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梓「一緒に」 -
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1 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage saga]:2011/10/30(日) 00:12:31.40 ID:vLZ8LXsOo
――――――――――――――――
「……唯先輩って、好きな人はいますか?」
部室に人がいないと広く感じる。
いつもはゴチャゴチャしていると思っていたけど、
改めて見れば物自体は少ないことがわかる。
他の先輩たちは遅れるそうだけど、唯先輩は先に練習なんてしないはず。
二人でベンチに腰かけて、とりとめのない話をしていた、でも。
「おおぅ、本人の前で言わせるなんて。
あずにゃんってば、大胆。……言っちゃおうかなぁ?」
どうしてこんな話になったんだろう。
きっと、偶然二人きりになったから。
なんでもない振りをして、「言ってみてください」と返答した。
「えっとね、あずにゃんが大好き!
それからね、ういは本当によくできた妹で――」
一人分ほど距離を空け、私たちは座っている。
1.5 :
荒巻@管理人★
(お知らせ)
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少し暑くて少し寒くて @ 2024/04/25(木) 23:19:25.34 ID:dTqYP2V2O
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渾沌ゴア「それでもボクはアイツを殺す」 @ 2024/04/25(木) 22:46:29.10 ID:7GVnel7qo
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二次小説の面白そうなクロス設定 @ 2024/04/25(木) 21:47:22.48 ID:xRQGcEnv0
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1714049241/
佐久間まゆ「犬系彼女を目指しますよぉ」 @ 2024/04/24(水) 22:44:08.58 ID:gulbWFtS0
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全レスする(´;ω;`)part56 ばばあ化気味 @ 2024/04/24(水) 20:10:08.44 ID:eOA82Cc3o
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/part4vip/1713957007/
君が望む永遠〜Latest Edition〜 @ 2024/04/24(水) 00:17:25.03 ID:IOyaeVgN0
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笑えるな 君のせいだ @ 2024/04/23(火) 19:59:42.67 ID:pUs63Qd+0
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/aa/1713869982/
【GANTZ】俺「安価で星人達と戦う」part10 @ 2024/04/23(火) 17:32:44.44 ID:ScfdjHEC0
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1713861164/
2 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage saga]:2011/10/30(日) 00:14:52.75 ID:vLZ8LXsOo
「でね、のどかちゃんはちっちゃいころからずっと――」
返ってきたのはお決まりの答えだった。
いわゆる『みんな大好き』という答え。
でも、一番最初に『あずにゃん』と、私の名前を出したことはうれしかった。
「――はいはい、そう言うと思ってましたよ。
……私も好きです、唯先輩のこと」
「あずにゃ〜ん! おそろいだね、わたしたち」
飛びかかる彼女を避けることはせず、いつも通りに抱擁を受けいれた。
なんでもないように『好きです』と言ってみたけど、私の動揺は隠せた気がしない。
頬ずりをされながら、内心では二人の『好き』の違いに戸惑っている。
「暑苦しいです、離れてください」
おそろいだからといって素直に喜ぶことはできない。
私の『好き』と唯先輩の『好き』は違っているから。
3 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage saga]:2011/10/30(日) 00:16:35.34 ID:vLZ8LXsOo
「あらあら、お邪魔しちゃったかしら?」
扉が遠慮がちに開かれ、ムギ先輩がやさしい声と共に現れた。
はっとなった私に、「どうぞ続けて」という言葉を投げる。
「違うんですムギ先輩! これは唯先輩から――」
「違わないよあずにゃん、私たちの仲だもんね〜」
ムギ先輩は静かに横を通りながら、「それじゃごゆっくり」と笑顔を向ける。
唯先輩は「了解しました!」なんて言うものだから、
私の抵抗もあえなく終了となった。
「もう! 離れてくださいよ」
4 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage saga]:2011/10/30(日) 00:17:32.53 ID:vLZ8LXsOo
部室にはカチャカチャという音がひびいている。
ムギ先輩がティーセットを準備する音。
心地のいいひびきに誘われ、
先日食べたショートケーキの味を思い出した。
「あずにゃんも楽しみなんだね、ティータイムが」
「ち、違います! 私はただ……、
このあいだ食べたショートケーキが美味しかったな、って……」
二人の視線を一身に受け、動けない。
地雷を踏んだというのはこのことだろう。
「喜んで梓ちゃん、今日も同じシェフのケーキだから」
「よかったね〜あずにゃん」
5 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage saga]:2011/10/30(日) 00:19:48.52 ID:vLZ8LXsOo
「もう! 子ども扱いしないでください!」
そう反発したけど内心は心地よかった。
私を受け止めてくれる場所がある、人がいる。
ここに入部するまでは感じたことのない安心感。
「え〜、そんなこと思ってないよ。あずにゃんはしっかり屋さんだもん」
「そうよ、だからティータイムが終わったらちゃんと練習しましょう」
私が唯先輩へ本当に『好き』と伝える。
その行為はこの空間を崩してしまうんじゃないか。
「……それならいいです」
黙っていればいいのかもしれない。
でも閉じ込めておける自信もない。
「唯先輩、そろそろ離れてください」
もうすぐ律先輩と澪先輩が来てにぎやかになる。
机に五人分のケーキと紅茶を並べてティータイム。
それから少しだけ練習をする。
「もうちょっとだけお願い、あずにゃ〜ん」
もうちょっとだけ浸っていたいのは、私のほうかもしれない。
6 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage saga]:2011/10/30(日) 00:22:12.25 ID:vLZ8LXsOo
「おーっす! みんなやっとるかね」
「そろってもないのにやってるわけないだろ」
扉が勢いよく開かれ、律先輩と澪先輩が姿を見せる。
律先輩は、「相変わらずお熱いですなあ、二人とも」と、荷物をベンチに置く。
「ラブラブですから〜、えへっ」
「みんなそろいましたよ? ほら、離れてください」
唯先輩はしぶしぶ離れ、律先輩に泣きついた。
「あずにゃんのいけずぅ。りっちゃん隊員、わたし振られてしまいました!」
「よーしよし、わかった唯。私の胸で泣け」
「りっちゃん隊員、膨らみが確認できません」
二人はふざけ合いながら机へ向かい、澪先輩は私に近づいて来る。
「梓、待ったか?」
そういって少ししゃがみ、「どうかしたか?」と、私の顔をのぞきこんだ。
私は「いえ、なんでも」と答え、澪先輩は「そっか」と返す。
「みんな、用意できたわよー」
ムギ先輩の声で集まって、いつも通りのティータイムが始まった。
7 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage saga]:2011/10/30(日) 00:25:23.22 ID:vLZ8LXsOo
――――――――――――――――
『梓、それって憧れてるだけじゃない? 唯先輩に』
「そうかなあ?」
眠る前、純に電話をかけ今日のことを報告した。
というより、相談したかった。
憂に相談する気はない、彼女は唯先輩の妹なんだから。
『そうだよ。私だって澪先輩に憧れてるけど、梓の言う好きとは違うもん』
「参考になると思ったんだけどなあ」
ため息をひとつ、「はあ」とつく。
ベッドの上を寝転びながら天井を見つめ、そのまま言葉を区切る。
『なーんか残念そう。
じゃあ梓、唯先輩とどうなりたいの?』
「それは――」
返す言葉が思い浮かばない。
気持ちだけが走りすぎて、伝えたあとはなにも考えていない。
『それとも……、唯先輩みたいになりたいの?』
8 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage saga]:2011/10/30(日) 00:27:43.52 ID:vLZ8LXsOo
わからない、ただ唯先輩に『好き』と伝えたいだけなのに。
答えを出さないといけないのか、わからなかった。
「そういうわけじゃない、じゃないんだけど……。
そうかもしれないし――」
我ながらハッキリしない。
ハッキリしているのは『好き』という気持ちだけ。
「ごめん純、わかんないよ……。どうしたらいいのかな?」
『あ、ごめん梓。そんなつもりじゃなくて』
少し気まずくなった。
私のせいかもしれないけど。
『……えっとさ、澪先輩に相談してみたらどう?』
9 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage saga]:2011/10/30(日) 00:31:32.62 ID:vLZ8LXsOo
「え、なんで澪先輩に?」
『これは私の主観だけど、梓と澪先輩って似てない?
見た目もだけど性格的にさ』
確かにそうかもしれない、どっちも真面目といったところがある。
私が髪を下ろせば同じような見た目になる。
でも、澪先輩のほうがお姉さんという雰囲気がしてうらやましい。
決してプロポーション的な意味ではなく、あくまで雰囲気が。
『それにね、唯先輩と律先輩。この二人も似てると思うんだ』
「あ、わかる気がする。元気だもんね二人とも」
自分を引っ張って行ってくれそうな相手。
心の中に踏み込んできて、それでも不快に思わない相手。
『でしょでしょ、だから思ったの。相談してみなよ』
澪先輩を私、律先輩を唯先輩に置き換える。
想像すると自然と笑みが浮かぶ。
思いつきといえばそれまでだけど、それでもよかった。
「そうするよ純。ありがと」
『うん、なんか混乱させたみたいで。ホントごめん』
10 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage saga]:2011/10/30(日) 00:33:16.85 ID:vLZ8LXsOo
「いいよそんなの、原因は私なんだし」
『……がんばってね梓、応援してるから』
電話越しに彼女の心が伝わって来るみたいでうれしかった。
一人では解決できないことも、二人、三人と集まれば解決できる。
高校に入ってみんなに出会って、そんな当たり前のことを確認した。
「うん、それじゃおやすみ」
『おやすみ』
通話を切って枕元に置く、着替えと歯みがきも済んでるしこのまま寝よう。
相談すればきっと上手くいく。
律先輩と澪先輩、あの二人みたいになれる。
純に相談してよかった、持つべきものはなんとやらだ。
「おやすみなさい、唯先輩」
ここに彼女はいない。
でも、名前を呼ぶだけで胸が高鳴る。
もう一度「唯先輩」と呼んでみる。
目を閉じると姿が浮かんだ、笑顔で私のことを『あずにゃん』と呼ぶ。
知ってよかった、『好き』という気持ちを。
おやすみなさい、唯先輩。
11 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage saga]:2011/10/30(日) 00:35:28.11 ID:vLZ8LXsOo
――――――――――――――――
澪先輩と待ち合わせたカフェは繁華街の外れにあった。
そのたたずまいは隠れ家を連想させ、路地裏にひっそりと存在している。
レンガ色の外装は落ち着いた雰囲気を感じさせた。
店内にはジャズ音楽と初老を迎えたであろう店主、
ドラマの中から抜け出してきたような。
「……苦い」
澪先輩がストローでアイスコーヒーをすすり、そうつぶやいた。
静かな店内にカランと氷の音がひびく。
透明なグラスに注がれた黒い液体、私の印象では大人の飲み物だと感じる。
「ミルクとガムシロップは入れないんですか? そこにありますけど」
「いや、そのまま飲んだらどんな味かなって」
「苦い経験になりましたね」
イスやテーブルは深い茶色で、白い壁と上手く調和していた。
壁に物は少なく、風景画が二、三枚。
床にはところどころ観葉植物。
天井からぶら下がった照明がそれらを照らし、店内を程よい明るさに保っている。
12 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage saga]:2011/10/30(日) 00:36:14.77 ID:vLZ8LXsOo
「それにしても驚いたよ。まさか梓が唯のことを好きだなんて」
「あ……、あのときはちょっと浮かれてたんです」
澪先輩に電話したとき、第一声に、『唯先輩が好きなんです』と言ってしまった。
こんな簡単に自分の心を打ち明けるなんて、私はどうかしている。
「澪先輩って……、律先輩のことどう思ってます?」
「それって……梓の言う『好き』か、ってことだよな?
友達とか先輩後輩じゃなくて」
「……はい」
私はミルクティーに口をつけ、澪先輩の話に耳を傾ける。
「そうだな……、確かに律のことは好きだけど。梓の言う『好き』とは違うと思う」
澪先輩は透明な容器を手に取り、ガムシロップを注ぎながら語り始めた。
13 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage saga]:2011/10/30(日) 00:37:25.09 ID:vLZ8LXsOo
「ずっと同じ時間過ごすとさ、食べ物とか飲み物の好みが重なってくるんだよ」
滑らかな動作でストローがまわされ、浮いた氷がカラカラと音を立てる。
澪先輩はストローに口をつけて飲み、「やっぱりミルクもいるな」とつぶやく。
「……今アイスコーヒー飲んでるけど、これも律の影響なんだ」
「なんだか大人っぽく見えます」
「中学のとき二人でファミレス行ってさ、私はオレンジジュースを頼もうとしたんだよ。
そしたら律の奴、『アイスコーヒーにする』って言うもんだから、私もそうした」
今より少し幼い二人、仲良くしている光景を想像すると微笑ましい。
「ちょっと大人ぶりたかったのかな、私も律も」
14 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage saga]:2011/10/30(日) 00:38:54.04 ID:vLZ8LXsOo
澪先輩は使いきりサイズのミルクを開け、コーヒーに注ぐ。
最後の一滴を確認してから、容器を隅にやって話を続けた。
私もミルクティーを飲み、聞き役を続ける。
「他にも音楽の好みとか、言葉づかいとか、
律に影響されてるんだなって思うよ」
「そういうものなんですか? 幼なじみって」
「うん、逆に律も私に影響されてると思う」
コーヒーに注がれたミルクは溶けきらず、
白と黒が不規則に入り混じっている。
15 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage saga]:2011/10/30(日) 00:40:17.22 ID:vLZ8LXsOo
「そのうちわからなくなるんだ、
どこからどこまでが自分の範囲なんだろう、って。
だから……、私の好みの三分の一は律と重なってると思う」
「なんだかうらやましいです、そういうの」
「そうか? そういうものなのかな……」
澪先輩は少し考えた表情をしながら、再びストローをまわす。
かき混ぜるうちに白と黒が混じり合い、きれいな茶褐色になった。
「――まあ、悪くないのかもしれないな」
そう言って、澪先輩は再びストローに口をつける。
まるで恋人に口づけをするみたいに。
「うん……やっぱり、こっちのほうが私の口に合ってる」
澪先輩は表情をやわらかく崩し、今日初めての笑顔を見せた。
16 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage saga]:2011/10/30(日) 00:41:46.77 ID:vLZ8LXsOo
――――――――――――――――
「なにかいいことあったの? 梓ちゃん」
表情に出さないようにしていたけど、憂に言われて気がついた。
昼休みの教室、昼食を終えていつものメンバーで談笑をしていたところに。
集まるのは私の机のまわり。
憂はしゃがんで両腕と頭を机に乗せ、純は立ちながら片手を机に乗せている。
「え? なにもないけど。……憂こそほら、いいことあったんでしょ」
「こらこら梓、憂に振らないの」
純にたしなめられ、私は一旦黙ることにした。
二人の話を横耳で聞き、教室のにぎやかさをながめる。
ぼうっとしているときに考えることは、唯先輩のこと。
17 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage saga]:2011/10/30(日) 00:43:13.42 ID:vLZ8LXsOo
「――――でね、昨日――お姉ちゃん――、こんなこと、――」
「ホントに? うん――面白いね、――、憂のお姉ちゃんって――」
静かにしていようという決意も、唯先輩の名前が出れば別の話。
猫じゃらしを見せられた猫みたいに、私は憂にくらいついた。
「憂! もう一回聞かせて。唯先輩なんて言ったの?」
「う、うん。もう一回言うね」
「はあ、これだよ梓は。唯先輩のことになったら目の色変えてさ」
純は後ろを向き机に腰かけ、「お熱いことで」とつけ足した。
18 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage saga]:2011/10/30(日) 00:44:05.84 ID:vLZ8LXsOo
――――――――――――――――
『ねえ梓、澪先輩に相談してみてどうだった?』
「うーん、そうだなあ……」
今日も純に電話、そして憂にはまだ打ち明けていない。
純と澪先輩に話してなにを今更と思うけど、
上手くいくまでは内緒にしておきたい。
ベッドに腰かけ、澪先輩との会話を思い出す。
結んだ髪をほどきながら、話を始めた。
「律先輩と澪先輩みたいになりたいな、って思った」
『は? それだけ? なにかアドバイスとかは?』
「それだけって、大事なことだよ。
澪先輩がアイスコーヒーを頼んでね、それは律先輩の影響だ、って言ってた」
『人選をまちがえたかな……』
「ずっと同じ時間過ごしてて、それで好みが重なってくるんだ、って」
19 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage saga]:2011/10/30(日) 00:45:48.17 ID:vLZ8LXsOo
律先輩と澪先輩、二人はただの幼なじみという関係ではないと思う。
親友という言葉では言い表せないほどの関係。
息を吸って一旦止め、「私は!」と強く前置きした。
声を張り上げて、叫ぶみたいに。
「唯先輩とそんな関係になりたいの!
同じ時間過ごしてお互い影響し合って!
どこまでが自分の範囲かわからなくなって――」
『ちょっと待ってよ! 梓、私に告白してどうするの?』
「あ、ごめん……純」
感情が激しくなり、心臓の鼓動が伝わってきた。
自分でも驚いている。
こんなに体が熱くなったり、いても立ってもいられなくなるなんて。
『……なんかうらやましいな、梓が』
20 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage saga]:2011/10/30(日) 00:46:38.29 ID:vLZ8LXsOo
「え?」
なにがうらやましいんだろう、私にはわからない。
こんなに我を忘れて、声を張って、恥ずかしくて仕方ないのに。
『なんかね、梓イキイキしてる』
「そう?」
『……好きになっちゃうかも』
「かも……って。純、冗談やめてよ」
『こらこら、真面目に取っちゃだめだって』
私が好きなのは唯先輩だけなのに、そう言われても答えようがない。
21 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage saga]:2011/10/30(日) 00:47:56.61 ID:vLZ8LXsOo
『ま、応援してるから。大丈夫、梓なら上手くいくよ』
気休めかもしれないし、根拠はないのかもしれない。
それでもよかった。
背中を押して欲しかっただけなんだから。
「……ありがと、純。気休めでもうれしいよ」
『気休めじゃないってば。ホントに』
「ごめんごめん」
なんだろう、本当に上手くいきそうな気がしてくる。
舞い上がっていると言えばそれまでだけど。
勢いがあるうちに言っておかないと、伝えられない気がする。
「決めた! 決めたから」
『え、なになに?』
「唯先輩に告白する」
22 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage saga]:2011/10/30(日) 00:50:46.32 ID:vLZ8LXsOo
――――――――――――――――
「お、あずにゃん! 偶然だねー」
本屋で唯先輩と出会うのはなかなか珍しい。
でも、隣に和先輩がいるということで、これなら可能性もあるなと思った。
「梓ちゃんは買い物?」
「はい、好きなバンドのスコア……楽譜のことです。
それを買いに来ました」
唯先輩に告白すると決めても、簡単に勇気が出るはずもなく。
だからといって落ち着くこともできず、本屋をうろうろしていた。
「へ〜、あずにゃんは努力家だね。ところで楽譜は見つかった?」
「いえ、やっぱり本屋じゃなかなか見つかりません。楽器店に行ってみます」
和先輩がいなければ、このまま唯先輩と二人きりで楽器店に行けたのかも。
こんな意地の悪い考えが浮かんで、私は視線を足元に沈めた。
「ところでお二人とも買い物ですか?」
私は視線を戻し、ごまかすように質問をした。
23 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage saga]:2011/10/30(日) 00:51:48.30 ID:vLZ8LXsOo
唯先輩は和先輩の腕をとりながら、「へへ〜」と明るい声を出す。
「今日はのどかちゃんとデートなのです」
平然と言いのけて、さらに和先輩とくっつく。
「こら、唯。買い物に来ただけでしょ」
和先輩はそう言うが振りはらうことはせず、唯先輩にまかせるような感じだ。
「……そうですか。私、お邪魔だったですか?」
この二人は『邪魔』だなんてほんの少しも思わないだろう。
それをわかっていながら口にした。
「全然、そんなこと思ってないよ」
「そうよ、よかったら私たちと来ない?」
私の悪意なんて見えないかのように誘ってくれた。
このまま帰ったら、嫌な気持ちを抱えたままになりそうだ。
「はい、よろしくお願いします」
24 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage saga]:2011/10/30(日) 00:53:51.51 ID:vLZ8LXsOo
三人で本屋を出て、次の目的地を話し合いながら歩く。
ぶらぶらしながら店を物色し、なにも買わずに時間を過ごす。
「はいはいはい、ここで提案があります!」
唯先輩が発表する小学生みたいに手を挙げた。
和先輩は「なに?」と、唯先輩に視線を送る。
「おなかを満たす必要があると思うのです」
「……要するに唯はファミレスに行きたいってことね」
和先輩は、「梓ちゃん、そういうことだから」と、顔を傾け腕時計を見つめる。
「そうね、ちょっと早いけどいいかしら?」
私は「わかりました、行きましょう」と答えて、二人について行くことにした。
25 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage saga]:2011/10/30(日) 00:54:58.71 ID:vLZ8LXsOo
――――――――――――――――
お昼にはまだ早い時間帯だったので、店内にそれほど人はいない。
店員さんに、「こちらの席へどうぞ」と案内され、ボックス席へ向かう。
唯先輩と和先輩が隣同士、私はその向かいに座った。
「あずにゃんはなに食べるの?」
「そうですね――、唯先輩は決まりましたか?」
「うん、わたしはミートソーススパゲティにする。あとストロベリーパフェ」
ここのパフェはかなりのボリュームみたいだけど、
一人で食べきれるのか心配だ。
そう思いつつ、「和先輩はどうします?」と話を振った。
「そうね、私は……カキフライ定食にするわ」
ファミレスには若干違和感のあるメニュー。
唯先輩は、「のどかちゃんはひと味違いますなぁ」と納得済みの顔だ。
「ところで梓ちゃんは?」
「私は……トマトソーススパゲティと、チーズケーキにします」
和先輩は、「それじゃ呼ぶわね」と呼び鈴を鳴らした。
26 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage saga]:2011/10/30(日) 00:55:58.85 ID:vLZ8LXsOo
「唯、大丈夫なの?」
オーダーを取ったあと、和先輩が水を飲みながら声を出す。
唯先輩も水を飲みながら「ん?」と答える。
「パフェのことですか? 私たちも手伝いましょう」
私がそう言うと、和先輩が「違うわ」と、唯先輩の白いブラウスに目をやった。
「そんな白い服着て、ミートソースだなんて……。帰ったらすぐ洗濯するのよ」
「もう汚すこと前提? のどかちゃん厳しいよ……」
相変わらずこの二人は微笑ましい。
そう思うと同時に壁のような存在を感じている。
幼なじみと先輩後輩、長い年月という壁を。
そんなことを考えながら二人を見つめていると、
水を飲むタイミングが重なっていることに気づいた。
二人が一瞬見つめあったように見えたけど、錯覚かもしれない。
こんなのは日常茶飯事で、特別なことではないんだろう。
気にしてるのは私だけ。
27 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage saga]:2011/10/30(日) 00:58:14.78 ID:vLZ8LXsOo
「ふう、お腹一杯です」
なんとかストロベリーパフェを片づけ、ひと息つくことができた。
目の前には空になった容器、涼しい顔をした和先輩、ぐったりしている唯先輩。
「うう、苦しい……」
「唯、大丈夫?」
心配そうにしている和先輩を見て、私はある考えを思いついた。
これ以上二人を見ていると、胸が苦しくなってしまうから。
いつもならなにも思わないのに。
なんだろう、この気持ちは。
「和先輩、唯先輩を家まで送ってあげてください」
もういいんだ、告白なんて。
唯先輩には和先輩がいる、私は隣にいられない。
28 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage saga]:2011/10/30(日) 00:59:11.72 ID:vLZ8LXsOo
「それじゃ梓ちゃん、私たちは帰るわね」
「はい、唯先輩をお願いします」
「うっぷ、あずにゃんもお達者で……」
二重の意味でお願いしますと、言ったつもりだ。
和先輩は唯先輩の背中をさすりながら、二人は遠ざかっていく。
ファミレスの前、残ったのは私一人。
楽器店でスコアを買おう。
そう思って来た道を引き返すことにした。
もともとそういう予定だったんだ。
偶然二人に出会って食事をした、ただそれだけ。
29 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage saga]:2011/10/30(日) 01:00:08.52 ID:vLZ8LXsOo
――――――――――――――――
とりあえず楽器店に入り、目当てのスコアを見つけた。
特別欲しかったわけじゃない。
唯先輩と来れなかった以上どちらでもよかった。
あとはなにか買おうか、そう思っていろいろと物色することにした。
唯先輩は太めの弦使ってたな、とか。
このピックは唯先輩が気に入りそうだな、とか。
楽器店に来て唯先輩のことばかり考える。
今までこんなことはなかった。
二人で来たかった。
私が弦やピックを選んであげたかった。
それを唯先輩に使ってもらって、演奏して欲しかった。
いつか考えた『自分の範囲』というのを、唯先輩にまで広げたかったんだろう。
私は独占欲が強かったらしい。
唯先輩を好きになってようやく気がついた。
もういいんだ、唯先輩と私は先輩後輩なんだから。
特別な関係でもなんでもない。
30 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage saga]:2011/10/30(日) 01:01:50.41 ID:vLZ8LXsOo
――――――――――――――――
「――そういうわけで、すいません律先輩。
――――はい、――ありがとうございます」
通話を切って携帯を閉じ机に置く。
学校を休むため担任に連絡したあと、
部活を休むため律先輩に連絡を入れた。
「はあ、風邪ひくなんて……」
ベッドにうつ伏せになり顔を枕に押しつける。
ぼうっとした頭ではロクな考えも浮かばない。
ショックな出来事があったわけじゃない。
勝手に舞い上がって勝手に落ち込んだだけ。
唯先輩と私の関係は先輩後輩、それ以上でも以下でもない。
31 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage saga]:2011/10/30(日) 01:03:23.90 ID:vLZ8LXsOo
窓から差しこむ日差しが少し弱くなってきた。
携帯のディスプレイで時間を確認する。
授業はすでに終わって放課後の時間帯だ。
練習は始まっていないだろう、まだティータイムをしているはず。
「先輩たちどうしてるんだろ……」
ずっと寝ているのは退屈だ、考えもぐるぐるしてしまう。
とはいえ出かける元気なんてない、精神的にも肉体的にも。
今にして思えば、あのティータイムが元気をくれてたんだな、と感じる。
真面目と思われる澪先輩もなじんでいた。
そしてムギ先輩がティータイムの張本人。
ふいにメールの受信音が鳴り、机に手を伸ばし携帯を取った。
ディスプレイに映し出された文字は『ムギ先輩』だ。
受信箱を開くと、『今から梓ちゃんの家に行っていいかしら?』と表示されている。
32 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage saga]:2011/10/30(日) 01:04:28.82 ID:vLZ8LXsOo
それからしばらくして、ムギ先輩が家にやって来た。
玄関で出迎え、そのまま部屋へと案内する。
「おじゃまします。これが梓ちゃんの部屋ね」
「おもてなしできなくてすいません」
ムギ先輩は、「ううん、いいのよ」と、辺りをキョロキョロしている。
本棚の上のぬいぐるみ、机、カレンダー、他にもいろいろ。
どんな物でも好奇心一杯の目で見つめる。
一体どんな世界が写っているんだろう、ムギ先輩の目には。
「イスに座っていいかしら?
それと、窓開けていい? 空気入れかえなくちゃ」
そう聞かれたので、「遠慮なくどうぞ」と返した。
33 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage saga]:2011/10/30(日) 01:07:29.88 ID:vLZ8LXsOo
風は窓の隙間から通り、ピンク色のカーテンをわずかにゆらす。
「今日はケーキを持ってきたの。
梓ちゃん、ショートケーキが好きみたいだから」
ムギ先輩は机の上にコトンと箱を置き、その隣に水筒を置いた。
まるで陶磁器のような白さで、花柄で彩られている。
「その水筒にはなにが?」
ムギ先輩の表情は、『よくぞ聞いてくれました』と語っているみたいだ。
「紅茶よ。アールグレイ」
「水筒なんて持ち歩いてました?」
「家に帰って持って来たの」
ムギ先輩は電車で通学しているはず、それなのにわざわざ家から持って来たなんて。
どんな気分で電車に乗ったんだろう、なにを思って私の家に来たんだろう。
34 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage saga]:2011/10/30(日) 01:08:46.55 ID:vLZ8LXsOo
「できればティーセットも持って来たかったな」と、ムギ先輩。
「そんなに気をつかわなくても、すごくうれしいです」
ベッドに腰かけながらそう答え、イスに座るムギ先輩に視線を向けた。
風がやさしく流れ、部屋の空気を入れ替えてくれる。
「今日はありがとうございます」
「どういたしまして、喜んでくれてなによりね」
ムギ先輩はわずかに視線をそらし、「唯ちゃんすごく心配してたから」とつぶやく。
心配してたと聞いて、私はうれしかったけど。
それと同時に複雑な感情も渦巻いた。
「……そうですか」
「どうかしたの? 梓ちゃん」
私はうつむき、「どうもしてないです」と答えた。
35 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage saga]:2011/10/30(日) 01:09:32.56 ID:vLZ8LXsOo
差し込む日差しが弱くなっている、日はだいぶ傾いているだろう。
私は顔を上げることができず、ムギ先輩を視界からそらし続けた。
「梓ちゃん……? 悩みがあったら、なんでも言ってね。
私でよければ……力になるから」
頼もしいけど、どうすることもできない。
唯先輩と私、親密に見えて埋められない時間がある。
律先輩と澪先輩みたいにはなれないんだ。
「えっと、梓ちゃん?」
「……唯先輩には、もう……いるんです」
「え……?」
抑えれきれなかった。
黙っていればいいのに、それができない。
36 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage saga]:2011/10/30(日) 01:11:26.29 ID:vLZ8LXsOo
「唯先輩には……幼なじみが…………、和先輩が……。
……もういるから、私じゃダメなんです……」
目から涙があふれ、膝の上に置かれた手を濡らす。
言葉が詰まり、何度もしゃくり上げた。
「あの……、梓ちゃん……。落ち着いて、ね」
「……唯先輩が、好きなんです。
他の人より何十倍も何百倍も好き……。
違います……、そもそも先輩後輩としての『好き』じゃないんです」
どうして好きになってしまったんだろう、
ただ苦しいだけなのに。
こんな思いをしてまで好きでいたくない。
37 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage saga]:2011/10/30(日) 01:12:35.42 ID:vLZ8LXsOo
「気づかなければよかった……。
『好き』なんて気持ち……知らなければよかったんです」
せっかくムギ先輩が来てくれたのに、
こんな後ろ向きの感情を吐き出してしまった。
謝ることもできず泣きじゃくるばかり。
そうしていると、ムギ先輩は私の目にハンカチを当ててくれた。
やさしく涙を拭いてくれて、濡れた手の甲まで拭いてくれて。
そのうえ、「そんなことないわよ」と、私を肯定する言葉までくれた。
ゆっくり目を開くと、カーペットの上に正座している姿が見える。
ムギ先輩はハンカチを手に持ちながら、「私ね……」と前置きし、
子どもに絵本を読むみたいに話し始めた。
「軽音部のだれにも負けないことがあるの。
梓ちゃん、わかる?」
38 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage saga]:2011/10/30(日) 01:14:00.76 ID:vLZ8LXsOo
私は返事をする代わりに首を横に振った。
財力でないのは明らかだけど、それがなにかはわからない。
「……それはね、『軽音部に入ってよかった』っていう気持ちなの」
ムギ先輩は足を崩し、スカートの折り目を整え座りなおした。
胸に手を当て歌い上げるような仕草をして、上目遣いで私を見つめる。
「この話って梓ちゃんにしたかしら?
最初ね、軽音部じゃなくて合唱部に入るつもりだったの。
それで見学に行ったんだけど――」
一旦言葉を区切り、私の目を見たまま表情をやわらかく崩す。
私もじっと座ったまま、相槌も入れずに聞いていた。
「――そのとき、りっちゃんと澪ちゃんに初めて会ってね。
それで勧誘されて今に至る、ってわけ」
しばらく沈黙が続き、ムギ先輩が訴えかけるような目線を寄こす。
静けさが逆に心地よかった。
私が言うべき言葉も、ムギ先輩が待っている言葉も、すでに決まっていたから。
「……私もムギ先輩と同じです、軽音部に入ってよかった……。
最初は迷いました。こんなに不真面目でいいのかな、って。
でもやっぱり、この人たちと演奏したいな……って思ったんです」
39 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage saga]:2011/10/30(日) 01:15:47.72 ID:vLZ8LXsOo
ひとつ気づいたことがある、ムギ先輩と私は似ているということを。
新しい環境に飛び込んで充実感を得ている。
他の先輩たちと違うわけじゃない、『よかった』という気持ちが大きいだけ。
「ねえ、梓ちゃん。これからも素敵なことが一杯あるわ。
思いきって飛び込んで、それが今につながってるの」
窓の隙間から、風が入り込んでくる。
さっきよりも少し冷たい風が。
「だからね……梓ちゃん、『好き』って気持ちを伝えてみたらどうかしら?
伝わったらすごく、素敵なことだと思うの」
「そう……、でしょうか?」
私の問いに笑顔で返し、スッと立ち上がり窓に手をかけた。
「ちょっと冷えてきたかしら。
換気も必要だけど、体冷やすとよくないわね」
40 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage saga]:2011/10/30(日) 01:16:26.99 ID:vLZ8LXsOo
ムギ先輩は窓を閉めて鍵をかけ、続けてカーテンを静かに閉めた。
「梓ちゃん、風邪は大丈夫?」と、私のほうに向き直る。
「はい、大丈夫です。明日には学校と部活に行けます」
「よかったわ、ひと安心ね」
ムギ先輩はそう言って、再びカーペットに座った。
風邪はよくなっていた、というよりたいした風邪じゃなかった。
少し弱気になっていただけ、気にするほどの症状でもない。
「……でも」
「でも?」
私の顔をのぞきこみ、不思議そうな表情で声を出した。
41 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage saga]:2011/10/30(日) 01:17:20.56 ID:vLZ8LXsOo
頬を両手で触れると、かすかに熱を感じた。
「まだ、顔は熱いし……」
首元に触れると、血管が脈を打っているのがわかる。
「心臓も、どきどきしてます……」
私の手のひらが、体の変化を読み取っていた。
それは、心の変化と呼ぶべきかもしれない。
どちらにしても、数日前とは全く違う。
確かな変化を感じていた。
「こうなったのは……、唯先輩のせいなんです。
私に抱きついて、頬ずりしてきて。
いつも『やめてください』って言ってるのに、やめなくて……」
ムギ先輩はじっと聞いてくれている。
子どもを見守る母親みたいに。
「……でも、本当は……やめて欲しくなくて。
素直に、言えなくて……」
42 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage saga]:2011/10/30(日) 01:19:24.84 ID:vLZ8LXsOo
歪んだ視界の中で、ムギ先輩が私に手を伸ばす。
ハンカチで目を拭かれ、自分がまた泣いていることに気づく。
「……ありがとうございます」
震える声でそう答えた。
ムギ先輩は手を引っ込め、ハンカチをたたみながら、私に笑顔を向ける。
その表情は、『よく言えました、頑張ったわね』と私に伝えているみたいだ。
ハンカチをたたみ終わり、次は私に話しかける。
「私ね……、今ちょっと、梓ちゃんがうらやましいかも」
その言葉は、私に「え?」と、間の抜けた声を出させた。
こんなことを言われたのは純に続いて二人目だ。
「どうしてですか?」
「だって……梓ちゃん素直になってるから。
あ、普段は素直じゃない、って意味じゃないのよ」
ムギ先輩は両手を開いて、目の前で否定するように手を振っている。
「確かに、普段は素直じゃないです。
でも……今回は、特別ですから」
43 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage saga]:2011/10/30(日) 01:20:39.64 ID:vLZ8LXsOo
ムギ先輩は、「否定しないのね」とひとこと。
私は軽くうなづき、「唯先輩が好きですから」と、つけ加えた。
「人って――、恋をしたら素直になれるのかもね」
なんてことを言うんだろう、この人は。
もう顔を触らなくてもわかる。
熱を帯び、赤面しているに違いない。
「恥ずかしいこと言わないでください!」
素直にだなんて、そんな言葉は似合わない。
ただ、気持ちを吐き出しただけ。
唯先輩にではなく他の人へ。
「抑えきれなかっただけです」
純、澪先輩、ムギ先輩。
少しずつ打ち明けてきたけど、その場しのぎに過ぎなかった。
本人に言わないことには、なにも始まらない。
44 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage saga]:2011/10/30(日) 01:21:32.04 ID:vLZ8LXsOo
「それで梓ちゃん、どうするの?」
「もう、決まってます」
唯先輩に告白しよう。
諦めかけてたけどちゃんと伝えないと。
「ムギ先輩に話したら……、スッキリしたっていうか、勢いがついた感じです」
「少しでも役に立てたのなら、うれしいわ。
それで、私にできることってないかしら」
「たいしたお願いじゃないんですけど――」
ムギ先輩には偶然を起こしてもらおう。
待ってるだけじゃ、なにも始まらないから。
45 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage saga]:2011/10/30(日) 01:22:20.79 ID:vLZ8LXsOo
――――――――――――――――
「……唯先輩って――、いえ……なんでもないです」
部室に人がいないと広く感じる。
このあいだはそう思っていた。
二人でベンチに腰かけ、他の先輩たちを待っている。
私の右隣には唯先輩、距離は一人分ほど。
体をひねり視線を唯先輩に移すと、部室が狭く思えた。
律先輩のドラムセットも、落書きされたホワイトボードも、
ティータイムの机も、憂が弾いたオルガンも、全部見えなくなって。
まるで、私と唯先輩のまわりだけ、
世界から切り取られてしまったみたいに。
「ん……、あずにゃん? どうしたの?」
46 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage saga]:2011/10/30(日) 01:23:43.27 ID:vLZ8LXsOo
部室で二人きりになれるように、ムギ先輩に頼んで、
律先輩と澪先輩を引き止めてもらっている。
唯先輩には偶然と思えるように。
「他の先輩方来ませんね、どうしたんでしょう?」
「んー、みんなはね。クラスの手伝いするみたい。
ムギちゃんから聞いたよ」
どうやら上手く話してくれたみたいだ。
ムギ先輩には『ありがとうございます』と、
律先輩と澪先輩には『すいません』と、
それぞれ心の中で伝えた。
「また二人っきりだね、あずにゃん」
47 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage saga]:2011/10/30(日) 01:24:37.05 ID:vLZ8LXsOo
「そうですね、ところで唯先輩――」
まだ言うには早い、さり気なく伝えようか。
「あずにゃん?」
それとも、しっかりと向き合って伝えようか。
「えっと、ですね。その……」
「どうしたの?」
思わず顔を背け、両手をぎゅっと握り、全身が緊張して動けなくなった。
「もしかして……、カゼ治ってないの?
だったらみんなに言っとくから、
帰ったほうがいいかも……。わたし送ってくよ」
私は「違います」と首を横に振り、また沈黙した。
48 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage saga]:2011/10/30(日) 01:26:19.78 ID:vLZ8LXsOo
「もしかして、怒らせること言っちゃったかな?
そうだったら……ごめん、あずにゃん」
唯先輩は困ったような声で、そうつぶやく。
私との距離を測りかねているみたいに。
「……唯先輩はそんなこと言いません」
「だったら――」
唯先輩は身を乗りだし、一瞬たじろいだ。
二人のあいだに見えない壁があって、ぶつかるのを避けるみたいに。
手を伸ばせば触れる距離なのに、ちっとも届く気がしない。
49 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage saga]:2011/10/30(日) 01:26:57.73 ID:vLZ8LXsOo
そう思っていたのに、唯先輩は両手を伸ばしてきた。
私の肩に手を置き、悲しそうな目で見つめてくる。
その目は、『お願いだから話して』と語りかけているみたいだ。
たった二文字。
いや、先輩に対してだから四文字。
それを言うために悩んで、相談して、くじけそうになって、また勇気を出して。
ひとこと伝えるだけなのに。
そんな簡単なことができないなんて。
自分が情けなかった。
私の震えが唯先輩に伝わり、ますます心配そうな目を向けてくる。
50 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage saga]:2011/10/30(日) 01:27:47.84 ID:vLZ8LXsOo
「……唯先輩。怖いんです……。
言ったら嫌われるかも、軽音部にいづらくなるかも。
そんなことばかり考えてて、
もうちょっとなのに……勇気が、出なくて……」
唯先輩は体を近づけ、顔を私の左側に寄せる。
そのまま背中に両腕を回し、抱きしめてくれた。
いつものような強い抱擁とは違って、包み込むみたいに。
私の耳に、「あずにゃん」と言う声が飛び込んでくる。
それから、「大丈夫だよ」と言う声が飛び込んできた。
「わたしは……あずにゃんを嫌ったりしないよ、絶対。
軽音部のみんなも、そんなこと思ったりしないから」
51 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage saga]:2011/10/30(日) 01:28:53.87 ID:vLZ8LXsOo
抱き合ったまま、顔は見えない。
ベンチと壁と床しか見えず、唯先輩も似たようなものだろう。
「……はい」
目を合わせなければ言えると思った。
人の目を見て話さないなんて失礼な行為だけど。
でも、そうしないと言えそうになかった。
目を合わせたら、きっと伝えられない。
私は目を閉じて、両腕を唯先輩の腰に回して抱きしめた。
雪山で遭難した人間が、救助してくれた人間に感謝するみたいに。
「すき……、です…………」
52 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage saga]:2011/10/30(日) 01:29:37.47 ID:vLZ8LXsOo
腕に力を込める。
ぎゅっと。
「ゆい、せんぱい…………」
言えた、ようやく。
唯先輩は強く抱きしめてくれた。
それが告白の返事かもしれない。
長い時間そのままで。
二人抱き合ったまま、時間が過ぎる。
53 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage saga]:2011/10/30(日) 01:30:53.02 ID:vLZ8LXsOo
校庭からは運動部の声。
校内からは合唱部の声。
唯先輩の力がゆるみ、私もそれに合わせて力をゆるめる。
プレゼントのリボンがほどかれるみたいに体を離した。
私の体には、ぬくもりがかすかに残っている。
「えっとね……、あずにゃん」
「……はい」
いつになく真剣な顔で、落ち着いた声で、唯先輩が口を開く。
「…………ごめんね」
私の体から、ぬくもりが消えた。
54 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage saga]:2011/10/30(日) 01:31:54.55 ID:vLZ8LXsOo
こうなる気はしていた、やっぱり唯先輩は和先輩が。
「わたし気づけなくって、ごめんね……あずにゃん」
少しは可能性あると思ったんだけど。
「そういう――恋愛っていうのかな? よくわかんなくて」
初恋は実らないっていうし。
「だからね、教えて欲しいんだ。
あずにゃんの言う『好き』って気持ちを」
意外と冷静に受け入れていた、けど。
「は? え? どういうことですか?」
混乱して考えがまとまらない。
唯先輩は和先輩が好きで、私の告白を断ったはず。
55 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage saga]:2011/10/30(日) 01:33:04.75 ID:vLZ8LXsOo
「唯先輩!」
「う〜ん、ようするに。
返事はオッケーで、だめかな?」
気の抜けた返事に、考えるのは面倒になって。
でも体は熱くなって。
主人に再会した猫みたいに飛びかかった。
「唯先輩のバカ! バカバカ! ばか……」
二人でベンチにもたれこみ、唯先輩の上で言葉を叩きつけた。
制服を引っかくように握り、顔を寄せて、涙声で。
「すごく怖かったんですから!
どれだけ悩んだと思ってるんですか!」
「あ、あずにゃん……。ちょっと待っ――」
「だいたい! 好きになるなってほうが無理なんです。
あんなに抱きついてきて……それだけじゃないけど、とにかく!」
56 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage saga]:2011/10/30(日) 01:34:18.58 ID:vLZ8LXsOo
「好きなんです! 唯先輩が!」
言いたいことは全部言った。
体をすり寄せながら、彼女の制服を涙で濡らす。
満足感とも脱力感ともいえない感覚に包まれ、体を唯先輩へ沈めた。
「――ありがと、あずにゃん」
「……なにがです?」
顔を見ないまま、力なく返事をした。
体を密着させると、心臓の鼓動が伝わってくるようだ。
「こんなにわたしのこと、考えてくれてたなんて」
「そんなの……感謝されることじゃないです」
唯先輩の腕が背中に回され、ぎゅっと抱きしめられる。
私の体に、ぬくもりが戻ってきた。
57 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage saga]:2011/10/30(日) 01:35:39.17 ID:vLZ8LXsOo
唯先輩の体温が私に染みわたり、心臓まであったかくなってくる。
いいな、こういうの。
今まで『やめてください』と言っていたけど、次からは黙っていようかな。
お互いひとことも発さず、放課後の喧騒に身をゆだねていた。
部室には相変わらず二人きり。
他の先輩たちはまだこない。
ベンチに両手をつき、肘を伸ばす。
体を浮かせ、二人のあいだに空間を作った。
そっと離れ、仰向けになっている唯先輩に視線を落とす。
彼女の肩が小さく上下している。
その様子から、深い呼吸をしているのがわかった。
満足気な目をして私を見つめなおす。
58 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage saga]:2011/10/30(日) 01:36:38.00 ID:vLZ8LXsOo
しばらく笑顔を交わし合い、唯先輩は上体を起こす。
私の隣に座りなおし、制服のタイと髪を整え、そっと身を寄せた。
二人の距離は肩が触れ合うほど。
「ねえ、あずにゃん。なんでわたしのこと好きになったの?」
「え……っと、そうですね――」
いざ聞かれると答えに詰まる。
いつも抱きついてくるけど、それだけじゃ決め手にならない。
好きになる要素というのは、あまりないのかもしれない。
でも、好きになるにも理由があるはず。
59 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage saga]:2011/10/30(日) 01:37:38.35 ID:vLZ8LXsOo
しばらく笑顔を交わし合い、唯先輩は上体を起こす。
私の隣に座りなおし、制服のタイと髪を整え、そっと身を寄せた。
二人の距離は肩が触れ合うほど。
「ねえ、あずにゃん。なんでわたしのこと好きになったの?」
「え……っと、そうですね――」
いざ聞かれると答えに詰まる。
いつも抱きついてくるけど、それだけじゃ決め手にならない。
好きになる要素というのは、あまりないのかもしれない。
でも、好きになるにも理由があるはず。
60 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage saga]:2011/10/30(日) 01:39:11.15 ID:vLZ8LXsOo
間違えて連投しました、
>>59
はなかったことに。
61 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage saga]:2011/10/30(日) 01:40:23.15 ID:vLZ8LXsOo
「まず最初に」
できるだけ冷静に、自分を分析するように。
唯先輩の目をまっすぐに見つめて。
お互い向き合って話を始めた。
「新歓ライブです。
親がジャズバンドをしているもので、
音楽に触れる機会はたくさんあります」
唯先輩は真面目に聞いてくれている。
馴染みのないことでも理解しようというふうに。
もっとも、『あずにゃんが話すから』なんて理由だったら、
それはそれで唯先輩らしいな、と思うけど。
「なんていうか――、
感動って言葉じゃ足りないけど……、感動したんです」
少し恥ずかしくなって、うつむいて視線を落とす。
62 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage saga]:2011/10/30(日) 01:41:49.13 ID:vLZ8LXsOo
視線を戻すと、唯先輩は指先で唇をなぞっていた。
「もちろん、他のバンドだって素晴らしいですよ。
でも、技術とかじゃないんです。
この人たちと演奏したいなって思ったから――」
今でも思い出せる、新歓ライブの光景を。
ステージ上の四人、ライトに照らされ演奏をする。
みんな輝いて、本当にキラキラして、言葉じゃ言い表せないくらい。
「――唯先輩を見てたら引き込まれる感じだったんです。
あとで憂に聞いたんですけど。
私、つま先立ちで見てたらしいです」
そのときから唯先輩が好きだったのかもしれない。
「――と、まあ。これが一つ目の理由です」
やっぱり、説明より感情が優先している。
63 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage saga]:2011/10/30(日) 01:42:33.83 ID:vLZ8LXsOo
「次に」
しっかり分析できているだろうか。
わからないけど説明を続けた。
唯先輩は首をかしげながら、それでも聞いてくれている。
「唯先輩にはギャップがあります、普段と演奏してるときの」
「うんうん」
「普段は……、だらしないです。悪いですけど」
でも、たまにドキッとするようなことも言う。
そんなところも好きになった理由だ。
「演奏になっても、間違えることがあります」
「そっ、それを言われたら……言い返せないよ。
あずにゃん、本当にわたしのこと好きなの?」
好きなのは間違いない、それを今分析している。
「でも、やるときは本当にやりますよ。
特にステージに立ったときなんてすごいです」
もし唯先輩が普段からしっかりしていたら。
きっと理想の姿なんだろうけど、
それを好きになるかは別の話だと思う。
64 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage saga]:2011/10/30(日) 01:43:07.58 ID:vLZ8LXsOo
唯先輩は舌なめずりをしながら聞いている。
なにか企んでいるような仕草で。
かまわず言葉を発する。
「それから」
「まだ続くの?」
「やっぱり……抱きつかれたら、
うれしかったんです」
過剰ともいえるコミュニケーション、
でも不快に思わなかった。
私はそういうの苦手なほうなのに。
それが唯先輩の魅力なのかもしれない。
65 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage saga]:2011/10/30(日) 01:44:01.14 ID:vLZ8LXsOo
「いつも『やめてください』って言ってたんですけどね」
なんだか恥ずかしくなって、正面に向き直り本音を言う。
「まんざらでも……なかったんです」
唯先輩が初めてだった、こんなに私のことを好いてくれる人は。
私の『好き』とは違うんだろう、でも。
「唯先輩、私……」
彼女のほうを向こうとしたとき、
唇の右横、頬とのあいだに、やわらかくて濡れたものが押しつけられた。
「んっ……?」
思わず声が出て、あたたかさの正体に気づいたとき、
私は冷静でいられなくなった。
66 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage saga]:2011/10/30(日) 01:44:49.15 ID:vLZ8LXsOo
「なっ! なにするんですかっ!」
自分でも驚くほどの声が出て、
唯先輩は猫に引っかかれたみたいに後ずさった。
声の振動が空気中を伝わり、
窓ガラスを揺らしたようにさえ思える。
「なにって、ほっぺにチューだけど。
あずにゃんいきなり振り向くから……、
唇にしちゃうとこだったよ?」
「そんな問題じゃないです!
い、いい、いきなり……キスするなんて!」
口づけをされた、唯先輩に。
唇のすぐ横、頬とのあいだに。
67 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage saga]:2011/10/30(日) 01:45:50.11 ID:vLZ8LXsOo
「そっか、あずにゃんは唇がよかったんだね。次からは――」
「なんでそんなに軽いんですか!」
「だってあずにゃん、むずかしい話するんだもん。
だから『チューしちゃえ』って、ね」
「どうしてそこでキスするんですか!」
思わず立ち上がり、私は部室をうろうろしだした。
恥ずかしくて唯先輩から離れようとして。
歩きまわると顔に空気が当たり、濡れたところがより意識される。
唇のすぐ横、頬とのあいだ。
それがうれしくてつい口元がゆるんでしまう。
見られないように、そっと手で唇を隠した。
「あずにゃんや」
「……はい」
私は振り向き、口元がゆるまないようにしていた。
「たぶん『好き』ってそんなんじゃないと思うよ」
68 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage saga]:2011/10/30(日) 01:47:07.11 ID:vLZ8LXsOo
私はベンチのほうに向かい、唯先輩のそばに寄った。
近くに立って話を聞くために。
「私にはよくわかりません。
唯先輩に『教えて欲しい』って言われたけど、
私自身よくわかってないんです」
「じゃあ、二人で探してみない?」
まるで落し物を探すみたいに話を持ちかける。
落し物どころか、まだ手に入れたこともない。
「探すって、物じゃないんですから……」
「たぶん、一人じゃ見つからないと思うんだ」
ベンチに座った彼女は、いつもと違う目線を寄こす。
演奏するときの真剣な目でもなく、後輩をかわいがる目でもない。
なにかを期待するような目で見つめてくる。
「だから、あずにゃん。二人で、ね?」
二人で『好き』を探す、か。
この人らしいというか、なんというか。
「私でよければ」
そう答えて、お互い顔を見合わせ微笑んだ。
69 :
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[sage saga]:2011/10/30(日) 01:48:20.92 ID:vLZ8LXsOo
唯先輩の左隣に腰をおろし、体をそっと寄せる。
もう遠慮はしない。
ムギ先輩は、『恋をしたら素直になれるのかもね』と言っていた。
そういうことにして、私は唯先輩に体重を預けた。
「唯先輩」
「なあに?」
「週末になったら買い物へ行きませんか?
楽器店で唯先輩が好きそうなピックを見つけたんです」
「それはデートのおさそい……ってことでいい?」
「はい」
唯先輩は「楽しみだね」と言って、私の頭をなでてくれた。
子ども扱いされたと思ったけど、もうそんなことで怒ったりはしない。
70 :
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[sage saga]:2011/10/30(日) 01:49:23.25 ID:vLZ8LXsOo
「楽器店だけじゃなくて、他にも行きたいところはあるんです」
「あずにゃんにまかせるよ」
私たちは口を閉じ、同じ目線で部室を見つめる。
唯先輩に寄り添い、「それにしてもみなさん遅いですね」と入り口を眺めた。
「ねえ、あずにゃん。二人で先に練習しない?」
思いもよらない台詞が出た。
唯先輩から練習しようだなんて。
でも、思いもよらないというのがこの人らしいと、そう感じる。
「――いえ、もうちょっとこのままで」
練習をしたくないわけじゃない。
ただ、寄り添う時間と天秤にかけると、練習のほうが浮いたというだけ。
せっかくだから浸っていたい、その気持ちに従うことにした。
「うん」
そう答えた唯先輩の声に、残念そうな色は混じっていない。
71 :
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[sage saga]:2011/10/30(日) 01:50:16.26 ID:vLZ8LXsOo
「あずにゃん」
「はい?」
「呼んでみただけ」
「なんですか、それ」
今までと同じ呼び方だけど、なぜか愛おしく感じる。
そう思えるのは、特別な関係になったからかもしれない。
だから意味も無く同じことを繰り返したくなる。
「ゆいせんぱい」
「うん?」
「呼んでみただけです」
「そんなあずにゃんもかわいいよ」
72 :
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[sage saga]:2011/10/30(日) 01:52:56.34 ID:vLZ8LXsOo
唯先輩は私のほうに振り向き、笑顔を向ける。
私もそれに答え、笑顔を返した。
お互い見合わせて、唯先輩は明るく声を出す。
「見つかったらいいね、『好き』って気持ちの正体」
「いいね、じゃなくて。見つけるんです」
唯先輩は力強く「うん!」と答える。
私は「二人で」とつけ足し、彼女の肩に頭を乗せた。
そっと目を閉じ、週末のデートを想像してみる。
自然と笑顔になり、告白してよかったなと、心から思える。
願い事を唱えるように、もうひとことつぶやいた。
「一緒に」
おわり
73 :
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[sage saga]:2011/10/30(日) 01:56:30.97 ID:vLZ8LXsOo
これで終わりです、ありがとうございました。
74 :
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[sage]:2011/10/30(日) 01:58:16.39 ID:XTWxK/K8o
乙
気が向いたらデートの話も書いてほしいです
75 :
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(愛知県)
[sage]:2011/10/30(日) 02:09:39.58 ID:jKYWkOWEo
乙です。
きれいにまとまってて良かったです。
あずにゃん、かわぇぇ
76 :
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(関東・甲信越)
[sage]:2011/10/30(日) 07:50:21.53 ID:AgmaBgxAO
こういうの久々に見た気がする
王道まっしぐらというかなんというか
乙
77 :
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:2011/10/30(日) 15:09:38.79 ID:asv0jhLB0
薄いね
78 :
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[sage saga]:2011/10/30(日) 17:53:28.93 ID:vLZ8LXsOo
HTML化を依頼してきました。
乙ありがとうございます。
79 :
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[sage]:2011/10/30(日) 18:15:46.18 ID:Okl+X2lAo
乙
たしかにこういう正攻法な感じは却って新鮮だったわ
80 :
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[sage]:2011/10/30(日) 18:21:54.11 ID:bEfCRpmbo
乙
正攻法な感じのほうが好きだし面白かった
澪やムギもちゃんと先輩やってていい感じ
81 :
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(京都府)
[sage]:2011/10/30(日) 19:51:36.32 ID:MqKIMHFpo
乙
すごくよかった。ごめんねって見えた瞬間あっ…て声が出てしまったw
それだけ読み応えがあって、本当に気持ちよく読めた
82 :
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[sage]:2011/10/30(日) 19:52:04.59 ID:R3qZrWgAO
乙
他に書いたssとかあったら、できれば教えてほしいな
83 :
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[sage saga]:2011/10/30(日) 20:15:23.06 ID:vLZ8LXsOo
>>82
最近(二ヶ月前)スレ立てたのは
澪「pinkie」
あとはVIPに立つ和ちゃんスレを借りてちょこちょこ
です
53.89 KB
[ Aramaki★
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