため、叶わなかった。
声の主が誰かは、見なくても分かった。

純「あずさー!何憂にキスしようとしてんの!?」

なるほど。確かにキスしようとしている風に見えるな。
砂利を踏む音が近づいてくる。

梓「ち、ちがうよ!」

純「何が違う!?」

梓「とにかく違う!」

夕焼けに顔を赤く染めた二人が怒鳴りあった。
なんてことはない、見慣れつつある光景だった。
110 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/07(日) 23:54:54.56 ID:71QLmrIH0
純「梓、私が必死で憂のために本屋漁りをしている間にあんたはっ……!」

梓「わ、私だって必死に憂を慰めてたんだもん!」

憂「あの……」

純「だいたいこの前も……!」

梓「この前っていつ!?」

不毛な争いは永遠に続きそうだった。私は二人のほっぺを同時に引っ張った。

純「いっ!?」

梓「だっ!?」

あっさり争いは集結した。その代わりに二人のジトッとした視線が私を睨みつける。

憂「……」

梓「……」

純「……」
111 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/08(月) 00:02:54.59 ID:4bHNqbpP0
梓「……ふっ」

純「……ぷっ」

梓「……ふふふ、あははははは」

純「はは、ははは、ダメお腹いたいいっはははははははははは」


ひっそりと眠ろうとしている太陽を呼び起こさんばかりの、笑い声が中野と鈴木の間から沸き上がった。
先程まで漂っていた雰囲気はどこ吹く風で、今は二人ともお腹を抱えている。


不思議だ。なんでこんなにも感情がころころ変わるんだろう。

……っと思ったあたりで自分も人のことを言えないことに気がつく。

笑い転げる二人は一向に、納まる気配がない。


しばらく私はそんな愉快でやかましい光景を眺めていた。
112 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/08(月) 00:07:41.77 ID:4bHNqbpP0
純「というわけで、これより作戦の説明に入ります!」

二人の笑い声が止んだのはすっかり太陽が山に隠れてしまった頃だった。
そして、すっかり暗くなった今現在。
仁王立ちし鈴木は、私にビシッと指を差した。

……今度は何だろう?

憂「さ、作戦って……なに?」

純「決まってるじゃん。憂と憂のお姉ちゃん、唯先輩をくっつける作戦だよ」

私の質問に対してのいらえは見当もつかないものだった。

憂「……はい?」

梓「もう一度言うよ。憂と唯先輩をくっつける作戦だよ」

憂「……それは、聞こえた、よ?」

……ていうか、私とお姉ちゃんの禁断の恋に一番反対したのは、中野梓、お前だろうが。
113 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/08(月) 00:10:12.98 ID:4bHNqbpP0
私の考えを見抜いたのか、中野は少しだけバツの悪そうな顔をした。

梓「ま、まあ何?
  気が変わったっていうのかな?とにかくチキンの憂のために私は協力するのっ」

憂「……」

純「まあまあ、梓も落ち着きなよ」

梓「ごめん」

純「まあ、さっそく作戦について説明するね」

鈴木純は高らかにそう、宣言した。
114 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/08(月) 00:13:30.11 ID:4bHNqbpP0
鈴木純の作戦の内容は、こうだ。

まず、美味しいご飯を作る。

純「私はここんとこ、ずっと色んな本屋や図書館を漁っていたわけ」

なんでも、恋愛必勝方なる本を探していたらしい。しかも、近親相姦で同性愛の。

純「まあ、見つからなかったんだけど」

そこで、ノーマルの方面での恋愛必勝の本を探したらしい。

純「まあ、探したら何冊か該当するものが見つかった」

そしてそれらの本の美味しい部分をまとめて作戦を組み立てた。

純「ちなみにどうして美味しいご飯が必要なのかと言うと……」
115 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/08(月) 00:14:59.00 ID:4bHNqbpP0
美味しいご飯によって相手の気分をよくするのが狙いらしい。

純「まあ、憂の腕前ならここは余裕でしょ」

そして、次は私自身の問題の克服だった。

純「チキンの憂、平沢チキンのチキン対策」

平沢チキン言うな。

純「それは、できる限りお姉ちゃんに告白することを色んな人に知らせておく」

そうすることで、自分を追い詰め、同時に奮い立たせる。
これは恋愛だけではなく、自分の目標を達成する上で実に有効な手段らしい。

背水の陣。


純「ちなみに梓に協力してもらって唯先輩の知り合いという知り合い全員に
今週末、憂がお姉ちゃんに告白することを伝えておいた。つまりもう逃げられな――フガッ!?」


そこまで言ったあたりで、鈴木の両方の鼻の穴に指フックしてやった。
116 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/08(月) 00:18:06.86 ID:4bHNqbpP0
純「その……すんませんでした」

広がる夜空の下、土下座している女子高生がいた。

鈴木純だった。

純「いやそのですね……私なりに真剣に考えた結果、このような所業に至ったわけです、はい」

梓「もう、だから私は反対したのに純ったら……」


とりあえず、悪びれもしないで責任の一切合財を鈴木純に押し付けようとしている中野梓にも謝らせた。

まあ、誤らせたと言ってもジト目で睨んだだけなのだけど。

117 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/08(月) 00:19:03.32 ID:4bHNqbpP0
結局、お馬鹿が企てたお馬鹿な作戦は却下した。


純「いいもん。次こそは必ず憂をギャフンと言わせるような作戦を考えてやるんだからっ」

これは去り際、私に置いてった鈴木の捨て台詞である。
まさに完璧に本来の目標を忘れた馬鹿の台詞である。


ちなみに中野には、私がお姉ちゃんに告白するということを
伝えた人間、漏れなく全員に実は嘘でした、というように伝えるように義務づけた。明日中に。


そして。

憂「……」

梓「……」

耳が疼くかのような静寂の中、私と中野梓は二人してベンチに腰をかけていた。

憂「……」

何か言わなければいけない。
そう思ったから、私はこうして隣で座っている彼女に残ってもらったのに。
いざ、話そうとすると、言葉は詰まったかのように出てこない。
118 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/08(月) 00:25:46.34 ID:4bHNqbpP0
静寂を破ったのは、中野の声だった。

梓「あのね、純は決して悪気があったわけじゃないんだ」

憂「うん、知ってる」

たぶん、一生懸命あの作戦を考えてくれたんだろうというのは、分かった。
私とお姉ちゃんをくっつけるために。
私はそう確信していた。根拠は無いけれど。不思議とは思わなかった。

憂「……ひとつ、聞いて……いい?」

鈴木の作戦を聞いてからずっと気になっていたこと。それをたずねた。

憂「……なんで、私の恋愛に……反対してたのに、今になって、協力しようと思ったの?」

出てきた言葉は表面上は辛辣だったが、自分でも驚くほど声は穏やかだった。
119 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/08(月) 00:26:19.48 ID:4bHNqbpP0
梓「憂と唯先輩見てて、二人の共通点を見つけた」

憂「共通点?」

梓「何だと思う?」

暗闇の中でも、中野が悪戯っ子のような微笑を浮かべているのが窺えた。

憂「共通点……」

梓「残り五秒……三、二、一、ゼロ。はい、終了。答えは……」

少しだけ間を置いて、中野は答えた。

梓「お互いがお互いのことを好きってことだよ」

憂「!」

それじゃあ両想いじゃん。

梓「言っとくけど、憂と唯先輩の想いは少し違うと思うよ」

憂「違う?」
120 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/08(月) 00:31:09.71 ID:4bHNqbpP0
梓「憂のは本当に恋愛感情だけど、唯先輩のは妹愛って感じ」

憂「……なんで……なんで、そんなことが分かるの……?」

言わずもがな、私の方がお姉ちゃんとの付き合いは長い。

梓「分かるよ。というか分からない方がおかしいよ。
  だって憂は普段は全然喋らないのに、口を開いたらお姉ちゃんのことばっかだし」

憂「……」

梓「唯先輩はよく喋るけど、その半分くらいが憂の自慢なんだもん」

憂「……!
  お、お姉ちゃんが私のことを……?」

梓「うん、しょっちゅう話してるよ」


ヤバい。顔がニヤケそうだ。いや、もしかしてもうニヤケてる?


……よかった、真っ暗で。こんな顔誰にも見せたくない。
121 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/08(月) 00:34:12.16 ID:4bHNqbpP0
梓「……もしかして、憂笑ってる?」

憂「……」

ワラッテナイヨ。

梓「笑ってるでしょ!?
  憂の笑った顔見たい!ちょっとケータイ出すから待ってて!」

憂「い、いや」

梓「少しだけだからっ」

憂「……絶対に…………いや」

梓「じゃあ写真だけ!」

憂「もっといや!」

やっぱり私が笑うのってすごく珍しいんだ、と抗議しながら思った。

しばらくの間、私と中野は私の笑顔を巡って取っ組み合いするハメになった。


もちろん、コミュニケーション能力以外はハイスペックな私が勝った。
122 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/08(月) 00:35:51.74 ID:4bHNqbpP0
梓「オホン、ええ、というわけで、さすがに夜も遅いし、親が心配するんで帰ります……」

中野は肩で息をする程度には疲れていた。

憂「そうだね……」

しかし、肩で息をしているのは私も同じだった。残念ながら平沢憂は持久力はあまり高くない。

梓「……憂、そういえば時間大丈夫?とっくに唯先輩帰ってくる時間でしょ?」

憂「!」

しまった……!
まさか、お姉ちゃん好き好き大好きラビューな私が、お姉ちゃんのことを失念するなんて。
私は中野のことなど、さっそく放置して全力ダッシュした。

梓「うーいー!」

それでも。
そんな風に呼ばれて、私は思わず立ち止まって振り返ってしまった。

梓「また明日ー!」

大きな声を出すのが、恥ずかしい私は――思いっきり声のした方向に手を振った。
123 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/08(月) 00:40:11.37 ID:4bHNqbpP0










家に帰るまでの道のり。

途中で私はコンビニで一冊、新たにノートを購入した。


今日からもう一つつける日記を増やそうと思う。









124 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/08(月) 00:42:06.48 ID:4bHNqbpP0
――二ヶ月後


さんさんと輝く太陽は夏を象徴するかのように鋭く、思わず目を細める。


高校生になってようやく迎えた夏休み。

今日は、初めて梓ちゃんとお出かけする。

……純ちゃんは夏休み早々、夏風邪に見舞われた。近いうちにお見舞いに行こうと思っている。


憂「……にしても遅い」


既に待ち合わせ時間から、十分以上が経過していた。
125 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/08(月) 00:44:57.48 ID:4bHNqbpP0
高校生になってまだ四ヶ月も経ってないけれど、
そのたった百二十日の間に私は今までしたことのなかった色々な経験をして、様々なことを学んだ。

そして、色々と変わった。
前よりも少し明るくなった。
相変わらず、人見知りでシャイな部分は変わらないし、お姉ちゃんラブなままだけど。

ちなみにお姉ちゃんとの関係については、特に変化していない。

現状維持、と言えば聞こえは良いものの、要は私が何のアクションも起こしていないにすぎない。


でも、まあそれでいいって思ってる。
126 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/08(月) 00:46:26.46 ID:4bHNqbpP0
そして、私の性格にある意味でもっとも強い影響を与えた純ちゃん。

純ちゃん。

マリモ女でもカニ女でもモップ女でもなければ、鈴木でも、鈴木さんでもない――純ちゃん。

いつからこんな風に呼ぶようになったのかと言えば……。
まあ……きちんとしたエピソードがこれにはあるのだけど、恥ずかしいからカット。

何でもかんでもは教えない。

……大事な思い出でもあるし。

うん、でもこれだけは言っておきたい。純ちゃんには本当に感謝している。

純ちゃんが言ってくれたあの言葉。


――誰かのことを思って不安になったり、誰かのことを思って心配したりするのは――優しくなきゃできないじゃん


憂。

嫌いで嫌いで、仕方なかった名前は、今ではそれなりに気に入ってる。

素敵な友達が素敵な由来を教えてくれたことだし。

これからもこの、憂、って名前は大事にしよう。
127 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/08(月) 00:49:56.99 ID:4bHNqbpP0
そして、今、私が待っている梓ちゃん。

この女の子が今思うと、全ての始まりだった。

全ての始まり、はちょっと格好つけすぎかもしれないけど。
それでも、私が変わるきっかけを作ったのは間違いなく梓ちゃんに他ならない。
勝手に人のノートを見て笑い出したり、私の秘密をカミングアウトしまくっちゃたりしたこともあったけど。

でもやっぱり、心の優しいイイ娘だと思う。

梓ちゃん。

今思うと、私もずいぶんと梓ちゃんに酷いことを言ってたなと思う。心の中とはいえ。

ゴキブリ女に猫娘……それが今では梓ちゃんだから世の中は本当に不思議。
128 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/08(月) 00:52:21.16 ID:4bHNqbpP0
二人のかけがえのない友達のおかげで私は変わることができた。

本当にありがとう。

そして、いつまでもお友達でいてください。

……なんて、そんなことを言うのはまだまだ今の私には無理。

でもこの気持ちは絶対に二人に届けたいと思う。


ううん、届けてみせる。

いつになるかは分からないけど。


私を変えてくれた、私の素敵で大切で大好きな友達に。


この気持ちを伝えよう。
129 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/08(月) 00:55:33.57 ID:4bHNqbpP0
不意に風邪が吹いて、私の髪が少しだけ揺れる。
振り返ってガラス張りのハンバーガー店を見た。
正確にはハンバーガー店ではなく、ガラスに映った自分を見て、髪型のチェック。

そういえば、髪型も変えたんだよね。

他の人にとってはどうでもいい場所だろうけど、ここは初めて三人で来た記念の場所。

そして、このハンバーガー店に新しい記念が今日できた。


梓ちゃんと初のお出かけの集合場所。


「うーいー!」


聞き慣れた声がして、私は振り返る。

笑顔の梓ちゃんが、手を振って走っているのが、遠目からでも分かった。


憂「梓ちゃん、おそいよー!」


私は梓ちゃんに届くように、そして夏の日差しに負けないくらいの笑顔で思いっきり大きな声を出して手を振った。

130 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/08(月) 01:03:45.15 ID:4bHNqbpP0
とりあえずここまでが以前vipで書いたものにいくつかの修正を加えたものです。
内容的には全く変わりはありませんがいくつかの文章ミスとか表現の変更や台詞の変更などをしました。

ここからは続編……というか、空白の二か月間についての話を書いていきます。
次からは軽音部メンバー、律やムギなども登場する予定です。

それから、加筆修正にあたりさらりとくわえましたがこのss内の憂は原作と髪型が異なります。



※簡単に言うと姉である唯と同じ髪型、つまり髪を下しています。
 しかも前髪がいささか長く目にかかっている状態です。
 一応髪型の話もこの先で出るのでここに書いておきます。
131 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/08(月) 01:23:21.06 ID:4bHNqbpP0
憂「……」

しのつく雨が窓に当たっては砕ける音を聞きながら、私は部屋干ししていた洗濯物を畳んでいた。
太陽の下で干した洗濯物とちがって、それはどこか湿り気を帯びていて作業をする手は普段よりも緩慢になってしまう。

憂「……っと、そろそろ朝ごはん作らなきゃ」

視界にわずかにかかった前髪を払いつつ、私はソファに落ち着けていた腰をあげた。

そういえばずっと髪を切っていない気がする。
最後に切ったのはいつだっただろうか。
さすがにそろそろ前髪ぐらいは切っておかないと体育の授業などで鬱陶しくなるだろう。

そんなことを考えながら台所についたあたりで、今日は早くお姉ちゃんを起こしてあげなければいけないことを思い出した。

雨の日は髪のセットが大変なお姉ちゃんは、普段より三十分は早く起こしてあげなければならない。

というか、しばらくはずっとお姉ちゃんを早めに起こしてあげなければならない日が続くだろう。


憂「……梅雨の季節、か」

私の小さな呟きはたちまち窓の向こう側の雨に吸い込まれていった。
132 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) :2011/08/08(月) 01:27:54.75 ID:zP7pSy980

前のやつすごい好きだから今回も期待してる
133 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/08(月) 01:31:24.40 ID:4bHNqbpP0



 「ねえ、たった今私はとんでもないことに気づいてしまった」

目の前で二つのモップがやたら大げさな口調で言った。
どうでもいいけれどモップって家庭内で使用される割合が異様に低い気がする。

憂「……とんでもない、こと?」

私が今現在いるのは教室なのだが、この場にいるのは私と目の前のモップだけなので仕方なく私は話に付き合うことにした。
モップ――もとい、鈴木さんは眉間にしわを寄せた。

純「うん。とんでもなくとんでもないことだよ。
  世紀の発見と言っても過言じゃないかもしれない」

相変わらず口を開けば、おバカなことしか口走らない人である。
134 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/08(月) 01:41:07.47 ID:4bHNqbpP0
憂「……なに、が?」

純「実は憂ってさ、唯先輩に似てるでしょ!?」


……はい?

突然大げさになにを言い出すのかと思えば、今さらすぎることだった。

私とお姉ちゃんの顔立ちは本当によく似ている。
その気になれば文字通り入れ替わって生活することだってできるぐらい私とお姉ちゃんの『顔』は似ている。
しかし、あくまで顔だけなのだけど。

それに、たとえ髪型や服装などすべてを同じにしても誰だって数十秒で見抜けるだろう。
顔立ちは似ていても、生まれ持った雰囲気――オーラが違う。

私とお姉ちゃんを比べるのは蛾と蝶々を比べるのに等しい。

まあ、世界で一番カワイイお姉ちゃんに似ているだなんて、いくら私でもそんな恐ろしいことは口が裂けても言えない。
135 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/08(月) 01:50:31.15 ID:4bHNqbpP0
前髪が長いことを除けば髪型は比較的似ているのだけど、やっぱりお姉ちゃんと私は別人!
ていうか、こんなわかりきったことを今さら長々と語るのも変な話なのでこれにて終了!

……と、私が脳内で自分なりの結論を出したときだった。

純「ちょっち失礼」

不意に鈴木さんの顔がぐいっと接近してくる。
荒々しい鼻息が口にかかってけっこう不愉快だった。

が、そんな鼻息のことなど忘れてしまうような衝撃的な行動に鈴木さんは出た。


――パサっ


そんな効果音が聞こえたような聞こえなかったような……いや、効果音の有無なんかはどうでもよかった。


純「わーお、やっぱり唯先輩と憂ってすごく似てる……」

憂「きゃああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」


私は腹の底から絶叫した。

理由は簡単だった。

『モップ女』が――私の前髪をあげたからだった。
136 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/08(月) 02:02:29.48 ID:4bHNqbpP0
私の前髪は常に目にかかるぐらい。
それより短くなることはない。

前髪が長くないと怖いのだ。

前髪が短いと、人の視線を直視しないといけないからイヤだ。

お姉ちゃんの髪型に似た髪型にしているのはお姉ちゃんへの憧れという面もある。
けれどもそれ以上に、前髪で自分を守るためであるという要素のほうがずっと強い。

人の視線から自分を守るために、前髪を長くしている。


純「え、えっと……憂、大丈夫……?」

鈴木さんは私の突然の絶叫に目をしばたたかせた。
おそらくどうして私が悲鳴をあげたのか、わからなかったからだろう。
それでも鈴木さんの口調には申し訳なさそうな雰囲気が漂っていた。

憂「……ご、ごめんなさい」

私もすぐに謝った。
もっとも内心は鈴木さんに対する文句であふれかえっていた。


このモップおんなあっ!
なんで、私の前髪をあげやがった!?
137 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/08(月) 02:13:24.16 ID:4bHNqbpP0
純「あー、もしかして憂が前髪を伸ばしてる理由って人の目線を見ないようにするため?」

正解に近い指摘を受けて、図らずとも私は鈴木さんの顔をまじまじと見てしまった。
鈴木さんが唇をとがらせた。

純「なに、その表情は?」

まさかこのガサツな女にあっさり図星を突かれるなんて、夢にも思ってなかった私は露骨に驚いた顔をしているだろう。
案外、鈴木さんは洞察力やらそっち方面に強いのかもしれない。

……そっち方面ってなんだ?

純「まあ、なんでもいいけど。
  そんなに髪を触られるのがイヤならもうしないよ?
  ごめんね」

憂「い、いいの……気にしないで」

鈴木さんとは違って私の口調は相変わらずたどたどしかった。
これでも普通に会話が成立しているだけ、個人的には自分をほめてあげたいところなのだけど。
138 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/08(月) 02:20:18.62 ID:4bHNqbpP0
純「しっかし、この季節ってヤダよねー」

鈴木さんは不満そうに窓から外を眺めた。
今朝から降り続けている雨は、多少弱まったものの相変わらず外にある色々なものを濡らしていた。

憂「……なにが、イヤなの?」

純「これ見てよ」

憂「……」

私は思わず口をつぐんだ。

鈴木さんは両手でそれぞれ、側頭部にぶら下げているボロボロになったモップみたいな髪をつかんだ。
……今思い出したけど、今日鈴木さんと放課後にこうして教室にいるのは掃除当番だからなんだよなあ。

純「この季節になると髪のセットがめんどくさくて……」

鈴木さんが肩を落とすと、側頭部についている鳥の巣みたいな髪もしょんぼりと落ちた。
ちょっとだけ、その髪に鉛筆とかボールペンを突き刺したくなった。
139 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/08(月) 02:25:19.29 ID:4bHNqbpP0
純「憂はいいよね。
  髪のセットとかそんなに大変そうじゃないし」

憂「……」

私はあえて鈴木さんの言葉に相槌を打たなかった。
実際には、私もお姉ちゃんもくせ毛なのでこの季節は髪のセットは大変なのだけど。
いちいち教えた親近感を持たれるのはなんかイヤだった。

まあ、決して髪のくせが強くても鳥の巣みたいにはならないしね。

 
 「あれ? まだ掃除してたの?」

教室の扉が開く音と同時に、聞きなれた声が耳に入ってきた。

 「掃除はてきぱきやらないといつまで経っても終わらないよ?」

妙に長いツインテールをヒョコヒョコ揺らしながら、教室に入ってきたのは中野梓さんだった。
140 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/08(月) 02:39:21.49 ID:4bHNqbpP0
純「梓も掃除するの手伝ってよー」

梓「掃除当番は純と憂でしょ? 
  当番なんだからきちんと掃除してよ」

純「……ていうか、梓は部活はいいの?」

梓「今日は理由はよくわからないけど音楽室の使用が禁止らしいから、部活ないんだ」

純「じゃあ、なおさら手伝ってよ」

梓「これから行くところがあるからダメなの。
  だから頑張ってね、憂、純」

それだけ言うと、中野さんは教室から出て行った。

純「ちぇー、梓も手伝ってくれないし二人で頑張るか」

鈴木さんのボヤキを聞きつつ、私はほかのことを考えていた。

憂「そろそろ髪を切らなきゃな……」
141 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/08(月) 02:52:21.03 ID:4bHNqbpP0



憂「……ただいま」

掃除をきっちり終えて、家に着いた私はそう言って開けた扉を閉めた。

部活や課外活動などをしていない私は放課後になるとすぐに家に帰る。
もっともだからと言って暇なわけではない。
家事のすべての担当は私なのだから少し休んだら、すぐに晩御飯や洗濯やお風呂の支度をしなければならない。

憂「……?」

靴を脱ぎかけた体勢のまま固まってしまったのは、玄関にお姉ちゃんのローファーがあったからだった。
普段なら部活をしている時間帯なので家に帰ってきているはずはないのだが。
体調不良で早退したのだろうかと不安になりかけたあたりで、今日は軽音部の活動が中止になったことを思い出した。

お姉ちゃんが帰ってきている。

急いでお姉ちゃんにお菓子なりジュースなりを持っていかなければ!

憂「……!?」

しかし、再び私の動きは止まってしまった。
先ほどとはちがって、胸に暗い澱のようなものがたまっていくのを感じながら。
142 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/08(月) 03:04:12.45 ID:4bHNqbpP0
私がタチの悪い呪文をかけられたかのように固まってしまった原因は靴の数にあった。

ローファーがお姉ちゃんのものを含めて五セットあるのだ。

五……この数字まさか!


梓『これから行くところがあるからダメなの』


これから行くところって、それって私ん家かよおおお!!
あの猫おんなああああああああああああああああ!!!!


ご存知の通り、私は人と接するのがどうしようもなく苦手だ。
最近ではそれなりに話すようになった鈴木さんや中野さんでさえ、未だに話すときには言葉はたどたどしいものいなる。

慣れている人間でさえそれなんだから、ほとんど話したことのない人間相手だったらそれはもう……

 
 「あ、憂だ」

メロスに裏切られてしまったセリヌンティウスのような面持ちをしていた私に声をかけたのは、

憂「……お姉ちゃん」
143 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/08(月) 03:11:35.84 ID:4bHNqbpP0
唯「おかえり、憂」

お姉ちゃんが、私にむかっておかえりと言ってくれた。
それだけで、私は暗闇から一筋の光明を見つけたようなそんな救われた気持ちになれる。
身体中を流れる血が、より一層熱くっていく気さえした。

嗚呼……。

お姉ちゃん、あなたはどうしてお姉ちゃんなの?
お姉ちゃん、あなたはどうして私のお姉ちゃんなの?
お姉ちゃん、私はどうしてあなたの妹なの?

もはや思考がお姉ちゃん一色に染まろうとしたが、そんな私のピンチを悟った心優しいお姉ちゃんは私に
ありがたいお言葉をかけてくれた。


唯「これから二階にいるみんなにジュース出すから手伝って」


それってつまり軽音部のみなさんに会うってことですか、そうなんですか、あはははははははははははは……


憂「え?」

唯「うん?」


どうやら今の私は大ピンチらしかった。
144 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/08(月) 03:12:41.95 ID:4bHNqbpP0
今日はここまでにします。

ようやく続編というか新しいストーリーに入れたので以前から続きを見たいと言ってくれている人や
そうじゃない人も楽しめるように頑張りたいと思います。

それじゃあまた
145 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/08(月) 03:15:17.86 ID:nVtmgg5Uo
乙乙
146 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西・北陸) [sage]:2011/08/08(月) 03:32:44.49 ID:0oeFLZOAO
素晴らしい
147 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) :2011/08/08(月) 03:37:55.57 ID:imN1GNJAO
148 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/08(月) 04:12:16.59 ID:4JNnaCKSO
この話の憂が澪とかと話しるシーンとかないんだっけ

149 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府) [sage]:2011/08/08(月) 04:59:34.66 ID:baKTJZvp0
おおおぉ、遂に新しいエピソードに突入ですね。
軽音部の先輩と憂ちゃんがどのような関わりをするのか楽しみです。
150 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東) [sage]:2011/08/08(月) 06:45:56.44 ID:F9NO8/eAO
あれの続編か!

頑張ってくれ
151 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/08(月) 23:49:40.28 ID:4bHNqbpP0



唯「そういえば、憂って軽音部のみんなと話したことってほとんどないよね?」

憂「……うん」

私の返事は幽霊のささやきよりもずっと小さかったと思う。
これからの試練のことを思えば仕方がない気がするけど、それでも自分のことながら情けない。

唯「憂?
  大丈夫? なんだか顔色悪いし、手も震えているけど?」

大丈夫、という言葉が出てこなかった。
大丈夫じゃないのだから当然なのかもしれないが。

自分でも顔色が悪いことはわかっていた。
本来なら頭部を巡っているはずの血はどこか知らない場所をさまよっているんだろうなあ。
手が震えているのは、お盆に乗っているコップがすごく重くて支えきれないからだ。

憂「だ、大丈夫……。
  いこっか……」

気味が悪いぐらい冷や汗は出てるし、心なしかメマイがするけど私はそれでも気丈にふるまった。


お姉ちゃんのためならどんな苦手なことでもするもんね!
152 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/09(火) 00:23:05.32 ID:CkfTLB8w0



とか言ったものの、いざお姉ちゃんの部屋の戸を開けようとしたら本気で手が震えだした。
この扉を開いた先には全く知らない人がいて、そして、私は全く知らない人にジュースを出さなければならない。

唯「どうしたの、憂?
  私が開けてあげようか」

ちょっと待って。
制止する暇もなければ、そもそも声をあげる暇もなかった。

唯「はい、憂も入って」

扉が重たげに口を開いた。
今すぐにでも逃げ出したかったけど、私の足は凍りついて動かなかった。

ちなみに私は扉の真正面に立っていて、部屋にいる人たちの視線を一人浴びるはめになった。
153 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/09(火) 00:40:24.17 ID:CkfTLB8w0
梓「憂……どうしたの?」

最初に私に声をかけたのは、猫をホウフツとさせる双眸の中野さんだった。
なぜだか彼女は猫のように四つん這いになっていた。
私はいかにも恨めしそうな視線を彼女に送った。
けれども、彼女はただ首を傾げて怪訝そうにするだけだった。

 
 「あ、もしかして唯の妹の……憂ちゃん?」

次に私が耳にしたのは、私とは対極のハツラツとした声だった。

間違いなく慣れ親しんでいないとわかる声。
私の知らない人。
知らない人は超をつけて苦手だ。

私はなにをされたわけでもないのけぞるように、身を引いた。
しかし、その声の主は私の視界には映らない。

 「あ、やっぱり。唯の妹の憂ちゃんだろ?」

憂「……!]

奇跡的に悲鳴は出なかった。
本当に奇跡だと思う。

声の主は、驚くべき俊敏さでいつの間にか私の足元にいた。

 「私は軽音部の部長の田井な……って、ええええ!?」


あろうことか、私の意識は驚きのあまり吹っ飛んでしまったらしい。
背中が床に打ち付けられる音ともに、私の意識は闇に落ちた。
154 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/09(火) 00:57:09.48 ID:CkfTLB8w0



 「ええと、大丈夫?
  どこか痛いところとか、具合の悪いところとかはない?」

憂「……だ、ぃじょうぶ」

金髪(染めているんだろうか?)の先輩が私に優しく尋ねたので、私は精一杯の勇気を振り絞って返事をした。
顔を俯けているから私は相手の顔をきちんと見ていないし、相手も私の顔を完璧に窺うことはできない。
もっとも、こんな状態で大丈夫だと言っても説得力のカケラもないのだろう。
金髪の人はもう一度私の按配を確かめた。

 「いや〜、しっかし突然倒れるなんてビックリしたな。
  一瞬、本気で死んだかと思っちゃった」

能天気な声で先ほど、私を気絶させた先輩が言った。
声だけでなくおでこを晒しているところも、私とは正反対だった。

 「縁起でもないことを言うな。
  というか、いきなり初対面の人にあんなことをしちゃだめだろ、バカ律」

髪と髪の間からわずかに見えるその黒髪の美人さんが、おでこさんに手刀を下した。
おでこさんが頭を押さえて文句を言う。


……しかし、まさかこんなに簡単に気絶するなんて……!


155 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/09(火) 01:09:49.00 ID:CkfTLB8w0
おでこの人によって私はあろうことか、気絶してしまった。
もっともこのとき不幸中の幸いだったのは、気絶した私の腕からおでこさんがお盆を回収したことと。
一番そばにいたお姉ちゃんが意識の途絶えた私を咄嗟に支えてくれたことだった。

どうやら背中を床に打ち付けたらしい音は、聞き間違えだったみたいだった。
もしかしたら、幻聴とかいうものかもしれない。

ちなみに気絶していた時間は本当にわずかなもので、カップラーメンができあがる時間よりも早く私は目を覚ました。

 「ごめんな、律がおどかしちゃって……お前も謝れ」

髪の長い人がおでこさんの頭を無理やり押えつけた。

 「いや、ほんとごめんね。
  悪気はなかったし、そんなに驚かすつもりもなかったんだけど……」

おでこさんが本当に申し訳なさそうに両手を顔の前で合わせて頭を下げた。

……どちらかと言えば、あの程度のことで気絶してしまう私のほうが悪い気がしたが、それだけのことを
伝えるだけのコミュニケーション能力は私にはなかったのでただ黙ってうなずいた。

156 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/09(火) 01:21:42.53 ID:CkfTLB8w0
梓「本当に大丈夫なの、憂?」

再び目の前をトラックに横切られた猫のように、ぎょっとした私の隣には中野さんがいた。
少しだけ低い位置にある両目が心配そうに私の顔を窺った。
私は気恥ずかしくて目をそらした。

憂「……う、うん……もう、大丈夫」

梓「ならいいけど。
  今度から気絶するときは気絶するって言ってね」

言えるか。
と、いう突っ込みはしないで私は黙ってうなずいた。

憂「そ、その……め、めめめ迷惑をかけて……すみ、ません…………でした……」

一応迷惑をかけた身として、私は噛みまくりながら謝罪した。

 「まあ気にしなくていいって」

 「お前が言うな!」

おでこさんが茶化した感じで言ったと同時に、黒髪美人さんがすかさずゲンコツでツッコミを入れた。

それだけのことなのにお姉ちゃんの部屋に笑顔が咲いた。


私は相変わらず俯いたままだったけれど。
157 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/09(火) 01:41:46.86 ID:CkfTLB8w0



 「どうも、初めまして。琴吹紬っていいます。キーボードを担当してます」 

金髪の人は――琴吹紬さんというらしい。
よく見るとこの人もかなりの別嬪さんなのだけど、どうも私たち庶民とは一味違う気品のようなものを漂わせている……気がする。
なんでも軽音部のお菓子を毎回持ってきているのはこの人らしいが……金持ちなのだろうか?
ただ、ひとつだけ気になるとすれば眉毛が……いや、この際アレには触れないでおこう。


 「さっきはごめんね。
  私は軽音部の部長の田井中律。ドラム担当なんだ。よろしく!」

おでこさん――もとい、田井中律さんは相変わらずハキハキと自己紹介をした。
どことなく鈴木さんに似た雰囲気の人だ。
あの人をさらに三割増しぐらいで元気にしたらこんな感じになるかもしれない。


 「私は秋山澪。ベースを担当している」

黒髪美人さん……秋山澪さんは思いのほかおとなしい自己紹介をした。
少し目つきがキツいような気がするけど、すごい美人な人だ。
ぱっと見た感じでは非常に頼りになりそうな感じがしたけど、なぜだか自分と似たようなものを彼女から感じた。
……いや、気のせいかもしれないけど。


そして――
158 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/09(火) 02:02:10.12 ID:CkfTLB8w0
梓「今さら私は自己紹介しなくていいよね?」

アンタの先輩はわざわざ自己紹介してくれたけどな。
もっとも今さら自己紹介するような関係ではないはずなので、私は特に触れなかった。

中野さんはそれで話は終わりと私が持ってきて、田井中先輩が死守したジュースに口を付けた。
人ん家なのに妙にリラックスしてやがる。
ていうか、今日が初めてといった感じでもなさそうだが、私が不在の間に何度か来ているのだろうか?

律「……っと、そういや憂ちゃんの自己紹介を聞いてないな」

不意に田井中先輩がそんなことを言った。
途端に全身の毛穴が全開になって汗が噴き出る。

イヤな予感。

律「せっかくだし憂ちゃんにも自己紹介してもらおうぜ」

田井中先輩がみんなを見渡す。
誰も異議を唱えてくれない。


……どうやらこの短時間で、私は彼女のことを嫌いになりそうだった。
159 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/09(火) 02:14:13.68 ID:CkfTLB8w0



律「へえ、憂ちゃんは料理が得意なんだ」

唯「そうだよ〜。憂の料理は本当においしいから毎日作ってもらってるんだ」

澪「それは、はたしていいのか?」

私はすっかりお馴染みになってしまった『黙ってうなずく』をした。

意外なことに私の自己紹介は上手にとまではいかないまでも、いい感じに終わった。

べつに私の会話スキルが上達したとかではなく、単純に聞き手のみなさんが私に話しやすくしてくれたのだ。
聞き手の態度次第でここまで会話のデキが変わるなんて初めて知った。
特に田井中先輩は、本当に聞き上手で私の自己紹介を上手く誘導してくれたのだった。

どうやらどっかのモップさんとは、似ているようで全く異なる人種らしい。

憂「……」

どうやらお姉ちゃんはステキなお友達を作ることができたらしかった。

田井中先輩も秋山先輩も琴吹先輩もみんないい人だった。
まあ、よくよく考えればお姉ちゃんの友達が悪い人なわけないか。

本当に楽しそうにお喋りしているお姉ちゃんたちを眺めていると、自分でもよくわからない感情が浮かび上がってきた。
私は理由もなく、中野さんを見た。

梓「ん?」

中野さんは猫のように小首を傾げると、またジュースを煽った。

160 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/09(火) 02:33:55.88 ID:CkfTLB8w0



憂「ほっ……」

安堵のため息が出たのは、軽音部のみなさんが帰ったあとのことだった。
いくら軽音部の人たちがいい人揃いとは言え、喋ったのは今日初めて。
私のような人間が疲れないわけがなかった。

それでも悪い気分ではなかった。

唯「憂、今日はご苦労様。ありがとね」

お姉ちゃんにお礼を言われてしまった私はほっぺを赤くした。
嗚呼……ありがたいお言葉。

唯「やっぱり友達とのお喋りはいいねっ」

お姉ちゃんが満足げに鼻の穴を膨らませた。

このとき、私にしては珍しくお姉ちゃんにある質問をしたくなった。
161 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/09(火) 02:53:17.49 ID:CkfTLB8w0

たぶん、私には『それ』はよくわからないことだから。
私は、少しだけ息を吸い込んで言った。
鼻の奥がツン、と少しだけ痛くなった気がした。

憂「お、お姉ちゃんは……軽音部の人、好き?」

唯「うん! みんな大好きだよ!」

迷いなんて微塵も感じさせない即答だった。
いや、こんな質問に意味がないことぐらい私だって理解している。
お姉ちゃんがそう答えることなんてわかりきっていたことなんだから。

じゃあなんで質問したんだろう?

唯「憂はスキ?」

不意にお姉ちゃんが私に質問を返してきた。
主語が抜けていたが、お姉ちゃんの質問の意味はもちろんわかっていた。
けれども、私は反射的に首を傾げた。

唯「憂はあずにゃんや純ちゃんが好き?」

憂「……」

もとから火照っていた頬がさらに熱くなるのを感じた。
私は――お姉ちゃんからの質問に答えなかった。


答えれなかった。

162 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/09(火) 03:03:23.76 ID:CkfTLB8w0



軽音部のみなさんが来ていたせいですっかり忘れていたが、圧倒的に今晩のおかずの材料が足りなかった。
そのため、私は現在最寄りのスーパーに向かっていた。

まもなく山の中に姿を隠そうとしている太陽をしり目に、私は影を引きずって歩いていた。
一人で道を歩くのは嫌いじゃない。
でも、今日はあまり気が進まない。
なんだか足取りが重い。

 「あら?」

思わず、そんな声が背後から聞こえてきたので足を止めてしまった。 

 「偶然ね、憂。
  もしかして今はスーパーに向かっている最中?」

落ち着いていて静かな声。
それでいて、なぜかよく通る声はお姉ちゃんの次ぐらいには聞き馴染んでいた。

私は振り返った。

振り返った先には赤いアンダーリムの眼鏡をした幼馴染が立っていた。
163 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/09(火) 03:09:01.99 ID:CkfTLB8w0
今日はここまでにします。
また明日!
164 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/09(火) 03:27:02.22 ID:LsM8sErNo
乙乙!
165 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西・北陸) [sage]:2011/08/09(火) 05:05:28.75 ID:p3WDeyAAO
憂ちゃんかわいいよー!!
166 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/10(水) 17:06:31.57 ID:BwVaF+Hk0
憂「……のどかちゃ……和さん……」

真鍋和さんは私に歩み寄ると、どこか呆れたように頭を垂れた。

和「……たまには唯におつかいに行ってもらえばいいのに。
  あの子をあんまり甘やかせるのはよくないわよ?」

私はなにも言わなかった。
これは、私が口下手で上手く話せないからではなく、最早お約束と言っていいやりとりであったからだ。

和ちゃん……和さんは私がお姉ちゃんを溺愛していることを知っている。
そして私もそのことを知っているし、何度も注意されてきたことだった。

和「まあ自分からそうしいるんだろうから無理強いはしないけど」

これもいつも通りのやりとりだった。

憂「……今、帰り?」

和「ええ。今日は生徒会の役員会議があって。
  って、言っても大した話し合いじゃなくわ。
  明日の朝礼の連絡事項についてと各フロアの掃除用具の点検について話あっただけだから。
  おかげで今日は比較的早く帰れたわ」

和さんはみんなが認める働き者だ。
お姉ちゃんも和さんをとても頼りにしているし、慕っている。
167 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/10(水) 17:19:53.31 ID:BwVaF+Hk0
憂「そう、なんだ。……お疲れさま」

和「そういう憂こそこれからまだやることあるんでしょ?」

憂「うん」

さすがに十年近く付き合いがある和さんとはマシな会話ができる。
もっとも、はたから見たらそんなに違いはないのかもしれないけど。

和「じゃあ引き止めるのも悪いから、私は帰るとするわ」

憂「うん……。バイバイ」

私は和さんと別れてスーパーに向かった。
168 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/10(水) 17:41:32.71 ID:BwVaF+Hk0


憂「ふう……」

『二つ』の日記をきっちり書き終えたところで、私は前もって用意していたコーヒーに口をつけた。

時計の時針は十二時あたりを指しているので、少々コーヒーを飲むには遅すぎる時間かもしれない。
コーヒーに含まれているカフェインが眠気の妨げになるという話は誰もが知っている話だ。
もっとも今夜はなかなか眠気が訪れないので、そこまで気にすることもない。


不意にケータイの着信音がけたたましく鳴った。
自分で言うのも変な話なのだけど、私のケータイが鳴るのはかなり珍しい。

基本的に私と同じで私のケータイも無口なのだ。

ケータイを手に取って開くと、見慣れた名前がディスプレイが表示された。

鈴木さんからだった。

169 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/10(水) 17:51:36.61 ID:BwVaF+Hk0
From スズキ ジュンさん
件名 ふっふっふ

本文

明日楽しみに待ってなよ(#^.^#)

無口な憂をギャフンと言わせるからね!!


――――――――――――――――

To:スズキ ジュンさん
Re:ふっふっふ

本文

ぎゃふん


――――――――――――――――

From:スズキ ジュンさん
Re:ふっふっふ

本文

はやいよ!


――――――――――――――――
170 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/10(水) 19:50:47.94 ID:BwVaF+Hk0
すみません
また後で書きます
171 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府) [sage]:2011/08/10(水) 20:20:05.56 ID:8mZ6z2LOo
>>169
なんて出来る無口wwww
172 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/11(木) 00:31:50.18 ID:3BjlXJGT0
再開します
173 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/11(木) 00:34:40.88 ID:wKZtU5Qlo
待ってました
174 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/11(木) 00:45:32.03 ID:3BjlXJGT0
それから数回鈴木さんと他愛のないメールのやりとりをして、私はケータイを閉じた。
最近はメールをする回数も多少は増えたので、打鍵のスピードが多少は速くなった気がする。
もっともメールをしている相手はだいたい同じだし、
最近の女子高生はもっとメールを打つのは速いだろう。

既にお風呂は済ませていたし、やるべきことはすべて終わらせてあったので私はベッドにつくことにした。

眠気はまるで訪れなかったけど、だからと言って夜更かしをするつもりもなかった。
明日もお姉ちゃんや『あの二人』のお弁当を作らなければいけない。

しばらくは先ほど飲んだカフェインののせいで眠ることはできないだろう。
私は真っ暗な天井を見つめた。

眠れない。
それに手足のつま先がなんだか暖かい気がした。

なぜか口元が緩んだ。

あえて私はその理由を知ろうとはしなかった。


その理由を知ったら余計に身体が熱くなって眠れなくなってしまいそうだったから。
175 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/11(木) 00:57:33.10 ID:3BjlXJGT0



結局私が眠りの世界に落ちたのは、ベッドについてから三時間近く経過してからだった。
つまり、ほとんど眠ることができなかった。
それでも日頃の習慣が睡魔に打ち勝って結果としていつも通り、私は食事を用意してそれからお姉ちゃんを起こしに行った。

これもまたいつも通り、私とお姉ちゃんは仲良く二人で登校。

今日は運がいいことに、雨は降らなかった。

176 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/11(木) 01:05:11.99 ID:3BjlXJGT0



純「ふっふっふ、憂。おはよう」

憂「お、おはよう……」


朝、教室に入るといきなり鈴木さんがほとんど息がかかるぐらいにまで顔を寄せて挨拶をしてきた。
私はとっさに身を引いて、一応礼儀として挨拶を返した。

しかし、朝から気色の悪いものを至近距離で魅せられて私の顔色は露骨に白くなった。

純「んん? どうした憂?」

口元を地面を這うネズミのように弛緩させて、鈴木さんは小首を傾げた。

……すげー変わった表情だな。

純「今日は覚悟しておきなさいよ。
  とっておきの中のとってきおきをくらわせてやるんだから」

私には鈴木さんがなんのことを言っているのかわからなかった。
体育の授業種目であるバレーのことだろうか。

少し考えてみたが、すぐに無駄だと気づいて私は他ごとへと思考を移した。
177 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/11(木) 02:52:07.15 ID:pOfammcQo
>>174
>しばらくは先ほど飲んだカフェインののせいで眠ることはできないだろう。

缶コーヒーを飲むと「逆に眠くなる」ことが判明
1 おじいちゃんのコーヒー ◆I.Tae1mC8Y @しいたけφ ★ 2011/07/25(月) 18:41:56.41 ID:???0
(中略)
ところが、医学博士の姫野友美氏によると、缶コーヒーのなかでも砂糖の入ってるものは、
かえって眠気を催したり、集中力を低下させたりする危険があるというのです。

■缶コーヒーでますます眠くなる原因とは?
姫野氏によると、砂糖は糖質のなかでも体に吸収されやすいため、砂糖入りの缶コーヒーを
飲むと血糖値が一気に上がります。血糖値が急速に上がると、それを下げるために、
膵臓からインスリンというホルモンが出ますが、今度は血糖値が下がりすぎてしまいます。

つまり、缶コーヒーの砂糖によって、血糖値が乱高下して非常に不安定な状態になるのです。

この血糖値が下がった状態のときに、人間は眠気に襲われます。すなわち、
缶コーヒーを飲むとカフェインで一時的に眠気や倦怠感が薄れますが、
その効果に持続性はなく、すぐに眠くなってしまうのです。


つまり憂は完全ブラック派のはず(キリッ
178 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府) [sage]:2011/08/11(木) 10:09:42.66 ID:d4o/hhsBo
どおやら>>1は砂糖入りの缶コーヒーを飲んでしまったようだな…

乙、続き待ってるよー
179 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/11(木) 21:16:03.12 ID:Xsy5WoDDO
こりゃまた随分懐かしいSSだな
180 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/11(木) 23:16:47.47 ID:3BjlXJGT0
寝ちゃってすみません
これからガンバって書いていきます

ちなみに僕の設定では憂は朝はカフェオレ、それ以外はブラック+甘いものという組み合わせで飲んでます
181 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/11(木) 23:27:58.69 ID:3BjlXJGT0
梓「ういー、じゅーん、おはよー……」

普段に比べるとずいぶんと抑揚のない声で、中野さんは教室に入ってきた。

……いつもの雰囲気となんだか違う。

猫のようにくりっとした瞳は眠気のせいなのか半開きになっていた。
私とスズキさんに挨拶をすると、中野さんはそのままスズキさんの隣の席に腰を下ろした。

梓「あーあ、眠いー……」

中野さんはそのまま机の上に突っ伏してしまった。

憂「……どうしたの?」

一応たずねてみた。

梓「……乙女修行してた……」

意味の分からないことを言って、中野さんは人の机にも関わらず寝息を立て始めた。

ようやく違和感の最大の原因がわかった。

彼女の象徴とも言えるツインテールの髪型が今日は、力尽きたようにストレートになっていた。

……そこはたしか彼女の席ではなかったはずだが。
しかし、私とちがい図太い神経をした中野さんは気にした様子はまるでなかった。

182 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/11(木) 23:31:22.21 ID:3BjlXJGT0
>>181  >……そこはたしか彼女の席ではなかったはずだが。

     >しかし、私とちがい図太い神経をした中野さんは気にした様子はまるでなかった。

    最後のこの二分はミスです
    はぶいてください  
183 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/11(木) 23:40:52.87 ID:3BjlXJGT0


四限目が終わり昼休みが始まる。
普段通り、私と中野さんと鈴木さんは集まって昼ごはんを食べることにした。

憂「……どうぞ」

純「おお! かたじけない!」

梓「ありがと」


これまた恒例の二人のためのミニ弁当を差し出すと、二人は嬉しそうに受けとった。

たまたまだが、そこで私は気づいた。

二人が目くばせをしたことに。

純「平沢憂さん!」

突然大きな声をあげたかと思うと、鈴木さんは椅子から立ち上がった。
私は思わず前髪の下で顔をしかめた。

……なんでこう、注目を浴びることをするんだろ?
恥ずかしいからやめてほしい。

184 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/11(木) 23:52:41.26 ID:3BjlXJGT0
しかし、これで終わったわけではなかったみたいだった。

梓「平沢憂さん!」

今日の授業をすべて居眠りでやりすごしてすっかり元気になった中野さんが、鈴木さんと同じように席から立った。

……ていうか授業を全部寝るとか、それこそコイツは猫なのだろうか。

憂「な、なにかな……?」

ビクビクと答えつつも、私は声に避難の色を交えて突然立ち上がった二人に質問した。
二人はニヤリと唇のはじっこを持ち上げた。

なんだろう。
この二人はやることが意味不明すぎてついていけない。

純「ふっふっふ、実は今日は私と梓からプレゼントがあるんですぜ」

梓「いつも憂にはお世話になってるから……私と純であるものを持ってきたんだ」

いつの間にか教室の中にいる人間全員から注目を浴びている気がするが、私は極力気にしないようにした。

185 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/12(金) 00:01:48.68 ID:bu19RKaY0
憂「……そ、それはありがとう……」

純「礼には及ばんよ」

鈴木さんは妙に低い声で答えた。
二人は背中で両手を組んで直立不動の体勢でいた。

……二人のポーズは、ヘマをして鬼上官から叱責を受けている兵隊さんのように見えた。


「「さあ! 受け取ってください!」」


ババーン!!

そんな感じの効果音がどこからか聞こえた気がした。

鈴木さんと中野さんは二人同時に私の顔面に四角い小包を突きつけた。

「「日頃の感謝の気持ちをこめて作りました!!」」


……もしかしてこれはお弁当?
186 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/12(金) 00:08:28.38 ID:bu19RKaY0
憂「ええと……」

戸惑う私に説明をくれたのは鈴木さんだった。

純「えっへん! 説明しよう!
  ほら、私と梓っていつも憂にミニ弁当を作ってもらってるじゃん?」

梓「憂がイイって言ってくれたからついついほとんど毎日作ってもらってたけど……。
  やっぱり毎日お弁当を作ってもらうのは悪いでしょ?」

中野さんが説明を引きついだ。

純「そこで私と梓も憂に弁当を作るという日頃のお弁当の感謝をしようと思って……」

梓「今日、ついにそれを決行したのデス!」

二人は自信満々、喜色満面に宣言した。
187 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/12(金) 00:16:54.33 ID:bu19RKaY0
私は正直に言うと、困ってしまった。

この手のお礼というのはお姉ちゃんからぐらいしかもらったことがないのだ。
なぜか顔に血がのぼって、脂汗がこめかみを滑り落ちた気がした。

……あと、ツッコミどころもあるし。

どうしてお礼に弁当なんだよ。
しかも二人分も渡されたら、性格上まず断ることのできない私はどちらも平らげなければならないではないか。

太るじゃん!

私はどういうカオをしたらいいのかわからなくて、俯いてしまった。
いささか標準より長いスカートの裾をつかむ手のひらはやっぱり汗ばんでいた。

純「まあまあ。
  シャイで素直じゃない憂が恥ずかしがっちゃうことは、計算済みだから安心して」

鈴木さんは私の右肩にポンと手を置いた。
188 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/12(金) 00:23:08.20 ID:bu19RKaY0
憂「そ、その……」

確かに私は恥ずかしがり屋だし、根暗だから鈴木さんの考えは正しいのだけど。
なんだかそうやって面と言われると、一矢報いてやりたくなる。

私は歯を食いしばって、手の甲が真っ白になってしまうぐらいに力を入れて顔をあげた。
鈴木さんと中野さんをにらむかのように見つめる。

正直人と視線を合わせるのは極端に苦手だ。
その証拠に目の奥が急速に痛くなって、鼻の奥が玉ねぎをみじん切りにしたかのようにツンとした。
歯を食いしばっていないと、目をあけることも難しかった。

それでも私は二人をにらむかのように見つめた。

そして息を思いっきり吸い込んだ。

こういうとき、なんて言えばいいのかは私でもわかる。

憂「ありがとう!!」

妙に掠れていたが、私の喉から出たのは自分でも信じられないほどの大声だった。
189 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/12(金) 00:31:02.91 ID:bu19RKaY0
大きな声というのはどうやったら出るんだろう、と私は割と真剣に考えたことがある。

これはたぶん私の人生の中で一番大きな疑問ではないだろうか。

大声でゲラゲラ笑っている人を見たりしたり、テレビの画面の中で大きな声で歌っている
歌手を見たりする度にそれが気になって仕方がなかった。

自分には到底できることではない……いや、たぶん生きているうちに大きな声を私が出すことなんてないのではないか。

真剣にそう思っていた。

これまでは。

純「……」

梓「……」

二人が本気で唖然としていた。

道端の野良ネコが突然話し出したりしたって、こんな顔はしないだろう……。
そんなことを思うぐらい二人の顔は驚きに凍り付いていた。

あと少しで目が零れ落ちてしまうかもしれなかった。
190 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/12(金) 00:38:09.49 ID:bu19RKaY0
梓「ええと……どういたしまして」

先に我に返った中野さんがそう言った。

純「いや、いくら嬉しいからってそんな大きな声で言わなくても……ていうか」

そこで鈴木さんは言葉を切った。
私の顔を困ったように、けれどもどこかおかしそうに眺めた。

純「そんな泣きそうな顔しないでよ」

一瞬、なにを言われたのか分からなかった。
ただそう指摘されてひとつ気づいたことがあった。

どうも視界が滲んで、二人の顔がぼやけて見えるのだ。

憂「あれ……?」

私本人は二人をにらみつけているぐらいのつもりでいたのに。

どうやら極度の緊張でいつの間にか目じりには涙が浮いているらしかった。

191 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/12(金) 00:56:27.96 ID:bu19RKaY0
純「まあ、とにかくこれ食え」

容疑者にカツ丼を差し出す刑事さながら、鈴木さんは私にお弁当を手渡した。

憂「う、うん……でも……」

そこで素直に弁当を開けて食べればよかったのだけど、泣き顔を見られたことに対する恥ずかしさが、私に素直な態度をとらせなかった。
とっさに言い訳が口をついた。

憂「わ、私、自分のお弁当……あるから……」

この先からなんと言えばわからなかった。
食べたくない、遠慮する、自分で食べて……浮かんでは消えていく台詞のどれを言おうか。

しかし、私が続きの言葉を発する必要はなくなった。

梓「あ、憂のお弁当なら私が全部食べておいたから大丈夫だよ」

しれっと中野さんが言った。……おい、ちょっと待って。

カバンの中を確認する。

な、ない……私が作った弁当が、ない!

梓「これで食べ過ぎ、なんてことはないでしょ?」

中野さんは得意げに笑ってみせた。

……これってイジメじゃないですかね?
192 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/12(金) 01:02:56.45 ID:bu19RKaY0
純「さて、これで憂は私たちの弁当を食べざるをえなくなったね」

梓「さあ、召し上がれ召し上がれ」

……明日の弁当はシュウマイの予定だったけど、コイツらのは辛子を中に大量投入しといてやる。

まあ、どちらにしよう二人からのお礼はきちんと受け取るつもりだったので、私はあきらめたフリをして弁当の包みを広げた。

なぜだか胸の鼓動が速くなっていく気がした。
……気のせい、風のせい。

たぶん、この二人の作った弁当というのが気になるだけだ。

私はそう言い聞かせて、素早くお弁当のふたを開けた。

最初に開けたのは、鈴木さんのほうの弁当箱だった。
193 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/12(金) 01:03:52.23 ID:bu19RKaY0
今日はここまでにします
いつも見てくれている人感謝します

質問があったら受け付けます。

※さりげなく描写しましたが、憂のスカートは膝にかかるぐらいの長さになっています
194 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/12(金) 01:05:04.41 ID:bu19RKaY0
今日はここまでにします
いつも見てくれている人感謝します

質問があったら受け付けます。

※さりげなく描写しましたが、憂のスカートは膝にかかるぐらいの長さになっています
195 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) [sage]:2011/08/12(金) 01:38:33.67 ID:wMb4Vy9wo
うちの家に憂ちゃんはきてくれますか?
196 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/12(金) 01:53:12.26 ID:oSHxjGTdo
乙乙
質問はありませんが憂ちゃんは来てほしいです
197 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西・北陸) [sage]:2011/08/12(金) 02:31:37.80 ID:5e23Y+WAO
根暗な憂ちゃんはひねくれかわいいと思いました
198 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府) [sage]:2011/08/12(金) 03:16:30.14 ID:yhdZkIlc0
内容も然る事ながら、中断する場面も巧いですね、
ここぞという所で「今日はここまで、では明日をお楽しみに…」とは。
NHK朝の連続テレビドラマを見ている様な感じがします。
199 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東) [sage]:2011/08/12(金) 09:52:38.21 ID:1ayl4cCAO
この性格のままスミーレや奥田さんとも絡んでほしいな…
と思ってしまった俺ガイル
200 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/14(日) 12:06:07.30 ID:NPqsLrF+0
すいません
ちょっと用事があって書けませんでした
今から書いていきます


>>195
わかんないけど信じ続けることって大切だと思います
201 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/14(日) 12:59:37.96 ID:bbW+tPLSO
憂「……」

開いた弁当はこれと言ってコメントが浮かばないぐらいに普通で、私は胸を撫で下ろした。
もしこれでとんでもないゲテモノ弁当が出たらどうしようかと思っていたからだ。

ただ、弁当箱の中身の半分が2分の1サイズに切られたバナナで埋めてあるのは、少々どうかと思う。

純「どうよ、私の弁当は?」

憂「……まだ、食べてないよ?」

純「憂ほどの料理家だったら食べなくてもおいしいってわかるでしょ?」

憂「……」

そんなわけあるか。
だいたい見た目で味が判断できるなら、舌は料理人の命だなんて格言が存在するか。

ていうか、おいしいのは決定事項みたいに言うけど……ねえ?

梓「純のお弁当だけじゃなくて、私の弁当も見てよ」

私と鈴木さんのやりとりに中野さんが割って入った。

……なぜだろう。あまり気が進まない。

梓「は、や、く」

憂「は、はい……」

二つ目の包み。
鈴木さんのものより一回り大きいそれを開いた。
202 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/14(日) 13:00:05.55 ID:bbW+tPLSO
すいません、パソコンの調子が悪いんでもしもしからカキコミます
203 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/14(日) 13:18:29.21 ID:bbW+tPLSO
憂「……」

弁当を開けた瞬間と同時に顔をしかめてしまった。
鼻につく焦げくさいにおい。
この時点で明らかに「やらかしてしまっている」ことがわかった。

梓「ど、どうかな?」

緊張した面持ち、というより単純に自分の料理の下手さから表情を固くした中野さんが私に尋ねた。
さっきまでの自信満々の顔はどうやら勢いにまかせたヤケクソだったらしい。

憂「……」

正直言って、コレは食べたくない。

ほぼ黒く塗り潰された食材たちが蹂躙する弁当箱。
異臭ただようお昼ご飯。

梓「……憂?」

それでも鈴木さんも中野さんも私のためにお弁当を作ってくれた。

それを無下にするのはいくらなんでも……ねえ?

憂「中野さん」

梓「……うん」

私は言った。

普段より眉尻の下がった中野さんの顔を見て。
ちょっと緊張した面持ちの鈴木さんの顔を見て。


憂「いただきます」
204 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/14(日) 13:53:28.16 ID:bbW+tPLSO
すいません

離脱します
205 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/08/14(日) 17:10:56.50 ID:Dte7EXIeo
支援
206 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西・北陸) [sage]:2011/08/16(火) 08:07:02.50 ID:kE/y4vHAO
支援するぜ
207 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/16(火) 21:11:01.36 ID:LEyjOJfSO
どこまで書けるかわからないですが再開します
208 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/16(火) 21:27:53.97 ID:LEyjOJfSO



胸やけに近い不快感に悩まされながら、私は職員室へ続く廊下を歩いていた。

どうやら二つのお弁当は思いのほか、負担になってしまったらしい。
お昼を終えてからというものの、あまり体調が優れないのだ。

憂「……」

まあ、体調が優れない本当の理由はべつにある気がしないでもなかった。

お腹をさすりながら職員室の扉のとってに手をかける。
教師がたくさんいる職員室というのは、正直あまり行きたい場所ではない。
ていうか、行きたくない。

では、なぜ私がこの教師の魔窟に来ているのかと言えば、それは簡単な話で呼び出されたからにほかならない。

呼び出し……少なくとも私自身に呼び出しを食らう原因が悪いことであるとは思えない。
悪いことなんて実際にしてないわけだし。

しかし、イヤな予感がした。

なにかイヤなことを……私がイヤと思うことが起こるような気がする。
209 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/08/17(水) 00:56:07.92 ID:qASyCx0J0
ハラハラするね
続き期待
210 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/18(木) 02:17:16.79 ID:hXZTJ60SO



憂「……しちゅれいします……」

『失礼します』を噛んでしまった。

しかし、幸いなことに私の声が少女小さかったのか、誰もこちらを見なかった。
もちろん、職員室だから教師はたくさんいるのだけど。
先生と交流することなんてほとんどないし、そもそもする気もないけれど意外と私は先生から話しかけられる。

たとえばテスト後とか。
あるいは、スポーツテストや体育のあととか。
部活の勧誘やら模試を受けないかどうかとか。

一回、テニス部の勧誘をその部の顧問から受けて、なにも返事ができすにいたらいつのまにか参加していたなんてことがあった。
しかも中学時代、テニス部に入っていたせいで私は華麗なストロークやらボレーやらを披露してしまい断るのには苦労した。

一瞬、その顧問がいるのではないかと身構えたが、この時間帯は部活に顔を出していることを思い出して警戒を解いた。
211 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/18(木) 02:36:23.63 ID:hXZTJ60SO
 「平沢さん?」

……ふと、そんな声が聞こえて振り返ると山中さわ子先生がいた。
思わず飛びのきそうになるのを堪えて、私は挨拶をした。

憂「こ、こんにちは……」

さわ子「わざわざ呼び出してごめんなさいね。……っと、ここだと邪魔になるから移動しましょ」

そう言って山中先生は自分の席へと移動し、私もそれについていった。
……そういえば、私は山中先生に呼ばれたんだったな。
職員室に至るまでの憂鬱さですっかり忘れていた。

さわ子「これ、明日の一限の音楽の授業で使うプリントなんだけど……」

言いつつ、山中先生は私に大量のプリントを手渡した。

さわ子「これを明日までに配っておいてほしいの。明日の授業で使うから、おねがいね」

山中先生はおしとやかで美人な先生で生徒からの人気も高い。
私はこれと言って先生に対して思っていることはないが、優しい先生だということで嫌ってはいない。
212 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/18(木) 02:47:54.42 ID:hXZTJ60SO
もっとも、お姉ちゃんの話によると優しいだけの先生でもないみたい。
過去にクリスマス会をやったときも、山中先生はいつのまにか我が家に侵入して一緒にクリスマス会を満喫したらしい。
けれども山中先生ほどの美人さんが、クリスマスイヴにデートもしないで生徒と過ごすなんて……。
案外、寂しい人なのかもしれない。
ちなみに私はそのクリスマス会のときは準備だけ手伝って、マン喫に逃げた。

……ある意味、私が一番寂しい人か。

 「あれ? 憂ちゃんじゃん」

またもや聞き覚えのある声。
しかし、今度はやや距離 があるところか、つまり遠いところか声が聞こえた。

さわ子「りっちゃ……田井中さん。職員室で大きい声を出してはダメでしょ?」

ようやくその声のデカイ人が田井中先輩であることを思い出した。
一方で山中先生は、あっという間に机まで来ていた田井中先輩を注意していた。
213 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/18(木) 03:00:05.96 ID:hXZTJ60SO
すいません
今日はここまでにします
214 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西・北陸) [sage]:2011/08/18(木) 06:56:20.69 ID:2CMA4YjAO
いいよいいよー乙!!
215 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/18(木) 11:36:56.53 ID:TwsyjC6i0
ついにさわちゃんまでwwwwwwww
216 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/20(土) 21:09:41.85 ID:5UNHYtkDO
一気読みした乙!
なんか憂から空口真帆っぽい何かを感じる
217 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府) [sage]:2011/08/25(木) 00:03:33.20 ID:WdG0Cyyf0
続き待ってるよー!ゆっくりでもいいから完結までがんばってくれー!!
218 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/29(月) 00:38:12.88 ID:jT2kl6aZ0
すみません 
ようやく再開します
219 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) [sage]:2011/08/29(月) 00:53:55.07 ID:olKFFgyDo
キッター
220 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/29(月) 01:02:53.14 ID:jT2kl6aZ0
律「よっ、憂ちゃん元気?」

田井中先輩は気さくに私に話しかけてきた。
なんとなくだが鈴木さんに似ているものを感じたが、それは少々先輩に失礼というものだろう。
田井中先輩のおでこの眩しさの前では、鈴木さんのモップはかすむどころか見えないだろう。

……なんだろう。
日頃から悪態ばかりついているせいか、ついつい褒めようとしている人もけなしているような気がする。

憂「えっと……ぼちぼちです」

律「そいつはなにより!」

相変わらずテンションの高い人だ。

そういえば、お姉ちゃんは田井中先輩とは気が合うそうだが、なるほどわからなくもない。

……と、そんなことをてきとーに考えながらそれとなくこの場から退散しようとした私に、

律「あ、今憂ちゃんヒマ?」

田井中先輩が私とは真反対の笑顔で尋ねてきた。

再びイヤな予感!
221 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/29(月) 01:26:18.06 ID:jT2kl6aZ0


音楽室……ではなく、音楽準備室の扉の前に私と田井中先輩と琴吹先輩はやってきた。
私たちが普段使ってる校舎に比べると、若干錆びついている気がするそこは、古い建物独特のにおいがした。
宙に舞う埃が、窓から差し込む日差しに浮かびあがって踊っているのを尻目に私は出そうになったため息を飲み込んだ。

音楽準備室。
つまり、軽音部の部室。

音楽室と違って授業ですらそう来ない場所なので、あまり行く機会はないがそこが軽音部の部室であることはもちろん知っていた。
だってお姉ちゃん関連のことだもん。

紬「そんなに緊張しなくていいから、憂ちゃん」

職員室を出たそのあと、偶然会った琴吹先輩が私を気遣ってそう言ってくれた。

この見るからに品の良い先輩は田井中先輩とは別の意味で明るくて、お姉ちゃんとは違う種類の人懐っこさを持っているような気がする。
それでいて、におい立つようなお嬢様的オーラを持っていて、なんだか喋っていると変な気持ちになってくる。

この人は職員室から音楽準備室に至るまでの短い距離の中で、しきりに私とお姉ちゃんの間柄について聞いてきた。
私個人としてはお姉ちゃんの話をするのは嫌いではない、もといスキなので普段の会話をするよりは疲労が少なかった。

222 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/29(月) 01:35:39.91 ID:jT2kl6aZ0
憂「……あ、その……き、気遣い? ……は、む、無用です」

琴吹さんになんとか返答して、私は田井中先輩と琴吹先輩にばれないように小さく深呼吸をした。
なんとなくだけど、琴吹先輩が笑ったような気がした。
もっとも顔を伏せいている私には彼女の表情が見えないのできちんとは判断できないのだが。

しかし、緊張すると視界が狭まるような感覚に陥るのはなんでなんだろう。
私は無意識に鬱陶しい前髪を払った。

律「ま、普通に楽にして入ってよ」

紬「おいしいケーキもあるから、せっかくだから一緒に食べましょ?」

憂「は、はい……」

律先輩がドアの取っ手に手をかけた。

軽音部部室の扉が開いた。



223 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/29(月) 02:37:35.51 ID:jT2kl6aZ0
私の緊張をそのまま声で表現したような高い音をあげて、扉が開いた。

中野さんと秋山先輩が机に座って、向かい合っていた。

梓「あれ……憂? どうしたの、なにか係りの用事でもあった?」

昼休みに、私に弁当とも毒物とも区別のつかないものを渡してきた中野さんが目を丸くした。
しかし、私の両隣にいる先輩二人を見てなんとなく私がここに来た理由を察したのか、中野さんはにこりとした。

澪「律……」

長い黒髪が特徴的な秋山先輩が私ではなく、田井中先輩をうろんげな目で見た。

澪「憂ちゃんを強引にここまで連れてきたりしてないよな?」

律「まっさかー。なあ、憂ちゃん?」

言いつつ、田井中先輩が私を振り返る。
心なしかキレイなおでこには汗が浮いている気がした。

私は一応、小さくうなずいた。



224 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/29(月) 02:55:40.14 ID:jT2kl6aZ0
澪「……本当に?」

おそらくこれは私に対して向けられた言葉だろう。
私は頑張ってうなずいた。

澪「……ならいいけど」

律先輩が露骨に胸を撫で下ろした。
田井中先輩はまたゲンコツが来るとこだったぜ、とふざけた調子でと額の汗をぬぐった。

憂「あれ……?」

そこで私は気づいた。

憂「お姉ちゃんは?」

225 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/29(月) 03:37:34.20 ID:jT2kl6aZ0
梓「唯先輩なら今日は日直当番だから、まだいないって」

すぐに中野さんが答えた。

紬「唯ちゃんもいずれ来るだろうし、先にお茶してよっか。
  今日はステキなお客さんもいるし」

正直お姉ちゃんが来るのを待たないのは、妹である私としては身を切るほど辛いが、それ以上にこの状況でお姉ちゃんを待とうという提案をするほうがよりつらい。
なので、私は必然的に黙ってうつむいて無言で不満を表した。

梓『こらっ……』

いつの間にか隣にいた中野さんに横っ腹を肘でつつかれた。
いつの間に隣に……?
相変わらず猫みたいなクラスメイトだった。

中野さんは本当に聞こえるか、聞こえないかの小声で私に注意した。

梓『唯先輩のことは我慢しなよ。
  せっかくムギ先輩たちが憂に気を遣ってああ言ってくれているんだからさ』

憂「……」

わかりましたよー。
226 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/29(月) 03:50:07.38 ID:jT2kl6aZ0


私のお姉ちゃんが所属しているこの軽音部は、毎回練習をすっぽかして『お茶』をしているらしい。
毎日欠かさず、それこそ習慣のように。
呆れた話だが、しかしだからそこ私のお姉ちゃんが部活を続けられるのも納得できるというものである。

で、肝心のお茶とケーキについて。
お姉ちゃんを待たずにお茶を始めることに不満はあったが、同時にもう一つ不満があった。
それは簡単な話で、私は昼休みに無駄に昼食をとったためお腹がほとんどすいていなかったのだ。

しかし。

憂「……おいしい」

思わず私がひとり言を呟いてしまうぐらい、口にしたケーキはおいしかった。

紬「本当? よかった。口に合わなかったらどうしようかと思ってたから」

憂「ほ、本当においしい……です!」

デザートは別腹という格言を久々に思い出しながら、私は紬さんにお礼を言った。
いつもよりほんの少しだけ、私の口から出た声はでかい。
中野さんがおかしそうに私を見て笑ったが、ケーキのあまりのおいしさに気にならなかった。
227 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/29(月) 04:12:36.66 ID:jT2kl6aZ0
思わず無言でケーキを頬張りながら、上品な香りの紅茶を堪能する。
ここだけの話。ちょっぴりお姉ちゃんのことを忘れかけていたのは内緒。

あ、でもきちんとお姉ちゃんの好きなケーキはとって

……と、すっかり軽音部の『ティータイム』に入り浸っていた私をいきなり現実に戻したのは開かれた扉の悲鳴のような甲高い音だった。

律「あ、さわちゃん」

田井中先輩の言ったとおり、扉から颯爽と入ってきたのは山中先生だった。
音楽準備室になにか用事でもあるのだろうか。
まあ、音楽の先生なんだから物置でもあるこの部屋に用があるのは変な話じゃないけど。

……うん? 先生?


228 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/29(月) 04:30:21.86 ID:jT2kl6aZ0
私は口に突っ込んだケーキを咀嚼するのも忘れて固まってしまった。
よくよく考えてみると、この状況は教師に見られるのは非常にまずいのではないか?

部室を部活の活動のために使うのではなく、ほとんど私的な利用と言ってもいいお茶のために使うなんて。
しかも、よく見てみるとこの部室の棚はティーカップやらなんやらが置いてあって食器棚と化している始末だ。

さわ子「……」

憂「……」

私は自分の顔から血が抜けていく音が聞こえていくような気がした。
実際なぜだか動悸が激しくなっているみたいだった。

ああ……叱られるのはイヤだ。
私は人から叱られるのがすごく苦手で怖くてイヤだ。

山中先生が目を猫のように細めつつ、私たちに近づいてくる。
先生は背が高いから起こるときっと迫力満点で怖いに違いない。
ああ、きっと叱られる。
罵声を浴びせられるんだ。

先生が手を伸ばす。まさかひっぱたく気だろうか!?
先生は箱の中に入っていたひとつのケーキを手に取った。

さわ子「じゃあ私はこれで」

なんでやねん!
229 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/29(月) 04:31:06.56 ID:jT2kl6aZ0
今日はここまでにします
再開おそくなってごめんなさい
230 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/29(月) 07:29:12.44 ID:jeosTsIDo
乙乙
231 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/29(月) 10:05:33.79 ID:8VSvWz0io
やっぱ初めての人はその反応なのねww
232 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西・北陸) [sage]:2011/08/29(月) 13:27:44.80 ID:Mf2itudAO
臆病な憂ちゃんかわゆいです乙
233 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/31(水) 22:09:33.29 ID:3yBd62rX0
再開します
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234 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/31(水) 22:28:37.82 ID:3yBd62rX0
憂「……」

思わず山中先生をじとっとした目で見てしまった。
教師がいったい全体なにをなさっているんだろうか。

さわ子「……? なによ唯ちゃん?」

憂「……」

山中先生は私の方には少しも視線を向けずにそんなことを言った。
いや、うん。確かにパッと見は似てるしそれは否定しずらいところなんだけど。
せめてこっちを見て話せよ。

さわ子「ん?」

なにも返事をしない私にさすがに疑問を持ったのか、ようやく山中先生はケーキから私に視線を移した。
山中先生が私の顔を凝視する。
超恥ずかしがり屋の私の顔はすぐに自分の顔を守るために血たちが集まって、あっという間に真っ赤になった。

さわ子「あれ……? なにかおかしいわね」

先生の視線が私の顔から首筋、鎖骨、そして……


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235 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/31(水) 22:37:56.56 ID:3yBd62rX0
人と視線を合わせたり、ジロジロ見つめられるのが苦手で私はそのような状況に陥るとすぐに顔を伏せる。
しかし、山中先生の視線はたとえ顔を伏せていてもわかるほど強烈でねっとりとしていた。

今、山中先生が私のどこを凝視しているのかがわかってより一層顔が赤くなる。
ぐつぐつと顔の血が沸騰している音が聞こえてきそうだった。

さわ子「……あなた。唯ちゃんじゃないわね」

当たり前だろうが。
地上に舞い降りた天使とただの妹を一緒にするな。

だいたい髪型とか顔立ちが似てるだけで私とお姉ちゃんは比較するのも馬鹿らしくなるくらい全く別の存在なのだ。

……とは、もちろん言わなかった。
しかし、なぜ山中先生はさっきから私の胸を凝視しているのだろうか。
私の疑問を読み取ったかのように山中先生はちょうどいいタイミングでこう言った。

さわ子「だってあなたのほうが唯ちゃんより胸が大きいもの!」

すごいキメ顔で山中先生は断言した。
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236 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/31(水) 22:54:34.26 ID:3yBd62rX0
なぜか私は自分の胸をおさえてついでにモミモミと揉んでしまった。
確かに言われてみれば、私とお姉ちゃんの胸のサイズを比較すると……

ええい! 女は胸だけが命じゃないだろうが!

さわ子「えっと……憂ちゃん、よね?」

憂「は、はい……」

下の名前で呼ばれていつも以上に戸惑ってしまう私。
なぜか冷や汗まで出てきた。

さわ子「うん……そうね。こうして見れば見るほど憂ちゃんのポテンシャルには目を見張るものがあるってことがわかるわね。
    なんで今まで私ったら唯ちゃんという存在を知りながら、その妹である憂ちゃんの存在に気をつけなかったのかしら……」

山中先生が顎に手を当てて意味のわからないことをボヤき出す。
なぜか中野さんの顔が引きつっていた。

さて、どうやってお暇しようかとそろそろ考え始めた時だった。

唯「やっほー!」

ああ、愛しのマイシスター!

平沢唯お姉ちゃんが颯爽と扉から登場した。







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237 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/31(水) 23:01:21.52 ID:3yBd62rX0


徐々に暗くなりつつある夕日の下を私とお姉ちゃんと中野さんの三人で歩いていた。
帰り道が三人とも途中まで同じなので(まあ、私とお姉ちゃんは言わずもがな)一緒に帰ることになった。

唯「いやあ、今日もムギちゃんのお茶が一段とおいしかったね」

梓「……少しは練習したほうがいいと思うんですけどね。今日も一度も楽器に触れてませんよ」

唯「あずにゃんもおいしそうに食べてたじゃん」

梓「そ、それは……!」

憂「……」

お姉ちゃんと中野さんがなにやら言い合っている。
が、二人ともなんとなく楽しそうに見えるからなんかムカつく。

あ、別にお姉ちゃんに怒っているわけじゃないよ?

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238 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/31(水) 23:01:47.99 ID:3yBd62rX0
すいません
今日はここまでにします
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239 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2011/09/01(木) 00:20:10.93 ID:F77uS+cfo
乙です
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240 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/09/01(木) 00:38:20.71 ID:vREFYUxr0
再開します
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241 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/09/01(木) 01:28:49.42 ID:vREFYUxr0
梓「ていうかせっかく憂が部活に来たんだから、演奏の一つや二つ披露すればよかったな」

夕日に照らされた中野さんの頬は赤く染まっていた。

唯「ほんとだー。なんでしなかったんだろ?」

梓「知りませんよ」

中野さんが唇をとがらせる。
なんだろう、このお姉ちゃんに対する態度は。
姉妹であるこの私ですらこんな態度など一度もとったことがないのに。

唯「あ、見て見て。アイスクリーム屋さんがあるよ」

お姉ちゃんが不意に立ち止まって小さなアイスクリーム屋を指さす。

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242 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/09/01(木) 01:36:40.76 ID:vREFYUxr0
唯「せっかく三人でいるんだし、食べようよー」

お姉ちゃんが私を振り返って言った。
夕日をバックにいつにも増して眩しい笑顔を向けるお姉ちゃんの瞳に思わずくらくらした。

しかし、かろうじて働いた理性が私に腕時計の確認をさせた。

いつもならこの時間帯にはとっくに食事の準備ができているはずだった。
けれども今日は私まで軽音部にお邪魔してしまったため、当然食事の準備どころか家事にはなにひとつ手をつけていない状態だ。
私だけでも先に帰るべきだろうか……と、頭の中で考えたところでお姉ちゃんがぐいっと迫ってきた。

唯「ダメ、かな?」

身長的には私のほうが低いはずなのにお姉ちゃんは上目使いで私を見上げた。
たいていの男ならまずこれだけで落ちてしまうだろうと思わせる恐ろしい上目遣いだった。

憂「ううん……いいよ」

唯「やったー!」


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243 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/09/01(木) 01:46:25.66 ID:vREFYUxr0
喜ぶお姉ちゃんもやはりかわいい。
はしゃぐお姉ちゃんを見ているうちに、知らず知らずのうちによだれが口の端から出そうになった。

唯「あずにゃんも行くよね?」

梓「まだ食べるんですか? 
  さすがに食べすぎだと思うんですけど。食べ過ぎると太りますよ」

唯「大丈夫だよ。私、太らない体質だから」

これは本当である。

梓「そういう問題じゃないと思います」

唯「いいから行こうよ!」

中野さんが渋々といった感じでうなずいた。

とりあえず二人で行くなら私がいなくても特に問題はないだろう。
私がお姉ちゃんに先に帰るという旨を伝えようとしたときだった。
不意にお姉ちゃんが笑顔で言った。

唯「もちろん、憂も行くよね?」

どうやらお姉ちゃんの顔が眩しいのは、夕日のせいだけではないのかもしれない




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244 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/09/01(木) 01:47:08.83 ID:vREFYUxr0
すいません
もう寝ます
また明日
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245 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西・北陸) [sage]:2011/09/01(木) 03:05:44.01 ID:7efRe8pAO
乙ー!
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246 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/09/02(金) 22:42:11.18 ID:dXJ9qvr60
再開する
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247 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/09/02(金) 22:57:53.69 ID:dXJ9qvr60


唯「うんうん、やっぱりここのアイスクリーム屋のアイスは最高だね」

ベンチに腰かけたお姉ちゃんがペロリと球状のアイスをなめた。
ショコラモンブラン味のそれをおいしそうに頬張るお姉ちゃんを見ていると私まで幸せな気持ちになってきた。

梓「うんまい」

食べるか食べないか逡巡していた中野さんも結局、アイスを食べていた。
彼女の口にはレギュラーサイズのそれは少々大きいのか唇の端にはアイスがついていた。

……まあ、あえて指摘はしないでやろう。

憂「……」

ちなみに私は抹茶味を選らんだ。
ソフトクリームだろうとスーパーカップだろうとハーゲンダッツだろうとアイスの類は抹茶が一番だと思っている。

唯「たまにはこうやって三人で食べるのもいいよね」

梓「……まあ、そうですね」

中野さんがしぶしぶ、といった感じを露骨に演出しながらお姉ちゃんに同意した。

梓「憂もそう思ってるでしょ?」

私はあえてなにも言わなかった。

その代わりに緩んでしまっているだろう唇を隠すようにアイスにかぶりついた。




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248 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/09/02(金) 23:20:55.07 ID:dXJ9qvr60


今日はいつにも増して日記を書き終えるのが早かった。
ここのところ日記を書く速度が上がっている気がする。

憂「とりあえず日記も書き終えたし……」

すでにやることは洗濯物を畳むだけだし、借りてきたDVDでも見ようかと考え始めたあたりでケータイが鳴った。
私のケータイが鳴るとき、たいてい鳴らしている人物は二人しかいない。
私は急いでケータイをとろうとして、しかし、なぜだがそうすることに抵抗を覚えてたっぷり三十秒は待ってそれを手にとった。

今回私にメールを送ってきた人物は鈴木さんだった。


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249 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/09/02(金) 23:32:51.95 ID:dXJ9qvr60
From スズキ ジュンさん
件名 ぬはははははは!

明日の放課後ウイってどうせ暇でしょ??
わたし明日部活ないからさ(*^。^*)
ハンバーガー食いに行こう(-_-)/~~~ピシー!ピシー!


――――――――――――――――――――――――――


憂「……」

なんて失礼な文章なのだろう。
顔の筋肉が怒りにぴくぴくしたが、しかしまあ家の仕事のことを除けば暇人であることは確かだった。
仕方がないので、私はオッケーした。

まあ、断る理由もないしそこまで長い時間あのハンバーガー屋に滞在もしないだろうしいいだろう。

私はケータイを閉じてごろりとベッドにうつ伏せに寝転がった。
なぜだか私は気恥ずかしさに近いものを感じて顔を掛け布団に押し付けた。
なんだか落ち着かない。

しばらく掛け布団を抱いてごろごろとベッドの上で転がっていると、控えめなノックの音がした。

唯「うーいー、入るよー?」






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250 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/09/02(金) 23:55:46.49 ID:dXJ9qvr60
憂「あ、は、はい!」

突然の来訪に私は飛び上がって、そのままベッドに正座した。
扉が開くと、いかにもお風呂上がりといった風情のお姉ちゃんがシャンプーの匂いを漂わせたまま入ってきた。

ああ……なんだろう。
今日はただカワイイだけじゃなくて大人の色香にも似たものを感じる。

唯「どうしたの、憂? ベッドで正座なんかしちゃって」

憂「な、なんでも……ないよ?」

私は誰がどう見ても慌てふためいているようにしか見えない状態で返事をした。

唯「おかしな憂」

お姉ちゃんが笑って私の隣に腰かけた。
ドキリと心臓が一際強く跳ねた。

唯「実は明日ね。軽音部は活動しないんだ」

憂「……?」

唯「なんかみんな用事あるみたいで。だから、明日は放課後二人で買い物にでも行かない?」

お姉ちゃんの提案に思わず「うん!」と言いそうになったが、すでに明日の予定は埋まっていることを思い出して私はその言葉を飲み込んだ。
忸怩たる思い……とはこういうことを言うんだろう。
そんなことを思いながら、一瞬鈴木さんとの約束を反故しようかという発想が浮かんだ。



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251 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/09/03(土) 00:03:35.41 ID:jjRzJaYB0
憂「……」

けれどもそれはそれで気が進まない。
というより、それはある意味お姉ちゃんの誘いを断るよりもイヤな感じがする。
胸に突然霧のように現れたモヤモヤとした気持ちに戸惑って、私は眉をひそめてしまった。

唯「もしかして、明日なにか予定入ってる?」

お姉ちゃんの眉もぴくりと動いた。
その表情は驚いているようにも嬉しがっているようにも見える。

憂「ええとっね……その、明日の放課後は……鈴木さんとの、約束が…………ある、の……」

最後らへんの言葉は消えかけてしまっていた。

もちろんここで嘘をついてお姉ちゃんと明日お出かけするのもいいのかもしれない。
けれども、私はお姉ちゃんとのおでかけを断って、明日は鈴木さんとハンバーガー屋さんに行きたいと思った。
どうしてかはわからないし、その選択は気の迷いみたいなもので、次の日には後悔しそうなものだったけど。

唯「そっか」

お姉ちゃんは少し唇を尖らせたけど、すぐそれを解くと満面の笑みを浮かべて私に言ってくれた。

唯「じゃあ、せっかくなんだから楽しんでこないとね!」

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252 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/09/03(土) 00:11:23.63 ID:jjRzJaYB0


いつも通り、教室に入って机にカバンをかける。
なんだか気持ちがふわふわしている。
まるで自分じゃない他の誰かになったみたいな、そんな感覚。

憂『おはよう、純ちゃん』

うん?

自分の喉から別の誰かの声がして私はビックリしてしまった。
透き通るという表現がぴったりのちょっと高めの声。
ハキハキとしていてとても自分の声とは似ても似つかない声。

純『あ、おはよー憂』

それに対して鈴木さんは鳥の巣を連想させる髪を押さえて鏡の前で格闘していた。

憂『あ……今日も湿気が強いもんね』

私はなにか納得したようにそう言った。

純『ううぅ……わかったような口を……!』

憂『私もくせ毛だから純ちゃんの苦労はわかるつもりだよ?』

まるで私は私じゃないかのようにすらすらと喋る。
どうしてしまったんだ私!?

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253 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/09/03(土) 00:19:46.53 ID:jjRzJaYB0
純『まだ憂なんてくせ毛のうちにも入らないよ。
  最近リンス変えてみたけどいまいち効果でないし、かといってアイロンかけてもすぐ解けちゃうしなあ……』

鈴木さんがうなだれるように勉強机に突っ伏した。
髪のほうは湿気で爆発していたけど、その湿気のせいで気持ちのほうはしけってしまったらしかった。

梓『今日も雨強いねー』

そう言っていつの間にか中野さんが隣にいた。
自分のものとは打って変わってキレイなツインテールを鈴木さんはうなだれた状態で睨みつける。

純『出たな、髪充め……』

梓『なにそれ?』

純『うるさい。私はどうせ鳥の巣頭だよ』

憂『まあまあ』

二人の間に割って入るように、私は鈴木さんをなだめる。
今日の私はどうしてしまったんだろう、タチの悪い呪文でもかけられたのだろうか。
喋りは滑らかだし、なんだかすごい社交的な気がする。

ていうかなんだろう?
顔の筋肉が道の動きをしている気がする。



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254 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/09/03(土) 00:27:12.60 ID:jjRzJaYB0
純『縮毛矯正でもしてみようかな……』

鏡を見てうんざりとした表情を浮かべる鈴木さんに、私はあろうことかとんでもないことを口走っていた。


憂『そんなことしなくても純ちゃんはカワイイよ』


な、なにを言ってらっしゃるのこの人!?
お姉ちゃんにさえそんな『カワイイ』だなんて言ったことなんてないのに!?

さぞや奇異の目で鈴木さんと中野さんが私を見るだろうと思ったが、二人とも特にリアクションを返さない。
まるでその発言はいたって聞きなれたものであるかのように。

純『ああ、梓ほどキレイな髪になりたいとは言わないからせめて憂ぐらいにはなりたい……』

梓『それ憂に対してなんか失礼だよ。ねえ、憂?』

鈴木さんを咎める中野さんに、私は胸の前で否定するように手を振った。







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255 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/09/03(土) 00:34:21.22 ID:jjRzJaYB0
憂『そんなことないよ。実際梓ちゃんってすごく髪質いいし』

なんというのか今日の私はほめちぎりまくりの上、発言一つ一つが滑らかすぎて気持ち悪い。
いや、案外これが普通なんだろうけど。

憂『実際、私はそんなに髪質よくないから』

鈴木さんの机の上にある手鏡を手にとる。

鏡に私が映った。




その私の両目は私とは思えないほどパッチリと開いていた。

……いや、待て待て。目元がこんなにはっきりと見えるということは。

よく見れば前髪も今よりも短い。せいぜい眉毛にかかるぐらいだ。

なにより鏡に映った私の口元は笑みの形を作っていた。



――次の瞬間、鏡の中の私がゆがんだ。
いや、というより視界全体が揺らいでそのまま真っ黒に塗りつぶされた。




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256 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/09/03(土) 00:44:57.57 ID:jjRzJaYB0


けたたましい音が耳元でして私は飛び上がった。
起きた瞬間、すぐに背中が汗でぬれていることがわかった。
ケータイのアラームを止めて私は、ため息を一つこぼした。

憂「……夢、か」

小さな欠伸をしてから伸びをする。
凝り固まった筋肉がほぐれて、みしみしと音を立てた。

締め切っていたカーテンを開けて、窓も開放して新鮮な空気を肺にいっぱい吸い込む。
天気は夢のそれとは違い、快晴で朝日が妙に眩しい。

それにしても奇妙な夢だった。

憂「そういえば……」

以前にも似たような夢で見た気がする。


社交的で明るい私が、あの二人を名前で呼んでいる夢。


憂「……まあ、どうでもいいよね」

私は誰にともなく呟いた。

その言葉は不思議なほど空しく青い空に響いた気がした。

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257 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/09/03(土) 01:09:00.35 ID:jjRzJaYB0


純「よっ! 憂、今日も元気?」

教室に入ろうとした瞬間。

いきなり背後から肩をたたかれて私は足をもつれさせそうになってしまった。
反射的に後ろを振り返ると、白い歯をむき出しにして鈴木さんが笑みを浮かべていた。
夢の中とは違って彼女の機嫌はイイみたいだった。
そして、私はきっと渋い顔をしていることだろう。

憂「おはよう……」

純「朝からそんな顔をしちゃダメでしょ?
  ほら、笑って笑って」

憂「ニコニコ」

擬音だけで答えて私は教室に入って机にカバンをかけてそのまま椅子に腰かけた。







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258 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/09/03(土) 01:25:05.18 ID:jjRzJaYB0
今日はここまでします
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259 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西・北陸) [sage]:2011/09/03(土) 03:50:04.98 ID:Bu2nPN3AO
乙!
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260 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/09/04(日) 00:31:59.09 ID:ZcfT/IMM0
梓「朝からテンション高いね」

既に教室にいた中野さんが鷹揚と手をあげた。
低血圧なのかどうかは知らないが、朝の彼女はそれこそ寝起きの猫のように動きひとつひとつが鈍い。
寝ぼけ眼で私と鈴木さんを見比べて中野さんはポツリと言った。

梓「ホント……対照的だよね」

誰と誰のことを言っているのだろうか。
いや、考えるまでもないし言われなくてもわかっているつもりだ。

純「んー?」

鈴木さんは中野さんの言葉の意味がわからないのか目を白黒させた。

純「どういう意味?」

なぜかその質問は私に向けられたらしく、鈴木さんは私の方を見た。

私はなにも言わずに首をかしげた。


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261 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/09/04(日) 00:35:34.00 ID:ZcfT/IMM0


純「いや〜、この三人でここに来るのは案外久々?」

梓「そうかな?
  ……あー、でも確かに初めて純と喋ったとき以来かな?」

純「あれ? もう一回一緒に来なかったっけ?」

梓「それは二人で来たときじゃないの?」

憂「……」

純「どうだったけ、憂?」

憂「……わからない」

放課後。

私と中野さんと鈴木さんで、何度かお世話になっているハンバーガーショップにやってきた。

……あれ?


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262 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/09/04(日) 00:42:13.34 ID:ZcfT/IMM0
憂「……」

たしか今日はお姉ちゃん以外の全員が用事があるということで、軽音部の活動は中止になったのではなかったのか?

疑問がそのまま顔に出たのか、中野さんは以心伝心で私の疑問に答えてくれた。

梓「実は私も唯先輩と同じで今日は特に用事はなかったの」

憂「じゃあ……なん、で?」

なんであなたは用事があるなどという嘘をついたのでしょうか?

梓「なんでって……」

中野さんは視線を少しだけさまよわせてから答えた。

梓「だって、唯先輩と二人きりじゃあ練習にならないし」

しれっと中野さんは言った。

憂「……」

いったい私はどんな表情をしているだろうか。

鏡があったら是非チェックしたい。



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263 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/09/04(日) 00:48:18.34 ID:ZcfT/IMM0
梓「うん、でもね……」

と、そこまで言ったあたりで再び中野さんは視線をさまよわせた。
言うべきか言うべきじゃないか、なにかの台詞を舌の中で転がしているかのように頬を少しだけ膨らませた。

純「そういえば、なんで梓は放課後四十分も遅れたの?」

私と中野さんの間に割って入るかのように鈴木さんが言った。
相変わらず空気を読めない人である。

梓「……ああ、やっぱいいや」

中野さんはめんどくさげにため息をついた。
なにがいいのかわからないし、言いかけの言葉は最後まで言ってくれないと気持ち悪い。
いや、私の言えたことじゃないのだけど。

純「私の質問に答えてくれないの?」

梓「うん」

純「ううぅ! ひどいよ! 梓が私に冷たいよ!」

泣き真似をする鈴木さんに抱きつかれる。
突然のことに顔や体が赤くなっていくがどうすることもできなかった。

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264 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/09/04(日) 00:56:07.94 ID:ZcfT/IMM0
憂「い、入り口の前だし……邪魔になるから、入ろ?」

純「おっと、そうだね」

背後に立っているサラリーマン風の男性を振り返って鈴木さんが私の背中を押す。

首筋にひんやりとした感触が不意に落ちてきて、私は空を仰いだ。

いつの間にか雲一つなかったはずの青は、鉛色にとって代わって空を狭めていた。

憂「……雨、降るかな?」

私がポツリとつぶやくと、空も真似するようにポツリと雨粒を垂らして私の前髪を濡らした。
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265 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/09/04(日) 01:13:44.89 ID:ZcfT/IMM0


店内は平日ということを考慮しても閑散としていた。
というか、この店が混んでいるところを見たことがないな。
いつかはつぶれてしまうかもしれない。
そうなったら、私たちはどこをたまり場にするんだろう?

……と、そこまで考えたあたりで私は首を振った。
なんでこの三人でいちいち集まる必要があるのだろうか。

だいたい、普段からずっと一緒にいるのにこれ以上一緒にいる必要なんてないじゃないか。

純「どうしたの、憂? 頭でも痛いの?」

憂「う、ううん……べつに……」

相変わらず下手な誤魔化しをしていると、後ろから中野さんに小突かれる。

梓「早くメニュー決めないと。後ろのお客さんに迷惑だよ」

私個人としてはわりとやること成すことダメな人という印象なのだが、中野さんは案外しっかり者らしい。
……というのは、お姉ちゃんから聞いた話なのだが(もっともお姉ちゃんは逆の言い方をしていた)あながち間違いでもないみたい。


純「じゃあ、私は極上チーズバーガーのセットで!」

梓「それはロッテ!」

憂「……」

どうでもいい漫才の炸裂だった。


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266 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/09/04(日) 01:20:45.02 ID:ZcfT/IMM0


純「でさ、やっぱり澪先輩はかっこいいしすごい頼りになる人だと思うんだ」

梓「私もまあ、だいたい純と似たような意見かなあ。澪先輩みたいなお姉ちゃんなら欲しいと思うし」

憂「……」

私は二人の会話を聞きつつ、ジンジャーエールをずずっと啜った。
鈴木さんはどうやら秋山先輩のファンなのか、熱心に彼女について語っていた。

が、注文したエビカツバーガーを食べ終えると、彼女はなぜか黙ってしまった。
ああ、これで少しは静かになるのか……と思ったのも束の間で次の瞬間に鈴木さんは大きく息を吸いこんだ。

純「これから重大な発表があります!」

……声、でけえよ。
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267 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/09/04(日) 01:25:36.94 ID:ZcfT/IMM0
梓「じゅ、重要な発表……!」

中野さんが誰がどう見ても演技だとわかるオーバーなリアクションで鈴木さんの言葉に反応する。

なんだなんだ?
また二人で漫才でもするつもりだろうか。
……できれば、店内では他のお客様の迷惑だし、単純に恥ずかしいのでやめてほしいんですけど。

純「ズバリ! 憂と憂のお姉ちゃんをくっつけようラブラブ作戦を決行するのであります!」

さらに一段とでかい声で鈴木さんは宣言した。
もはやシャウトと言ってもいいレベルの声量かもしれない。

……おい、モップ女。
そんなに私に恥をかかせたいのか……?



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268 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/09/04(日) 01:35:49.67 ID:ZcfT/IMM0
純「ふっふっふ、まさか憂。あの時のことを忘れてないよね?」

マコトにイカンながら覚えています。

……いつか夕日の川のそばで似たようなことを鈴木さんはおっしゃいましたからね。
たしか私の記憶が正しければ、そのときにその提案はきっちり却下したはずだが。

梓「まあ、記憶力抜群の憂に限って忘れてはいないでしょ?」

憂「……」

中野さんが得意顔でそんなことを言ってのけた。


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269 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/09/04(日) 01:40:07.40 ID:ZcfT/IMM0
純「ふっふっふ、まさか憂。あの時のことを忘れてないよね?」

マコトにイカンながら覚えています。

……いつか夕日の川のそばで似たようなことを鈴木さんはおっしゃいましたからね。
たしか私の記憶が正しければ、そのときにその提案はきっちり却下したはずだが。

梓「まあ、記憶力抜群の憂に限って忘れてはいないでしょ?」

憂「……」

中野さんが得意顔でそんなことを言ってのけた。


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270 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/09/04(日) 01:50:05.51 ID:ZcfT/IMM0
ちなみに中野さんの指摘の通りだいたいの『作戦』内容も覚えている。
もっとも、それは記憶力とかそういう問題ではなく、単純にその作戦に呆れたがゆえに覚えていたにすぎないが。

憂「お、覚えているよ?」

純「なら話は早い。明日にでも決行するべきだよ」

鈴木さんが鼻の穴を膨らませる。

憂「いや、でも……」

いったいそのお粗末な作戦で、私とお姉ちゃんの間がどう変わるというのだろうか。
ていうか、べつに私は……。

梓「いや、ね。私、最近思ったんだけど。憂はなにごとに対しても奥手すぎると思うんだ」

純「そうそう。そんなんじゃあ、誰かに唯先輩をとられちゃうよ?」

誰がお姉ちゃんをとるって?

純「たとえば……」

鈴木さんはそこで言葉を区切って中野さんを見る。

純「梓とかがさ」

梓「え?」

憂「……!」
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271 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/09/04(日) 02:03:21.28 ID:ZcfT/IMM0
不意に頭の中で赤い光が爆ぜた気がした。
もっとも、気がした、というにはその光はあまりにも明瞭で私は反射的に目を閉じた。

そうして瞼の裏側に現れた光景に息を飲まずにはいられなかった。

赤い光……それは真っ赤な夕焼け。
夕日をバックに伸びる二つの影。
そしてその影にただただついていくだけの小さな影。

最初はそれがなんなのか、理解できなかった。
しかし、その光景は比較的最近に見たものだったのですぐになにを意味するかを理解した。

二つの影はお姉ちゃんと中野さん。
そしてその後ろをのろのろとついていくのは――私。

楽しそうに話をしている二人。
そして、それをただ後ろから聞いているだけの私。

思わずかぶりをふって私はその光景を振り払った。

純「憂……?」

目を開くと、鈴木さんと中野さんが仲良く首を傾げていた。


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272 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/09/04(日) 02:12:48.12 ID:ZcfT/IMM0
そうだ。
今、この瞬間だってそうだ。
中野さんと鈴木さんはずっとお喋りしているのに私はただ傍観しているだけ。

胸に暗雲でも立ち込めたかのように、私の気分は重々しいものになった。

純「どうしちゃったの、憂? まさか――」

いつも通りの鈴木さんの口調。
それが、不思議なほど私の不安を掻き立てた。

そして、私の口から自分でも信じられない言葉が出てきた。
いや、それはほとんど弾丸のように飛び出したと言ってもいい。


憂「――うるさい!」


喉が血でも出ているのではないか、と思えるほど熱かった。
それでも今まで気づかないうちにたまりにたまっていた何かが爆ぜて、炸裂した。

憂「勝手なこと言わないで! 勝手なことしないで! ていうかなにもしないでよ!」





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273 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/09/04(日) 02:15:21.56 ID:ZcfT/IMM0
そうだ。
今、この瞬間だってそうだ。
中野さんと鈴木さんはずっとお喋りしているのに私はただ傍観しているだけ。

胸に暗雲でも立ち込めたかのように、私の気分は重々しいものになった。

純「どうしちゃったの、憂? まさか――」

いつも通りの鈴木さんの口調。
それが、不思議なほど私の不安を掻き立てた。

そして、私の口から自分でも信じられない言葉が出てきた。
いや、それはほとんど弾丸のように飛び出したと言ってもいい。


憂「――うるさい!」


喉が血でも出ているのではないか、と思えるほど熱かった。
それでも今まで気づかないうちにたまりにたまっていた何かが爆ぜて、炸裂した。

憂「勝手なこと言わないで! 勝手なことしないで! ていうかなにもしないでよ!」





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274 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/09/04(日) 02:18:07.24 ID:ZcfT/IMM0
今日はここまでにします
なんか重複レスがありますがそこは目をつむってください
なんだか今日はパソコンの調子が悪いみたいなんで
それから若干シリアス風味になっていますが、まあ見守ってください

ちなみにさっきレス見返していて気づいたんですが、このssの憂がネク恋の空口真帆に似ているという指摘を受けましたが
正解です。このssはアレの影響をもろに受けています。


では、また。
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275 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西・北陸) [sage]:2011/09/04(日) 04:32:29.36 ID:7y0MB70AO
乙!続き楽しみにしてる
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276 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/09/04(日) 09:38:46.58 ID:BKLn+Hz3o
最近SS速は重いので
書き込みエラーが出ても
再書き込みしないで
なんどかスレを更新してみるべし。
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277 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/09/06(火) 01:06:48.38 ID:QD+8KlfR0
再開します
278 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/09/06(火) 02:06:59.82 ID:QD+8KlfR0
……あれれ?
……あらら?
……私はいったいなにを口走っているんだろう?

いや、この台詞は実は私ではなく他の誰かが放ったものでやっぱり私はなにも話していない、口すら開いていない。
……とかそういうこともなく、やはりその言葉は私の言葉で、私が叫んだ言葉だった。

鈴木さんと中野さんが呆然と、まるで喋る生ごみでも見たかのようにポカンと口を開いた。

でも、一番驚いているのは私だ。
身体に流れる酸素をすべて吐き出したかのように息が苦しい。

胸、が、苦、し、い。

酸素を使い切ったせいなのかもしれない。
気分が悪かった。
メマイがした。
頭が痛い。

それでも私の言葉は続いた。
堰を切ったように。

憂「私に構わないでよ!
  勝手に私のことを決めないでよ!
  いちいち干渉してこないでよ!」

言葉が止まらない。
言葉を止めることができない。
279 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/09/06(火) 04:14:46.85 ID:QD+8KlfR0
目に見えているものが妙に青く見える。

純「え、えっと……」

『鈴木純』が突然の私の変化に驚いて戸惑う。
なぜか、彼女の顔色は一際青白く見えた。

梓「……」

『中野梓』はなにも言わないで、唇を一文字に結んでいた。
なぜか彼女に戸惑った様子はなかった。
それでも驚いているようだけれど。

しかし、結果としてその中野さんの何とも言えないリアクションが私をわずかに正気に戻した。

店内で大声を出している。
ただ、その事実を思い出せただけでもよかった。

途端に恥ずかしさがこみ上げてくる。

私は踵を返して、店を飛び出した。


『よかった。ここが先払いのハンバーガー屋で』とせいぜい現実逃避的なことを考えながら。
280 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/09/06(火) 06:00:19.32 ID:QD+8KlfR0


憂「……ああ」

玄関に入った途端に、軟体動物のように私はへたりこんでしまった。
身体に力が入らない。
早歩きで帰ったせいなのか、身体が熱くてたまらない。
頬が蒸気してるのが自分でもわかった。

憂「ああ……死にたい……」

盛大なため息とともに私はひとりごちた。

いや、しかし、自分でもまったくなんであんなことを口走ったのかわからなかった。

281 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/09/06(火) 06:28:53.10 ID:QD+8KlfR0
考えても答えが出ると思えなかった私は、座り込んでいた床から立ち上がってすぐに家事にとりかかることにした。

……いいんだ。

そう、べつにいいんだ。
たまには私だって感情を爆発させることだってある。
ふとした拍子にガラス瓶を割ってしまうようなそんな些細さで。

それにやっぱりこうして一人でいるほうが気をつかわなくてラクだ。

憂「……」

ふと、ケータイになにかあるのではないのと思ってポケットに手を突っ込んで確かめてみる。

手に取ったケータイにはなんの反応もなかった。

私はケータイをソファーに投げると、そのまま洗濯を始めることにした。
282 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/09/06(火) 06:34:27.70 ID:QD+8KlfR0
すみません
ここまでにします
283 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西・北陸) [sage]:2011/09/07(水) 00:57:11.10 ID:5ks8RjyAO
さてどうなる
284 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/09/08(木) 00:26:47.73 ID:UKjfJNKo0
再開します
285 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/09/08(木) 00:28:53.63 ID:UKjfJNKo0


あのとき、あの店であんな言葉出たことについてはもちろん動揺はしたが、それ以降の私はこれと言って普通だった。
まあ、私も年頃の女の子だし情緒不安定になったりすることもあるだろう。

とか、考えつつ、奥歯にはさまったなにかを少しだけ気にしながら私はお姉ちゃんと夕食をとっていた。

唯「なんか今日の憂、元気なくない?」

憂「……?」

時計の針がまもなく七時半を指そうとしていた。
ちょうど湯豆腐を口に放り込もうとした先にそんなことを言われて、思わず私は箸を止めた。

私が……元気がない?

いや、私が元気いっぱいだったらかえって変だと思うのだけど。
286 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/09/08(木) 00:31:49.80 ID:UKjfJNKo0
憂「そ、そうかな?」

唯「うん。なんだかここ……」

と、言ってお姉ちゃんは眉間を人差し指で示した。

唯「……に、しわが寄ってるし」

憂「……」


鏡があったらすぐに確かめられるのだけど、あいにく今は食事中なのでもちろんそんなものはない。
そもそも確かめようとも思わない。

ていうか、よく私の眉毛の角度なんてわかるなあ。
まあ、それだけお姉ちゃんが私を普段から見てくれているということか。

大方あの店の失態のことを引きずっているんだ。
そうに決まっている。


憂「ちょっと……今日は失敗したことがあって。
  それで、恥ずかしい思いをしちゃったから……たぶん、それで眉間にしわがよっちゃってるんじゃあ……ない、かな?」

唯「そうなの? でも、そんなの気にしちゃダメだよ。
  憂は特にそういうことを気にしすぎちゃうタイプだから」

憂「うん……」

不意に私はあのハンバーガー店でなぜあんな言葉が出てきたのか、わかったような気がした。
287 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/09/08(木) 00:33:12.97 ID:UKjfJNKo0
不意に私はあのハンバーガー店でなぜあんな言葉が出てきたのか、わかったような気がした。

ようは私は不安だったのだ。
お姉ちゃんが自分のそばから消えてしまうのではないか――そんなありきたりでベタな悩みが爆発したのだ。

お姉ちゃんが中学生の頃はそんな悩みはほとんどなかった。
なにせ、お姉ちゃんは部活動なるものをしていなかったか、たいてい家にいたし。
友達と遊ぶときも、どちらかといえば自分の家であることが多かった。
それに今とは逆で私が部活をしていたのだった。
まあ、その部活も週に三回ぐらいしか出ていなかったけど。

……とにかく、お姉ちゃんと一緒にいる時間が減って、しかも私の知らない一面が少しずつ増えていくことに対して私は不安でしょうがなかったのだ。

でも、もう大丈夫だ。

そんな不安になることはない。
私の知らないお姉ちゃんがいる、それは確かな事実だけれど私しか知らないお姉ちゃんもいるのだ。
288 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/09/08(木) 00:34:32.13 ID:UKjfJNKo0
憂「うん、気をつける」

唯「よろしい」

お姉ちゃんは胸をはって相変わらず締まりのない表情でそんなことを言った。

そうだ、なにかもを知ることはたとえ血のつながったお姉ちゃんが相手でも不可能なのだ。

私はそう自分で納得して、その結論に満足して口に放り込んだ湯豆腐をかみ砕いた。

……ただ、奥歯にはさまったなにかが妙に気になった。
289 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/09/08(木) 00:42:32.90 ID:UKjfJNKo0



食事とお風呂をすまして、私は自室に戻った。
もちろん自分自身がいないときに部屋の明かりをつけておくような真似はしない。

だから、部屋は真っ暗だった。
部屋が真っ暗ということは、机の上に放置しておいたケータイにはメールも電話も来てない、ということだ。

憂「……」

いや、べつにケータイに連絡が来ないことなんて今に始まったことではない。
それはそんなに気にするようなことではないのだけど……。

私はとりあえず、部屋の明かりをつけてから引出しにしまってある二冊の日記を取り出した。
毎日つけている日記のひとつ……お姉ちゃんに関する日記。
まずはこれから書くことにした。
こちらはあっさり書くことができた。

しかし、もう一冊、こちらが困った。
290 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/09/08(木) 00:52:00.61 ID:UKjfJNKo0
学校であったできごとを書く、もう一冊の日記。
いや、こちらはもとからわりと書くのに困ることが多かったような気がする。
ていうか、内容はいつもあの二人に関することばかりだ。

憂「……え?」

ふと、私は気になってお姉ちゃんに関する日記を開いてみた。
今しがた書いたことを見直してみる。

憂「……なんてことだろ……」

ずっと気にかかっていたこと……妙な違和感の正体に気が付いてしまった。

そもそも家に帰ってからの私は、自分でもいろいろとおかしかった。

そもそも、お姉ちゃんに心配されただけでも私は嬉しくて飛び上がりたくなるのだ。
まして、今日のお姉ちゃんの指摘。

――いつもより眉尻が下がっている。

こんなステキな指摘を受けたら、普段の私だったらしばらくは思考がお姉ちゃん一色になっていたっておかしくない。
291 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/09/08(木) 00:56:57.19 ID:UKjfJNKo0
ところが、今日の私ときたらいったいどうだ?
冷静に、ただ『嬉しいな』としか思わなかった。
お姉ちゃんフリークのこの私がそんなリアクションしかしないなんてどう考えたっておかしい。

憂「ああ……」

なんとなく、本当におぼろげながらどうして今日の自分が普段と違うのかわかってしまった。
というか、明確に。
まあ、こんな簡単なことがわからないほど私もおろかではないということだ。

ただ、なんだかその辿り着いた答えを直視するのは恥ずかしかった。
まるで全校生徒の前で作文を読まされるような、そんな恥ずかしさ。

不意にケータイが鳴った。

一瞬どこにケータイはあるのだろう、と考えかけたがすぐに手元に置いてあることに気が付いた。
反射的にケータイをとって、ディスプレイを開く。

相手は……中野さんだった。
292 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/09/08(木) 01:03:08.04 ID:UKjfJNKo0
ある意味、今一番話したかった相手のひとりで、そして、今一番話したくなかった相手だった。
このわずかな時間の間に手のひらがじんわりと汗ばんでいた。

静かな部屋に初期設定の電話音が鳴り響く。

どうするか。

電話に出るべきか。
それとも気づかないふりをしてそのまま放置するか。

いいや……今日はまだ日記のネタが足りない!
だったら、たまには学校に関する人の日記ということで学校外のことに関するものも書くべきだ。
そうだ、そうするべきなんだから電話に出よう。

私は中野さんからの電話に出た。

憂「……」

しかし、言葉は出てくれない。
293 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/09/08(木) 01:12:12.26 ID:UKjfJNKo0
しかも、電話の相手もなにも言ってくれない。

気まずい沈黙。
少なくとも私にとってはこのなにもない『間』の時間というのは苦痛でしかなかった。

なにより怖かった。
このままなにも言わなかったら、中野さんは電話を切ってしまうのではないか。

それがすごくすごくすごく――怖かった。

私は叫んだ。
とっさに浮かんだ言葉を電話越しに思いっきりぶつけるように叫んだ。


憂「なにかしゃべってよ!」


……なんか、もう私ってただのイタイ奴なんじゃ……。

自分で自分の行いに呆れることはそんなに珍しいことではなかったが、しかし、今この瞬間電話越しの相手に呆れられるのは嫌だった。
電話越しの相手に呆れられて、電話を切られるのは――イヤだった。

梓「……そんなに大きな声出さなくても今からしゃべるつもりだったのに……」
294 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/09/08(木) 01:17:14.80 ID:UKjfJNKo0
いつもとなんら変わりのない口調で中野さんがため息をつくように言った。
なんだか、その声がひどく懐かしく感じた。
もちろん、こんな感覚は錯覚なのだけど、ではなんでそんな錯覚が起きるのかと言うと……。

なんでなんだろうね?

梓「やっほー。元気、憂?」

憂「……」

梓「なにか言ってよ。ていうかしゃべれって言った人がしゃべらないのは駄目でしょ?」

中野さんの言うとおりだったが、私はどうしようもなく口下手な人間だった。
それでも頑張って声を出した。

憂「……ぎゃふん」

梓「なに一人でまいってるの?」

めずらしく中野さんが的確なツッコミをした。
295 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/09/08(木) 01:23:28.97 ID:UKjfJNKo0
しかし、私は鈴木さんほど中野さんと漫才をしてないのでこれ以上会話は続きそうになかった。
でも、ここで会話が終わってはダメ。
私はなにかを……なにか大切なことを言わなければいけないのだ。

私をゴクリ、とツバを飲み込む。

これから言う言葉が正しいかどうかわからないけれど、それでも私はこの言葉を言わないといけない気がする。
いや、これは私が今彼女にもっとも言わなければいけないと感じている言葉なんだ。

だから言わなくちゃ。


憂「……ごめんなさい」


声が上ずっている。
細い、息だけを吐くようなそんな小さな声がひょろひょろと出た。
でも、これじゃあダメな気がする。
もう一度私は声を振り絞って、言葉を吐き出した。

憂「ひどいことを言って……ごめんなさい」

296 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/09/08(木) 01:32:04.52 ID:UKjfJNKo0
ここまでが私の限界だった。
これ以上は私の口から言葉が出てこなかった。
思いつく言葉はたくさんあったし、言いたいことも溢れるほどあるのに出てくるのはそれだけだった。

たぶん、今これ以上声を出したら――


梓「……いいよ」

いつもより優しい中野さんの声が、私の耳朶をくすぐった。

梓「特別に許してあげる」

憂「ぁ……」

梓「本当に特別なんだからね」

憂「うん……」

梓「それとね……」

今度は中野さんが黙ってしまった。
電話越しだから当たり前なのだけど中野さんの表情は見えない。
それでも緊張にも似た雰囲気が電話越しから伝わってきた。
それは普段の彼女には似つかわしくないような気がした。

梓「私も……ごめんね」


297 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/09/08(木) 01:40:00.30 ID:UKjfJNKo0
憂「……どうして、謝るの?」

梓「……うーん、だって私も憂を不安にさせたわけでしょ?」

私は思わず電話を落としそうになってしまった。
驚いたことに、彼女は私がどうしてあの時あんなことを口走ったのか、その理由をわかっていたのだ。
まったく……猫みたいにのんびり屋さんな人だと思ってたのに。
同時に猫のようにある種の敏感さを持っているなんて……。

憂「えっと……」

私は人に謝られる経験がほとんどない。
謝る経験ならわりとあるのだけど。
まあ、その謝るという行為は今回みたいな面と向かって言うものではなく、その場を取り繕う感じで言う場合がほとんどなんだけど。

梓「謝ってんだからなんか言ってよ」

憂「そ、そう言われても……」

呆れたようなため息が雑音を奏でた。

梓「いいよ! で、いいじゃん」

憂「……いいよ」

梓「ありがと」
298 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/09/08(木) 01:42:10.10 ID:UKjfJNKo0
今日はここまでにします
徐々に終わりに向かっていけるように頑張ります

ではまた
299 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/09/08(木) 01:43:34.23 ID:VE1v2YrFo
乙です
いつも楽しみに読んでます
300 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西・北陸) [sage]:2011/09/08(木) 02:28:31.78 ID:nWQzI7+AO
憂ちゃんそんなに怖がらなくていいんだよ乙
301 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東) [sage]:2011/09/08(木) 13:17:29.04 ID:5rKI5HDAO
唯が寮生活を始めた後はどうなるのか気になる
302 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西・北陸) [sage]:2011/09/15(木) 20:22:22.43 ID:9X3bcPpAO
憂ちゃん可愛いよ支援
303 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/09/17(土) 01:01:25.36 ID:0Gap/jZV0
久々に再開します
304 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/09/17(土) 01:12:01.60 ID:0Gap/jZV0
憂「はああぁ〜」

私は思わず安堵のため息をこぼした。
肩にずっとのしかかっていた重荷がとれたみたいだった。

梓「……なに? なんでため息つくの?」

憂「安心したから」

私は言った。
その言葉は驚くほどあっさりと出てきた。
305 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西・北陸) [sage]:2011/09/17(土) 20:22:58.37 ID:cnv5t6oAO
きたー!
306 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(岩手県) [sage]:2011/09/20(火) 23:04:31.92 ID:TdIVkWiwo
こねー!
307 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西・北陸) [sage]:2011/09/27(火) 00:49:04.68 ID:npZQCvOAO
あれから10日…そのうち来ることを願って支援
308 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sagesaga]:2011/10/04(火) 23:30:22.30 ID:KP0+2puSO
再開しますで、たったの1レス

やる気ないんじゃねーの
309 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/10/04(火) 23:33:39.36 ID:6QnSL5RCo
やる気なくてもいいじゃない

にんげんだもの
310 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西・北陸) [sage]:2011/10/06(木) 21:40:18.34 ID:sQfLEX1AO
そういえば今までは毎回終了宣言してたのに今回は何も無しだったな…
いや、まさかな…
311 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2011/10/07(金) 08:27:50.54 ID:Z6EiDyNp0
憂が幸せになるまで寝れない…!
312 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/10/10(月) 02:03:51.71 ID:H7OWB5RZ0
再開します。
313 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/10/10(月) 02:06:11.77 ID:H7OWB5RZ0
梓「なんか、やっぱり憂って変だよね」

憂「そ、そうかな……」

少なくとも中野さんには言われたくはなかったが、彼女の言っていることはきっと正鵠を射ているのだろう。

梓「純からはなにか連絡来た?」

憂「……まだ」

中野さんとはなんとか仲直りできた。

でも、まだ鈴木さんとは話どころか連絡すらとっていない。
勇気が出てこなかった。
鈴木さんに電話をかけたりメールを送ったりする勇気が私にはまるでなかった。
314 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/10/10(月) 02:12:26.08 ID:H7OWB5RZ0

梓「まあ、大丈夫だよ。純なら明日にはケロっとして普通に憂に話かけてくるよ」

憂「うん……」

そうはうなずいても、イマイチ不安はぬぐえない。

梓「憂はなにかにつけて後ろ向きに考えすぎだよ。もう少しポジティブにならなきゃ」

憂「うん……」

梓「もし、憂が本当に心の底から悪いと思ったんなら、謝ろ?
それで許してもらおう?」

憂「……」

私が放った言葉はたぶん、本当にひどい言葉だったんだろう。
だから、謝らなければならない。
315 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/10/10(月) 02:15:49.46 ID:H7OWB5RZ0

だけど、そういうこと以上に私は単純に……

そこまで考えたあたりで急に顔が熱くなって、私はかぶりを振った。

憂「うん……明日……」


憂「あやまる」


梓「そうそう、さっさと謝って、さっさと仲直りしちゃおう」

それから数十分程度話して、中野さんとの電話を終えた。

こんなに中野さんと電話で長く会話をしたのは初めてかもしれなかった。
316 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/10/10(月) 02:17:30.06 ID:H7OWB5RZ0

だけど、そういうこと以上に私は単純に……

そこまで考えたあたりで急に顔が熱くなって、私はかぶりを振った。

憂「うん……明日……」


憂「あやまる」


梓「そうそう、さっさと謝って、さっさと仲直りしちゃおう」

それから数十分程度話して、中野さんとの電話を終えた。

こんなに中野さんと電話で長く会話をしたのは初めてかもしれなかった。
317 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/10/10(月) 02:18:18.61 ID:H7OWB5RZ0
>>316ミスです。連騰してしまいました
318 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/10/10(月) 02:23:27.00 ID:H7OWB5RZ0

憂「あやまる」

私は口に出して言ってみた。
実際に口にしてみると、決意がより一層固まる気がした。

いや、でも、なにか違う。
なにか、違う気がする。
どうせなら、もう少し考え方を変えてみよう。

梓『憂はなにかにつけて後ろ向きに考えすぎだよ。もう少しポジティブにならなきゃ』

その通りかもしれない。
中野さんの言うとおり、もう少し前向きというか、前方向に物事を考えてみよう。
319 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/10/10(月) 02:30:23.93 ID:H7OWB5RZ0

憂「あやまる……」

そうじゃなくて、

憂「……じゃなくて、仲直りする」

しっくりくる表現がようやく見つかって私は満足した。

憂「仲直りする」

ケータイを当てていた右耳の暖かさに浸りながら、もう一度私は誰に言うでもなく呟いた。
320 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/10/10(月) 02:46:11.12 ID:H7OWB5RZ0




普段から早起きの私がさらに十分早く起きて、お弁当を作った。


自分の分。
お姉ちゃんの分。
中野さんの分。

そして、鈴木さんの分。


一通りのお弁当の用意をすまして、お姉ちゃんを起こしたあと、二人で朝食をとった。

唯「なんだか今日の憂はよくわかんないけど気合入ってるように見えるなあ。
  なんでだろ?」

ちょうど玄関で靴を履いている私のうしろで、お姉ちゃんはそんなことを言った。

321 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/10/10(月) 02:55:35.81 ID:H7OWB5RZ0

たぶん、お姉ちゃんは私がどうして急にそんなことを言い出したのかなんてわからないだろう。
たとえお姉ちゃんじゃなくても唐突すぎて私の言動の意味などわからないだろう。
私自身もなんでこんなことを急に言い出したのかはわからない。

まあ、おそらく、これがいわゆる『ノリ』というものなんだと思う。

とにかく声に出すこと――第三者に声に出して伝えるのが大切。
これを教えてくれたのはたしかあの人だ。

とにかく。



今日一日、私はガンバります。


322 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/10/10(月) 03:08:42.54 ID:H7OWB5RZ0



朝の学校。
なぜか今日にかぎって教室に来ている人が少ない。
もちろん、私が普段よりも早く学校に来ているせいもあるのだけど。
それにしたって来ている人が少ない。

ていうか、よくよく考えれば早く来すぎたかおもしれない。
鈴木さんの今までの登校の時間は遅刻寸前とまではいかないまでも、ホームルームが始まる十分前ぐらいにしか来ない。

わざわざお姉ちゃんにまで早起きしてもらっておいてなんだけど、今回は気合が空回りしてしまったみたい。
ごめんなさい、お姉ちゃん。

それでも。

まだ若干慣れてないその古びた校舎の教室で、私は机に座って待ち構えていた。

鈴木さんを。

憂「……」

鈴木さんが教室に入ってきたら、すぐに声をかけよう。
大丈夫。
今日の私は普段の私とはほんのちょっぴり違うんだ。

違う気がするんだ。
323 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/10/10(月) 03:29:29.54 ID:H7OWB5RZ0
しばらくすると少なかったクラスメイトも増えてきた。

途中、入口から入ってきた中野さんと目があった。
中野さんは『あえて話しかけてはこなかった』。
それでも目線で、なんとなく私のことを応援してくれているのはわかった。

それが心強かった。

それでも時間の経過とともに冷や汗が背中を伝ったり、無駄に手汗をかいたりしてしまった。

いつもの鈴木さんならおそらく来ているであろう時間になっても彼女は来ない。

けれども心臓は早鐘のように打っていた。

動悸がする。
目眩がする。
息が切れる。
誰かなんとかして。

そう思いながらもじっと鈴木さんを待ち続けた。


そして、鈴木さんは遅刻ギリギリの時間になって、ようやく教室に入ってきた。
324 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/10/10(月) 03:37:06.51 ID:H7OWB5RZ0
ようやく来た。
実際に待っていた時間はそれほど長くないかもしれない。
それでも、私の感覚としては恐ろしいほど長い時間に感じられたその待ち時間がようやく終わった。

今日は私から声をかけよう。
いつもは必ず鈴木さんから話しかけてくる。
けれど今日は私から話しかけるんだ。

人に話しかけることは誰にだってできるし、そしてそれは私にだってできるはずなんだ。

私は椅子から立ち上がる。
一瞬、足がもつれかけたけど気合で無理やり立つ。

あとは近寄って、なにか一言声をかければいい。


せめて、チャイムが鳴る前に一言でいい。

鈴木さんとしゃべらせてほしい。
325 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/10/10(月) 03:42:54.85 ID:H7OWB5RZ0
鈴木さんが自分の机に向かって、歩いていく。
鈴木さんの席は私の席よりもさらに教室の奥、つまり窓際にある。
鈴木さんが椅子に座る前に私は話しかけなければ。

顔が熱い。
背後で火が燃えているかのように、私は早歩きで鈴木さんのもとへと向かう。
心臓の鼓童がそのまま、教室全体に響いているのではないかと錯覚する緊張している。


でも、言うんだ。
しゃべるんだ。


目を合わせて。
相手の顔をきちんと見て。
大きな声で相手に聞こえるように。

話すんだ、鈴木さんと。


憂「鈴木さ――」
326 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/10/10(月) 03:46:47.93 ID:H7OWB5RZ0
だが、結果として私の言葉はナイフで切り捨てられたかのようにそこで途切れてしまう。

だって……


鈴木さんは声をかけるどころか、目すら合わせてくれない。
明らかに私を無視しているとわかる目のそらし方で明後日の方向を見て。
そのまま、私を視界にすら入れず横切った。

なにが起きたのか理解できなかった。

本気で自分がおかしくなってしまったのかと思った。


憂「……」


結局私が我に帰ったのはチャイムの音が鳴ってからだった。
327 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/10/10(月) 03:47:55.15 ID:H7OWB5RZ0
今日はここまでにします
ここのところ全然更新できなくてもうしわけない。
ちょっとここ最近忙しいため、これからも更新は不定期になります

しかし必ず終わらせるんでよろしくおねがいします
328 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/10/10(月) 10:28:18.90 ID:C9hm3KI9o
329 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東) [sage]:2011/10/10(月) 11:04:43.05 ID:4+EzgKrAO
おつ
330 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/10/10(月) 11:17:01.09 ID:0nrLIwwMo
乙でした
331 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西・北陸) [sage]:2011/10/10(月) 13:46:06.21 ID:of0LJ9ZAO
憂ちゃんの心を折るとは鈴木いい度胸だな…
自由に待ってます乙
332 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/10/22(土) 18:56:18.35 ID:A8N/OvZ3o
楽しみに待ってるよ
作者不在落ちが3ヶ月から2ヶ月に変わったから気をつけてね
333 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/10/30(日) 02:11:31.17 ID:Ff4DnDSe0
ここで唐突にだけれど、ひとつ私のダメさかげんがよくわかる話をしよう。

私がまだ中学生のころの話だ。

私が中学二年生のとき、ちょうど授業体育の種目がソフトテニスだった。
テニスというスポーツはやったことのある人間ならわかると思うのだけど、なかなか難しい。
単純にラケットでボールを打って、相手に返してポイントをとるというスポーツと言えば簡単なのだけど(ていうかこんな説明する必要はないか)
素人どうしがやると、まるで形にならないのだ。

適当に力任せで打っても、ボールはコート内に入らないし。
そうかと言って力加減を誤ればボールはネットすら越せない。

最初のサーブをサービスエリアに入れることさえ、スポーツが不得手な人からすれば不可能とまでは言わないまでも、困難と言っていいレベルなのだ。
334 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/10/30(日) 02:12:35.70 ID:Ff4DnDSe0

まあ、テニスの難しさについてはそれほど重要ではない。
当時、私たちのテニスの授業はまともに基礎も教えてもらえないまま、試合ばかりをするという非常にいいかげんなものだった。
もちろん、ダブルスのペアも適当だ(毎回、授業ごとに変わる)。

ちなみに自慢ではないが、私はテニスの才能があったのか部活に入っている人たちとも十分にラリーができる実力をもっていた。

なので基本的な練習についてはなんの問題もなかった。

あくまで練習については、なのだが。

先に述べたとおり、この授業のほとんどは試合が占めている。練習時間なんてほとんどない。

そして試合はダブルスである。
335 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/10/30(日) 02:13:31.69 ID:Ff4DnDSe0


ダブルス。

これまた、やったことのある人ならわかるのだろうけど、このダブルスというのは私のような人間からすると最早ほとんど拷問に近い。
まともに話したことのない人間とペアを組んでテニスをする。

自分がミスをすれば、申し訳なさと気まずにハサミうちにされる。
かと言って、ペアがミスをしたところでなんと声をかければいいかわからない私は、これまた気まずくなる。

そうなのだ。

ダブルスという競技はとにかく気まずいのだ。

特に私のような対人恐怖症のカタマリみたいな人間には。
336 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/10/30(日) 02:14:21.33 ID:Ff4DnDSe0

そして、このとき私に最も恐れていたことが起きた。

なんと、私は私のクラスで一番キツイ性格をしている女の子とペアを組むハメになった。
普段ほとんど話したことはないが、彼女のうわさについてはクラス事情に疎い私でさえ様々な話を聞いていた。

なにより彼女はテニス部でエースを務めていた。
その上、授業中でもペアがミスをすれば舌打ちに始まり、罵詈雑言を浴びせるというとんでもない人だった。
もちろん、私はそんな人間とテニスをする勇気がなかった。

私はその体育の日、仮病を使って休んだ。

ああ、休んだとも。
337 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/10/30(日) 02:14:51.98 ID:Ff4DnDSe0

……。

なぜかはわからなかったけど、ふと私は数学の授業中にそのことを思い出していた。

基本的に私は真面目だ(自分で言うなとかいうツッコミは勘弁してください)。
なので、授業中は板書はするし先生の話も聞くのだけど今日は全然授業に集中できない。

気づくと、窓際の鈴木さんの席にばかり目線が行ってしまう。

なんでだろう?
わからない。

背中を火であぶられているような、そんな危機感のような焦りが私を落ち着かせなかった。
足を組み替えたり、ペン回しをしたり、お姉ちゃんの顔を思い浮かべたりしてみたけどやっぱりダメだ。
338 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/10/30(日) 02:15:49.92 ID:Ff4DnDSe0

ふと、中野さんの方を見ると偶然なのかそれともこちらの様子をうかがっていたのか、目線があった。

本気でどうしたらいいのかわからない。
私は正直なところどこかで楽観していた。
あっさり、鈴木さんと仲直りできると思っていた。
そして、あっさりと元通り、お昼ごろにはいつものように三人でお弁当を食べていると思っていた。

ケンカなんてしたことないからどうしたいいのかわからない。
そもそも、今のこの状況がケンカと呼べるものなのかもわからない。

「わからない」だらけだった。

気づいたらもう四限目の授業が終わりに差しかかっていた。

どういうことか、ノートに水滴が落ちてシミができていた。

もしかしたら、と思って視線を鈴木さんから窓の向こう側に移す。
雨が降っていた。
朝はあんなに快晴だったのに。


……だから私のノートも濡れちゃったんだ。
339 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/10/30(日) 02:41:18.45 ID:Ff4DnDSe0
チャイムが鳴った。

教室全体に漂っていた気だるげな雰囲気に、昼休み特有の和気あいあいとした活気が現れ始める。
もっとも、私と言えば、そんな空気に逆らうかのようにどんよりとした面持ちをしていた。
鏡を見なくてもそんなことはわかった。

そして――

鈴木さんが席を立つ。
顔を俯けているので表情がわからない。
どこへ行くのかは検討もつかないけれど、それでも私のところへは来ないだろうことは容易にわかった。

どこへ行くの?
そう聞きたかった。

一瞬だけ中野さんの方をうかがったけれど、彼女は彼女でどうしたらいいのかわからないと
眉を困ったように曲げるだけだった。

340 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/10/30(日) 02:45:47.76 ID:Ff4DnDSe0
朝にお弁当と一緒にこさえた私の決意は、鈴木さんに無視された時点で掻き消えていた。

もう三人で一緒にお弁当を食べることはないのか……

憂「……っ」

顔が熱くなって、視界がにじむ。
鼻の奥がツンとして意味がわからなくなる。

憂「……ゃだ」

無意識のうちにうわずった声がこぼれた。
まるで小さな隙間からはい出るように漏れた声は、泣いているかのようだった。

憂「い、やだよ……」

私は机に突っ伏して顔を隠した。

ああ、そうだ。

私は今すごく悲しいんだ。
三人でご飯を食べられなくて。
鈴木さんや中野さんにお弁当を食べてもらえなくて。

今さらになって私はそんな分かりきった答にたどり着いた。
341 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/10/30(日) 02:58:01.63 ID:Ff4DnDSe0
梓「憂」

中野さんの声が上から降ってくる。
たぶん、私の隣にいるんだろう。
でも、私は顔をあげることができない。

梓「今から純のところに行こう。私もついて行くから」

憂「……」

中野さんが協力してくれるなら――とても心強いだろう。
でも、それでいいのか。

梓「純と仲直りしよう。
  純だって本当は憂と仲直りしたいはずだよ?
  本当は純だって憂に謝りたいし、憂と仲直りしたいはずだよ。
  私も憂についていくからさ、頑張って仲直りしよう?」

憂「……」

雨の音が妙に耳につく。
胸の奥深くでくすぶっている正体不明のなにかを煽るのはなんだろう。
342 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/10/30(日) 02:58:50.42 ID:Ff4DnDSe0

……わからない。
わからないけれど。

憂「……ううん」

私は顔をあげた。
自分がすごくひどい顔をしているのはわかっている。
それでももう負けたくなかった。
逃げたくなかった。

憂「……ひとりで行く」

梓「……憂?」

中野さんが心配げに私の顔をのぞき込んだ。
中野さんの猫目には今にも崩れてしまいそうな、弱々しい表情をした私が映っている。

憂「おねがい」

私は言った。

憂「大丈夫だから――ひとりでできるから、鈴木さんと仲直りしてくるから――」

梓「……うん!」

それ以上はうまく言葉にできなかったけど、それでも中野さんは笑顔で私の背中を文字通りバンっと叩いて後押ししてくれた。
343 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/10/30(日) 02:59:32.89 ID:Ff4DnDSe0
今日はここまでにします

344 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/10/30(日) 03:30:32.25 ID:xPV/gmh5o
乙でした
345 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西・北陸) [sage]:2011/10/31(月) 22:22:40.38 ID:e/rs6ckAO
乙!!憂ちゃん幸せになってくれー
346 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です) :2011/11/11(金) 01:16:40.51 ID:cIjW5gKm0
再開します
347 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です) :2011/11/11(金) 01:20:24.00 ID:cIjW5gKm0
普段の私だったら絶対に廊下を走ったりはしないだろうけど、今回だけはほとんど全速力で走った。
途中先生と思わしき人に叱られた気がしたけど、もちろん無視した。
今はただ、鈴木さんに会って、そして話したくてしかたがなかった。

鈴木さんがどこに行ったのかはさすがにわからなかったから闇雲に私は走り回った。
闇雲に彼女を探した。

どれぐらい時間が経過したのかはわからなかった。
しかし、ようやく私は彼女を見つけた。
いつもとは違ってすごく寂しげな背中がテクテクと体育館に向かって歩いていくのが見えた。


それはちょうど私が、校舎から出たあたりのことだった。

鈴木さんは傘をさしてなかった。
すでに彼女の制服の肩の部分は雨で変色していた。

私自身も傘はもっていない。
そんな発送はこれっぽちも浮かばなかった。


憂「鈴木さん!」


自分でも驚くぐらいハッキリと声が出てきた。
普段の私だったら人の視線(たとえば今みたいに校舎の入口付近でお弁当を食べている集団のものだったり)を
気にして声なんて出せなかっただろうけど。

今回は特別だった。
348 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です) :2011/11/11(金) 01:25:08.99 ID:cIjW5gKm0

鈴木さんの背中がびくっとなる。
もう一度私が呼び止めようとしたときだった。
突然、鈴木さんが全速力で走り出した。

なんで逃げるの!?

そう叫びたかったけど、それよりも先に私の足は地面を蹴っていた。




ただ、逃走劇じたいは三十秒もかからずに終わった。
はっきり言って私の方が足が速い。
もともと私が女子にしてはかなり足が速いというのと、そうでなくても鈴木さんの足は決して女子ということを
考慮してもそれほど速くないということで、あっさり彼女を捕まえることができた。
349 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です) :2011/11/11(金) 01:27:51.76 ID:cIjW5gKm0

ちなみに捕まえたというのは、私が鈴木さんの手をつかんだということだ。

憂「……」

しかし、困った。
ここに来て私はなにを言えばいいのかわからなくなってしまった。
というより、もとからなにを言うのか考えていなかったというのが正しいだろう。

純「……」

そして鈴木さんも鈴木さんでなにも言ってくれないのだから、ことさら私は困った。
困り果てた。
なにより、私は私から逃げる鈴木さんの腕を掴んでこそはいるが、だからこそ彼女の後ろ姿しか未だに見ていないのだ。

鈴木さんの表情が見えない。
なにを考えているのか、なにを思っているのかわからないのだ。
350 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です) :2011/11/11(金) 01:29:17.63 ID:cIjW5gKm0

それに私は人とケンカをした経験がない。
当然仲直りのしかたなんてなにも知らない。

憂「……ごめん、なさい……」

だから、私はそう言うのが精一杯だった。
それ以上は言葉は出てきてくれなかった。

頭では数え切れないほどの言葉が煮えたぎるように湧いていたのに、それを口にすることができなかった。

雨の音だけが、今この二人の空間を埋めてくれるものだった。

351 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です) :2011/11/11(金) 01:34:44.43 ID:cIjW5gKm0


純「う、い……」

そう、鈴木さんの声がしたときには、私も彼女もすっかり雨びたしになってしまっていた。

ただ、私はすっかり沈黙に耐え切れず顔を伏せてずっと雨に濡れていく地面を見ていた。
緊張しているのか、鈴木さんの腕をつかんでいる手は汗ばんでいた。
こめかみを伝っている雨粒にはきっと冷や汗のようなものが混じっているだろう。
それに雨に打たれて寒かったからか、鼻の奥がくしゃみをする一歩手前のようにツンとして、ムズムズした。

それでも気配で彼女が私を振り返ったのだけはわかった。

私は恐る恐る顔をあげた。

私の予想していた鈴木さんの顔はどこにもなかった。


352 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です) :2011/11/11(金) 01:35:27.04 ID:cIjW5gKm0


私は鈴木さんは怒っているものだとばかり思っていた。

私が呼び止めたら鈴木さんは逃げたのだ。
それは私に対して腹が立っていて、ゆえに私の顔なんて見たくなかったから……だから彼女は私から逃げたのだと思った。

だけど、私が実際に見た鈴木さんの顔からはとても怒りや憤りのようなものを感じられなかった。
しいて言うなら、鈴木さんの顔は家の壁で爪とぎをしたのを飼い主に見つかった猫のそれだった。

いや、それどころか今にも泣き出してしまいそうなそんな危うささえ漂わせていた。

一瞬、雨による錯覚なのかと思ったけどそれこそ錯覚だとすぐに理解した。

だって鈴木さんは本当に泣き出したのだから。

目尻から大粒の涙を雨粒と一緒に流して。
353 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です) :2011/11/11(金) 01:37:28.59 ID:cIjW5gKm0


それからは、なぜか私が鈴木さんをなだめることになった。
もっとも私は泣いている人のなだめかたなど知らないので、しもどろになっていだろうけど。

それでもできるかぎり頑張って、鈴木さんに泣かないでなど、なんだの色々言ってみた。

鈴木さんは鈴木さんでなんで自分が泣いているのかわからないかのように、戸惑いながら、

純「な``んでわだしないでんだろ……うううううぅ……」

みたいなことをわめいていた。

354 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です) :2011/11/11(金) 01:39:29.61 ID:cIjW5gKm0
今日はここまでにします。


それはそうと今日はあずにゃんの誕生日なんですね。
全然今日のレスには出てきてないけど……ハッピーバースデーおめでとー

じょじょにですが終わりが見えてきました
また会いましょう
355 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です) [sage]:2011/11/11(金) 03:49:23.35 ID:rc3bnfDIO
楽しみにしてるよ
あずにゃんおめでとう
356 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(関西・北陸) [sage]:2011/11/13(日) 02:43:11.34 ID:ZmF0n++AO
乙乙!
純ちゃんの泣き顔ペロペロ
357 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です) :2011/11/20(日) 01:38:48.31 ID:twqUyrA40
再開します
358 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です) :2011/11/20(日) 01:39:29.42 ID:twqUyrA40
純「……その、申し訳ないです」

ようやく落ち着きを取り戻した鈴木さんは目と鼻の頭を真っ赤にして私に謝った。

鈴木さんが泣き止むのには思いのほか時間がかかった。

憂「うん……」

純「……」

憂「……」

純「……」

鈴木さんが泣き止んだら、そのまま私たちふたりは沈黙してしまった。
しかし、今回の沈黙に関して言えば、私はもう言うべき言葉をきちんと見つけていた。
ただ、いまいち踏ん切りがつかなかっただけ。

でももう、大丈夫。
359 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です) :2011/11/20(日) 01:47:09.38 ID:twqUyrA40

私は鈴木さんの赤く腫れた目を見た。
はっきりと目を合わせた。

憂「ヒドいこと言って……ごめんなさい」

声は少しだけ震えていたけど、それでも雨音にはかき消されることはなかった。

純「……」

鈴木さんはなぜかとんでもなく理不尽な人事を言い渡された平社員のような顔をした。

なにか私は間違ったことを言ったのだろうか?
いや、言ったのかもしれない。
なにせ私はケンカの経験がないのだ。

しかし、鈴木さんはそんな私の不安に反して頭を下げた。

純「私のほうこそ、憂の気持ちもわからずに……ごめん!」

憂「え? あ、いや……な、なんで鈴木さんが謝るの……?」

純「それは……」
360 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です) :2011/11/20(日) 01:51:02.99 ID:twqUyrA40

鈴木さんはばつが悪そうに目を反らした。

純「あのさ、実はあの日……」

あの日というのは、もちろん私が例のハンバーガー屋で鈴木さんと中野さんに『キレた』日のことだろう。

純「……憂が店を飛び出したあと、梓に相談したんだ。
  なんで憂が怒ったのか、私には全然わかんなかったから」

憂「うん……」

純「最初は梓もわかんなくて結局わけもわからないまま家に帰ったんだ。
  それで、たまたまあの日はお父さんもお母さんもいなかったから一人で……。
  そしたらなんか不安になっちゃったんだよね」

憂「不安?」

純「うん、その……」

いつの間にか目や鼻どころかほっぺまでほんのりと赤くして鈴木さんは言った。
361 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です) :2011/11/20(日) 02:00:14.69 ID:twqUyrA40

純「もう憂としゃべれなくなったらどうしよう……って思って」

鈴木さんは思いっきり鼻をすすった。
心なしか声が上ずっているように聞こえたのは気のせいではないと思う。

そんな鈴木さんとは対照的になぜか私は口元は緩んでいた。

純「……そう思ったら悲しくなって……とりあえずまた梓に電話したんだ。
  そしたら、梓がどうして憂が怒ったのかわかった気がするって。
  それで実際に教えてもらったの」

憂「うん……私ね、あのとき二人と話してて……急に不安に、なったんだ……」

自分がどうして怒ったのかを話し出そうとして、しかし羞恥心にも似た気持ちが湧いてきて思わず言葉がつっかえる。
それでも、鈴木さんがきちんと私に事情を話してくれた以上、私も話さなければいけないと思った。
だから、私はつまりながらも、必死に言葉を探した。
362 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です) :2011/11/20(日) 02:07:44.72 ID:twqUyrA40

憂「中野さんにお姉ちゃんをとられるんじゃないかって。
  それに、なんでかわからないけど……」

急激に顔に血が昇り始める。
はっきりと顔が熱を帯びていくのがわかった。

憂「二人においてけぼりにされる気がして……」

純「おいてけぼり……?」

鈴木さんが小首をかしげ、細い眉がぴくりとはねた。

憂「うん……おいてけぼり……」

うまい表現が見つけられなくて私はもう一度繰り返した。
鈴木さんにはなんとなく伝わったらしく、唇のはじっこを持ち上げて、

純「私と憂と梓は友達なんだから、おいてくわけないじゃん」
363 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です) :2011/11/20(日) 02:08:36.01 ID:twqUyrA40

視界は滲んでいて、目の前にある鈴木さんの顔はぼやけてしまっていた。
それでも、鈴木さんが私に微笑みかけてくれているのだけはわかった。

憂「う”ん……ぁりっ……」

『ありがとう』と言いたかったけど、言葉は涙と一緒に流されてしまった。
そんな私を鈴木さんがやさしく抱きしめてくれた。

授業時間はとっくにすぎているのだろうけど、もうそんなことはどうでもよかった。


364 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です) :2011/11/20(日) 02:12:03.47 ID:twqUyrA40


梓「かくして二人は仲直りしたんだね」

純「まあ、そういうわけ」

憂「うん」

私たちはすっかり溜まり場となっている例のハンバーガー屋に来ていた。
相変わらず閑散とした店内では私たちの声は、いささか大きいのかよく響いた。

梓「一時はどうなるかって思ったけど……よかったよかった」

中野さんはしきりにうなずいた。

純「うんうん」

鈴木さんも茶化すように首を大きく縦に振って同意した。

二人ともどこかふざけたように言っているけれど、たぶん心から安心しているのではないのかな、と思う。

だって、私が……そう、だし。
365 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です) :2011/11/20(日) 02:15:30.07 ID:twqUyrA40

……二人もそうだよね?


ふと、ポテトを頬張る中野さんとなくなりかけのジュースを必死にすすっている鈴木さんを見て私は二人になにかをしたくなった。

しいて言うならお礼とか……いや、でも……
と、そこまで考えたあたりで唐突に私は思いついた。

憂「あのね……」

これが果たして二人に対するお礼(あるいはお詫び)になるのかと尋ねられると困るのだけど、私はあえて思いつきを口にしてみた。

憂「中野さん、鈴木さん」

二人が同時に私を見る。
私は深呼吸をしてから言った。

憂「私……鈴木さんの言ってた『作戦』を実行しようと思うの」
366 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です) :2011/11/20(日) 02:19:17.66 ID:twqUyrA40



憂「……」

しばらく走らせていたペンを止めて、私は伸びをした。
一時間近く椅子に座っていたせいか、身体の筋肉が強ばっていた。

改めて作戦確認。

鈴木さんがいつか私に提案した作戦というのは、以下のようなものである。

お姉ちゃんにとってもうまいご飯を作って食べさせてあげる。
うまいご飯は人の気分をよくさせるらしいので、告白の成功を高めるであろうから。
そして、この際には私の決意を鈍らせないようにお姉ちゃんの友達や、鈴木さんたちを食事の席に呼んでおく。
いわゆる排水の陣っていうところだろうか?

……改めて振り返るほどの作戦でもない気がする。
ずさんを通り越して、もはや作戦にすらなっていないような……

それでも、私は私のためにこの作戦を考えてくれた彼女たちに本気で感謝したいと思った。
367 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です) :2011/11/20(日) 02:20:06.98 ID:twqUyrA40

それは先ほど、中野さんとの電話で鈴木さんの意気込みについて聞いたから、という理由もあった。

梓『純が考えた作戦ってすごく雑だけど、これでもすごい真剣に考えてたんだよ』

憂『うん……』

梓『それとね。
  これは私の予想なんだけど、この作戦を考えたのってただたんに憂のためにってだけじゃないと思うんだ』

憂『……どういうこと?』

梓『きっと純は憂が好きだからこそ、今回の作戦を提案したんだと思うんだ』

憂『……』
368 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です) :2011/11/20(日) 02:20:42.04 ID:twqUyrA40

梓『憂のためにそういうことをするっていうのは、憂ともっと仲良くしたいと思ったからじゃないのかな』

憂『……』

梓『というか、それに近いことを言ってたしね』

憂『うん……』


憂「……うん」

鈴木さんが私のためを思って、今回のことを計画してくれたのにあの日の私はなんてヒドイことを言ったのだろう。
思い出すだけでも、胃がキリリと痛むようだった。

でも、だからこそ、今回の作戦を実行しようと思ったのかもしれない。

私は休めていたペンをもう一度力強く握って、再び『ソレ』を書き始めた。

369 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です) :2011/11/20(日) 02:21:24.07 ID:twqUyrA40
今回はここまでにします

本当に更新が遅くて申し訳ないです
それでも完結は確実にさせるので、よろしくです
370 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(兵庫県) [sage]:2011/11/20(日) 02:40:16.39 ID:gTs2eKl3o
おつおつ
待ってるから自分のペースでね
371 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です) [sage]:2011/11/20(日) 03:23:02.87 ID:qtStLsLIO
楽しみにしてるのでゆっくりね!
372 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(長屋) [sage]:2011/11/20(日) 03:38:14.05 ID:UHq4WpA1o
おつ!
373 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です) [sage]:2011/11/20(日) 04:24:02.58 ID:kt2wxoI+o
乙です
374 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/11(日) 21:48:03.77 ID:rPSZGnj50
更新まだー
375 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/14(水) 12:45:34.84 ID:hI6XtZ1AO
今日は寒いし早く切り上げて憂ちゃんとお鍋でも囲んでぬくぬくしよっかな
376 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) :2011/12/16(金) 01:00:24.91 ID:L89p8Q6g0
さいかいします
377 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) :2011/12/16(金) 01:00:58.52 ID:L89p8Q6g0


音楽準備室に行くのはこれで二度目になる。
あのときは状況に流されて仕方がなく、この場所を訪れた。

でも、今回は状況に流されたわけでもないし、いやいやでもない。

自分の意思でここに来た。

ノックをしてから間延びした返事を聞いて、そして扉を開ける。
古く寂れた蝶番の音は、さながら私の緊張を代弁しているかのようだった。

扉を開けてまっ先に目に飛び込んできたのは、軽音部の部長さんである田井中律さんだった。
378 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) :2011/12/16(金) 01:01:31.59 ID:L89p8Q6g0

律「唯……?」

田井中先輩は椅子に座った状態でからだだけをこちらにむけた。
よく見るとほっぺに生クリームのようなものがついている。

澪「……?」

紬「唯ちゃん、じゃない……?」

憂「……」

おっとりとした感じの琴吹先輩と黒髪釣り目の秋山先輩も首をかしげる。

さて、ここで私とお姉ちゃんを間違えるということは、すなわちそれはお姉ちゃんがこの場にいないことを意味する。

しかし、髪型も顔もかなり似ているせいか、やはり間違われるらしい。
もっともそれでも彼女たちが違和感を抱いてしまうのは、身にまとっている雰囲気が圧倒的なまでに違うからだろう。
379 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) :2011/12/16(金) 01:02:04.34 ID:L89p8Q6g0

いや、そんなことはどうだっていい。
私は私だし。
こんな私にだって、私のことを思ってくれる友達がいるんだ。

私は大きく深呼吸をしてから口を開いた。

憂「妹の憂です」

言ってから、なんだかあまりに愛想に欠けている気がしてとりあえず、

憂「……姉がいつもお世話になっています」

ここまでは合格だ。
まさか、一度も噛まずに話すことができるとは思わなかった。
380 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) :2011/12/16(金) 01:02:32.44 ID:L89p8Q6g0

律「ああ、憂ちゃんか……」

本当に似てるな、とボソッと言ったのが聞こえた。

紬「唯ちゃんならさっき梓ちゃんとどこかに行っちゃったけど……」

知っている。
なにせ私が中野さんにお姉ちゃんをどこでもいいから、しばらく音楽準備室から引き離すように頼んだのだから。

憂「はい。あの、それで……」

問題はここからだ。
ここから先が重要であって、今まではすべて前振りだ。

381 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) :2011/12/16(金) 01:03:33.07 ID:L89p8Q6g0
手が汗ばんでいるのがわかる。
頭蓋骨をノコギリで切り裂かれているかのように、キリキリとした頭痛がする。
唇が震える。
動悸がする。
目眩がする。
息が切れる。

もう一回、深呼吸。

私はみなさんを見据える。

まるで挑むように。
まるで対峙するように。

私は言った。


382 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) :2011/12/16(金) 01:04:04.92 ID:L89p8Q6g0


憂「うん……それじゃあ、おねがいします……はい、おやすみなさい」

和ちゃん……和さんへの電話をすました私はリビングで、読みかけていた雑誌を再読することにした。

唯「うーいー、お風呂出たよー」

しばらく雑誌を読んでいると、お姉ちゃんが湯気を浮かべてお風呂から出てきた。
ああ、お風呂上がりでほんのりとピンク色に染まったほっぺのお姉ちゃん、かわいすぎる!

唯「なにしてるの?」

憂「うん……ちょっと料理のレパートリーを増やしたくて……」

唯「今でも憂っていっぱい色んな料理作れるじゃん」

憂「うん、まあ……」
383 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) :2011/12/16(金) 01:10:33.51 ID:L89p8Q6g0

私は曖昧にうなずいてお茶を濁す。
今ここで気取られるわけにはいかない。
まあ、お姉ちゃんは普段はのほほんとしているけど、けっこうカンが鋭い。

だから、私はあえて正直に言ってみた。

憂「もっとお姉ちゃんにおいしいご飯を食べてもらいたいから……」

唯「うーいー!」

喜ぶお姉ちゃんに抱きつかれて、私はそのままソファに倒れてしまった。

憂「お姉ちゃん」

唯「なあに?」

憂「楽しみにしててね」

唯「うん!」

お姉ちゃんの顔は私の首に抱きついているから、見えなかったけどそれでも笑顔を浮かべていることは想像にかたくなかった。


384 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) :2011/12/16(金) 01:11:56.41 ID:L89p8Q6g0


ついに本番当日。
計画してから五日。
ちなみに今日は金曜日。
そして今はちょうど学校から全力で帰宅したところ。

今回のこの作戦については色々と恵まれていた。

天候も。
皆さんの都合も。

アイディアも。

それに……。

私は隣を見る。

憂「よしっ……!」

現時刻四時一十六分。
企画開始時間は七時。

さあ、準備開始!


385 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) :2011/12/16(金) 01:12:31.59 ID:L89p8Q6g0



本番前日。

梓『私たちもできるかぎり協力するけど、それでも最終的には憂しだいだからね』

憂『うん……』

純『あのー』

梓『なに、純?』

純『私は本番当日なにすればいいっすかね?』

梓『私は先輩たちを家にまで連れていくだけだし……純はべつになにもしなくていいんじゃない?』

純『えー、でもなあ……』
386 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) :2011/12/16(金) 01:14:20.70 ID:L89p8Q6g0

鈴木さんが唇をとがらせる。
私はせっかくなので提案してみることにした。

憂『……一緒にご飯を作るのを手伝ってくれる?』

純『それナイスアイディア!』

梓『それだとなんだか私だけラクしてるみたいなんだけど』

憂『じゃあ三人で一緒につくらない?』

梓『たしかによく考えれば、私がわざわざ先輩たちを家まで連れていく必要ないもんね』

純『よし、じゃあ三人でがんばろ!』


387 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) :2011/12/16(金) 01:14:47.27 ID:L89p8Q6g0


とまあ、ごく自然な流れで現在、私、中野さん、鈴木さんでご飯を作っている。

梓「ねえ、憂。トマトの芯がうまく切れないんだけど」

憂「えーと……」

純「うううううぅ、目がいたいいいいい」

憂「だい、じょう……ぶ?」

梓「ていうか、ちょっとこれ熟しすぎじゃない? ぐちょぐちょになっちゃったんだけど」

憂「ごめん……」

純「鼻がぁ……つーんとして……ふぇ、ふぇ、ぶえっくしょん!」

憂「……」
388 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) :2011/12/16(金) 01:16:22.24 ID:L89p8Q6g0

もしかして一人で準備したほうがよかったかな?
冷や汗がこめかみを伝うのがわかった。

梓「純、ちょっと代わってよ」

純「後悔するなよおおおおおおおお」

憂「……」

でもまあ、なんだろう。

憂「……うん」

楽しい、かな?

389 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) :2011/12/16(金) 01:16:53.17 ID:L89p8Q6g0



結局、バタバタしまくったもののなんとか料理やその他諸々の準備はできた。
完成時刻は六時四十分。
三人で準備したのにも関わらず、かなりぎりぎりの時間になってしまった。

梓「あ! あと五分で唯先輩たち家につくって」

玉ねぎのみじん切りですっかり目をやられた中野さんがケータイを片手に言った。

純「ちょっと急がなきゃ……」

同じく慌てる鈴木さん。

390 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) :2011/12/16(金) 01:18:01.47 ID:L89p8Q6g0
今日はここまでにします
本当に更新遅れてごめんなさい

そういえば、けいおん!の映画公開したのにまだ行ってない・・・
早く行きたいです。

それではまた、今度はできるかぎり早く更新します
391 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/16(金) 02:04:56.14 ID:pOBkQQQAO
頑張る憂ちゃんは可愛いと思いました乙!
392 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/17(土) 01:37:39.94 ID:PWbZ05+Bo
俺も行ってないなあ早く行かないと乙
393 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/01/10(火) 23:46:01.43 ID:mAY7qJbQ0
さいかいします
394 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/01/10(火) 23:48:23.57 ID:mAY7qJbQ0
憂「そうだね」

とりあえず、私も先程よりもさらにペースアップする。

まあ、なにはともあれいよいよ本番!

395 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/01/10(火) 23:48:50.88 ID:mAY7qJbQ0



「「おじゃましまーす」」

田井中先輩を先頭に軽音部のみなさんがやってきた。

ちなみに来訪者は、

田井中先輩、
秋山先輩、
琴吹先輩、
お姉ちゃん、と幼馴染である和さんの五人。

憂「い、いらっしゃ……い?」

もちろん、今回のことについて計画したのは私であり、同時にこの家の人間でもある私はみなさんを出迎える義務がある。
しかし、友達とか人をまともに家に呼んだことがない私は、案の定声を上ずらせてしまった。

梓「……」

純「……」

廊下の角から見守る二人の視線が痛い。
396 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/01/10(火) 23:53:24.30 ID:mAY7qJbQ0

律「いやー、今日はわざわざ呼んでくれてありがと。
  ええと、なんだっけ……?」

澪「お食事会だろ?」

律「そうそう、それ」

和「軽音部のみんなはともかく……私もよかったのかしら?」

憂「う、うん……」

なんと言えばいいのか一瞬だけ考えてそして、すぐに口を開く。

憂「今日は私が呼んだから……」

もう一度深呼吸。

憂「今日は……来てくれて、本当にありがとうございます」


397 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/01/11(水) 00:07:16.44 ID:pKvkWxaW0


さて、ここまでの道のりにはそれなりの苦難があったわけだけど、私が企画したお食事会は特に問題もなく進んだ。
まあ、頼りになる二人がついているので。

もっともお食事会なんて言い方をしているけど、言ってしまえば私が作ったご飯をみなさんが食べて適当にお話しているだけなのだけど。
いや、作ったのは私だけじゃない。

紬「本当に憂ちゃんってお料理が上手ね」

律「唯、マジで私に憂ちゃんくれっ!」

唯「えへへ、ダメだよー。憂は私の妹なんだから」
398 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/01/11(水) 00:09:24.43 ID:pKvkWxaW0

澪「この料理は梓たちも作ったんだろ?」

純「このサラダのトマトは私が切ったんですよ。澪先輩」

ようやく私が胸をなで下ろしかけたところで、ふと視線を感じた。
感じた視線のぬしは中野さんだった。

中野さんは唇をすぼめて声に出さずに私に言った。

梓『そろそろいいなよ!』

憂「……」

純『が・ん・ば・れ』

鈴木さんまでもが私に視線をぶつけてくる。

そうだった。
うっかり楽しくて忘れかけていたけど、本当の目的は……。
399 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/01/11(水) 00:11:32.51 ID:pKvkWxaW0

とたんに、顔面に冷水でも浴びせられたかのように私の顔はこわばった。

唯「……どうしたの、憂?」

さすがお姉ちゃん。
私の変化にまっ先に気づいて質問してきた。

急激に動き出した私の心臓の音は、もはやリビングどころか家中にまで響いてそのまま破裂してしまいそうだった。
からだが沸騰して猛烈な勢いで、すべての血が顔にまで昇ってくるのがわかった。
かん高い耳鳴りがして、めまいに襲われる。

ダメだ。
告白なんてしたらそれこそ死んでしまう。
やめてしまったほうがいい。

いや、でも……。

ふと、不思議なことに中野さんや鈴木さんとの出来事がとんでもない勢いで脳裏に浮かび上がった。
一秒が永遠に引き伸ばされるかのように、鮮やかに映像がゆったりと頭の中を流れる。

なんだろう。
不思議と気づいたときには緊張や目眩から開放されていた。
400 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/01/11(水) 00:17:15.16 ID:pKvkWxaW0

私は言った。
ごく自然に。
さらりと。

憂「お姉ちゃん」

お姉ちゃんが首をかしげる。
そういえばみなさんは今日のお食事会がなんの目的が開かれたのか知っているのかな。
そんな疑問がよぎったけど、私は構わず言った。

憂「お姉ちゃん。大好きです」



401 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/01/11(水) 00:17:51.78 ID:pKvkWxaW0
今日はここまでにします

今更ながらこの前けいおん!の映画見ました
いつもどおりのけいおん!で安心しました
最高でした
402 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/12(木) 08:03:56.12 ID:6+uTxb6IO
はわわわ
403 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西・北陸) [sage]:2012/01/12(木) 21:48:28.67 ID:IGXnNRjAO
憂ちゃん大胆な子やでぇ…
404 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/01/16(月) 00:19:31.08 ID:wg1H/Icb0
再開します
405 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/01/16(月) 00:26:09.50 ID:wg1H/Icb0


純「なんかドッと疲れたよ」

梓「なんていうか、終わってみるとあっという間だったね」

憂「うん……」

夜空に散りばめられた星が妙に眩しく見えて、私は目を細めた。
私の両隣では鈴木さんと中野さんがうなだれていた。
はたして私はどうなんだろう。

ちなみに私たち三人はちょうど家を出たころだった。
上級生組はお姉ちゃんを含めて騒ぎ疲れてみんな寝てしまった(和ちゃんだけは先に帰宅した)。
明日は土曜日なので、せっかくなので三人で遊ぶことに。
406 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/01/16(月) 00:28:41.04 ID:wg1H/Icb0

まあ、とりあえず今日は各自の家に帰ることにするけど。

私は二人を途中まで送ることにした。

梓「いや、でも憂は頑張ったんだけどね」

純「なんだけどね……」

憂「……」

思い返すだけで顔から火が出てしまいそう。


407 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/01/16(月) 00:32:41.84 ID:wg1H/Icb0


憂『お姉ちゃん。大好きです』

言ってしばらくすると、急激に体温が上がっていくのがわかった。
しかし、今さら前言撤回なんてできない。
いや、するつもりもない。
ていうか、したらだめだ。

唯『……』

お姉ちゃんはキョトンとしている。

当たり前か。
408 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/01/16(月) 00:36:17.27 ID:wg1H/Icb0

妹に予告なく告白されたら、誰だってこうなってしまうだろう。

誰かが息を呑む音が聞こえた気がした。

お姉ちゃんがまばたきをする。
それから少し首をひねって明日の天気でも口にするように、言った。

唯『うん、私もだよ!』

次の瞬間、お姉ちゃんが私に抱きついてきた。
そのときの笑顔を見て、ようやくお姉ちゃんが私の告白をどのように捉えたのかを理解した。

唯『もう、憂ったらそんなことをわかってるよ〜』

猫にじゃれつくように私に頬ずりをしてくるお姉ちゃんを上から眺めて、鈴木さんと中野さんもなんとなく理解したらしい。
409 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/01/16(月) 00:43:55.05 ID:wg1H/Icb0


梓『まあそりゃそうだよね』

純『たしかに……』

田井中先輩たちはイマイチ状況が理解できないのか、首をかしげるばかりだった。

結論から言えば、私の告白はあっさりと失敗した。
けれども私は肩の重荷がとれるかのような開放感に口元をゆるめる。

お姉ちゃんに頬ずりされたほっぺの温かさを感じながら、私は私に協力してくれた二人に目配せした。


410 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/01/16(月) 00:45:52.78 ID:wg1H/Icb0


純「まあ、そりゃあ好きだって言われたからって、それがライクじゃなくてラブだなんてわかんないよね」

したり顔で

梓「なんていうか唯先輩らしいと言えば、唯先輩らしい気がするけど」

憂「うん、そうだね。お姉ちゃんらしいかも」

純「なんかあんまりショック受けてない?」

憂「……」

どうなんだろう。
結果として告白は失敗しているわけだけど。

411 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/01/16(月) 00:50:49.36 ID:wg1H/Icb0
憂「ううん。告白が成功しなかったのは残念……だった。けど」

けれど。
私は足を止めた。
少しだけふたりが前を歩いていたふたりも足をとめた。

憂「それでも私は嬉しかった」

梓「うん、憂はがんばったよ」

純「ほんとにね。きちんとお姉ちゃんに想いを伝えられたもんね。
  すっごい成長したよ」
412 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/01/16(月) 00:52:40.44 ID:wg1H/Icb0


憂「あ、う、うん……」

今さらながら、私はふたりにこそお礼を言わなければいけないことを思い出して、しどろもどろになってしまう。
急に恥ずかしくなって、私は思わずうつむいた。

あれ? おかしいな。
お姉ちゃんに告白したとき並みに顔が赤くなっている気がする。

いや、あのときはまだきちんと言葉にできたけど……。

憂「きょ、今日は……あ、ありがと……」

一瞬だけ二人は目をあわせた。
どうやら驚いているらしい。
あるいは、私がお礼を言ったのが意外だったのか。

413 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/01/16(月) 00:57:50.53 ID:wg1H/Icb0
梓「うん、どういたしまして」

純「なんか、さっきまで憂は少しは変わったと思ったけどやっぱり憂は憂だね」

素直にどういたしましてと言う中野さんに対して、鈴木さんは憎まれ口を聞いたかと思うと、私のそばによって肩をポンっと叩いた。

純「ま、いいんじゃないっ?
  これからの成長に期待ってことで」

憂「成長……」

私は成長できるんだろうか。
ていうか私にとっての成長ってなに?
414 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/01/16(月) 01:01:22.11 ID:wg1H/Icb0

梓「とりあえずここまででいいよ」

中野さんが言った。
どうやら見送りはここまででいいらしい。

純「じゃ、また明日」

梓「バイバイ」

憂「えっと……おやすみなさい……」

不意にふたりがにっこりと笑って近づいてくる。
両手をふたりに握られる。

憂「……?」

純梓「「おやすみっ」」

415 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/01/16(月) 01:05:46.76 ID:wg1H/Icb0
重なった私たちの影は名残惜しむように、ゆっくりとはなれる。
ふたりは私がなにかを言う前にかけだしてしまっていた。

私はなにか言いたかった。
でもなにを言いたいのかがわからない。
ふつふつと湧いてくる言葉をどんな形にしたらいいのかがわからない。

憂「あっ……」

ふと、鈴木さんに言われた『成長』という言葉を思い出す。
成長――成長ってなんだろう?

成長って前に進むことなんじゃないかな?

前に進んだら、その分だけ距離をかせぐってこと。
416 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/01/16(月) 01:12:19.95 ID:wg1H/Icb0

距離をかせぐってことはそれだけ距離が縮むってこと。

いつか夢がよみがえる。

私を大きく深呼吸をして、もうなんにも考えなかった。

ただ、そのまま不意に出た言葉を大きく叫んだ。

近所迷惑とかそういう面倒なアレコレを無視して。


憂「また、明日ね!」

中野さんが、鈴木さんがふりかえる。

ううん――

憂「梓ちゃん! 純ちゃん!」

すっかり暗くなった夜の中でも、ふたりが驚いている顔が見えた気がした。

417 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/01/16(月) 01:14:16.17 ID:wg1H/Icb0

エピローグ


窓の外を見てみる。
憂鬱な月曜日に陰鬱な雨が覆いかぶさるように降っていた。
朝から気分が少しだけ滅入る。

でも、不思議なことに窓ガラスにうつる私の顔は普段よりもずっと、鮮明で明るく見えた。

憂「雨、か……」

そんなことをつぶやきながら、私は支度をすましてドアを開けた。

憂「……」

ドアを開けた先の玄関。
そこで黄色い傘が浮いていた。
418 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/01/16(月) 01:16:09.33 ID:wg1H/Icb0

まあ、傘が浮いているというのは比喩で、実際には傘を指した人がいるだけなのだけど。

憂「おはよう」

純「……あれ? あんまり驚いてない?」

憂「ううん。驚いてるよ」

――純ちゃんは傘の下で、髪の毛をいじりながら私に向けて挨拶代わりに手をあげた。
どうやら、湿気のせいで髪の毛がいつもより爆発してるらしい。

純「あっ、憂。髪型変えたんだ」

いめちぇん。
今日から私はお姉ちゃんとはちがう髪型をすることにした。

長すぎた髪を切って。
お姉ちゃんと同じようにストレートそのままにしておいた髪は後頭部でしばることにした。

純「絶対にそっちのがいいよ。うんうん、いいじゃんいいじゃん」
419 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/01/16(月) 01:16:54.15 ID:wg1H/Icb0

素直に褒めてくれた彼女に私はどんな顔をしてるんだろう。
照れてほっぺを赤くしているのか、照れ隠しをするために唇を結んでるのか。

憂「ありがとう」

でもまあ、いっか。
まだまだ私は成長中。
私はここ数日で少し成長した。
だから、またこれからも少しずつ成長しよう。

純「じゃあ、梓をむかえにいこっか」

憂「うん」

ふと、私は隣を見た。
420 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/01/16(月) 01:21:38.60 ID:wg1H/Icb0

純「ん? なあに?」

憂「純ちゃん」

純「だからなあに?」

憂「ううん、なんにも」

純「変な憂」

憂「いーの」

そして私は大切な友達と雨の朝を歩きだした。




おしまい♪
421 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/01/16(月) 01:26:46.36 ID:wg1H/Icb0
ようやく終わりました
去年の夏から始めてここまでかかると思いませんでした。

ここまで見てくれた人ありがとうございました。

また、別の作品で会いましょう。
422 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/16(月) 01:27:57.20 ID:4OBr+mEso
おつかれさまでした! ほかほかしました
素敵なSSをありがとう
423 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/16(月) 02:03:33.67 ID:GSIXT5TDO
乙でした〜

ほんわかした雰囲気でよかったです
424 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/16(月) 11:36:51.33 ID:d37L1DcIO
よかったな
ほんとありがとう
お疲れ様です
425 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東) [sage]:2012/01/18(水) 09:33:35.40 ID:rPpOcQMAO
完結おめでとう
素敵なSSをありがとう
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