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魔法少女とハリマ☆ハリオ - SS速報VIP 過去ログ倉庫

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1 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/11(日) 19:17:04.75 ID:3NsOQz0Wo

   ☆ ご注意 ☆

 このスレは、漫画、スクールランブルの登場人物である播磨拳児を主人公とする

魔法少女まどか☆マギカのスレです。

・例によって、設定をかなりいじっております。

・ゲストキャラ(まどマギ、スクラン以外のキャラ)も多数登場予定。

・例によって雰囲気系です。

・以下に前スレとありますが、基本的に当スレの内容とは関わりのないパラレル世界です。


 前スレ

   孤独の魔法少女グルメ☆マギカ

http://ex14.vip2ch.com/news4ssnip/kako/1306/13064/1306497755.html


 前々スレ

   魔法少女まどか☆イチロー

http://ex14.vip2ch.com/news4ssnip/kako/1302/13023/1302346747.html
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小テスト @ 2024/03/28(木) 19:48:27.38 ID:ptMrOEVy0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/zikken/1711622906/

満身創痍 @ 2024/03/28(木) 18:15:37.00 ID:YDfjckg/o
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/aaorz/1711617334/

【GANTZ】俺「安価で星人達と戦う」part8 @ 2024/03/28(木) 10:54:28.17 ID:l/9ZW4Ws0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1711590867/

旅にでんちう @ 2024/03/27(水) 09:07:07.22 ID:y4bABGEzO
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/part4vip/1711498027/

にゃんにゃん @ 2024/03/26(火) 22:26:18.81 ID:AZ8P+2+I0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/gomi/1711459578/

にゃんにゃん @ 2024/03/26(火) 22:26:02.91 ID:AZ8P+2+I0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/gomi/1711459562/

にゃんにゃん @ 2024/03/26(火) 22:25:33.60 ID:AZ8P+2+I0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/gomi/1711459533/

にゃんにゃん @ 2024/03/26(火) 22:23:40.62 ID:AZ8P+2+I0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/gomi/1711459420/

2 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/11(日) 19:18:53.56 ID:3NsOQz0Wo


 少し遅めの桜が咲く街の昼下がり、彼は彼は散歩がてら近所を見て回っていた。

 今年からこの街に住むことになった彼には知らない場所も多い。

 内陸の田舎町だと思っていたその場所は意外と近代化されており、色々と見て回るものが多いのが
嬉しい誤算であった。

 ふと、彼の目の前を白い生物が横切る。

 猫か?

 一瞬そう思ったが、猫にしては尻尾が大きい。まるでキツネのような大きな尻尾。

 それでいて頭のほうはネコのような形をしており、何とも奇妙な生物に見えた。

「なんだありゃ……」

 思わず声を出す。

 ボーッとしていると、いつのまにか例の猫のような犬のような生物は消えていた。

 どこかへ逃げたのだろう。

 自分の知らない街には知らない生物が住んでいるのか。

 そんなことを思いつつ、彼は再び歩き出す。

 商店街の辺りに差し掛かると、児童公園の近くにしゃがんでいる少女の姿が見えた。

 年齢は十二、三歳くらい。制服から見て中学生だろうか。

 普段ならそのまま無視して通り過ぎるところであったけれど、少女の視線の先を見て彼は歩みを
止めた。

「あれは……」

 そこには先ほどの白い生物とは対象的な黒い塊が見える。
3 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/11(日) 19:21:04.25 ID:3NsOQz0Wo

 サングラス越しのよく目を凝らして見ると本当に猫であった。

 今度のは尻尾も大きくない、正真正銘の猫だ。

「どうしよう、困ったな。おいで」

 長めの髪を二つに縛ったその少女は、不安そうな表情で猫に手を差し出し呼んでいる。

「フーッ」

 しかし猫のほうは警戒して彼女の寄って行こうとはしない。

「どおした」

 彼はしゃがみこんだ少女に声をかける。

 普段の彼ならば絶対にやらないことだ。

「え? あの。あそこの茂みにいる猫なんですけど」

 初対面の人間に声をかけられて動揺するかと思ったけれど、少女は特に動ずることもなく、
彼の声に返事をする。

「ん?」

「なんだか、脚を怪我してるみたいなですけど。私が呼びかけても寄ってこないんです」

「あれはお前ェんところの猫か?」

「あ、いや。そうじゃないんですけど……」

 少女は口ごもる。

 野良猫だろうか。

「ちょっとどいてな」

 彼は少女を押しのけるようにその場所にしゃがみこみ、猫と向き合った。

 その猫は野良猫らしい警戒心を持った瞳でじっとこちらを伺う。
4 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/11(日) 19:23:37.58 ID:3NsOQz0Wo

「……」

 彼はそんな猫の目を、見つめ続けた。

 次の瞬間、黒い猫は脚を引きずるようにしてピョコピョコと歩いてこちらに向かってきた。

 確かに脚をかばっているようだ。

 彼は小さな黒猫を抱き上げる。両手から猫の生命の温もりが伝わってきた。

 先ほど引きずっていた脚をよく見ると、トゲのようなものが刺さっているのが見える。

「これか……」

 彼は右手で、猫の脚に刺さったトゲを抜く。

「これで大丈夫。トゲが刺さってたんだ。消毒とかはしといたほうがいいかもしれねェが」

「あ、はい。消毒は、私がやります」

「そうか」

 そう言うと、彼はゆっくりと左手に抱いた黒猫を少女に渡した。

 少女はしっかり両手で猫を抱きかかえる。あれだけ警戒していたので、猫が抵抗するかと思った
けれど、そうでもなかったようだ。

「それじゃ、頼んだぜ」

 そう言って彼は再び歩き出す。

「あの――」

 その後ろ姿に少女は声をかけてきた。

「あン?」

「猫、お好きなんですか?」

「そういう訳じゃねェんだけど、なんか昔から動物に好かれているっていうか」

「はあ」

「じゃ、俺はこれで」

「ありがとうございます」

 少女は猫を抱きかかえたまま頭を下げる。

 彼女の頭についている赤色のリボンがふわりと揺れた。

 そして顔を上げて見せる笑顔。

(カワイイじゃねェか)

 春の昼下がり、彼はふとそんなことを思った。
5 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/11(日) 19:24:12.08 ID:3NsOQz0Wo








  魔法少女とハリマ☆ハリオ



     ♯1 出会い




6 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/11(日) 19:25:52.38 ID:3NsOQz0Wo

 夕方、適当に買い物をして家に帰る。

 家と言っても彼の家ではない。

 今年から彼は母親の妹、つまり叔母の家に下宿しながら高校に通うことになっているのだ。

 ちなみに叔母は独身なのにマンションを買っており、部屋が余っているので家賃を払うことを
条件に住まわせてくれたのである。独身なのに。

「おかえりー、拳児くん」

 比較的早い時間にも関わらず、マンションには叔母が戻っていた。

「なんだ和子、随分早いんだな」

「もう、拳児くん? 和子はやめてって言ってるでしょう? こ、恋人と間違えられたらどうするのよ

……」

「安心しろ、それは絶対ないから」

「もー、昔みたいに和子お姉ちゃんって呼んでくれたらいいのに」

 そう言いながら和子は身体をくねらせる。

 実に気持ちが悪い。

「それより拳児くん」

「あん?」

「せっかくこの街に来たんだから歓迎会をやりましょうよ」

「歓迎会?」

「そう、播磨拳児歓迎会、イン見滝原」

「歓迎会なら前に散々やっただろうが」

「私たちだけじゃなくて、私の知り合いも呼んでいるの」

「ヤメロ、面倒くせェ」
7 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/11(日) 19:27:05.50 ID:3NsOQz0Wo

「ほら、拳児くんこの街に来てからまだ短いでしょう? 知り合いとこもいないだろうと思って」

「大きなお世話だ」

「もう店の予約しちゃったから」

「おいおい」

「拳児くんが行かないっていうんだったら、私だけ食べちゃおっかなー♪」

「何の店だ」

「何って中華よ中華。とーっても美味しいの」

「……」

 そういえば、今日一日歩き回って腹が減っっていた。

「わーったよ」

「あら」

「行くよ。行きゃいいんだろう」

「やったあ。早速お着替えしましょう?」

「別にいいだろう」

「ダメよ、ちゃんとした格好でお出掛けしなきゃ、女の子にモテませんよ」

「大きなお世話だ! 和子は俺のことより自分のことを心配しろ」

「いやん。もしもの時は拳児くんが貰ってくれたら問題なしよ」

「無理に決まってんだろ。血ィつながってんだから」

「さあて、着替えましょうか」

「はあ……」

 悪い女ではないのだが、独特のリズムを持った性格は付き合い難いだろうな、
と播磨は昔から思っていた。

「拳児くん、覗いちゃ駄目よ」

「誰が覗くか!」

 ××歳の裸体には、当然興味のない播磨であった。



   *
8 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/11(日) 19:28:50.98 ID:3NsOQz0Wo
   *



 午後六時、約束の店に和子と二人で訪れた播磨は店の中に入る。

 普段の彼には縁のなさそうな中華料理の店だ。

 店員に話をすると、既に彼女の知り合いは到着しているようだった。

「ここだよ、和子」

 心なしか、ドスの効いているような声が耳に入る。

「詢子」和子もその声に答える。

「あ、お久しぶりです」それに続いて男の声も聞こえた。

 一人だけかと思ったら家族連れのようだ。

「ヒゲー!」

 小さい子供が播磨に向けてそう言った。

「ちょっとたっくん」

 子供を宥めるように言う少女。中学生くらいの少女なのだが――

「あ……」

「え?」

 その赤いリボンには見覚えがあった。

「お前ェ、あの時の」

「ああ」

 少し長めの髪を両側で縛った小柄な少女。

 昼間に公園の近くで出会ったあの黒猫の少女だ。

「あの猫の」

「あ、あの時はお世話になりました」

「いや」

「あら、もう知り合いだったのかい?」

 先ほど詢子と呼ばれた女性がニヤリと笑みを浮かべた。
9 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/11(日) 19:30:05.72 ID:3NsOQz0Wo

「まあ、立ち話もなんだから、早く座りなよ」

「失礼します……」

 播磨と和子が中華料理店独特の丸いテーブルの前に座ると、早速食前酒(子供たちにはジュース)
が配られた。

「さて、改めて自己紹介と行こうじゃないか」

 少女の母親らしき女性が言う。

「私は鹿目詢子、そこにいる和子の親友よ。拳児くんだったよね、小さい頃会ったんだけど、
覚えてる?」

「ああ、いや」

「無理もないか、本当に小さかったからね。あの頃は可愛かったなあ」

 詢子がそう言うと、和子もそれに反応した。

「うんうん、いつも和子お姉ちゃんとか言って私に着いてきたわ」

「……」

「僕は鹿目和久。詢子の夫です」

「どうも」

 メガネをかけた、優しそうな男性だった。悪く言えば気が弱そうな。

「じゃあ、ウチの子供たちも自己紹介させようか。まどか」

「え? はい……」

 詢子に名を呼ばれた少女は恥ずかしそうに肩をすくめる。

「か、鹿目まどかです。昼間はお世話になりました。今年から中学二年生です」

 やや顔を赤らめた少女が笑顔で自己紹介をする。
10 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/11(日) 19:32:16.31 ID:3NsOQz0Wo

「おう……。よろしく」

「えへ」

 播磨が小さく声をかけると、少女は安心したように笑顔を見せた。

「ん……!」

「どうしました?」

「なんでもねえ」

 不覚にもドキリとしたことは秘密だ。

「そしてこの子が弟のタツヤです」

「やあ!」

「お、おう……」

 特に人見知りすることもなく話しかける幼児に、播磨の方が逆に戸惑ってしまった。

「んじゃ、そちらの自己紹介も頼むよ」

 詢子に促されて播磨は自己紹介をすることになった。高校でもこんなことはやらなかったのに。

「和子の甥の播磨拳児っす。よ、ヨロシクオネガイシマス」

 慣れない挨拶に戸惑いつつ、播磨は挨拶を終えた。

「はいはーい、お姉さん拳児くんに質問いいかなあ?」

 料理が運ばれてくる中、詢子が手を上げて質問する。

 子供が二人もいるのにお姉さんはねえだろう、と播磨は思ったがそれを口に出すと大変なことに
なりそうだったので、黙っておくことにした。

「拳児くんはどうしてこの街にきたの?」

「高校の進学のためっす。両親が海外に転勤なんで、俺は和子の家で世話になることにしました」
11 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/11(日) 19:33:12.15 ID:3NsOQz0Wo

「そうなんだ。ちょっと地元じゃヤンチャしてたって聞いたけど?」

「まあ、中学時代の話ッス……」

「あんまり和子に迷惑かけちゃダメよ」

「わかってますよ……」

「別にそんなかしこまらなくていいのよ。まあ、こっからが本題だけど」

「は?」

「まどかとはどこで出会ったの?」

「たまたまッスよ」

 播磨は昼間にあったことをかいつまんで詢子に聞かせた。

「へえ、意外ね。動物好きなんだ」

「そういうわけじゃ……」

「なかなか素敵な出会いじゃないか。運命の出会いってやつかい? ねえ、まどか」

「へ?」

 急に話を振られたまどかは驚いたように身体を揺らすと、恥ずかしげに目を伏せた。

「いや、別にそんなんじゃ……」

「照れなくていいんだよ。見たところ、まどかも拳児くんのことを気に入ったみたいだから、仲良くして
やっておくれ、拳児くん」

「え、はあ……」

 その時、

「あのお、拳児くん?」
12 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/11(日) 19:33:53.83 ID:3NsOQz0Wo

 不意に詢子と播磨の会話に割り込んできたのは和久だった。

「あン?」

「まどかに手を出したら……、絶対に許さない……、絶対にだ!」

 男は先ほどまでのさわやかな印象とは対照的なドスの効いた声を出しながら睨みつけてきた。

「……」

 そんな和久に詢子は声をかける。

「あらパパ、ちょっと“お話”しましょうか」

「え? なんですかママ」

「お話。じゃ、拳児くんたちは皆と楽しんでいてね。さ、行きましょう」

「ああ、ちょっと待って。僕はまだ拳児くんと話が」

「早く来い」

「……」

 詢子は夫を店の奥に連れて行った。

「パパとママって仲がいいでしょう?」

 そう言ったのはまどかだ。

「そ、そうだな……」

「私も将来結婚したら、あんな夫婦になりたいなって思ってるの」

「そおか。まだ早いんじゃねえのか?」

「え? そうだね。まず相手を見つけないとね」

「いや、そうじゃなくて。中学生だし結婚とか考えるのは……」
13 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/11(日) 19:35:11.95 ID:3NsOQz0Wo

「中学生でも、そういうこと考えるんだよ」

「そうなのか」

「うん」

 まどかは急に何かを思い出したかのように下を向いた。

「どうした」

「あ、そうだ」

「ん?」

「昼間の猫」

「あ? ああ、あの猫か」

「家でパパとママに話したら飼っていいって」

「なに?」

「ずっと野良で気になってたんだけど」

「そうなのか。名前とか決めてんのか?」

「うん。エイミーって言うの」

「エイミー……」

「野良のころから、そう呼んでたから」

「おお、いい名前だな」

「本当? よかった」

 それからしばらくして鹿目夫妻が戻ってくる。

「ケンジクン、マドカヲヨロシク」

 席に着くなり、和久はそう言った。

「どうしたんっすか? この人」
14 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/11(日) 19:37:21.74 ID:3NsOQz0Wo

 その問に詢子が答える。

「やだ、この人久しぶりの外食ではしゃいじゃったのね」

「マドカヲヨロシク」

 まるで壊れたおもちゃのように同じ言葉を繰り返す男の姿を見て、どういう話しあいが
行われていたのかは聞かないことにした。




   *


  
 それから、播磨にとって意外にも楽しかった夕食が終わる。

「うへえ、拳児くん気持ち悪いよお……」

 播磨に寄りかかりながら和子は言った。

「調子に乗って紹興酒がぶ飲みするからだろう」

「だってえ、久しぶりの中華だしい」

「先生、大丈夫ですか?」

 まどかは心配そうに聞いてくる。

「ほら“先生”、生徒の前でみっともねえ」

 和子がまどかの担任教師だということは、食事中に聞いた。

 偶然なのだろうけども、播磨は何となくまどかとは強いつながりのようなものを感じた。

「面目ない」弱々しく和子は言う。

「じゃ、和子を頼むよ、拳児くん」

 そう言ったのは、今回の歓迎会の主催者、詢子だ。
15 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/11(日) 19:38:21.80 ID:3NsOQz0Wo

「あれ? 僕は今まで何を」

「パパ、帰ろ」

 どうやら和久は正気に戻ったらしい。背中におぶさっているタクヤが嬉しそうに笑う。

「あの」

 不意に声をかけるまどか。

「おう、どうした」

「また、会えますか?」

「しばらくはこの街にいるからな」

「よかった」

 こうして、ささやかな歓迎会は終わりを告げるのであった。

 播磨にとっては、まどかの笑顔がやたら印象に残る夜でもあったようだ。




   *


16 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/11(日) 19:39:39.13 ID:3NsOQz0Wo


 数日後、播磨は高校にいた。

 彼は暴れまわっていた中学時代と決別するために、高校に入ってからはイメージチェンジを
行ったのだ。

 髪を伸ばし、髭を生やしてサングラスをかける。まるで別人である。

 しかしどう考えてもそれは逆効果だ。日本でサングラスをかけて登校する生徒がどれだけいるのか。

 周りの生徒たちはすっかり怯えて――

「よう播磨」

 同じクラスの男子生徒が話しかけてくる。

「あン?」

「お前いい身体してるよな、バスケ部入らないか?」

「バスケ部?」

「バスケの経験ないの? まあ、お前くらいのガタイがあればすぐレギュラーも獲れるって」

「悪いけど部活は」

「何かあるのか?」

「バイトもしなくちゃいけねェし」

「バイト?」

「親元を離れてるから、色々必要なんだ」

「そうだったのか、苦労してんだな」

「別にそれほどでもねェよ」

「まあ、もしバスケに興味があったら体育館に遊びに来いよ、待ってるから」
17 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/11(日) 19:40:49.82 ID:3NsOQz0Wo

「ああ」

 そう言うと男子生徒は去って行った。

 中にはあんな風に話しかけてくるモノ好きもいるものだ。

「ねえ播磨くん」

「は?」

 今度は女子生徒の二人組だ。

「今日暇? どっか遊びに行こうよ」

「いや、今日は」

「もしかしてアルバイト? さっきバスケ部の一条くんと話してたけど」

「ああいや、そういうのはちょっと」

「そう、じゃあまた今度時間があったらでいいか」

「ああ……」

(この街の連中はどっかおかしいな)

 播磨は内心そう思いつつ、学校を後にした。

 といっても、その日は特に用があるわけでもない。

 予定していたアルバイトは明日だ。

「夕食でも買って家に帰るか。食い物がないと和子もうるせえし」

 そんな独り言をつぶやきながら彼は駅前のショッピングモールへと向かった。



18 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/11(日) 19:42:04.15 ID:3NsOQz0Wo


 学校を出てしばらく歩いていると、不意に目の前で白い者が横切る。

(ん?)

 どこかで見たことのあるような影。

 目を凝らすと、そこには以前見たことのあるあの、白い生物がいた。

 猫のような犬のような。それでいて尻尾がデカイ。

 長い耳かと思っていた“それ”は、毛のようだ。耳は別に頭の上のほうについている。

 その形に播磨は見覚えがあった。

 はじめてまどかと会った日、偶然見かけたあの白い生物だ。

 夕日に照らされる中、その白い生物は西日を避けるように建物の影に入る。

 そしてこちらを見た。

(赤い目……)

 まるでウサギのような赤い瞳。それが暗い影の中で、怪しく光っているようにも見える。
 
(この街には不思議な生物がいるのか……?)

 そんな疑問を抱きつつ、播磨は再び歩き出す。

 しばらくして、ショッピングモール近くの広い歩道に差し掛かった時、急に刺すような頭痛を感じた。

 風邪か?

 いや、違う。

 なんというか、初めて飛行機に乗った時に感じたような、世界が変わる感覚。

(何かあったのか)
19 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/11(日) 19:43:03.74 ID:3NsOQz0Wo

 播磨は周囲を見回す。

 特に何もない。

 街はいつものように動いている。

 車が行き交い、学校帰りと見られる制服姿の少年たちが歩いている。

「やはり気のせいか」

 そう思って、再び歩きはじめる播磨。

 しかし、そんな彼の視線の先に何かが見えた。

「ん」

 よく見ると制服姿の女子生徒だ。

「あの制服……」

 ゆっくり近づくと、頭を抑えうずくまっている女子中学生の姿があった。

 色と形に見覚えがある制服。

(この制服、確かまどかと同じ見滝原中学の)

 播磨は記憶を手繰り寄せながらそんなことを思った。

「おい」

 そして、小刻みに震える少女に声をかける播磨。

「何やってる」

 長い黒髪を三つ編のようにして二つ束ねている少女だ。

「おい」

 もう一度声をかける。
20 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/11(日) 19:44:37.46 ID:3NsOQz0Wo

「ふえ?」

 少女は驚いたように顔を上げた。

「あ……」

 黒髪の少女と目があう。

 メガネをしているけれど、そのメガネ越しに涙ぐんでいるのがすぐにわかった。

「大丈夫か?」

 播磨は恐る恐る声をかける。

 どうにも、泣いている女は苦手だ。

「あ、ああ」

 少女は動揺しているようで、周囲を見回していた。

「具合でも悪いのか」

「そ、そういうわけじゃ」

「立てるか」

「え……、は!」

 少女はゆっくり立とうとしたが、バランスを崩して尻餅ををついてしまう。

「お、おい」

「す、すいませんすいません」

 涙目でひたすら謝る少女。それを見ている播磨。周囲の視線が痛い。

(イカン、これじゃまるで俺が泣かせてるみてェじゃねェか)
21 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/11(日) 19:46:04.06 ID:3NsOQz0Wo

 とりあえず移動しようと思ったけれど、腰が抜けている少女は歩くことはできないだろう。

「仕方ない」

 意を決した播磨は少女を抱き上げる。

 思った以上に軽く、そして柔らかい感触。

「へ? 何を」

「すぐ近くのベンチまで移動する。大人しくしてろ」

 播磨は少女と、少女の持っていたカバンを抱えて、近くの公園のベンチまで走った。




   *




 夕闇に染まりはじめる公園のベンチ。

 播磨は買ってきた農協夏ミカンジュースをメガネの少女に手渡した。

「あ、ありがとうございます」

 微妙なチョイスにもかかわらず、少女は素直に受け取る。

「落ち着いたか」

「はい。もう大丈夫です。すいません、私なんかのためにこんな親切にしていただいて」

「いや、別に……」

「……」

「それよりどうして、あんな所にうずくまってたんだ? 危ないだろう」

「あの……、それは」
22 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/11(日) 19:47:17.10 ID:3NsOQz0Wo

「病気か何かか?」

「そういうわけではないと思うんですけど」

「ん?」

「あ、いや、確かに病気はしてました。ついこの間まで入院してたんです、私」

「そォか」

「あの」

「ん?」

「あなたは、お化けとかって信じますか?」

「何言ってんだ?」

「ああいえ、すみません。ちょっと気になったもので」

「別に、信じてねェよ。いるわけねェだろう」

「そうですよね……。やっぱり気のせいだったんだ」

「ん?」

「いえ、何でもありません」

「それより、その制服」

「これですか?」

「確か、見滝原中学のもンだろう?」

「え、はい。そうです。ご存じなんですか? もしかしてОBの方とか」

「いや、そうじゃねェ。俺、今年ここに引っ越してきたばっかだから」

「あ、じゃあ私と一緒ですね」
23 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/11(日) 19:48:38.09 ID:3NsOQz0Wo

「ん?」

「私、去年まで東京の学校に通ってたんです。といっても、病気で入院しちゃったんで、
あんまり思い出はないんですけど」

「そうか、大変だな」

「あの、それじゃあなんで、この制服が見滝原のものだってわかったんですか?」

「ああ、知り合いがな、そこの中学に通ってんだよ」

「はあ」

「鹿目まどかって、いうんだけど。知ってるか」

「え!?」

 不意に少女の顔が明るくなる。

「か、鹿目さんとお知り合いなんですか?」

「ん、まあ。たまたま知り合ったっていうか。同居人のつながりで」

「そうなんですか。鹿目さんて、優しくて親切で、いい方ですよねえ」

「お前ェ、まどかのこと知ってるのか」

「はい、同じクラスになったんです」

「そォか。仲良くしてやってくれよ」

「あ、はい、でも彼女は保健委員で、私のほうが世話になりっぱなしで」

「世話に?」

「退院したばかりで、体力もなくって、勉強もあんまりついていけてないんです。そんな私をフォロー

してくださったのが、鹿目さんです」

「そういや、アイツは世話好きだったな」

 播磨は中華料理店で弟の面倒をよく見るまどかの姿を思い出す。
24 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/11(日) 19:49:46.38 ID:3NsOQz0Wo

「そうだったんですか、鹿目さんのお知り合い……」

「なあ、もう歩けるか?」

「え? はい」

「そうか。もうすぐ暗くなるから、早く帰れよ」

 そう言うと、播磨は立ちあがる。

 腹が減ってきた。半額弁当でも買おうか、と思いながら。

「あ、あの!」

 そんな播磨を少女は呼びとめた。

「なんだ」

「あの、私、暁美ほむらっていいます」

「ん?」

「お名前、お聞きしてよろしいですか」

「ん、ああ。播磨拳児だ」

「ハリマ、ケンジ……」

「じゃあな」

「ありがとうございます……!」

 少女は、播磨に向かい深く頭を下げる。

 人助けをするのは悪い気もしないが、どうにも恥ずかしい。

 ポリポリと頭をかきながら、既に日も暮れて暗くなりつつある街を彼は歩く。




   つづく
25 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/11(日) 19:52:47.61 ID:3NsOQz0Wo
久々のスレ立てで緊張いたしました。

今回も、前回同様地味に更新していきたいと思います。

それでは、お休みなさいませ。
26 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/11(日) 20:24:25.10 ID:IkpKDpNI0
スクランの播磨だと!なんて俺得スレなんだ
期待
27 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/11(日) 20:48:03.35 ID:sKIyT6jDO
スクランで、しかも一周目くさいとか……

期待するしかないな
28 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/11(日) 21:10:58.13 ID:m9K89r6AO
前作も見てたよー

今回も期待してます
29 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/11(日) 22:23:33.22 ID:KzzbICDT0
スクールランブル大好きの俺が来ましたよ

できることなら八雲を…
30 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/12(月) 02:37:03.64 ID:ne2qU2L30
なんと言う俺得

期待してます
31 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/12(月) 02:44:21.48 ID:Ijaq+xqAO
何という俺得!
32 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) :2011/12/12(月) 07:50:21.08 ID:fyPkDMkAO
いきなり一周目の魔法少女化フラグをへし折った感じ。
33 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です) [sage]:2011/12/12(月) 13:09:14.15 ID:k38p5Y8No
播拳龍襲!
34 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/12(月) 18:49:54.84 ID:b7Beu4wko
おおこれは面白そう
しかし一週目ってことは、真実を知ってる奴はまだ誰もいない状態なんだよな
どんな展開になるのかwwktk
35 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/12(月) 20:25:36.56 ID:hgPiPApso
プリンタの設定に戸惑ってしまいした。デジタル機器にはとことん弱いな。
というわけで、今夜もいってみましょう。
36 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/12(月) 20:27:41.67 ID:hgPiPApso


 最近播磨は妙な噂を耳にする。

 今年の二月、市内で集団自殺があった。

 そこに悪魔が関わっているとかいないとか。

 確かに、この街に来てから彼の周りには妙なことが起こる。

 慣れない街の生活に疲れているのかとも思ったけれど、こういった違和感は
彼が生きてきた中では感じたことがないものだ。

「昔からそういう噂はあるらしいのよ」

 朝食のトーストに目玉焼きを乗せ、それにかぶりつきながら和子は言った。

「噂?」

「見滝原には昔から“神隠し”の伝説があってね」

「神隠し……」

「都市伝説みたいなものよ。年頃の女の子が何者かにさらわれて、何日かしてから
遺体で発見されるっていう」

「ただの誘拐殺人じゃねェのか?」

「そうだと思うけど、犯人が見つかってないケースも多いっていう話よ。だから、
昔からの言い伝えも含めて、そういう噂が立つんでしょうね」

「そんなものか」

「でも最近は物騒だから、拳児くんも気を付けてね」

「俺は大丈夫だろう」

「あなたじゃなくて、まどかちゃんとか」

「まどか?」

「ええ、あの子優しいから、知らない人に騙されて連れて行かれたりしないかちょっと
心配なのよ」
37 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/12(月) 20:28:29.46 ID:hgPiPApso

「だったら和子が直接言やいいだろ? 先生なんだからよ」

「一応、ホームルームとかでは言ってるけど、ほら」

「ん?」

「まどかちゃんも、沢山いるクラスの一人だから。一人の生徒を贔屓したとか言われたら私も色々と
面倒なの」

「そんなもんかね」

「そうよ。だからお願い」

「ああ」

「あら?」

「ん?」

「何だかやけに素直ね」

「べ、別に……」

「だっていつもの拳児くんだったら、面倒くせェとか言いそうなのに」

「んなこたぁねェよ」

「そう?」

「変なこと考えてんじゃねェ」

「拳児くん、相手はまだ中学生だし、あなたも高校生なんだから、ちゃんと節度を持って――」

「話が飛び過ぎだろうが!」
 
38 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/12(月) 20:29:36.82 ID:hgPiPApso
 





   魔法少女とハリマ☆ハリオ


       ♯2  噂






39 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/12(月) 20:31:10.47 ID:hgPiPApso

 学校でも、神隠しに関する噂はチラホラ出ていたのは知っていた。

 播磨自身、そういう方面の話には一切興味がなかったので気にしていなかったけれど、
改めて関心を持って聞いていると、この学校、というかこの地域では驚くほどオカルト系の
噂が多いことに気づかされる。

 また、そういう噂話は男子生徒よりも女子生徒のほうが好きなようだ。

 播磨自身、あまり女性相手が得意なほうではなない。けれども、これもまどかのためだと
心の中で言い聞かせながら、話をしてみることにする。

 そしてとある休み時間。

「なあ、ちょっといいか」

「ん?」

 彼は自分の席の近くで話をしている女子生徒二人組に話しかける。

 二人は話を中断して、播磨の顔を見た。

「実は聞きたいことがあってな」

「なあに?」

 そう言ったのは髪が短いほうの女子生徒だ。

 もう一人は、髪が長めで少し茶色がかっている。

 それはともかく、どこから話をしたらいいだろうかと迷いながらも、播磨は声を出した。

「この辺りってよ、なんか神隠しとか妖怪の伝説とかあるのか?」

「え?」

 二人の女子は播磨の言葉に顔を見合わせた。

(やはり高校生にもなって、こんなことを聞くのは不味かったか。そりゃそうだ。妖怪なんて
いるわけねェのに)
40 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/12(月) 20:33:01.41 ID:hgPiPApso

「うん、あるよ」

 髪の短いほうの女子生徒はあっさりと答えた。

「うん、有名だよね。小学校のころとか、結構噂になってたもん」と、茶髪も答える。

「そうなのか……」

「播磨くんは引っ越してきたばっかりだからわからないかもしれないけど、見滝原じゃあ、
神隠しとか昔から有名なんだよ」

「そうなのか?」

「見滝原(ここ)では新興宗教の本拠地とか結構あるの。仏教系とか神道系とか、西洋系の
宗教もあったかな」

「新興宗教……」

 播磨も宗教団体が駅前で何かを宣伝していたのを見た記憶がある。

「播磨くん、こういう話に興味あるの?」

「ああ、いや。なんつうか、最近物騒だし。実は知り合いに小さい子がいる人もいるしな」

 ウソはついていない。

「へえ、結構播磨くんって、優しいんだね」そう言って茶髪は悪戯っぽい笑みを浮かべる。

「……」

「ともかく、そう言った類の話はあるよね。最近も変な事件があったし、また嫌な噂が蒸し返されてたよ」
軌道修正するように、髪の短いほうの女子生徒は言う。

「噂?」

「ほら、二月に起こった建設中のビルでの集団自殺事件。二月だから播磨くんはまだ」

「ああ、ここにはいなかった」
41 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/12(月) 20:34:15.74 ID:hgPiPApso

「だよね。私も詳しいことはよくわからないんだけど、建設中のビルから男女五人が飛び降り自殺。
でも、その五人の身元を調べると、五人とも、面識はないようだったって」

「少し前に流行った、自殺サイトってやつじゃないのか?」

 さすがの播磨も、そういう話は聞いたことがある。

 ネット上で知り合った自殺志願者が集まって集団自殺をするという話。

「そこまではわからないなあ。興味があるんなら、自分で調べてみてよ」

「ん、ああ……」

「ああ、そうそう。思い出した。そういえば、去年、中学生が行方不明になったって話も聞いたことがある」

「なに?」

「女子中学生なんだけど、あの当時ウチらも中学生だったんだけどさ、別の中学の生徒が行方不明になって、
警察も出動して色々調べてたの」

「そりゃあ……」

「ウチらの地元には神隠しの伝説もあったし、それで結構話題になったよ。ただ受験シーズンだったから、
先生たちがそういう話をしないようにって、わざわざ注意してたけど」

「……神隠しか」

 まどかのことを考えれば、集団自殺よりもこっちの事件のほうが問題があるかもしれない。

「それで、その神隠しはどうなったんだ? 女子生徒は見つかったのか?」

「それが、遺体で発見されたみたい」

「誘拐殺人?」

「でも、なんか外傷がなかったらしいよ」

「本当か?」

「うん。警察は心臓麻痺による死亡とか発表したみたいだけど」
42 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/12(月) 20:37:38.15 ID:hgPiPApso
「……。悪い、話を聞かせて貰ってサンキュー」

「いえいえ、どういたしまして」そう言ったのは茶髪のほうだった。

「もう、アンタはほとんど話してないじゃないのよ」と短髪が突っ込んだ。

 播磨は噂話を聞かせてくれた二人の女子生徒と別れる。

(確か、図書室なら新聞があったはず)

 妙な胸騒ぎを感じた播磨は、放課後、図書室で新聞のバックナンバーを調べて見ることにした。



   *



 しかし、バックナンバーを調べるのがこんなに面倒だとは、播磨も思わなかった。

 新聞を一枚一枚めくりながら播磨は自分の軽率な行動を反省する。それでも一度乗りっかかった
船を降りるわけにもいかない。

 何より、まどかの安全のこともあるのだ。

 播磨はまず、昨年起こった女子中学生失踪事件と、それに関連する記事を調べてみることにする。

 そして一つの記事にたどり着く。

 20XX年12月14日、学校から家に帰る途中の女子中学生、瀬川絵里さん(14)が行方不明となる。

 警察などが周辺を探すも見つからず。

 その後の記事を調べて見るも、行方不明となった女子中学生に関する報道は一切なされていない。

 そして年が明けた1月、件の女子中学生は遺体で発見された。

 検死の結果、死後2週間以上経ったものと推定される。ただ、遺体に特に目立った外傷はなし。
警察では寒さによる心臓麻痺として処理されたという。

「んん、これ以上調べてもわかりそうもないな」
43 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/12(月) 20:39:22.91 ID:hgPiPApso

 播磨は女子中学生失踪事件に関する記事を調べるのをやめて、今度は二月に起こった集団自殺について
調べることにする。

 一見すると平和そうなこの街で、かなりの死者が出ていることに彼は内心驚いていた。


 今年2月7日。建設中のビルの最上階から飛び降りたと見られる五人の遺体が発見される。

 五人の身元は全て判明するも、自殺者同士のつながりは不明。

 警察では、インターネット上で知り合った者同士が一緒に自殺する、自殺サイトが原因ではないかとみていたが、
その後の調べで彼らが携帯やパソコンを使って自殺サイト、もしくはそれに近いサイトにアクセスした履歴はほとんど
残っていない。

 しかも、自殺者の中の最年長の男性は、インターネットはおろか、携帯電話すら持っていなかったという。

 こちらの事件は、未だ捜査中とのこと。

 ただ、殺人事件と違って被疑者が特定されにくいため、捜査継続は難しいかもしれない、と言われている。

「……くそ、わからん」

 女子中学生失踪事件も集団自殺事件も、どちらも真相がはっきりしていないということでは共通している。

 しかもこの街は、神隠し伝説などがあるわりと神秘的な地域だ。

 だとすれば、オカルト系の噂が広まるのも無理はないだろう。

 そこまで考えた播磨は、久しぶりにじっくり新聞をよんだことを思い出して少し頭が痛くなってきた。

「お、いかん」

 図書室の時計を見て、播磨は今日がアルバイトの日であることを思い出す。

(どうも頭を働かせるのは苦手だぜ……)

 そう思い、彼は新聞を片付けてから学校を出た。




   *
44 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/12(月) 20:40:08.65 ID:hgPiPApso



 この日のアルバイトは、駅前のショッピングモールのバックヤードで荷物の搬入をする仕事だ。

 色々な荷物があり、中には重たい物もある。頭を使うことはあまり得意ではない播磨であったけれど、
体格に恵まれているだけあった、こういう身体を使う仕事は得意である。

「おう、播磨くん。頑張ってるね」

「ウッス」

 店の店員の一人が声をかけてきた。

 ここのバイトは、仕事はキツイけれども時給も良いので彼も嫌いではない。

 薄暗いバックヤードで、いくつかの荷物を仕分けし、台車に乗せて移動する。

 しばらく進むと、自分の視線の上のほうに何かが動くのが見えた。

「ん?」

 播磨はサングラスをはずし、目を凝らす。

 猫でも入りこんできたか。

 バックヤードには、たまに猫や鳥などの動物が入ってくることがある。

 よく見ると、見覚えのある白い塊だ。

「あれは……」

 大きい尻尾のようなものが見えたと思ったけれど、荷物の影に隠れてしまい見えなくなってしまった。

「何の生物なんだありゃ……」

 播磨はサングラスをかけ直し、一人つぶやく。

「播磨くん、どうしたんだい?」
45 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/12(月) 20:40:50.51 ID:hgPiPApso

 店員が声をかけてきた。

「あ、いや。なんか大きいネズミか何かがいるみたいで」

「え? そうなの? 困ったなあ。この前清掃業者に頼んだばかりなのに」

「あの、俺の見間違いかもしれませんから」

「そうなのかい? でもここのモールは食品も取り扱っているからねえ」

「はあ」

 播磨は気持ちを切り替えて、アルバイトに励むことにした。




   *



 すっかり日も暮れたその日の夜、播磨はバイトを終えて帰宅することにする。

 バイト先から家までは徒歩だ。

 空を見上げると、曇っているのか星がまったく見えない。

 途中、薄暗い公園のすぐ側を通りかかる。

「ん?」

 不意に、何か光ったように感じた。

(花火? それともカメラのフラッシュか)

 妙な違和感を覚えた播磨は、少し気になって公園の中を通って帰ることにしてみた。

 公園には、噴水があり、それがライトアップされている。

(やはり気のせいだったか?)
46 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/12(月) 20:42:04.15 ID:hgPiPApso

 疲れによる幻覚かもしれない。

 そう思った播磨は、再び元の道に戻ろうとした。

 その時、

「誰?」

 高い声が暗闇の中を通って播磨の耳に届く。

「ん?」

 振り返ると、先ほどまで誰もいなかったその場所に人影が見えた。

「……」

 目を凝らすと、公園の灯りに人の姿が照らしだされる。

「見滝原の制服……」

 以前、黒髪でメガネをかけた少女が着ていたのと同じ制服をきた少女がそこにいた。

 ただ、あのメガネ少女よりも背が高く、髪の毛も中学生にしては珍しい手の込んだ巻き髪
である。

「お前ェ、中学生だよな」

「そうですけど」

 妙に落ち着いた雰囲気で巻き髪の少女は答える。同じクラスの女子生徒たちよりも年下の
はずなのに大人びて見える、と播磨は感じた。

「こんな時間に何してるんだ?」

「あなたは先生か何かですか?」

「学ラン着た先公がいるかよ」

「そうですよね」

 そう言って少女は微笑んだ。
47 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/12(月) 20:42:52.89 ID:hgPiPApso

「ん……」

 どうも調子が狂う。

 播磨は頭をかきつつ、次に発する言葉を選ぶ。

「最近は物騒な事件が多いって聞いてるぞ。女の一人歩きは危ないんじゃないのか?」

「心配してくださっているんですか?」

「一応、親切心でいってんだけどな。まあ、らしくねェことはわかってるんだが」

「それはご丁寧に、ありがとうございます」

「あ、まあ気を付けて帰れよ」

 播磨は心の中にモヤモヤとしたものを抱えてしまう。

(やっぱ、慣れねェことはするもんじゃねェな)

 そう思い、そのモヤモヤを振り払うように、その場を立ち去ろうとする。

 しかし、

「あの――」

 そんな播磨の背後に少女は声をかけた。

「あン?」

 播磨は振りむく。

「少しお伺いしたいのですが」

「何だ」

「あなたは、“何者”ですか?」

48 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/12(月) 20:44:39.43 ID:hgPiPApso

「ん!?」

 質問の意図がわからない。

 どう答えればいいんだ。

 少女はじっと播磨の顔を見つめている。

「何者って、見ての通り、ただの高校生だ」

「そうですか」

「……」

「あ、申し遅れました。私見滝原中学三年の、巴マミといいます」

「ん? ああ」

「それでは、サングラスの人。またどこかでお会いしましょう」

 そう言うと、巴と名乗る少女は、闇の中に消えるようにどこかへ行ってしまった。

 コバエが周りと飛び回る外灯の光に照らされた播磨は、なぜかしばらくの間、
その場に立ち尽くしてしまった。



   つづく
49 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/12(月) 20:48:03.17 ID:hgPiPApso
美琴と言えば周防、愛理とかいて「えり」と読む。

そんな時代は過去のものか。というわけで、今夜はこの辺で。


※注意
前回と違い、今回は1話ごとの分量を短めにしております。
これはサーバと筆者自身の負担を軽くするためです。
50 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/12(月) 21:03:56.74 ID:EHz6Se/3o
乙!

ハリー・マッケンジーさんは出てきますか?
51 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/12(月) 23:18:16.10 ID:/QXTEUvI0
魔法不良ハリー☆マッケンジー

うん、ないわー
52 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/13(火) 07:38:06.97 ID:eQO1xxZAO
ハリー・マッケンジーは不良ではないと思うのだが。
53 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/13(火) 11:47:37.31 ID:qKeCKWTLo
スクランは1巻が一番面白かった
54 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/13(火) 19:25:57.13 ID:N5KukWiuo
年末で仕事が忙しい。でも多分、山場は超えたと思う。

たしかに、スクランは初期のほうが面白いですよね。天満と間違えて絃子に抱き着くところとか。

では、今夜も行くぜ。
55 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/13(火) 19:26:38.85 ID:N5KukWiuo

 播磨が巴マミと名乗る不可思議な中学生と出会ってかあ数日後、彼はまた別の噂を
耳にしていた。

「悪魔?」

「そう。ちょっと妹のいる学校で噂になっているの」

「どういうもんだそれ?」

 以前、播磨が話しかけた髪の短い、噂好きの女子生徒がそんな話をてくる。

「私も昔、聞いたことがあったんだけど、ねえ播磨くん、悪魔の契約って知ってる?」

「いや、そういう方面の話は……」

「悪魔はね、どんな願いでもかなえてくれるんだよ」

「ほう」

「でもその代わり、願いをかなえた者の命を奪うの」

「それじゃ願いを叶えても意味ねェんじゃねェの?」

「うーん、そうなんだけど。たとばその、自分の命と引き換えにしてでも叶えたい願いがあるとか」

「……よくわからねェ」

「あは、実は私も」

 願いをかなえるために命を要求する。確かにそれは悪魔らしい。

 ただ、そのために命を差し出したんじゃあ割にあわないのではないかと播磨は思う。

「ところでよ」

「なに?」

「悪魔って、どんな姿してるんだろォな」

「え? そりゃあ、バ○キンマンみたいな形で、黒くていかにも悪魔って感じの」
56 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/13(火) 19:27:33.18 ID:N5KukWiuo

「ああ、そうだね。人を騙そうとするんなら、もっとまともな姿じゃないとね」

「だろ?」

「ねえ」

「ん?」

「播磨くんは、どんな姿だと思う?」

「ん……」

 播磨はふと、以前見かけたあの白い生物のことを思い出す。

 猫のような、犬のような形をした謎の生物。

「中村、アンタいつの間に播磨くんと仲良くなったの?」

 不意に、茶髪の女子生徒が播磨と話している髪の短い生徒に後ろから抱きつく。

「いや、そんなんじゃないよ。ちょっとこの前の話の続きを言ってただけだから」

「そうなの? 仲良さそうだったからてっきり」

 仲良さそうにしている女子生徒同士を見て、播磨はその場を立ち去ることにした。

「じゃ、俺行くわ」

「そうなの?」

「えー? たまにはどっか遊びに行こうよ」先ほど乱入してきた茶髪の生徒が笑いながら言う。

「悪いな、少し気になることもあるんで」

「そっか、じゃあね」

「バイバイ播磨くん」

 女子生徒に別れを告げた播磨は、学校を後にする。

 しかし、行き先が決まっているわけではない。

 今日はバイトもないのだ。
57 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/13(火) 19:28:58.05 ID:N5KukWiuo






    魔法少女とハリマ☆ハリオ


        ♯3  命




58 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/13(火) 19:30:10.19 ID:N5KukWiuo


 夕焼けに染まる街を播磨は歩く。

 夏も近づき日が長くなってきたといっても、暗くなるのはそこまで遅くはない。

 その日、週刊ジンマガの発売日であることに彼は気づいた。

「たまには本屋にでも寄ってみるか」

 そう思い、彼は駅前のショッピングモールに足を運ぶ。

 あそこに行けば大抵の店はあるのだ。無論、書店もある。

 言うまでもなく、彼はあまり読書をするタイプの人間ではないのだが漫画は好きである。

 小さい頃からよく漫画を読んでおり、自分で描いたりもしていた。

 いつしかそういうこともしなくなったけれど、たまに読む漫画は彼にとって慣れない土地での
ストレスを軽減する良い方法でもある。

「新刊、色々出てんな」

 平積みにされた漫画の単行本を見ながら、人気の漫画をチェックする播磨。

 金があれば片っ端から買っていきたいところだが、生憎彼のバイト代には限界がある。

「お、こりゃあ二条丈の新刊か」

 ふと、手を伸ばした時、同じように手を伸ばした誰かの手と当たる。

 まるで漫画のような状況だ。

「あ、すいません」

「いや、別に……」

 素早く手を引っ込め、隣にいた人物の顔を見る。

「お」
59 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/13(火) 19:30:59.54 ID:N5KukWiuo

「あ、拳児くん」

 見覚えのあるツインテールと赤いリボン。それに見滝原中学の制服。

「まどか……」




   *




 目当ての単行本と雑誌を買った播磨は、ちょとオシャレなカフェテリアにいた。

 彼一人だったら絶対に入らないような場所だ。

 四人がけのテーブル席の一つに播磨が座り、その向かい側にまどか、そしてその隣には彼女の
友達らしい髪の短い少女が座っていた。

「改めて紹介するね、この子が私のお友達のさやかちゃん」

「み、美樹さやかです。フツツカモノですが、よろしくお願いします」

 ショートヘアーの少女はやや堅苦しく挨拶をする。

「それで、この人が播磨拳児さん。今年の四月から見滝原に引っ越してきたんだよ」

「お、おう……」

「……」

 黙り込む二人。

 一体何を話せばいいのだろうか、と播磨は考える。

 そんな状態で先に話を切り出したのはさやかのほうだった。
60 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/13(火) 19:32:02.28 ID:N5KukWiuo

「あの、播磨さん」

「ん?」

「早乙女先生と一緒に住んでるって、本当ですか?」

「ああ、その話か。そういや、お前ェらの担任だったな、和子は」

「カズコって呼び捨て。やっぱり新しい恋人は……!」

「違うよさやかちゃん」

 何やら勝手な妄想を始めた親友をまどかが止める。

「拳児くんと和子先生は親戚なんだよ。そうですよね」

「ああ、和子は俺の叔母だ。アイツから見たら俺は甥っ子だな」

「なんだ、そうなんだ」
 
 そう言うと、さやかはまた別の話題を振る。

「そういえば、最近まどかはよくまどかって、よくあなたの話をするんですよ」

「ちょっとさやかちゃん!?」

「俺の?」
 
 まどかが止めるのも聞かず、さやかは喋り続けた。

「はい、今まで男の子に興味を示さなかったまどかが、急に男の人の話をするから、
実は内心驚いていたんです。それがあなただったんですね」

「さやかちゃん」

 まどかは顔を真っ赤にしている。けれどもそれは、怒っているというよりは困っていると
言ったほうがいい。

 さやかもそんなまどかの姿が可愛く思えたらしく、更に話を続けようとする。
61 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/13(火) 19:32:57.34 ID:N5KukWiuo

「もう! 拳児くんとはそういうんじゃないんだよ。エイミーを飼うきっかけを作ってくれた人で、
そういう点で感謝してるの」

「そうなの? それ以外に思いとかあるんじゃないかなあ」

「さやかちゃん」

 まどかがあまりにも困っているようなので、播磨は年上として助け舟を出す。

「それくらいにしといてやれよ」

「はーい」

 播磨の言葉に、さやかはあっさりと従う。

「もう、さやかちゃんったら」

 まどかは少し怒ったように、頬をプクッとふくらませた。

(いかん!)
 
 まどかのその表情を見た播磨は、可愛らしいと思ったため思わず顔を逸らす。

「あれ? どうしたんですか播磨さん」と、さやかが聞いてきた。

「いや、何でもない」 

 播磨は、ニヤケ顔を隠すために話題を変えようとする。

(しかし何の話をしたらいいんだろうか)

 女子中学生の行方不明事件、集団自殺、新興宗教、オカルトな噂話。

 気になる話題はいくらでもあるのだが、どれも女子中学生相手にするような話ではないことくらい、
播磨にもわかっていた。

「あの、拳児くん?」
62 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/13(火) 19:33:54.49 ID:N5KukWiuo

 しかし幸いにも、話題はまどかのほうから出てきたようだ。

「あン?」

「もしもの話なんだけど」

「ああ」

「もしも、何でも願いが叶うとすれば、どんな願いを望む?」

「願い……?」

「そう、何でも叶うとしたらです。金銀財宝とか、満漢全席とか」さやかも続ける。

「……」

 播磨は少し考える。

 この日学校で話した話題とよく似ている気がした。

(偶然だろうか?)

 この手の噂はどこにでも広まっているかもしれない。

 播磨は向かい側に座るまどかの顔を見る。

(あいつ……)

 冗談混じりで聞いてきたにしては、どうも目が真剣だと彼は思った。

(そうまでして叶えたい願いが、あるのか?)

 播磨は色々考えてみたが、答えはまとまらなかった。

「何でも願いが叶うっていうけどよ」

「うん」

「やっぱり、そういうモノにはそれなりの代償が伴うんじゃねェかな」
63 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/13(火) 19:35:26.20 ID:N5KukWiuo

「代償?」

「ああ、リターンにはリスクが伴う。そうじゃなきゃ世の中は成り立たねェ」

「……」

「例えば、何でも願いが叶うっていうなら、それなりの代償があるんじゃねェかって、
言いてェんだよ」

「その代償って何ですか?」

「たとえば、命とか」

「命……」

 ふっと、まどかの表情が変わったような気がした。

「今のところ、自分の命と引き換えにしてでも叶えたい願いってのは、俺にはないな」

「そう……、ですか」

「まどかはどうなんだ?」

「私? 私は……。その――」

 ほんの少しの沈黙。

 そして、

「ない、かな……」

「そォか」 

 いつの間にか重たくなっていた空気がふっと軽くなったような気がした。

「ふ、二人とも何でそんなたとえ話で真剣に話してるのさ」

「そういえばそうだな。何でも願いがかなうなんて、ありえるはずもねェのに」

 そう播磨が言うと、まどかは苦笑いをした。
64 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/13(火) 19:36:58.45 ID:N5KukWiuo

「そろそろ帰るか」

 本当はもう少し話をしていたかったけれど、あまり遅くまで付き合っていると、
まどかの父の和久があまりいい顔をしないだろう、と思った播磨は話を切り上げ、
二人を帰らせることにした。

「まだ時間は大丈夫だよ」とさやかが言う。

「最近物騒だから、早めに帰ったほうがいい」

「なんだか播磨さん、先生みたいなこと言うなあ」

「一緒に住んでるからな。先生って職業の人間と。少しは影響がるかもしれねェ」

「あは、そうかも」

「二人とも、途中まで送るぞ」

「お、紳士だねえ」

「な、何かあったら俺の責任にもなりかねんからな」

 照れ隠しで播磨がそんなことを言うと、

「ありがとう、拳児くん」

 と、まどかは笑顔で返した。




   *
65 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/13(火) 19:37:40.00 ID:N5KukWiuo



 暗闇に包まれはじめる道を、播磨とまどか、そしてさやかの三人が歩く。

 長く延びていた彼らの影は、次第に夜の闇に溶けていゆく。

「じゃあ、アタシはこっちだから。後はお二人で」

「もオいいのか?」

「うん、アタシのマンションすぐそこだから。じゃあね」

「バイバイ、さやかちゃん」そう言ってまどかは手を振った。

「バイバイ、お幸せに」

「……」

 話好きで元気っ子のさやかがいなくなると、急に静かになった。

(何を話せばいいんだろうか)

 播磨にとってまどかと二人きりになるのは初めて会った時以来のである。

 ただ、初対面の時には間に猫のエイミーという緩衝剤があったので、本当の意味での二人きりは
これが初めてだ。

「あの、拳児くん」

「ん?」

「さっきの話なんだけど」

「話?」

「何でも願いがかなうならって、話」

「なんだ、そのことか」

「うん。自分の命と引き換えにしてでも叶えたい願いがあるのかって、ずっと考えてたの」
66 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/13(火) 19:38:39.47 ID:N5KukWiuo

「ああ……」

「でもわからなかった」

「そオだろうな。俺もわからねェ」

「うん」

「だがよ――」

「え?」

「自分のことはわからなくても、他人のことならわかるんじゃねェか」

「どういうこと?」

「もしまどかの大事な人が、親父さんやお袋さんなんかが急にいなくなったら、どう思う?」

「それは……、嫌だな」

「だったら逆に考えればいい。もし、お前ェがいなくなった時、お前ェを大事に思っている人が
どう思うかってことを」

「……ん」

 まどかは、急に歩みを止めた。

「どうした?」

「もし、私がいなくなったら、拳児くんはどう思う?」

「それは……」
67 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/13(火) 19:40:37.32 ID:N5KukWiuo

「私は、拳児くんが急にいなくなったら寂しいと思う……」

 ふと、消え入りそうな声で彼女は言った。

 ここで曖昧な答えをするのは男じゃない。

 そう思った播磨は意を決する。

「俺だって、まどかにはずっといて欲しいと思ってる」

「え?」

「折角知り合いになれたのに、急にいなくなったら寂しいじゃねェか」

「拳児くん」

 先ほどまで立ち止まっていたまどかが、急に走り出した。

「おい、まどか」

 そして、しばらく走ってから再び立ち止まる。

「拳児くん」

「ん」

「ありがとう」

 彼女は太陽を背にしていたため、逆光になってその表情は暗くてよく見えなかったけれども、
多分笑顔で言っているのだろう、と播磨は思った。



   つづく
68 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/13(火) 19:46:28.71 ID:N5KukWiuo
次回は、まどかのお母ちゃんが再び出てきます。

今作のコンセプトとしては、外側から見たまどマギ、つまり主要キャラ以外の視点を重視
している構成なので、序盤は魔女も出てこないし、かなり退屈かもしれません。

物語が動くまでもうちょっと待ってくだされ。
69 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/13(火) 20:14:23.00 ID:MZjz48zDO
イイヨイイヨー
この中途半端に非日常に片足突っ込んでる感が、とても美味しいです

と言うか魔女が出てきたら播磨ヤバいでしょw
70 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/13(火) 21:24:48.60 ID:nvOnALUd0
烏丸君を召喚すればいいだろ
71 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/13(火) 23:58:08.68 ID:W0FlqbYs0
今のところ播磨の必要性が見当たらないけど……期待
72 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/14(水) 20:04:46.50 ID:caHHzrrpo
会社終わってから、トレーニングジムに行ったから筋肉パンパン。明日は筋肉痛間違いなしだね。

ってなわけで投下。
73 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/14(水) 20:05:41.76 ID:caHHzrrpo

 なかなか夜、眠れなかった播磨は気がつくとペンを握っていた。

(何をやっているんだ俺は……)

 真っ白の紙にペンを走らせる播磨。

 そしていつしか、鹿目まどかにそっくりな少女が浮かび上がる。

 ただ、本物のまどかと違うところは、やたらフリルの付いた可愛らしい服装をしているところ
だろうか。

「まるで、魔法少女のようだな……」

 ふと、そんなことを口にしたその時、

「拳児くん! 私のプリン知らない?」

「ぬわ!」

 同居人の早乙女和子が急に、播磨のいる部屋のドアを開ける。

「か、和子! 入る時はノックぐらいしろとあれだけ」

「あらやだ、ごめんなさい。まだ途中だった?」

「……!」

「しかたないわよね、男の子なんだし」

「違うわ!」

「お姉ちゃんも協力してあげたいところだけど、ほら、私はあなたのお母さんの妹だから」

「違うって言ってんだろ! さっさと出て行けよ」

「もう、拳児くんのイジワル」

「うっせェ」

 和子を部屋から追い出した播磨は再び机に向かい、先ほど隠した紙を取り出す。

 そこには、魔法少女のような姿をしたまどかのような少女がいる。

 播磨には、なぜ自分がまどかに対してこんなイメージを抱いてしまったのか、
よくわからなかった。

 ただ、単なる妄想にしては、なぜかしっくりくると思った。
74 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/14(水) 20:06:09.88 ID:caHHzrrpo




   魔法少女とハリマ☆ハリオ


     ♯4  協力者






75 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/14(水) 20:07:21.17 ID:caHHzrrpo


 数日後の朝、播磨が朝食を食べながらテレビを見ていると、見滝原付近で自殺者が出たという
ニュースが流れていた。

「また自殺か」

「そうなの、建設中のビルからの飛び降り自殺」

 トーストにバターを塗りながら和子は言った。

「確か今年の二月にも似たようなことがあったよな」

「え? ああ、そうね。でもあれは集団自殺だし」

「この街はそういう事件が多いのか」

「そんなことはなかったはずなんだけど……」

「そォか」

「拳児くん」

「ん?」

「心配ごととか悩み事があるなら、ちゃんと私に相談するのよ」

「別にねェよそんなの」

「拳児くんにもしものことがあったら、私姉さんになんて言えばいいのよ。
一応、今は私が保護者なんですからね」

「わかってる」

「本当に?」

「ああ……」

『ニュースを続けます。タレントの桜井リホさんが3キロ太った問題で、昨夜所属事務所の
高木社長が会見を開き――』

 しばし訪れる沈黙の中、テレビの音が響く。
76 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/14(水) 20:08:54.73 ID:caHHzrrpo

「なあ和子」

「なに?」

「警察に知り合いとかいねェか?」

「拳児くん? 何か悪いことでもしたの?」

「いや、そうじゃねェけど」

「そういうことはちゃんとお姉ちゃんに言ってくれなきゃ」

「だから違ェって言ってるだろうが」

「うーん、警察の人に知り合いがいるほど顔が広い人なら知ってるけど」

「誰だ?」

「詢子」

「……」

 鹿目詢子――

 まどかの母親だ。

(あの人は何か苦手なんだよなあ……)




   *
77 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/14(水) 20:10:28.31 ID:caHHzrrpo


 
 その日の夕方。

 なぜか播磨は、仕事を終えた詢子と一緒に鹿目家にいた。

「あの、詢子サン……」

「話なら食事の後に聞くよ、さあ入った入った」

 昼間、播磨は詢子の職場に電話をかけた。それがなぜか一緒に家で食事をするという
約束になってしまったのだ。

「ただいまあ」

 その日一日の疲れを感じさせない明るい声で詢子は帰宅する。

「おかえりママ。それに、拳児くんも」

「お、おう」

 出迎えたのはまどかだった。

 事前に詢子が連絡していたようで、家の者は播磨がくることを知っている。

(それにしても、私服のまどかも可愛いな)

「どうしたの?」

 やや顔を紅潮させながらまどかが聞いてくる。

「いや、なんでもねェ」

「さ、拳児くん。手を洗ってきな。私も着替えてくるから」

「……はい」

 まどかの家は初めて訪れたけれど、まどかと同じ匂いがすると播磨は思った。

「ミー」
78 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/14(水) 20:11:23.34 ID:caHHzrrpo

 靴を脱いで家に上がると足元に黒い影が近づく。

「ん? お前ェは」

 いつか会った、あの黒猫である。そういえば、まどかが家で飼うことになったと
中華料理屋で言っていたことを播磨は思いだす。

「あ、エイミー。拳児くんだよ。覚えてる?」まどかはそう猫に話しかける。

「ニャー」

 エイミーは音もなく播磨に近づき、そして彼の脚に身体をそっと近付けた。

 親愛の表現なのだろう。

「拳児くんって本当に動物に好かれるんだね」

「そうだな」

 播磨はしゃがみこんで、エイミーの小さな頭をそっと撫でた。

 その後、洗面所で手を洗った播磨はリビングに行く。

「いらっしゃい」

 エプロン姿の鹿目和久がそう言った。

「お邪魔してます」

「ケンケンだ! ケンケーン!」

 まどかの弟、タツヤがそう言って手を振る。

(しかしケンケンってなんだ。俺はイヌか)

 播磨は苦笑しつつ、まどかに促されて食卓の前に座る。

「しかし凄いッスね」
79 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/14(水) 20:11:53.41 ID:caHHzrrpo

 播磨の目の前には、いくつもの料理が並んでいた。

 高級料理というわけではないけれど、おかずの種類が多い。

「いやあ、拳児くんが来るって聞いたらまどかが手伝いしたいって言ってねえ」

 料理を並べながら和久は言う。

「これとこれはまどかが作ったんだよ」

「そおなんですか」

「もうパパ! 恥ずかしいからあんまり言わないでよ」

「いやだって、せっかく作ったんだし」

「ごめんね拳児くん。美味しくなかったら美味しくないって言っていいから」

「いや、別に」

 まどかの作った物なら、毒でも入っていない限り食いつくす、と播磨は思っていた。

「あら、皆揃ってるね」

 昼間のスーツ姿から、すっかりリラックスした服装に変わった詢子が入ってくる。

「じゃあいただきましょうかね」




   *

80 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/14(水) 20:13:13.87 ID:caHHzrrpo


 夕食は和やかな雰囲気で進んだ。

 詢子はビールを飲みながら楽しそうに話をし、まどかは播磨やタツヤに対して色々と世話を
焼いていた。

 エイミーは部屋の隅で、自分の餌を食べている。

 久しぶりに感じるゆっくりとした時間。

 播磨がこの街に来て以来、殺伐とした事件を耳にすることが多かった分、こういう家庭的な
雰囲気は心地よさを通り越してこそばゆくもあった。

 そして食事も終わり、播磨は詢子と二人で話をすることになる。

 まどかと一緒にいる時間が楽しくて、忘れかけていたけれど、この日の鹿目家訪問はこれが
目的だったのだ。

 照明を落とした薄暗い部屋。隣からはまどかやタツヤの笑い声が聞こえる。

 詢子は水割りの入ったグラスを揺らした。

 グラスの中の大きめの氷が縁に当たって高い音を出す。

「私は、この音が好きなんだよね」

 窓から差し込む月の光が詢子の肌を照らす。

 その肌は、子供を産んだとは思えないほどきめ細かく張りのあるものであった。

「あの、詢子サン……」

 播磨が話を切り出す。

「なんだい?」

 酒のせいで頬は紅潮しているけれど、その瞳はしっかりと彼の顔を見据えていた。

「頼みがあるんですが」

「聞こうか」
81 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/14(水) 20:14:14.49 ID:caHHzrrpo

「警察に、知り合いがいないでしょうか。よければ紹介してもらいたいんです」

「それは、どうしてだい?」

「それは……、少し前に起こった女子中学生の失踪事件、それについて知っていることがあれば、
教えてもらいたいと思いまして」

「……」

 詢子は少し黙り、グラスに口を付ける。

「それを知ってどうするつもりなんだい?」

「それは……」

 播磨は考える。

 元々深く考える性質ではない。考える前に行動するタイプの人間である。

 だが、今は考える。

「知りたいんです」

「知りたい?」

「この街のことを」

「どういうこと?」

「この街に来てから、奇妙な違和感を覚えることがよくあるです。でも、それが何かわからなくて」

「ふん……」

「んで、クラスの連中とかに聞いたら、ここでは新興宗教が盛んだったり、集団自殺があったり
してるって話で。そこに何か裏があるのかと思って」

「それを知って、どうするつもり?」

「それは……」
82 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/14(水) 20:15:45.82 ID:caHHzrrpo

 播磨は言葉を止めて考えてみた。

 恐らく、この街に来てから一番頭を使った瞬間だっただろう。

 だが、

「……わからないッス」

「……」
.
「ただ、何だかよくわからない違和感の中で暮らして欲しくないんっすよ、やっぱり。
まどかたちも危ないんじゃないかって」

「まどかのこと、心配してくれてるの?」

「いや、まあ……」

「ありがとう拳児くん。まどかもキミのことを気に入ってるみたいだし、そんな風に思われて
幸せ者だね、あの子は」

「あの子が俺を気に入ってるんッスか?」

「……」

「どうしました?」

「いや、何でもないよ。それで、警察に話を聞いたらキミの疑問は晴れるのかな」

「わからないッス。でも、何か手掛かりはつかめるかもしれない」

「ふむ……」

 やはりダメか。播磨がそう思った時、

「わかったよ」

「え?」

「知り合いに見滝原署の刑事がいる。下っ端だけど優秀なやつだから、何か知ってるかもしれない。
ちょっと連絡を取ってみる」
83 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/14(水) 20:17:00.52 ID:caHHzrrpo

「本当ですか?」

「ああ、女に二言はないよ」

「ありがとうございます」

「ただし、条件がある」

「……。何でしょう」

「拳児くんが探している違和感とやら。何かわかったら私に知らせてほしい。
協力してあげるんだから、当然の権利だろう?」

「は、はい」

「それともう一つ」

「はあ」

「娘を、まどかを悲しませるようなことはしないでね」

「え?」

「わかったかい?」

「え、はい」

「この二つを守れるなら、取り次いであげる」

「守れます。お願いします」

「ふふ……」

「……」

「こうやって真剣な顔している男を見るのも、久しぶりな気がするよ」

「詢子……、サン」

「拳児くん」

「はい」

「キミが何を目指しているのか、私にはわからないけど、まあ頑張りな」

 詢子はそう言うと、グラスに残ったウイスキーを最後まで飲みほした。




   つづく
84 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/14(水) 20:19:36.76 ID:caHHzrrpo
 次回、ゲストキャラが刑事役で登場。とあるゲームの登場人物です。


 あと、梨穂子は可愛いなあ!←ここ重要
85 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage saga]:2011/12/14(水) 20:33:01.45 ID:Y651qGwX0
ビルの屋上から集団自殺なんて言われるとカオヘを思い出すな……

乙 面白い

さて、烏☆マギカを並列して進行する作業に戻るんだ!
86 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/14(水) 21:47:25.14 ID:qv9/MGiHo
スクランスレと聞いてやってきましたよ、っと
87 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/14(水) 21:48:47.31 ID:/B9EtIfAO
これはいいスクラン
88 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/15(木) 01:24:15.79 ID:EvHEARdG0


続きが楽しみだ
89 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/15(木) 11:15:20.53 ID:NzRW5whH0
>>84

でぶったのかww
90 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/15(木) 11:59:02.33 ID:Ae7LiO6Q0
梨穂子はかわいいなあ
91 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/15(木) 19:39:23.78 ID:V/USX/oVo
明日は寒いらしいですね。金曜日だというのに。
92 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/15(木) 19:40:46.41 ID:V/USX/oVo

 約束の時間は夕方4時。

 忙しい仕事をしている相手なので、なんとか都合のつくギリギリの時間だ。

 播磨のほうも、一応高校の授業があるのでそれを終えてからすぐに行かなければならない。

 約束をしていた日には、わざわざ和子から自転車(ママチャリ)を借りて学校にスタンバイしておき、
授業が終わったら即効で乗って待ち合わせ場所へと走った。

 瞬発力には自信のあった播磨だが、どうにも持久力は低いようで自転車をこいだだけで激しく
息切れをしてしまう。

 待ち合わせ場所である公園に行き、自転車置き場に自転車を置いてから指定されたベンチへ向かう。

 なんだかスパイ映画みたいだ、と思いつつ早足で歩く播磨。

(まだ着てねェのか……)

 ふと、周囲を見回すとベンチに座って大きめの手帳を読んでいる男の姿が目に入ってきた。

(あれは……)

 他の人間にはない異様なオーラをまとっている男。

 その男は播磨の存在に気づくと、すっと立ち上がった。

「あの……」

「播磨、拳児くんか」

 播磨の言葉を遮るように男は声をかけてきた。

「はあ」

 彼は曖昧に返事をする。

 その鋭い眼光に一瞬ひるんでしまったのだ。

 しかし気を取り直し、にらみ返す。

(ここで舐められたらまともに話なんかできねェ)

 喧嘩に明け暮れた中学時代の記憶がよみがえる。

「鹿目詢子サンの紹介で」

「ああ、聞いている。見滝原署刑事課の霧島だ」

「どうも……」
93 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/15(木) 19:41:21.22 ID:V/USX/oVo





   魔法少女とハリマ☆ハリオ


      #5 事 件




94 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/15(木) 19:42:02.55 ID:V/USX/oVo




 霧島と名乗る刑事は、ヨレヨレのスーツとシャツ、そして無精ひげというあまり清潔感があるとは
思えない姿をしていた。

 にもかかわらず、播磨の目にはその姿がなんとなく様になって見える。

 なんというか、シワクチャのワイシャツですら、彼の引き締まった体躯にはよく似合って見えたのだ。

 まるで、映画『セブン』に出ていたブラットピットのようでもある。

 播磨は霧島とベンチに座った。

 時間がないという霧島のためにも、早めに話をしなければならない。

「聞きたいとことはなんだ?」

 霧島は鋭い目つきで播磨の姿を観察するように見ながら聞いてくる。

「少し前に起こった、女子中学生の失踪事件についてなんですが」

「あれか……」

 ふと、霧島は遠くを見つめる。

 その視線の先には、小学生らしい子供たちがボール遊びをしている風景があった。

「たしか名前は、瀬川……」

「瀬川絵里14歳。見滝原中学の当時2年生だ」

「……」

「友人たちと別れ、家に帰ろうとしたその途中で行方不明となった」

 そこまでは播磨が新聞で読んだものと同じである。

「周囲の目撃情報とかは」
95 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/15(木) 19:42:05.93 ID:L2+7OoEpo
初めてリアル遭遇してしまった
96 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/15(木) 19:43:17.68 ID:V/USX/oVo

「わからない。目撃情報もなし、周辺の監視カメラなども全て調べたが足取りらしきものはつかめなかった」

「完全に蒸発」

「そうだな。だが人が蒸発するなんてことは考えられない」

「そうですね」

「だとすれば、何者かが連れ去ったと考えるのが妥当だ」

「……」

「とすれば、誰が何のために連れさったのか」

「誘拐でしょうか」

「そうだな、わいせつ目的か、はたまた身代金目的か。ただ、身代金目的なら、親か誰かに連絡が行く
はずだ。しかしそれもない。そして、別の目的なのだが」

「……」

「遺体発見は年明けだ。建設中のビルの一角で見つかった。報道でもされたと思うが遺体の発見はなし。
有力な目撃情報もなし。普通なら、何らかの手掛かりが見つかるはずなのだが、それもない」

「死因は」

「発表では確か、心臓麻痺としていたはずだが――」

「……」

 播磨は記憶をたぐりよせる。確か新聞のバックナンバーにもそんなことが書いてあった気がする。

「実際はわからない」

「?」

「明確な死因はわかっていない」
97 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/15(木) 19:45:12.28 ID:V/USX/oVo

「その、ナントカ解剖をしたりとか……」

「司法解剖な。確かにそれも行った。それでも原因はわからない。それどころか、
別の謎が浮かび上がってきてしまった」

「別の謎?」

「まず第一に、死亡推定時刻だ。播磨くんも、遺体を調べたらそれが死んだ時間をある程度まで
推定できることは知っているだろう」

「はい」

「まずそれがわからなかった。というのも、死亡推定時刻はおよそ72時間以内。
つまり、行方不明になってから一ヶ月近く経っているにも関わらず、遺体が発見される直前に
死んだことになっている」

「……?」

「まだわからないことがある」

「え?」

「胃の内容物だ。人は何かを食べないと生きていけない」

「はあ」

「それが、瀬川絵里の胃を調べた結果、失踪した12月14日の昼に食べた食品らしきものがわずかながら
残っていたんだ」

「……そんな」

「これに関しては推測でしかない。まるで失踪した12月から、翌月にタイムリープでもしたかのような現象だ」

「タイムリープなんて……。でも実際のところは――」

「わからない。上層部はこの事件に見切りをつけて捜査本部を縮小した。今は別の事件も発生しているので、
俺たちもそっちに行かされているのさ」

「それじゃあ……」
98 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/15(木) 19:46:08.13 ID:V/USX/oVo

「ああ、恐らくこの事件は迷宮入りだろう」

「……」

「これが俺の知ってる情報だ。大したものじゃないだろう」

「いえ、そんなことは」

「気を使わなくていい。現場の刑事なんてこんなものだ」

「はあ」

「キミはこの話をきいてどうするつもりだい?」

「どうするって」

「キミが犯人を捕まえる?」

「そんなつもりはないっすよ」

「じゃあどうして」

「知りたいんです」

「ん?」

「この街で感じる違和感の原因を」

「ふむ……」

「さっきの事件もそうですけど、この街には何か常識では測れないような事態が
起こってるんじゃねェかと思うこともあるっす」

「そうだな。……あっ、それと」

 霧島は少し考え、何かを思い出したように口を開いた。

「それから、もう一つ気になることがあるんだが」
99 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/15(木) 19:49:06.49 ID:V/USX/oVo

「なんっすか?」

「件の瀬川絵里の居場所を通報した人間がいる」

「通報?」

「同じ中学の生徒だ」

「同じ、中学」

「名前は巴マミ。当時見滝原中学の二年生。今は三年生だな。文字は、巴投げの巴。マミはカタカナでマミだ」

「巴……、マミ?」

「俺は気になって、個人的に少し調べてみたけれど、別段おかしいところはなかった」

「そうなんっすか?」

「ただ、被害者の瀬川とは面識はあまりなかったようだ。同じクラスの連中に色々と話を聞いたが、
二人が話をしていたと証言する者は少ない」

「……」

「あと、巴には両親がいないようだ」

「ん?」

「市内で一人暮らしをしている。そのためか、夜中に街中を歩きまわっている、とう話も聞いた」

 播磨はかつて、暗くなった公園を歩く巴マミの姿を思い出す。

「何か事件に関係しているんじゃないかと思ったが」

「証拠がない」

「その通りだ」

「……」
100 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/15(木) 19:50:18.02 ID:V/USX/oVo

 播磨が黙ると、霧島は左手首につけた腕時計を見る。

「そろそろ時間だな」

「今日は、スンマセン」

「いや、いい。俺も少しは気分転換になった」

「そうなんですか?」

「このことは内密に頼むぞ」

「わかってます」

「まあ、何かあったら知らせてくれ。見滝原署の霧島と言えばわかる」

「ハイ」

「それじゃ、まだ聞きこみが残ってるんで」

「ありがとうございます」

 播磨は立ち上がり、軽く頭を下げた。

 霧島も立ち上がると、スッと風のようにその場から去って行った。

「巴マミか」

 霧島のいなくなったベンチで、播磨は座ったままその名前をつぶやいた。

「ああ、いかんな」

 放課後に全力で自転車をきご、そしてあまり使わない頭をフルに使い身も心も疲れてしまった播磨は、
しばらく公園のベンチでボーッとすることにした。

 気力の回復を待ってから家に帰ろう。

 そんなことを考えながら、ベンチで俯いていると、見覚えのある黒いタイツの足元が視界に入ってきた。

「播磨さん?」

「暁美か」

 見滝原の制服に身を包んだ暁美ほむらがそこにいた。

 手には学校のカバンの他に、スケッチブックを抱えている。



   つづく
101 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/15(木) 19:51:55.47 ID:gGZhi/Uyo
乙ん
102 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/15(木) 19:53:45.21 ID:L2+7OoEpo


マミさん・・・
103 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/15(木) 19:57:45.21 ID:V/USX/oVo
 今回のゲスト、霧島刑事は、零(ゼロ)〜月蝕の仮面〜に出てきた私立探偵、霧島長四郎(長さん)がモデル。

 本来なら、この人を主人公にしようと思ったのですが、知名度と戦闘力の強さを考えて断念。

 また、大人と子供の架け橋という役割を帯びた今回の主人公には、完全な大人である長さんは不向きだったでしょう。

 長さんはすごく二枚目で、筆者の好きなゲームキャラの一人です。

 ちなみに月蝕の仮面には円香(まどか)というキャラも出てきます。
104 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/15(木) 20:05:32.46 ID:V/USX/oVo
さて、今回は前回よりも短かったので、今朝思いついた小ネタを投下しようと思います。

ほぼ即興です。仕事から戻って書きました。
105 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/15(木) 20:07:15.63 ID:V/USX/oVo

 播磨拳児の高校生活二年目は、びっくりするほど田舎町で始まった――

 稲羽市。

 何もないことがとりえ、と言われたこの小さな田舎町で囁かれる噂。

「ねえ、マヨナカテレビって知ってる?」

「ああ知ってる、霧の出る日の午前零時にテレビを見たら、そこに運命の人が映るって話でしょう?」

 くだらない都市伝説。

 はじめ、彼はそう思った。

 しかし、

「おい、死体が見つかったってよ! 殺人事件だ」

 静かな町を揺るがす殺人事件。

 死体は屋根の上のテレビのアンテナにつりさげられていたという。

 そんな稲羽市で、彼は再び奇妙な事件に巻き込まれていく。

「何だここは……」

 テレビの中に広がる不思議な空間。

 彼はそこで、一つの能力に目覚める。

「ペルソナ……?」

 自分の中にあるもう一つの自分。

 その能力(チカラ)で、シャドウと呼ばれる化け物と戦う。

 そして、

「証拠が残ってねェってことは、恐らく。犯人はテレビの中で被害者を殺してやがる……」

 警察でも解決できない、その難事件に彼は仲間たちとともに挑むこととなる。
106 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/15(木) 20:08:10.76 ID:V/USX/oVo


《あなたはこれから、たくさんの出会いをすることになるでしょう。

 その出会いの中のいくつかは、やがて絆となり、あなたの力となります》


【法王】

「これから一年間、お前の保護者になる、堂島遼太郎だ」

              播磨の叔父、稲羽警察署の刑事:堂島遼太郎

【正義】

「な、菜々子です。よろしく……」

             堂島の娘:堂島菜々子



【魔術師】

「行くぜ相棒!」

「相棒はよせ」

    陽気なクラスメイトにして頼れる(?)相棒:花村陽介


【戦車】

「お前、お嬢か?」

「お嬢とかやめてよ。あたしよりも雪子のほうがお嬢さまだっての」

               元気いっぱいのカンフー少女:里中千枝


【女教皇】

「播磨君。その、お弁当作ってきたんだけど……」

             老舗旅館の若女将、やや天然ボケ:天城雪子

107 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/15(木) 20:09:06.53 ID:V/USX/oVo



《出会いはまた、あらたなる出会いを生むでしょう》




【節制】

「ああ、お前ェは天城のトコの……」

「妹の天城八雲です。姉がいつもお世話になっています」

           しっかり者の雪子の妹:天城八雲


【剛毅】

「お前、いい身体してるな。バスケ部に入らないか?」

「なんか、以前も同じようなこと言われた気が……」

            バスケ部の主将:麻生広義


【 月 】

「今日からバスケ部のマネージャーになりました、稲葉でーす」

(なんだ、コイツ……)

             バスケ部のマネージャー(?):稲葉美樹


【隠者】

「わが教会へようこそ、播磨先輩」

「確かお前ェは、妹さんの友達の」

「はい、サラ・アディエマスです!」

「ここの教会のシスターだったのか」

「ええ、まだ見習いでけどね」

             教会のシスター見習い:サラ・アディエマス


【太陽】

「天文部って、もしかしてお前ェだけか?」

「ええ、実はそうなんです。先輩」

             天文部の一年部長:東郷榛名
108 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/15(木) 20:10:39.60 ID:V/USX/oVo



 絆の力であらゆる困難を打ち破る。

「頼むぜ相棒!」

「播磨くん、頑張って!」

「いけええ、播磨くん!!」

「播磨センパーイ!! ファイトだぜええ!」

「センセーイ」

「人任せにしてんじゃねェぞ! この! ペルソナアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」




   Persona4 with School Rumble
 

    播磨拳児のペルソナ4
















  特にやる予定はない
 
109 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/15(木) 20:13:41.31 ID:V/USX/oVo
以上。

ちなみに天城の妹役は、中の人つながりです。

クールな番長も素敵ですが、熱血系の主人公も嫌いではないですよ。

若干カンジくんとキャラがかぶりますがね。
110 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage saga]:2011/12/15(木) 20:41:57.49 ID:CmA9PJkB0
乙ハイカラ
111 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です) [sage]:2011/12/15(木) 20:55:56.47 ID:NZBuijWRo
おっぱいから
112 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/15(木) 21:53:10.87 ID:35977XRM0
おつ

113 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/16(金) 06:08:19.97 ID:0CLrAeMro
巴マミ、一体何者なんだろう(棒)

というわけで今宵も投下予定。仕事行ってきます……。
114 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/16(金) 08:30:14.26 ID:pz/C4hiAO
播磨以外のスクランキャラは出ないの?
115 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/16(金) 19:35:50.69 ID:0CLrAeMro
スクランキャラは後半に出てきます。誰とは言えません。
116 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/16(金) 20:09:35.64 ID:0CLrAeMro
よし、寒いけどやるか。
117 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/16(金) 20:10:55.44 ID:0CLrAeMro


「ただいま」

 播磨が刑事と会ったその日、本来ならその後すぐに帰る予定だったのだが、
“とある事情”で寄り道をしてしまったため、少し遅れての帰宅となってしまった。

「おかえり拳児くん。今日も遅かったのね。バイト?」

 Tシャツ姿にショートパンツという、緊張感のかけらもない格好で和子は出迎える。

「ああいや、そうじゃねェ。ちょっと寄り道」

「そうよね。アルバイトにしては早いものね。それより今日の夕食」

「ん?」

「カレーにしてみた」

「またか」

「いいじゃない、カレー」

「……」

「まあ、下手なもの作って失敗されるよりはマシか」

 播磨は半ばあきらめた気持ちで着替えに向かった。

 制服を脱ぎ、部屋着に着替えながら播磨は色々と考える。

 昨年発生した女子中学生失踪事件に、何らかの形で巴マミという少女が関わっているのは
間違いない。

 しかも、夜中に街中を歩きまわるというマミの行動も怪しい。

 単に暇だから歩いているだけなのか、それとも何か目的があるのか。

 いずれにせよ、直接話をきいたほうが良さそうだ。

 そう思った播磨は、夕食後に再び街に行くことを決意するのだった。
118 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/16(金) 20:12:09.18 ID:0CLrAeMro





   魔法少女とハリマ☆ハリオ


       ♯6  夜



119 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/16(金) 20:13:01.50 ID:0CLrAeMro


 夕食を終え、外出用の服に着替えなおした播磨は和子にバレないよう家を抜けだす。

 そして街に出た。

 夜の見滝原は、繁華街以外は人通りも少なく静かだ。

 ただ、その静けさが彼にとって異様に感じられたことは言うまでもない。

(この街の夜は、どうも慣れねェ)

 播磨はそんなことを考えながら歩く。

 別にアテがあるわけではない。

 ただ、自分の感じた妙な違和感をたどって行けば、そこに何かの手がかりがあるのではないか。

 そんな漠然とした予感だけは抱えていた。

 しばらく歩きまわった時、彼は見覚えのある制服姿の少女を見つけた。

 巴マミ、ではない。

「アイツは……」

 短めの髪の毛に見滝原中学の制服。

 彼の記憶が確かなら、彼女はまどかと同じ中学に通う美樹さやかという女子生徒のはずだ。

「おい」

「ひっ!」

 声をかけると、まるで身体全体が浮き上がっているかのように驚く。

「お前確か、まどかの友達の、美樹だったか」

「あ、ああ。美樹さやかです。あなたは播磨さん、でしたよね」

「そおだが。お前、こんな所で何やってるんだ」
120 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/16(金) 20:13:59.05 ID:0CLrAeMro

「いえ、別に。散歩?」

「制服を着てか?」

「これはその、アハハ」

 彼女はあまり頭が良くないようで、何かを隠していることが播磨にはバレバレだった。

「一体何をしている」

 彼はさやかに歩み寄る。

「いや、それは」

 その時、別の方向から声が聞こえてきた。

「――何をしているですか?」

 女性の声だ。

「ん?」

「あ、マミさん」

 播磨が振り向くと、そこには以前会った時と同じように見滝原の制服に身を包んだ巻き髪の少女、
巴マミがいた。

 暗くて見えにくかったけれど、外灯の光に照らされた彼女の姿を見て播磨は間違いないと確信する。

「コイツは知り合いの知り合いだ。別に何もしやしねェよ」

 播磨は両手を広げ、とりあえず何もしていないことをアピールする。

「あら、あなたは」マミはふっと笑顔を見せる。

「覚えていたか」と、播磨。

「ええ、忘れませんよ。特徴的な姿ですもの」
121 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/16(金) 20:14:41.28 ID:0CLrAeMro

 マミと播磨。二人のやりとりを見てさやかは戸惑っているようだ。

「ええと、お二人はお知り合いなんですか?」

「ええ、この間少し」

 さやかの言葉にマミが答えた。

「ごめんなさい、少し急ぎますので。今日はこれで。行きましょう、美樹さん」

 そう言うと、美樹さやかを連れてどこかへ行こうとする。

 だがそうはいかない。

「待てよ巴マミ」

「あら、何かしら」

「お前ェに少し話がある」

「私からは別にありません」

 そう言ってマミは再び歩き出す。

「瀬川絵里――」

 播磨のその言葉に、マミは歩みをとめた。

「この名前に、覚えがあるだろう」

「あなた……」

 マミの表情に動揺の色が見える。

(ここはビンゴか)

「場所を移しましょう」





   *
122 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/16(金) 20:15:22.97 ID:0CLrAeMro


 
 駅近くの公園。

 かつて、播磨とマミが初めて会った場所でもある。

 播磨とマミは、公園のベンチに並んで座っている。ただし、お互いにベンチの両端に座っており、
少し離れていた。

 ちなみにさやかは別のベンチに一人で座らせている。

 あくまで、播磨はマミと二人で話したかったし、マミのほうも、同じように考えていたようだ。

「質問いいか」

 播磨はそう言って話を切り出す。

 煩わしい前置きは苦手だ。

「どうぞ」

 マミはそっけなく答える。

「瀬川絵里との関係は?」

「同じ学校に通っていたお友達です」

「特に交友はないと聞いているが」

「別に」

「彼女の遺体を見つけたのはお前だよな」

「そうですけど」

「どうして見つけられた?」

「たまたまです。本当にたまたま」

「たまたまで建設中の工事現場に入るのか?」
123 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/16(金) 20:17:24.58 ID:0CLrAeMro

「少しおかしいなと思ったので。こう見えて、冒険心は豊富なんです」

「そォかい。じゃあ質問を変えよう。瀬川絵里の死体を見てどう思った」

「それは、驚きました。だって、少し前まで一緒に勉強していたお友達が、
、、、、、、、、、、、、、、、、
あんな姿になってしまって」

「あんな姿」

「ええ」

「見つけて、すぐに死体だとわかったのか?」

「それは、もちろんです」

「瀬川絵里の死亡推定時刻は、発見された日から遅くとも72時間以内だとされている」

「それが何か」

「死んでからそこまで時間が経っていないということだよ。おまけに死体が発見された日は1月で気温も低い。
夏場みたいにすぐ腐乱するとは思えねェ」

「……」

「実際、警察の話でも不自然な部分が多いんだよな。お前ェ、何か隠してるんじゃないかって」

「私を疑っているんですか?」

「いや、別に。俺はお前ェのことは知らないし、ましてや瀬川とお前ェの関係もわからない。
アイツを殺すことでどんなメリットがあるかもわからない」

「わからないことだらけじゃないですか」

「そうだ。だが――」

「?」

「お前ェは、彼女の死に関して何かを知っているんじゃねェかと考えちまうのさ」
124 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/16(金) 20:18:33.46 ID:0CLrAeMro

「そんなの、推測です。たまたま、偶然が重なっただけですから」

「偶然ね」

「納得いきませんか?」

「まあな」

「私からも質問、よろしいでしょうか。ええと、播磨……さんでよろしいですよね」

「ああ」

「あなたは、あの事件のことを調べて何をなさるつもりですか? 見た所、瀬川さんの知り合い、
というわけでもないようですが」

「わからねェ」

「え?」

「わからねェから調べてんだ。この街には、今までの常識の通用しない、
なんか得体の知れない力が働いているような気がする」

「得体の知れない力」

「もう一度質問するが、お前ェ、何か知ってるんじゃないのか」

「……」
125 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/16(金) 20:19:12.03 ID:0CLrAeMro

 マミはじっと播磨を見つめる。

 何かを訴えている目。

(あの目、どこかで見たことがあるような)

 少し考えたが、播磨は思いだせなかった。

「ところで巴、お前ェら何で夜中に歩き回ってるんだ」

「え?」

「よくよく考えたらそれが一番の疑問だ」

「いえ、別に」露骨に視線を逸らすマミ。

「オイ」

「そうですね、今日は遅いのでこれで帰ることにしましょう」

「おいちょっと」

「じゃあ行きましょうか美樹さん」

 播磨が止めるのも聞かず、巴マミは美樹さやかを連れてどこかへと行ってしまった。

 そのまま帰ったのならいいのだが、そうでなければ……。

(実際に話を聞いて見たが、何もわからねェ……)

 夜の公園に一人取り残された播磨は、静かに唇を噛む。



   つづく
126 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/16(金) 20:21:43.64 ID:0CLrAeMro
さてさて、巴マミは何を隠しているんでしょうか。

謎を残しつつ、次回はあの少年が登場します。
127 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage saga]:2011/12/16(金) 23:09:19.39 ID:cVy0PSxE0
え、俺?
128 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/16(金) 23:11:06.24 ID:buU1KSLLo
おいおい、俺かよ
参ったな
129 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/17(土) 00:16:40.20 ID:EYGH23e9o
少年て書いてるだろオッサン共
130 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/17(土) 01:20:57.94 ID:EPudDbdm0
ならば俺か
131 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/17(土) 11:52:10.26 ID:pHFjclBAO
いくつになっても心は
132 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage saga]:2011/12/17(土) 14:18:01.69 ID:TvT621Cg0
男の子はいつも女の子のこと考えているって小倉優子さんも言ってただろ?
俺はいつだって五人の女の子のことを考えている
つまり俺は男の子なんだよ
133 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/17(土) 15:18:55.98 ID:GexivsHb0
>>132
そうなんだ、すごいね!
134 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/17(土) 19:38:30.50 ID:WQRy4XBgo

今日は久しぶりにゲーム屋さんに行ってみたんですがね、スクランのDVDが売ってましたよ。

300円でした。
135 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/17(土) 19:46:57.71 ID:WQRy4XBgo
では参るとしよう。ジワジワとだが真相に迫る播磨。
この先どうなるのか。

まずはプロローグからどうぞ
   ↓
136 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/17(土) 19:48:33.65 ID:WQRy4XBgo




 その日の播磨のアルバイトは、夜の病院での清掃アルバイトだ。

 市内にある病院だが、建物が新しい割に夜中女の子の泣き声が聞こえたり、
誰もいないのに勝手にドアが開いたりする、といった怪奇現象の噂が多い。

 この街自体、オカルトな話題が多いだけにそこの病院に妙な噂がたっても不思議ではないと
彼は思う。

 ただし、播磨自身が直接出入りしている限りは“そういうもの”を見聞きしていない。

(やはり何かの見間違いだよな)

 そんなことを思いながら、彼は病院の清掃を行っていた。

 掃除も終わりに差し掛かったところで、休憩室に人影がいることに気がつく。

 面会時間も終わっており、患者も病室から出歩くのはあまり好ましくないとも聞いている。

「誰かいるのか?」

 播磨は掃除道具を持ったまま、休憩場所に入る。

「え?」

 人影は振りかえる。

 髪は短く、見た所中学生くらいの少年のこのようだ。

「そろそろ戻らねェと、看護婦さんとかに怒られるんじゃねェのか?」

「あ、すいません」

 右腕に痛々しい包帯を巻いた少年は、そう言ってイヤホンを外す。

 よく見ると、彼の手元にはCDプレーヤーが見えた。

「音楽、聞いてたのか」

「ええ、幼馴染が買ってきてくれるんですよ、色々と」
137 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/17(土) 19:49:38.73 ID:WQRy4XBgo

「ふうん。部屋で聞きゃいいんじゃね?」

「そうですね。別にどこで聞いても同じなんですが」

「……」

「あ、戻りますね」

 そう言うと、少年はCDプレーヤーに手を伸ばす。

 しかし、包帯の巻かれた右手は上手く物を掴めない。

「ああ、しまった」

「右手、どうした」

「ああ、動かないんですよ。交通事故でこうなってしまいました」

「そうなのか」

「今でも右手が動く時の感覚があって、時々こんなミスをしてしまいます」

 少年はそう言うと、今度は左手でプレーヤーをしっかりと握り、その場を立ち上がった。

「ちなみに、どんな音楽聞いてるんだ?」

「夜想曲第二番……」

「ショパンか」

「よくご存じで」

「いや、たまたま知ってただけだ。親父がそういうCDとか持っててな」

138 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/17(土) 19:51:10.42 ID:WQRy4XBgo

「まあ、ゆっくり怪我治せよ」

「はい。それでは、失礼します。あ、お仕事お疲れ様です」

「ああ……」

 薄暗い病院の廊下を、少年は歩いて行く。

 入院患者なので、当り前と言えば当り前なのだが、彼の後ろ姿を見た播磨は、

 力のない歩き方だな、と思った。









   魔法少女とハリマ☆ハリオ

       #7 特 技













  



139 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/17(土) 19:52:12.09 ID:WQRy4XBgo


 放課後のカフェ。

 その日、アルバイトのなかった播磨は悶々とした気持ちを抱えつつ、コーヒーを飲んでいた。

 播磨が今いる店は、かつてまどかたちと一緒に行った店だ。

 一人だと絶対に入ることはないであろうと思ったその店なのだが、そこのコーヒーがやたら
美味かったので、こうして一人で来てしまった。

(しかし、これからどうすりゃいいんだ)

 手掛かりは何もない。

 肝心の巴マミは取り付く島もない。

 何かを知っていることは確かなのだが。

 元々コミュニケーションも上手くない彼にとって、言葉巧みに話を聞き出す、
などという芸当ができるはずもない。

「うむむ」

 播磨は考え込みながら、手を動かしていた。

 元々じっとしているのは苦手だ。

 気がつくと、テーブルの紙ナプキンに絵を描いていた。

「うぬ?」

 以前、紙に描いたような可愛らしい女の子が目に入る。

「何やってんだ俺……」

 このまま丸めて捨てようかと思ったのだが、わりと上手く描けてしまったので捨てるのを躊躇してしまう。

140 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/17(土) 19:53:10.23 ID:WQRy4XBgo

 絵を描いている人間ならわかると思うけれど、集中して描いたときよりも、授業中とかに教科書や
ノートに描いた絵のほうが上手く描けることがある。

(絵か……)

 播磨は帰ってから何か描いて見ようかと思い始めていた。

「あ、拳児くん?」

「え?」

 思わず顔を上げる。どこかで聞いたことのある声が、耳に飛びん込んできた。

「あ」

 目の前にいたのはまどかだった。

「あの……、播磨さん?」

「お前ェは」

 そしてまどかの隣には、これまた見覚えのあるメガネとカチューシャ。

「暁美か」

「はい、この前はどうも」

 暁美ほむらである。

 そういえば二人とも知り合いとは聞いていたが、一緒にいるところを見るのははじめてだ。

「何してるの? これからアルバイト?」

「ああ、いや」

 バイトもないので、これから二人と一緒に過ごすことにした。




   *
141 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/17(土) 19:53:49.12 ID:WQRy4XBgo


 まどかはカフェオレを、ほむらはミルクティーを頼む。

「へえ、ほむらちゃんと拳児くんは知り合いだったんだね」

「え、ええ」

 まどかがそう言うと、ほむらは照れながら返事をする。

「でもどういうきっかけで知り合ったの?」

「そ、それは……」

 ほむらが顔を赤らめる。

(誤解されてはまずい)

 そう思った播磨は、ほむらの代わりに説明する。

 体調が悪そうだったほむらを助けた時の話だ。ただ、一部の状況の話を割愛したことは
言うまでもない。

「そうなんだ。私の時もそうだったけど、拳児くんは優しいね」

「お、おう」

「鹿目さんと播磨さんが初めてであった時は、子猫を助けたんですよね」

「うん、そうだよ。エイミーを助けてくれたんだ。すごく嬉しかったよ」

「へえ」

「あんまそういう話をするな」

 今度は播磨が照れながらまどかの話を制する。

「何で? 凄くいい話じゃない。私の自慢だよ」

「なぜお前ェが自慢する」
142 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/17(土) 19:54:26.95 ID:WQRy4XBgo

「え? 何でだろう」

 まどかは悪い子ではないのだが、どこか間のぬけたところもある。そう、播磨は思った。

(そこも可愛いんだけどな……)

 そう思うことも忘れていない。

「ところで――」

 播磨はあることに気が付き、話題を変える。

「ん?」

「まどか、この前一緒にいた、アイツはどうした」

「アイツ?」

「ほら、髪の短い」

「あ、さやかちゃん?」

「あ、おう」

「ええと、今日も用事があるって早く帰っちゃった」

 美樹さやかのことを語るまどかの表情はどこか寂しげだ。

「そうなのか」

「うん」

 播磨は少し迷ったが、あの日の夜のことを話してみることにする。

「そういえばよ」

「なに?」
143 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/17(土) 19:55:09.40 ID:WQRy4XBgo

「その、美樹さやかを夜中に見たんだが」

「え?」

「その、何て言うか、お前ェらと同じ中学の生徒と一緒にいたんだ」

「そ、そうなの?」

 まどかは動揺している。

「確か名前は巴マミ」

「……」

 俯くまどか。

「鹿目さん? どうしたの?」

 隣にいるほむらが心配そうに声をかける。

 播磨にとってまどかとの付き合いは短いが、彼女が平気でウソのつける人間では
ないことはよくわかっている。

「何か知っているのか? あいつらは夜中に何をやってる」

「……ごめんなさい、わからないよ」

 何かを隠しているような口ぶりだった。

「播磨さん」

 ふと、ほむらが播磨のほうを見る。

 まどかを気遣っているのがよくわかる。

「悪いな。だが、和子やお前ェの家族も、まどかのことを心配してるんだぞ」

「……」

144 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/17(土) 19:56:06.93 ID:WQRy4XBgo

「それだけはわかってくれ」

「うん」

 まどかは小さく頷いた。

(ったく、説教くせェのは苦手だ)

 そう思いながら播磨は頭をかく。

 その時、

「あれ、これ何ですか?」

 ほむらが何かを見つけたようだ。

「しまった」

「へ?」

 まどかもそれを見つける。

「可愛い」

「ああいや、それは」

「これ、拳児くんが描いたの?」

「ああ、まあ」

「凄い。拳児くんって、絵が上手いんだね」

「いや、別にそれほどじゃ」

「凄く素敵です、播磨さん」ほむらもそれに続く。

「そりゃ言い過ぎだ。ただの落書きじゃねェか」

「そんなことないよ。私、絵が下手だから」

 よく見ると、まどかの顔に明るさが戻ったような気がした。

 彼女を元気付ける方法。

 言葉では無理だけれど、別の方法ならあるかもしれない。

 播磨はそんなことを思った。



   つづく
145 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/17(土) 20:21:57.58 ID:mTU7J0ec0

しかし上条の怪我は左腕なんだ
146 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/17(土) 20:41:55.47 ID:WQRy4XBgo
だが待ってほしい。まだ上条と決まったわけでは……

というのは冗談ですが、それも含めてストーリーの進行上設定を色々変えてます。

後半はもっとヤバいぜ。
147 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage saga]:2011/12/17(土) 20:48:25.49 ID:jwv7SFbvo
て事は手はミスじゃなくて伏線かwktk
148 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/18(日) 08:37:04.02 ID:+zrhUEmho
また余計なことを書いてしまった。反省してます。
というわけで、今日は二本立てでお送りします。
149 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/18(日) 09:40:52.43 ID:v9ZFkl0AO
播磨だけスクランの絵柄でイメージされるからか、まどかたちと並べるとなんか色々とすげえ
150 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/18(日) 12:45:23.76 ID:4TxaVx/AO
ハーヴェスト『ミツケタゾ!!』
151 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/18(日) 13:19:26.74 ID:2pw6aqKto
絃子は俺の従兄妹だ
152 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/18(日) 19:26:21.45 ID:+zrhUEmho
そういえば、絃子ネタも結局消化せずに終わったんですよねえ。
播磨のファーストキスの相手でもあったのに。

というわけで、今夜は二本立て。黄色い人が再登場予定。
153 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/18(日) 19:27:23.75 ID:+zrhUEmho



「へえ、初めて描いたにしてはなかなか上手いじゃないか」

 連休明けのある日、播磨は東京の出版社にいた。

「はあ、どうも」

「絵も、なんていうか可愛らしいね。わりとしっかりとしたプロットになってる」

「そうなんですか」

「それにしても、ちょっと失礼だけどキミのような男の人がこんなメルヘンチックな絵を
描けるとはね」

「はあ……」

「クオリティとしては、まだ第一線級とは言えないけど、なかなかいいものを持ってるよ」

 対応した若い編集者は、比較的好意的な言葉で播磨の作品を迎えてくれた。

(それにしても俺が漫画を……)

 自分でも信じられない行動だった。

 播磨が絵を描いたことを喜んだまどかを見ているうちに、何かをやりたくなった。

 それが漫画だったのだ。

 いつの間にか描き上げた播磨は、それを出版社に持ち込んでいた。

「あ、これは」

 ふと、播磨の目にとある漫画雑誌が目に入る。

 いつも買っている雑誌だが、見たことがない表紙だ。

「あ、いい所に目をつけたね。これは今週発売されるジンマガの最新号だよ。もう出来てるんだ」

「はあ……」
154 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/18(日) 19:27:54.56 ID:+zrhUEmho

「よかったら、一冊持って帰るかい?」

「え? いいんっすか?」

「ああ、何冊か余ってるんで」

「あ、ありがとうございます」

「インターネットにアップとかしちゃダメだよ」

「しないっすよ、そんなこと」

「だったらいいよ」

「いや、本当ありがとうございます」

「キミは本当に漫画が好きなんだね」

「はい……」

 雑誌の出版社から、出来たばかりのジンマガをお土産に播磨は見滝原に帰ってきた。

(そういや、今日は病院の清掃のバイトの日だったな)

 漫画を描きはじめたといっても、所詮はデビュー前。

 金にはならない。

 つまり、金を稼ぐために播磨はアルバイトをしなければならなかったのだ。







155 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/18(日) 19:28:15.67 ID:+zrhUEmho




   魔法少女とハリマ☆ハリオ


      #8 希 望








156 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/18(日) 19:29:28.90 ID:+zrhUEmho


 この日もアルバイトの時間は単調に過ぎて行った。

 ここ最近、暇な時間は全て漫画を描くか、もしくは絵の練習をしていたので、
この街における謎については、忘れかけていた。

(むしろそっちのほうがいいのかもしれねェのかな)

 播磨はぼんやりとそんなことを考える。

 あれから手掛かりはゼロ。

 違和感はあるけれども、目立った事件などは起きていない。

 だいたい、普通に高校生活を送っていればいいのに、わざわざ危険性のある事柄に
身を投じる必要もないのだ。

 謎を解決して、まどかを安心させるよりも、別の方法で彼女を楽しませたほうがいいのではないか。

 むしろ、そっちのほうが自分に向いているのではないか。

 頭の中でグルグルと思考を巡らしながら、播磨はバイトを続ける。

 そして、バイトも終わりに近づいた頃、また休憩所で、入院患者の少年が音楽を聞いていた。

「よう坊主、また会ったな」

 播磨は、その日出版社で漫画を褒められたため、少し上機嫌だったので思わず声をかけてしまう。

「あなたは……」

 少し疲れた顔の少年がそう言って、耳からイヤホンを外す。

「イヤホンは耳に悪いって、言われなかったか?」

「病院内でスピーカーは使えないですからね」

「そりゃそうだ」

 そう言って播磨は笑った。

157 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/18(日) 19:29:51.92 ID:+zrhUEmho

「何かいいこと、ありました?」

「どうして」

「なんだか、嬉しそうな顔をしてます」

「わかるか」

「なんとなく」

「まあ、小さなことさ」

「そうですか?」

「小さい幸せの積み重ねが、人生を作るって、誰かが言ってた」

「哲学的ですね」

「本当かどうかはわからねェよ」

「人生経験は豊富そうですけど」

「こう見えて、高校生だぞ、俺は」

「あ、そうなんですか。僕はてっきり」

「オッサンだって言いてェのか」

「別にそれほどとは」

「坊主、お前ェはいくつだ」

「十三歳、今年十四になります」

「ってことは、中学の」

「中学二年です」
158 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/18(日) 19:30:30.63 ID:+zrhUEmho

「ってことは同じか」

「同じ?」

「ああいや、知り合いと同い年だってことだ」

「そうなんですか……」

 ふと、少年は遠い目をする。

「お前ェ、なんか悩みでもあんのか」

「え? どうしてですか」

「いや、そんな気がしたから」

「まあ、悩みと言えば、こいつでしょうかね」

 そう言って少年は包帯でグルグル巻きにされた腕をさする。

「確か、動かねェんだったよな」

「ええ、まあ」

「怪我のことはよくわからねェが、治るといいな」

「そ、そうですね」

 ふと、暗い表情のまま少年は立ち上がる。

「もう帰るのか」

「え、はい。今日は検査とかあったので疲れました」

「そうか、お疲れ」

「いえ……、あ、それと」

 少年は立ち止まり、振り返った。
159 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/18(日) 19:31:22.16 ID:+zrhUEmho

「僕の名前は、上条、上条恭介っていいます」

「あ、ああ」

「あなたの名前を教えてくれませんか」

「俺は播磨拳児、高校の一年だ」

「播磨さんですか、どうも」

「達者でな、坊主。ああいや、上条」

「失礼します」

 そう言うと、上条と名乗る少年は、片手でポータブルCDプレーヤーを抱えて
自分の病室へと戻って行った。

(さて、眠くなってきたし、さっさと帰るか)

 上条の姿を見送った播磨も、道具を片付けて帰ろうと思った。

 その時、

「ああ、播磨くん、だったかな」

「あん?」

 白衣姿の男性が彼を呼びとめる。

 どうも、この病院の医師のようだ。

「さきほど、患者さんと話をしていたよね」

「ああいや、決してサボってたってわけじゃなくてですね」

 変な報告をされたらたまらない。

「いや、それはいいんだ。キミが真面目に働いていることは知っている。それより――」

「ん?」
160 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/18(日) 19:31:48.12 ID:+zrhUEmho

「キミが話をしていた患者さんは、上条恭介くんだよね」

「そうっすけど」

「いや、彼があんな風に誰かとよく喋っている姿を見たのは久しぶりな気がする」

「ん?」

「まあ、一人一人の患者さんをよく観察することはできないんだけど」

「はあ……」

「彼の手のことは、知っているかい?」

「ええと、確か交通事故で片一方が動かなくなったとか」

「そうなんだ」

「それが何か? 治るんでしょう?」

「いや、その……」

 若い医師は口ごもる。

「どうしたんっすか」

「いや。彼はねえ、ヴァイオリンの演奏者だったんだよ。それもかなり優秀な」

「……」

「でも事故で手を動かなくなってしまって、弾けなくなってしまったんだ」

「それで、そいつは治るんですか」

「それが」

 医師の表情から、その先の言葉は播磨にもだいたい想像できた。
161 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/18(日) 19:33:10.88 ID:+zrhUEmho

「辛うじて、手の形は治したんだけど、肝心の神経のほうがズタズタに
壊れてしまっていて、今の医学ではとても……」

「どうしてそんな話を俺に?」

「いや、なんだか仲良さそうにしていたから」

「最近は、個人情報の保護とかうるさいんじゃないっすか?」

「大丈夫だよ、キミは詢子さんの紹介なんだろう?」

(どんだけ信頼されているんだ詢子サンは)

「それと、僕自身の勝手な慰めを誰かに聞いてほしかったんだ」

「慰め?」

「上条くんが救急で運ばれてきた時、彼の手術を担当したのが僕なんだ。
僕がもう少し上手くやっていれば、彼も、あるいは」

「……まあ、酷な言い方になりますけど」

「?」

「俺は、ただの清掃アルバイトっす」

「……そうだね」

「じゃあ、俺はこれで」

「お疲れさま」

 播磨はそう言うと、医師に対して一礼して清掃員用の休憩室へと戻る。

 そして掃除用具を片付けると、元の服に着替えて帰ることにした。

 帰り途、彼は月明かりの中で自分の手を眺めながら、

(もし、俺のこの手が使えなくなったとしたら)

 そんなことを考えた。

(想像もできねェな)

 そう思い、播磨は考えるのを止めた。



   つづく
 
162 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/18(日) 19:33:52.41 ID:+zrhUEmho
いよっし、続いてもう一話いきます。今度のは少し長いぜ。
163 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/18(日) 19:35:24.85 ID:+zrhUEmho

   ☆


「おはようございます。早乙女和子です。最近甥の拳児くんがあんまり相手してくれなくて、
お姉ちゃん寂しい」

「誰に向かって話してるんだ」

「あら拳児くん、おはよう。今日は日曜日なのに早いわね」

「和子こそ早いじゃねェか」

「私は、『所さんの女神転生(メガテン)』を観るから」

「ああ、テレビか」

 日曜日の朝。

 昼間はアルバイトもないので、ゆっくり昼まで寝ていたかったのだが、妙に胸騒ぎがしてしまい
起きてしまった。

「朝ごはん、トーストでいいわよね」

「いつもそうだろう?」

「拳児くん、お湯沸いてるからコーンスープを作ってよ」

「ったく、面倒くせェなあ」

 そう言いながら播磨は素早く朝食の準備をする。

 バイトや学校に行かなくていいので、かなりゆっくりとした一日のはず。

 だが、彼の心の中は穏やかではなかった。

(何か嫌な予感がしやがる……)

 まったく確証はないのだが、この日が重要な転機になるような気がしてならなかったのだ。



164 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/18(日) 19:35:43.43 ID:GcvU8zCKo
ほう
165 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/18(日) 19:35:50.69 ID:+zrhUEmho





   魔法少女とハリマ☆ハリオ


      #9 誘 惑







 
166 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/18(日) 19:36:44.58 ID:+zrhUEmho
 
 日曜日の街は静かなものだ。

 日も高く上りはじめ、さわやかな水気を含んだ朝の空気が次第に暖められ、
昼間の顔色を見せ始める。

 なんというか、朝と昼との境界線上に立っているようで播磨は少しだけ嬉しくなる。

 変り目というのは、なにか心を変化させるものだろう。

 とはいえ、昼過ぎまで寝ているつもりだった彼が街に出たところで行く所もあるわけではない。

 書店に行っても、三時間も四時間も時間が潰せるわけはないのだ。

 というわけで、結局いつもの公園で時間をつぶすことにした。

 かつて所轄の刑事と話をした中央公園である。

(こんなとき、まどかと出会ったらどんな話をしようか)

 播磨は、都合の良い偶然を頭の中に描きながら、小さく鼻歌を歌う。

「あら、播磨さん」

「!!」

 不意に、どこからか声が聞こえてきた。

 確実に自分の名前を呼んでいる。

(誰だ?)

 播磨は、少し身構えて後ろを振り返る。

「お久しぶりです」

 そこには、見滝原の制服ではなく私服姿の巴マミがいた。

 やや黄色がかったカーディガンとベージュのロングスカートが、制服姿よりも少し
大人っぽく見える。
167 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/18(日) 19:37:29.48 ID:+zrhUEmho

「お前ェ、何でこんなところに……」

 努めて平静を装う播磨だが、心の中はまだ身構えたままだ。

(俺を待ち伏せていた? いや、俺がここに来たのはまったくの偶然だ。
自宅を監視でもしてねェ限りは、ここでばったり会うなんてことはありえねェ)

 一瞬のうちに色々と思考を巡らすものの、明確な答えは出てこない。

「――偶然ですよ」

 まるで播磨の思考を見透かすようにマミは言った。

「偶然」

「私も、今日は日曜日だし天気もいいので散歩しようって思ったんです」

 確かに天気は良い。

 天気予報では、今日一日雨の確立は0%だと聞いている。

(くそ、布団を干しとけばよかった)

「どうしました?」と、笑顔で巴マミは聞いてくる。

「俺に何か用なのか?」

「用があるのは私ではなく、あなたなんじゃないですか」

「……まあ、確かに」

 播磨は妙な違和感を覚える。

 こいつが本当に巴マミか?

 あの日、少し前の夜に会ったときとは雰囲気が違う。

 あの夜会った時は、もっと殺気だっているようにすら思えた。

 しかし今の彼女は違う。
168 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/18(日) 19:38:19.30 ID:+zrhUEmho

 この街に関する、分からないこと。

 巴マミが知っているであろう、重要な秘密。

「そんなに簡単に口を割ると思います?」

 そう言うと、マミは悪戯っぽく笑った。

 小悪魔の笑みというやつだろうか。

 播磨はそう感じる。

 だが駆け引きをしている、というよりも単純に播磨との会話を楽しんでいるように
彼には思えた。

「ねえ、播磨さん」

「ん?」

「私と、一緒に出かけませんか?」

「出かける?」

「ええ、お食事したり、お茶したり」

「なんで……」

「ダメですか?」

 播磨は少し考える。

 巴マミは重要な手掛かりの一人。

 恐らく彼女を逃がしてしまったら、大事な情報を逃してしまうかもしれない。

「……わかった」

「結論が早い人は好きですよ」

「迷うのは趣味じゃねェ」

「なるほど。じゃあ、行きましょう」
169 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/18(日) 19:39:08.71 ID:+zrhUEmho

「おい」

「何ですか?」

「行くってどこへ」

「それは、お日様にでも聞いてください」

 そう言ってマミは再び満面の笑みを見せた。



   *



 シャーッ。

 試着室のカーテンが開いた音で気がつく。

「播磨さん、これどうですか?」

「ん、ああ……」

「もう、ちゃんと見てくださいよお」

 値札のついた服を着たマミが少し頬を膨らませた。

「ん、じゃあこっちは? 赤はちょと派手かしら」

「どっちもあんまかわらねェだろう」

「女の子の気持ち、さっぱりわかってませんね」

「うっせ」

 マミはもう、かれこれ一時間近く来たり脱いだりしているのだ。

 一体この行為の何が面白いのか。どんな意味があるのか播磨にはわからなかった。

「これんなんてどうですか? 今年の夏物の新作みたいですけど」
170 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/18(日) 19:40:13.55 ID:+zrhUEmho

「んっ、お前ェそれちょっと!」

「ふふ、やっと反応した」

 マミは再び悪戯っぽく笑った。

 播磨が驚くのも当然であった。彼女が着ている夏物は、胸元を強調したものだった
からだ。

(くっ、コイツ本当に中学生か?)

 その強烈な戦闘力(バスト)に、視線が釘付けにならぬよう、彼は目を逸らす。

「でもイマイチですね」

 播磨にとっては、かなり長い時間試着をしていながら、結局マミは一着も買わずに
店を後にした。

「いいのか、買わなかったけど」

「いいんですよ。播磨さんのあの反応が見られただけでも」

 マミは嬉しそうだ。

 播磨は、大事な物を取られたような気持ちになってしまう。

(それにしても腹が減った)

 今にも腹の虫が鳴きだしてしまそうなほどの空腹だ。

「そろそろ食事にしましょうか」

「ん? ああ」

 マミの提案に、播磨は即答した。

「あそこの店なんていいんじゃないですか?」

「え?」

 そこはオシャレなイタリアンレストラン。

 男一人だと、まず絶対に入らないような場所だ。
171 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/18(日) 19:40:59.59 ID:+zrhUEmho

「私、一度行ってみたかったんです。一人だと入りづらくて」

「ん?」

 マミだったら、いつも行っているようなイメージだったが、どうやら違うらしい。

 播磨は、どちらかというとソバ屋とか定食屋のほうが好きなのだけど、
別にイタリアンが苦手というわけではない。

 ナイフを使うわけでもないし、音を立てずにパスタを食べるくらいの分別はある。

 ただ、周囲が皆若い女性か、もしくはカップルなのが気になったところだ。

「周りから見たら私たちって、どんな風に見られていると思います? 播磨さん」

 マミは嬉しそうに聞いてきた。

「さあな」

「恋人同士とか」

「……」

 播磨は答えない。

「ああ、でも恋人同士なら、苗字で呼び合うのも変ですよね」

「……」

「いっそ、下の名前で呼び合いますか?」

「巴」

 今まで少し、マミのペースに翻弄され続けてきた播磨は、気合いを入れ直す。

「はい」

「今日、美樹はどうした」
172 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/18(日) 19:41:52.24 ID:+zrhUEmho

「ミキ?」

「美樹さやか。あの夜、お前と一緒にいただろう」

「いつも一緒にいるわけではありませんよ。それより」

「ん?」

「私と一緒にいるのに、他の女の子の話をするんですか?」

「おい、そういうんじゃねェだろう」

 播磨が再び聞きだそうとしたその時、

「お待たせしました」

 店員が料理を運んできた。

「うわあ、美味しそうですね、播磨さん」

「ああ……」

 イマイチ自分のペースがつかめないまま、播磨は食事をする。




   *
173 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/18(日) 19:42:33.29 ID:+zrhUEmho


 食事が終わった後も、マミは駅前でウインドウショッピングを楽しんだりしていた。

 雑貨やを回ったり、ファンシーショップを訪ねたりする。

 ただ、何も買わない。見て回るだけである。

 そうこうしているうちに、播磨も疲れてくる。

 運動神経が高く、瞬発力もある播磨だが持久力は欠けているのだ。

「少し休まねェか」

 播磨はそう提案する。

 疲れてきたので、話を聞きだすどころではなくなってきた。

「じゃあ、お茶でも飲みましょうか」

「お茶?」

「ええ」

「ああ、じゃあ店にでも行くか」

 播磨の頭の中には、まどかと一緒にコーヒーを飲んだあの店が浮かび上がる。

 しかし、

「いい、紅茶の葉が入ったんですよ」

「ん?」



   *
174 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/18(日) 19:43:44.64 ID:+zrhUEmho

 セキュリティのしっかりした高級マンション。

 そこが巴マミの家であった。

(親戚の人の家なのか?)

 和子のマンションよりも幾分立派なその建物を色々と観察しながら播磨は考える。

「ここです」

 エレベーターからおりて、巴マミの部屋に行く。

「保護者の人とか、いねェのか」

 いきなり男を連れてきたら驚くだろう、と播磨は少し心配してみる。といっても、
マミやその家族を気遣ったわけではなく、専ら自分の立場が危うくなるのを恐れただけなのだが。

「大丈夫ですよ、一人暮らしですから」

「は?」

 巴マミの部屋は、独り暮らしにしてはしっかりと片付いていており、落ち着いている。

 ただ、生活感をあまり感じさせないなと播磨は思った。

 ちなみに播磨が初めて和子のマンションに行った時は、部屋にババシャツが干してあった。

「そこら辺に適当に座ってくださいな。今、お茶をいれますから」

「ああ」

 窓からオレンジ色の光が微かに差し込んでくる。

 決して眩しくはないが、一日の終わりを感じさせ、思考力が鈍ってきそうになるようだ。

 台所では、マミが色々と準備をしている。

 その間播磨は手持無沙汰だったので、携帯をいじってみる。
175 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/18(日) 19:46:12.98 ID:+zrhUEmho

 携帯電話のデータフォルダの中に、子猫のエイミーを抱いたまどかの画像があった。

 ちなみにそれは、パスワードを入れないと見れないような仕組みにしてある。

 その画像を、彼はしばらく眺めていた。

(こんな時に何を見ているんだろう、俺は)

 よく考えて見れば、播磨にとって女性宅に入るのは小学生の時以来である。

 しかも独り暮らし。

 播磨とマミの二人以外誰もいない空間。

(待て待て、これはチャンスじゃねェか。あの夜のことを聞きだす重要なチャンス。
ここなら、誰にも邪魔はされねェはずだ)

 播磨は遠まわしに聞くか、それとも単刀直入に聞くか考える。

 だが、決して口が上手いほうではない播磨にとって、婉曲に聞く方法など望むべくもなかった。

(素直に教えてくれるとは思えねェが、強引に聞けば……)

 そんなことを考えているうちに、マミがお盆を持って居間に現れる。

「お待たせしました」

「……」

 微かに食器のぶつかり合う高い音や、紅茶を注ぐ音が室内に響く。

 ふっと、高温のお湯に蒸らされた紅茶の葉の香りが鼻を刺激した。

「ダージリンか……」

「あら、よくご存じで」

「うちのお袋がたまに飲んでたからな」
176 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/18(日) 19:46:50.75 ID:+zrhUEmho

 播磨は専らコーヒー派であったため、紅茶はそれほど詳しくはない。

「播磨さん、お砂糖とミルクはどうします?」

「どちらもいらねェ」

「そうですか。じゃあ、ケーキを」

 マミはそう言って、チーズケーキを差し出す。

「サンキュー」

 播磨はケーキと紅茶を口にする。

 紅茶は、ストレートティーの微かな渋みとフルーティーな香りが心地よかった。

 紅茶には素人の播磨にも、一口で良い茶葉だということがわかる。

(おっとイカン、本題を忘れるところだった)

 播磨はティーカップをソーサの上に置くと、マミのほうを向く。

「播磨さん」

 不意に、マミが距離を詰めてくる。

「おい」

 オレンジ色の光に照らされたマミの印象は、昼間とはまた違うものに見えた。

「何やってるんだ」

 播磨のその言葉にも関わらず、マミは更に距離を詰めて、彼のすぐ近くまで来ていた。

「冗談はよせ」

「冗談じゃありませんよ」

 マミはゆっくりと、播磨の手を握る。
177 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/18(日) 19:47:42.80 ID:+zrhUEmho

「……くっ」

 心拍数が上がる。

「どうしました?」

 やや顔を紅潮させたマミが再び悪戯っぽく笑う。

「おい、巴」

 播磨が後ずさると、それに合わせるようにマミは距離を詰め、
そして播磨の身体に自らの身体を密着させる。

「おい……」

 播磨は服の上から、巴マミの体温を感じていた。

 更に高まる心拍数。

「欲しいですか」

「やめろ」

 急に播磨の視界が暗くなる。

 それと同時に、彼の口が塞がれた。

 目を開けると、すぐそこにマミの顔がある。

(うぐ……)

 播磨とマミの唇と唇が重なる。

 そして、舌が激しく播磨の舌に絡みついた。

 微かにミルクの味がした。

 彼女は紅茶にミルクを入れていたのだ。

178 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/18(日) 19:49:21.22 ID:+zrhUEmho

(まずい、このままでは)

 欲望に身を任せ、流されてしまいそうになる播磨。

「はあ、はあ、はあ……」

 やや息を荒げながら、マミは唇を離した。

 先ほどまで混ざり合っていた二人の唾液が、彼女の舌先からツーっと糸を引く。

「播磨さん」

「ん!」

 その時、播磨の脳裏にエイミーを抱くまどかの姿がフラッシュバックした。

「やめろ!」

 彼は力づくでマミの身体をひきはがす。

 さすがに男の力には勝てなかったのか、マミは播磨から離れ、そしてバランスを崩して
その場に尻餅をついてしまう。

「す、すまん」

 思わず謝る播磨。

 そしてその場に立ち上がった。

「巴――」

 播磨の言葉を遮るようにマミは声を出す。

「播磨さん、私、魅力ないですか?」

「何を、言ってんだ」

「私じゃあ、ダメなんですか」

「巴!」
179 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/18(日) 19:49:47.27 ID:+zrhUEmho

 播磨は語気を強める。

 その気迫に押され、マミは押し黙った。

「こういうのは、違うと思う」

 そう言うと、播磨は早足で玄関に向かう。

 急いで靴を履いてマンションを出ると、これまでたまった煩悩を晴らすように走りだした。





   つづく




 
180 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/18(日) 19:53:34.27 ID:+zrhUEmho
くっ、ヘタレが!

さて、次回は本編とは全然関係ないんですけど、特別編も一緒に投下したいと思います。

皆が大好きなあのヒーローが帰ってきます。

では。おやすみなさいませ。
181 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/18(日) 19:57:29.12 ID:qdIUy3T2o
>所さんの女神転生
なにそれ視たい
182 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/18(日) 20:19:23.70 ID:v9ZFkl0AO
一体何が起きてるんです!?
183 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/18(日) 23:08:09.03 ID:gx2oX+FDO
まさかのスクラン
今まで見落としてた
184 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/19(月) 20:41:01.07 ID:b+lQC6nqo
 今日は金正日死去のニュースが流れたため、スペシャルの投下は延期します。

 本編のみでございます。
185 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/19(月) 20:41:27.38 ID:b+lQC6nqo


 前回までのあらすじ

 播磨拳児、脱童貞のチャンスを逃す。



186 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/19(月) 20:44:29.31 ID:b+lQC6nqo





   魔法少女とハリマ☆ハリオ


     #10 繋がり



187 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/19(月) 20:45:22.04 ID:b+lQC6nqo


 日曜日のあの事件から数日。播磨の唇には未だにあの時の感覚が残っていた。

(くそっ……! なんのつもりだったんだ)

 何か悪いことをしたような気持ちになり、あの日は帰ってから和子の顔もまともに見られなかった
ほどだ。

 何か情報を聞き出そうと、日曜日に巴マミと行動をともにする。

 だがそんな目論みも、マミの行動の前にあえなく崩れてしまう。

 そして、残ったのは大きな悶々とした気持ちだけであった。

 とはいえ、時間の経過とともに冷静になることができた。

 それでも、紅茶の香りをかぐと、あの時のことが思い出されてしまうのだが。

「……」

 モヤモヤした時は無心になって働けばいい。

 播磨はそう思い、この日も病院の清掃アルバイトにせいをだす。 

 この日も市内の病院で、薄暗い廊下を掃除していた。

 暗い病院の廊下で、見慣れない人影を見る。

「誰だ?」

 病院の職員には見えない。

 よく見ると、見滝原の制服を着ており、手にはヴァイオリンのようなケースを持っていた。

(また見滝原か)

「あ、あの……」

「面会時間はとっくに過ぎているはずだぞ」  
188 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/19(月) 20:45:53.57 ID:b+lQC6nqo

 播磨は、恐る恐る声をかけてくる制服姿の少女にはっきりと言った。

「すみません。あの、どうしてもお会いしたい方がいまして」

 中学生にしては妙に上品な喋り方をする少女だと播磨は思った。

「ん?」

 やや、ウェーブがかった長い髪の少女がそう言って頭を下げる。

「何だってこんな時間に」

「本当に申し訳ございません。習い事などが多く、早い時間にここを訪れることが
できませんでして……。規則違反であることはわかっております。すぐに出て行きますので――」

 必死に謝る少女の言葉を遮るように、播磨は声をかける。

「それで、誰のところに行きてェんだ?」

「え?」

「少し会って、話をするくらいなら大丈夫だろう」

「本当ですか?」

「ほんの少しだけどな」

「ありがとうございます、親切な方」

「大したことじゃねェよ。病院の職員に見つかるとマズイからさっさと行くぞ」

「あ、はい。あの」

「あン?」

「私、志筑仁美と申します。見滝原中学の二年生です」

「そうかい。俺は播磨拳児、高校一年だ」
189 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/19(月) 20:46:21.27 ID:b+lQC6nqo

「あら」

「ん?」

「すみません。もっと年上の方だとばかり思ってしまいまして」

「はっきり言うな。まあいいけどな。よく言われてるしよ。そんで、誰に会いてェんだ?」

「あの、上条」

「なに?」

「上条恭介というかたに会いたいのですが……」

「上条……、ああ、あいつか」

「ご存じなんですか?」

「まあな。ちょっとこっちに来い」

「え? すみません、こちらは病室ではない気がいたしますけど」

「このくらいの時間帯なら、多分あっちにいるだろう」

 播磨と仁美がしばらく歩いていると、月明かりの差し込む休憩室にたどりついた。

「あの、ここは」

「おい坊主。ああいや、上条」

「え? ああ、播磨さん」

 播磨の思った通り、上条恭介は階段の近くにある休憩・談話室で一人、CDを聞いていた。

「お前ェにお客だ」

「お客?」

「ほれ、こっちだ」
190 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/19(月) 20:46:47.36 ID:b+lQC6nqo

 播磨が促すと、仁美が恐る恐る顔を出す。

「あ、あのお……」

「志筑さん?」

 どうやら上条の知り合い、というのは本当のようだ。

「じゃあ、俺は誰か来ねえか見張っとくから、話があるなら手短にしろよ」

 そう言うと、播磨はその場から離れる。

「ありがとうございます」

 彼の背後からそんな声が聞こえた。

 看護師が見周りにくるので、五分くらいしか話はできないと思ったけれど、
何も話ができないよりはマシだろう。




   *
191 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/19(月) 20:47:13.59 ID:b+lQC6nqo



「本当にありがとうございました」

「構わねェよ」

 さすがに暗い中、女子中学生を一人で帰らすわけにはいかないので、
播磨は志筑仁美を送って行くことにした。

「あの、駅前までで結構ですので」

「なんだ? お前ェん家、駅前にあんのか?」

「いえ、そこからタクシーに乗って帰ります」

「タクシー?」

「はい。遅くなったら使うようにと言われております」

「ってことは」

 お嬢様なのか、と彼は思った。

(そりゃヴァイオリンを習うような家が普通なわけがねェよな)

 確かに、彼女の喋り方や立ち振る舞いは、同世代の中学生、
たとえばまどかやほむらとは、確かに違うように見える。

「そんで、上条とはちゃんと話はできたか?」

「え? はい。少しの時間でしたが、わたくしにとっては貴重な時間でした」

「そうかい。そりゃよかった」

「はい、とっても」

 上条の話をする仁美は、とても嬉しそうに見えた。

(こりゃ惚れてるな)
192 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/19(月) 20:48:21.47 ID:b+lQC6nqo

 男女関係には疎い播磨でもそれくらいはわかる。

「お前ェ、もしかして」

「はい?」

「上条の幼馴染か?」

「はい?」

「ほれ、よく見舞いに来るときにクラシックのCDを持ってくるっていう」

「……ああ」

 仁美は歩きながら、少し空を見ながら考えた後に、何かを思い出したかのように
声を出した。

「その方は、わたくしではありません」

「ん?」

「恐らく、美樹さやかさんではないでしょうか」

「ミキ?」

「さやかさん。私と同じ中学校に通っておりますの。上条さんとは、幼稚園時代からの
付き合いと聞いております」

「ミキサヤカ……」

 その名前に聞き覚えがあった。

(確かそいつは)

 不意に、髪の短い活発そうな少女の顔が頭に浮かんだ。

「あ!」

「どうされました? 播磨さん」
193 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/19(月) 20:49:19.96 ID:b+lQC6nqo

「いや、悪い。ちょっと思い出しちまって」

「何をですか?」

「いや、大したことじゃねえ」

「そうですか」

 播磨は、しばらくして駅前のタクシー乗り場まで仁美を送り届けると、自分の家に向けて
歩き出す。

 当然、播磨はタクシーを使うなどという贅沢はしない。

 ぽっかりと浮かぶ月の下を歩いて帰るのだ。

(美樹さやかっつったら、まどかの友達じゃねェか。ってことは、やはりアイツもまどかの
知り合いなのかな)

 帰り際、そんなことを考えてみた。

(にしても、あの坊主の幼馴染が美樹さやか……。随分と狭い街だな)

 

 
   つづく
194 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/19(月) 20:50:18.72 ID:b+lQC6nqo
 右ひじが痛む。

 呪いを受けたかな。祟り神に矢を放った覚えはないのだが。
195 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/19(月) 21:28:32.13 ID:p7NWz2K+0
ごめんそれ俺のせいだ
196 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/19(月) 22:11:23.96 ID:ogXFK+NAO
アシタカヒコ
197 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/19(月) 22:18:15.13 ID:tqUXN+7qo
曇りなき眼で見定めよ
198 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/20(火) 21:42:44.27 ID:i/7Axu+do
今日はちょっと、年末スペシャルを書いてるので、更新は無しです。

個人的に大好きなあの人が主役です。
199 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/21(水) 17:16:35.91 ID:HNQwXIJIo
あい
200 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/21(水) 18:01:36.28 ID:fIRSjjT1o
あの人って誰だろうな
201 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/21(水) 18:02:45.39 ID:HNQwXIJIo
お、俺の事かな
202 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/21(水) 18:32:33.65 ID:fIRSjjT1o
なんだエロソムリエか
203 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/21(水) 19:19:29.01 ID:KyaUPy36o
>>202
違うダス
204 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/21(水) 20:03:34.20 ID:KyaUPy36o
よし、久々に行くか。スペシャル書いてたら本編の内容忘れてきたった。

なお、投下の終わりに重要なお知らせがありますよ。
205 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/21(水) 20:04:17.54 ID:KyaUPy36o



 この日、播磨はアルバイトもないのでそのまま真っすぐ帰ろうとしていた。

 しかし、部活動もしていないのに早く帰るのはもったいないと思った彼は、
またいつものように駅前をぶらつこうと思ったのだ。

 運が良ければ鹿目まどかに会えるかもしれない。

 そんなことは考えていなかった、といったらウソになる。

 しかし、まどかに会えることが、必ずしも幸運とは限らない。

 後に彼はそう感じることになる。

「あ、播磨さん」

「ん?」

 彼は背後から呼ばれた声に振り返る。

「おう、暁美か」

 そこには見覚えのあるメガネ姿の中学生、暁美ほむらがいた。

 以前出会ったときと同じように、彼女はスケッチブックを大事そうに抱えている。

「どうしたんだこんなところで」

「播磨さんこそ」

「いや、今日はちょこっと買い物をして帰ろうかと」

「そうなんですか?」

「お前ェは?」

「私も買い物です。画材を少し買いに来ました」

「そうか、絵は続けてるんだな」
206 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/21(水) 20:04:46.22 ID:KyaUPy36o

「はい」

「そうだ」

「え?」

「画材って、あの駅前の店だよな」

「ええ。あそこで十分です。今はあまり専門的なモノは使いませんので」

「俺も一緒に行っていいか?」

「え? 一緒にですか?」

「ああ悪い。迷惑ならいいんだ。別に今日行かなきゃならんわけでもねェし」

「そ、そんなっ、迷惑なんてことはありません!」

「お、おう……」

 語気を強めるほむらに、播磨は少し驚いてしまった。
207 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/21(水) 20:05:14.68 ID:KyaUPy36o



   魔法少女とハリマ☆ハリオ


     #11  拒 絶









208 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/21(水) 20:06:42.22 ID:KyaUPy36o




 播磨が画材を買うのは、美術に目覚めたから、ではなく漫画を描くための道具を
見たかったからである。

「ところで、まどかたちはどうしたんだ?」

「え? 鹿目さんたちですか? ええと、今日はお友達のお見舞いに行くと言っていました。
多分、見滝原総合病院に行っていると思います」

「見舞いか」

「ええ、あの、交通事故に会った美樹さんの幼馴染の人と聞いています」

「あ、そいつって、確か上条恭介とか」

「はい? 何で知ってるんですか?」

「ああいや、たまたま」

「凄いです播磨さん! 顔が広いんですね」

「いや、バイト先で偶然知っただから。この街は狭いなと思っちまったものさ」

「それでも凄いです。私なんて、あまりお友達もいませんでしたから……」

「そんなことねェだろう」

「いえ。私、小さい頃から病気がちで、遠足とかも行けなくて。学校なんかも休んでばかりだったので、
友達もできなかったんです。だから、播磨さんみたいにお友達の多い人は、羨ましいです」

「別に俺だって友達が多いわけじゃ……」

 中学校時代は喧嘩ばかりで、友達どころではなかった。

「でも凄いですよ」

「……」
209 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/21(水) 20:07:03.38 ID:KyaUPy36o

 数秒の沈黙。

 播磨は、慎重に言葉を選びながら口を開く。

「なあ、暁美」

「はい?」

「友達ってのはさ、沢山いても仕方ねェと思うんだ」

「そうなんですか?」

「別に沢山作ろうなんて思わなくてもいい。一人でもいいから、信頼できる仲間がいたら、
それだけで十分幸せだと思うけどな」

「……」

(ちと臭かったか)

「は、はい!」

「どうした」

「凄いです播磨さん」

「はん?」

「私感動しました」

「いや、別に」

「やっぱり播磨さんは凄い人なんですね」

「いや、違ェから」

 そんな話をしながら、播磨とほむらの二人は駅前の文具店に到着した。
210 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/21(水) 20:07:42.63 ID:KyaUPy36o

 今までペン先や原稿用紙など、特に気にしていたわけではなかったけれど、
実際に漫画を描くようになってから色々と気になりだしていた。

(スクリーントーンも上手く使えるようになりてェな。いや、今はもっとデッサン力を磨くべきか)

 絵を描く道具を観ながら、播磨は色々と考える。

 このペンを使えば、線に命が吹き込めるだろうか。

 播磨は、新しいペン先で絵を描く所を想像してみる。

 そのペンから描き出される表情は、

 まどかの笑顔。

「何を見ているんですか?」

「うおっ!」

 妄想の世界に浸っているところで、いきなり声をかけられたので、播磨は声を出して驚いてしまった。

「あ! ごめんなさい」

 思わず謝るほむら。

「いや、いいんだ。ちょっと驚いただけだからよ」

 播磨はほむらを宥める。

 いつも一人で行動することが多い分、こういう場所では周囲のことを忘れてしまうこともあるのだ。

「暁美は、もう買い物を済ませたのか?」

「え? はい。デッサン用の鉛筆と、足りなかった絵具を少々」

 よく見るとほむらは、店の紙袋を持っている。その袋の中に買った商品があるのだろう。
211 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/21(水) 20:08:43.23 ID:KyaUPy36o

「そうか。じゃあ、出るか」

「播磨さんは何も買わないんですか?」

「いや、今はいい。今日は色々見たかっただけだからな」

「そういう日もありますよね」

 なぜか嬉しそうに言うほむらと一緒に、播磨は店を出た。

 途中まで一緒に歩き、そこから家に帰ろう。

 そんなことをぼんやりと考えていた時、

「あ、ほむらちゃんと……、拳児くん」

 覚えのある声が聞こえた。

「鹿目さん?」と、ほむら。

 ほむらの言うとおり、鹿目まどかの声だ。

 しかし、

「巴……」

 まどかのすぐ後ろには、制服姿の巴マミがいたのだ。

 鹿目まどかと巴マミの二人。

 よく見ると、まどかは急いでいるようだ。顔から焦りの色が見てとれる。

「そんな急いで、何やってんだ」

「ああ、いや、何でもないよ拳児くん」

 まどかは笑顔で答える。しかし、その口元はやや引きつっている。
212 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/21(水) 20:09:24.90 ID:KyaUPy36o

(無理に笑顔作ってんのがバレバレだろう、まどか)

 ウソをつくのが下手な、正直者のまどかも播磨が好きなところである。

「それじゃあね、拳児くん」

 そう言うと、まどかは早足で歩きだす。

「……」

 無言でそれに続くマミ。

「待てよまどか」

 播磨は、相手が急いでいるのを承知の上で声をかける。

「え? なに?」

「お前ェ、病院に行ったんじゃなかったのか?」

「それは……」

「美樹さやかと一緒だったんだろ? 暁美から聞いたぜ」

「その……」

 口ごもるまどか。

「急いでいるので」

 そんなまどかの言葉を遮るように、マミが声を発した。

 冷たく鋭い、短剣のような声。

「巴……」

 日曜日に会ったときとは、また別人のような冷たい視線。

 いや、むしろ初めて会ったときと同じ目をしている。
213 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/21(水) 20:09:56.22 ID:KyaUPy36o

 他者を拒絶しているような目。

「何を急いでるんだ?」

 だが、そんな視線や声に怯む播磨ではない。

 しかし、

 つっと、マミは唇を触る。

「……!」

 その行為の意味するところを、まどかもほむらも知らない。

 巴マミと播磨拳児だけが知る合図。

「あなたには、関係のないことです」

 一瞬播磨が引いたところで、マミはそう言い放つ。

 そして、

「行きましょう、鹿目さん」

 そう言うととマミはまどかを連れて、どこかへと行ってしまった。

「何があったんでしょうか」

 オロオロとするほむら。

「わからねェ……」

 そう言うと播磨は、なるべくマミやまどかたちを見ないように家路についた。




   *
214 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/21(水) 20:10:33.49 ID:KyaUPy36o

「……」

 このままで良かったのか。

 播磨は迷いながら歩く。

 ずっと考え込んでいたので終始無言である。

「あの、播磨さん」

「ん?」

 ほむらが呼びかける。

「私はこっちですので」

「あ、ああ。気を付けてな」

「はい」

「それじゃ」

 そう言って播磨は自分の家に向けて歩き出す。

 足取りは重い。

「あの!」

 少し離れた所で、再びほむらが声をかけてきた。

 夕方の街並みの中、彼女の声がよく通る。

「どうした」

 播磨は振りかえり、彼女のほうを見た。

 影が長い。

「無理、しないでください」
215 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/21(水) 20:11:42.92 ID:KyaUPy36o

「無理?」

「あなたは、播磨さんは自分らしく行けばいいと思うんです」

「自分らしく?」

 よくわからなかった。

「それでは」

 そう言うとほむらは、深く一礼して、自分の家へと帰って行った。

「自分らしくって、どういうことだよ」

 しばらく立ち止まり考える播磨。

 だが答えは見つからない。 

(それにしても)

 ふと、播磨は思う。

(暁美のやつ、随分大きい声を出すようになったんだな。初めて会った時は、
小動物のように怯えていただけのような気がしたのに)



 夕闇に染まる道の中、重い足取りで播磨はマンションへと戻った。

 この日は珍しく和子が先に帰っている。

「お帰り拳児くん」

 帰ってきたばかりのようで、まだ彼女は外出用の服のままだ。

「おお、早いな」

「ふふ、今日はね」

 そう言うと和子は笑った。
216 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/21(水) 20:12:12.82 ID:KyaUPy36o

「……」

「どうしたの拳児くん」

「あん?」

「元気ないわね」

「そおでもねェよ」

「心配ごと?」

「何でもねェから」

 播磨はそう言うと、自分の部屋に戻り、ベッドに倒れ込む。

(俺らしくって、何だよ……)

 このまま眠ってしまいたい気分であったけれど、妙な胸騒ぎのせいで落ち着かない。

(こんなとき、俺だったらどうする)

 播磨は自分で自分に問いかけてみる。

(俺らしい俺なら……)

 次の瞬間、播磨は飛び起き、そして部屋のドアを開けた。

「拳児くん、どうしたの? 夕食は?」

 いきなり部屋から飛び出した播磨に、和子は驚いたようだ。

「悪い、ちょっと出かけてくらあ」

「出かけるって? コンビニ?」

「病院」

「どこか悪いの?」

「ちょっと野暮用だ。じゃあな」

 播磨は玄関に行き靴を履くと、そのまま走り出した。



   *
217 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/21(水) 20:13:02.95 ID:KyaUPy36o



 答えは簡単だった。

(なぜもっと早くこうしなかった)

 普段使わない頭を使ったらわからなくなっていたのだ。

 気になるならそこに行けばいい。

 至極単純な答えに、彼は突き動かされる。

 以前の自分なら、考えるよりも先に身体が動いていただろう。

 その感覚でいいのだ。

 今、彼は身体全体で“嫌な予感”を感じていた。

 その原因が何かはわからない。

 ただ、まどかたちに危険が迫っていることは確かだ。

「待ってろ!」

 息切れするのも構わず、彼はまどかたちが向かったらしい総合病院へと走る。
そこは、彼がいつも掃除のバイトをしているところでもある。

(どこだ)

 いつも通い慣れているはずの病院への道が、この日はやけに遠く感じた。

(疲れているからか? それとも、本当は行きたくないからか)

 自分に問いかけながら、彼は走る。

 答えなど出るはずもない。

 もし出るとすれば、自らの行動による結果、それだけが答えだ。

 播磨はそう思い、道を急ぐ。
218 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/21(水) 20:14:16.31 ID:KyaUPy36o

 そして、ついに病院にたどり着いた。

(いる――)

 なぜだかわからないけれど、播磨はこの場所にまどかがいることを感じ取った。

(どこだ)

 ふと、横を見ると車いすを押した看護師の姿が目に入る。

(ちょうどいい)

 そう思った播磨は看護師に声をかけた。

「すいません」

「あ、播磨くんじゃない。まだバイトの時間には早いでしょう?」

「いや、バイトじゃないっすよ」

 顔見知りの看護師であった。

「どうしたの?」

「あの、背が低くて髪を二つに結んだ中学生くらいの女の子見ませんでしたか?
 見滝原中学の制服を着ていると思うんっすけど」

「ああ、その子なら、あっちの第二病棟のほうで見たわよ」

 そう言って看護師は指差す。

「そうっすか。ありがとうございます」

 播磨は、看護師に言われた方向へと走って行った。

 まどかは近い。

 焦りが大きくなっていく。

(何でこんなに不安なんだ)
219 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/21(水) 20:15:28.53 ID:KyaUPy36o

 播磨は思う。まるで自分の身体が自分のものではなくなっているような感覚。

「まどか!」

 人の気配を感じた播磨は、思わず叫んでしまう。

(どこだ――)

 播磨は周囲を見回したその時、

 彼の視界に、一つの人影が入ってくる。

「……!」

 巴マミだ。

 じっと立っているマミは、虚ろな目で宙を見つめている。

「巴!」

 播磨は彼女に駆け寄った。

「巴、何が起こった。おい!」

 播磨は、大きい声で彼女に呼びかける。

 しかし、答えはない。

「巴、おい」

 次の瞬間、巴マミは膝から崩れるようにして、播磨の方へと倒れこんできた。

「巴?」

 播磨の両手に、マミの柔らかな感触が伝わってくる。

 けれども“それ”は、以前抱いた時のものとはまったく別物であった。

 言うなれば、等身大の人形を抱いている感覚。

「おい……」

 播磨はそっと、マミの首元に手を当て、そして口元に耳を近付ける。

「何も……、聞こえない?」

 それは、人の形をした“入れ物”であった。



   つづく

220 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/21(水) 20:18:55.85 ID:KyaUPy36o
今回で、一つの区切りです。

非現実的な事態に生で遭遇してしまった播磨は、いったいどうなるのでしょうか。

次回から、新たな展開に?

見滝原の謎は解決されるのでしょうか。というわけで、次回までおやすみなさいませ。
221 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/21(水) 20:28:28.31 ID:KyaUPy36o
☆お知らせ☆

 当スレの本編である『ハリまどか』とは直接関係のない、スペシャル企画を当スレに投下いたします。

 内容は、別スレでリクエストのあった、某漫画と某ラノベのクロス作と、偉大なゲストが主役の感動ドラマ(?)の
二本立てでお送りします。

 投下日は、12月24日(土)決定いたしました。なぜ24日かというと、陛下の誕生日(23日)に投下するのは畏れ多い
からです。それ以上でもそれ以下でもありません。

 今後の参考にするため、スペシャルにもレスポンスをいただければ嬉しいです。

 それでは、週末にお会いしましょう。
222 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/21(水) 20:49:37.96 ID:VYD3I74b0
へー、陛下の誕生日って12月23日なのか知らなかったぜー
223 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/21(水) 21:51:28.83 ID:ZjTjUF3AO
>>222

23日は天皇誕生日っていう祝日何だぜ☆
224 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/22(木) 05:00:17.57 ID:qxQkNTUAO
マミさんのハニートラップ!
マミさんが何考えてるのか分からなくて怖い

社会的にティロ・フィナーレさせようとしたのか、これ以上詮索させない為に弱みを作らせようとしたのか
マミさんに性的に襲われたい
225 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/22(木) 12:13:22.52 ID:Zue1nZDIO
>>1乙。マミさんにマミマミされたい

コメディが少ないと播磨が意外にシリアスなキャラになるんだな
226 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/22(木) 15:43:47.90 ID:LoWvQ5wi0
原作準拠の播磨だと壮絶な勘違いをして
話がややこしい方向にしか進みそうにないなww
227 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/22(木) 20:45:43.11 ID:jo4+DSZxo
序盤はミステリー風(笑)なので、主人公がバカだと話が進まない。
仕方ないんや……。

そのかわり、スペシャルではわりと軽いバカ話をやろうと思います。勘弁してください。

では、投下開始。

228 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/22(木) 20:46:52.54 ID:jo4+DSZxo


 病院で巴マミを発見してから、その後のことはあまり記憶がなかった。

 いつの間にかすぐ側にいたまどかや、美樹さやかが近くにおり、播磨はマミの身体を抱え、
病院内に運び込む。

 医師が走りまわり、警察もきて病院内は大騒ぎである。

 そして播磨たちは警察から簡単に事情を聞かれ、後日また警察署に出向くことになった。

(何が起こったのか、訳が分からない)

 それが正直な彼の感想であった。

 巴マミの顔を思い出す。

 柔らかかった身体、そして唇の感触。

 生を意識させるそれらの感触が、次の瞬間病院の敷地内で感じた、人形のような無機質な感触に
変化していく。

 それが気持ち悪い。

(もし、あの時、もっと別の対応をしていたら)

 播磨は、巴マミのことをよくわからない。

 だが日曜日に、買い物に行ったり食事をしたり、一緒に過ごした限りでは悪いやつではなさそうだ、
ということはわかった。

(何か重大な選択ミスをしたんじゃねェのか)

 今、そんなことを考えてもどうしようもないということは、わかっているけれど考えてしまうのだ。

(くそ……!)

 こうして一晩中、寝ているのか寝ていないのか、よくわからない状態のままベッドに横たわり、
翌朝学校に連絡した上で警察署に向かった。

229 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/22(木) 20:47:18.36 ID:jo4+DSZxo





   魔法少女とハリマ☆ハリオ

      #12 出 発




230 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/22(木) 20:48:07.39 ID:jo4+DSZxo


 警察の取り調べ室は殺風景なところだ。

 机と椅子以外は何もない。

 播磨はそんな環境が嫌いであった。中学時代は喧嘩をして、しょっちゅうここに連れて
こられたことを思い出し、心の中で苦笑する。

(よほど俺は、ここに縁があるようだな)

 そんなことを考えていると、部屋の中にいた制服警官が立ち上がる。

「お疲れ様です」

「おお、ちょっとキミは外に出ていてくれないか」

「いや、しかし」

「いいから」

 ふと、聞き覚えのある声がしたと思い顔を上げる播磨。

「播磨くん、だったね」

 ガッチリとした体格の青年がそこにいた。

「確かアンタは……」

「刑事課の霧島だ。しばらくぶりだな」

「どうもッス」

「昨日はよく眠れた、という感じではないな」

「まあ」

「実は俺も忙しくてほとんど寝てないんだが」

「でしょうね」
231 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/22(木) 20:49:35.89 ID:jo4+DSZxo

 播磨たちが雑談をしている間に、今まで部屋の中にいた制服警官が書類などをまとめて
出て行った。

 バタンと、扉の閉まる音が無機質に響き渡る。

「これで、この部屋にはキミと俺だけだ」

 そう言って霧島は播磨の顔を見据える。

「スンマセン、色々教えてもらったのに、こんな事態になってしまって」

「別にキミのせいじゃない。ところで、播磨くんも気になっていると思うのだが」

 そう言って霧島は手帳を取り出す。

 使いこまれた手帳には、いくつも付箋がはさまれており、彼の真面目さが伝わってくるようでもあった。

「巴マミの死因だが――」

「!!」

「俺も検死に立ち会って、色々と話を聞く限り、“あの事件”、つまり瀬川絵里のケースと
非常によく似ている」

「……」

「死因は、心臓麻痺。公的には、な。だが実際は不明だ。外傷も一切ない。毒を飲んだと
いうわけでもない」

「はあ……」

「恐らくこの事件も、迷宮入りしてしまうだろう」

「そんな……。何も出来ねェままで」

 播磨は俯く。

 視線の先には自分の両足と、硬く握られた両手の拳。
232 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/22(木) 20:50:15.97 ID:jo4+DSZxo

「巴マミについて、何かわかったことはあるかい?」

 霧島は、優しげな声で聞いてくる。

「……それが、少しばかり話をした程度なんですが」

「ああ」

「結局、何かを隠している、ということしかわかりませんでした」

「……そうか」

 日曜日のことについて、話をする気にはなれなかった。

「申し訳ない。力になれなくて」

「いや」

「しかし凄いっすね、霧島さんは」

「何が?」

「ずっと事件、追ってたんでしょう? こんなわけのわからない事件を」

「播磨くん」

「はい?」

「俺はね、逃げたんだよ」

「逃げた?」

「そう、刑事という職業にね」

「それは」

「刑事ってのは、漫画やドラマみたいに、好き勝手に動いて事件を追ってるわけじゃない。
いずれも上司の指示で動いているんだ。だから、逮捕しろと言われればそういう風に動き、
捜査を止めろと言われれば止める」
233 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/22(木) 20:51:09.45 ID:jo4+DSZxo
「……」

「瀬川絵里の件に関しても、継続捜査ということにはなっているが、実質は捜査中止だ」

「捜査中止」

「俺はそれに従った。上の命令なのだから仕方がない、と。諦めた。それでも俺を凄いと
言えるか」

「それは……。仕事なのだから、仕方がないんじゃ」

「そうだな。キミは思ったよりも大人だな」

「そんな」

「だがね、播磨くん。捜査をやらなくなったからといって、事件は無くならない。結局我々は、
いや、俺はわからないことから逃げたんだ」

「霧島さん」

「もし、このままこの事件を放置していたら、また新しい犠牲者が出ると思う」

「それは」

「例えば、巴マミの知り合いとか」

「……!」

 播磨の脳裏にまどかの顔が浮かぶ。

「播磨くん、俺も出来る限り捜査を続けて行こうと思う」

「協力しますよ」

 播磨は間髪いれずに答える。

「いや、だが――」

「俺は、この街に来てからまだ間がないけど、最近ちょっと好きになりかけてる。だから、
とりあえずこの訳の分からない事態を止めねェと」
234 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/22(木) 20:52:05.98 ID:jo4+DSZxo

「そうだな。しかし、俺のほうから色々言っておいて何だが」

「何っすか?」

「危なくなったらすぐに手を引いてくれ。これ以上犠牲が出てはたまらん」

「死にませんよ」

 播磨はそう言った。しかし、次に出る言葉は心の中で飲み込む。

(タダでは死なねェ)




   *



 午後から学校に戻った播磨。

 しかし、昨日からの疲れと警察での事情聴取に疲れてしまい、授業どころではない。

 そのため、播磨は昼からは保健室で寝て過ごした。

 霧島と話をして、少しだけ安心した彼はベッドに入るとすぐに眠りに落ちてしまったのだ。

 眠りの中で、播磨は夢を見た。

 ここ最近、彼はいつも同じ夢を見る。

 巴マミが出てくる夢だ。

 夢の中でマミは播磨に対して何かを言おうとしている。

 だが、声が聞こえない。

 彼の夢に、声がないのだ。

 そして目が覚める。
235 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/22(木) 20:53:31.50 ID:jo4+DSZxo
 浅い眠りから覚めた播磨は周囲を見回した。カーテン越しにも橙色の光が差し込んで
きているのがわかる。

(随分長いこと寝ちまったな)

 播磨は目をこすりつつ、よろよろとベッドから出て、

(寝ている場合じゃねェ)

 そう思い、彼は教室に戻る。

 教室では、他の生徒たちはみんな帰っており、誰もいなかった。

 学校を出た播磨は、自分の携帯電話を取り出して電話をかける。

 相手は、早乙女和子だ。

「和子? 俺だ」

『拳児くん? 学校で倒れたって聞いたけど大丈夫なの?』

(誰かが連絡したか)

 彼は心の中で舌打ちをする。

「何でもねェ。それより、見滝原中学(そっち)の授業も終わったんだんだろう?」

『そうよ。迎えに行こうか?』

「いらねェ。それよりまどかたちはもう家に帰ったんだな」

『え? まどかちゃん? うん、もう帰ったと思うけど』

「そうか。わかった」

『ちょっと拳児くん?』

 和子が未だ呼びかけているにも関わらず播磨は電話を切る。

 そして次の番号にかける。
236 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/22(木) 20:54:12.99 ID:jo4+DSZxo

「もしもし、播磨ですけど」

『あれ? 拳児くん? どうしたんだい』

 聞き覚えのある声が耳に入る。

 鹿目和久、まどかの父親だ。

『ダレー?』

 後ろのほうから聞こえるのは、まどかの弟だろう。

「あの、まど……、娘さん帰ってきてますか?」

『いや、まどかはまだ帰ってないな。いつもなら、もう帰ってきているはずなんだけど』

「……そう、ですか」

『一体どうしたんだい? 何かあったのかい?』

「ああいや、何でも無いッス。最近物騒ですからね。それじゃ」

『ちょっと播磨くん、はり――』

 播磨は再び電話を切った。

(まだ帰ってきていやがらねェか)

 播磨は少し考える。

 駅前のショッピングモールか、その近くの公園にならいるかもしれない。

 そう思い、歩き出す。

 これまで播磨は、まどかから無理やり話を聞こうとはしなかった。

 だがそれは、彼女のことを気遣っていたわけではない。

 無理やり聞き出すことで、彼女から嫌われることを恐れていたからだ。

 だが今の播磨は違う。

(嫌われても構わねェ。まどかがこの世からいなくなることのほうが、よっぽど嫌だ)

 播磨はそう思い、歩みを早めた。



   つづく
237 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/22(木) 20:57:18.39 ID:jo4+DSZxo
次回、ついに真相が明らかになる、のか?

あの少女も再び登場。では、おやすみなさいませ。
238 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/23(金) 10:53:29.89 ID:RKDTHL8IO
マミさん・・・
239 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/23(金) 12:44:51.55 ID:JVkHJ0KAO
マミさん…
240 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/23(金) 12:55:28.77 ID:6dY2UnSS0
キャンデロロさん…
241 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/23(金) 13:14:06.69 ID:QrhaOS7Qo
おぱいさん・・・・・
242 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/23(金) 13:37:59.06 ID:sbgyzrb+o
マミマミしたい……
243 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/23(金) 21:18:03.19 ID:FKxMrm+Ho
 とある漫画の主人公をヒロインに据えたら、ものすごく播磨が播磨らしくなった。

やっぱ、ヒロインに合わせて変化してしまうんだね、彼は。
244 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/23(金) 21:19:49.50 ID:FKxMrm+Ho

 今まで何の気なしに街を歩いていたら出会えていたはずなのだが、
いざ探そうと思ったらなかなか見つからないものだ。

(くそっ、どこにいるんだ)

 焦ったら余計にわけがわからなくなる。

 ショッピングモールを歩き、その中の本屋やCDショップ、それにカフェなどにも顔を出してみた。

 そして、駅や公園も歩き回ってみたが見つからない。

 日が陰ってきたころ、播磨はあることに気がつく。

(あれ? もしかして、ずっと待ってたらそのうちまどかは家に帰るんじゃねェか?)

 それに気づいた時、思わず播磨は頭を抱え、そしてそれまでの疲れがドッと出てきた。

「バカだ。俺は大バカだ」

 立っているのもしんどくなった播磨は、そのままベンチに腰掛けた。

 このまましばらく待ってから、まどかの家に行こうか。

 そんなことを考えていると、ふと目の前に誰かの足が見える。

 顔を上げると、見滝原の制服を着ている女子生徒が立っていた。

「あの、播磨さんですよね」

「お前ェは」

「少し前にお会いしました、志筑仁美です」

「ああ、あの病院の」

 夜中に、入院している上条恭介に会いに来た、どこぞのお嬢様だ。
245 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/23(金) 21:20:15.73 ID:FKxMrm+Ho

「ここで、何をされているんですか? 待ち合わせですか?」

「いや、そうじゃねェ。少し、疲れたから休んでるだけだ」

「そうなんですか」

「お前ェこそ何やってんだ。習い事じゃねェのか」

「それはこれから参ります」

「そうか。御苦労だな」

「いえ」

「ん?」

 すぐに立ち去るのかと思った播磨だが、仁美は何か言いたげな表情でその場に立っていた。

「どうした?」

「あの、その……、少しご相談したいことがありますの」

「なに?」
246 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/23(金) 21:20:44.32 ID:FKxMrm+Ho





   魔法少女とハリマ☆ハリオ


     #13  気持ち




247 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/23(金) 21:21:38.88 ID:FKxMrm+Ho

 本当なら、一刻も早くまどかに会いたかった播磨だが、焦っても会えるとは限らないし、
少し時間を置いて冷静になる必要もあると考えた彼は、仁美の相談を聞くことにした。

「俺はあんま人から相談とか受けるようなヤツじゃねェからよ。
その、役に立つような助言とかできねェと思うぜ」

 播磨は夕闇に染まる建物を見ながら言う。

「そうでしょうか。播磨さんはもっと周りから頼りにされるお方だと思っておりましたわ」

「マジかよ……」

 生まれた年が自分とほんの数年しか違わないのに、何となくわかりづらいな、と思う播磨であった。

「そんで、相談って何だ? もしかして」

「ええ、上条さんのことです」

「ああ、あいつか」

 病院に入院している、いつも音楽を聴いている少年のことだ。

 病院の清掃アルバイトをしているとき、たまに話をしたりしている。

「あいつがどうした」

「実は私、彼のことが好きなんです」

 仁美はそう言うと頬を赤らめ俯いた。

「ああ、そうか。まあそうじゃないかと思った」

「どうしてわかるんですか?」

「そりゃお前ェ、面会時間過ぎたのにわざわざ会いにくるくらいだろう?
 惚れてると思うのは普通だろ」

「そうですよね……」

「何か、心配でもあんのか?」
248 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/23(金) 21:22:33.87 ID:FKxMrm+Ho

「実は、上条さんには幼馴染の女性がいるんです」

「それってアレか? 美樹さやかってやつか」

「ええ? どうしてご存じなんですか?」

「お前ェが言ったんじゃねェか」

「ああ、そうだったでしょうか。すみません」

「そんで、その美樹がなんだって?」  

「あの、さやかさんも、よく彼のお見舞いに来ているようなのですわ」

「そうなのか」

 もしかして、その幼馴染と顔を合わせたくないから、わざわざ面会時間後に病院にきたのか。
播磨はそんな推測をしてみる。

「多分、さやかさんも上条さんのことを好きだと思います」

「……だろうな」

「そして、さやかさんと私は、お友達なのです」

「なるほど。つまりお前ェさんと美樹とは親友(ダチ)で、二人とも上条のことが好きってことでいいんだな」

「ええ、まあ」

 三角関係である。

「もしも私が上条さんに自分の気持ちをお伝えしたら、さやかさんとの関係が壊れてしまうのではないかと
思いまして」

「……」

「でも、上条さんのことは好きなんです。だからどうしたらいいのかと……」
249 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/23(金) 21:23:19.95 ID:FKxMrm+Ho

「なあ、志筑」

「はい」

「お前ェが上条に告白したら、そいつとの関係はどうなると思う?」

「どうなるというのは?」

「変わると思うか?」

「それは、変わるでしょうね」

「だったら、その幼馴染との関係も、変わるんじゃねェかな」

「どうしてですの?」

「だってそうだろう? この世は、オメエと上条の二人だけで出来てるわけじゃねェんだ。
そいつにも親や友達がいるだろう。そういった人間関係の中で人は生きている」

「はあ」

「だとしたら、お前ェら二人の関係が変われば、自然に周りにも影響が出る。
それが良い影響もあれば、悪い影響もあるだろう」

「……」

「変わるってのは、良いこともあれば悪いこともある。そいつを覚悟することだ。
それができなきゃ、何も変わらねェ」

 播磨は途中から、自分に言い聞かせるように話し始めた。

「まあアレだ。その幼馴染のことを大事な友達(ダチ)と思うんだったら、告白する前に最低限の仁義はきっておけ」

「仁義ですか?」

「男らしく、まあお前ェは女だけど、とにかく堂々と告白しますって宣言すりゃいいじゃねェか。
それで壊れるような友情なら、ハナから表層だけの関係だってことだ」

「……そうですよね」
250 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/23(金) 21:24:53.94 ID:FKxMrm+Ho

 仁美は顔を上げる。

「やはり、播磨さんに相談して正解でしたわ」

「そうなのか?」

「ええ、彼が退院したら告白しようと思います。もちろんさやかさんに宣言してから告白します」

「そうかい」

「本当にありがとうございます」

 そう言うと仁美は立ち上がり、播磨の前に立ってから深くお辞儀をした。

「まあ、俺みてェな男の意見が役に立って嬉しいぜ」

「貴方は本当に素晴らしいかたです。まどかさんの言った通りでした」

「まどか?」

「あ、いえ。何でもありませんわ。ふふ」

「ん……」

「あの、今日のことは」

「わかってる。誰に言わねェよ」

「ありがとうございます。では、失礼いたしますね」

 そう言うと、仁美は足早にどこかへ行ってしまう。習い事か何かだろう。

 播磨はその場に一人残され、しばらくの間ボーッとしていた。




   *
251 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/23(金) 21:25:17.28 ID:FKxMrm+Ho


  
 さすがにいつまでもボーッとしているわけにもいかないので、播磨は本来の目的を思い出し、
鹿目家に向かった。

 すっかり日も暮れた街の中を歩いてまどかの家に。

 家には灯りが灯っており、人の気配もする。

 この家にくるのは二回目であるけれど、この日は予告もなく、しかも一人での訪問であった。

 緊張した面持ちで、ドアチャイムを押す。

「あら、拳児くん。いらっしゃい」

 仕事着から着替えて、リラックスした私服姿の鹿目詢子が彼を出迎える。

「今日は何のご用?」

「今日は……」

 播磨はサングラスを外し、まっすぐ詢子を見据える。

「あの、まどか……、いや、まどかさんに話があってきました」

「へえ……」

 詢子は播磨の目を見て、少し考えてから言葉を発する。

「まどかなら帰ってるわ。今呼んでくるから、上がって待ってて」

「スイマセン」

 播磨は靴を脱ぎ、詢子について行った。




   *
252 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/23(金) 21:26:32.34 ID:FKxMrm+Ho


「どうぞ」

 コーヒーが差し出される。

「すまねえな……」

 播磨はまどかの部屋にいた。

 よくよく考えて見れば、まどかの部屋に入るのは、彼にとって初めての経験である。

 しかし、そのはじめてを意識する余裕は、今の彼にはなかった。

「早速で悪いんだが、あそこで何があったのか、話してもらいてェ」

 播磨は、まどかの顔を見据えて言う。

 まどかのほうは、疲れたような顔で俯いている。

「無理もねェか。昨日の今日であんなことがあったんだし」

「……」まどかは何も喋らない。

「だがな、まどか。俺は何があったのかしりてェんだ。巴マミがあんなことになった理由も、
そしてこの街で起こっている奇妙な事件の真相も」

「……知って」

 不意にまどかが口を開く。

「知ってどうするんですか?」

「それは……」

「知ったからといって、何ができるんですか?」

「まどか?」

「確かに私は、全部じゃないけど……、知ってます。でも、何もできなかった……」
253 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/23(金) 21:27:23.03 ID:FKxMrm+Ho

 まどかは顔を上げた。

 彼女の両目からは大粒の涙がいくつもあふれ出ている。

「どうせ何もできないなら、知らないほうがよかった」

 まどかは両手で自分の顔を覆う。

「……拳児くんには、そんな気持ちは……」

「ふざけるなよ」

「え?」

「ふざけるなって言ってんだよ!」

 ドンッ、と思わず彼はテーブルを叩いてしまう。

 テーブルの上に置いてあったコーヒーカップやスプーンが少しだけ浮いて高い音を響かせた。

「ひっ」

「そうやってお前ェ一人で抱え込むつもりか? そうれでどうなる」

「それは……」

「周りのことを考えたことがあるのか? お前ェが悩んでいるのを傍から見て何もできねェんだ。

言っとくがなあ、お前ェみてェに悩んでる奴は、お前ェだけじゃねェんだよ……!」

「……」
254 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/23(金) 21:27:58.21 ID:FKxMrm+Ho

「何でもかんでも話せとはいわん。だがな、少しくらい周りに頼ってもいいんだ。
心の重荷ってのは、人に話すだけでも、重さが変わってくるもんだ」

「拳児くん……」

「まどか?」

 すくっと、まどかは立ち上がった。

 そしてゆっくりとテーブルを回って播磨の目の前にくると、倒れ込むように播磨に抱きつく。

「まどか」

「う、う、うわあああああん」

 播磨の胸の中で、声を押し殺すように無くまどか。

「辛かったんだな」

 播磨は、どうしてよいのかわからなかったけれど、とりあえず彼女の頭を撫でた。

柔らかい髪の感触が指に伝わってくる。

「……」

 小刻みに震えるまどかを抱えながら、彼女の気持ちが落ち着くまでしばらく待っていようと、彼は考えた。




つづく
255 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/23(金) 21:42:03.18 ID:FKxMrm+Ho
   ☆年末スペシャルのお知らせ☆

・12月24日と25日の2日間は、年末スペシャルのため本編はお休みいたします。

・スペシャル投下時は、名前欄に「年末スペシャル」と表示いたします。スペシャルを見ずに、本編だけを見たいかたは、
通常のトリップを抽出するか、年末スペシャルを消してご覧ください。

・スペシャルだけ見たいかたも大歓迎です。当スレが続く限り、感想やご意見等を受け付けております。

 なお、スペシャルのタイトルが決定いたしました。

 24日投下予定

1本目 「帰ってきた変態仮面 〜学園都市奮闘編〜」

2本目 「江頭2:50 VS アイドルマスター」


 25日投下予定(ただし、30日に追加投下をする可能性あり)

3本目 「はりおん! 〜播磨拳児はうんたんに恋をする〜 」


 前スレ、もしくは他スレでリクエストのあったものを書いてみました。

 気に入っていただけるかどうかわかりませんが、頑張ります。


   追伸

 サンタ狩りに行かれるかたは気を付けてください。
256 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/23(金) 22:09:17.18 ID:0LljqKguo
ちょっとまてw特に二本目
257 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/23(金) 22:42:24.08 ID:sbgyzrb+o
どういうラインナップだwwwwww
258 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/24(土) 02:55:44.88 ID:A531XEr00
乙 楽しみだわ

気をつけて狩ってきます
259 :年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/24(土) 18:00:18.92 ID:UqEfXJhDo

 イヴの夜に送る物語。狂気の宴をはじめませう。

 年末スペシャル、はじまるよ!

 
260 :年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/24(土) 18:00:54.06 ID:UqEfXJhDo

 彼の名は色丞狂介。

 学園都市で暮らすごく普通の高校生である。

 ただ、ふつうの生徒と違うところは――

「きゃあっ!」

 夜のコンビニに、女子生徒らしき声が響く。

「おらおら姉ちゃん、こんな夜更けに外出ですか?」

「なあ、俺たちと遊ばないか?」

 見るからに不良とわかるガラの悪そうな三人組に、女子高校生二人組がからまれている。

「待て!」

「なんだテメーは」

 夜のロードワークの途中だった狂介は、ジャージ姿で不良たちに叫ぶ。

「女の子が嫌がってるじゃないか。遊ぶなら自分たちだけで遊べ」

「な?」

「しまった!」

 不良たちが色丞狂介に気を取られているスキに、女子高校生二人組は
彼の後ろに隠れるように逃げ込む。

「すみません」女子生徒の一人が言った。

「もう大丈夫、早く逃げなさい」狂介は不良たちに見せる厳しい顔とは対照的な、
やさしい笑顔でそういう。

「あ、ありがとうございます」

 女子生徒たちはそういって、その場から逃げだして行く。
261 :年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/24(土) 18:01:27.55 ID:UqEfXJhDo

「オメー、なんてことしやがる」

 そして、当然ながら不良の一人が憎しみを込めた目で睨み付けてきた。

 しかし狂介は動じない。

「お前たちこそ、こんな時間に遊び歩いてるんじゃない。さっさと寮に戻ったらどうだ」

「んだと? 貴様に言われる筋合いなんてねーんだよ」

 金髪の不良が叫ぶ。

 そんな中、三人組のリーダー格らしき男が前に出てきた。

「まったく、退屈しのぎをしようとしたところに、とんだ邪魔が入ったものだ」

「お、ヤマシロくん、やるの?」

「見たところテメー、無能力者(レベルゼロ)だな」

「それがどうしたんだ」狂介は睨み返す。

「能力者であるこの俺に喧嘩を売るとはいい度胸だ」

「なんだと?」

「お! 出たー! ヤマシロくんの能力、レベル2の火炎放射器(ライター&キンチョール)だ!!」

 ヤマシロと呼ばれた男の右腕が燃える。

「なるほどね」

 そう言って狂介は構えた。


   5分後――


「くそ、なんて強さだ……」

 そこには、ボロボロになった不良三人組の姿があった。
262 :年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/24(土) 18:02:06.40 ID:UqEfXJhDo

「能力がまったく効かないなんて……」

「別に効かないわけじゃないよ。ただ、お前たちは能力を過信して油断しただけさ。俺は拳法部で毎日鍛えられているからね」

 色丞狂介。こう見えて拳法部のエースである。

「くそ……」

 その時、

「ジャッチメントですの!」

 妙にオバサンくさい女の声が聞こえた。

「あ、キミは」

 狂介が振り返ると、そこには常盤台の制服に、緑色の風紀委員(ジャッチメント)の
腕章をはめた中学生の姿があった。

 彼女は、レベル4の移動能力者(テレポーター)であり、ここまで瞬間移動でやってきた
のである。

「あらあら、色丞さんではありませんか。不良が暴れているという通報を受けてきてみれば」

「やあ、白井さん」

 ふわふわな髪の毛を二つに縛ったお嬢様口調の少女、白井黒子であった。

「もう、風紀委員でもないのに、こういうことをあまりしてもらっては困りますのよ」

「いや、どうも放っておけなくてね」

「正義感が強いのは結構ですが、学園都市にはあなたが知らないような能力者がたくさんおりますの」

「わかってるよ」

「本当ですの?」

「まあ、ね」

「ちょっとお待ちなさい!」

 そっと逃げようとする不良たちを止める黒子。

「手伝うよ」

 と、狂介はどこからか持ち出したのか、荒縄を手に取って不良たちを縛る。

 そして、あっという間に亀甲縛り三人分が出来上がったのである。

「その技術、驚愕に値しますわね」

「そう?」

「でも縛るなら、もっと簡単でもよろしくてよ」

「はは、そうだね、ははっ」

 色丞狂介の乾いた笑い声が、学園都市の夜にこだました。
263 :年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/24(土) 18:03:24.84 ID:UqEfXJhDo



   年末スペシャル第一弾!



   帰ってきた変態仮面
 
                学園都市奮闘編
 




264 :年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/24(土) 18:04:09.37 ID:UqEfXJhDo


 その日、色丞狂介は部活動の帰りであった。

 週刊少年ジャソプが発売されているのを思い出した彼は、学校から寮に帰るついでに
コンビニエンスストアに立ち寄る。

「っらっしゃいませェ……」

 妙にやる気のないやせ形の店員がレジをいじりながらそう言う。

 しかし、今の狂介には店員よりもジャソプである。

 さっさと買って帰ろうかと思ったのだが、そういうときに限って週刊ベースボールに目が行ってしまう。

「豊田さんのコラムを立ち読みして帰るか」

 そう思い、彼はしばらく雑誌を手に取ってみる。

 その時である。

「店長、超大変です!」背の低い女性店員が裏から出てきて、別の男性店員に声をかける。

「なンだうるせェな……」

「なんでも、能力者専門の刑務所から能力者が超逃げ出したらしいですよ。現在も超逃亡中です」

「だからなんだっつうンだよ」

「どうやら、その刑務所っていうのが、学園都市内のものらしいんですよ」

「で?」

「だから、このあたりを今も超逃亡中なんです」

「それで警備員(アンチスキル)どもが騒いでたのかよ。ウゼェ……」

「店長、超どうしましょう」

「別にどうもしねェよ。さっさとからあげクンの用意しろや」

「店長、超年寄臭いです。ジジイなのは、髪の毛の色だけにしてください」

「うっせェ、髪は関係ねェだろが! ナルカミだって同じだろうが」

「ナルカミさんは超イケメンですよ」

「ああン?」

(これは大変だ)

 狂介は、急いで週ベを棚に戻すと、コンビニから飛び出す。





   *
265 :年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/24(土) 18:05:20.49 ID:UqEfXJhDo


 場所は変わって、学園都市内にある某公園。

 そこではすでに、事件が起こっていた。

「脱走犯の腰巻好男(こしまき よしお)、風紀委員ですの! さっさと投降いたしなさい!」

 風紀委員の腕章をはめた、白井黒子が拡声器を持って逃亡犯に呼びかける。

「うるせえ、こいつがどうなってもいいのか」

 無精ひげを生やしたやや太り気味の男性は、その毛むくじゃらの太い手で学校の
制服を着た少女を抱えている。

「人質を解放しなさい! これ以上罪を重ねてどうするのです!?」

 人質にされた少女は、頭に花を乗せている小柄な少女であった。

「し、白井さーん!」

「初春! 今助けますの!」

 そういって黒子は拡声器を捨てる。

「おっと、動くな! これが何かわからねえのか?」

 腰巻好男は、そういって右手を突き上げる。そこには見覚えのある白い布のようなもの。

「そ、それは……!」

 それを見た黒子は驚愕する。

「寒いですー」

 そして初春は涙声で叫ぶ。

「俺の能力、レベル3の下着泥棒(トレジャーハンター)は、半径10メートル以内にいる者の
下着を強制的に奪うことができるのだ!」

「くっ……! なんて羨ま――、変態的な能力ですの!?」

「ククク、このお花女は今、ノーパン状態だ。下手なことをすると……」
266 :年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/24(土) 18:05:55.83 ID:UqEfXJhDo
「ぐぬぬ……!」

 しかし、初春は叫ぶ。

「白井さん! 私のことはいいですから、早く犯人を捕まえてください」

「いけませんの初春! お嫁に行けなくなってしまいますわ!」

「でも、でもー」

 初春の顔は、すでに涙と鼻水でぐちょぐちょである。

(初春の精神も限界に近いですわ。ここは一か八か……!)

 黒子がそう思った瞬間、


「そこまでだ!」


 何者かの声がした。




   *




 時をさかのぼること、約十分前。

 騒ぎを聞きつけた色丞恭介は現場に向かっていた。

 その時、彼は道端に落ちている女性ものの下着を発見する。

「こ、これは!」

 不意に人の気配がした。

「最近暇だにゃー」
267 :年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/24(土) 18:06:32.65 ID:UqEfXJhDo
「なんや、オモロイことないかなあ」

 通行人を避けるように、パンティをポケットに押し込む狂介。

(こんな物を持っているところを見られたら、俺は変態と呼ばれてしまうだろう)

 狂介はパンティを持ったまま現場へと向かう。

 そして、現場に到着。

 犯人は人質をとっており、風紀委員も手が出せない状態である。

 公園の茂みで様子を伺っていた彼は、飛び出すタイミングを見計らっていた。

 緊張で汗をかいてきた狂介は、ズボンのポケットからハンカチを取り出そうとする。

 しかしそれは、ハンカチではなかった。

(くっ! これはハンカチではなく女性物のパンティじゃないか。こんなんで汗を拭こうなんて……)

 だが、

(ぐっ、なんだ? なんだかかぶりたくなってきた)

 パンティを手に取った彼は、そのパンティを顔にかぶりたくてたまらなくなってしまう。

(こんなものを被ったら、あそこの変態とかわらないじゃないか)

 必死に抵抗する狂介。

(ぐお、抵抗できない。欲望に抵抗できない)

 何か、目に見えない不思議な力によって彼は手に持っていたパンティを顔に被るのだった。

(くそ、早く脱がないと。こんなところ誰かに見られたら。でも、でも……)

268 :年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/24(土) 18:07:22.28 ID:UqEfXJhDo







 気分はエクスタシー







「フオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」


 説明しよう。

 色丞狂介の身体には、刑事である父親の正義の血とSМ嬢である母親の変態の血が流れている。

 普段は、父親の影響を濃く受け継いで正義感の塊のような彼だが、女性用のパンティを顔にかぶることによって、
母親譲りの変態能力が発動し、眠っていたチカラが覚醒するのである。

「クロスアウッ(脱衣!)」

 一瞬で、服を脱ぎ捨てた彼は、犯人の前に飛び出していく。





   *
269 :年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/24(土) 18:08:17.39 ID:UqEfXJhDo


「そこまでだ!」

「誰だ!」

 逃亡犯、腰巻好男は声のした方向を向く。

 すると、目の前には“チマキ”があった。

「なんでこんなところにチマキがあるんだ」

 そういって、腰巻はチマキを触る。

「しかもちょっと暖かい」

 暖かいチマキ、それは……。



         、、、、、、、、
「それは、私のおいなりさんだ」





「え?」


 気が付くと、彼の前にはブーメランパンツ一丁で、顔には女性物のパンティを被っている
マッチョな男性が立っていたのだ。

 男は、ベンチの上に立っていたので、ちょうど腰巻好男の顔の位置に股間の部分があった。

「ぎゃあああああああああああ!!!」

「きゃあああああああああああああ!!」

 あまりのインパクトに驚く腰巻。そしてつられて驚く初春。

「へ、変態ですのおおおおお!!!!」

 離れて見ていた白井黒子も叫ぶ。

「そう、私は変態仮面!」
270 :年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/24(土) 18:09:22.58 ID:UqEfXJhDo
 パンツ男はそう言ってポーズをとった。

「女性用下着を奪う変態男、この変態仮面がお仕置きしてくれる」

「お前にだけは変態なんて言われたくねえべ!」

 腰巻は叫んだ。

「問答無用!」

 そう言って変態仮面は、どこから取り出したのかわからない鞭を手に、腰巻の腕を狙う。

「ぐわ!」

 鞭はまるで生きているように“しなり”、腰巻の腕に当たった。

 そして、彼が手に持っていた初春のパンティを地面に落とすのであった。

「くそっ、パンティが」

 落ちたパンティに気を取られた瞬間、

「今だ! 黒子くん!」

 変態仮面が叫ぶ。

「な?」

 腰巻が気付いたときには、すでに腕に抱いていた少女の姿がなかった。

 ついでに、地面に落ちたパンティもなかった。

「そんな……!」

 ショックを受ける腰巻。

 ババ臭い声の風紀委員は空間移動能力者で、今の一瞬で初春とそのパンティを
奪え返したのだった。

 そしてそんな腰巻に変態仮面が歩み寄る。

「欲に負けた男よ、乙女の心の痛みを知れ!」

 彼の手には、荒縄が握られていた。

「ぎゃあああああああああああ!!!!」

 腰巻は、一瞬で亀甲縛りにされ、公園の並木につるされたのだった。




   *
271 :年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/24(土) 18:10:12.84 ID:UqEfXJhDo



 こうして、脱走した下着泥棒は捕まり、事件も無事解決した。

(しかしあの変態仮面とかいう男、どこかで見た覚えがしますわ)

 常盤台の寮で、白井黒子はそんなことを考えていた。

「ねえ、黒子」

 そんな黒子に、ルームメイトで一つ上の先輩である御坂美琴が話しかける。

「ど、どうされましたお姉さま」

「あたしのパンツ知らない? あなた、持ってるでしょう」

「え?」

 黒子は自分の制服のポケットを調べる。

「はっ、ありませんの」

「やっぱりアンタが犯人か」

「いえいえ、確かにわたくしかもしれませんけど、今は持っておりませんの」

「さっさと出しなさい!」

「ですから知りませんのおおおおおお!!!」





   お わ り
272 :年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/24(土) 18:14:10.40 ID:UqEfXJhDo
禁書・超電磁砲SSは多いですが、筆者が書くのはこれが初めてなんですの。

それでは、さっさと次に参りましょう。

あと、今飲んだトマトミックスジュースが絶望的に不味かった。
273 :年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/24(土) 18:19:11.57 ID:UqEfXJhDo

   プロローグ



 その日、如月千早が説明を受けた仕事は、当然彼女が納得できるような内容ではなかった。

「バラエティ?」

 それはまだいい。

 問題なのはその内容だ。

「あの、お笑い芸人、江頭2:50との共演……」

 彼女がバラエティ番組で共演する芸能人、それは数々の伝説を残したあの江頭2:50
との共演である。

「そうだ。社長直々に頼み込んでとった仕事だ。ぜひ、キミにやってもらいたいと」

 彼女の前にいる、若い男はそういう。

「そうは言いますけどプロデューサー、この内容、酷くありませんか?」

「え? それは……」

 千早の機嫌は悪かった。

 なぜならそのバラエティの企画とは、彼女が歌っている後ろで江頭がバックダンサーとして
躍るというものである。

 しかも、それが普通の踊りではなく水槽の中で息を止めて踊るのだ。

「こんな企画、歌に対する冒涜です」

「そうは言うがな」

 人一倍歌に対してこだわりをもっている千早にとって、このようなおふざけで歌うような企画に
乗れるはずもなかった。

「あの社長が、わざわざ知り合いに頭を下げてまでとってきた仕事なんだぞ。
それをわかってくれよ」

「でも……」

 千早もわかっている。

 仕事を選んでいては、次のステップにはいけないということくらい。

 しかも、あの社長が何の考えもなしに変な仕事を取ってくるはずもない。

「たのむ、千早」

 懇願するプロデューサー。

「……わかりました」

 千早は、不満を飲み込むようにその仕事を承諾した。
274 :年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/24(土) 18:19:39.95 ID:UqEfXJhDo




    年末スペシャル第二弾!!



   江頭2:50


          VS


             アイドルマスター!!





275 :年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/24(土) 18:20:15.47 ID:UqEfXJhDo


 都内某スタジオ。

 本番三時間前に、千早は一緒に出演する天海春香と星井美希とともにスタジオ入りした。

「おはようございます!」

「おはようございまーす」

「おはようございますなの」

 元気にスタッフに挨拶する三人。

「俺は少しディレクターと話があるから、楽屋でリハーサルの準備をしておいてくれ」

 千早たちを車で連れてきたプロデューサーはそう言って、彼女たちから離れる。

「じゃ、私たちもいきましょう」

 プロデューサの後ろ姿を見送った千早は、そう言って楽屋に行こうとした。

 その時、

「あ、あなたたちが765プロの人たちね」

 不意に女性の声が聞こえる。

「はい、そうですけど」

「ああ、写真で見るより可愛いわね」

 背の低い、やけに童顔で、それでいて胸の大きい女性が話しかけてきた。

「あの、失礼ですが」

 業界の関係者であることは間違いないが、千早はその顔に覚えがなかった。

「ああ、ごめんね。私、大川興業の小林っていいます。江頭のマネージャーをしてます」

「ええ?」

「そうなの?」

「びっくりなの!」

 大川興業という、ある意味アウトローな雰囲気をビシバシ出している事務所のマネージャーとは
到底思えないような美人な女性である。

「江頭との共演は初めてだったよね」
276 :年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/24(土) 18:21:05.65 ID:UqEfXJhDo

「え、はい」

「そうです」

「そうなの。美希、とっても楽しみなの」

 美希は嬉しそうに言った。

「あ、そうなの?」

「うん、美希ね。エガちゃんの大ファンなんだよ」

「若い女性にしては珍しいのね」

「そうなの? エガちゃん面白いのにね」

 そう言って、美希は春香と千早の顔を見る。

「え、そうかな……」

「アハハ」苦笑する春香。

 正直、千早は美希と違って江頭に関してあまりいいイメージは持っていなかった。

 テレビに出て暴れて、陰部を出して観客に唾をはきかける。

 そんな、笑いというよりはむしろ嫌悪感を引き起こすような芸風の彼に、好感を持てというほうが
無理な話だ、と思っていた。

「ところで、小林さん」

「なに?」

「江頭さんは、いつ来られるのですか?」

 千早は、少し気になったので恐る恐る聞いてみる。

 しかし彼女の返答は予想外なものであった。

「え? 彼なら来てるわよ」

「はい?」

「ほら、あそこに」
277 :年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/24(土) 18:21:35.84 ID:UqEfXJhDo

「ん?」

 マネージャーの視線の先には、ジャージ姿で帽子を目深にかぶった細見の男性が、
さっきから熱心にディレクターと話し込んでいた。

「え、あの人って」

 千早はスタッフの一人だと思って普通に挨拶をしていた人だ。

「本当に、あの江頭さんですか?」

「信じられないのも無理ないわね。普段のあの人はあんな感じだから。わからないでしょう?」

「はい」

 三人は素直にうなずく。

「ふふ、素直ね。私だって、街に出たら時々見失うことがあるんですよ」

 千早は目を凝らす。

 あの横顔は、確かに見覚えがある。

「ちょっと挨拶してくるのー♪」

 そう言って彼に近づこうとする美希を千早は止めた。

「ちょっと、なにするの?」

「おやめなさい」

 そのやり取りを見て、マネージャーは再び笑顔を見せる。

「そうね、そこは止めておいたほうがいいわね」

「どうしてですか?」と、春香。

「彼、ああ見えてアドリブにはとことん弱いから、打ち合わせは入念にするのよ」

「ええ? バラエティなのに?」

「そう、バラエティなのに」

 なんだか、得意げなマネージャー。
278 :年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/24(土) 18:22:21.40 ID:UqEfXJhDo

「確かに台本はもらいましたけど……」

 千早たちの鞄の中には、今日使う台本が入っている。

「だったら、しっかり読んで覚えておいて。バラエティ番組は、彼にとってはむしろ
お芝居よりも大変なのよ」

「どうしてですか?」

「だって、バラエティは自然に動かなければだめでしょう? 演技だけど、演技っぽくなく、
仕組まれていてもそれをアドリブっぽく対応しなければならない。根が真面目な彼には、
かなり難しいの」

「でも、江頭さんはバラエティやお笑い番組にしか出ませんよね」

「そうよ。だってあの人は、人を笑わせることが何よりも好きな人だから」

 そう言って、マネージャーは片目をつぶって見せる。

「そういえば、江頭さんは早めに来てるようですけど、いつ来たんですか?」

「うーん、今から三時間前くらいかな」

「三時間!?」

「ええ、普通よ」

「それって、本番六時間前にはすでに現場入りしてるってことですよね」

「そうね。彼は小心者だから」

「小心?」

「うん。台本や設備のチェックはもちろん、スタッフへの挨拶とか打ち合わせとか、
何か笑いに使えるものがないか探したり、とにかく入念に準備しなければ気が済まないタイプ」

「すごい……」

 そんな話を聞いて、千早の江頭を見る目が少しずつ変わっていくのだった。




   *
279 :年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/24(土) 18:23:14.69 ID:UqEfXJhDo


  
 本番二時間前。

 千早たちは、司会の男性アナウンサーと一緒にディレクターから説明を受けていた。

 バラエティ番組で、それも番組内の一コーナーとは思えないほど入念な打ち合わせが行われた。

 事前に渡された台本に、細かい注意事項などを赤ペンで書き込んでいると、
いつのまにか自分たちの出演するシーンは真っ赤に染まっていたほどだ。

 ドラマの撮影でもこれほど入念な打ち合わせは聞いたことがない。

「ずいぶん細かいところまで決めるんですね」と千早は言う。

「エガちゃんが出るんだから当然だよ。さっきも、ぎりぎりまで台本について質問されてたし」

「どうしてそこまで?」

「まあ、動きも多いし、結構危険なところもあるから、しっかり準備しておかないとさ」

「はあ……」

「じゃあ、もう一度説明するよ」


 ディレクターの説明の後、少し休憩してからスタジオでリハーサルが始まった。

 しかし、江頭2:50の姿は見えない。

「あれ? エガちゃんいないの」

 美希はさみしそうに言う。

「あ、僕が江頭さんの代わりをします」

 そう言ったのはジャージ姿のAD(アシスタントディレクター)であった。

「そうなの?」

「はい。どこの撮影現場でもそうだと聞いています」

「あなたも、プールに入るんですか?」

「あ、いや。僕は入りませんよ。はは」

 そう言って、ADは後ろにある巨大な水槽を見た。
280 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/24(土) 18:23:22.64 ID:5TcJnmj5o
エガちゃんは超イケメン
281 :年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/24(土) 18:24:21.94 ID:UqEfXJhDo

 これが今日、江頭2:50が中に入ってパフォーマンスをする巨大水槽だ。

 中に魚が入っていたらまるで水族館のようにも見えるだろう。

 千早はゆっくり歩いてその水槽に近づく。

 彼女は泳げないわけではないけれども、その水槽を見ただけで少し背筋が寒くなってしまった。

「大きいねえ」と、隣にいた春香が言った。

「そうね。なんだか、怖い」

「千早ちゃんも怖いと思う?」

「そうだね。深いし、危ないかも」

 水槽の底のあたりを見ると、足をひっかけるために設置されたベルトのようなものが見える。

「じゃあ、リハーサル始めますんで、出演者のかたはこちらに」

 ディレクターの声が聞こえたので、千早たちは指定の場所に集合した。





   *
282 :年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/24(土) 18:25:06.37 ID:UqEfXJhDo

 本番――

 司会のアナウンサーが高めのテンションで第一声を出す。

「さあっ、今夜もやってまいりました、ありえないコラボレーション。略して“ありコラ”のコーナー。
今週は765プロで今売出し中の、アイドル三人に来てもらいました!」

 ここで特設の観客席から拍手と歓声が上がる。

「星井美希です。よろしくなの!」

 美希が元気いっぱいに挨拶する。

「天海春香です! 今日は頑張ります」

 春香も負けずに声を張る。

「きょ、今日は歌を担当します。如月千早です!」

 少し噛んでしまったが、千早も自己紹介を終える。

「さあ、こんな元気いっぱいの三人と共演するのは……?」

 司会がそう言うと、聞き覚えのある音楽が聞こえてくる。

 特徴的なイントロは、布袋寅泰の『スリル』

 ベビベビベイベとボーカルが聞こえてくると、スタジオの隅から上半身裸で、下半身黒タイツの男性が
全力疾走で走ってきた。



「うおおおおおおおおおおお!!!!」



「きゃああああ!!」

 観客席から聞こえるのは、歓声よりも悲鳴だ。

「ぬおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 カメラの前に飛び出してきたのは、間違いなくあの江頭2:50であった。
283 :年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/24(土) 18:25:54.08 ID:UqEfXJhDo

 微かにコロンの香りの匂わす江頭は、薄い頭髪を振り乱しながらビタンビタンと床に倒れこみ、
そして最後はおなじみの江頭倒立(三転倒立)を決める。

 そして立ち上がると、

「金●日でーす!」

 のっけからちょっと危ない発言が飛び出す。

「いやあ江頭さん、久しぶりですねえ!」

 テンション高めの司会者がそう言うと、

「久しぶりじゃねえよ! 俺、干されたかと思った。これで半年ぶりのテレビ出演だからね!」

「江頭さん、今回このありコラのコーナーは、初出演ということですけど、今回の相手は若いアイドルですよ」

 司会者がそういうと、江頭は千早たちを睨む。

「ひっ」

 その鋭すぎる眼光に、千早はちょっとビビッてしまった。

「実はこの、星井美希さんは、江頭さんの大ファンだということですけど」

 司会がそう言うと、美希は大きく手をあげる。

「はいはーい。美希、エガちゃん大好きなのー♪」

「お前、そういうこと、あんま人前で言うなよ。俺どうしたらいいんだよ」

 江頭は少し照れ笑いしながら顔をそむける。

「エガちゃんカワイイのー」

「く……」

 江頭は、演技なのか本当に照れているのか、口元を手で押さえる。
284 :年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/24(土) 18:26:31.06 ID:UqEfXJhDo

「天海春香さんは、江頭さんどうですか?」

 今度は春香に振る。

「私はちょっと……」

 苦笑しながら春香が言うと、

「なんだとー!?」

 春香のその言葉を聞いて、ここぞとばかりに激昂する江頭。

「きゃあー!」

「俺の魅力に気づかせてやる!」

 そう言ってとびかかろうとする江頭。

「いや、ちょっと!」

 春香がその場から走って逃げだす。それを追いかける江頭。

 広いスタジオを縦横無尽に走り回る。

 会場は大爆笑だ。

 ここまで台本通りなのに、江頭に追いかけられる春香は本気で恐怖を感じているような顔をしていた。

 一通り、春香と追いかけっこを終えた江頭が息を切らしながら戻ってきた。

「江頭さん大丈夫ですか。本番前にもう、疲れてそうですが」

「はあ、はあ、大丈夫」

「江頭さん、今日は」

「今日はやるよー、俺」

「すごい自信ですね」

「全部オンエア不可能にしてやる!」
285 :年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/24(土) 18:27:14.00 ID:UqEfXJhDo

「ちょ、それはちょっと」

「エガちゃんエガちゃーん!」

 そこで声をかける美希。

「エガちゃん、1クールのレギュラーより?」

「1回の伝説! って、お前が言うのかよ」

「きゃー、カッコイイのー」

「ちょっと絡み辛いなこの子」あきれる江頭。

 軌道修正するようにい、司会者は話しかける。

「まあまあ。それより今回のパフォーマンスなんですけど」

「そう! 今回は息止めパフォーマンス!」

「息止め?」

 ここで音楽スタート。

《今回のパフォーマンスは、江頭2:50の息止めバックダンサー!

 江頭さんとアイドルの、文字通り美女と野獣の組み合わせで歌のパフォーマンスをしてもらいます。

 ただし、ただのパフォーマンスではありません。

 江頭さんには、あの、巨大水槽の中で息を止めてダンスを踊ってもらいます!》

 巨大水槽の紹介で盛り上がる会場。

「江頭さん、大丈夫ですか」

「息止めと言えば俺、俺と言えば息止め! とにかくねえ、俺は死んでもやるから!」

「いや、死んだらダメですよ」

 そういうと、江頭は水槽の上に上る。

「今日も伝説作るから!」

「お願いします」

 そして、司会者は千早たちのほうを向く。

「それでは、アイドルのみなさんも曲の準備、お願いします」

「はい」



   *
286 :年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/24(土) 18:28:01.37 ID:UqEfXJhDo


 千早たちは、打ち合わせ通りの配置につく。

 緊張の瞬間。

 今回は、ただ歌えばいいというものではない。

 歌を含め、台本通りに、“演じなければならない”のだ。

 そのことに関して、千早自身完全に納得したわけではない。

 それでも、仕事である以上は全力を尽くすのがプロというもの。

 彼女は覚悟を決める。

 司会者が紹介を終えると静かにイントロが流れてきた。

 江頭が潜る。

 深い水槽。

 千早が近づいただけで、心臓が締め付けられるような恐怖を感じたあの巨大水槽だ。

 あんなものに入って怖くないのだろうか。

 イントロも終わり、今にも歌いだそうとしたその瞬間――

《ボゴゴッ!》

 物凄い音とともに、江頭がプールから浮上する。

『エガちゃん! どうしたの』

 別のスタジオからタレントの声が聞こえてきた。

「足が、足がフックに引っかからなかった……」

「江頭さん! どうしました」司会者も声をかける。

「ちょ、ちょっと……」

「大丈夫ですか?」

「や、やれる」

 先ほどまで暴れまわっていた同じ人間とは思えないほど緊張した面持ちで江頭は水につかる。

「江頭さん?」

「行ける……」

 どこか一点を見つめた江頭がそう言って潜った。
287 :年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/24(土) 18:29:01.44 ID:UqEfXJhDo

 音楽開始。

 千早は再び歌の準備をする。

 クスクスと観客席から笑い声が聞こえてくる。

 千早には後ろは見えない。

 見たら集中が乱されそうなので、努めて見ないようにした。

 そして、

 歌い出し。

 順調な滑り出しだった。喉の調子も悪くない。

 後ろで踊る春香や美希のコーラスも完璧だ。

(大丈夫、自分はいつものように歌えば)

 そう言い聞かすけれども、周囲のクスクス笑いに集中が乱される。

 そして、

《ボゴゴゴッ!!》

 1コーラスを半分ほど歌い切ったところで江頭再浮上。

 ここで大爆笑が起こった。

「江頭さん! 江頭さん!」

 観客席や別スタジオの笑い声とは別に、江頭は顔面蒼白で息を切らしている。

 そんな必死な形相にスタッフを含め、みんな大笑いしていた。

 ここまで台本通り。

 にも関わらず、本当に必死の形相である。

(ギリギリの仕事。本当に死んじゃうんじゃ……)

 千早の心に不安がよぎる。

 テレビで見ていた時には、死ぬことはないと思っていたけれど、

 いざ自分が同じ現場に立ってみるとその迫力に気圧される。

 数分休んだのち、江頭は再びプールに入った。

 ここで、1コーラス歌いきってコーナーの収録は終了。
288 :年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/24(土) 18:29:43.81 ID:UqEfXJhDo

 ゴールが見えてきた。

 周囲の笑顔とは裏腹に、長い緊張状態に置かれていた千早の精神はかなり消耗していた。

 先ほどの大爆笑であったまった場の空気は、次の笑いを求めており、過剰なエネルギーが
観客席などから漏れ出ている。

(ん……!)

 笑いを求める空気。

 それに千早は慣れていない。

 なんだか自分が笑われているように思えて、彼女のプライドを微かに傷つける。

(それでもやらなきゃ)

 千早は歌う。

 だが、

「あ……」

 途切れる歌。

(しまった!)

《ボゴゴゴッ!》

「ああ」

 サビを前に、歌が途切れてしまい、タイミングを外した江頭が浮上してしまったのだ。

「江頭さん?」

「はいカット!!」

 カメラが止まる。

「……」

 最悪の空気だ。

「千早ちゃん」

「ご、ごめん……」

 目の前が真暗になる。
289 :年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/24(土) 18:30:13.09 ID:UqEfXJhDo

 自分が、NGを出してしまった。

 確かに、バラエティの仕事ということで甘くみていた部分はある。

 けれども、決して手を抜いたりしたわけではない。

「江頭さん!」

「エガちゃん! 大丈夫なの?」

 周囲の物々しい雰囲気に気が付き、千早は視線を上げた。 
 
 水槽の上にスタッフが集まる。

 待機していた白衣姿の医師がタオルで江頭の体を拭きながら色々と調べている。

「ちょっと下ろそう」

 数人がかりで江頭を抱え、水槽から運び下ろす。

 下にはすでに、車いすが待機しており、それに乗せられた江頭はスタジオの外へと連れて行かれた。

「あの……」

「休憩お願いします!」

 スタッフの一人が叫ぶ。

「わかりました、江頭さんの回復待ち! それまで休憩で」

 ディレクターのその言葉で、緊迫した空気が一気にゆるんだ。

「……」

 力が抜ける。

 千早は、まわりに誰もいなかったら、そのまま崩れ落ちてしまいそうな気持だった。




   *
290 :年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/24(土) 18:31:04.38 ID:UqEfXJhDo


 スタジオの隅に置かれたパイプ椅子に腰かけうなだれる千早。

(私のせいで、私のせいで……)

 台本通りいかず、パフォーマンスを失敗させてしまった。

 江頭は車いすに乗せられて別室に移動。そこで休憩をしているという。

 このままでは復帰できず、コーナー自体が流れてしまうことすらありうる。

「大丈夫だよ千早さん! エガちゃんは戻ってくるの!」

 隣に座った美希がそう言って励ます。

「そうだよ千早ちゃん。まだ終わったわけじゃないよ」

 春香も千早を励ました。しかしその目は、不安を隠せない。

「……ごめん」

 千早の気持ちは、失意のどん底に沈んでいた。

 その時である。

「あなたたち、何落ち込んでるの?」

 話しかけてきたのは、江頭のマネージャーだ。

「あ、小林さん……」

「千早ちゃんだっけ? あなた、責任感じてるの?」

「ごめんなさい」

「別にせめてはいないわ。バラエティではハプニングなんて日常茶飯事よ。それより」

「え?」

「見せたいものがあるの」

「なんですか?」

 江頭のマネージャーに連れられた三人は、スタジオ内に設置してあるテレビモニターの
前に立った。
291 :年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/24(土) 18:32:02.93 ID:UqEfXJhDo

「あの、すいません」

 マネージャーがスタッフの一人に話しかける。

「はい」

「さっきのVTR(ブイ)、この子たちに見せてあげてくれませんか?」

「ああ、いいですよ」

 スタッフは快く承諾し、モニターに映像を映し出す。

『今日も伝説作るから!』

 力強く叫ぶ江頭の声が聞こえた。

 先ほど、撮影したばかりの映像なのだろう。

 無編集なので少し見にくかったけれど、確かにテレビで見る江頭2:50だ。

 水槽に入り、音楽がかかる。

 しかし上手くフックが足にかからずもがく江頭。

 その姿を見ると、千早の心の中に何かがふつふつと湧いてきた。

 仕切りなおしてもう一度、今度はゆっくりと入ってフックを足にかける。

 歌っているときは、一切後ろを見ていなかっただけに、その映像は新鮮だ。

 水槽のすぐ横には美希と春香の姿も見える。

 水の中でうつろな表情をしている江頭の顔が、どうにもおかしかった。

「くっく……」

 そして、

『ゴボゴボッ!!』

 物凄いスピードで、錐揉みしながら浮上してくシーンで思わず吹き出してしまった。
292 :年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/24(土) 18:32:44.84 ID:UqEfXJhDo

「グフフ……!」

「すごいの! やっぱり面白いの!」

 美希も喜ぶ。

「どうしよう、笑っちゃいけないのに……」

 千早は自分の心の奥底からあふれ出る笑いを抑えきれなかった。

「笑ったらいいのよ」

 そんな彼女に、江頭のマネージャーは声をかける。

「笑ってあげなさい。それが、あの人の望みだから」

「でも……」

 江頭の真剣な表情は知っている。

 それがゆえに、笑えてしまうのだ。

「ふふ、いい笑顔ね」

 マネージャーはそう言ってほほ笑む。

 そしてその数分後、江頭は復活した。



   *
293 :年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/24(土) 18:33:37.85 ID:UqEfXJhDo



「江頭さん戻りまーす!」

 スタッフの声で、スタジオは再び緊張感に包まれる。

 先ほど車いすに乗せられていた江頭だが、戻ってくるときはしっかり自分の足で歩いていた。

「あの、江頭さん」

 水槽に向かう途中、どうしても謝りたかった千早は江頭に近づき、声をかける。

「ん?」

「あの、私のせいで――」

「千早くん、だったよね」

「え? はい」

 千早の言葉を遮るように江頭は言う。

 彼女が今まで聞いたことのないような、優しい声だ。

「キミ、歌は好きかい?」

 一瞬、千早には彼がなぜそんな問いかけをするのかわからなかった。

 けれども、何も答えないわけにはいかない。

「はい、好きです。とっても」

「俺もお笑いが好きだ」

「……」

 そう言うと江頭は背中を向け、確かな足取りで水槽に向かった。

 台本上は、三回目のチャレンジで成功する予定だった。

 しかし、千早のミスで四回目をやらざるを得なくなってしまう。

 江頭の体力を考えると、かなり厳しい。

(江頭さん……)
294 :年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/24(土) 18:34:21.12 ID:UqEfXJhDo

 千早は先ほどの江頭の言葉を心の中で繰り返しながら、精神を集中する。

 今まで、お笑いなんて、とバカにしている気持ちが彼女にはあった。

 けれども、今はもうない。

 少なくとも江頭2:50という芸人の前で、お笑いを軽視することは許されないのだ。

 イントロが流れる。

(最高の歌を……)

 千早は気持ちを込め、歌をうたう。




 心の中を吐き出すように。



 そして、


《ボコボゴゴボッ!!!!》

 1コーラスを歌い切ったところで江頭は浮上した。

「今日はこのへんでいいですか……」

 弱々しい彼の言葉に、会場が笑いに包まれる。

 しかし、笑っていられるのはここまでだった。

「ハイ、OKです!」

 ディレクターのその言葉で一斉にスタッフが走る。

「早くおろして!」

「大丈夫ですか?」

 数人のスタッフが江頭を抱えて水槽から下ろした。

 今度は車いすではくキャスターの付いた移動式のベッドに寝かす。
295 :年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/24(土) 18:36:18.66 ID:UqEfXJhDo

「江頭さん!」

 その様子に、千早はたまらず駆け寄る。

「江頭さん」

 もう一度名前を呼ぶ。

「千早くんか……」

 声は小さいけれど、意識ははっきりしているようだ。

 それでも、顔は真っ青で唇も青い。

「ごめんなさい、私のせいで――」

 千早はもう一度謝ろうとした。

 しかし、

「千早くん」

「はい」

「いい、歌だったよ」

「……!」

 江頭のその言葉に、千早の心の中にたまっていたものが堰を切ったようにあふれ出す。

「えがしらさん……」

 手で口を押えながら、千早は涙を止めようとするがどうしても止まらない。

 ちゃんと謝らなければならない。迷惑をかけた相手にもかかわらず、次に出る言葉が出なかった。

 そんな千早を見て、江頭は困ったように言う。

「泣くなよ、千早くん」

「ごめんなさい」

「俺が見たいのは、涙じゃない」

「……」

「笑いだ」

 江頭は微かに笑ったような気もするけれど、千早の目は涙で曇ってたため、よく見えなかった。




   *
296 :年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/24(土) 18:37:11.84 ID:UqEfXJhDo



 数日後、765プロでは千早たちの出演した番組のビデオを皆で見ていた。

「はるるん、追いかけられてるね」

「あのときはすごく怖かったんだから。本番前はすごくおとなしい人なのに、本番が始まった
途端にかわっちゃうんだから」

「エガちゃん、すごくかっこよかったの。また一緒に出演したいなあ」

「うへえ、自分もでたかったよ」

「江頭さんはとても素晴らしい芸人です。真の芸人と行っても差し支えないでしょう」

「うっうー! 弟も江頭さんの大ファンなんですよ」

「今回はすごく勉強になったわ」

 そんなアイドルたちの様子を見ながら、高木社長はしみじみ語る。

「うんうん、やっぱり成功だったようだね」

「はい。千早もあれから随分明るくなったような気がします」

 その言葉にプロデューサーの青年が答える。

「お笑いも歌も、芸にはかわりないからね」

「社長の言った通りです。学ぶところは大きい」

「一見バカらしい行為でも、それを真剣にやっている人がいる、ということを知ってもらいたかったんだ」

「彼との共演は随分無理を言ったと聞きますが」

「そうだね。江頭くんは滅多にテレビに出ないから、大変だったよ」

「また、共演できるといいですね」

「そのときのオファーは、キミに任すよ。私はもう疲れた」

「社長、それは……」

「見てごらん、あの笑顔」

 社長とプロデューサーの目には、テレビの前で明るく笑う千早の顔が実に印象的に映ったのであった。





   おわり 
297 :年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/24(土) 18:40:28.72 ID:UqEfXJhDo

 何気にアイマスも初であります。

 星井美希のキャラクターは使いやすいのでとても助かりました。

 なお、このコーナーの元ネタはとんねるずの番組でやっていた江頭2:50の『センチメンタル息止め』です。

 見ていない方はぜひ一度ご覧ください。

 それでは、また明日の第三弾でお会いしましょう。
298 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/24(土) 21:26:56.38 ID:FW/FDMIuo
エガちゃんいいよねー
299 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/24(土) 21:58:20.59 ID:z/O+G44AO
ギリギリアイドルマスター
300 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/24(土) 22:19:02.23 ID:hKP+lA6g0
乙〜
301 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/25(日) 00:46:17.98 ID:UE2wrvdS0
エガちゃん好きだなまったくww
302 :年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/25(日) 20:02:06.29 ID:GEEMDRZko
 さて、クリスマスも終わったことですけど、お祭りはもう少しだけ続きます。

 年末スペシャル第三弾、はじまりはじまり。
303 :年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/25(日) 20:02:42.59 ID:GEEMDRZko




   年末スペシャル第三弾!!



   
             は り お ん !


       〜 播磨拳児はうんたんに恋をする 〜









304 :年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/25(日) 20:04:09.02 ID:GEEMDRZko

   プロローグ


 高校二年の新学期。

 この日の播磨のやる気はみなぎっていた。

(ついにこの日が来た! 俺の愛しのマイエンジェル、平沢唯ちゃんと同じクラスになることができたぞ!
これを機会に仲良くなって、ゆくゆくは付き合い……!)

 播磨の思い人である平沢唯。

 一年生の時は違うクラスだった上に、播磨自身恋愛に疎いため、ほとんど話をする機会がなかった
のだが、二年生になってからは同じクラスである。

 播磨が、これを大きなチャンスだと思ったのは言うまでもない。

「やっほ、ノドカちゃん」

 播磨の視線の先には唯の姿。

(こ、ここは自然に声をかけてみるべきか。何て声かけりゃいいんだ? ここは無難におはようとか。

いや、それは俺のキャラじゃねェな。よう、とかどうだろう)

「よう、播磨」

 しかしそんなことを考えている彼の前にぬっと、人影が現れた。

「な、なんだ田井中か」

「へへ。なんだはないだろう。せっかく同じクラスになったってのに」

「別に今更どうってことねェだろうがよ」

「ったく、つれないね。それじゃ女にモテねえぞ」

「うるせえ、大きなお世話だ」

「それがあたしの性格だからさ」

 田井中律は小学校時代の同級生である。たまたま同じ高校に入学しており、播磨がほぼ唯一気兼ねなく
話のできる女子生徒だ。

「ああ、そうかい」播磨は軽く律の言葉を軽く受け流す。

 その時である。
305 :年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/25(日) 20:05:15.25 ID:GEEMDRZko

「ねー、みおちん。せっかく同じくらすになったんだから、今日遊びに行こうよお」

 しまりのない声が聞こえてきた。

「おっと、また澪が変なのに絡まれてるな」不意に律がその声の方向に視線を向ける。

「ん?」

「ちょっと行ってくる」

 そう言うと、律は早足で長い黒髪の女子生徒と、金髪の男子生徒の前に割って入った。

「はいはい、澪が迷惑してるだろ。帰った帰った」

「なんだよ田井中、邪魔すんなよ」

「うるせえな今鳥、早く戻れ」

「ちぇっ。みおちんまたねー」

 金髪の男はそう言って自分の席に戻っていく。

「やれやれ、やっと行ったか」律はそう言って腰に手を当てた。

 ふと、さきほど澪と呼ばれていた黒髪の女子生徒が播磨のほうを向く。

「……!」

 播磨と目が合うと(と言ってもサングラスをしているのだが)、はっと驚いたような顔をして、
すぐに目を伏せた。

「……」

 女子供に怖がられるのは慣れている。

 播磨はそう考えて強がってみたものの、少しばかりさみしい思いをしたのは確かだ。
306 :年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/25(日) 20:06:31.55 ID:GEEMDRZko






   第一話 馴れ初め







 山中さわ子のマンション。それは播磨が居候をしている場所でもある。

「それで、拳児くんは好きな子とかいるの?」

 同居人の山中さわ子は酒臭い息で聞いてきた。

 今日はこれで缶ビール五本目だ(もちろん500ml)。

「飲みすぎだぞ、さわ子」

「これが飲まずにやってられますかっての。もう、拳児くん、話を逸らさないの!」

 ビシッと、アタリメを播磨にむけるさわ子。

「……」

 播磨は未成年なので、一応ビールではなく三ツ矢サイダーを飲んでいる。

「平沢唯ちゃんのどこが好きなの?」

「ブッ」

 思わず吹き出す播磨。

「あはは、きったなーい」

 酒を飲んでいるため、今日のさわ子はハイテンションだ。

「なんでお前ェ、そんなことを」

「あれれ? 軽音部をちょくちょく覗きにきてるの、私知ってるんだからあ」

「……」

「ねえ、そろそろ聞かせてくれてもいいでしょう?」

「いやだと言ったら?」

「ここで脱ぐ」

「勝手にしろ。ここはお前ェの家だ」

「ちょおっとー!」




   *
307 :年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/25(日) 20:07:38.57 ID:GEEMDRZko


 あれは俺が入学してすぐのことだった。

 まだ学校の並木に桜の花が残っていたころなんだが。

「うんうん、それでそれで?」

「回想シーンに出てくんなさわ子!」


 その日、朝市で他校の生徒に絡まれて、十数人ほどボッコボコにして学校に行ったんだ。

 当然、そんなことをしてるから遅刻だわな。

 俺は、生徒のほとんどいない学校の敷地内を歩いていた。

 そしたら、

「ん?」

 一人の女子生徒がいた。

「おやおや、キミも遅刻かな?」

「なんだ?」

 その女子生徒は、俺の外見も気にすることなく気さくに声をかけてきやがった。

「いやあ、私もちょっと遅刻しちゃった。今日は憂が早めに学校行っちゃったから、
つい二度寝しちゃってねえ」

「……」

 憂って誰だ?

 なんて答えていいのかわからなかった俺は、じっと黙っていたら、彼女は不意に何かに気づいたようで、
鞄からハンカチを取り出した。

「どうした」

「動かないで」

 少女は言う。

「ん?」

 素早く近づいた女子生徒は、手に持ったハンカチでそっと俺の口元を拭く。
308 :年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/25(日) 20:08:17.18 ID:GEEMDRZko

「何やってんだ?」

「血が、ついてるよ?」

「ん?」

 そういえば、少しばかり反撃を食らって怪我をしていたらしい。それでもかすり傷程度だったし、
そのときは興奮していて気が付かなかった。

「どこかでころんじゃったのかな? 私も時々やるんだ。気が付いたら膝とかすりむいてて、血だらけ。
もう、憂が心配しちゃってねえ」

「あ、おう……」

 天使だと思ったね。

 見知らぬ俺に対し、それもどこからどう見ても不良にしか見えない俺に対して、
なんのためらいもなくハンカチを差し出して血を拭いてくれた。

 これほどの天使がいたのか、と。

 俺は、一瞬にして惚れてしまったのさ。

 その優しさと、笑顔に。




   *
309 :年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/25(日) 20:10:03.20 ID:GEEMDRZko


「ウィッヒッヒッヒッヒ」

「おい、聞いてんのかさわ子」

「いやあ、聞いてますよ。ほんと、拳児くんは純でいいわねえ……。あれ、もうない」

 さわ子は五本目のビールを空けてしまった。

「もうねェぞ」

「ええ? せっかく拳児くんのいい話を聞けたのにい」

「おい、言っとくが」

「ん?」

「絶対誰にも言うなよ! 絶対だ」

「はいはい、わかってますよ。私は教師よ。こう見えて口は堅いんですよお。
下の口も堅いから未だにカレシがオヨヨヨヨ〜」

 さっきまで笑っていたかと思ったら今度は泣き出すさわ子。

 酔っ払いの世話をあきらめた播磨は、自分の部屋に戻るのだった。


   *


 翌朝、言うまでもなくさわ子は播磨との約束を破る。

「って、ことなんだけど、唯ちゃん覚えてる?」

「ふえ? 何の話ですか?」

 放課後の音楽室で、カスタードプリンを食べながら、世間話をしている中で、
さわ子はさりげなく昨夜播磨から聞いた話をしてみた。

「いや、去年の話なんだけど。拳児くんと会ったでしょう?」

「播磨くんとは今年初めて会ったんだよ? 一年のときはクラスも違ったし」

 そう言って唯は首をかしげた。

(ああ、拳児くん。かわいそうね)

 幸せそうにプリンを食べる唯の顔をみながら、自分の親戚の行く末を憐れむさわ子であった。



   つづく
310 :年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/25(日) 20:10:41.51 ID:GEEMDRZko



   登場人物紹介(補足説明)


   播磨拳児

 主人公。バカ、不良。喧嘩は強い。

 平沢唯のことが好き。ただし、その思いは通じていない。


   平沢唯

 メインヒロイン(?)。あまり頭はよろしくない。天然。うんたん。

 播磨のことは、今のところ特に何とも思っていないようだ。


   山中さわ子

 サブヒロイン。播磨の同居人で、彼の従姉妹。

 独身。とにかく独身。怒ると怖い。



   田井中律

 播磨の幼馴染。軽音部部長。小学生のとき一緒のクラスにいた。

 活発な性格だったため、よく播磨と雷魚やナマズを獲りに行った。

 播磨のつけているカチューシャは、高校入学時に再会した際、律が渡したもの。



   秋山澪

 律の親友で同じ軽音部の部員。男が怖い。

 Dカップ。そのためDハンターの今鳥恭介に狙われている。

311 :年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/25(日) 20:12:32.63 ID:GEEMDRZko




   第二話 将を射んとすればまず馬から







 平沢唯に恋い焦がれる播磨拳児は、なんとか彼女と仲良くなろうと思い、色々と考えていた。

 しかし彼は基本的にバカなので、いい考えなど浮かぶはずもない。

 というわけで、彼は同居人であり親戚であり、また同じ高校の教員でもある山中さわ子に教えを乞う

ことにした。

 他に教えてもらえそうなやつがいないのだ。

 不良だし、友達もいないし。

 そして保健室。

「そうね、まずは外堀から埋めていったらどうかしら?」

「外堀?」

「本人と仲良くなりたければ、まずその友達と仲良くなるとか」

「なんだか面倒くせェな」

「拳児くんダメよ! 恋愛に王道なんてないの! 回り道を恐れてはダメ!」

「今日も合コン行くのか?」

「当たり前よ! 今日こそいいの捕まえるんだから!」

 大人の言葉は矛盾ばかりだ。

 そう思った播磨は相談室代わりに使っていた保健室を出た。
312 :年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/25(日) 20:13:25.32 ID:GEEMDRZko



 教室に戻る播磨。

 このクラスには、唯と仲の良い生徒が何人かいる。

 代表的なのは、同じ軽音部の田井中律と秋山澪だろうか。

 しかし、律とは顔なじみだし、今更仲よくなんていう間柄でもない。

 ということは――

 播磨の視線の先に、髪の長い女子生徒の姿が見えた。




   *



「ねえ、みおちん。今日遊びに行こうよ」

 金髪でチャラチャラした感じを絵に描いたような男子生徒、今鳥恭介が澪に話しかけてくる。

 ここ最近ずっとこうだ。

 彼女は正直うんざりしていた。

 だが、気の弱い澪は、律のように強く拒絶ができない。

 ただでさえ男性は苦手なのに。

「あの、今日は部活あるから」

「じゃあ部活終わってから」

「あの、困りまるから」

(早く律、戻ってきてくれないかな)

 彼女は内心、そう思っていた。一人では到底追い返せそうもない。

 その時、
 
「へ?」
313 :年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/25(日) 20:13:59.45 ID:GEEMDRZko

 今鳥の後ろ襟を、まるで“猫つまみ”のように掴んだ大柄な男子生徒が現れた。

「なにをするだ!」

「うるせえ、来い小僧」

 その姿には見覚えがある。今年から同じクラスになった、不良で有名な播磨拳児だ。

 男性恐怖症の澪にとっては、今鳥よりもさらに話し辛い相手であった。

 それが今、

「話せばわかるって」

「……」

 先ほどまで澪に絡んでいた今鳥をどこかへと連れて行ってしまった。


 三分後、播磨は手ぶらで帰ってくる。

「あ、あの!」

 自分の席の前を通る播磨に対し、澪は勇気を振り絞って声をかけた。

「ん?」

 播磨は立ち止まってこちらを見る。

「今鳥くん、どうしたんですか?」

「捨ててきた」

「あ、そうなんだ」

「なんつうか……」

「え?」

「余計な世話、だったか?」

 少し照れたような仕草で、播磨は言う。
314 :年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/25(日) 20:14:44.57 ID:GEEMDRZko

 その様子が、澪にはなんとなく可愛く見えた。

「いえ、ありがとうございます。助かりました」

「そりゃ良かった」

 そう言うと、播磨は自分の席に戻り、何かの本を取り出して読み始めた。

(男の人って、嫌な人ばかりだと思ってたけど……)

 ふと、澪の心にそんな思いが浮かぶ。

 それから、

「いよう、澪。調子はどうだい?」

 ここで田井中律、登場である。

「あ、律。うん。大丈夫だよ」

「今鳥のやつ、また絡んできたんじゃないの?」

「ああ、それなら、播磨くんが何とかしてくれたから」

「え? 播磨が? アイツ、なんでそんなことしたんだろうな」そう言って律は播磨のほうを見る。

「わからないよ」

「案外、澪に気があったりしてな」

「ちょっ、冗談やめてくれ! もう」

「うふふ。こりゃ、澪にも春が来たかな。相手がちょっとアレだけど」

「もう! 律!」

「あははは」




   *
315 :年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/25(日) 20:17:05.33 ID:GEEMDRZko




 一方、播磨は『魁!!恋愛指南書』(民明書房)を読みながら心の中でほくそえんでいた。

(クックック。これで唯ちゃんの好感度も上昇だぜ)

 浅いのか深いのかよくわからない彼の作戦は、当然ながら彼の思惑とは別の方向に進むのであった。



   つづく

  
316 :年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/25(日) 20:18:48.22 ID:GEEMDRZko




   第三話 隣のリズム



 播磨たちの通う高校では、中学校とは違い一学期に体育祭(正確には全校体育大会)が行われる。

 中間考査の後に行われるその行事は、どちらかというと新入生歓迎行事の色合いが強い。

 言うまでもなく不良の播磨はそういう行事にはあまり関心がないので、
その日も出場者と出場種目を決めるホームルームのときは漫画を読んで過ごしていた。

 しかし、今年は少し状況が違った。

「頑張ろうね、澪ちゃん」

「え? うん」

 同じクラスの生徒で、播磨の思い人である平沢唯がやる気を見せているのだ。

 その時、播磨のあまり出来のよくない脳内コンピュータが計算を始める。


 体育祭で活躍→「播磨くん素敵!」→唯の好感度アップ


(これだ!)


 そう思った播磨は立ち上がり、体育祭実行委員の一人に詰め寄る。

「俺に出られる種目はあるか?」

「え? 播磨くん出るの?」気の弱そうな男子生徒は困ったように言う。

「当たりめェだろうが。それで、何の種目だ」

「実はもう、一つしか種目が残っていないんだけど?」

「なに?」

「男女混合二人三脚」

「なん……だと……?」

 よりによって二人三脚、しかも男女混合である。
317 :年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/25(日) 20:22:00.34 ID:GEEMDRZko

「ひい、だって播磨くん、ずっと漫画読んでたから、その間に決まっちゃって」

「く……」

 ここで無理やり誰かの枠を奪ったら、唯の好感度が下がりそうだったので彼は自重する。

 その代わり――

「おい、田井中」

「んあ? なんだよ播磨」

 播磨は、クラスメイトであり幼馴染の田井中律に声をかけた。

「お前ェ、二人三脚。俺と一緒に出ろ」

「はあ? いきなり何言ってんだ」

「ありゃあ男女混合種目だから、女じゃなきゃダメなんだよ。俺が出られる種目、
これしか残ってねェし」

「いやだよ。あたしはクラス対抗リレーにも出るんだよ」

「両方出りゃいいだろう」

「何でよ」

「わがまま言うな」

「わがまま言ってんのはアンタだろ!」

「く……」

 取りつく島もないといったところだが、そこは(余計な)世話焼きの律である。

「うーん」

 律は少しばかり腕を組んで考える。

 そして顔を横に向けた。

「ん?」
318 :年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/25(日) 20:22:52.25 ID:GEEMDRZko

 律の視線の先には、数人の男子生徒に囲まれた秋山澪の姿があった。

「ねえ、秋山さん。一緒にやろうよ」

「いや、俺と」

「俺といこうよみよちん」

「秋山さん」

 そんな澪の様子を見て律はニヤリと笑う。

「あたしにいい考えがある」

(どうせまたロクでもないこと考えてんだろうな)

 播磨はそう思ったが、それは口に出さないようにした。




   *



 そして放課後である。

 学校のグラウンドには、上体操服に下ジャージ姿の播磨拳児と秋山澪の姿があった。

「おい、どういうことだ田井中」

「律……」

 二人は困惑した様子で、目の前にいる田井中律を見る。

「いやあ、播磨は競技に出場したい。澪は、周りによって来る男子どもを追っ払いたい。
その二つを同時にできる名案だと思ったんだけどねえ」

 そう言って得意げな顔をする律。

「何が名案だ。秋山は確か、男が苦手なんだろう?」

「まあ、その男嫌いを治すための治療も兼ねてるっていうかね、テヘッ」

 律は片目を閉じる。

「……はあ」

 この時点で、播磨は律との会話をあきらめた。そして、隣にいる澪に声をかける。
319 :年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/25(日) 20:23:57.10 ID:GEEMDRZko

「秋山」

「は、はい!」

 緊張しているようだ。

「お前ェ、迷惑なら断ってもいいんだぞ。田井中(あいつ)が勝手に言ったことだし」

「いや、その……」

 澪は俯いて、何かを考えてる。

 そして、

「あの、播磨くん?」

「あン?」

「一緒に、出てもいい」

「本当か?」

「お? 澪もついにやる気になったかあ」

 と、律が身を乗り出す。

「田井中、お前ェは黙ってろ」

「播磨くんには、恩もあるし」

「ん?」

「いや、なんでもない。よ、よろしく」

「お、おう。こちらこそ」

 こうして、播磨と澪の二人三脚の練習が始まった。




   *
320 :年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/25(日) 20:25:00.55 ID:GEEMDRZko


 二人三脚で大事なことは、いかにお互いのタイミングを合わせることか、だ。

 ふつうに走ったり歩いたりするのと違い、二人三脚には相手がいる。

 それを無視して進むことはできない。

 それ以前に、歩くときはお互いが身体を密着させなければならない。

 男に慣れていない澪にとっては、そこがまず第一の関門であった。

「……!」

「大丈夫か?」

 気遣う播磨。

 彼のその気遣いが、澪には心苦しかった。

「大丈夫」

 そう言うと、澪は意を決して播磨の身体に自分の身体を密着させる。

「……?」

「どうした」

「な、なんでもない」

(思ったほど、嫌じゃないかも)

 彼女にとって、父親以外の異性とこんなにも密着するのはほとんど経験のないことだった。

 それゆえに、恐怖心もあった。

 だが、いざ密着してみるとそれほど怖くはない。むしろそのぬくもりに安心さえしてしまう。

(ああ、いけない。そんなこと考えてる場合じゃない!)

 澪は自分の心に喝を入れて、練習をはじめる。

「いくぞ」

「うん」

「いちに、いちに、いちに……」

 だがしかし、

「うお!」

「ごめん」

 二人のタイミングが合わない。
321 :年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/25(日) 20:26:38.80 ID:GEEMDRZko

 声を出しているのだが、どうも息が合わないのだ。

(どうしよう)

 焦る澪。

「もう一度やるぞ」

「うん、わかった」

 そして転倒。

「うわ!」

「ふぎゅっ!」

 情けない、と澪は思った。

「大丈夫か秋山」

「ああ、大丈夫。播磨くんこそ」

「どうってことねェ」

 播磨の気遣いが心に痛む。

(ああ、せっかく彼が我慢して付き合ってくれてるのに、これじゃあ……)

 澪が落ち込んでいるその時、

「みおちゃああああん、播磨くううううううん!」

 聞き覚えのある声がグラウンドに響いた。

「?」

 顔を上げると、友人の平沢唯が走ってきている。

「唯!?」

 そして、彼女は二人の前で立ち止まった。

「はあ、はあ、はあ……」走ってきたせいで、息を切らしている。

「どうした? 唯」

 と、澪は聞いた。本来なら、部室で練習をしている時間だ。

「なんか、澪ちゃんと播磨くんが二人三脚をやるって聞いて、これを持ってきたの」

「え?」

 彼女の手には、赤と青のカラーが懐かしいカスタネットがあった。

「カスタネット?」

「うん。なんかね、二人三脚はリズムが大事だって、体育の先生が言ってたから、
リズムならカスタネットかなあって、思って」

「……?」
322 :年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/25(日) 20:28:06.90 ID:GEEMDRZko

 播磨は意味がわからず、黙っているようだ。

 澪も、一瞬意味が分からなかった。

「ほら、こうして」

 そう言うと唯はカスタネットのゴムを指にはめる。

「うんたん、うんたん、うんたん、うんたん、うんたん」

 そして、身体でリズムを取りながら軽快にカスタネットを鳴らした。

「あ、そうか……」

 不意に、澪は気付く。

「どうした、秋山」と、播磨。

「リズムだ」

「ん?」

「なんで、今まで上手くいかなかったのかわかった気がする」

「どうして……」

「あの、播磨くん。お願いがあるんだけど」

「なんだ」

「私がリズムをとるから、それに合わせてほしい。私のリズムに」

「ん? ああ」

 澪は今まで、播磨に合わそうとして必死になってきた。

 だから上手くいかなかったのだ。

 彼女は自分のバンドを思い出す。

(私の楽器はベース。ベースは文字通り、音の土台を作り出すもの。律のドラムと同じように、
自分で音楽を作らなきゃ)

 澪は大きく息を吸い、一歩足を踏み出す。

「いっち! にっ! いっち! にっ!」

 先ほどようりも力強く、自信を持って。

 澪の足に合わせるように、播磨も進む。

 今度は驚くほど歩調が合う。

 まるで楽器のセッションをしているような感覚だ。

「ペース上をげる」

「おう! いいぜ」

「いちに、いちに、いちに、いちに……」

 一度交わった波長は、なかなか止まらない。たとえスピードが速くても、狂うことがない。

 その日、澪と播磨は遅くまで二人三脚の練習をしたのだった。




   *
323 :年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/25(日) 20:29:15.67 ID:GEEMDRZko



 体育大会当日。

 播磨たちの所属する2年3組は、隣の4組と激しい競争を繰り広げていた。

 そして、大会終盤。

 播磨の出場する、男女混合二人三脚の時間である。

「ふふ、3組よ。この二人三脚で引導を渡してやる」

 やたらマッチョな長髪男が話しかけてきた。

「誰だお前ェ」

 澪と一緒に出場準備をしていた播磨が言う。

「この東郷雅一(愛称:マカロニ)の名前をまぁだ覚えてないのか!!」

「ひっ!」

 あまりの暑苦しさと迫力に、澪は播磨の影に隠れてしまう。

「一体、何がいいてェんだお前ェ」

「ふふふ、ここで決着をつけようと言うのだライバルよ」

「誰がライバルだ」

「播磨拳児、貴様も二人三脚に出るのだろう」

「ああ」

「俺も出る!」

「だからなんだ」

「実は私も出るんですよ」

 不意に、東郷の背後から見覚えのある長い金髪の少女がひょっこり顔を出す。

「お前ェは確か」

「はい、二年四組、琴吹紬です。そちらの秋山澪さんと同じ軽音部の」

 ニコニコした笑顔に、太い眉毛が印象的だった。

「あ、ムギ……」

 知り合いの登場で、ようやく正気を取り戻す澪。
324 :年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/25(日) 20:30:01.01 ID:GEEMDRZko

「ふふ。今日は負けませんよ」

「の、望むところだ。部活は同じでも今は勝負だからな」

「なかなか気合が入ってるな!」東郷は嬉しそうだ。

「お前ェは黙ってろ」

 そして競技開始。

 すでに三つの組が競技を終えており、四組とは二勝一敗。

 三組はここで勝って突き放したいところだ。

「播磨くーん! 頑張ってえー! 澪ちゃんもがんばれー!!」

 遠くから唯の声が聞こえる。

 声援に応えてガッツポーズでもやりたいところだが、そんな余裕はない。

 特に隣にいる者が。

「…………」

「秋山、秋山」

「へ?」

「大丈夫か」

「う、うん……」

 どうやら緊張しているようだ。

 学校行事ごときでこれほど緊張するものなのだろうかと思ったが、全校生徒が見守る中にいるから
無理もないかもしれない。

 これでは競技どころではない、と思った播磨は澪の緊張をほぐす手段を考えた。

(そうだ)

 そして思いつく。

「秋山」

「え?」

「その……、うんたん、うんたん」

 播磨は小声でそう言いながら、手を叩く。

 実に恥ずかしい。
325 :年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/25(日) 20:32:05.86 ID:GEEMDRZko

「ぷっ……」

 思わず吹き出した澪。

「お前ェ、これ恥ずかしいんだぞ」

「どうしたんだ、いきなり」

「なんか、緊張してるみたいだったから、ほぐそうと思って」

「唯のマネ?」

「まあ、そんなところだ」

「なんか、ちょっと和んだかも」

「そりゃ、良かった……」

 先ほどよりは、表情が柔らかくなったようで、とりあえず播磨も一安心である。

「今度はお前ェがリズムを刻んでくれ」

「わかった」

 そう言って、二人はスタート位置につく。

「位置について」

 係の女子生徒がスターターピストルと呼ばれる陸上用の合図銃を上に構える。

 パンッ、と乾いた音が初夏の空に響き渡った。

「いちにっ、いちにっ」

 勢いよく飛び出す播磨と澪のペア。

 スタートダッシュは完璧だ。

 しかし、すぐに後ろから追いつかれてしまう。

「ふふ、どうした三組よ。その程度か」

 どうやら後ろは東郷のようだ。

 こっちはリズムをとるのに必死だっていうのに、よく話をする余裕があるな。

 そんなことを思いつつも、さらにペースを速める播磨たち。

「オラオラ、どうしたその程度か!」

「あんまりいらないこと言ってたら転ぶわよ、マカロニくん」

 紬の声が聞こえた。

「フハハハハ、それもまたよ――」

 何かが倒れる音。

 どうやら本当に転んだようだ

(これはチャンスだぜ)

 播磨は思う。
326 :年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/25(日) 20:33:11.87 ID:GEEMDRZko

 最大のライバルである四組の東郷(マカロニ)琴吹ペアが倒れた今、播磨たちに死角はない。

 だが、それが最大の油断であった。

「いちにっ、いちにっ、いちにっ」

 ゴール直前。

「播磨くん頑張ってええええ!!」

 播磨の視界に、平沢唯の姿が入る。

「あ……」

 バランスを崩す二人。

「まずい!」

 転倒を防ごうと、播磨は澪の身体を支える。

 その時、




 むにゅっ




 そうとしか表現できない感触が、播磨の右手を通じて伝わってきた。

「え?」

 どうやら、播磨の右手が澪の左胸を“鷲掴み”していたようだ。

「い――」

「あ、これは……」

「いやあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 次の瞬間、澪の左ストレートが播磨の顔面を襲った。

「ぐはああああ!」


 なおそれ以来、澪のまわりに集まっていた男子生徒たちは、あまり彼女に近づかなくなったそうな。

 めでたしめでたし……?


   つづく


327 :年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/25(日) 20:35:52.60 ID:GEEMDRZko
少し休憩。

CMの後もまだまだ続くよ
328 :年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/25(日) 20:39:39.83 ID:GEEMDRZko
ベン・トーって、なんだかんだで最後まで見てしまった。

ちなみに筆者が子供のころは、ベン・ジョンソンが流行った。失格になったけど。
329 :年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/25(日) 20:40:52.69 ID:GEEMDRZko

   第四話 天国と地獄


 月末。

 それは播磨にとって憂鬱な時期でもある。

 学費以外の生活費諸々をアルバイトで賄っている彼は、急な出費などで月末にお金が無くなることが

多い。

 そして今月も、生活費が底をついた。

 同居人も金銭面ではあまり頼りにならないため、これからアルバイト代が振り込まれる三日間、
彼は昼飯無しで過ごさなければならない。



 昼休みになると、播磨は教室を抜け出して校舎の隅にある水飲み場で水を飲んで空腹を紛らわせた。

「んぐ、んぐ、んぐ……。ぷはあっ」

 喉も乾いていないのに水を飲むという行為ほどキツイものはない。

 それにいくら腹にいれたところで、それは所詮水である。汗か排せつ物になって外に出て行ってしまう。

「ああ、やっぱここにいたか播磨」

 聞き覚えのある声が響く。

「田井中か」

 同じクラスの田井中律である。

「お前、また金が無くなったのか? 月末になるとよくあるよな」

「うるせえな」

「ほれ、貸してやるから購買で何か買ってこいよ」

 そう言うと、律は右手に百円玉を二枚ほどつまんで播磨に差し出す。

 実にけち臭い。

「施しは受けねェ」

「施しじゃねえよ、貸しだっつうの」

「だったらなおさらいらねェ」

「腹減ったら授業に集中できねえぞ」

「もともと聞いてねェから問題ねェ」

 播磨はそう言って、教室に戻る。

「ったく、強情なやつだな」

 別れ際、律は吐き捨てるように言った。



   *
330 :年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/25(日) 20:42:12.82 ID:GEEMDRZko



 翌日、播磨は昨日と同じ場所で水を飲む。

 言うまでもなく、腹は膨れない。

 いっそのこと、野草でも獲って食おうかとさえ思い始めた時、

「あ、あの」

 不意に誰かが声をかけてきた。

「田井中か? 別にいらねェって……」

 律かと思った播磨だが、どうやら違った。

 律よりも髪が長くてつり目の少女。

「秋山?」

「あ、ごめんなさい」

「いや、別に。どうした、こんなところで」

「その、播磨くんにお……、お弁当を」

「なに?」

 さすがに水飲み場で立ち話も気分が悪いので、播磨は中庭に場所を移した。

「何で急に弁当なんか。田井中になんか言われたか」

「いや、そうじゃない。まあ、律に言われて知ったってこともあるけど」

「ん?」

「播磨くん、今日はお昼持ってきてないだろう?」

「ん? ああ」

「だから、これはこの前のお詫びというか」

「お詫び?」
331 :年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/25(日) 20:42:39.60 ID:GEEMDRZko

「た、体育大会で私、あなたに酷いことしてしまった」

「別に気にしてねェよ。いいストレートだとは思ったが。いや、フックだったか」

「ごめん、本当に」

「いやいや、身体が丈夫なのだけがとりえだから大したことはねェ」

「でも、ちゃんとお詫びとかもできてなかったから、それでこれ」

 そう言ってハンカチに包まれた箱を差し出す。

「それは……」

 その時、播磨の腹の虫が勢いよく鳴き出す。

 身体は正直である。

「悪い」

「ど、どうぞ」澪は差し出した。

「いいのか」

「うん」

「サンキューな」

 播磨は弁当箱を受けとり、それを空けた。

 中には数個のおにぎりが入っている。

「ごめん、何を作っていいのかわからなくて」

「いや、いい。最高だ」

 そう言って播磨はおにぎりにかぶりつく。

 久しぶりのまともな昼食に、思わず涙が出そうになった。




   *
332 :年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/25(日) 20:44:43.97 ID:GEEMDRZko


 そんでもって次の日。

「播磨くん♪」

 授業が終わると、さっそく声をかけてくる女子生徒が一人。

(ゆ、唯ちゃん!?)

 平沢唯である。

「ど、どうした平沢」播磨は努めて冷静に対応してみせる。

「実は、私もおにぎり作ってきたんだけど、播磨くん食べる?」

(マジかあああああ!!!! なんてこったあああああ!!!)

 播磨は心の中で狂喜乱舞する。

「いいのか」

 しかし、表向きは冷静である。

「うん」

 平沢唯が作ったとされるそのおにぎりは、

「四角……」

 まるで豆腐のように四角かった。

 昨日食べた、澪のおにぎりのように三角ではないけれど、ごはんだから大丈夫だろう。

 そう思い播磨は一口食べる。

「ま……」

「どう? 播磨くん」

 唯は目をキラキラさせながら聞いてくる。

(まずうううううううううううううううううううううううううううううううううううううう!!!!!!!!)

 播磨は心の中でのた打ち回る。

(不味い不味い不味い不味い不味い不味い)

 心の中で、不味いという言葉がゲシュタルト崩壊しそうなほどの不味さだ。

(不味いってレベルじゃねェぞ!!! なんだこの不味さは! どうやったらおにぎりをこんなに
不味く作れるんだ!?)

 しかし、期待を込めて見つめてくる(可愛い)唯を前に、「マズイ」などと到底言えるはずがなかった。

「う……、うまいぞ、平沢」

 なんとか飲み込んだ播磨は、辛うじてそう言う。

「えへ、たくさん作ったからどんどん食べてね、播磨くん」

「お、おう……」

 この日、播磨は天国と地獄を同時に味わった。





   つづく
333 :年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/25(日) 20:47:13.87 ID:GEEMDRZko
当スレの上に「とある原石のオニギリ」というスレがあったので、なんか複雑な気持ち。

四角いおにぎりは、スクランのネタですな。
334 :年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/25(日) 20:48:14.67 ID:GEEMDRZko

 

   第五話 勉強は大事だよ




 期末考査の時期である。

 当然、不良の播磨は、成績も不良である。

「ええーん、テストやだよー。律ちゃん助けてよお」

 平沢唯もあまり成績は良くないようだ。

「ねえ、花井くん。ここの問題なんだけど」

 クラスの女子が成績の良いメガネ生徒に質問している。

 その様子を見た播磨は、再び出来の悪い脳内コンピュータを働かせた。


 成績が良くなる→ 唯「播磨くん、勉強教えて」 → 仲良くなる


(これだ!)

 そう思った播磨は立ち上がる。

 しかし、これまで最悪だった成績がそう簡単によくなるはずもない。

(誰か成績のいい奴に教えてもらうとか)

 そして播磨は思いつく。




   *
335 :年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/25(日) 20:49:35.58 ID:GEEMDRZko

 校舎の屋上。

 秋山澪は、播磨拳児に呼び出されていた。

 なぜか今日はやけに風が強い気がする。

(播磨くん、いったい何の用なんだろう……)

 播磨の意図が読めずに同様する澪。

 その時、以前親友の田井中律が言ったことを思い出す。


『案外、澪に気があったりしてな』


「……!」

 一気に顔が熱くなる。

(まさか、そんな……)

 ここで告白されたらなんて答えればいいのか。

(そりゃあ、確かに播磨くんはカッコイイところもあるけど、ちょっと怖いし……)

 澪の思考が頭の中でグルグル回る。

「おい」

「ひっ!」

「悪い……」

「あ、播磨くん」

「俺から呼び出したのに、待たせちまって悪いな」

「ううん、気にしてない。それで、用ってなに」

「実は」

 いつになく真剣な表情。

(来るか……!)

「勉強を」

「?」

「勉強を教えてほしいんだ」

「へ……?」

「こんなこと、他に頼めるやつがいねえ……」

「はあ……」




   * 
336 :年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/25(日) 20:51:15.85 ID:GEEMDRZko


 校内の図書室。

「ねえ、澪ちゃんは今日はいないの?」

 テスト期間中にもかかわらず、まったくやる気のない様子の唯が言う。

「ああ、なんか用があるとか言って、帰っちまったな」律は問題集を見ながら答えた。

「そうなんだあ」

「唯。ちゃんとやらないと、また追試食らうぞ」

「うーん」

 律の注意にも関わらず、唯のやる気は出なかった。




   *



 秋山家――

 人に見られたくないという播磨の希望により、澪は自宅で勉強するという選択をする。

「本当にいいのかよ」

 遠慮がちに播磨は言う。

「だ、大丈夫だから」

 帰り際、澪は自分の携帯電話で家に連絡を入れておいた。

 反対するかと思っていたら、澪の母親は快く承諾してくれたので、そのまま家に連れてくることに
したのである。

「た、ただいま」

「お、よく帰ってきたな」

「ママ……」

 なぜか、玄関前で腰に手を当てて出迎える澪の母。

 いつから待ち構えていたのだろうか。

「やあ、キミが播磨くんか。澪からいつも話を聞いてる」

「ちょと、マ……! お母さん」

 いつものように「ママ」と呼んでしまいそうだった澪は(すでに呼んでいるけど)、

とりあえず播磨の前では「お母さん」と呼ぶように修正する。
337 :年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/25(日) 20:52:40.17 ID:GEEMDRZko

「はっはっは。私が澪の母だ。よろしく。気軽に“お義母さん”と呼んでもらっても構わない」

「全然気軽じゃないよ! 思いっきり重いよ! というか、初対面の人に何言ってるの!」

「いや、すまない。澪が家に男の友達を連れてくるなんてはじめてだから、私もついうれしくなってな」

「はあ、そうなんっすか……」

 播磨は反応に困っているようだ。

「まあ、とりあえずあがりたまえ」

「し、失礼します」

「播磨くん、こっち」

 これ以上、播磨と母親を一緒にいさせたら、何を言い出すかわからない。

 そう思った澪は、速攻で播磨を自分の部屋に連れて行こうとするのだが、

「ご、ごめん。ちょっと待って」

 部屋の片づけをしていないことを思い出してしまう。

「どうしたのだ、澪」

 再び母登場である。

「なんでもない」

「部屋の片づけなら問題ないぞ。ウィ○パーはちゃんと隠しておいたからな」

「おおおおお母さん!」

 顔が真っ赤になっているのが自分でもわかる。

「いやいや、年頃の子供の部屋には、人に見られたくない物の一つや二つ、あるものだ。
なあ、播磨くん」

「はあ……」

「もう! 播磨くんに話を振らないで!」

「澪も私に似てナ○キン派だからな。貸し借りができて助かっている」

「サラッと何言ってるのよ!」

「最近のは性能がいいから、多い日もサラッサラ」

「まあああああまああああああああああ!!!」




   *
338 :年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/25(日) 20:55:28.64 ID:GEEMDRZko

「はあ、はあ、はあ……」

 ドッタンバッタンの末に、播磨と澪は部屋に落ち着いた。

 いつもは軽く流している母親の言動だが、この日だけは許されない。

「ご、ごめん。播磨くん」

「なんで謝んだ?」

「マ……、じゃなくて母さんが、色々失礼なこと言ったみたいで」

「いや、別に失礼だとは」

「そうかな」

「しかし、お前ェとお前ェの母さん、やっぱ似てるな。特に声とか」

「声はよく言われる。でも性格は全然似てないけど」

「なんか学校だと大人しいイメージがあったから、あんなに叫ぶ秋山はちょっと意外かもな」

「んぐ……。そ、そんなことより」

「ああ、勉強か」

 色々あったけど、まずは勉強である。それが彼の目的のはずだ。

 テストも近いし、自分の勉強もしなければならない。

「数学の範囲はここからここまで、特に重要なのは」

「なるほど……」

 出来の悪い子を教えるのは唯で慣れている。

 播磨は、唯と同じくらい頭がよくないけれども、彼女と違ってやる気があった。

「ここ、違ってるよ」

「悪ィ」

 先ほどまで高まっていた興奮が、少しずつ覚めてくる。

 冷静になって考えてみると、急に恥ずかしくなってきた。

(私の部屋に、男の人がいる……)

 最近は自分の父親ですら入れたことがないのに。

「ひっ!」

 不意に部屋がノックされる。
339 :年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/25(日) 20:57:07.64 ID:GEEMDRZko

 そして、部屋のドアが静かに開けられた。

「おやつだ、澪」

「もう、お母さん……!」

 先ほどの反省もあって、少し声を潜める澪。

「そうだ、播磨くん」

「はい?」

「キミにはこれを渡しておこう」

 そう言って母は播磨に黒い箱を差し出す。

「なんっすか?」

「どうも、ウチのパパには大きすぎるのでな、よかったら使ってくれないか」

 箱の表面には、『XL』という文字と北斗の拳のラオウの絵が描かれていた。

「どりゃあ!」

 澪は、その“アレ”が入っている箱を握りつぶさん限りに持って部屋の外に放り投げる。

「ああ、勿体ない」

「何出しとるかあ!」

「あまり興奮するな澪。生理が遅れるぞ」

「お、お母さん? 邪魔しにきたの?」

「いや、むしろ協力しに来たわけなのだが」

「お母さん」

「播磨くん、娘をよろしく頼む」

「早く出て行って!」

「ついでに私のこともよろしくたのむぞ」

「んもう……!」

 母のはしゃぎっぷりに、澪はいつも以上に疲れたのであった。
  




   *
340 :年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/25(日) 20:59:21.48 ID:GEEMDRZko

 しばらくすると、母の来襲もなくなり、播磨はおとなしく勉強をしていた。

 体育祭の時もそうだったけれど、播磨は実は真面目なんだな、と澪は思うようになっていた。

「なあ、秋山」

 勉強をしながら、不意に播磨が話しかけてきた。

「え?」

「ちょっと聞きてェんだが」

「なに? わからないところ?」

「ああいや、そうじゃなくて」

「うん」

「なんでお前ェ、男が苦手なんだ?」

「それは……」

「ああ、悪ィ。言いたくないことだったか」

「いや」

 ふと、澪は何かを決意する。

「聞いて」

「ん?」

「中学校の時なんだけど、私、学校の先生にいやらしいことをされた。もちろん、律が助けてくれて、
大事には至らなかったんだけど」

「そうなのか。田井中のやつ、いいところあるな」

「律には助けられっぱなし。でも、それが原因で男の人が怖くなって……」

「そうだったのか」

「……うん」

「俺とは普通に話をしているように思うが」

「それは、よくわからないけど。播磨くんは、特別なのかな……」

 そう言うと澪は再び顔が熱くなるのを感じる。

「男の人は、今でも怖い。話くらいは、普通にできるようになったけど、それでもちょっと……」

「そうか」

「ダメだよなあ、このままじゃ」
341 :年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/25(日) 20:59:57.12 ID:GEEMDRZko

「いや、でも世の中悪い奴も多いからな。警戒したほうがいいだろうよ」

「そう、なのかな」

「だけどよ、悪いやつも多いけど、いいやつも多いんだ。田井中みたいに。そう思うと少しは安心だろ

う?」

「そうだね」

「あのよ……」

「なに?」

「まあもうし、田井中とかがいないとき、困ったことがあったら」

「え?」

「俺が助けてやるよ。できることなら」

「……!」

「べ、勉強教えてもらった礼もあるからな。俺は、借りは作らん主義だし」

「播磨くん……」

「ん?」

「ありが――」


 バタンッ!!


 その時、急にドアが開いてプラスチックのコップを手に持った母が倒れこんできた。

「ママ!?」

 どう見ても、盗み聞きをしていた姿である。

 だが、

「播磨くん」

「え、はい」

 娘は怒り心頭だが、母は動じる素振りもない。

「澪をよろしく頼む」

 そう言うと、澪の母は親指を立て、軽く片目を閉じた。




   つづく
342 :年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/25(日) 21:01:49.40 ID:GEEMDRZko
 久々の大量投下で疲れた。

 でもあとちょっとだ。ここまで読んでくれた方、ありがとう。ラストスパート!
343 :年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/25(日) 21:02:26.94 ID:GEEMDRZko



   第六話 人の噂も七十五日?

 うっとおしい雨の季節も終わりと告げようとしていた

 季節はもうすっかり夏だ。

 一学期という時期は本当に早く感じる。

「夏休み、楽しみだな。澪」

 田井中律は、隣を歩く親友の澪にそう話しかける。

「そうだな。それより、テストのほうは大丈夫か?」

「あたしは問題ないけど、唯がねえ……」

 ふと、律の視界に見覚えのあるガタイの大きな男子生徒の姿が目に入った。

(播磨だ)

 そう思った律は声をかけようとする。

 しかしそのとき、

「播磨くん」

「え?」

「おはよう播磨くん」

「おう、おはよ」

 律よりも先に声をかけたのは、なんと澪のほうだった。

 男嫌いで有名だったあの澪だ。

「調子はどうかな」

「ん、まあまあよ……」

 決して無理しているという感じではなく、自然に話しかけている。

(随分仲良くなったもんだな)

 ふと、律は友人との距離が遠くなったような気がした。

「律?」

「ん?」

 澪が振り返り、こちらの様子を見ている。

「どうした」

「いや、なんでもない」

 そう言うと律は早足で播磨の隣に行き、彼を挟むようにして一緒に学校へと向かった。

 



   *
344 :年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/25(日) 21:03:34.63 ID:GEEMDRZko



 期末テストのほうは、秋山澪の教育もあってなんとか無事に乗り越えられそうな播磨。

 そんな彼は、最近妙な噂を耳にするようになる。

 もともと世間の評判など気にするタイプではない播磨だが、夏休み前の浮ついた雰囲気の中で、
その噂は決して看過できる物ではなかった。

 なぜならその噂とは、

《播磨拳児と秋山澪が付き合っている》

 というものだったからだ。

(冗談じゃねェぞ。そんな噂が出ちまったら、きっと唯ちゃんは――)


『播磨くん。澪ちゃんと付き合ってるんだね。お幸せに、オヨヨヨ……』


(こんな風になっちまうじゃねェか!)

 そう考えると、彼は少しばかり焦ってきた。

 教室に向かう途中、妙な視線に気づく。

「あの人が秋山さんと?」

「ウソー」

「でも不良っぽい人がモテるって聞いたし」

 彼の地獄耳センサーがいくつかのヒソヒソ話をキャッチする。

(こりゃ本格的にマズイな)

 高校生、特に女子生徒は噂話が大好きだ。

 それが恋愛関係となればなおさら。
345 :年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/25(日) 21:05:17.33 ID:GEEMDRZko

「播磨くん?」

「うおっ!」

「どうした」

「いや」

 目の前に、教科書やノートを抱えた秋山澪の姿があった。

「それより、次の授業は教室移動だぞ」

「そうか」

「あの……、一緒に行かないか」

「ん? 田井中は?」

「律は選択している授業が違う」

「お、そうか。わかった」

 ここで澪に対する態度を変えたら、周りから露骨に怪しまれてしまう。

 そう思った播磨は、努めて平静に、いつも通り行動することにした。

 それでも頭の中では、事態の打開策を練る。

(女子は女子で、情報のネットワークみたいなものを持ってるはずだ。

 そこに俺のような男子生徒は割って入れねェ。

 ということは、この噂の“根本”を、誰かに切ってもらう必要がある)

 播磨にしては珍しくまともなことを考える。

(だとしたら秋山はダメだ。噂の張本人だし、何より性格が控えめすぎる)

「ん? どうした。私の顔に、何かついてる?」澪はそう言って顔を伏せる。

「ああ、いや」

(となれば、頼める人間は一人しかいねェ)

 播磨は、一人の女子生徒の顔を思い浮かべた。




   *
346 :年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/25(日) 21:06:28.08 ID:GEEMDRZko

 その日の昼休み、律は播磨から屋上に呼び出されていた。

(播磨のやつ、話ってなんだ……)

 初夏の日差しの中、青い空を眺めながらぼんやりと考える律。

(澪と付き合ってるって噂もあるし、その辺も聞いてみたいな。でも、本当に付き合ってたら……)

 不意に胸が痛む。

(なんだよ。澪のやつもまんざらでもないようだし、別にいいじゃねえか。そりゃ、ちょっとは寂しいけどよ)

 そんなことを考えていると、播磨が現れた。

「すまねェ、待たせたな」

「お、おう……」

 律は平静を装う。

「それで播磨、話ってなんだ?」

「実は噂のことなんだ」

(来たか……!)

 律は心の中で身構える。

「俺と、秋山が付き合ってるんじゃねェかって噂」

「ああ、知ってるよ。まあ、澪本人はそういう話に疎いから、まだ知らないと思うけど」

「やはりか。それでな、その噂は」

「本当に付き合ってるのか?」

「ち、違う」

「ん?」
347 :年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/25(日) 21:07:39.38 ID:GEEMDRZko

「俺と秋山は付き合ってねェ。そのことを、お前ェからほかの女子にも話してほしいんだ」

「そうなのか」

 律は、今まで身構えていた分、身体の力が抜けてしまう。

「借りは作らないんじゃなかったのか?」

「この際しかたねェ。緊急事態だ」

「ほほう」

 安心した律は、自分のペースを取り戻しつつあった。

「でもさあ、播磨」

「あン?」

「澪はいい女だぜ? 付き合ってもいいんじゃねえのか?」

「いや、まあ確かにアイツはいい奴だと思うけどよ」

「だったらそのまま付き合っちゃえよ」

「バカ言うな。秋山が迷惑するだろう」

(鈍いな……。相変わらずか)

 ふと、律はそんなことを思う。

「澪じゃ、ダメなのか?」

 調子に乗った律は、墓穴を掘るのも覚悟で突っ込んでみる。

「別に、そういうんじゃねえ。秋山はいい女だと思うぞ。だが、付き合うとか、好きとか、
そういうのは違うんじゃねェのかと」

「どうして」
348 :年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/25(日) 21:09:28.97 ID:GEEMDRZko

「そりゃ、俺には……」

「ん?」

「他に好きな奴がいるんだよ」

 播磨は顔をそらし、少し照れながら言った。

 律はこんな播磨を見るのが初めてだったので、少し、いや、かなり新鮮な気持ちになった。

「その、お前の好きな相手って」

「言えるわけねえだろう!」

 播磨は語気を強める。

 この時、律の脳内にあるコンピュータが少々オーバーヒート気味に計算を始めた。


 播磨と澪は付き合っていない→それをわざわざ自分に言う→播磨には好きな相手がいる→その相手は……


(まさか、アタシ?)


 興奮のためか、律の思考回路が少し、いやかなりぶっ飛んでしまったようだ。

(いや、確かに播磨とは幼馴染だし、よく知ってるし、一緒に雷魚やナマズ釣りをした仲だし。

そりゃ、播磨のことは嫌いじゃないよ。でも……)

「ん?」

 改めて播磨の顔を見ると急に恥ずかしくなってきた。

「そ、そりゃあアンタのことは嫌いじゃないから、その」

「何言ってんだお前ェ」

「急にそういう風に考えろって言われたら、それは無理があるというか」

「グズグズしてたら夏休みになっちまうだろうが」

「まあ、夏休みに色々と話をすりゃあいいのかな」

「おい、田井中」

「はひ!?」

「大丈夫か。暑さでやられたか」


 その時、
349 :年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/25(日) 21:11:20.83 ID:GEEMDRZko

 物凄い勢いで屋上の階段室のドアが開かれた。

 驚いた二人は、一斉にそちらの方向をみる。

 すると、そこには栗色の長い髪の毛の少女が立っていた。

 赤い髪留めが妙に印象的なその女子生徒のことを、律は知っている。

(確か生徒会の……)

 よく見ると、彼女の後ろには十数人の女子も続いていた。

「二年生の播磨拳児くんね」

 鋭い目つきの女子生徒が言った。

「何だお前ェら」

 播磨は訳が分からない、という顔をしていた。

「私は秋山澪ファンクラブ、会員番号一番、曽我部恵!!」

 ワ○ピースとかだったら、後ろに「ドン」という文字が見えてきそうなほどの堂々とした自己紹介である。

「はあ?」

「秋山澪に近づく悪い虫は、我々が排除する!」

「な……!」

「かかれー!」

 曽我部の合図で、一斉に襲いかかる女子生徒軍団。

「澪先輩に近づくな、このクズムシー!!」

「捕まえて!」

「何だお前ェら!!」

 その勢いに播磨は逃げ出す。

「え、あの、ちょっと……」

 そして、しばらくすると屋上には律一人だけポツンと残されていたのだった。

(播磨のこと、もう少しちゃんと考えてやらないといけないな)

 ついでにややこしい勘違いも残していた。





   第一部 完
350 :年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/25(日) 21:14:01.66 ID:GEEMDRZko
 ちなみに、澪と播磨は日本史、律と唯は地理を選択しております。
351 :年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/25(日) 21:19:56.00 ID:GEEMDRZko

   ☆お願い☆

 年末スペシャル、ご覧いただきましてまことにありがとうございます。

 本編が鬱展開なだけに、明るい話が書けて自分としては良い気分転換になりました。

 さて、年末スペシャル、いかがだったでしょうか。

 今回、三本ほど投下させていただきましたが、いずれも趣向を変えてみたつもりです(特に二本目)。 

 みなさん、どのお話がお気に入りだったでしょうか。

 今後の参考のため、ぜひお聞かせください。

 楽しかったよ、と思えた作品がありましたら、以下の作品番号をこのレス番号にレスしていただければ
光栄です。


 
 1.『帰ってきた変態仮面 〜学園都市奮闘編〜』

 2.『江頭2:50VSアイドルマスター』

 3.『はりおん! 〜播磨拳児はうんたんに恋をする〜』

 4. その他(過去作品など)



 厚かましいようですが、以下のような感じで書いてくれると非常にうれしいです。

※例

(作品番号)
  1

(ご意見、ご感想、ご要望など)

 変態仮面大好きです。でも、もっと黒子の活躍が見たかった



 なお、年末スペシャルに関するアンケートは、今後の参考にさせていただきたいので、
このスレが続く限り受け付けております。

 それでは、良いお年を。

 ※ 『はりまど』はまだ続きますよ
352 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/25(日) 21:24:06.49 ID:GEEMDRZko
 ああ、キツかった。

 年末スペシャル終了です。スペシャルの播磨のほうが、よっぽど播磨っぽいですよね。

 三段論法みたいな単純な思考とか。

 明日以降はまた、チマチマ投下に戻したいと思います。今回は、日曜日だったことと、

安価系のスレと投下時間がかぶってしまったので余計にキツかった。

 サーバくん、ごめんよ。

 では、おやすみなさいませ。
353 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/25(日) 21:24:43.80 ID:O354lZlvo
354 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/25(日) 21:33:49.40 ID:XqYQh9GQ0
3かなー
スクランっぽいラブコメ風だし、続きを読んでみたい!
もちろん、1、2も面白かったです!
355 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/25(日) 21:40:33.89 ID:ipfs+p3G0
3
エガちゃんが出てきた2も捨てがたいのですが、
播磨らしい3を推させてもらいます。
356 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/25(日) 21:41:00.01 ID:ipfs+p3G0
3
エガちゃんが出てきた2も捨てがたいのですが、
播磨らしい3を推させてもらいます。
357 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/26(月) 02:39:30.50 ID:2PDkcyvAO
3かな?続きが気になりすぎる
最終的にほぼ全員とフラグ立ちそうだなw
関係無いけど平沢と表記されると我が愛しのおっさんが脳裏にフラッシュバックしてしまう

でも2もかなり良かったんだよなー
エガちゃんが凄くエガちゃんなエガちゃんだったからやっぱエガちゃんは最高だった
358 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/26(月) 02:53:03.50 ID:Uq9skTmAO
3だろ
けいおんならスクランとコラボしやすそう
359 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/26(月) 03:16:40.42 ID:LnOa7pnDo
3
2のエガちゃんも最高に面白かったけど
3はスクラン的ラブコメのおもしろさが詰まってた
360 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/26(月) 06:11:34.81 ID:eZP5WQbS0

新しいスレ立てていいんじゃね?
361 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/26(月) 07:30:58.58 ID:zIk2pZSAO
3人気過ぎワロタ。
やはりスクランといえばラブコメか。
362 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/26(月) 20:46:11.50 ID:o0KlkSZjo
 みんな簡単に言うけどさ、けいおんとのコラボは結構苦しいんだよ。

 この先どうすりゃいいんだよ。乱立したフラグが倒れて大変なことになりそうだよ……。


 はい、愚痴はここまで。

 本編続き行きますよ。
363 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/26(月) 20:51:47.88 ID:o0KlkSZjo
>>254
 以下はここからの続きです。
364 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/26(月) 20:53:12.45 ID:o0KlkSZjo
   ☆

 まどかの部屋は静かだった。

 わずかに、時計の音が耳に響く。

 泣き続けるまどかを、播磨は何も言わず抱き続ける。

 まどかの持つ熱いくらいの生命を、彼は身体全体で受け止めていた。

 そえからどれくらい経っただろうか。数十分くらいかもしれないし、数秒かもしれない。

 まどかの甘い香りに最初のうちは心拍数が上がりっぱなしだった播磨も、
少しずつ落ち着いてきた。

 するとまどかのほうも落ち着いてきたらしく、そっと播磨から身体を話す。

 熱い身体が離れて、ほんの少しだけ彼は寒く感じる。ちょうど、
冬の日にコタツから出たときのようなほんの少しの寒気だ。

「落ち着いたか」

「……うん」

 ズズッと、まどかは鼻をすする。

 播磨は目を逸らし、それを見ないようにした。

 これ以上恥ずかしいところを見ないようにしてあげようという、彼なりの気遣いだった。

「ごめんね、顔、洗ってくる」

 そう言うと、まどかは立ち上がり部屋を出て行く。

 播磨は彼女の部屋に一人残される。

 何もすることがないので、ふと窓の外を見ると、何かが通りすぎた。

(猫、ではないな……)

 白い、大きなシッポが通り過ぎるのを確実に見えた。

 少し前に見た謎の生物だ。播磨は、心の中でそう確信する。

 最近、あまり見ることはなかったけれど、彼の記憶にはしっかりとその姿は残っていた。


365 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/26(月) 20:53:39.73 ID:o0KlkSZjo





   魔法少女とハリマ☆ハリオ

      #14 変 化






366 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/26(月) 20:54:25.60 ID:o0KlkSZjo



 すっかり温くなったコーヒーを飲んでいると、まどかが戻ってきた。

「ごめんね拳児くん」

「構わねェ。それよりお前ェのほうこそ、大丈夫か?」

「私は大丈夫だよ」

「そうか」

 まどかはゆっくりと歩いて、播磨の向かい側の座布団の上に座る。

 心なしか、すっきりした表情になっているのは、やはり泣いたからだろうか。

 そんな風に播磨は思った。

「じゃあ、話すね」

「おう」

「信じられない話かもしれないけど、聞いて」

「ああ。この街には変な噂も多いし、今更驚かねェ」

「あの、魔法少女って知ってる?」

「はい?」

「あの……」

 播磨のリアクションにまどかが委縮したようだ。それに気づいた彼は取り繕う。

「いやいや、まあ、知ってるって言えば知ってるけど。カードを使ったりとか」

「この街にはね、魔法少女がいるの」

「……」

「絶望をまき散らす“魔女”という存在と戦う魔法少女」

「まどか……」
367 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/26(月) 20:55:11.42 ID:o0KlkSZjo

「信じられないと思うけど」

「んなこと、いきなり言われても」

「そうだよね」

「もしかして、あの巴マミってやつも」

「うん、マミさんも魔法少女なんだよ。この街を守る」

「あいつが……」

 まどかの言うことは信じられない。

 だが、彼女の言うとおりだとすれば巴マミのあの不可解な行動も理解できる。

「夜中に出歩いていたのも」

「うん。マミさんはいつも、夕方から夜にかけて、魔女を狩るためにでかけていたの」

「何でお前たちがそれに」

「私もね、選ばれたんだよ。キュゥべえっていう生き物に」

「キュゥべえ……」

「うん。魔法少女を生みだす生き物なんだって。彼が魔法少女になれる才能のある
少女を選んで魔法少女を作る」

「……」

「ねえ、拳児くん」

「ん?」

「いつだったか私、願いごとについて聞いたことがあるよね」

「そうだったな」

 ショッピングモール内にあるオシャレなカフェで聞いたことがある。

「キュゥべえは言ったんだ。何でも願いを叶えてくれる。その代わり、魔法少女になって
魔女と戦わなければならないって」

「それで、お前ェはあんなことを」
368 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/26(月) 20:55:52.35 ID:o0KlkSZjo

「……うん。でも、私には叶えたい願いなんて、よくわからなかった」

「そうなのか」

「でも私は、皆のために戦っているマミさんが凄いと思っただけなのかもしれない」

「凄い?」

「うん。あの、二月に起きた集団自殺の件は知ってる?」

「ああ、建設中のビルの屋上から五人くらいが飛び降り自殺をしたっていう」

「あれも魔女の仕業なんだって」

「なに?」

「この地域には魔女が多いから。先日も一人自殺したけれど。魔女は絶望をもたらすの。
自殺に至らなくても、障害や窃盗など、絶望感の中から犯罪を発生させるって聞いたの」

「絶望」

「だから、その絶望を生みだす魔女を倒すために、マミさんは頑張っていたんだけど」

「……」

「でも、あの病院でマミさんは……」

 ここでまどかは再び言葉を切る。

 状況はよくわからないが、マミはあの病院で魔女と戦い、そして死亡したのだという。

 まどかの話はにわかに信じられなかったけれど、それならば巴マミの死因が
よくわからなかった理由も、納得できないことはない。




   *
369 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/26(月) 20:56:38.85 ID:o0KlkSZjo

 
 帰り途に、播磨は歩きながら考える。

 魔法少女なんて漫画の中だけだと思っていたのに、まどかの口から出てくるのは、
まるでファンタジー世界のような話だ。

 しかし、彼女がウソをついているようには思えない。

 必死に隠し続け、そしてこの日、絞り出すように口にした告白がウソだとすれば、
もはや播磨にはどうすることもできないだろう。

 魔法少女。

 魔女を狩る者。

 何か一つ、願いごとをして、その代償として魔法少女になり、魔女と戦う。

 魔女は絶望をまき散らす存在で、そのせいで人々は自殺や他殺、それに犯罪などに
手を染めてしまう。

 まどかの話をまとめるとそういうことなのだろう。

 巴マミは魔法少女であり、それゆえに死んだ。

 こんなもの、警察が発表できるはずもないし、ましてや新聞が報じたら東ス○扱いされてしまう。

 だからこそ、謎に満ちた事件として処理されてしまうのだろう。

 この街に、不可解な事件が多かったのはそのためなのか。

 ではどうすればいいのか。

 播磨は魔法少女ではないし、魔女も見ることはできない。

 まどかはマミの死にショックを受けている。

 この先、一体どうすればいいのか。

「くそっ」

 どうせ何もできないなら、知らないほうがよかった――

 まどかのその言葉が、播磨の心の中にジワジワと沁み込んでくる。



   つづく
370 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/26(月) 20:58:59.80 ID:o0KlkSZjo
 今日はこれでおしまいです。すごく少ないですね。

なお、>>352のアンケートはまだ受け付けておりますので、遅レスとか気にせずどんどん書き込んでください。
371 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/26(月) 21:00:07.33 ID:o0KlkSZjo
レス番間違いました。
アンケートは>>351が正しいです。

すいません。
372 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/26(月) 21:27:29.40 ID:N4vet+Muo
3に投票させてもらおう
エガちゃんも好きだけどそれ以上に播磨が好きだからね
てか、「はりおん」は別スレで立てて欲しいくらい面白いわ
373 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/26(月) 22:58:15.36 ID:s0Rudkzl0
4
前スレの孤独のグルメがヨカタよ。
所々の小ネタもさることながらちゃんと孤独のグルメと上手く
クロスしているのが面白い!
思わず文庫版を買ってしまった。
374 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/26(月) 23:17:50.88 ID:d1pnYKtx0
うん、いや、これは3でしょ
播磨はラブコメでこそ輝くんだ
下手なシリアスよりは全然いい
あ、はりマドが面白くないってわけじゃないでーす
375 :GUNMAR [sage]:2011/12/27(火) 01:08:04.91 ID:X0z6nqA90
3です。
俺けいおん知らないけど面白かった。

次点で4
但し群馬に来て焼きまんじゅうに餡子が入ってるのは残念
あと、讃岐うどん強すぎ 水沢うどんを忘れないで下さい
376 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/27(火) 12:39:16.71 ID:rW2lCMxTo
>>372と全く同じことを書こうとしていた 3に投票
両方とも楽しく読ませてもらいましたが短編としてよいのがエガちゃん
連載でじっくり見たいと思ったのがはりおんでした
377 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/27(火) 16:42:58.92 ID:OxYzGjsAO
ハリおんの場合は憂が八雲になるのか?それとも澪?いろいろ気になるから是非書いて欲しい
378 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/27(火) 21:28:50.28 ID:0y7Thqnno
 スペシャルの感想、ありがとうございます。
 はりおん! の続きについては随時検討中にございます。

 それでは、#15スタート
379 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/27(火) 21:29:16.16 ID:0y7Thqnno

 まどかの認識する世界は播磨にとっては、全くの別世界であった。

 別の世界にいる自分にはまどかを救うことができないのか?

 播磨は考える。

 だが答えなど出てくるはずもない。

 彼は考え込むのは苦手だった。

 ゆえに行動する。

 自分が正しいと思ったことを。

 それが例え、間違った選択だったとしても、“選ばない”という行為は許されない。


   *


「お、おはようまどか」

 朝の鹿目家。

 そこには播磨拳児の姿があった。

「拳児くん! どうして」

「学校、行こうぜ」

 辛いできごとがあった時だからこそ、日常生活を守る。

 誰かからそう教えられ気がした。
380 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/27(火) 21:30:10.17 ID:0y7Thqnno




   魔法少女とハリマ☆ハリオ

       #15 支 え




381 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/27(火) 21:30:48.89 ID:0y7Thqnno


 学校までの道のりを、まどかと播磨は並んで歩く。

 もちろん播磨は高校へ、まどかは中学校へ行くので、途中で道は別れてしまう。
それでも彼は、一緒に行こうと言った。

「……」

 まどかは重い足取りで歩く。

 本当なら、家で寝ていたい気持ちだろう。それは播磨も同じだ。

 しかし、そんなことをしていたら、本当に外に出られなくなってしまうかもしれない、
と彼は思った。

 沈黙の時間。

 お喋り好きな年頃であるまどかが、ほとんど喋らない。

 播磨のほうは、それほど喋りが得意というわけではないので、どういう話をしていいのかわからない。

 ただ、そんな沈黙の時間も彼にとってはそれほど苦痛ではなかった。

 沈黙に慣れている、というわけではなく、まどかと一緒にいれば黙っている時間もそれなりに
安心していられるからだ。

「朝メシ、ちゃんと食ったか?」

 ふと、気がついた播磨はそんなことを聞いてみた。

「……うん」

 まどかは頷く。

 すると今度は、まどかのほうから声をかけてきた。

「拳児くん」

「ん?」

「……ありがとう」

「おう」
382 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/27(火) 21:31:11.90 ID:0y7Thqnno
 短い会話だった。

 けれども、今の自分たちにはそれで十分なのかもしれない。播磨はそう思った。

 しばらく歩くと、見覚えのある姿が目に入る。

「おはようございますまどかさん。あら、今日は殿方のエスコート付きですか?」

 少し癖のあるウェーブがかった髪の毛、そしてどこか間の抜けた声。

「ええと、お前ェは確か、上条のとこの……」

「はい、志筑仁美です。ごきげんよう、播磨さん」

「拳児くん、仁美ちゃんと知り合いだったんだね」まどかは播磨のほうを見て言う。

「ん? ああ」

「あれ? さやかちゃんは」

 そして周囲をキョロキョロと見回すまどか。

「さやかさんは先に学校に行くと連絡がありましたの」

「え?」

 ふと、まどかの表情に影が差す。

「まどか」そんな彼女に播磨は声をかける。

「なに?」

「お前ェが迷惑じゃなければ、帰りも迎えに来ていいか」

「拳児くん……」

 まどかは少し顔を伏せると、不意に笑顔を見せた。

「私は、大丈夫だよ」

「そうか」

 状況は何一つ変わっていない。

 ただ、まどかの気持ちが少しでも前向きになってくれればそれでいい。

 播磨はそう考えつつ、自分の学校へと向かった。



   *
383 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/27(火) 21:31:54.86 ID:0y7Thqnno


 その日の夜、播磨は病院清掃のバイトに復帰した。

 どうせ帰っても眠れないとわかっていたので、このまま働いていたほうがマシ
だと思ったのだ。

 そして、いつものように仕事を終えて休憩室の前を通りかかると、
やはり上条恭介が音楽を聞いていた。

「ご機嫌だな」

 そう声をかける播磨。

「あ、播磨さん。あの、大丈夫でしたか?」

「何がだ」

「少し前に警察とかきて、色々騒いでましたけど」

「まあ、問題ねェ」

「そうですか。詳しくはわかりませんけど……」

「ああ、今はまだ、あの時のことを落ち着いて話せる段階でもねェかな」

「そうですか」

「とはいえ、クヨクヨしてても仕方ねェから、こうして働いてるの」

「凄いですね、播磨さんは」

「別に凄くねェよ。お前ェらは大げさすぎなんだよ。凄い凄いって」

「いや、実際凄いですよ」

 そう言うと、上条は窓から外を見た。

「上条、お前ェこそ、前に来たときは元気なさそうだったけど」

「いや、今日はちょっと……」
384 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/27(火) 21:32:43.69 ID:0y7Thqnno

「何だ」

「志筑仁美さんって覚えてます?」

「あん? ああ、あいつか。ちょっと間の抜けたような声の」

「はは……、ええそうです。彼女が今日、お見舞いに来てくれたんです」

「そうか、よかったな」

「よかった?」

「いや、何でもない」

 仁美が播磨に、恋愛相談をしたことは秘密にしなければならない。

「それで……、この手のことも話たんです」

「そいつは……」

「ええ、知ってますか? 僕の手のこと」

「ああ、事故で動かなくなったやつだろう?」

「はい。神経のほうが特に酷くやられてて、もう、元のように動くことはないだろうって言われたんです」

「……そうか」

「最初はショックでしたよ。もう何日も口を聞かなくて、家族にも迷惑かけたと思います」

「どうしてそんな……」

「僕、ヴァイオリンをやってたんです」

「ヴァイオリンって、あのヴァイオリンか」

「そうです。こう、弓で弾くやつですね」

 そう言うと、上条はヴァイオリンを弾く仕草をしてみせた。
385 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/27(火) 21:34:03.33 ID:0y7Thqnno

「でも、この様(ざま)では元のように弾くことができません」

「そうなのか」

「あの日、覚えてますか? 播磨さんが最初に声をかけてくれた日」

「ああ」

「久しぶりに人と話したんです。あの日。それで、とても落ち着きました」

「どうして?」

「ど、どうしてでしょうね。貴方と喋っていると、落ち着いたんです。不思議なことに」

「そうなのか」

 播磨は少しこそばゆくなった。

「こうして悲しんでいても、僕の手が治るわけがないんですよね。

だから、今は身体を治して学校に復帰することを考えようと思います。

今のこの状態だと、普通の生活も大変そうだし」

「そうだな」

「まだ、ヴァイオリン自体を諦めたわけじゃないけど、前に進んでいかないと。
いつまでもくよくよしていてもはじまらない」

 上条は、壁を見つめ、何かを決意したように言う。

「ところで話は変わるが、上条」

「え? はい」

「お前ェ、その志筑仁美って子と、幼馴染の美樹、ええと」

「美樹さやか?」

「そう、その美樹さやかって女と、どっちが好きなんだ」

「え!?」

「お前ェ、なんかモテそうだし、他にも女が寄ってくるんじゃねェの?」

「も、モテませんよ僕は」

「ああん? 厭味かコラ」

「こ、怖いですよ。あの、さやかと志筑さんの話ですよね」

「ああ」
386 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/27(火) 21:35:10.13 ID:0y7Thqnno
「そりゃ、どちらも大切だと思います」

「二股か……!」

「違います」

「じゃあ何だよ」

「さやかは、小さい頃からよく知ってるし、大事な友人です。だけど、
付き合うとかは違うというか」

「違う?」

「え? はい。さやか相手だと、気を使わなくていいって思います。でも、なんか、
そのまま付き合ったら、僕、彼女に甘えてしまいそうで」

「別にいいんじゃねェの?」

「ダメですよ」

「あん?」

「これから先、もっと大変なことがあると思うんです。だから、そこで甘えてはダメというか。
上手く言えないんですが」

「いや、何となくわからんでもない」

「志筑さんは、ちょっと危なっかしいですけど、その……」

 不意に、上条は俯いた。

「お前ェ、志筑のほうが好きなのか」

「いや、別にそんな。でも、右手のことを話したとき、彼女は一緒に頑張ろうって言ってくれました。
普段はボーッとしているところもあるんですけど、その時は、強い意志を感じたと言うか、そこがとても」

「ノロケかよ、くそが」

「いや、惚気とかではなく……、播磨さん」

「ケッ、そんだけ元気になりゃ、退院ももうすぐだな」
387 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/27(火) 21:36:11.04 ID:0y7Thqnno

「そうですね。でも、もし退院したらもう会えなくなるんですかね」

「あん? 志筑なら同じ学校だから会えるんじゃねェか?」

「いや、志筑さんじゃなくて、播磨さんです」

「俺にそんな趣味はねェ」

「いやいや、そういう意味じゃなくて。こんな風に話ができなくなると思ったら」

「……上条」

「はい」

「俺はこの街にいる。お前ェと同じ学校の鹿目ってやつとも知り合いだから、またいつでも会えるさ」

「本当ですか?」

「ああ」

「播磨さん」

 そう言うと、上条は包帯の巻かれた手を差し出す。

「お前ェ、そっちの手は」

「いいんです」

「そうか」

 播磨は、上条の手を固く握った。

「感覚、やっぱりわからないや……」

 やや涙声で、上条は言った。

「……」

「ありがとう、ございます」

「頑張れよ」

 播磨は最後にそう言って、彼と別れた。




   *
388 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/27(火) 21:37:00.12 ID:0y7Thqnno

 翌日、また彼はいつものようにまどかを迎えに行く。

「おはよう、拳児くん」

 昨日よりも幾分明るい顔で、まどかは挨拶した。

「おう、行こうか」と、播磨。

「うん」

 初夏を思わせる強い日差しの中、播磨とまどかは並んで登校する。

 仁美たちとの待ち合わせの場所に行く途中、まどかは何やらソワソワしているようだった。

「どうした」

 まどかの様子に気づいた播磨は声をかける。

「あ、あのね、拳児くん」

「ああ」

「拳児くんは、携帯持ってるよね」

「ん、まあな」

「実は」

 そう言うと、まどかはポケットから桃色の携帯電話を取り出す。

「お前、それ」

「実は、ママが昨日買ってきてくれたの。最近は色々物騒だからって」

「そうか」

「それでね、拳児くん。あの、私とアドレス交換して欲しいなって」

「いいぞ、それくらい」

「ありがとう」

「何かあった時、連絡取れて便利だからな」

「え……、うん」

 播磨も、自分のポケットから携帯を取り出す。するとまどかは言った。

「赤外線のやつ、やってみたい」

「ああ、あれか。俺、あんま人とアドレス交換とかしねェから、ちょっと待ってろ」

「私、これやるの初めてだよ」

「そうか。ちょっと待ってろ、よし」

「初めての相手があなたでよかった」

「ぶっ!」

 まどかのその言葉に、思わず吹き出してしまう播磨。

「どうしたの?」

「いや、何でもねェ。それよか、はじめるぞ」

「うん」

 こうして、播磨はまどかと携帯電話の番号とアドレスを交換したのであった。



   つづく
389 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/27(火) 21:42:05.20 ID:0y7Thqnno
 余談ですがね、けいおんSSって百合物ばっかりだから、男出したらいかんのかなあという気持ちがあったですよ。

 某上条が出たときは叩かれていた記憶があったね。
390 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/27(火) 22:52:03.02 ID:hwm7nUeJ0
いやいや
播磨なら許せるもんだよ
391 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/28(水) 01:20:38.27 ID:b+16z18Bo

まどかになんてことを・・・

はりおん!はこのスレ内なら大丈夫っぽいけど別スレ立てたら荒れるかもね
392 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/28(水) 17:35:24.45 ID:Ib0L73Kxo
おつん!
393 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/29(木) 09:23:38.67 ID:sZWv/i90o
つん!
394 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/29(木) 11:26:13.07 ID:hUIrIEtwo
ん!
395 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/29(木) 16:40:38.11 ID:fLwzYkRHo


というわけで、今宵は会社の忘年会ですので投下はできません。

あと、次回作。今書いてます。
396 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/29(木) 18:47:20.09 ID:4v1t4M8t0
忘年会いってらー
397 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/29(木) 18:57:39.85 ID:sZWv/i90o
いってらー
398 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/30(金) 18:10:27.23 ID:1r0Rv1RGo
忘年会からは何とか無事に帰還いたしました。

寝酒とかよく言いますが、筆者の場合酒を飲むと夜中にちょくちょく目が覚めるので、

あまりよくはありません。

やはり運動して飯を食って温かくして眠るのが一番ですね。

というわけで今日はまとめて投下いたします。

今年中に全部はちょっと厳しい。
399 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/30(金) 18:11:53.17 ID:1r0Rv1RGo

 とある朝の話。

 朝食の用意されたテーブルの前で、播磨はじっと携帯電話を見つめていた。

「どうしたの拳児くん。携帯壊れた?」

 そんな彼に、同居している和子がそう声をかける。

「ああいや、あのさ和子」

「なあに?」

「用もないのにメールするっていうのは、おかしいかな」

「……何を言ってるの拳児くん」

「は?」

「むしろ暇な時こそメールをするべきじゃない」

「え? どうして」

「そりゃあ、連絡がないと不安になるし」

「いや、でも迷惑だろう」

「そんなことないから! むしろメールとか着信がないほうが大変よ。
浮気してるんじゃないかって思っちゃうの」

「いや、まさか……」

「拳児くん、メールっていうものはこまめに出すものなのよ」

「でも、何を書けばいいんだよ。出す内容だって特にないだろ」

「そんなの何でもいいのよ。今起きたとか、これから仕事に行きますだとか」

「……そりゃウザイだろ」

「拳児くんもメールしなさいよ、私に」

「いや、たまにはしてるだろう」

「もっとしょっちゅうじゃなきゃイヤなの! 最近、ほとんど使ってないんだから、私の携帯」

「んなもん、知るかよ。それよか、早くメシ食っちまえ。学校遅れるぞ」

「んもう、拳児くんから話を振ってきたんでしょうが」

「教師が遅刻とかシャレにならんからな」

「そうね。はむはむ」そう言うと、和子は食パンを食べながら携帯電話をいじった。

「ん?」

 播磨の携帯が震える。

 開いて見るとそこには、

『今日、ゴミ出しを頼むわね。和子』

「口で言えよお前!」

 口の中一杯に食パンを詰め込んだ和子は、照れくさそうに笑っていた。

400 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/30(金) 18:12:29.29 ID:1r0Rv1RGo




   魔法少女とハリマ☆ハリオ

     #16 予 兆








401 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/30(金) 18:13:05.28 ID:1r0Rv1RGo




 鹿目まどかと携帯電話の番号とメールアドレスの交換をしてから数日。

 何事もなく時間は進んでいる。

(平和なのはいいことだ。しかし――)

 播磨はそう思いつつ、携帯電話を見つめる。

(特に連絡を取り合う必要もないものだな)

 そんなことを考えていると、不意に携帯電話が震える。

「ぬわっ!」

 思わず声が出てしまった播磨。

 そしてざわめく教室。

 クラスメイトの視線がこちらに集中した。

「いや、なんでもねェ」

 そう言うと播磨は、足早に教室を出て行く。

「ここならいいだろう」

 廊下の隅で、誰にも見られていないことを確認してから携帯のメールを開く。

 送り主は分かっていた。

《from まどか 今日、マルチカフェに行きませんか?》

 マルチカフェというのは、以前一緒に行ったことのあるショッピングモール内にある
微妙に入り難い喫茶店だというのはすぐにわかった。

 播磨はすかさず了解の返事を送ると携帯を閉じる。

(あんまりそっけないレスポンスだと感じが悪いか……)

 その後、彼はそんな感じの心配をしながら時間が過ぎるのを待ったのであった。



   *
402 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/30(金) 18:13:31.80 ID:1r0Rv1RGo


 そして放課後。

 播磨がよく利用するいつもの公園で、待ち合わせすることになった。

「ご、ゴメン。待った?」

 不意に聞えてくる声。

「いや……、俺も今きたところだ」

 下手な芝居の台詞のようなぎこちない言葉が交わされる。

 播磨の目の前には、制服姿の鹿目まどかがいた。

「他の連中はどうした?」

「え? うん。なんか、誘ったんだけど、さやかちゃんは何か用があるからって、先にき帰ったし、
仁美ちゃんもどこか行くところがあったみたいで」

「そうか」

(ん、待てよ)

 播磨はそこで気づく。

(これってもしかして、デートというやつではないか)

 放課後に異性と二人きり。

 興味がない、と強がっていた播磨だったが、彼も密かにあこがれていた光景である。

 そして例のカフェ。

 播磨はコーヒーを、まどかはカフェオレを注文した。

 そろそろ、アイスコーヒーが美味しい季節である。

「なあ、まどか」

 落ち着いたところで、播磨は話しかける。
403 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/30(金) 18:14:05.54 ID:1r0Rv1RGo

「どうしたの?」

「色々あったけど、平気か」

「うん。ありがとう。拳児くんこそ、大丈夫?」

「俺か? 俺は大丈夫だ」

「よかった……」

「……」

 話が続かない。

 改まって向かい合ってみると、何を話していいのか分からなくなる播磨。

 色々話したいことはあるのだけれど、いざとなるとそれが言葉にならないのだ。

 何か話題はないかな、そう思って周囲を見回していると、耳に聞き覚えのある音楽が入ってきた。

「こいつは」

「どうしたの?」

「夜想曲第二番だ」

「それなに?」

「ショパンの曲だ」

「播磨くん、クラシックとか好きなの?」

「いや、ちょっと知り合いが聞いてたのを思い出した」

「知り合いって?」

 上条恭介。

 初めて会ったとき、彼がCDで聞いていたのがこの曲だったと思う。

 右手が使えなくなり、ヴァイオリンを諦めた少年。

(あいつはこの先、どう生きるんだろうな)
404 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/30(金) 18:14:44.66 ID:1r0Rv1RGo

 そんなことを考えていた時、不意にまどかの携帯電話が鳴った。

「も、もしもし? 仁美ちゃん? どうしたの、落ち着いて」

 どうやら、電話をかけてきたのは志筑仁美のようだ。

「え? なに? 今どこにいるの?」

 気が動転しているのは、傍から聞いている播磨にもわかった。

「ちょっと落ち着いて。今どこにいるの?」

「まどか、ちょっと代われ」

 播磨はそう言って右手を差し出す。

「え? うん」

 まどかはしぶしぶ、自分の携帯を播磨に渡した。

「もしもし、志筑か」

 播磨は努めて低い声で電話に出る。

『その声は、播磨さんですか?』

 電話越しにも、動揺しているのがわかる声であった。

「ああ、俺だ。志筑、ゆっくり息を吐いて、そして吸え」

『は〜、ふ〜』

 数秒の間。

「落ち着いたか」

『ええ、はい』

「何があったのか、ゆっくり言ってみろ」

『あ、はい。その、上条さんの手が』

「手がどうした」

『治ったみたいなんです』

「な!?」




   *
405 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/30(金) 18:15:19.54 ID:1r0Rv1RGo

 見滝原総合病院――

 播磨たちは急いで店を出ると、病院に向かった。

 病院の建物に入ると、受付近くのロビーで不安そうにしている仁美を発見して声をかける。
 
「仁美ちゃん」

「まどかさん、それに播磨さんも」

 電話の時よりも幾分落ち着いた様子の仁美はそう言った。

「お前ェは大丈夫か」

「私は大丈夫です。それより上条さんが」

「手が治ったって」

「はい、今精密検査を受けているところですの。これまで動かなかった手が、急に動くようになって」

「……」

「お医者さまは、まるで奇跡か魔法のようだと」

「奇跡……」播磨はつぶやく。

「魔法……」それに呼応するように、まどかもつぶやいた。

 とてつもなく嫌な予感が播磨の脳裏をよぎる。

「拳児くん」

 不安そうに見上げるまどかに対し、播磨は言った。

「まどか」

「なに?」

「少し頼みがある」




   *
406 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/30(金) 18:16:07.59 ID:1r0Rv1RGo

夜の公園は信じられないくらい静まり返っていた。

 犬の鳴き声や生活の音が聞こえてもよさそうなのだが、そういったものがほとんど聞こえない。

 あまりの静けさに、播磨の耳の奥には微かな耳鳴りが響いていた。

 そこでしばらく待っていると、人の気配がする。外灯の光に照らされる髪の短い少女が一人。

 夜にも関わらず、彼女は私服ではなく学校の制服を着用している。

「こんな夜中にこんな場所に呼び出してどうしたんですか? もしかして、アタシに気があるとか」

「そんなんじゃねェ」

 冗談めかしく笑ったさやかに対し、播磨はそっけなく答える。

「もう、そんな固いこと言ってたらモテませんよ」

 だがさやかの対応は変わらない。

「……美樹」

「なんですか」

「お前ェ、契約したのか」

「……」

 先ほどまでの軽薄な笑みが消える。

「答えろよ。魔法少女になったのか?」

「……あなたには、関係のないことでしょう」

「本気で言ってんのか」

「ええ、そうよ。あなたは、私の何なんですか?」

「確かにお前ェと俺とは、何の関係もねェ。だが、まどかはどうだ」

「……!」

 まどかの名前を出すと、さやかの動きが一瞬止まったように見えた。

「お前ェのこと、本当に心配してるんだぞ」
407 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/30(金) 18:16:45.62 ID:1r0Rv1RGo

「……」

「手を見せてみろ」

 播磨は一瞬で距離を詰め、さやかの手首を握る。

 そして、彼女の指を見た。

 彼は夕方、まどかから聞いていた。

 魔法少女になると、その証としてソウルジェムと呼ばれる宝石を手に入れるらしい。

 そしてそのソウルジェムは、普段は指輪などの形に変化していると。

「……痛い」

 さやかの右手には、確かに指輪らしきものがあった。

「美樹、お前ェやっぱり」

「放して」

「上条の手を治すために契約したのはお前ェなんだな」

「放してって、言ってるでしょう」

 さやかはそう言って腕を振り払おう。

 どんなに力の強い女性でも、播磨の力に対抗するのは難しい。

 だが、

「な?」

 一瞬、彼は自分の身体が、まるで綿のようにふわりと浮きあがったように感じた。

 そして目の前には厚い雲に覆われた真っ暗な夜空。

 自分の身体が本当に宙に浮いているのだと認識するまでに、ほんの数秒かかった。

 そして、

「ぐわ!」

 180センチの身体が公園の石畳の上に叩き付けられた。

 何とか受け身をとって頭部への衝撃は防いだものの、それでも鋭い痛みが全身を襲う。
408 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/30(金) 18:17:29.63 ID:1r0Rv1RGo

 起き上がってみると、右手に血が滲んでいた。

「は、播磨さん! 大丈夫ですか」

 そう言いながらさやかが駆け寄ってくる。

 そこではじめて彼は、さやかによって投げ飛ばされたのだということがわかった。

 しかし、女子中学生に投げられる。それも、柔道や合気道などの技ではなく、腕の力だけで。

「大変、血が!」

 さやかは、播磨の血を見て焦っているようだ。

「こんなの、大したことじゃねェ。唾付けときゃ治る」

 喧嘩に明け暮れていたころは、流血沙汰など日常茶飯事だったため、出血には慣れている。

「ごめんなさい、私のせいで」

 そういうと、さやかは両手で播磨の右手を握る。

「おい、何を」

「じっとしてて」

 そう言うとさやかは精神を集中する。すると同時に、彼女の両手から青白い光があふれてきた。

(どんな手品だ)

 彼は一瞬そう思う。だがそれは手品などではなかった。

「終わり」

 さやかがそう言うと同時に光が消え、そして彼女は手を放す。

「な?」

 見ると、播磨の右手から滲んでいた血は、きれいになくなっており、傷痕すら見えなくなっていた。

「この程度のけがなら」

 さやかは立ち上がりながら言った。

「美樹……」

 播磨を投げ飛ばすほどの力。そして奇妙な青い光と、それに伴う治癒。

 間違いなく、それは常識では考えられない現象であった。

「ごめんなさい。もう、後戻りはできないから」

 そう言うと、さやかはその場から走り去る。

「おい! 待てよ」

 播磨は彼女を追いかけようと走り出す。

 短距離走なら多少の自信はあった彼だったが、さやかの姿はすぐに、闇の中へ溶けていった。



   つづく

409 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/30(金) 18:18:23.64 ID:1r0Rv1RGo
「いらっしゃいませ」が「エアロスミス」に聞こえるコンビニの店員というのを
やってみたいんですが、上手くできませんでした。

あれはすごいね。

それではもう一話いきます。
410 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/30(金) 18:19:36.99 ID:1r0Rv1RGo

 星の見えない夜。

 すっかり暗くなった道を、ほむらは歩いていた。

 夜遅くに出歩いているのは、学習塾に通っているためである。

 長い入院生活で学習の進みが遅れていたため、周りに追いつくためにも彼女は
塾に通って勉強をしていたのだ。

(なんだか怖いな)

 その日のほむらは、塾を出たあたりからなんとなく嫌な予感を感じていた。

 といっても、家に帰らないわけにはいかないので、勇気を出して歩き出す。

 繁華街の少し明るい道を抜けると暗がりになる。

 落ち着こう、と自分に言い聞かせるものの、自然と早足で歩いてしまう。

 外灯の光に照らされた薄暗い道を歩いていると、急に目の前が真暗になってしまう。

「きゃっ」

 いきなりのことで思わず声を出してしまうほむら。

 そして次の瞬間、そこは先ほどまで自分が歩いていた道ではなくなっていた。

「この場所、見たことがある……」

 転校初日、わけのわからない動物や虫が自分に襲いかかろうとした場所。

 どちらが右でどちらが左なのか、立っているのか寝ているのか。

 あらゆる方向感覚が狂ってしまうような場所に、彼女は再び足を踏み入れていた。

「こんな場所にいたら」

 ほむらは震える両脚に活を入れるように歩き出す。

 本当は走って逃げたかったのだが、恐怖と足場の悪さと体力の無さを考慮して歩き出したのだ。

 まだ、周囲の奇妙などもはこちらの様子を伺っている。

(とにかく、早く逃げないと)

 そう思い、再び周囲を見回し、どこかに逃げられる場所がないか探すほむら。

 その時、彼女の目に一筋の光が見えた。

(もしかして、あそこ)

 出口かもしれない。そう思った彼女はその光に向かって歩き出す。

 しかし、

 一瞬で光は消える。
411 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/30(金) 18:20:04.19 ID:1r0Rv1RGo

「え?」

 光そのものが無くなったわけではない。

 光と彼女との間に何かが現れたのだ。

 ほむらはゆっくりと見上げると、そこには巨大な熊のような生物がいた。

 しかもその顔は熊よりもはるかに恐ろしい。

「きゃああ!」

「グオオオオオオオオオ!!」

 目の前の化け物が吠える。

 ほむらは目をつぶり、両手で頭を押さえその場に座り込んでしまう。

(もう、ダメ……。今度こそ、ダメだ)

 以前は奇跡的に助かったけれども、今回は助からないだろう。

 そんな諦めにも近い確信が彼女の心を支配する。

「助けて……」

 蚊の鳴くような声でほむらは言った。

(播磨さん……)

 そして、その男の名前は心の中で。


 一瞬の光――


「へ?」

 来るはずだった衝撃はこない。

 そして彼女は、恐る恐る目を開ける。

 そこには、マントをたなびかせた青い服の少女が立っていた。

「あなたは……」

「白馬に乗った王子様だと思った? 残念、さやかちゃんでした」

 ショートカットの少女。

 それは間違いなく、クラスメイトの美樹さやかであった。

412 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/30(金) 18:20:33.16 ID:1r0Rv1RGo







   魔法少女とハリマ☆ハリオ

     #17 赤い少女





413 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/30(金) 18:21:39.27 ID:1r0Rv1RGo


 ほむらが化け物と遭遇していたころ、それを知らぬ播磨はいつもの総合病院で
深夜の清掃アルバイトをしていた。

 そこではすでに、上条恭介の右手が治った“奇跡”は話題になっていたようだ。

 顔見知りの看護師や入院患者、それにバイト仲間などがしきりにその話をしていた。

 新興宗教の本拠地も多くあり、オカルトな迷信が広く信じられているこの見滝原の街で、
その手の噂が広まるのは時間の問題であった。

 しかもここは、その噂の根源となった病院である。

「播磨くんも聞いた?」バイトのおばちゃんが嬉しそうに話しかけてくる。

「ええ、まあ」

「不思議よねえー」

「……」

 もともと話好きというわけではないけれども、そういった話題を意識的に避けていた彼は
仕事が終わるとそそくさと家に帰るのだった。

 星のない夜。

 そういえば、巴マミと初めて出会った日もこんな星の無い夜だったな、と播磨は思い出す。

 あの日は確か、バックヤードで荷物の搬入するバイトをやっていたのだ。

 パッと、何かが光る。

「そうそう、こんな風に変な光が光ってって、え……?」

 播磨は立ち止まり、光が見えた方向を見据える。

(まさか……)

 見覚えのある状況に彼は歩みを早める。
414 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/30(金) 18:22:06.42 ID:1r0Rv1RGo

 そして、

 一人の少女が見えた。

「赤い、服?」

 まぶしい光の中で、丈の長い赤いふくを着た少女が播磨の目に飛び込んでくる。

「誰だ」

 若干気の強そうな少女の声が響いた。

「ん?」

 次の瞬間、播磨の目の前にいたのはパーカーにショートパンツ、そして赤みがかった
長い髪の毛を後ろで束ねた少女の姿であった。

 年齢は、身体の成長具合から見て中学生くらいだろうか。

「アンタ、“何者”だ?」

 ポニーテールの少女は、播磨を見据えてそう言った。

「以前にも似たようなことを言われたことがあったな」

「あん?」


 
   *
415 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/30(金) 18:23:04.32 ID:1r0Rv1RGo



「食うか」

「おお、気が利くねえ」

 近くの公園のベンチ。

 ポニーテールの少女は播磨から紙袋に入った焼きまんじゅうを受け取る。

「どうしてアタシを見て魔法少女ってわかったんだ?」

 焼きまんじゅうを食べながら少女は聞いてきた。

「以前にも似たようなやつと会ったことがあったからさ」

「へえ、そいつは確か、巴マミとか言わなかった?」

「知ってんのか」

「まあな。厄介なやつだったけどさ」

「厄介?」

「ちょっとしたヒーロー気取りの女さ。まあ、魔法少女だからヒーローじゃなくて
ヒロインなんだろうけど。はむっ」

「ヒロインね……」

「これ、ウメーな」

「俺のも食うか」

「え? いいのか。へへ」

 少女は特に遠慮するようなそぶりも見せず、播磨からもう一つの焼きまんじゅうを受け取った。

「それで、その魔法少女がこの街に何の用だ? 今までずっといたってわけじゃないだろう」

「ああ。遠くの街にいた」

「それなら、どうしてここに」

「どうしてって……」
416 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/30(金) 18:23:41.32 ID:1r0Rv1RGo

 少女はふと空中を見つめる。何かを考えているようにも見えた。

「マミのやつがくたばったって聞いたからさ」

「くたばった……」

「死んだんだろう? アイツ」

「ああ……」

「だからさ、こっちに戻ってきたわけ」

「戻ってきた?」

「ま、アタシも以前はこの街に住んでたことがあったからな」

「そうなのか」

「ここはいい“狩場”だからな」

「狩場……?」

「魔女がたくさんいるってことさ。アタシたち魔法少女は魔女を狩らないと生きていけないからね」

「魔女か」

「オッサン、魔女は見たことないのか?」

「オッサン言うな。俺はこれでも高校生だ」

「嘘だあ。ひげを生やした高校生がいるかよ」

「別にいてもおかしくねェだろう」

「しかし、話を戻すけど、アンタ魔女を見たことないって本当なのかよ」

「まあ、そうだな。どんな形をしてるんだ。やっぱホウキに乗って空を飛んでるのか?」

「ハハハ、そんなメルヘンチックな魔女もいたら面白いよな。でも実際は違うぜ」
417 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/30(金) 18:25:27.03 ID:1r0Rv1RGo

「違う?」

「ああ。ふつうの人間は、あいつらを見たら嫌悪感を示すだろうな。なんたって、
人間の醜い部分の象徴みたいなもんだからな」

「……想像もつかんな」

「さてと」

 いつの間にか焼きまんじゅうを食べ終えた少女は勢いよくベンチから立ち上がる。

「どうした」

「さっさと狩りに戻らなきゃな」

「……いくのか」

「ああ。焼きまんじゅう、ウマかったぜ」

「どうってことねェよ。情報料だ」

「そうか。そう考えると、ちょっと安いくらいだったかな」

「残念だが俺はあんま金もってねェぞ」

「金なんていらないよ。それより」

「ん?」

「この街には、アタシのほかにもう一人魔法少女がいるらしいじゃないか」

「……」

 播磨の脳裏に美樹さやかの姿を浮かび上がる。

「ああ、ちょっと邪魔くせえな」と、少女は吐き捨てるように言う。

「なに?」

「ま、少しばかり現実ってものを教えてあげようかと思って。先輩の務めよ」

「何するつもりだ」

「関係ないだろう、あんたには。ま、せいぜい魔女には気をつけな。といっても、
一度“唾”つけられたら戻りようがないけどさ」
418 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/30(金) 18:26:02.70 ID:1r0Rv1RGo

「おい、ちょっと待て」

「なんだ? アタシは忙しいんだよ」

「名前、教えてくれねェか」

「名前? アタシのか」

「ああ」

「アタシは佐倉杏子」

「サクラキョウコ」

「佐倉のサは佐世保市の佐、クラは倉敷市の倉、キョウコは、杏子(あんず)と書いてキョウコと読む」

「なるほど」

「アンタの名前も教えてよ」

「俺は、播磨だ。字は――」

「ああ、わかった。ハリマだな」

「おい」

「そんじゃ。また機会があったらなんかおごってくれよ」

「ちょっと待て」

 それ以上は播磨が呼び止めるのも聞かず、杏子はどこかへと消えて行った。

 人間の動きとは思えないほどの素早さ。

(やはり、魔法少女というのは本当だったのかもしれねェな)
419 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/30(金) 18:27:05.93 ID:1r0Rv1RGo

 そう思いつつ、彼は携帯電話を取り出し、電話をかけた。

 右耳から呼び出し音が鳴り、二回鳴ったところで低い声が耳に入ってくる。

『はい』

「霧島さんですか。播磨っす」

 播磨がかけたのは、見滝原署に勤務する霧島刑事の携帯電話であった。

『なんだキミか。どうした』

 遅い時間にも関わらず霧島の声は落ち着いていた。家でのんびりしていた、
という声ではない。おそらく警察署内で電話を受けているのだろう。

「実は調べてほしいことがあるんです。失礼なのは承知で」

『事件に関係のあることかい?』

「はい。警察の方でないと難しいかもしれないっすから。決して無理にとは言いませんが」

『それで、調べてほしいものとは』

「実は、佐倉杏子という少女についてです。年は十四歳くらい」

『もう一度頼む』

「サクラ、キョウコ。この街に住んでいたことがある人間だと聞きました」

『字はわかるか』

 播磨は、先ほど杏子が自己紹介したときと同じように、彼女の漢字を霧島に伝えた。

『わかった。一応調べてみよう』

「ありがとうございます」

 播磨は電話を切り、空を眺めた。

「もっと色々聞いときゃよかった……」

 厚い雲に覆われた暗い夜空からは、いまだに光が見えない。



   つづく
 
420 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/30(金) 18:30:58.16 ID:1r0Rv1RGo
#18プロローグ


 その日もさやかは、まどかたちを避けるようにして一人で学校に来ていた。

「おはよう、さやかちゃん」

「ああ、おはよう」

 気遣うように挨拶をしてくるまどか。

 今、彼女の優しさが正直痛いとさやかは感じていた。

「あの、さやかさん?」

 同様に遠慮がちに話しかけてきたのは、まどかと同じ友人の志筑仁美だった。

「おはよう、仁美。何か用?」

「少しお話がありますの。お昼休み、よろしいですか?」

 声は遠慮がちであったけれど、彼女の目には強い意志のようなものが感じられた。

「うん……、いいよ」

 話の内容は、もう何となくわかっていたけれど、いざその現実が自分に迫ってきていると
思ったら怖くなってきた。




   *



 授業中、播磨はノートの片隅に知り合いの名前を書いていた。

(美樹さやかは上条恭介のことが好きなんだな)

 そう思い「美樹さやか」と書き込む。

 そして矢印を書いて、その先に「上条恭介」という名前を書いた。

(しかし、美樹の友人の志筑仁美も上条のことが好き)

 続いて「志筑仁美」という名前を書く。

 いわゆる三角関係というやつだが、肝心の上条恭介は、話を聞く限り志筑仁美のほうに興味を
持っているようだ。

 美樹さやか→上条恭介→←志筑仁美

 つまり、美樹さやかの気持ちは一方通行ということになる。

(わざわざ魔法少女になってまで、上条の怪我を治してやって、いったいどうなるってんだ)

 播磨は頭をかく。

(道理を捻じ曲げてまで叶えた願いに、何があるんだよ)

 播磨には、大きく世界がゆがんでいくように思えた。
421 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/30(金) 18:31:31.35 ID:1r0Rv1RGo





   魔法少女とハリマ☆ハリオ

      ♯18 信 用




422 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/30(金) 18:32:34.82 ID:1r0Rv1RGo


 昼休みの屋上。

 さやかの友人、志筑仁美は彼女の前ではっきりと宣言した。

「さやかさん。はっきり申し上げます。わたくし、上条恭介さんのことを前から好きでした」

「仁美……」

「ですから、明後日告白しようと思います」

「……うん」

 転校生の暁美ほむらほどではないけれど、さやかはこれまでやや控えめな性格だと
思っていた仁美がこうも強く自己主張することに戸惑いを隠せなかった。

「あなたが上条さんをお慕いしているのは知っていました。そして、わたくしはあなたのことを
親友だと思っています。ですから、こうして告白する前にあなたに伝えておこうと思います」

「……」

「それが、最低限の“仁義”だと思いましたので」

「ジンギ?」

 上品な仁美には似合わない言葉づかいに、やや戸惑うさやか。

 けれども、仁美自身はそのことを気にしていないようだ。

「あの、大丈夫ですかさやかさん」

「ああいや……、突然のことで驚いただけだよ。ハハ……」

 さやかもそこまで鈍い少女でもないので、仁美が恭介に好意を持っていることは知っていた。

 ただ、自分のほうが幼馴染で彼のことをよく知ってるし、よく話もしているので、
恋愛における優位は変わらないと思っていた。

 いや、思い込もうとしていたのかもしれない。




   *
423 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/30(金) 18:34:07.95 ID:1r0Rv1RGo

 仁美と別れてから、彼女は午後の授業にも出ず屋上の階段室のさらに上に上って空を眺めていた。

「恭介……」

 何もない空中うに手を伸ばす。

 演奏するための手が動かなくなり、ショックを受ける幼馴染。

 しばらくは茫然としていて何と声をかけたらいいのかもわからなかった。

(恭介はあたしが守らないと)

 さやかはそんな幼馴染の姿を見てそう思う。

 しかし、時間が経過するにつれて、恭介は自分の置かれた状況を冷静に見るようになっていく。

 理由はよくわからないけれど、子供のように泣きじゃくっていた少年は、いつの間にか大人になっていた。

 それから数日後、さやかが彼の見舞いに行くと、そこには親友の志筑仁美がいたのだ。

 自分の怪我について話をする恭介。 

 彼女は、そんな恭介の話を聞き、そして励ます。

 廊下で聞いていただけなので、細かい表情などはわからなかったけれども、あんなふうに楽しそうに
異性と話をする上条恭介の声を聞くのは、さやかにとって初めての経験だった。

 そして美樹さやかは、一度は思いとどまったキュゥベェとの契約を実行する。

 願い事は、「上条恭介の動かなくなった手を治すこと」だ。

 そして願いはかなえられ、さやかは魔法少女として魔女と戦う運命を受け入れることになる。

「あたし、バカみたい……」

 誰もいない空に向かい、さやかは一言つぶやいた。



   *

424 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/30(金) 18:34:44.92 ID:1r0Rv1RGo


 相手の信頼を得るためにはどうすればいいのか。

 それは播磨にとっては難しいテーマだ。

 考えるよりも先に体が動き、話し合うよりも先に拳が飛び交う生活をしていた彼にとって、
そういう心と心が生で向かい合うような状況は苦手である。

 だが、今回はそうもいかない。

 まさか女子中学生と殴り合いをするわけにもいかないからだ。

 というわけで、彼は一人の大人に相談してみることにした。

 この街にいる数少ない知り合いであり、人との付き合いに優れているであろうと思われる人物。

「はあい、拳児くん」

「ども」

 赤い顔をした詢子がカウンター席で手招きする。

 仕事帰りのようで、スーツ姿だ。

 家で見る彼女とはまた違う雰囲気を持っている。

 駅近くの寿司屋。

 播磨一人ではまず入ることはないであろうその店が、詢子の指定した店であった。

「ここは私の行きつけなのよ。ねえ、大将」

 グラスにビールを注ぎながら詢子は言った。

「へい、詢子さんいはいつも世話になってます」

 ややアゴのでかいその寿司屋の店主はそう言ってさわやかな笑顔を見せる。

「はやく座って」

「はい」

 播磨が座ると、店の店主は素早くあがり(お茶のこと)と温かいおしぼりを出してくれた。

「どうぞ、兄さん」

「恐れ入ります」
425 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/30(金) 18:35:23.73 ID:1r0Rv1RGo

 おしぼりで手を拭きながら播磨は礼を言う。

「詢子さん、会社の若い衆ですか?」と、店主。

「違うわよ」

「でしたら親戚とか?」

「正解は、私の義理の息子」

「ぶっ!」

 思わずお茶を吹き出しそうになるのを我慢する播磨。そして、口のまわりの茶をふき取った。

「大丈夫かい、兄さん。ほれ、おしぼりもうひとつ」

「あ、ありがとうっす」

 顔に似合わず気遣いのできる店主に礼を言い、播磨は新しいおしぼりで口のまわりをもう一度拭く。

「へえ、でもまどかちゃんまだ中学生でしょう?」と、店主は言った。

「あの子も結構気に入ってるみたいだからさ」

「……」

 播磨は二人の会話には、特に何も言わないことにする。また吹き出してしまいそうだったから。

「いやあ、最近の中学生は進んでるねえ。でも、こんだけ立派な男なら、安心だね」

「そうなの。あたしの旦那にほしいくらい」

「へえ、親子で男の取り合いなんて」

「あら、あたしはまだまだ現役よ」

「いやあ、こりゃ参った」

「……もう勘弁してください」

 店主と詢子の会話についていけない播磨は、たまらず言った。
426 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/30(金) 18:36:46.64 ID:1r0Rv1RGo

「ふふ、ちょっとからかっただけだよ」

 そう言って詢子はグラスの中のビールを飲み干す。

「で、相談したいことってなんだい?」

「実は人との付き合いについてなんっすけど」

「付き合い?」

「その、相性が悪い人とかいるじゃないっすか。まあ、人によってはすぐに仲良くなれる
やつもいると思うんっすけど」

「まどかとあなたみたいに?」

「あ、いや……」

「ふふ、冗談よ。それで」

「詢子さんなら、仕事でいろんな人と付き合ってると思うんですけど、中にはこの人とは
合わないなって、いう人もいると思うんですけど」

「そうね」

「でも、仕事だったら、そういう人とも付き合わなきゃならないわけじゃないっすか。
そんなとき、どういう接しているのかなと思って」

「どう接する、というのは?」

「仕事には生活がかかっているわけだから、信用がないとダメなわけでしょう? 
その仲の悪い人相手でも、信用されるにはどうしたらいいのかと思って」

「そういうのは、私じゃなくて詐欺師の人とかに聞いたらどう? あいつらは人に信用されるのが
仕事みたいなものだし」

「え? 詐欺師の人はちょっと。聞きに行ったらそのまま騙されそうで」

「フフ、冗談だよ。そうだね、確かに仕事上では嫌な奴と付き合わないといけないこともあるよ。

でもね、拳児くん」

「はい」
427 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/30(金) 18:37:59.72 ID:1r0Rv1RGo

「わりと、付き合ってみるとその人の良さが見えることもあるのよ」

「その人の良さ……」

「そうよ。人と人との信頼関係っていうのは、相手のことを誤解していたり、
何を考えているのかわからなかったりしたら、そこで崩れていってしまうものなの。
でも、相手のことをよく知っていれば、安易に恨んだりはしないものよ」

「……そうですか」

「別に人に限ったことでもないわ。たとえば勉強だと、苦手だなとか難しそうだなと思った分野でも、
実際に調べてみると結構面白いと感じてみたり」

「勉強のほうがちょっと」

「それは自分で調べようとしないからよ」

「自分で?」

「そう、人から与えられたものを食べたって仕方ないわ。自分で掴み取るからこと尊いのよ、
拳児くん」

 そう言って詢子は、ネタのトロを一口で食べた。

「うん、おいしい。拳児くんも食べたら」

「あ、はい」

 詢子に言われ、播磨も目の前にある寿司を食べる。

 確かにうまい。月並みな表現だが、「舌の上でとろける」という感覚を初めて感じた。
それでいて、しっかりと口の中にうまみが残っており、寿司飯と一緒に何とも言えない
至福感が全身を走る。

「こんな美味い寿司、初めて食ったかも」

「当たり前だよ。だってここは、私のお気に入りの店だからね」

「……」

「ただ単に美味いだけじゃないよ。ここの大将は私の好みをよく知っていてくれるからね。
ちょっと大げさだけど、“私だけの味”を提供してくれるのさ」

「……はあ」
428 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/30(金) 18:39:15.80 ID:1r0Rv1RGo

 確かにすごいが、値段のほうも高くなるんだろうなと思う播磨であった。

「話を戻そうか」

「そうっすね」

「いいかい拳児くん。信頼ってのは相互作用なんだ。自分のことを疑っている相手を信じようと思う?」

「いや、それは」

「相手が疑うならこっちも疑う。不信は不信を呼び、人と人との関係は崩れていく。
でも、相手を信用すれば、相手もこちらを信用する。信用するというのは、片方だけの問題ではなく、
相手がいてはじめて成り立つものなんだ」

「難しいっす」

「拳児くんには少し難しいかもね。でも、そうやって築かれた信用は大きな力を呼ぶわ。
もちろん、裏切られてしまうこともあるけど」

「裏切りですか」

「ええ、それも仕事のリスクよ。信用した相手が裏切る。決して少ない話ではないわ」

「それじゃあ、裏切りが怖くなったりしないんですか」

「確かに。でもね、拳児くん。裏切られることを恐れていても、私たちの社会は信用なしではやって
いけないの。リスクをとるからリターンを得る。これがビジネス。リスクもなしに、
お金を稼ぐことはできないのよ」

 播磨もアルバイトをしているので、お金を稼ぐことの大変さはわかっているつもりであった。

 しかしそれは、単純な労働による成果であって、自分の持っている時間を売っただけである。

 その点詢子は違う。

 もっと経営的な立場から物事を語っている。

 もちろん、播磨が相談したかったことは商売のことではない。
429 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/30(金) 18:40:22.08 ID:1r0Rv1RGo

 ただ、彼女の話から少しだけ見えてきたような気がした。

 リスクをとるからリターンが得られる。それがビジネスの鉄則。

 人を信用することは、裏切られるリスクを背負うことになる。

 けれども、そこから得られるリターンも大きい、と彼女は言いたいのだろう。

「今日は、ありがとうございます」

 そう言って播磨は深く頭を下げる。

「何か見つけたみたいだね。でも、こんな酔っ払いの戯言を本気にしちゃダメだよ」

「いえ、全然そんなことは」

「さて、拳児くん」

「はい」

「こっからが本題なんだけど」

「え?」

「まどかとは、どこまで行っているんだい?」

「いや、ちょっと!」

 ケタケタと、詢子の子供のような笑い声が、店中に響いた。



   つづく
430 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/30(金) 18:41:20.79 ID:1r0Rv1RGo
大分消化したつもりだけど、まだ終わらねえ。

また続きます。
431 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/30(金) 18:42:18.75 ID:1r0Rv1RGo

 ちなみに今書いてる作品については、何もお答えできません。

 ヒントもありません。



 じゃあ、俺生徒会行くね。
432 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) :2011/12/30(金) 19:05:17.07 ID:UDLPfpjR0
結局マミさんの行動の真意は明かされるのか?
もしかして、このまま謎のまま?
433 :SS速報でコミケ本が出るよ[BBS規制解除垢配布等々](本日土曜東R24b) [sage]:2011/12/31(土) 06:20:29.70 ID:nORLK8mAO
極上生徒会か生徒会役員共とみた
434 :SS速報でコミケ本が出るよ[BBS規制解除垢配布等々](本日土曜東R24b) [sage]:2011/12/31(土) 07:07:03.83 ID:0sdPJsSqo
一存をよろしく
435 :SS速報でコミケ本が出るよ[BBS規制解除垢配布等々](本日土曜東R24b) [sage]:2011/12/31(土) 08:39:13.15 ID:HnlJpERxo
しーすーまいうー
436 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/31(土) 16:38:25.92 ID:f3g4B3n7o
今日は大晦日ですね。

ちょっと早いですが、今年最後の投下といきましょう。
437 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/31(土) 16:39:17.79 ID:f3g4B3n7o

「本当に行くの?」

 不安そうな顔で和子が聞いてくる。

「ああ、もうきめた。俺もついていく」

「でもなんで拳児くんが。バレたら私クビになっちゃうかも」

 珍しくスーツを着込んだ和子は、口紅をつけたりしながら弱音を吐いた。

「そん時ゃ、詢子さんい雇ってもらいやいいだろうが」

「んもう、他人事だと思って」

「おい、いつまで洗面所使ってんだよ。早く使わせろ」

「まったく、女の子は準備が色々大変なのよ」

「何が“女の子”だ……」

「なんか言った?」

「イエ、ナンデモアリマセンヨ」

 播磨は棒読みでごまかす。

「そう、洗面所空いたわよ」

「おう」

 播磨はここしばらく伸ばしていた髭をすっぱりと剃り落し、トレードマークのサングラスと
カチューシャも外し、服装も普段の学ランではなくスーツ姿になっていた。

 ちなみにスーツは鹿目まどかの父、和久から借りたものだ。

 裏地には、「K.Kaname」というネームが入っている。

 これを借りるとき詢子は「拳児くんだったら、そのまま使えるじゃない」と言って笑っていた
けれども、播磨にはなぜ詢子が笑っているのか、その時は意味がわからなかった。

「あら、拳児くん。似合ってるよ。そっちのほうがいい男なのに」

 洗面所の鏡に、和子の顔が写っているのが見えた。

「うるせえ。行くぞ和子」

「待ってよ拳児くん。女の子は準備が色々」

「ああ、もういいから、早く」
438 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/31(土) 16:39:50.34 ID:f3g4B3n7o




   魔法少女とハリマ☆ハリオ

      #19 親 子




439 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/31(土) 16:40:35.14 ID:f3g4B3n7o


 播磨と和子の向かった先は、見滝原の中心街にあるオフィスビルの一つ。

 ここに目的の人物がいる。

「美樹さん、お客さんですよ」

 ワイシャツ姿の男性が名前を呼ぶ。

「ああ、失礼します」

 すると、スーツ姿の女性が現れる。少しくたびれた感じのその服装は、
彼女の疲労感を表しているようにも思えた。

「美樹さやかの母です」

 娘と違い、やや長めの髪の母親はそう言って名前を告げる。
目元などはさやかにそっくりだが、身にまとう雰囲気は何か違うな、
と播磨は感じた。

「お久しぶりです。担任の早乙女です」

 和子はよそ行きの声であいさつをする。

「そちらの方は」

 さやかの母は冷たい目をこちらに向ける。

「こちらは副担任の田中先生です」

 と、とっさに嘘をつく。

「田中先生は女の先生と伺っておりましたが」

「え?」

「名字は同じなんですよ。自分は田中ケンジといいます」

 慌てる和子に対し、播磨が助け船を出す。

「そ、そうなんです。あっちの田中先生はいろいろ用がありまして」

(お前ェは余計なことを言うな……!)

 播磨はボロが出ないかヒヤヒヤしながら和子の隣に座った。

 播磨は和子と同じ中学校の教師になりすまして、美樹さやかの母親の様子を見に来たのだ。
440 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/31(土) 16:41:17.78 ID:f3g4B3n7o

 当然、こんなことがバレたら問題になるのだけれど、何とか彼女を説き伏せて
一緒に行くことができた。

「それで、今日はどんな御用で」

 さやかの母親は相変わらず冷たい瞳でこちらを見つめている。

「わざわざ職場まで訪ねてきてもらって申し訳ありませんが、
月末で仕事がたまっているので、手短にお願いいたします」

「え、……はい」

 彼女の無機質な言葉に、和子はうなずくしかないようだ。

 その後、和子は美樹さやかの学校生活や成績などについて色々と話をしていたけれど、
さやかの母親は聞いているのか聞いていないのかよくわからない態度で、正対している。

「それとあの、美樹さんが最近夜中に出歩いていると聞いておりまして」

「誰から聞いたんですか?」

「あの、クラスの子からです」

「そうですか」

「それで――」

「学校のほうで、そういうことは止めるよう言ってもらえますか」

「ですが……」

「お願いします。こちらも仕事が忙しくて、あまりあの子と話をする機会もありませんので」

「え、はい。でも、一度ご家族でゆっくり話されたほうが」

「はい、考えておきます」

「……」

 和子とさやかの母親との会話を、播磨は黙って聞いていた。

「では、これで。わざわざ会社までご足労いただきましてありがとうございます」
441 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/31(土) 16:41:54.20 ID:f3g4B3n7o

 そう言って一礼する彼女。

 この時、今までずっと黙っていた播磨が口を開いた。

「あの」

「なんでしょう」

 職場に戻ろうとするさやかの母親は、振り返る。

「仕事、楽しいですか」

 播磨はふとそんなことを聞いてみる。

(拳児くん?)

 小声で和子が呼びかける。何のつもりなの? とでも言いたそうな顔だ。

「……ええ。まあ」

 播磨の問いかけに対し、消え入りそうな声で、彼女は言った。

「そうですか」

 母親の表情をじっと観察した播磨は、そう言って彼女の職場を後にする。




   *   
442 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/31(土) 16:42:41.74 ID:f3g4B3n7o


 帰り際、和子は独り言のように語る。

「あまり生徒の家庭のことは言ってはいけないのだけれど、美樹さんのご両親は
離婚されて、今は彼女のお母さんが一人であの子を育てているの」

「母親はさやかのことをどう思ってるんだろうな」

「わからないわ。だって、家族の形は様々だから。

皆が皆、まどかちゃんの家みたいに幸せとは限らないの」

 播磨には子供がいない。

 だが親が子供のことを愛するのは当たり前だと思っていたので、
ああいう親子の関係はイマイチ理解できなかった。

(そういやあ、マミの両親は死んでいたんだよな)

 ふと、巴マミのことを思い出す。

(あいつも、一人なのか……?)

 そんなことを考えてみた。




   *
443 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/31(土) 16:43:12.08 ID:f3g4B3n7o

 その日の夜。土曜日だというのに、相変わらず彼女の母親は帰ってこない。

 どうせ男の家にでも行っているのだろう。

 隠しているつもりでも、娘の彼女にはそれがわかる。

「そろそろ出るかな」

 食べかけの惣菜弁当を残し、彼女はマンションを出る。

「さやかちゃん」

 ふと、聞き覚えのある声がした。

「まどか……」

 同級生の鹿目まどかである。

「どうしたの、こんな夜遅く」

「さやかちゃん、本当に魔女を狩りに行くの?」

「そうだよ。魔女を狩らないと生きていけないからね」

「それじゃあ、私も一緒に行くよ」

「え? 危ないよ」

「さやかちゃんが一人で行くほうが危ないって。何かあっても助けが呼べないし」

「……」

 一人で戦うことの怖さは、さやかも十分承知している。

 自分の目の前で、先輩の魔法少女が殺されたのだから。

「わかった。でも、危なくなったらすぐに逃げるんだよ」

「うん」

「でも、家の人とかは大丈夫?」

「ティヒヒ、抜けてきちゃった」

「……」

 なるべく早く終わらそう。さやかはそう思った。




   *
444 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/31(土) 16:43:42.47 ID:f3g4B3n7o


 さやかとまどかが魔女狩りに出かけてからしばらく経ったとき、

 播磨が部屋でくつろいでいると、彼の携帯に霧島刑事から電話がかかってくる。

「はい」

『播磨くんか、霧島だ』

「どうも。先日は失礼しました」

『いや、いいんだ。前に言ってた佐倉杏子の件だが』

「え、もう調べてくれたんっすか」

『ああ。警察の資料を調べていたら、その名前が見つかった』

「それで、何者なんです? 今、どうしているかわかりますか」

『ああ、結論から先に言おう。佐倉杏子は死んでいる』

「え?」

『だから、死亡していることになっているんだよ。六年前に』

「六年前……?」




   *
445 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/31(土) 16:45:15.39 ID:f3g4B3n7o

 同時刻、見滝原市街地。
 
「やっと会えたね」

「あなた、誰?」

 さやかとまどかの目の前に、赤く長い髪を後ろで束ねたパーカー姿の少女が
彼女たちの前に立ちはだかる。

「おやおや、“先輩”に向かってその口のきき方はないんじゃない?」

「先輩? 同じ中学の人ですか?」

「学校なんて行ってねえよ。そうじゃなくて」

 そういうと、少女は手のひらの上に赤い宝石を出して見せる。

「ソウルジェム……」さやかはつぶやいた。

「そう、アタシはアンタの先輩ってことさ」

「新人には色々と教えておかなくちゃならないことがあるからね。
どうせあの白い生物は肝心なことは何も言っていないだろうから」

「教えておくこと?」

「さやかちゃん……」まどかが不安そうに寄り添う。

「まどか、ちょっと下がっていて。何か嫌な予感がする」

「う、うん」

 そう言われ、まどかはさやかから離れる。

「ほう、いい判断だ」

 赤髪の少女はそう言って目を細める。

「それで、何を教えてくれるの?」

「とりあえず、“魔法少女の現実”ってやつかな」

「え?」

 一瞬の出来事。

 赤い髪の少女はいつの間にか手に長い槍を持つと、

それをさやかの胸に突き刺した。

「かはっ……!」

 その槍は身体を突き抜けるほど、深く深く突き刺さっている。




   つづく
446 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2011/12/31(土) 16:47:01.79 ID:f3g4B3n7o
眠い!

物語も終盤に差し掛かってまいりましたが、みなさんいかがお過ごしでしょうか。

筆者は今日も次作を書いてました。詳細については来年。


では、良いお年を。
447 :SS速報でコミケ本が出るよ[BBS規制解除垢配布等々](本日土曜東R24b) [sage]:2011/12/31(土) 17:51:12.65 ID:7bigDXx6o
よいお年をォオオオオオ!!!!
448 :SS速報でコミケ本が出るよ[BBS規制解除垢配布等々](本日土曜東R24b) [sage]:2011/12/31(土) 18:45:51.42 ID:WUgYQLQeo


良いお年を
449 :SS速報でコミケ本が出るよ[BBS規制解除垢配布等々](本日土曜東R24b) [sage]:2011/12/31(土) 19:17:01.39 ID:S4/Q0mJAO
乙ゥ
よいお年をー
450 :SS速報でコミケ本が出るよ[BBS規制解除垢配布等々](本日土曜東R24b) [sage]:2011/12/31(土) 19:38:07.72 ID:VFwXTKoAO
まさか大晦日にこんな良スレを見つけるとは思わなんだ

良いお年を
451 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/01(日) 18:26:01.86 ID:+2IXjtNko
あけましておめでとうございます! 

今年は初めての投下となります。

今年もハリマスレをよろしくお願い申し上げます。
452 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/01(日) 18:27:00.66 ID:+2IXjtNko

「それって、どういうことですか?」

 夜の部屋の中で播磨が受話器に向かって聞く。

『正確に言うと、佐倉杏子は六年前に死んだ少女の名前だ』

「……」

『俺がこの街に着任する以前の話なので、詳しいことはよくわからないのだが」

「はあ」

『六年前、この街にある新興宗教の教会の一つが火事で焼失した。

出火原因はよくわかっていないのだが、精神に異常をきたした

その教会の教祖が自ら火を放った、というのが有力な説だ』

「火事か……」

『焼け跡からその教会に住んでいたと見られる家族の遺体が見つかった』

「それが、佐倉杏子の家族と……」

『そういうこと。佐倉杏子はすでに死んでいる。彼女に一体何があるんだ?』

 しかし、播磨は霧島の質問に直接は答えなかった。

「……本当にそうなんですか?」

『どういうことだ?』
 、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、
「本当に佐倉杏子は死んだんですか?」

『ああ、資料では死亡が認定されている』

 霧島との電話での会話を終えた後、播磨はベッドの上に寝転がった。

 ぼんやりと天井を見つめ、少し考える。

(佐倉杏子は死んでいる)

 暗がりの中であった赤い髪の少女の顔を思い出す。

(じゃあ、俺が会ったあの少女は一体なんなんだ?)

453 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/01(日) 18:27:27.96 ID:+2IXjtNko






   魔法少女とハリマ☆ハリオ

     #20  家







454 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/01(日) 18:28:13.46 ID:+2IXjtNko


 赤髪の少女は、さやかの胸に突き刺さった槍を引き抜く。

「ガハッ」

 その反動でさやかは石畳の上に膝をついた。
 
「さやかちゃん」

「おっと、そこの小さいの。出てくるんじゃねえよ!」

 少女のその言葉に、まどかの動きが止まる。

「安心しな。そう簡単に死にはしねえよ。“アタシたち”はね」

「あたしたち……?」

 少女のその言葉にまどかははっと気が付く。

「アンタも知っているようだね。おっと、新人(ルーキー)。いつまでもうずくまってるんじゃないよ。
                 、、、、、、、、、
ちゃっちゃと気合入れなきゃ本当に死ぬよ」

「……ゴボッ。ゲホッ、ゲホッ」

 さやかの口から大量の赤黒い血が固まりとなって出てくる。

「さやかちゃん!」

 だが次の瞬間、

「え?」

 さやかの全身が青い光に包まれる。

「来たか」

 赤髪の少女は小さくつぶやく。

 さやかは、見滝原の制服姿から青を基調とした魔法少女の姿へと変身した。
455 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/01(日) 18:30:27.42 ID:+2IXjtNko

「はあ、はあ、はあ……」

 肩で息をしながらも、彼女はヨロヨロと立ち上がる。

「ほう、やはり回復力は高いね」 

「いきなりなんてことを……」

 胸のあたりを押さえながらさやかが言った。

「まだわからないか? アタシは魔法少女の現実を教えてやるって言ったんだ」

「お前も、魔法少女……」

「ああそうだ。なあアンタ。今、心臓を突き刺されたよな」

「ん……!」

「ふつう、心臓を突き刺されたら死ぬよな」

「……」
 
「だが生きている」

 いくら治癒がなされるといっても、心臓を突き刺されば普通即死だ。

「でも生きている。この意味がわかるか?」

「それは」

「まだわかんねえか? だったら今度はその使えねえ脳みそを突き刺してやろるぞ」

「なんでこんなことを」

「教えてやってるんだよ。むしろ親切だぞ。どうせあの白いのは肝心なことを
言わないんだからな」

「キュゥベェが?」

「一つ言っておくよ新人(ルーキー)」

「……」
456 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/01(日) 18:31:24.67 ID:+2IXjtNko

                         、、、、、、、、、、、、、、、
「アタシたしはもう、普通の人間じゃない。生きてなんていないんだ」

 赤い髪の少女の言葉に、さやかもまどかも言葉を失った。




   *



 翌日、播磨は市内の図書館で新聞の縮刷版を調べていた。

 学校の図書室では六年前の記事は探せないからだ。

「これか……」

 六年前の新聞に、見滝原市内で起こった火災の記事が掲載されていた。

[ 焼け跡から三人の遺体を発見、14歳になる娘一人が行方不明 ] 

「行方不明?」

 そして十四歳。

 中学二年生くらいの年齢。

(まどかと同じくらいか……)

 播磨の脳裡に、佐倉杏子と名乗る少女の姿がよみがえる。

 確か、中学生くらいの背格好をしていたな。

 しかし、そうなるとこの当時十四歳だから、今は二十歳ということになるのだが。

(くそっ、わからん)

 それ以上考えてもらちが明かないと思った彼は、別のものを調べることにする。
457 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/01(日) 18:31:55.69 ID:+2IXjtNko

 播磨はその後、図書館内にある情報端末から火災があった場所の位置を調べ、
それをメモ帳に書き入れた。

 ちょうど、場所を調べ終わったその時、

 不意に携帯電話が鳴る。

「なっ」

 周囲の人間が一斉にこちらを向く。

「ス、スンマセン」

 そう言って播磨は図書館の外に出た。

 どうやら鹿目まどかからのメールのようだ。



   *


 駅前のショッピングモール。

 まどかたちと行ったことのあるカフェテリアに向かうと、そこには鹿目まどかともう一人、
暁美ほむらが待っていた。

「お前ェたち、どうしたんだ」

「実は……」

 播磨が聞くと、まどかはうつむく。

「あの、美樹さやかさんのことなんです」

 そう言ったのは彼女の隣に座る暁美ほむらだった。

「ふむ……」
458 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/01(日) 18:32:34.37 ID:+2IXjtNko

 播磨はコーヒーは席に座り、コーヒーを注文した。

 二人とも表情は暗い。

「お前ェら。美樹が魔法少女になったことは知ってるみてェだな」

「……はい」

 まどかはうなずく。

「しかし、まどかはともかく、なんで暁美まで知ってるんだ?」

「それは、実はこの前」

 ほむらは、以前塾の帰りに美樹さやかに助けられたことがある、という話をした。

「美樹さんには秘密にするよう言われていたんですけど、なんだかここ最近彼女の
様子が変で」

「変ってのは?」

「なんだか元気がないというか、上の空というか」

「……」

 播磨は普段の美樹さやかの様子をあまりよく知らないので、あまり上手く想像できなかった。

「それで、鹿目さんに相談したんです」

「そうか」

 そう言って播磨はまどかのほうを見る。

「まどか、どうした」

 彼女は俯いたままだ。

「ねえ、播磨くん」

「ん?」
459 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/01(日) 18:33:12.72 ID:+2IXjtNko

「魔法少女って、何者なの?」

「それを、俺に聞かれても」

「昨日、さやかちゃんと一緒に赤い髪の毛の女の子に会ったの」

「なに? そいつはどんな感じだ」

「どんなって、髪が長くて、それを後ろで束ねてて。あと、パーカーとショートパンツを
はいていたと思う。それから……」

 まどかの話を聞く限り、その人物は佐倉杏子で間違いないだろう。

「もういい。そいつには、心当たりがある」

「本当に?」

「ああ。で、そいつがなんだって」
          、、、、、、、、、、、、、
「魔法少女は、生きていないんだって」

「……あいつ、そんなことを」

「ねえ、拳児くん」

「ん……」

「さやかちゃん、どうなっちゃうの?」

 まどかの目元が涙ぐんでいる。

「まどか……」

「あの、私からもお願いします。美樹さんには、助けてもらったご恩がありますので」

 ほむらもそう言って頼む。

 播磨は少し考える。

(俺に何ができる?)
460 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/01(日) 18:33:39.09 ID:+2IXjtNko

 だが何もしないという選択肢は彼にはなかった。

「よし。わかった」

「?」

「今、ちょっと調べものをしていてな。それで何かわかるかもしれねェ」

「拳児くん」

「播磨さん」

「ちょっとこれから行くところがあるんだ。悪いが、話はその後で――」

 播磨がそう言いかけた瞬間、

「私も行く!」

 まどかが立ち上がった。

「私も、連れて行ってください!」

 暁美も、強い口調でそう言う。

 二人の語気があまりにも強かったため、店にいるほかの客や店員がこちらに注目した。

「あ、お前ェら。ちょっと」

「お願い、拳児くん」

 まどかの強い言葉と瞳に、彼は根負けしてしまった。




   *
461 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/01(日) 18:34:13.09 ID:+2IXjtNko

 播磨たちは、見滝原郊外にあるとある道を歩いている。

 夏も近いので、大分日が長くなってはいるけれども、あまり遅くまで女子中学生を
連れまわすのはまずい、と思った彼は早いところ用事を済ませようと思った。

 途中、まどかから、昨夜起こったことの話を詳しく聞くことができた。

 佐倉杏子が美樹さやかの胸を槍で突き刺したこと。

 そして、さやかはそれにも拘わらず無事であったこと。

「それで、拳児くんが今から行くところっていうのは」

「ああ、その佐倉杏子に関係のある場所だ」

「うう……」

 暁美ほむらは怯えている。

「暁美」

 そんな彼女に播磨は声をかける。

「はひっ!」

「怖いんだったら、帰ってもいいんだぞ」

「いいえ、そんな。私、好きでついてきてるんですから」

 しばらく歩いていると、大きな教会に到着した。

 いや、正確にいうと教会だった場所だ。

 六年経っているはずなのに、その場所は更地になっておらず、建物の基礎がわずかに
残っていた。

「拳児くん。この場所は……」

 恐る恐るまどかが聞く。

「佐倉杏子の家だ」
462 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/01(日) 18:35:15.43 ID:+2IXjtNko

「家……」

「正確には、家だった場所なんだがな」

 そんなことを言いながら彼は敷地内に足を踏み入れた。

 その時、

「不法家宅侵入だぞ」

 不意に、どこからか声が聞こえてきた。

「な?」

 声のした方向を見ると、いつの間にかそこにパーカー姿の少女がいたのだ。

「佐倉杏子か」

「おお? 覚えていてくれたんだな、ハリマ。おや、そのちっこいのは、昨日の」

 そう言って、杏子はまどかに視線を向ける。

「……!」

 その視線にまどかは身構えた。

「お前ェ……」

 播磨はもう一度夕日に照らされた佐倉杏子を観察する。

 あの時は夜で、よく見えなかったけれど、今なら。

「拳児くん……」

 まどかの不安そうな声が聞こえてきた。

「大丈夫」

 播磨は小さくつぶやく。

「佐倉杏子」

「なんだ?」

「お前ェ、本当に佐倉杏子か?」

「はあ? 何言ってんだ」

 播磨が見る限り、その顔や体つきは十代の、それも中学生くらいのものにしか
見えなかった。




   つづく
463 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/01(日) 18:38:49.27 ID:+2IXjtNko
 さて、ハリまども残すところあと5話となりました。

 はたしてこのペースで伏線をすべて回収できるんでしょうか。

 そして佐倉杏子とはいったい何者なのか。

 次回作の詳細も含め、また後日お会いしましょう。

 それでは、今年こそ良い一年でありますように(自分に言い聞かせる)。
464 :SS速報でコミケ本が出るよ[BBS規制解除垢配布等々](本日土曜東R24b) [sage]:2012/01/01(日) 19:37:16.42 ID:6aCw8DNAO
ハリまどの魔法少女は成長できないのか……?
でもマミさんはちゃんと成長してたし……
てかここの杏子一家は全体的に時間が前倒しになってるのか?

そしてマミさんの誘惑がどういう思惑だったのか作中で明かされる機会はあるのか
465 :SS速報でコミケ本が出るよ[BBS規制解除垢配布等々](本日土曜東R24b) [sage]:2012/01/01(日) 19:44:42.61 ID:nQwSbRbAO
乙 謎が多いぜ
466 :SS速報でコミケ本が出るよ[BBS規制解除垢配布等々](本日土曜東R24b) [sage]:2012/01/01(日) 22:18:11.66 ID:wjvlBsnYo


あと5話・・・だと・・・!
467 :SS速報でコミケ本が出るよ[BBS規制解除垢配布等々](本日土曜東R24b) [sage]:2012/01/01(日) 23:51:46.02 ID:pCTFMIE3o
乙 果たしてほむループはあるのか…?!
468 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/02(月) 16:13:45.20 ID:pJ/bogyUo
今日は所用があるので早めに投下しておきます。

なお、投下の後には新年のお年玉プレゼント、はないですが、お知らせもありますよ。
469 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/02(月) 16:15:20.59 ID:pJ/bogyUo

 夕日に染まる教会跡地。

 その敷地内で佐倉杏子と播磨拳児が正対する。

 播磨の後ろには、鹿目まどかと暁美ほむらが、彼の影に隠れるように立っていた。

「お前ェ、“本当に”佐倉杏子か?」

 播磨は確かめるように語りかける。

「アタシはアタシだよ。でも厳密には、アタシじゃあないかもしれない」

「佐倉杏子は、死んだと聞いたが」

「そうだな。確かに死んだ」

「……!」

 播磨の疑問に、杏子はサラリと答える。

「じゃあお前ェは」

「アタシも佐倉杏子だよ。ほかに名前がないんでね。そう名乗ってる」

「どういう意味だ」

「もうわかってんだろう? アタシはもう、人間じゃないんだよ」

「……魔法少女」

「そう。魔法少女は人間じゃない。まあ、この身体はゾンビみたいなものかな」

「ゾンビ……?」

「ああそうさ。ゾンビだよ。そこのちっこいのにも言ったけど、魔法少女にとっての肉体は、
道具でしかないんだよ。“こいつ”と同じようにね」

 そう言うと杏子は、一瞬のうちに長い槍を取り出す。

「もうすぐ日が暮れる。そしたらアタシは狩りに出なきゃならない。アンタらはさっさと帰りな。
さもないと、安全は保障しないぜ。特に後ろの小さいのとメガネは、“引き付けやすい”体質
みたいだしね」

「狩りって、魔女のことか」
                  、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、
「そうさ。魔女を狩らないと、ウチらは存在していられないから」

「おい、どういうことだ」

「じゃあの」

 次の瞬間、佐倉杏子は高く飛び上がる。

 人間のものとは思えない跳躍力で、いつの間にか近くの木の上に上り、それから別の気に飛び移っていた。

「……」

「は、はりまさん」

「拳児くん」

 ほむらとまどかの二人は不安だからなのか、しばらく播磨の服の袖をつかんで離さなかった。
470 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/02(月) 16:15:46.48 ID:pJ/bogyUo






   魔法少女とハリマ☆ハリオ

      #21 生 存






471 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/02(月) 16:16:37.56 ID:pJ/bogyUo


 ほむらとまどかを送り、家に帰った播磨は、そのままバイトには行かず街に出た。

 夜の街は驚くほど静かだ。

 目的は美樹さやか、もしくは佐倉杏子のどちらか。

 この街にいることは間違いないのだが、探そうと思った時に限って見つからないのが
世の常である。

 コンビニ前でたむろしている若者やホームレスなどに、行方を聞いてみたが結局わからなかった。

 その後、二時間近く歩き回った播磨は疲れ果てて、公園のベンチに腰掛ける。

「ぐわあ」

 昼間も昼間で、色々と調べものをしたり、杏子がかつて住んでいた教会に行ってみたりしたので
今日だけでも何キロ歩いたかわからない。

 痛くなってきた脚をマッサージしながら外灯に照らされる暗い公園を眺める。

(確か、巴マミと会ったときは、何か光ったような……)

 そんなことを考えていると、急に遠くから光が見えた気がした。

(近い!)

 播磨は立ち上がる。

 諦めて家に帰ろうかとも思った彼だが、もう一度残った体力を振り絞って走り出す。

 そして、

「美樹か」

 当たりだ。

 歩道橋の上で美樹さやかに出会う。

「播磨さん?」
472 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/02(月) 16:17:27.89 ID:pJ/bogyUo

 さやかも播磨の姿を認識したようだ。

 そして逃げようとする。

 魔法少女になったせいか、美樹さやかの身体能力は異常に強化されているので
追いかけても間に合わない。

 そう思った播磨は思わず彼女の腕をつかむ。

「ひゃっ」

 驚いたさやかが腕を振りほどこうとする。

 以前はこれで彼女の驚異的な力で播磨は投げ飛ばされてしまった。

(今度はそうは行くか)

 そう思った彼は一気にさやかの体を引き寄せる。

「あ……」

 図らずも、彼女を抱きしめるような形になってしまった播磨。

 彼の目の前には、美樹さやかの顔があった。

 かすかにミントの香りがする。

「は、播磨さん。今、あたしが大声を出したら警察に捕まるよ」

 さやかはやや顔を紅潮させながらヒソヒソ声で言う。

「お前ェはそんなことは言わねェだろう」

「どうしてさ」

「警察を呼べば、親も呼ばれる。そうなったらやべェんじゃねェのか?」

「そこまでは考えてなかった」

「……美樹、話を聞け」

「……放して、播磨さん。あたし、強引にされるのは慣れてないから」

「ああ……」

 播磨は、ゆっくりと手の力を緩める。

 もしこの手を放したら、また彼女が逃げてしまうのではないか、とは考えなかった。





   * 

473 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/02(月) 16:18:06.75 ID:pJ/bogyUo


 
 再び公園のベンチ。

 かつて巴マミと並んで座ったように、播磨とさやかは一つのベンチの両端に腰を下ろす。

「お前ェ、何してたんだ?」

「魔女狩り……」

「狩ったのか」

「全然」

 そう言ってさやかはゆっくり首を左右に振る。

「魔女と戦うのは、危険なんだろう?」

「うん」

「じゃあなんでそんなことをするんだ?」

「しなきゃいけないのよ。それが魔法少女の義務だから」

「どうして」

「これ、ちょっと見て」

「ん?」

 そう言うと、さやかは手を広げる。

 すると、彼女の手のひらの上に青い光を放つ宝石のようなものがあらわれた。

「これは……」

「ソウルジェム。これが今のあたしの“本当の体”」

「なに?」
474 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/02(月) 16:18:59.66 ID:pJ/bogyUo

「あたしの魂は、このソウルジェムの中にあるの。だから、さっきあなたが抱いたあたしの体は、
人が乗る車みたいなもの」

「それは……」

 播磨はふと、夕方に会った佐倉杏子のことを思い出す。

 彼女は、魔法少女の身体のことを「ゾンビみたいなもの」と呼んでいた。

「見て、播磨さん」

「……」

「このソウルジェム、少し光が濁っているでしょう?」

「そうか?」

「うん。魔力を消費するとこの中に“穢れ”が溜まるの。そうすると、あたしらは生きていけない。
いや、最初から死んでるようなものだから、この言い方は適当じゃないか」

「穢れが溜まったら、どうなるんだ?」 

「わからない……」

「……」

「でも、ただじゃすまないと思う」

「どういうことだ」

「最近ね、なんかとても人が憎いの。憎しみとか妬みとか、自分の中にある醜い心がどんどん
大きくなっていく気がする」

「……」

「誰が悪いってわけでもないのに。あたしが自分で決めたことなのに。なんか、憎い」

「美樹」
475 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/02(月) 16:19:35.59 ID:pJ/bogyUo

「憎い憎い憎い」

「落ち着けよ」

「もうあたしに構わないで!」

 急に大声を出したさやかは不意に立ち上がる。

「おい」

 播磨はなだめようとするも、間に合わない。

「ごめん、播磨さん……! あたしのこと、心配してくれてたのに」

 暗くてよく見えなかったが、さやかの頬には微かに涙が伝ったような気がした。

「待てよ」

「ごめん」

 そういうと、さやかは走り出す。

 止めようとしても無駄であることは、播磨自身がよくわかっていた。 


 

   *
476 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/02(月) 16:20:05.83 ID:pJ/bogyUo


 数日後、学校が休みの日に彼は一人で外をぶらつく。

 その日は晴れていたので日差しが眩しい。

 ふと、たこ焼きの美味しそうな匂いが漂ってくる。

「たこ焼きか……」

 最近食べていないことを思い出した播磨は、ちょっと買ってみようかと思った。

 その時、

 ドンと、何かにぶつかった感触がする。

 ふと、視線を落とすとそこには見覚えのある長い髪。

「お前ェ……」

「お、ハリマか」

 パーカー姿の佐倉杏子であった。



   *
477 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/02(月) 16:20:46.45 ID:pJ/bogyUo


「はむ。ハフアフアフ」

 熱々のたこ焼きを口の中に放り込む杏子。

「誰もとりゃしねェよ」

 杏子に対し話がしたいと言った播磨は、なぜかたこ焼きをおごらされる羽目になってしまった。

 いつもの公園のベンチで二人並んでたこ焼きを頬張る。

 しかし、初夏を感じさせる日差しの中で食べるたこ焼きというのもなかなかのものだと彼は思った。

「うめえな、このたこ焼き」

「ああ……」

 ちなみに杏子の食べ物をおごったのはこれで二回目である。

「んで、話ってなんだよ。金ならねえぞ」

「俺から食べ物たかってるお前ェに、金なんて期待してねェ」

「だったらアタシの身体が目的か? 意外と見境ないんだな」

「違ェよ!」

「まあまあ、そんな怒るな。はむっ」

 そう言って、もう一つたこ焼きを食べる杏子。

 実に美味そうだ。

 そう思った播磨も、自分のたこ焼きを食べた。

 熱々の中に、ぷりぷりのタコ。しかも柔らかい。安い、ゴムみたいなタコとは違う、
良い食材を使っているのだろうと思った。

「オカカカケヨウゼー」

478 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/02(月) 16:21:21.63 ID:pJ/bogyUo

「もうかかってんだろう」

「冗談だよ」

「……」

「……」

 しばらく無言のまま、二人はたこ焼きを食べる。

「はあ、ウマかった。で、話ってなんだ。また魔法少女の話か?」

「いや、まあ。それもあるんだが」

「なんだよ」

「お前ェ、六年間ほどこの街から離れてたんだよな」

「そうだな」

「その間、何やってたんだ?」

「何って、魔法少女に決まってんだろう。別の場所で魔女狩ってた」

「泊まるとことかは?」

「んなもんテキトーだよ。ホテルに泊まったり、スーツ着た鼻のデカイオッサンの家に
泊めてもらったり」

「なんかまるで……」

「ホームレスみたいだろう? まあ、実際そうなんだよな。家、焼けちまったし」

「……」

「なんだよ」

「なあ、佐倉」
479 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/02(月) 16:22:00.51 ID:pJ/bogyUo

「あん?」

「魔法少女が、元に戻る方法って、ねェのか?」

「は? 何言ってんだよ」

「だから、魔法少女から元の少女に戻る方法だ」

「……んなもん」

「あ?」

「んなもんねーよ」

「オメー、六年もやってりゃ、なんか知ることもあるだろう」

「知らねえな。アタシは特に戻りたいとも思ってなかったし」

「どうして」

「どうしてって、決まってんだろう。アタシはもう死んでるんだぞ」

「それは……」

「もとに戻るってことは、復活するってことだろう? キリストさまでもあるまいし、そんなこと」

「それができるのが、魔法少女なんじゃないのか」

「そりゃ、なる前の話。なってからは違う。ひたすら魔女という名の化け物相手に戦うだけさ」

「戦うだけ」

「魔法少女に希望なんてない」

「……」

「なあ、ハリマ」

「あん?」
480 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/02(月) 16:22:59.50 ID:pJ/bogyUo

「魔法少女の“成れの果て”を知ってるか?」

「どういうことだ?」

「早い話、ウチらが“死んだら”どうなるかって話さ」

「いや、わからん……。だが、あまりいい感じではねェだろうな」

「っふ、わかってるじゃねえか。それが因果律を捻じ曲げる“報い”ってやつなんだろうな」

「報い?」

「無理を通せば、当然その反動が出る。その報いは、直接本人に向かってくるのさ」

「……」

 播磨は、数日前に見た美樹さやかの表情を思い出す。

「あの白いやつは、そういう理屈のわからねえ頭の悪い少女たちを狙って、契約を迫る」

「白いやつってのは、その」

「ああ、キュゥベェとか名乗ってる白い生物さ。知らねえ?」

「チラッと見たことはある。たぶん、あのウサギみたいなのがそのキュゥベェなんだろう」

「ま、大事な奴を守りたいなら、魔法少女にはさせねえことだな。とはいえ、あの短い髪の女はもう、
手遅れだろうけど」

「美樹のことか」

「ミキ? あいつの名前か?」

「美樹さやか。魔法少女になったばかりの女だ。お前ェ、会ったことあるよな」

「ああ、あの新人(ルーキー)ね。アイツはもう長くねえよ」

「わかるのか」
481 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/02(月) 16:24:29.68 ID:pJ/bogyUo

「ああ。たくさん魔法少女を見てきたが、あのタイプの寿命は短い」

「あのタイプって、どのタイプだよ」

「人のために何かしようっていうタイプ。マミのような自己陶酔型ならともかく、
美樹さやかだっけ? ああいうのはすぐに崩壊しちまう」

「マミって、巴マミか」

「そうだよ。アイツ必殺技の名前とか口にするんだぜ。ヒヒヒ」

 必殺技に名前を付けることは、播磨もやったことがある。

 若さゆえの過ちというものだ。

「そうだな……」

 しかし、そんな過去の恥ずかしい思い出は胸の奥にしまって、そのまま話を続けた。

「だろ? まあそれはともかく、人のためっていう動機じゃ長続きしねえ」

「それほど悪い動機じゃねェと思うが」

「他人のため、っていうのは本質的に“誰かから必要とされたい”とか“誰かに評価されたい”って
心理の現れなんだよ。それがないと、辛くなっちまう」

「お前ェはどうなんだよ」

「アタシ? アタシは、人間に対して期待なんかしてないよ」

「……」

「人のためじゃなくて自分のため。ただそれだけで続けてきた」

「お前ェ、それって……」

「じゃあな、ハリマ」

「おい」

「おりゃ!」

 杏子はたこ焼きの入っていた容器をヒョイと投げる。するとそれは、見事にクズ籠の中に
飛び込んでいった。

(自分のためだけに生きる……)

 それはそれで、辛いものがあるんじゃないか、と播磨は言おうとしたが、
すでに杏子の姿は見えなくなっていた。



   つづく
482 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/02(月) 16:34:12.41 ID:pJ/bogyUo
   ☆ 姉妹スレのお知らせ ☆

 明日、1月3日(火)の夜。新作のために姉妹スレを立てようと思います。

 本来であれば、このスレを終わらせてから立てるべきなのですが、

私生活(リアル)の事情がありまして、早めに投下しておかなければなりませぬ。

 なお、新作の内容は見てのお楽しみということで、当スレともどもよろしくお願いいたします。 
483 :SS速報でコミケ本が出るよ[BBS規制解除垢配布等々](本日土曜東R24b) [sage]:2012/01/02(月) 17:19:47.98 ID:0D/IQwbjo


了解した、楽しみにしてるよ
484 :SS速報でコミケ本が出るよ[BBS規制解除垢配布等々](本日土曜東R24b) [sage]:2012/01/02(月) 19:34:17.62 ID:SFGimAXWo
乙。
年末スペシャルのヤツか完全新作か今から楽しみですww
そういや播磨も必殺技持ってたな。確かハリケーンキックとかいった気が…。
485 :SS速報でコミケ本が出るよ[BBS規制解除垢配布等々](本日土曜東R24b) [sage]:2012/01/02(月) 22:43:42.56 ID:eGshspuyo
播拳龍襲!!
486 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/03(火) 20:55:16.20 ID:c4huLTh3o
 昨夜は午前四時まで飲んでたのに、一気に投下するのはキツかった。

 はりまども、あともう少し続くので姉妹スレ共々よろしくお願いします。

 はりおん! スレはこちら
   ↓
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1325588400/
487 :以下、あけまして [sage]:2012/01/03(火) 22:38:23.50 ID:XhLE1INH0
あ、こっちでちゃんと言ってたんだ

ごめん見てなかった

向こうの>>47です
488 :以下、あけまして [sage]:2012/01/04(水) 01:06:53.21 ID:WfLvJiTdo
ほろ苦いハッピーエンドよりみんな笑顔のハッピーエンドを見たい
魔法少女に幸せあれ
489 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/04(水) 19:48:21.06 ID:AxuxTz+Ao

 もうすぐ夏だというのにその日はやけに日暮れが早く感じた。

 それはおそらく、空を覆う分厚い雲のせいだろう。

 夕食を食べ終えた播磨は、再び外出の準備をする。

「今日もバイトなの? 拳児くん」

 テレビを見ながら和子が聞いてくる。

「ああ……」

 播磨は短く答えた。

 この日、というかここ最近彼はアルバイトに行っていない。

 その代わり、夜の街で美樹さやかをさがしていたのだ。

 少し前は、姿を見つけて話をすることもできたさやか。しかし、ここ数日は姿すら見せない。

 玄関を出て、エレベーターに乗ったところで彼の携帯電話に着信があった。

『もしもし、拳児くん?』

「ああ、まどかか」

 鹿目まどかからだ。

『さやかちゃん、今日も出てるみたい』

「わかってる」

『一昨日から学校にも来てないの』

「ん……」

 魔法少女としての寿命がもう長くない、と言った佐倉杏子の言葉が思い出される。
490 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/04(水) 19:48:46.93 ID:AxuxTz+Ao

『すごく不安だから』

「大丈夫だ。俺が見つける……」

 そうこうしているうちに、エレベーターが一階に到着した。

 播磨は早足でマンションを出る。

『ねえ、拳児くん』

「あん?」

『私も、一緒に行っていい?』

「危険だ。夜は出歩くなって、詢子さんいも言われてるだろう」

『でも、なんか不安なんだ。胸騒ぎがするっていうか……、上手く言えないんだけど』

「まどか……」

『お願い! お願いします』

「……わあったよ。だが無理はすんなよ」

『ありがとう、拳児くん』
491 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/04(水) 19:49:09.89 ID:AxuxTz+Ao





   魔法少女とハリマ☆ハリオ

     #22   雨




492 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/04(水) 19:50:07.62 ID:AxuxTz+Ao


 正直なところ、播磨もさやかを見つけた後どうすればいいのかわからなかった。

 魔法少女に救いはない。

 おそらく佐倉杏子の言葉に嘘はないだろう。

 だがしかし、このまま美樹さやかが最悪の結末を迎えることを黙ってみているわけにはいかなかった。

 何よりまどかのためにも。

「お待たせ、拳児くん」

 少し息を弾ませたまどかが駆け寄ってくる。

「おい、本当に大丈夫なのか?」

「うん。平気。それより、早く行こう」

「ああ……」

 ここ数日、街中を歩き回ったせいですっかり中心部の地理を知り尽くしてしまった。

「あ、先輩チーッス」

「おう……」

 コンビニ前を通りかかると金髪に革ジャンの中学生が声をかけてきた。そのすぐそばには、
茶髪の男がしゃがみこんでタバコを吸っている。

「拳児くん、知り合い?」

 隣のまどかが聞いてきた。

「まあな……」

 ここ数日、さやかの足取りをこの街に住む色々な人間に聞いて回ったので、
妙に顔見知りが増えてしまったのだ。
493 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/04(水) 19:50:48.37 ID:AxuxTz+Ao

「あらケンちゃん。今日はおデート?」

 水商売風の女が声をかけてくる。

「違うっての」

「若い子はダメよ。犯罪よ」

「だから違うっつってんだろう」

「今度お姉さんの店にいらっしゃい」

「行かねェよ」

「もう、つれないわねえ」

 今度は怪しげなシルバーアクセサリーを売っている外国人と目が合う。

「オー、ハリー。元気シテタカ」

 陽気を絵に描いたようなマッチョな黒人だ。名前はジャックとか名乗っていたけれど、
恐らく偽名だろう。

「おいジャック。ハリーはやめろハリーは」

「髪短イコ、見ツカッタカ?」

「まだだ」

「ソウカ。ソコノ娘ハユーノフィアンセ?」

「ふえ? フィアンセ?」

 ジャックの言葉にまどかが驚く。

「違う。知り合いの娘だ」

「オー、ソウナノカ。ツカ、コンナ可愛イ娘ガイルノニ、他ノ女ヲ探ストカ、訳ガ分カラナイヨ」
494 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/04(水) 19:51:31.21 ID:AxuxTz+Ao

「そんな、かわいいとか……」まどかはそう言って顔を押さえる。

「こいつの言うことは一々気にするな。口から生まれてきたようなやつだ」

「ソンナ、酷イヨハリマサン」

「お前ェ、ちゃんと播磨って言えるじゃねェか」

「HAHAHAHAHA」

「行くぞまどか」

「あ、うん」

 繁華街には一癖も二癖もあるような連中が多くいるので、あまり教育上よくないと思い、
できるだけまどかは連れてきたくはなかった。

 そしてまた、しばらく歩いていると、彼の携帯電話に別の着信が入る。

 ディスプレイに表示された発信者の名前を確認して、少し緊張する播磨。

「もしもし」 

『播磨くんか。霧島だ』

 見滝原警察署の霧島刑事だった。

「霧島さん。ご無沙汰してます」

『挨拶はいい。それより、美樹さやかの件だが』

「あ、はい。何かありましたか」

『見滝原こども公園の近くで、目撃したという情報が入った』

「本当ですか? その、見滝原こども公園ってのは」

『マヒル食品工場のすぐ近くにある公園だ。結構大きいぞ』
495 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/04(水) 19:52:22.42 ID:AxuxTz+Ao

「しまったな。そっちのほうは逆だ」

『今どこにいる』

「中央駅すぐ近くの繁華街っす」

『そうか。部下が近くにいる。そいつに送らせよう』

「でも霧島さん。そんなことをしたら」

『この街の平和を望んでるのは、キミたちだけじゃないってことさ』

「霧島さん」

 播磨は、警察車両に乗ってさやかが目撃されたという見滝原こども公園の方角へ
向かった。

 中学時代に喧嘩をしてパトカーに乗せられて以来の警察車両である。

 運転している警察官二人は気を使って、特に何も聞かずに播磨とまどかの二人を
乗せてくれた。

「本当にありがとうございます」

 播磨は慣れない敬語で精いっぱいの礼を述べる。

「ありがとうございます」

 それに合わせるように、まどかも頭を下げた。

「気にしなくていい。霧島先輩には世話になってるからね」

「はあ」

「この街の奇妙な事件も、早くなくなるといいな」

 警官の一人はそういうと、すぐに車を発進させた。

「拳児くん」

 警察車両を見送った直後、まどかは播磨の袖を引っ張る。
496 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/04(水) 19:53:30.90 ID:AxuxTz+Ao

「どうした。まどか」

「さやかちゃん、近くにいるよ」

「なに? 見えたのか?」

「ううん、見えないよ。でもわかるの。私には」

「まどか」

「こっち!」

「お、オウ」

 まどかに引っ張られるようにして、播磨は公園の奥へと入って行った。

 見滝原こども公園は、いつも播磨が利用している公園ほど大きくはなかったけれど、
木々が多く、外灯が少ないためか、一層暗く見えた。

(不気味な雰囲気だ)

 播磨がそう感じたのは、暗さだけが原因でもないようだ。

 公園の中央には、開けた場所がある。

 ボール遊びなどができる場所だろうか。

 柔らかい芝生の上に足を踏み入れると、その中央に二つの影が見えた。

「おお、遅かったじゃねえか」

 そう言ったのは、片一方の影。

「……」

 もう一つの影は、何も言わず動かない。まるでマネキンか案山子のようだ。

「あれ、が……」
497 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/04(水) 19:54:05.47 ID:AxuxTz+Ao

 播磨は目を凝らす。

「さやかちゃん」と、まどかは言った。

 間違いない。

 公園の中央広場にいるのは、美樹さやかと佐倉杏子の二人だ。

「お、今日はちっこいのも一緒か。鹿目まどかとか言ったな」

「あなたは」

「佐倉杏子だ。もっとも、今更覚えても仕方ねえけどな」

「おい佐倉、何をやってるんだ?」

 播磨はまどかをおしのけるようにして前に出る。

「何って、もうすぐ時間がくるから、その舞台設定ってところかな」

「時間って」

「ハリマ、悪いけど」

 次の瞬間、ものすごい速さで杏子は播磨との距離を詰める。

「な!」

 播磨の目の前には、杏子の顔があった。

「悪いなハリマ。これからはガールズトークの時間だ。少し、眠っててくれねえか」

 そう言うと、杏子は播磨の首筋に手を回し、思いっきり口づけをした。

「!?」

 柔らかい感触が唇を通じて脳に伝わる。

 そして、播磨の意識はまるで、夜の海のような暗く深い場所へと落ちて行った。




   *
498 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/04(水) 19:55:30.02 ID:AxuxTz+Ao

「はわわわわ! は、拳児くん!」

 まどかは、播磨が他の異性に口づけされたことと、彼がその場に膝をついて倒れこんだことが
続けざまに起こってしまったため混乱した。

 しかもすぐ近くには、今まで探していた親友の美樹さやかがいるのだ。

「だ、大丈夫?」

 芝生の上に倒れこんだ播磨を助け起こす。

「心配ねえ。ちょっと眠ってもらっただけだ」

「何してるんですか!」

 まどかは杏子をキッと睨み付ける。

「別に他意はねえさ。ちょっとこの男は“アタシら”の魔法が効きづらい体質みたいだから、
直接魔力を流し込んだ。別にこいつが好きってわけじゃないから安心しな」

「そ、そんな」

「すぐに目を覚ます。その前に、やんなきゃいけないことがあるだろう? 鹿目まどか」

 そう言って杏子が向けた視線の先には、美樹さやかの影があった。

「さやかちゃん……」

 倒れた播磨を抱きかかえたまま、まどかはつぶやく。

 少しずつ暗闇に目が慣れてくると、それが人違いでもなんでもなく、正真正銘の美樹さやか
であることが嫌でもわかってくる。

 少しくたびれた見滝原の制服に身を包んだ彼女は、まるでマネキンのように無表情で、
少しも動かなかった。

「さやかちゃん!」

 まどかは叫ぶ。その声は暗闇の中、よく通った。
499 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/04(水) 19:56:03.88 ID:AxuxTz+Ao

 しかし、

「無駄だぜ」

 そう言ったのは杏子だった。

「どうして」

「“呪い”が心の奥にまで浸透してるんだろうな。人の声なんて聞こえやしない」

「そんな」

「だが、完全に手遅れってわけでもねえぜ。残った理性を叩き起こせばいい」

「ど、どうするの?」

「こうするのさ」

 次の瞬間、暗い公園の中央で真紅の光が輝く。

「!」

 その光に、まどかは一瞬目をつぶる。そして、次に目を開いたとき、赤い魔法少女の衣装に
身を包んだ佐倉杏子が立っていた。

 手には、大きな槍がある。

「さてと、今宵は楽しいパーティーになりそうだな。さやか」

 杏子がそう言うと、今までピクリとも動かなかった美樹さやかが身構える。

「さやかちゃん!?」

 さやかの身体から青い光が見える。

 しかしその光は、黒く濁っているようにも思えた。

 そして、光が無くなると、さやかもまた、青を基調とした魔法少女へと変身していたのだった。
500 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/04(水) 19:56:48.67 ID:AxuxTz+Ao

「そりゃ!」

 さやかが変身したのを確認するように、杏子は槍を構えて距離を詰める。

「せい!」

 金属のぶつかりぶつかり合う激しい音が聞こえる。

 いつの間にか、さやかも剣を持って応戦していた。

 闇夜にさやかの白刃が微かな光を放つ。

 わずかに聞こえてくる風を斬る音が、まどかの背筋をうっすらと寒くさせた。

「それが本気か? 美樹さやか」

 杏子が挑発するような言動とともに、さやかの剣を弾き飛ばす。

「……」

 だがさやかは魔力で別の剣を精製し、再び白刃を振る。

「へっ、そうこなくっちゃな」

 今度は、二刀流で杏子を襲うさやか。

 そして、

 わずかに杏子の肩口が斬れる。

 杏子の来ている服は袖のないデザインのため、肩はまる出しである。

 そこから赤い鮮血が流れた。

「この程度か? 深く斬らなきゃ相手の動きは止められねえぜ」

 杏子は足元を狙う。

 一瞬、バランスを崩すさやか。
501 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/04(水) 19:58:06.02 ID:AxuxTz+Ao

 どうやら足を斬られたらしい。しかし、すぐに体勢を立て直す。

「まだまだ!」

 杏子は、先ほどまで使っていた槍を分解する。槍の節と節が分離して、
その間を鎖でつないでいた。まるでヌンチャクのように槍を扱う杏子。

「どりゃ!」

 今度は杏子の槍の先がさやかの腕を斬る。

 肩、首筋、そして脇腹。

 少しずつであるけれど、徐々にさやかの身体にダメージを与えていく杏子。

 しかし、それと同時にさやかの傷がふさがっていくのが見えた。

「超回復か。だがどれくらい持つかな」

 槍を結合させ、再び元の形に戻した杏子は構える。

「……!」

「遊びは……、終わりだ」

 先ほどまでの、笑みを交えたしゃべり方とは一線を画する、冷たい氷のような声が闇に響く。

「時間がないのは、アタシもアンタも同じさね」

 素早く側面に回り込む杏子。さやかはそれを迎え撃つ。

 頭に響くような高い金属音。それと同時に、さやかの持つ拳が闇に消える。

 すぐに新しい剣を作り出そうとするさやかだったが、その一瞬の間に杏子は距離を詰める。

 さやかはバックステップで逃げようとするも間に合わない。

「終わりだ――」


 一瞬で杏子の持つ槍の先端が、鋭い錐(きり)のように細く変化し、さやかの腹部に突き刺さる。

502 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/04(水) 19:58:55.65 ID:AxuxTz+Ao

「――!!」

 まどかは、声にならない声を上げた。

 何を言っていいのかわからなかったし、その状況も理解できなかった。

 あの時、佐倉杏子と初めて会った時と同じ状況。いや、それよりも絶望的かもしれない。

「ったく、手間かけさせやがって」

 そう言って槍を引き抜く杏子。

 引き抜いたと同時に槍は消え、そしてさやかはその場に膝をつく。

「おい、鹿目まどか」

 杏子は、少し息を切らしつつまどかを呼ぶ。

「は、はい」

「こっちに来い、少しだけさやかと話ができるぞ」

「でも……」

「いいから来い、もう時間がない」

「うん」

 まどかは、抱きかかえていた播磨の頭をゆっくりと芝生の上に乗せると、
駆け足でさやかの元に駆けつける。

「さやかちゃん」

 腹部のあたりが血まみれになっている美樹さやかの姿を見て、改めて恐怖するまどか。

 しかし、

「ま、ど、か?」

 微かに、さやかの声が聞こえた。
503 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/04(水) 20:00:20.58 ID:AxuxTz+Ao

「さやかちゃん! 聞こえる? 私、まどかだよ」

 まどかは、さやかに顔を近づけて呼びかける。

「聞こえるよ……んっ」

 苦悶の表情でまどかの声に答えるさやか。

「早く治療を!」

 まどかは顔をあげ、杏子のほうを見た。

「無駄だ。もう手遅れだ」

 しかし杏子は冷たく言い放つ。

「でも!」

「今さっき、アタシの槍を突き刺したろ? それでちょっとばかしアタシの魔力を流し込んだ。
それで、話だけはできるようにしたんだ」

「それって……」

「今のうちに、話したいことを話しときな」

「……っか」

 ふと、さやかの声が聞こえたので、再びまどかはさやかの顔を見る。

「さやかちゃん、何? どうしたの?」

「まどか、あたし……」

「うん」

「まどかが……、羨ましかった」

「羨ましい? どうして? 私なんて、何のとりえもない普通の中学生だよ」

「でも、まどかはあたしの持ってないもの、たくさん持ってるし」

「持ってないもの?」
504 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/04(水) 20:01:26.14 ID:AxuxTz+Ao

「家族とか、まどかのことを大事に思ってくる人、とか……」

「さやかちゃん?」

「あたしには何もなかった。家族もないし、好きな人だって、結局はどこかへ行ってしまう」

「そんな……」

「でもまどか、あなたがいてくれた。あたしのことを心配してくれる友達が」

「そうだよ、さやかちゃん」

「それに気付かなかったんだ。本当、あたしって、バカだな……」

「さやかちゃん!」

 まどかが呼びかけたその時、杏子がまどかの肩に手をかける。

「え?」

「時間だ」

 杏子がそう言うと同時に、さやかの身体からどす黒い煙のようなものがあふれ出す。

「何これ」

「呪いを生み始めたんだ。お前も、見たことあるだろう」

「これって」
505 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/04(水) 20:02:19.70 ID:AxuxTz+Ao

 かつて、魔女のすぐ近くで感じたことのある“嫌な空気”だ。

「下がってな」

「でも」

「いいから下がれ!」

 物凄い力でまどかの体は浮かび上がる。

「ふえ?」

 そして、おしりに衝撃が走る。芝生の上でしりもちをついたらしい。

「あ!」

 前を見ると、さやかたちとは数十メートルほど引き離されていた。

 まるで瞬間移動でもさせられたようだ。

「さやかちゃん! 待って!!」

 まどかは立ち上がり叫ぶ。

「来るな!」

 それを杏子は制した。

 そして、彼女は倒れたさやかを抱きかかえる。

 杏子は軽く微笑むと、何かをさやかに語りかけていた。

 そして、二人のまわりにはまぶしい光と、それを打ち消すよな黒い闇が渦巻く。

「待って!!」

 まどかは叫ぶ。

 しかしその声は、ぽつぽつと降り始めた雨の音にかき消されるのだった。




   *
506 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/04(水) 20:06:15.57 ID:AxuxTz+Ao



 暗い闇の中で誰かが播磨に語りかける。

(誰だ?)

 播磨は聞く。

「世話になったな、少しの間だったけど」

(この声は、佐倉杏子か?)

「アタシも長く魔法少女やって、正直疲れたよ」

(そうか)

「色々なところを見て回ったけど、やっぱ消えるんだったら、故郷がいいかなって思ったのさ」

(……)

「アタシは間違いなく地獄行きだね。色々悪いこともやってきたし。

でも、ウチの親父も多分地獄に行ってると思うから、そこで再会できるかもしれねえ。

 宗教やってて、人から鬱陶しがられて、誰にも相手にされなくなった哀れな糞野郎だから、

アタシが面倒見てやらなきゃ、多分誰も見ねえだろうしさ」

(……)

「じゃあな、ハリマ。鹿目まどかって言ったっけ、あのちっこいの。大事にしろよ」

(……お前ェ)

「はっ!」

 顔に冷たいものがかかった。

 目を開けると、雨粒が降ってくるのが見える。

「ここは……」

 周りを見回すと、そこはさっきまどかと一緒に来た公園である、というのがわかった。

 播磨は自分がどれくらいの間倒れていたのかわからない。

 ただ、彼が気が付いた時には佐倉杏子の姿はなく、公園内の広場の真ん中で、
美樹さやかの遺体を前に泣き崩れる鹿目まどかがいるだけであった。



   つづく
507 :以下、あけまして [sage]:2012/01/04(水) 20:20:34.05 ID:qGBhKr2Wo

マミ、さやか、が脱落。さらに杏子もか。救いのある結末であって欲しいな…。
508 :以下、あけまして [sage]:2012/01/04(水) 21:16:35.37 ID:/EvzU94AO
マミさんマミってさやかは魔女って杏子は心中、ほむらは一周目だし、まどかもまだ因果集中してないから仮に契約しても凄い奇跡は起こせない……
二週目でも無い限り救いが見えないな……
ギャグ漫画のキャラ参入は大抵鬱展開を吹き飛ばす光になるのに雰囲気に飲まれて完全にシリアスになってる播磨ェ……
なんかこのSS見てるとギャグ漫画のキャラだとは思えないなww
509 :以下、あけまして [sage]:2012/01/04(水) 22:22:49.67 ID:N2UQPmNYo


なんか色んな人に声を掛けられる播磨が俺たちに翼はないの隼人に見えてきた
510 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/06(金) 19:35:24.16 ID:9e1wVLifo
 投下します。 今回は特別ゲスト出ます。
511 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/06(金) 19:36:21.39 ID:9e1wVLifo

 重苦しい空気が街を包む。

 一週間前から気象庁はこの地域の梅雨入りを宣言した。

 昼間になっても暗い空を見れば、憂鬱な気分はさらに暗くなるだろう。

 鹿目まどかは親友を亡くし、その前には尊敬する先輩を亡くした。

 中学二年生という幼い少女の心に、この突然の別れは、季節の影響もあってかなり
重くのしかかっているであろうことは想像に難くない。

 和子の話では、学校も休みがちになっているという。

 播磨拳児は、そんな彼女に対してどう接していいのかわからなかった。

 ただ、まどかに元気になってもらいたい。

 そう思い、彼は筆を執る。

(今、俺にできることは漫画を描くことくらいだ)

 自分を慰めるように、彼は無心で漫画用原稿用紙に向かう。



   *



 それから数日後、播磨は学校をさぼって東京の文京区にある談講社に出向いていた。

 描いた漫画の原稿を、以前会ったことのある編集者に見せるためである。

 しかしこの日は急用が入ったのか、目当ての編集はなかなか現れない。

 小一時間待たされ、いい加減イライラしてきたところでやっとワイシャツ姿の編集者が姿を現した。

「待たせてゴメンネ田沢君」

 黒髪の見た目は真面目そうな編集者は、入ってくるなり合掌して謝る。

 しかし名前を間違えている辺り、本気で謝る気があるのか疑問である。

「いや、別にいいんっすけど、何かあったんっすか」

「じ、実は編集長が直接キミと会いたいって言うんだよ……」

「編集長……」



   *
512 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/06(金) 19:36:48.41 ID:9e1wVLifo
 

 


   魔法少女とハリマ☆ハリオ

      #23 糸 口



513 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/06(金) 19:37:32.93 ID:9e1wVLifo

 談講社の広い廊下を歩くと、ひたすらデカイ扉が目に入る。

(これが編集長室……)

 よく見ると、前を行く三井という名の編集者も緊張しているようだ。

「し、失礼します」 

 ドアを開けて中に入ると、そこには本当に巨大な男が座っていた。

(デカイ)

 まるで奈良の大仏のようなデカさ。

(いや、オーラで大きく見えているだけか……?)

 そう思ったが、周りの観葉植物とかも明らかに街路樹くらいの大きさがあるのでやはり大きいのだろう。

「彼が、その漫画を描いた人です」

 そう言って、ヒラの編集者は播磨を紹介した。

「うむ」

 編集長はうなずき、そして顔をあげる。

 髭の生えたその巨大な男は、岩をも射抜くような鋭い眼光で播磨を睨み付けた。
514 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/06(金) 19:38:14.20 ID:9e1wVLifo



「播磨、拳児です……」

 播磨は、圧倒されないよう気合を入れて自己紹介する。

 しかし、編集長の威圧感は半端ではない。そのまま押しつぶされそうになってしまう。

「編集長の五島雄山だ」

 五島は短く自己紹介すると、再び目の前の原稿に目をやる。

 しかし、手もデカイので、原稿がまるで切手のようだ。

「で、では僕はこれで」

 そういうと、若い編集者は逃げるように部屋を出て行った。

「……」

 取り残される播磨。

 この広い部屋の中で、播磨は五島編集長と二人きりになってしまった。

「……」

 重苦しい空気が続く。

 そして漫画を読み終わった五島は再び顔を上げた。

「播磨、とか言ったな」

「はい」

 五島の太く、そして低い声が播磨の腹を突き刺す。

「なんだこの漫画は」

「……え」
515 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/06(金) 19:39:02.65 ID:9e1wVLifo

「迷いだらけじゃねえか」

「迷い?」

「お前の線だよ。お前、何のために漫画を描いてる」

「それは……、描きたいから――」

「ウソだな」 

 播磨の言葉を遮るように五島は言い切った。

「な、なに?」

「お前は自分から逃げるために漫画を描いてる。わかるんだよ、長いことこの仕事やってりゃ」

「そ、そんな。俺はただ……」

「言っとくがな、漫画に慰められていいのは読者だけだ。作家がそんな行為をしちゃいけねえ」

「……」

「自分で楽しむためだけに描くんだったら別にかまわねえよ。だが、そうじゃねえだろう」

「それは……」

「人様に読んでもらうんだったら、それなりの覚悟が必要だ。プロとしてやっていくなら、なおさらだ」

「覚悟……?」

「いいか、播磨。いくら絵がうまくても、話がうまくできていても、作家が自分自身と向き合ってなきゃ
いい作品はできねえ。今のお前にはそれがない。ただ、機械的に筆を動かしてるだけだ」

「……」

「ここに持ち込みたけりゃ、ケジメをつけてから来い。迷いを抱えた状態で絵を描くのは漫画に対する冒涜だ」

「冒涜……」

「そう、冒涜。わかったか」

「ん……、はい」

 播磨は唇を噛む。

 そして突き返された原稿を手に、彼は談講社を後にするのだった。



   *
516 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/06(金) 19:40:14.45 ID:9e1wVLifo


 五島編集長の言葉に播磨は一言も反論できなかった。

 やり場のないモヤモヤを漫画にぶつけていたことは確かだ。

 漫画は慰みものではない。

 それは漫画に対する冒涜だ。

 漫画を愛する編集長であればこそ、そのことが許せなかったのだろう。

(しかしどうすりゃいいんだよ……)

 現状を何とかしなければならない、ということはわかる。

 しかしやり方がわからない。

(魔女とか魔法少女とか、正直どう相手すりゃいいんだよ)

 播磨にとって、魔法とか奇跡というのはもっとも縁のない現象だからだ。

 雨が降り続く暗い空を眺めていると、ふと落ち込むまどかの顔が思い浮かんだ。

(まどか……)

 その暗い顔を笑顔にするために、何ができるのか。

 色々と考えながら歩いていると、不意に自分があてもなく歩き回っていることに気が付く。

「くそ、こんなところでウロウロしてても仕方ねェ。さっさと家に帰るか」

 そう思ったとき、ふと奇妙な気配を感じる。

「……なんだこりゃ」

 大正時代から昭和のはじめにかけて建てられたような和洋折衷の建物が、彼の目に入ってきた。

「こんな家、あったか」

 ビルの立ち並ぶ都会のど真ん中に、ひっそりとたたずむ建物。
517 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/06(金) 19:41:10.24 ID:9e1wVLifo

 それはまるで真夏の雪だるまのような場違いな雰囲気に包まれていた。

 彼の足は、彼の意志とは無関係にその建物のある敷地内に向かって行く。

「なんだ?」

 何か得体の知れない不思議な力によって引き込まれる播磨。

 そして、玄関を開けた。

「……あの」

 中に入ると、そこは静かだ。そして暗い。

 祖母の家で見たことのある、昔の建物特有の暗さがそこにあった。

「あら、お客さんかしら?」

 不意に女性の声が聞こえてくる。

 すっすっと、まるで幽鬼のように音をほとんど立てず一人の女性が現れた。

 モデルのように背が高く、それでいて胸の大きな女性だ。

 腰まで届くほどの長く艶のある髪の毛がやたら印象的であった。

 そしてなぜか1970年代に流行ったような服を着ている。

「お客ってなんだ? 俺は気が付いたら、ここに」

「必要だからここに来たんでしょう?」

「ここは、なんだ?」

「ここは、何でも願い事をかなえる“ミセ”よ。対価さえ払えばね」

「店?」

「ま、立ち話もなんだから、奥へいらっしゃい」

「……」



   *
518 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/06(金) 19:41:59.67 ID:9e1wVLifo


 播磨は靴を脱ぎ、奥の部屋へと足を踏み入れた。

 畳の部屋なのだが、なぜかソファや椅子がある。

 先ほど出迎えた女性が先に椅子に座った。

「さ、座って」

「おう」

 女性に促されるまま、播磨は椅子に座る。奇妙な形をした椅子だが、妙に座り心地だけはよかった。

「まずは自己紹介といきましょう。あたしの名前は壱原侑子。もちろん偽名よ」

「偽名?」

「そう、偽名。ニセの名前と書いて偽名」

「なんで偽名なんて使うんだ?」

「あら、知らないの? 自分の名を知られるというのはね、魂の一部を握られるのと同じなの」

「魂の一部……」

 何となくインチキ臭いな、と播磨は思った。

「だったら俺も、偽名を名乗ったほうがいいのか?」

「まあ、好きになさい。ただし――」

「?」

「たとえ偽名だとしても、名前というものは重要なのよ。それを名乗ったからには、
その名前があなたの人格に何らかの影響を与えるかもしれないわね」

「……ん」

「それじゃ、自己紹介行ってみよう〜」
519 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/06(金) 19:42:39.16 ID:9e1wVLifo

「は?」

 先ほどまでの重苦しい雰囲気から一転しておちゃらけた感じに話す侑子に、
播磨は一瞬同様したが、気を取り直して自己紹介することにする。

 しかし、ここで本名を名乗っていいのか、と少し考えてしまった。

(別にこの女の言うことを信じるわけじゃねェが……)

 少し考えた末、彼は名前を口にした。

「俺は……、ハリマ☆ハリオだ」

「……ぷっ」

「笑うな!」

「だって、何よそれ。偽名にするんだったら、もうちょっと考えなさいよ。なんなの、ハリマハリオって。
怪傑ハリマオ?」

「うるせェな。なんかその、子供たちにも覚えやすいだろうがよ……」

「はは。そうなの? ふうん」

 侑子は何かに納得したように、少しうなずいた。そして、テーブルの上に置いてあるキセルを手に取る。

「それでハリオ。貴方の願いは何?」

「別に、願いなんてねェよ」

「本当に?」

「ああ……」

「ではなぜここに来たの?」

「偶然、ここに足を踏み入れちまっただけだ」
520 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/06(金) 19:43:29.85 ID:9e1wVLifo

「……ハリオ」

 再び侑子の雰囲気が変わる。

「なんだよ」

「この世に偶然なんてないの」

「ああ?」

「あるのは必然」

「必然……?」

「……あなたは何かを求めてここに来た。そして、それがここにはあるの」

「本当、だろうな」

「ええ。ここは何でも願いをかなえる“ミセ”ですもの。そのかわり、対価がいるわ」

「対価」

「そう。願い事にはね、対価が必要なの。それは、その願いに合ったものでなければならない。
多すぎても少な過ぎてもいけない」

「対価って、何を払えばいいんだよ。金ならねェぞ」

「お金じゃないわ。その“願い”に見合ったものを払うの。もちろん、単なる物とも限らないわ」

「ウソくせェ」

「ふふ、それが普通の反応ね」

「……」

「でもまあ、せっかくだから話だけでもしていったら? ウチはキャバクラでもないから、
聞くだけならタダよ」

 播磨は侑子の顔をじっと睨む。
521 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/06(金) 19:44:17.68 ID:9e1wVLifo

 微かに笑みを浮かべてはいるが、その本心はさっぱりわからない。

「まあいい。別に信じてくれるかどうかはわかんねェが」

「あら、話をしてくれる気になったのね」

「俺の住んでる街の話だ」

 その後、播磨は見滝原で起こった謎の事件のことを話した。

 そして魔法少女のことも。

 この、壱原侑子という女性を全面的に信用したわけではないけれども、
誰かに話さずにはいられなかったのだ。

 それほどの孤独と葛藤を彼は心の中に抱えていた。

「なるほどね。で、あなたはその魔法少女や魔女というものをどうしたいの?」

「無くしてェと思ってる。平和に暮らすには、そういうのはいらねェ」

「ふうん……」

 そういうと、侑子はキセルに口をつけ、息を吐いた。彼女の口からは白い煙が出る。

(あれ? いつの間に火をつけたんだ?)

 播磨の疑問をよそに、侑子は話し始めた。

「結論から言うわ。あなたの願い、かなうわよ」

「な? 本当か」

「ええ。ただし――」

「対価」

「そう。よくわかってるわね」
522 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/06(金) 19:45:12.33 ID:9e1wVLifo

「対価ってなんだ? 何が必要だ」

「そうねえ……」

「もしかして」

「なあに?」

「俺の、命か?」

「……」

 侑子はどす黒い瞳を播磨に向ける。

「……」

 彼女の視線には妙な圧迫感を覚える播磨であった。

 しかし、

「いいえ――」

 と、侑子は否定する。

「仮にあなたの命をもらったとしても、そんなのじゃ足りないと思うから」

「足りねェ?」

「ええ。足りないわ」

「じゃあどうすりゃいいんだよ」

「そうね……」

 侑子は、キセルをふかしながら少し考える仕草をしてみせてから答えた。

「格安で願いをかなえる方法もあるわ」

「なに?」

「うん。超格安。侑子ちゃんにしては出血大サーヴィスってところ♪」

「……」

 ふざけているのか真面目なのかイマイチよくわからない。
523 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/06(金) 19:46:17.36 ID:9e1wVLifo

 播磨は、この壱原侑子という女性との距離の取り方に悩む。

「見滝原の怪事件の発端。仮に“魔法少女システム”とでも呼びましょうか」

「魔法少女システム……」

 随分違和感のある言葉だが、侑子の口から聞くとやけにしっくりくるものがある。 

「この“仕組み”を壊せば、少なくともあなたが言う、悲劇はなくなるはずよ」

「悲劇が、無くなる?」

 願いを叶えて以降は、希望が一切なくなる魔法少女というシステムが消える。

 それは確かに悲劇が無くなると言っていいのかもしれない。

「そう。なんでも願いをかなえるということは、そこで因果律の歪みが起きているの。
その歪みを矯正し、元に戻し、見滝原を他の地域と同じような場所にする」

「因果律ってなんだ? よくわかんねェんだが」

「簡単なことよ」

 そう言って侑子はどこから出したのか、ビー玉を手に持っていた。

「私がこのビー玉を手放すと、どうなると思う?」

「下に落ちて、転がる」

「正解」

 侑子はビー玉から手を放す。

 するとビー玉は畳の上に落ちて、コロコロと転がって行った。

「これが因果律。原因があって結果がある。無重力でもない限り、ビー玉は下に落ちて転がるわ」

「それがどうだっていうんだ?」

「その魔法少女システムというものは、そんな因果を歪めるものなの。例えばこんな風に」

 侑子は再びビー玉を手にした。

「よく見てちょうだい」

 彼女はゆっくりと、ビー玉を持った指を放す。
524 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/06(金) 19:47:34.05 ID:9e1wVLifo

「な……」

 ビー玉は下には落ちず、ずっと空中にとどまったままになっている。

「これが因果の歪み。本来あるべき姿ではない姿を現す。でも世界はその歪みを矯正しようとするわ」

 パチンッ、と侑子は指を鳴らす。

 すると、先ほどと同じようにビー玉は下に落ちて転がっていった。

「それが、魔法少女システムとかいうやつなのか?」

「まあ、そうね。見滝原で起こる奇妙な事件の多くは、その歪みの反動だとみて間違いないわ」

「本当に、その歪みとやらを直す方法があるのか?」

「あるわよ」

「だがそれを頼むと対価は高いんだろ?」

「当然よ」

「それじゃあ、それを安くする方法ってなんだ」

「自分でやるの」

「自分で?」

「人に頼んだら高くなるわ。ほら、弁護士とか司法書士に頼むとお金がかかるでしょう? 
でも自分でやれば安く済む。それと同じ理屈」

「……なるほど」

「私がやり方を教えてあげるから。もちろん、その教育の対価は頂くけど」

「金は、あまり持ってないが……」

「お金じゃないの。そうね……」
525 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/06(金) 19:48:09.36 ID:9e1wVLifo

 侑子は播磨の全身を眺める。

「その鞄の――」

「!」

「中に入っている物をいただこうかしら」

「いや、これは……」

 播磨が持っている鞄に入っているもの。それはついさっき編集長に突き返された自身の漫画の原稿であった。

「これはちょっと……」

「そう? じゃあ交渉は不成立ね」

(どうする? 俺)

 播磨は心の中で自問自答する。

(どうせ日の目をみることのない原稿だ。だったら人に渡せば。いや待て。ボツ原稿を人にあげるなど、
こんな恥ずかしいマネをしていいのか。ネットにアップされてバカにされたらどうする!)

 播磨の中にいる色々な播磨が色々と意見を言っていたけれど、結局――

「わかった……」

 播磨は自身の原稿を侑子に渡した。

「ふふ、交渉成立♪」

 侑子は嬉しそうに、原稿の入った封筒を受け取るのだった。




   つづく
526 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/06(金) 19:51:04.03 ID:9e1wVLifo
 魔女のことは魔女に聞け。

 ちょっと反則気味ですが、実は侑子さんの登場構想は『孤独の魔法少女』の時からありました。

 ただ、それが流れてしまったので今回の登場となったわけでございます。

 ちなみに、刑部絃子と声優さん繋がりなのは偶然です。
527 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/06(金) 19:53:06.75 ID:9e1wVLifo
>>526
間違い、絃子ではなく姉ヶ崎妙さんでしたね。

ちなみに妙さんに恋愛相談した人は振られるというジンクスがあるそうです。
528 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(岡山県) [sage]:2012/01/06(金) 20:04:44.51 ID:hOwOBSdSo
乙。
まさか侑子さんが出てくるとはww しかも対価がハリマ☆ハリオの没原稿。
これは播磨が漫画の神様クラスになるフラグ…!だといいなww
529 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/06(金) 20:13:00.61 ID:OpyM5a61o
おつ
530 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/06(金) 20:33:27.81 ID:lXO8HID60

誰かスクランとまどマギキャラ以外に出たキャラを教えてくれ。自分そこまで知識が多いほうじゃない。
さすがに侑子は知っているけど・・・。カードキャプターの作者が書いた漫画の一つの登場人物で「次元の魔女」だっけ?
531 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/06(金) 21:00:43.10 ID:uRzQs00Do
作者っつーか作者達な、あと一つじゃなくて二つ
532 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山口県) [sage]:2012/01/06(金) 21:39:53.65 ID:YF5L6/Dno


まさかのゲスト
そして妙さんにそんなジンクスがあったとは知らなかったわ
533 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/07(土) 16:14:06.63 ID:TtSXhkSbo
 ラスト二回! 今日は所用のため少し早め。
534 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/07(土) 16:14:42.22 ID:TtSXhkSbo

 播磨拳児は自分の生原稿を対価にして、都内某所にある“ミセ”の主人、
壱原侑子から魔法少女システム(仮)を破壊するための方法を教えてもらうことになる。

「そんなんでいいのか?」

「行為そのものは簡単よ。でも、実際問題はそこからなの」

「どういうことだ?」

「作用反作用の法則って聞いたことない?」

「物理か。苦手なんだが」

「その通り。地震なんかでも同じ原理なんだけど、歪みによってたまったエネルギーがあるじゃない」

 そう言うと、侑子はこれまたどこから取り出したのかよくわからないプラスチックの物差しを取り出す。

「魔法少女システムによる因果の歪みがこんなふうに、エネルギーとして蓄積されると」

 侑子は右手に持った物差しを左手で曲げる。

「その反動で」

 ビヨーンと震えて、物差しは大きなしなりとともに元の形にもどった。

「大きな被害を出してしまうこともある」

「……」

「魔法少女が魔女と戦うのは、恐らくその反動を軽減するためのものだったんでしょうね」

「つまりそのシステムそのものを破壊するってことは――」

「ご明察、その反動を“あなたたちの街”はモロに受けなければならない」

「……!」

「それでもやる?」

「……ああ」

「ふふ。あなたならそう言うと思ったわ。では、やり方を教えましょう」

 侑子はそう言って、再びキセルを吸った。

 幻想的な煙が天井を舞う。

535 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/07(土) 16:15:11.04 ID:TtSXhkSbo





   魔法少女とハリマ☆ハリオ

      #24 破 壊




536 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/07(土) 16:16:13.94 ID:TtSXhkSbo


 壱原侑子から、魔法少女システム(仮)の破壊方法を教えられた播磨拳児は、
さっそく放課後や休日を利用してその破壊のための術式を組むことにする。

 方法は、侑子の言うとおりそう難しいものではない。

 特定の場所に、彼女の指定した水晶と酒(日本酒)を埋め込むのだ。

 水晶は、霊力を集めるための憑代として、日本酒は土地の神々に対するお供えの酒、
つまり「お神酒」としての効果を持つ。

 今回播磨が行うのは、“反術式”と言われるもので、簡単に言えば結界の逆バージョン。

 つまり、結界が内部を守るための術式だとすれば、その結界を破壊して内部と外部を
調和させるのがこの術式のキモだ。

 数日かけて彼は指定した場所を調べ上げ、そこに憑代を埋め込んだ。

 だが問題はここから。

 既存の秩序を壊すことは大きな反動を呼び起こす。

 播磨は、とある神社で祝詞を読み上げ、すべてを終了させた。

 その日は、雨こそ降っていなかったけれど、空は相変わらず重苦しい雲に覆われていた。

 それはこれから始まる参事の前触れのようでもあった。



   *



 変化は翌日にはすぐに表れた。

 巨大な低気圧の接近により、見滝原全域に大雨洪水警報が発令されたのだ。

 川が増水し、風も強い。ところどころ、雷も聞こえる。

 堤防が決壊する危険性も出てきた。

(これが、反動ってやつなのか)

 播磨は、荷造りをしながら考える。

「拳児くん早く。車出ちゃうわよ」

「お、おう……」

 播磨たちの住んでいる地域も避難区域に指定されたため、彼は和子と一緒に街の
体育館に避難することになった。

 播磨は不安になる。

(俺がやったことは本当に正しいことなのか……)




   *
537 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/07(土) 16:17:09.25 ID:TtSXhkSbo



 避難所となっている街の体育館にはすでに多くの人たちが避難していた。

 自衛隊の災害派遣もすでに行われており、ずいぶんと騒がしい。

 大人たちは一様に不安な表情をしているけれど、子供たちは騒がしかった。

「まどか、大丈夫かい?」

 不意に、母親の詢子が声をかける。

「うん、大丈夫だよ」

 まどかは無理にでも笑顔を見せる。

 彼女には嫌な予感がしていた。

(この感じ、多分“魔女”)

 かつて、自分が遭遇したことのある魔女と同じ気配を彼女はひしひしと感じていた。

 しかも今回のは、結界の中に隠れて獲物を待つようなタイプではない。

 堂々と外に出て、獲物を捕食するようだ。

「パパ、ママ、私ちょっとお手洗いに言ってくるね」

 まどかはそう言って家族のそばを離れる。

 窓から外を見ると、雨粒が激しく窓ガラスにぶつかっている。

「どうしよう……」

 まどかが、階段で立ち止まっていると、不意に懐かしい声が聞こえてきた。

《これは相当大きい魔女だね。まどか》

「?」

 いつの間にか、階段の手すりの上に白い生物、キュウベェが座っていた。

《今までにないほど巨大な魔女だよ。まどか》

 キュゥベェは相変わらずの無表情で淡々と話す。

「どうすればいいの?」

《キミも知ってのとおり、この街にはもう魔法少女はいない。だから、この街はあの魔女に
蹂躙されるのを待つだけだ》

「……」

《でも、希望がないわけじゃない。鹿目まどか。キミなら、運命を変えられるかもしれない》




   *
538 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/07(土) 16:18:21.11 ID:TtSXhkSbo

 播磨と和子が避難所に到着したころには、雨もかなり強くなっていた。

「ふう」

 とりあえず、空いた場所に荷物を下ろした播磨は周囲を見回す。

 あまり知った人間はいないけれども、不安な空気が漂っているということだけはわかった。

「そういえば、まどかちゃんたちもここに避難しているみたいよ」

 と、和子は服をタオルで拭いながら言う。

「そうか」

 ここでまどかと会って、何を話せばいいのかよくわからない。

 ただ、播磨は自分自身の不安を紛らわすためにも彼女の顔を見たいと思った。

「ちょっと便所行ってくる」

 そう言って彼は立ち上がった。

 体育館の廊下を歩く。

 体育館内の騒がしさに比べると、ここは少し静かでもある。

「播磨さん!」

 聞き覚えのある声が天井に響く。

「暁美か」

 振り向くと、長い黒髪を三つ編みにした少女、暁美ほむらがいた。

 ずいぶんと久しぶりに会ったような気がする。

「お前ェもここに避難してたんだな」

「ええ。それより」

「ん?」

「鹿目さんが見つからないんです」

「何?」

「さっきちょっと会って話をしたんですけど、その後姿に。体育館の中はおおむね見て
回ったので、恐らく外へ……」

「外っつったって」
539 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/07(土) 16:18:53.49 ID:TtSXhkSbo

 播磨は窓の外を見る。

 激しい雨がガラスにぶつかっていた。

「播磨さん。実はこの感じ……」

「魔女って言いてェのか」

「ええ」

「まどかを、連れ戻さねェと」

「危険です」

「わーってるよ。だがまどかはもっと危険だ」

「でも……」

「大丈夫だ」

 そう言って播磨は踵を返す。

 その時、彼の体が止まった。

「待ってください……」

 ほむらが後ろから彼の身体を抱きしめたのだった。

 背中越しに彼女の小さなぬくもりと心臓の鼓動が聞こえてくる。

「鹿目さんだけじゃなく、あなたまでいなくなってしまったら私……」

 震える声でほむらは訴える。

 不安なのは自分だけではない、播磨はそう思う。

 しかし、彼は止まらなかった。

 ゆっくりとほむらの手をほどくと、身をかがめて彼女と向き合う。

「暁美」
540 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/07(土) 16:19:24.41 ID:TtSXhkSbo

「……はい」

 眼鏡越しに涙が見えた。

「泣くな」

 そう言って彼はポケットからハンカチを取り出し、彼女のメガネを少し上にずらして目元を拭う。

「播磨さん」

「俺は必ず帰ってくる。まどかと一緒に。絶対にだ」

「本当ですか?」

「ああ、約束する」

 そういうと、彼は自分のハンカチをほむらに渡した。

「あの、これ」

「俺が戻るまで預かっといてくれや。どうせ雨でずぶ濡れになるから、もう必要ねェ」

「……絶対」

「ん?」

「絶対無事でいてくださいね」

「おう」

 播磨はそう返事をすると、走り出した。




   *
541 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/07(土) 16:20:07.78 ID:TtSXhkSbo



 丘の上の公園。

 見滝原を一望できるその場所に鹿目まどかはいた。

 風は地上よりもはるかに強い。

 彼女の目線の先には巨大な“負の感情”の塊が見える。

 普通の人間には視認できないであろうそれは、一部で“魔女”と呼ばれるものだ。

「イーッヒッヒッヒッヒ!!」

 大きな笑い声が嵐とともに空に響く。

「っく!」

 一層強くなる風に、彼女の着ていたレインコートはすでに用をなさなくなっていた。

 ここまで来るのに逡巡がなかったわけではない。

 道中でも色々なことを考えた。

 家族のこと、友人のこと。そして何より――

「拳児くん……」

 恐らく、自分が魔法少女になることを強硬に反対するであろう男性。

 そして何より、今の彼女にとっての最愛の相手でもある。

 魔女との距離が近くなる。

(やるしかない!)

 彼女はついに決意する。

 街を守るため、そして何より最愛に人を守るために。

《まどか、覚悟はできたかい?》
542 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/07(土) 16:21:36.40 ID:TtSXhkSbo

 大嵐にも関わらず、澄ました顔で手すりの上に立つキュゥベェ。風で尻尾や耳毛(?)が
吹かれているというのに、その場から飛ばされそうな気配が一切ない不思議生物。

「うん」

 まどかは静かにうなずいた。

 世界が静かに思える。

 今、この瞬間にも激しい風や雨が身体にビシビシとあたっているにも関わらず、
そんなことは気にならない。

《さあまどか、願いごとを言うんだ》

 キュゥベェの声が頭に響く。

「叶えて、私の願い――」

 この街を守るために彼女が望む願い。

「……!」

 しかし一瞬、言葉を飲み込む。

 不意に、あの顔が頭に浮かんだためだ。

「でも、私……」

 魔女の驚異は刻一刻と迫ってきている。

《どうしたんだい? 早くしないと》

「私の、願い……」
















「待て、まどか」



 彼女の華奢な肩を掴む大きな手があった。

「拳児……、くん?」

 息を切らした播磨拳児がそこに立っていた。




   *
543 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/07(土) 16:22:35.37 ID:TtSXhkSbo


 播磨拳児がその場所に来たのはまったくの偶然、というわけではない。

 だがある意味賭けであった。

 まどかの気持ちを考え、魔女とやらを迎え撃とうとする場所を予測する。

 この予想が外れれば、彼女は魔法少女になっていただろう。

 彼が生涯で一番頭を使った瞬間でもあった。

 今まで美樹さやかの捜索や“逆結界”の設置などで街の地理は十二分に把握していたので
目的地がっ決まればそこから迷うことはなかった。

「拳児くん、どうしてここに……」

 丘の上の公園でずぶ濡れになっているまどか。

 恐らく自分も同じようにずぶ濡れだろう、と播磨は思う。

「バカなお前ェを止めるために決まってるだろう」

「そんな。でも、この街を守るためには――」

「ふざけるな!」

 そう言って、播磨はまどかを抱きしめた。

「け、拳児くん」

「魔法の力で街を守ったところで意味なんてねェんだ」

「そんな……」

「まどか」

 彼女を抱きしめたままで播磨は言う。

「本当の強さってやつはな……」
544 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/07(土) 16:23:39.80 ID:TtSXhkSbo

 嫌な空気がどんどんと近づいてくるのを感じる。

(これが魔女ってやつか)

 播磨はそう思ったがそれでも言葉を続ける。

「本当の強さってのは、奇跡や魔法では得られねェ」

「どういうこと?」

「それはただの逃げだ。本当に強いのなら、目の前のどんな現実でも立ち向かって、
乗り越えてみせる」

「でも……」

「俺たちはもう、覚めなきゃいけねェんだよ」

「……」

「この夢からな」

「拳児くん……」

 播磨は抱きしめた手を緩め、まどかと向かい合う。

 まどかは涙をたくさん溜めた目を閉じた。

 それを見た彼は、身をかがめて彼女の唇を、自分の唇でふさぐ。




   つづく
545 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/07(土) 16:26:58.92 ID:TtSXhkSbo
 最終回に続く!
546 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(埼玉県) [sage]:2012/01/07(土) 16:27:30.29 ID:wOmvSG8wo
坐して待つ!
547 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/07(土) 16:39:50.17 ID:d4ABqcS3o
スクラン全巻買ってきてしまった
中古で1000円なら安い買い物

最終回まってる
548 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山口県) [sage]:2012/01/07(土) 19:04:20.29 ID:BL1WFy2Io


いったいどうなるんだろうな
549 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/08(日) 19:58:00.90 ID:rjWT9VOTo
 最終回、というか少し長いエピローグ。

 今夜、完結。
550 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/08(日) 19:58:54.50 ID:rjWT9VOTo



 その後、どうやって自分たちが助かったのか播磨自身にも上手く説明できない。

 気が付いたときには、公園事務所の小屋の中でまどかと二人、抱き合って一夜を
明かしていたのだという。

 巨大な魔女のせいだと思われるその嵐は、堤防を決壊させて市内の約三分の一を
浸水させるという、市制始まって以来の大きな被害をもたらした。

 しかし、これだけ甚大な被害を出しながらも犠牲者は数人のけが人を除けばゼロという、
これまた我が国の災害史上稀に見ぬ奇跡を引き起こしたのだ。

 見滝原は、嵐の翌日から復興のために動き出す。

 学校や職場、それに住宅の多くが水に沈み、公共機関などのインフラストラクチャーが
ほとんどマヒしたにも関わらず、人々の表情は明るかった。

 暑い日差しが照りつける中、薄着のボランティアが泥かきをする。

 もちろん、播磨やまどかたちもまた、災害の後片付けに駆り出された。
551 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/08(日) 19:59:25.51 ID:rjWT9VOTo






   魔法少女とハリマ☆ハリオ

    #25 夢の終わり
 




 
552 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/08(日) 20:01:27.18 ID:rjWT9VOTo


 悪夢のような豪雨災害から数週間、梅雨もすっかり明けて見滝原の街に夏が到来した。

 災害など嘘のように、街には笑顔があふれている。

 多くの人々がそう感じていた。

 夏の日差しとともに、空にはすがすがしいほどの青空が広がっている。

 その青いキャンバスに一本の線を引くように伸びる飛行機雲。

 見滝原総合病院の屋上で、それを見つめる車いすの少年がいた。

 少年の後ろには、ウェーブがかった髪のおっとりした雰囲気の少女がたたずんでいる。

「夢を、見たんだ」

 少年は、ポツリとつぶやく。

「夢ですか?」

 と、少女は聞いた。

「うん。僕のこの手が治る夢さ」

「それは素敵なことですのね」

「でも、夢から覚めたら、また元のままだった。余計に悲しくなったよ」

「……たしかにそうかもしれません」

「だから僕は、その夢を現実にしてみようと思う」

「現実ですか?」

「うん」

 彼は、動かない片手を持ち上げて空にかざす。

「いつかまた、この手でヴァイオリンを弾くときがくることを願って。僕は何でもするよ」

「私も、お手伝いしてもよろしいですか?」

「え? うん」

「ありがとうございます」

「お礼を言うのは、僕のほうさ」

 少し、照れながら少年は頭をかいた。

「ありがとう、仁美――」



   *
553 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/08(日) 20:02:19.44 ID:rjWT9VOTo



 遠くで、決壊した堤防を治す工事をしている。

 そんな川を眺めながら、少女は一人、河川敷に設置してあるベンチに座り込んでいた。

 ほんの数週間前に暴れまわったとは思えないほど、その川は穏やかな流れを紡いでいた。

「はあ……」

 髪の短いその少女は一つ、大きなため息をつく。

「そんなため息ついたら、幸せが逃げるよ。さやか」

 ふと、大人の女性が彼女の隣に座った。

「母さん……?」

 さやか、と呼ばれた少女は驚いたような顔をする。

「何しに来たのさ」

 そして、ぶっきらぼうに対応する。

「母親が娘と話すのに、理由なんているの?」

「今更母親面なんてしないでよ。今日は仕事じゃないの?」

「今日は日曜日よ。仕事はお休み」

「そう」

 さやかは、顔をそらしたまま返事をした

「ねえ、さやか」

「何よ」

「私、母親失格だね」

「何を今更」
554 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/08(日) 20:02:52.09 ID:rjWT9VOTo

「その通り、今更よ。あなたと、まともに向き合ってこなかったんだもん」

「ふん」

「だからね」

「ん?」

「お友達からはじめない?」

「はい?」

「だから、私とあなたはお友達」

 そう言うと母親は悪戯っぽく笑った。

「何言ってるのよ。家族でしょう?」

「家族の形なんて人それぞれなんだから。私は私のやり方で、作って行こうって思ったの」

「……そう」

 不意にさやかは立ち上がる。

「どうしたの?」

「おなかすいた。朝ごはん、食べてなかったし」

「どこか食べに行く?」

「家で作るよ。最近、母さん外食ばっかりでしょう?」

「さやか、作れるの?」

「ちょっとは練習したんだよ?」

 それは幼馴染の上条恭介に食べさせたいと思って練習した料理だった。

 ただ、今はまた別の方向で役に立ちそうだ、と彼女は思う。




   *
555 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/08(日) 20:03:25.86 ID:rjWT9VOTo



 日曜日、鹿目詢子の朝は遅い。

「ううーん、おはよう」

 目をこすりながらパジャマ姿の詢子が台所に顔を出す。

「おはよう、ママ」

 エプロン姿の夫の和久が笑顔で挨拶をした。

「おはよう、パパ」

「おはよう!」元気よく挨拶したのは、長男のタツヤだ。

「おはよう、タツヤ」そう言ってタツヤの頭をなでる。

 その後、詢子は家の中を見回した。

「あれ? まどかは?」

「出かけたよ。拳児くんと」

「そういや、今日だったかなあ。大丈夫かな」

 ふと、詢子は何かを思い出したようで考え込む。

「まどかの心配かい? キミらしくないな」

 コーヒーを淹れながら和久は笑う。

「ああ、いや。そっちのほうは心配じゃないんだけど。“本当に心配なのは”あっちのほう」

「あっち?」

「うん」




   *

556 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/08(日) 20:04:07.57 ID:rjWT9VOTo



 平和な休日。

 駅近くの中央公園で、彼はベンチに座っている。

 こんな風に平和な休日を過ごすの何日ぶりだろう。

 見滝原警察署に勤務する刑事、霧島はその日は完全に休みとしていた。

 土曜も日曜もなく働き続けた彼にとって、何もすることのない休日というものは逆に
苦痛でもある。

 そのため、後輩の警官から「相談がある」と言われたときは、面倒だ、と思う反面、
予定ができて少しうれしいとすら思えていた。

「先輩、霧島先輩」

 橘という後輩刑事が私服姿で駆け寄ってくる。

「橘……」

「すいません、お待たせして」

「いや、別に待ってない」

 待ち合わせの30分前にすでにその場にいたことは秘密だ。

「それより先輩、腹減ってません?」

「そういえば、もうすぐ昼だな。どっか食いに行くか」腕時計を見ながら霧島は言う。

「いや、それなんですけど」

「ん?」

「霧島さああああああん!」

「!?」

 どこかで聞いたことのある甘ったるい声が聞こえてきた。

「は!」
557 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/08(日) 20:04:47.11 ID:rjWT9VOTo

 彼の目の前には、いつの間にか風呂敷に包まれた重箱を抱えたメガネをかけた女性が
立っていたのだ。

「早乙女先生?」

「どうも、お久しぶりです」

 知り合いの紹介で顔見知りとなった、見滝原中学の教諭、早乙女和子であった。

「では、僕はこれで」

 橘は忍者のように静かにその場を離れようとする。

「おい橘! これはどういうことだ」

「スイマセン、詢子さんに言われたんです。僕にはどうすることもできません」

「はあ? おい待て!」

「あと、僕は妻(マイラブリーワイフ)を待たせてるもので。これで失礼します!」

 霧島が橘を追いかけようとすると、その間に和子が割って入る。

「あの、早乙女先生」

「和子で構いませんわ、霧島さん」

「あの、その……」

「今日はお弁当を作ってまいりました! 一緒に食べましょう」

「へ?」

「霧島さん!」

 ヤクザやチンピラを相手にしても、一歩も引かない自信のある霧島だったが、
この日はタジタジであったという。



   *
558 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/08(日) 20:05:23.30 ID:rjWT9VOTo



 同じ日。

 播磨とまどかは都内某所にいた。

 洋風と和風のまざったようなその建物に、播磨はまどかを連れて再び足を踏み入れる。

「あら、いらっしゃい」

 先日とはまた違った着物のような服装で出迎えるこのミセの主人、壱原侑子(偽名)。

 播磨たちは靴を脱いで、ミセの奥に入る。

 この日は前と違って晴れていたので、ミセの雨戸はすべて開かれており、部屋の中も明るく感じた。

 部屋から広い庭が見える。

「可愛らしい女の子を連れているじゃない? 妹さん?」

「いや、違います。知り合いの娘さんです」

「か、鹿目まどかです」

 まどかはそう言って、一礼する。

「ふふ、本当にかわいい」

 まどかの顔を見て、侑子は微笑む。

「それにしても暑いわね」

 そう言うと、侑子はペットボトルの水をコップに注いでぐびぐびと飲んだ。

「ぷはああ。生き返る、あなたも飲みなさい」

 侑子は、空いているグラスを出して、そこに水を灌ぐ。
559 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/08(日) 20:06:04.27 ID:rjWT9VOTo

「スンマセン」

 客に水を出すのもどうかしている、と思ったが播磨自身、喉が渇いていたので
ありがたくいただくことにした。

 しかし、

「ぶっ!」

「あらもったいない」

「まどか、飲むな! こりゃ焼酎だ!」

「ふえ?」

「なんてもの飲ましやがる」

 播磨の抗議にも関わらず、侑子は涼しい顔をしていた。

「あら、いいじゃない。暑いときは冷えた焼酎。最高よ」

「俺たちゃ未成年だ!」

「もう、固いこと言わないの」

 侑子がケタケタ笑っていると、不意に部屋のふすまが開いた。

「もう、侑子さん。お客様にはちゃんとお茶をお出ししないと」

 どこかで聞いたことのあるような声がしたと思い、播磨は顔を上げる。

「あ、お前ェは……」

「あら、お久しぶりね」

 特徴あるクルクル巻いた髪の毛。そして豊満な肉体……。

「マミさん!」
560 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/08(日) 20:06:50.76 ID:rjWT9VOTo

 まどかが思わず声を出す。

「ふふ、こんにちは。鹿目さん、それに播磨さんも」

 そう言うと、マミは冷えたアイスティーを二つ、テーブルの上に乗せる。

「巴、お前ェ……、どうしてここに」
 
 播磨がそう聞くと、マミではなく侑子が答えた。

「アルバイトよ」

「アルバイト?」

「ええ。ちょっと人手が欲しくてね。料理をしたり、掃除をしたり」

「そうなの。私たちは、ここで働かせてもらっているの」

「ちょっと待て。私“たち”?」

「アタシもいるぜ」

 勢いよく誰かが入ってきた。

「佐倉!」

 赤みがかった長い髪を後ろでまとめた活発そうな少女が飛び出てくる。

「もう杏子さん? お風呂の掃除終わったの?」と、マミが苦笑しながら聞いた。

「あんなもん楽勝よ。へへ」

 杏子は得意げに笑う。

「この子たちは、魂がないからこのミセの中以外では動けないけど、なぜか現世に
とどまってしまったのよね」

 侑子はそう説明した。

「そうなのか……」

「でも不思議よね。魂がないから、本来なら消えてしまうのに。ねえ、ハリオ。
あなた、彼女たちに何かしたんじゃない?」
561 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/08(日) 20:07:45.03 ID:rjWT9VOTo

「え?」

 二人の顔を見ると、唇のあたりを押さえて顔をそらす。

(まさか……)

「拳児くん……?」

 隣にいるまどかが、やや暗い顔で播磨を睨む。

「ふふ。冗談よ。彼女たちは私の“チカラ”でここに残しているの。それよりハリオ」

「おう」

「今日はどういうご用かしら?」

「ご用っつうか。まあ礼を言いに来た。色々と世話になったし」

「あら、随分遅いんじゃない?」

「仕方ねえだろう。街が浸水して、後片付けとか忙しかったんだし」

「それもそうね。でも、こうやってもう一度来ただけ偉いわ」

「まあ、最低限の仁義だと思う。ただ」

「何?」

「例のシステムを壊すのに、あの程度の対価で済んだのは、ちょっと不思議だと思ったんでよ」

「ふふ、そうね。あなた一人では確かに荷が重いわ。でもね」

「ん?」

「システムの消滅を願ったのは、あなた一人ではない、ということもあるわ。

だからそういうときは、皆で対価を分割するべきだと、思わない?」

「そりゃあ……」

「ハリオ。あなたがあの街で紡いだ絆が、大きな力になったってことよ」

「そうなんっすか」

 播磨は、見滝原で出会った色々な人の顔を思い出す。

 親しく付き合った者もいれば、そうでない者もいる。

 彼らの存在も、播磨にとって支えとなったことは、事実だ。




  *
562 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/08(日) 20:09:56.71 ID:rjWT9VOTo



 短い挨拶を終えた播磨とまどかの二人は、ミセを出ることにする。

 玄関前には、侑子だけでなくマミと杏子も見送りに出てきた。

 彼女たちはミセの敷地から出ることができないので、玄関での見送りとなるらしい。

「ありがとうっす。本当に」

 靴を履いて、改めて播磨は礼を言う。

「お世話になりました」

 隣のまどかも、そう言って深く頭を下げる。

「何だか夫婦みただな」

 笑いながら杏子が言うと、

「ふえ? 何を」

 まどかは顔を真っ赤にして驚いていた。

「ハハハ。初々しい反応ね。お姉さんそういうの好きよ」

 その反応に、ミセの三人は笑う。

 いい笑顔だ、と播磨は思った。

「あんまりまどかをからかうんじゃねェぞ。それじゃ、俺たちは行くから」

 播磨はそう言って別れを告げる。

「元気でね、鹿目さん。播磨さん」笑顔でマミは告げた。

「達者で暮らせよ、お前たち」と、杏子も続く。

「また必要になったらいらっしゃい。その時は、いつでも待ってるわ」

 最後はミセの主人、侑子の言葉で終わる。

「じゃあな」

「失礼します」

 そう言うと播磨とまどかの二人は、歩いてミセの敷地を出た。
563 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/08(日) 20:10:39.46 ID:rjWT9VOTo

 外の日差しは強く、セミの鳴き声が聞こえる。

 世間夏真っ盛りだ。

「終わったのか……」

 そう言って播磨は振り返る。

「うん」

 まどかも振り返る。

 播磨とまどかの見つめる先。そこには、広くて何もない更地があるだけであった。


「……行こうぜ」

「うん」

 しばらく眺めた後、彼らは歩き出す。

「ねえ、拳児くん」

 歩きながらまどかが話しかけてきた。

「ん? どうした」

「手、つなごうか」

 少し照れくさそうに、まどかは言う。

「いいぜ」

「ふふ。ありがとう」

 まどかの小さく柔らかい手が、ごつごつとした播磨の手に包まれる。

「夏だね」

「ああ。夏だ」

 他愛もない会話を繰り返しながら、二人は駅まで歩くのであった。





   おわり    
564 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/08(日) 20:25:47.37 ID:rjWT9VOTo

 これにて終了でございます。

 過去三作の中では一番特殊能力の無かった主人公でしたが、一番デカイことをやってしまった。

 外側から見たまどか☆マギカ。いかがだったでしょうか。

 魔女や魔法少女とは直接かかわらせずに物語を進めるというのは、結構つらいものでありました。

 結局播磨は魔法少女も魔女も、一度として見ていないんですね。

 前作の孤独の魔法少女で、ほむらが言った「本当の強さ」というものを今回は追及してみた結果、
こうなったのです。

 といっても、オチ(結末)については途中まで考えていませんでした。

 納得いかねえ、という方もいるかもしれませんが、申し訳ない。

 ここいらが限界だ。

 現実の世界に奇跡や魔法はないけれど、希望がないわけではない(絶望は結構ある)。

 それでは、長い投下となりましたがここまで読んでいただきありがとうございます。

 またいつかどこかでお会いしましょう。


 ◆tUNoJq4Lwkこと、イチジクでした。

 
565 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/08(日) 20:26:40.28 ID:rjWT9VOTo
 はりおん! はまだ続きます。

 今日から新シリーズです。時間がありましたら、どうか見てやってください。
566 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です) [sage]:2012/01/08(日) 20:32:35.64 ID:2ao45Ta7o
おつ

いい主人公だったぜ
567 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) [sage]:2012/01/08(日) 20:39:18.59 ID:EhBPbVgAO

楽しませてもらった
568 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山口県) [sage]:2012/01/08(日) 20:46:12.25 ID:5gM98D47o


面白かった
また何かやって欲しいな
569 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/08(日) 20:54:32.90 ID:CCU7LgnDO

今まで楽しませてもらった。
次も頑張って下さい。
570 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(岡山県) [sage]:2012/01/08(日) 20:56:45.45 ID:mlxMkqmho

ほむー
571 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/08(日) 21:11:57.42 ID:rBGxN1pno
乙ほむ
しかしエピローグにメガほむ未登場ってどういうことなの……
572 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) [sage]:2012/01/08(日) 21:29:42.74 ID:NOgCzD720
幸せだ
このスレのおかげで俺はいま幸せだ
573 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(徳島県) [sage]:2012/01/08(日) 21:51:51.02 ID:wwix06JLo
良いハッピーエンドだった
一つ不満を言うなら
エピローグにメガほむの出番が無いこと
574 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/08(日) 21:56:59.84 ID:2ao45Ta7o
……おいおいお前ら





>>1がそんなミスをするもんかよ
メガほむは、番外編のヒロインに決まってるだろ?
575 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/01/08(日) 23:17:46.30 ID:e1FW4mIh0
なんだ、ほむほむ最後出さないのかと思ったが

そうか、番外編か。焦らしやがるぜ
576 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [sage]:2012/01/09(月) 01:19:06.41 ID:EWw0CUBZo
     _. -‐- 、 ,. -─;-
     >- !i! ′ !i!  ̄`>
.    /  i!i  !ii  i!i  i!i \
   '7"´!i!  i!i  ,.、 i!i  !i! ゝ    いいか お前ら…
.   イ !!i , ,ィ /-ヽ. ト、 ii! ii |゙
   | i!i /l/‐K ̄ ,ゝl‐ヽ!、i! |    考えるな………!
   ,h ノ==。= ,  =。== i r〈
    |f_|.| `二ニ | | ニ二´ |.|f,|     「>>1がほむらの存在をガチで忘れている」
    ヽ_|| , -‐' 、|_レ ー-、 ||:ン
     ハ l ー───一 l ハ     可能性なんて………!
_,.. -‐1:(:lヽ.   ==   /l:((!`''ー-
...l.....l....|::):l ::\    /  l::)):|....l.....l
...l.....l...|((:)l.  ::::`ー'´::   ,'((::(| ..l.....l
...l.....l...|::))(:ヽ.  ::::::   /;リ::)):|...l.....l
...l.....l..|::((::));.ヘ     /へ:((:(:|...l.....l
577 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(中国・四国) [sage]:2012/01/09(月) 07:25:36.69 ID:CwR38OYAO
魔女や魔法少女が消えているので、播磨とほむの出会いも無くなるのでは?
578 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西・北陸) [sage]:2012/01/10(火) 12:36:56.63 ID:4CwQ9bYAO
結局マミさんが播磨を(性的に)襲った理由はなんだったのか気になって仕方がない
579 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/10(火) 20:02:27.08 ID:9ZYvhkCEo
魔法少女とハリマ☆ハリオ・オルタナティブ計画進行中。



これでいいんだな。

さあ! 早く子供たちを解放するんだ!
580 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/01/10(火) 20:45:13.72 ID:E6ferRnZ0
1乙!
ヒャッハー!!
これは楽しみです!!!
581 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2012/01/10(火) 21:29:02.57 ID:aREJHTjAO
いいだろう、子供達は返してやる

お土産に山盛りの駄菓子を持たせてな!
582 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/11(水) 04:31:53.62 ID:5277Vpal0
さあ、物語が始まる
583 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/12(木) 19:16:55.43 ID:B2Dkg7who
   ☆お知らせ☆

 こんばんは。

 魔法少女ハリマ☆ハリオ ・ オルタナティブの投下日が決定しました。

 1月15日(日曜日)から投下開始。全6話を予定しております。

 なお、当日は『はりおん!』の最終回も予定しておりますので、興味のある方は
ぜひ、そちらもご覧ください。

    ◆tUNoJq4Lwkイチジクからのお知らせでした。
584 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(岡山県) [sage]:2012/01/12(木) 19:22:18.73 ID:W6UxfgGdo
把握!
585 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/13(金) 18:57:39.76 ID:teW5OHYno
訂正。はりおん!の最終回は土曜日(14日)でした。
586 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長野県) [sage]:2012/01/13(金) 20:02:15.46 ID:1ziSENfQo
何!?じゃあこの脱いだ衣服はどうすれば!?
587 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山口県) [sage]:2012/01/13(金) 21:51:12.61 ID:OSv3E7IIo
>>586

今すぐスチュアート大佐ごっこをするんだ!
588 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(岡山県) [sage]:2012/01/13(金) 21:52:01.96 ID:Zzz3/OgWo
とりあえずパンツだけでも履いとけww
589 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) [sage]:2012/01/15(日) 00:19:33.38 ID:PTrykW6p0
まて







ネクタイを忘れるな
590 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/15(日) 19:47:16.75 ID:EP0D5twCo

 みなさま、こんばんは。お待たせしました。

『はりおん!』も終わりましたので、今夜『魔法少女とハリマ☆ハリオ』の

オルタナティブを開始したいと思います。

 これは『はりまど』に隠されたもう一つの物語。

 本編を読まれたことを前提に書かれているので、未読のかたはまず>>1からどうぞ。


 あと、知らなければ良かった、と思える真実もあるかもね。 
591 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/15(日) 19:48:22.76 ID:EP0D5twCo

   プロローグ


朝の教室――

「皆さん、はじめまして。あ、暁美ほむらです」

 精一杯の声を出そうとしたほむらの声は、力み過ぎたせいでやや裏返ってしまった。

「はい、よろしくね」

 担任の早乙女和子教諭がそう言うと、教室内で拍手が起こる。

 彼女の新学期は、数週間遅れてやってきた。


   *


「ねえ、暁美さん、どこから転校してきたの?」

「都会からなんでしょう?」

「この街はどう?」

「何か部活やってた?」

「え? え?」

 数人の女子生徒の囲まれた少女は、必死に答えようとする。

 しかし誰から、そしてどういうふうに対応していいのかもわからず混乱してしまう。

「暁美さん大丈夫?」

「ご、ごめんなさい。すいません」

 ほむらは頭を抱えた。

 初日からこんな状態では先が思いやられる。
592 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/15(日) 19:49:18.42 ID:EP0D5twCo

 新しい日々の始まりにも関わらず、彼女の気持ちは晴れやかどころか暗く沈みかけていた。

「みんな、いきなり色々なことを聞いたら迷惑だよ」

 ふと、生徒の誰かがほむらを取り囲む女子生徒たちに向かって言う。

 ほむらの視界に、ふわりと揺れる赤いリボンが入ってきた。

 少し長めの髪の毛を二つに縛った小柄な女子生徒だ。

「大丈夫? 暁美さん、気分悪いの?」

 赤いリボンの少女は笑顔でそう呼びかけてきた。

「あ、少し」

「じゃあ、保健室行こうか。私保健委員だから」

「……うん」



   *



 保健室に行くほどの重症ではないのだけれど、あの混乱の渦から抜け出せたことに
ほむらはホッとしていた。

「あ、あの……」

「ああ、自己紹介がまだだったね」

 少女はそう言って振り返る。

「え?」

「私、鹿目まどか。よろしくね」

「は、はい。暁美ほむらです。こちらこそよろしく……」

「大丈夫? 顔色悪いけど」

「ごめんなさい、私、この前まで入院してて、学校生活自体まだ慣れていないんです」

「そうなんだ、大変だね」

「え、はい」

「困ったことがあったら何でも言ってね」

「あ、ありがとう」

 それが暁美ほむらと鹿目まどかの最初の出会いだった。
593 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/15(日) 19:49:58.17 ID:EP0D5twCo






   魔法少女とハリマ☆ハリオ

      オルタナティヴ

   ♭1 もう一つの出会い




594 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/15(日) 19:51:20.25 ID:EP0D5twCo

 ほむらにとって、学校生活がこれほど疲れるものだとは思わなかった。

 既に始業式から一週間以上経っており、学年はじめのオリエンテーリングなども終わって
いるので、いきなり授業を受けなければならない。

 入院生活が長かったため、授業について行くのも必死だ。

 そして何より、体力がついていかなかった。

 体育の授業はあえて受けて見たけれど、グラウンドを一周走っただけで息が上がってしまい、
とても何かをやれる状態ではない。

 授業が終わり、帰宅するころにはもうクタクタであった。

 何人かの生徒が、帰りにどこかへ寄って帰ろうと誘ってくれたけれども、ほむらは丁重に断る。

 何か用があるというわけではなく、とにかく疲れてしまい何もする気が起こらなかったのだ。

(あ、しまった……)

 しかし学校の帰り、まだ新しいスケッチブックを買っていないことを思い出す。

 彼女の趣味は絵を描くこと。

 退屈な入院生活の中で、唯一楽しめることであった。

(どうしよう)

 家に帰ってからまた買いに出かける余裕などない。

 ならばここは少々辛くても、買って帰ろう。

 そう思ったほむらは、疲れた体を叱咤しつつ、駅前の文房具店に足を向けた。

 さすがに家の近くのコンビニでスケッチブックは売っていないからだ。

(ああ、早く帰って休みたいな)

 そんなことを思いながら、重い足取りで彼女は道を歩く。
595 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/15(日) 19:51:48.75 ID:EP0D5twCo

 その時――

「え?」

 急に周囲が暗くなる。

「どういうこと?」

 辺りを見回すと、それまで通行人や車が走っている道が見えない。

 それどころか建物すらわからなくなっている。

 何だか、いきなり別世界に連れ去られてような感覚。

(どこ?)

 場所がわからない。

 というか方角すらわからない。

 ただ、この場所にいたら危ない、それだけはわかった。

(逃げなきゃ!)

 頭ではそう思うのだが身体が上手く動かない。

 そうこうしているうちに、自分の周りに巨大な蛾や奇妙な形をした動物が現れた。

「え? これ何?」

 何だかよくわからない正体不明の生物がほむらを囲む。

「……!」

 声が出ない。

 ここから早く逃げないと。

 不意に物凄い速さで何かが通り過ぎた。

「ひゃっ!」
596 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/15(日) 19:52:29.18 ID:EP0D5twCo

 驚いた彼女はバランスを崩し、その場に尻餅をついてしまう。

(どうしよう)

 早く逃げたいのに立ち上がれない。

 恐怖のあまり、ほむらは頭を抱えその場にうずくまってしまった。

(助けて! 誰か!)

 声にならない声を発する。

 本当にもう、おしまいかもしれない。

(誰か――!)



「おい」



 不意に視界が開ける。

 誰かが彼女の肩を触った。

 顔を上げると、そこには大柄な男性が覗きこんでいる。

 サングラスにヒゲ、それに長めの髪の毛をカチューシャでおさえている男性。

 普段なら絶対に驚いて声をあげてしまうような、いわゆる“怖い大人”だったのだが、
その時のほむらにとっては、まるで神様か仏様のように見えた。

「大丈夫か」

 ゴツイ見た目とは裏腹に、優しげな声で話しかける男性。

 何か返事しなければ、と思ったのだが嬉しさと驚きと恐怖で胸が詰まり声が出ない。

「おい」
597 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/15(日) 19:53:12.86 ID:EP0D5twCo

 男性が再び声をかけた。

「ふえ?」

 間抜けな声が出る。

 しまった、と彼女は思ったがどうしようもない。

「大丈夫か?」

「あ、あわわわ」

 ほむらは再び周囲を見回す。

 そこは先ほどまで見た、街の歩道である。

 車が行き交い、仕事帰りのサラリーマンや学生が歩いている。

「具合でも悪いのか」

「そ、そういうわけじゃ」

「立てるか」

「え……、は!」

 ほむらは立とうとするも、上手く立てずその場でバランスを崩し、再び尻餅をついてしまう。

「お、おい」

「すいません、すいません」

 ほむらは涙声で謝る。

 通行人が注目しているのがわかったら余計に申し訳ないという気持ちになってしまった。

「仕方ねェ」

 困り顔の男性は、意を決したように屈みこむ。
598 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/15(日) 19:53:42.75 ID:EP0D5twCo

 ほむらの身がふわりと浮きあがる。

「へ? 何を」

「すぐ近くのベンチまで移動する。大人しくしてろ」

 男性が、彼女のカバンと彼女自身を抱え上げたのだ。

 ほむらは恥ずかしさのあまり、声が出なくなってしまう。

 でもそれは、決して悪い気持ちではなかった。

(これが男の人の匂い……)

 彼女にとっては、父親以外で初めて感じる男の匂いだった。



   *



 近くの公園まで抱きかかえられて連れて行かれたほむらは、そこのベンチに座らされた。

「ここでいいな」

「あ、はい」

 ぶっきらぼうな言葉づかいに対して、その態度は優しい。

「ちょっと待ってろ」

 そう言って足早にかけていくサングラスの男性。

 公園のベンチで一人になり、自らの状況を思い出すと急に恥ずかしくなってきた。

(お、お姫様抱っことか、漫画の中だけの話だと思ってたのに……)

 しばらくすると、件の男性が戻ってくる。
599 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/15(日) 19:54:22.65 ID:EP0D5twCo

「これ……」

「え?」

 そう言って手渡したのは『農協夏みかんジュース』である。

(は、これ。茨城にしか売ってないと思ってたけど、ここにもあったんだ)

 みかんジュースの中でも、この農協夏みかんジュースは、ほむらのお気に入りの一つであった。

「あ、ありがとうございます」

 ほむらはジュースを受け取る。

 冷えているため、微かに濡れている缶の表面がまた気持ちよかった。

 ジュースの缶を手渡した男性は、ゆっくりとほむらと同じベンチに座る。

「落ち着いたか」

「はい。もう大丈夫です。すいません、私なんかのためにこんな親切にしていただいて」

「いや、別に……」

「……」

「それよりどうして、あんな所にうずくまってたんだ? 危ないだろう」

「あの……、それは」

 ほむらは口ごもる。

 本当にこんなことを言ってもいいのだろうかと思ったからだ。

 言ったところで信じてもらえるとは思えない。

 彼女が迷っているところで、相手のほうから質問してきた。
600 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/15(日) 19:54:56.70 ID:EP0D5twCo

「病気か何かか?」

「そういうわけではないと思うんですけど」

「ん?」

「あ、いや、確かに病気はしてました。ついこの間まで入院してたんです、私」

「そォか」

「あの」

「ん?」

 ほむらは男性の顔を見据え、少しだけ勇気を出して聞いてみた。

「あなたは、お化けとかって信じますか?」

「何言ってんだ?」

「ああいえ、すみません。ちょっと気になったもので」

(やっぱりそうだ。これが普通の反応だ……)

 ほむらは焦りを隠すように目を伏せた。

「別に、信じてねェよ。いるわけねェだろう」

「そうですよね……。やっぱり気のせいだったんだ」

「ん?」

「いえ、何でもありません」

「それより、その制服」

 男性が、彼女の服に向けて指をさす。

「これですか?」
601 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/15(日) 19:55:39.60 ID:EP0D5twCo

 ほむらは、自分の着ている制服を見ながら言った。

「確か、見滝原中学のもンだろう?」

「え、はい。そうです。ご存じなんですか? もしかしてOBの方とか」

「いや、そうじゃねェ。俺、今年ここに引っ越してきたばっかだから」

「あ、じゃあ私と一緒ですね」

「ん?」

「私、去年まで東京の学校に通ってたんです。といっても、病気で入院しちゃったんで、
あんまり思い出はないんですけど」

「そうか、大変だな」

「あの、それじゃあなんで、この制服が見滝原のものだってわかったんですか?」

「ああ、知り合いがな、そこの中学に通ってんだよ」

「はあ」

「鹿目まどかって、いうんだけど。知ってるか」

「え!?」

 ドキリとした。

 まさかここで、知り合いの名前が出てくるとは思わなかったからだ。

 世間は狭い。

「か、鹿目さんとお知り合いなんですか?」

「ん、まあ。たまたま知り合ったっていうか。同居人のつながりで」

「そうなんですか。鹿目さんて、優しくて親切で、いい方ですよねえ」
602 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/15(日) 19:56:15.45 ID:EP0D5twCo

 困っていた自分に声をかけてくれたまどかという存在は、ある意味恩人であった。

「お前ェ、まどかのこと知ってるのか」

「はい、同じクラスになったんです」

「そォか。仲良くしてやってくれよ」

 そう言って男性は優しく微笑む。

 サングラス越しでよく見えなかったけれど、それも優しい笑みだと彼女は思った。

「あ、はい、でも彼女は保健委員で、私のほうが世話になりっぱなしで」

「世話に?」

「退院したばかりで、体力もなくって、勉強もあんまりついていけてないんです。
そんな私をフォローしてくださったのが、鹿目さんです」

「そういや、アイツは世話好きだったな」

 彼は何かを思い出しているように、宙を見つめる。

 きっと、自分の知らないところで鹿目まどかとの思い出があるのだろう。

「そうだったんですか、鹿目さんのお知り合い……」

 今日会った鹿目まどかの顔を思い出していると、不意に男性は言った。

「なあ、もう歩けるか?」

「え? はい」

 男性と話しているうちに、先ほどまでの動悸はすっかり収まったようだ。

「そうか。もうすぐ暗くなるから、早く帰れよ」

 男性はそう言うと立ち上がる。
603 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/15(日) 19:56:58.51 ID:EP0D5twCo

 ほむらはなぜか、できればもう少しだけその人と一緒にいたいと思った。

「あ、あの!」

 そして思わず、呼び止めてしまう。 

「なんだ」

 ほむらの声に、相手の動きが止まる。

「あの、私、暁美ほむらっていいます」

「ん?」

「お名前、お聞きしてよろしいですか」

「ん、ああ。播磨拳児だ」

「ハリマ、ケンジ……」

 ほむらは、その名前を頭の中で何度も繰り返す。

「じゃあな」

 播磨はそう言って手を振った。

「ありがとうございます……!」

 ほむらは、その姿に深く頭を下げる。

(ハリマケンジ……)

 その名前を心の中でつぶやくたびに、彼女の胸が大きく高鳴った。

  


   つづく
604 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/15(日) 20:00:24.02 ID:EP0D5twCo
第一話終わり。

本当はスクラン増刊号のように、所々にエピソードを挟もうと思ったのだが、そんな余裕はなかった。

ちなみに、スクランと同様に本編のナンバリングは♯、オルタは♭としました。

これで未回収の伏線が回収できるのか。それは今後のお楽しみ。
605 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/15(日) 20:01:32.61 ID:EP0D5twCo
>>604

訂正(二行目)

×所々に

○時々
606 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(岡山県) [sage]:2012/01/15(日) 20:19:43.11 ID:JokgOWtco

そしてめがほむの切ない恋の物語が始まるのか……胸熱ww
607 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/16(月) 02:31:55.08 ID:vhu2zHnDO
おつおつ
なるほど、確かにスクランもマガスペの方読んでないと「あれ?」ってなる所あったもんな
件のマミさんのくだりはあれに相当する訳だ

話のナンバリングが♯だった時点でこの補完は気付くべきだったぜ…
608 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西・北陸) [sage]:2012/01/16(月) 15:30:00.59 ID:QDdKzccAO
メガほむ一周目、まどかじゃなくても親切にされたら割と簡単にコロッと落ちると言うか、懐きやすそうだよな
播磨みたいなタイプが相手だと余計に
なんか鳥の雛みたいな子だ
609 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/16(月) 19:31:18.60 ID:FwuKrF9no
 第二話、ちゃっちゃと行きます。
610 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/16(月) 19:32:23.09 ID:FwuKrF9no
 ♭2 プロローグ

 さやかはその日、親友のまどかと一緒に、駅前の大型ショッピングモール内にある
CDショップでCDを見ていた。

 入院している幼馴染の上条恭介に持って行くためのCDを選んでいたのだ。

 元々クラシックには興味なかったさやかだが、ヴァイオリンの演奏者である恭介と話を
合わせるためにも、色々とクラシック音楽、とくにヴァイオリンの演奏曲を聴いている。

「あれ? まどか」

 一緒に来ていたまどかが、宙を眺めながらそんなことを口走る。

「呼んでる」

「え?」

 メルヘン好きな彼女は、時々変なことを口走ることがあるので、今日もまた、
中学二年生がかかる特殊な病気がはじまったのかと思っていた。

 しかし、

「こっちか」

 そう言ってまどかはCDショップを出る。

「ちょっとまどか。待ってよ」

 まどかは誰かに引き寄せられるように、早足で進む。

「まどか、どこへ行くんだよ」

「ここからかな」

「何がだよまどか」

「誰かが助けを求めてるの」

「へ?」

 そう言うとまどかは、『立ち入り禁止』と書かれた区域へと入って行った。
611 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/16(月) 19:33:00.58 ID:FwuKrF9no




   魔法少女とハリマ☆ハリオ

     オルタナティブ

    ♭2 魔法少女




612 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/16(月) 19:34:05.37 ID:FwuKrF9no


「まどか、まずいよ。何だか嫌な予感がする」

 薄暗い立ち入り禁止区域の中をまどかとさやかは歩く。

 さやかは、その場所からただならぬ雰囲気を感じ、まどかをとめようとするも、
彼女はずんずんと先に進んでしまうのだ。

「まどか」

 グイと、さやかはまどかの肩を掴む。

「さやかちゃん?」

「警備員さんに見つかったら怒られるから、早く戻ろう」

 そう言って、まどかを説得するさやか。

 本当は、それ以外にも嫌な予感がしてたまらないのだが、それを口に出してしまうと、
もっと怖くなってしまいそうなので、胸の奥にしまっておいた。

「でも、誰かが助けを求めてるんだよ。聞えない?」

「聞えないよ。夢でも見てるんだろう? ほら、行こう」

 さやかは、そう言うとまどかの腕を引っ張って元の場所へ戻ろうとした。

 しかしその時、

「あれ? こっちでいいんだっけ」

 先ほど歩いていた場所と違う、空気が流れる。

「何これ」

 変な、アリ塚のようなものが彼女の目の前に現れた。

 それと同時に、やけにカラフルな色合いの蛾が飛び出す。それもかなり大きい。

 周囲を見ると、そこはもうショッピングセンターのバックヤードなどではなく、
もっと別の世界のようだ。

 暗く、気味の悪い色の不気味な世界が広がっている。
613 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/16(月) 19:34:45.16 ID:FwuKrF9no

「きゃあ!」

「まどか!」

 さやかはまどかをかばう。

 近くには、コウモリのような奇妙な動物が飛び交う。

 さやかの心臓が高鳴る。

 先ほどまで、ふつふつと静かに沸き起こっていた恐怖心が、今は沸騰したお湯のように
あふれ出てきた。

「まどか! 逃げよう」

「逃げるってどこに?」

「とにかく逃げるんだよ!」

 こんな場所にいたらどうなるかわかったものじゃない。

 そう確信したさやかは、まどかの手を引いてその場から逃げようとする。

 目の前の光景も気持ちが悪く、出口がどこかもわからない。

 それでも、その場に留まっているよりは幾分マシだろう。

 しかし、

「さやかちゃん、待って!」

 そう言ってまどかが立ち止まった。

「何やってんだまどか」

「あそこ」

「ん?」

 まどかの視線の先には、白い生物がいた。

 さっきから周りを飛び回っている不気味の生物の仲間だろうか。
614 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/16(月) 19:35:18.79 ID:FwuKrF9no

「あなたが私を呼んだの?」

 まどかは、その白い生物に語りかける。

 さやかもその生物をよく見てみると、猫のような外見をしていると思った。

 けれど、猫よりも大きな尻尾を持っており、耳の辺りから長い毛のようなものが生えている。

「まどか!」さやかは呼びかける。

「ほら、おいで」

 まどかが両手を広げると、その白い生物はピョンピョンと飛び跳ねるようにまどかのもとに
やってきた。

「こっちに」

 そしてまどかは、その白い生物を抱き上げる。

「ほら、行くよ」

 さやかはまどかのその一連の行為を見守った後、その場から逃げることにする。

 しかし、

「くっ!」

 目の前には、巨大な目玉のような不気味な生物が立ちはだかる。

 明らかにヤバイ雰囲気だ。

 以前、野良犬に睨まれたことがあったさやかだが、その時と同じ、いや、それ以上の緊張感を
味わっている。

「これはマズイかも」
615 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/16(月) 19:35:47.53 ID:FwuKrF9no

 引き返そうと後ろを見ると、こちらも先ほどの蛾やコウモリのような形の化け物が迫って
きている。

「囲まれた」

「どうしよう」

 不安そうにするまどか。

(この子は、あたしが守らないと――)

 さやかは恐怖心を押し殺すように心の中でつぶやく。

 そうしないと、パニックになってしまいそうだったからだ。

 しかし、

(武器、武器はないかな)

 周りに武器になりそうなものはない。

 空手などの格闘技の経験もないさやかにとって、徒手空拳ほど心細いものはない。

「うう……」

 じりじりと迫ってくる目玉のお化け。

「そうだ、蹴りを」

 足元が震える。

 とても靴跡を付けられそうにない。

「さやかちゃん」

 まどかが身を寄せる。

「まどか」
616 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/16(月) 19:36:16.65 ID:FwuKrF9no

 それをかばうように、さやかはまどかを両手で抱いた。

 その時、

 風船が割れたような音とともに、目の前の目玉のお化けが弾け飛ぶ。

「え?」

 一瞬、何が起こったのかわからなかった。

 そして次の瞬間、同じように化け物が弾けて行く。

「どういうこと?」

 さやかとまどかの二人は、何が起こったのかよくわからずそのまま呆けていると、
何者かの足音が近づいてきた。

 今度は人間だ。

 歩き方が、今までの化け物とは違う。

「危ないところだったわね」

「あ……」

 暗がりの中から、小さな宝石のようなものをを手に持った少女が現れた。

 その宝石は、まるで電球のように黄金色に輝いている。

「あなたは……」

 少し背が高く、長い髪をくるくる巻きにした女性。着ている服を見ると、さやかたちと同じ
見滝原中学の制服であった。

「あら、キュゥべえを助けてくれたのね。どうもありがとう」

 制服の少女はそう言ってほほ笑む。

「キュゥべえ?」
617 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/16(月) 19:36:51.20 ID:FwuKrF9no

「そこの女の子が抱っこしている子よ。その子は私のお友達なの」

「あの、あなたは……」

「あら、自己紹介がまだだったわね。でもその前に――」

 少女は手に持っている光る宝石を掲げる。

「ちょっと一仕事」

 そう言うと、掌の上にある宝石は、先ほどよりも強い光を放った。

「うわっ」

 あまりに眩し過ぎて、さやかたちは直視できない。

 しかし、光に目が慣れてしっかりと前を見据えた時、目の前には制服姿とは違う、別の服を着た
先ほどの少女が立っていた。

「ええ?」

 小さな帽子を被り、可愛らしくかつカッコイイ服装に身を包んだ少女はまるで、

「魔法少女みたい」

 まどかはつぶやく。

「ふふ、鋭いわね、あなた」

 そう言うと巻き髪の少女は、どこからか映画に出てくるような銀色のマスケット銃を取り出した。

「え?」

「危ないから二人とも、私の後に来なさい」

「え、はい」

 少女に言われるまま、さやかたちは背後に回る。

 目の前が開けた少女は、持っていたマスケット銃を次々に撃ちだす。
618 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/16(月) 19:37:49.54 ID:FwuKrF9no

 光の弾が先ほどの化け物に命中すると、まるで風船が割れるようにいなくなってしまう。

 しかし化け物の数は多い。

「キリがないわね。早く本体を見つけないと」

 そう言うと、少女は更に被っている帽子を大きく振る。

 すると、今まで地面に現れていたマスケット銃が、空中に現れる。

「弾丸のシャワーといきましょうか」

 飛び立つ少女。

「逝きなさい!」

 少女の叫びとともに、大量の光の弾が降り注ぐ。それはまるで流星のようだ。

 しかしその流星は、空中や地上にいる化け物どもを次々に駆逐していく。

 まるで花火大会でも見ているような密かな興奮がさやかたちを包んだ。

「うわ……」

 言葉にならず、ただ感慨の声が漏れるだけである。




   *
619 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/16(月) 19:38:22.03 ID:FwuKrF9no



「どうやら本体は逃したみたいだけど、まあこれでいいわ」

 そう言うとマミは被っていた帽子を脱いだ。

 すると、彼女の白のブラウスや黄色のスカートなどが消え、元々着ていた
見滝原中学の制服へと変わって行く。

「ど、どうなってるの?」

「魔法みたい」

 まどかがそういうと、少女は答える。

「魔法みたい、じゃなくて魔法なのよ」

「魔法?」

「そうよ」

 気がつくと、先ほどまで周りに広がっていた不気味な雰囲気の世界もいつの間にか、
元の見覚えのある空間に戻っていた。

「とりあえずはじめまして。自己紹介をしておきましょう。私は見滝原中学三年、巴マミよ」

 巴と名乗る少女は、そう言って笑顔を見せる。

「あの、巴先輩」

「マミでいいわ。そういう堅苦しいの、苦手なの」

「あ、はい。マミさん」

「なあに?」

「この子は、あなたの飼い猫か何かですか?」

 そう言って、まどかは両手に抱えていた白い生物を差し出す。
620 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/16(月) 19:39:04.06 ID:FwuKrF9no

「この子はキュゥべえっていうの。私のお友達。飼ってるわけじゃないわ」

《いやあ、助かったよマミ。一時はどうなることかと思った》

「え?」

「何?」

 まどかとさやかは周囲をキョロキョロと見回す。

「今の声、マミさんですか?」と、さやかは聞く。

「私じゃないわ。この子が自分で喋ったの」

「へ?」

《よっと》

 不意に、白い生物はまどかの両手からスルリと抜けだす。

《やあ、僕の名前はキュゥべえ。僕、今日キミたちにお願いがあってきたんだ》

「キミたち?」

《そうだよ、鹿目まどか。そして、美樹さやか》

「はい?」

「何であたしたちの名前を?」

 まどかとさやかは顔を見合わせる。

《僕と契約して、魔法少女になってよ》

 キュゥべえはそう言って、笑顔を見せた。



621 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/16(月) 19:39:43.25 ID:FwuKrF9no


 さやかとまどかは、詳しい話を聞くため、マミのマンションへと訪問していた。

「すごいマンション。いきなり来ちゃって、家族の人とか大丈夫なんですか?」

 さやかはそう質問してみる。

「家族は、いないのよ……」

 ふと、一瞬暗い表情を見せつつマミは言った。

「一人暮らしなの。だから気にしないで」

「そうですか」

 さやかは、マミの見せた一瞬の影が少し気になったけれども、すぐに忘れた。

 それからマミの部屋でお茶を飲みながら魔法少女についての説明をうけるまどかとさやか。

 キュゥべえとマミの話によると、キュゥべえは何でも願いをかなえることができるという。

 その代わり、マミのように魔法少女となって魔女と戦わなければならない。

 魔女というのは絶望を集める化身。

 モールの立ち入り禁止区域でマミが倒したあの化け物は、その魔女の使い魔だという。

 魔女は普段、結界の内側に隠れているけれどまれに表に出て、人々の命を喰らう。

 まどかとさやかは、たまたま魔女を見る能力を有していた、つまり、魔法少女になる才能を
有していたということになる。

 だからキュゥべえは、魔法少女になるよう勧誘してきたのだ。

「うーん、願いごとかあ……」

 マミの家からの帰り途、まどかはそんなことをつぶやいていた。
622 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/16(月) 19:40:27.83 ID:FwuKrF9no

「でも何でも願いが叶うって、凄くない? 億万長者にもなれるんだよ」

「そうだけど、あのお化けみたいなのと戦わなくちゃいけなくなるんだよね」

「そ、それはそうだな……」

 何でも願いが叶うという期待、そして魔女と呼ばれる化け物と戦わなければならない不安。

 それらが入り混じり、さやかの心の中に複雑な波が押し寄せていた。



   *




 翌日、まどかとさやかは一緒に下校していた。

「ねえ、まどか」

 と、さやかが話しかける。

「なあに、さやかちゃん」

「“あのこと”、誰かに相談したか?」

「あのことって?」

「そりゃあ、魔法少女のことだよ」

「ううん、誰にも」

「そうだよなあ。相談できないよなあ」

「たとえ相談したとしても、誰も信じてもらえないよ」

「うーん……」

 さやかが考え込んでいると、不意にまどかが立ち止まる。
623 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/16(月) 19:41:11.99 ID:FwuKrF9no

「どうした?」

「そうだ」

「ん?」

「ねえさやかちゃん、ちょっと本屋さんに寄って行ってもいい?」

「え? いいけど」

「よかった。ちょうど『花と梅』が発売日だったの」

「へえ」

 まどかの好きな少女漫画雑誌が、今日発売されるらしい。



   *




 まどかが本屋に寄りたいと言ったので、さやかもそれに付き合うことにした。

 といっても、小説や参考書を見るわけではなく専ら漫画が目的なのだが。

 さやかは本に囲まれた空間で、何で本屋の中に入るとトイレに行きたくなるんだろう、
などと考えていた。

「私、あっちを見てくるから」

 そう言って、まどかはさやかとは別の方向へ歩いて行く。

 さやかも、雑誌コーナーに向かい、自分の好きな雑誌を目で探してみた。

 しばらく、いくつかの雑誌を手にとって読んでいると、背後から人の気配がした。
624 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/16(月) 19:42:34.96 ID:FwuKrF9no

「まどか、遅かったじゃ――」

 さやかが振り向いた時、そこにはまどかではなく、彼女とは似ても似つかぬ巨大な男が立っていた。

「ひっ!」



   *


 
「改めて紹介するね、この子が私のお友達のさやかちゃん」

 隣に座るまどかが、そう言ってさやかを紹介した。

「み、美樹さやかです。フツツカモノですが、よろしくお願いします」

 緊張のため、変な言葉遣いになってしまったさやか。

「それで、この人が播磨拳児さん。今年の四月から見滝原に引っ越してきたんだよ」

「お、おう……」

「……」

 身長180センチくらいはあるだろう、体格の良いその男性は、どうやらまどかの知り合いらしい。

 サングラスをしていて、ヒゲも生やしている。

 さやか自身男っぽい性格ではあるけれども、身近にいる男性は上条恭介のような、
細く中性的な人物が多かっただけに、こういういかにも“男”という感じの相手は苦手である。

 まどかがたまに彼の話していたけれど、すごく楽しそうに話していたので、播磨という男性は
まどかの父親のように、さわやかなお兄さんタイプなのだろうと勝手に想像していた。
625 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/16(月) 19:43:52.35 ID:FwuKrF9no

 しかし真実は違ったわけである。

 さやかは、担任の早乙女和子と一緒に住んでいる、という話を覚えていたのでそのことに
ついて質問したりしてみた。

 第一印象と同じように、ぶっきら棒な喋り方であった播磨だが、言葉のいたるところで
こちらを気遣ってい様子が感じられた。

 特にまどかに対しては特別気遣っているようだ。

 そして隣にいるまどかを見ると、とても穏やかな笑顔をしている。

 まどかがよく、播磨の話をしているということを言うと、彼女は顔を真っ赤にして口をふくらます。

(仲がいいな、この二人……)

 さやかは、何となく疎外感のようなものを感じていた。

 もちろん、まどかがさやかをのけ者にするはずはないのだが、二人の間からは精神的に強い
“つながり”のようなものが感じられ、そこに割って入るだけの隙間は見当たらなかった。

 しばらく雑談をした後、不意にまどかが神妙な顔つきをする。

「あの、拳児くん?」

「あン?」

「もしもの話なんだけど」

「ああ」

「もしも、何でも願いが叶うとすれば、どんな願いを望む?」

 昨日の話だ。

 さやかはすぐに気づく。

 魔法少女云々の話はしていなけれども、この質問に昨日の出来事が影響していないわけがない。
626 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/16(月) 19:44:21.23 ID:FwuKrF9no

「願い……?」

「そう、何でも叶うとしたらです。金銀財宝とか、満漢全席とか」さやかも続けてみる。

 何でも願いが叶うとすれば、彼はどんな願いをするのだろう。

 さやかも興味があった。

 何を望むかで、その人のことがわかるかもしれない、と思ったからだ。

 しかし、播磨から出てきた答えは、さやかの予想していたものではなかった。

 というか、まともに質問には答えなかったのだ。

「何でも願いが叶うっていうけどよ」

「うん」

「やっぱり、そういう状況にはそれなりの代償が伴うんじゃねェかな」

「代償?」

「ああ、リターンにはリスクが伴う。そうじゃなきゃ世の中は成り立たねェ」

「……」

「例えば、何でも願いが叶うっていうなら、それなりの代償があると思う」

「その代償って何ですか?」

「たとえば、命とか」

「命……」

「今のところ、自分の命と引き換えにしてでも叶えたい願いってのは、俺にはないな」

「そう……、ですか」

「まどかはどうなんだ?」
627 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/16(月) 19:45:30.09 ID:FwuKrF9no

「私? 私は……。その――」

 ほんの少しの沈黙。

 そして、

「ない、かな……」

「そォか」 
  
 その後、さやかたちは帰ることにした。

 帰りは、暗くなってきたからと言って播磨が送ってくれることになる。



   *



 帰り途、相変わらずまどかと播磨は楽しそうに話をしていた。

 二人ともさやかを無視しているわけではない。

 しかし、二人の瞳の中にはお互いの姿しか写っていないんだろうなあ、とさやかは
思ってしまう。

 そして、自分のマンションが近くなると、まどかたちと別れてその場を離れた。

 それは親友に対する気遣いでもあり、二人に関係に少し妬いている自分を守るための
防衛行為でもあった。

 早足で、自分の住むマンションに帰ったさやかは、カバンからカギを取り出し中に入る。

「ただいま――」

 返事はない。

 薄暗い部屋の中に、自分の声だけが響く。

 微かに響く時計の音を聞きながら、台所のテーブルの上に目をやると、そこには母親からの
置手紙があった。

 内容は見なくてもわかる。

「いつも同じことを書くんだったら、わざわざ手書きじゃなくてもいいじゃない」

 さやかは常々思っていたことを口に出してみた。



   つづく
628 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/16(月) 19:46:46.06 ID:FwuKrF9no
さやかのターンはこれでおしまい。

次回からはまた、ほむらが主役に戻りますん。

それではまた次回。
629 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/17(火) 20:52:28.15 ID:cLE8yXD4o
まだ火曜日か。今放送しているおねティのリメイクは面白いですね。
630 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/17(火) 20:53:06.31 ID:cLE8yXD4o
 
 彼女は何かを期待してその公園に来たわけではない。

 ただ、まったく期待していなかったといわれれば嘘になる。

 再来週から学習塾に通う予定になっているので、こんな風に放課後にブラブラ歩くことは
できなくなるだろう。

 だからこの時間を有効に使いたいと彼女は思っていた。

 だが何も思いつかない。

 そもそも、学校帰りに何かするという発想自体、これまでの彼女にはなかったことだ。

 本当は、友達とどこかへ遊びに行きたいとも思った。

 けれども、病気がちであまり人と接したことのなかったほむらにとって友達を作る、
という行為は高いハードルであった。

 今のところ、鹿目まどか以外との同級生とほとんど話もできない状況である。

 そんな彼女が色々考えた末、天気もいいので風景のデッサンでもしてみようという結論に達した。

 室内で生活することが多かった彼女にとって、外で過ごす時間というのは貴重なものだ。

 そして外に出れば、家の中では出会えないことに出会えるかもしれない、などと思いながら。

 公園内を歩いていると、不意に見覚えのある人物が目に入った。

 日本人の中では比較的大柄な男性。

 学生服を着ているが、高校生には見えない風格(おもに髭とサングラスが原因だろう)。

 ずいぶん疲れたような様子でベンチに座り込んでいる。

(声をかけようか)

 彼女は一瞬躊躇する。

(迷惑じゃないかな)

 不安が頭をよぎる。

 今までもそうだった。なんでも悪い方向に想像してしまい、心が前に進まない。

(でも……)

 胸が高鳴る。

「播磨さん?」

 気が付くと、声が出ていた。

「暁美か」

 こちらの様子に気付いた播磨拳児はすぐに、彼女の苗字を呼んでくれた。
631 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/17(火) 20:53:51.24 ID:cLE8yXD4o







   魔法少女とハリマ☆ハリオ

      オルタナティブ

      ♭3 勇 気



632 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/17(火) 20:54:36.55 ID:cLE8yXD4o


 暁美ほむらは遠慮がちに播磨の隣に座る。

「なんでそんな端っこ座ってんだ?」播磨は不思議そうに聞いた。

「いえ、特に意味はありません」

「そういや」

「はひっ」

「大丈夫か」

「大丈夫です。それより、なんですか?」

「そのスケッチブック」

「ああ、これですか」

 ほむらは学校からずっと、スケッチブックを抱えていたのだ。

「何か描くのか?」

「ふ、風景を描いてみようと思ったんです」

「ほう」

「でも、いい場所が見つからなくて」

「そうか?」

「それに、私あんまり風景って描いたことないんです。入院生活も長かったから」

「……」

「外に出て、色々なところを見て回るって、大変なんですよね。私体力無いから、あんまり
遠くにはいけないんです」

「そうなのか……」

「この街にも、素敵な場所はあると思うんです。でも、そういうのほとんど見たことがなくて」

「ん?」

「写真くらいでしか見たことないんです」
633 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/17(火) 20:55:07.41 ID:cLE8yXD4o

 そう言ってほむらはうつむいた。

「なあ、暁美」

「はい」

「少し時間あるか?」

「え?」

「まだ間に合うな」そう言って播磨は時計を見る。

「どうしたんですか?」

「すぐそこまで、行ってみねェか?」

「え?」




   *
634 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/17(火) 20:55:57.01 ID:cLE8yXD4o



 日が傾きかけている時間、急な坂を播磨は自転車をこいでいた。

「播磨さん、おりましょうか?」

「じっとしてろ」

 その日、めずらしく自転車で出かけていた播磨はほむらを後ろに乗せて公園を出発した
のである。

 そして、

「ついた。はあ、はあ、はあ……」

 息を切らしながらほむらを乗せた彼は坂道を登りきる。

「大丈夫ですか?」

「ああ、大丈夫だ。それより、間に合ったみてェだな」

 そう言って、播磨はガードレールの向こう側を眺めた。

「ここは」

「初めてこの街に来たとき、色々と見て回ったんだけどな。たまたまこの場所に来たら、
すげェきれいなもんが見れたからよ」

「あ……」

 ほむらの目の前には、見滝原の街が広がり。そしてその奥に今にも沈もうとする太陽の姿。

 夕日の色に染められた街。

「きれい」

 ほむらは思わずメガネの奥の目を細めてつぶやく。

「ここに来たとき、はじめていいところだなって、思った」
635 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/17(火) 20:56:28.55 ID:cLE8yXD4o

 播磨は独り言のようにつぶやく。

「私も、そう思います」

 今はこの夕日を絵にできるほどの実力は持ち合わせていない。そう思ったほむらは、
自分の頭の中にあるメモリーにこの光景を保存しておこうと思った。

「あ……」

 しかし、ずっと夕日を眺めているとふと寂しい気持ちになる。

「どうした」

 ほむらの変化を感じたのか、播磨が聞いてきた。

「ダメですね、私」

「何がだ?」

「だって、この街にはこんな素敵な場所があるのに、全然気が付けないでいて」

「そうか? 気が付かないのが普通だと思うけどな」

「それに、播磨さんに迷惑かけてしまって……」

「迷惑?」

「だってそうでしょう? 私なんかを後ろに乗せて走ったから、疲れてしまったと思うし」

「別に迷惑だなんて思ってねェぞ」

「でも……」

「暁美」

「はい」

「人は誰かに迷惑かけるもんだ。それが普通だ」
636 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/17(火) 20:56:56.78 ID:cLE8yXD4o

「普通、ですか」

 普通――

 その言葉は、病気のせいで人と同じ生活のできなかったほむらにとっては憧れの言葉でもある。

「俺だって和子とか詢子さんとか、色んな人に世話になって生きてる」

「……」

「それにな、暁美」

「はい」

「誰かに頼りにされるってのも、悪いことじゃねェぞ」

「でも迷惑じゃ」

 ふと、ほむらの脳裡に両親の顔が思い浮かぶ。

 病気がちな彼女を見る目は、決して愛に満ち溢れたものとは言い難かった。

「確かに何度も続けば迷惑って思うこともある。だがよ、よく考えてみろ」

「え?」

「お前ェは好きでもないやつに頼ろう、って思うか?」

「それは」

「誰かに頼るってことはな、ある意味親愛の表現の一つだと俺は思う」

「親愛、ですか」

「だからよ、好きな奴には頼ってほしいって思うわけよ。でもそれを遠慮されたら、やっぱ辛いもんがあるな」

「そうなんですか」
637 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/17(火) 20:57:24.30 ID:cLE8yXD4o

「ああ。暁美も、もう少し誰かに甘えてみたらどうだ」

「私がですか?」

「なんつうか、俺はお前ェのこと、そんなに知ってるわけじゃねェけど、肩に力が入ってるっつうか。
そんな感じがするから」

「え……」

 ほむらは少しショックを受ける。

 自分が播磨にそう思われていることに対してだ。

 そして彼の指摘は、概ね当たっていた。

「播磨さん……」

「ん?」

「ありがとうございます」

 いつの間にか日は沈み、あたりは少しずつ闇に包まれはじめる。




   *
638 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/17(火) 20:58:20.76 ID:cLE8yXD4o


 翌日、ほむらは緊張していた。

 何か特別なことをしようとしているわけではない。

 いや、普通の生徒にとっては特別なことではない、と言ったほうが正しいだろうか。

 ほむらにとっては大きな冒険である。

 昼休み、数人の女子が椅子に座って話をしていた。

 そこに、教科書を抱えたほむらが向かう。

 それほど仲の良い女子生徒ではない。

 というか、ほむらにとって鹿目まどか以外の生徒は、概ね全員関わりが薄いのだ。

 その生徒たちに、ほむらは思い切って声をかけた。

「あ、あの……」

「ん? どうしたの、暁美さん」

 女子生徒の一人が彼女の声に気づき返事をする。

「実は、お願いがあって」

「お願い?」

「私、その、数学が苦手で、もし迷惑じゃなかったら、教えて欲しいと思って……」

 脚が震える。

 生徒同士で教え合う、なんてことはよく行われていることである。

 今までのほむらならば、それを羨ましいと思いつつ横目で見るだけであった。
639 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/17(火) 20:58:43.41 ID:cLE8yXD4o

 それを今日、彼女は実際にやってみようと思ったのだ。

「いいよ、どこの問題?」

「ゆり、あんた数学苦手じゃなかった?」

 別の生徒が悪戯っぽい笑みを浮かべながらからかう。

「あたしもテストに向けて復習しようと思ったんだ。暁美さん、一緒にやろう」

 さらにまた別の生徒も声をかけてきた。

「あ……、ありがとうございます」

 緊張が収まらないなか、ほむらは震えながら頭を下げた。

「いいっていいって。あ、教科書どこだっけ」

「こっちでやろうよ。ほら、中沢。アンタ邪魔よ」

 活発そうな女子生徒が男子生徒を小突く。

「な、なんだよお前ら」

 気の弱そうな男子生徒はそう言いつつ、教室から退散していった。

(播磨さん。私、もう少し勇気を出してみようと思います)

 クラスメイトと机を並べ、わからない箇所を質問しつつ、ほむらはそんなことを考えていた。




   つづく
640 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/17(火) 21:00:53.80 ID:cLE8yXD4o
芥川賞と直木賞が発表されましたね。

まあ、どうということはないんですがね。
641 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山口県) [sage]:2012/01/17(火) 21:12:49.24 ID:GDCzX6Z1o
まあ、そのなんだ・・・・・・乙
642 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/18(水) 03:21:16.88 ID:mWEdiXhDO
おつほむ
643 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/18(水) 11:10:18.89 ID:FpYHUOiAO
ほむほむ
644 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/01/18(水) 18:12:08.14 ID:1H+F/YMw0
乙ほむ
二人乗りで坂を登るなんて
ムネアツ!(耳をすませば的な意味で)
645 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/18(水) 19:56:44.60 ID:O9JpTr3wo
 眠い。疲れた。面倒な仕事が待っている。

 というわけではないけれど、今日は短めに投下。
646 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/18(水) 19:57:33.14 ID:O9JpTr3wo



 ほむらはその後、学習塾にも通いはじめ、友達も少しずつ増えていき、
学校生活にも少しずつ慣れてきた。

 そして、あの天候初日に経験した恐ろしい出来事を忘れかけたころ、
ほむらは再びあの恐ろしい化け物と遭遇する。

 それは、学習塾からの帰り道であった。

 かつて経験したことのある不気味な空間。

 そして見たことのない恐ろしい化け物。

 恐怖に慄くほむらを救ったのは、播磨ではなかった。


「白馬に乗った王子様だと思った? 残念、さやかちゃんでした」


「美樹さん?」

 クラスメイトの美樹さやかである。

 しかし様子がおかしい。

 彼女の着ている青を基調とした服は、なんとなく奇抜だ。

 そして、無数に出てくる剣は一体どこに隠しているのか。

 わからないことが多い。

647 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/18(水) 19:58:19.80 ID:O9JpTr3wo

 何かのイリュージョンなのだろうか。

 そうこうしているうちに、さやかは化け物を倒す。

「あちゃあ、やっぱりグリーフシード持ってなかったか」

 さやかはそんなことを言いながらほむらの元に戻ってきた。

「あら……?」

 いつの間にか周囲はいつもの街並みに戻っており、目の前にいるさやかの姿も、
見滝原の制服であった。

「どういうことなんですか?」

 ほむらは混乱していた。

「えへへ。やっぱバレちゃうよなあ」

 さやかは照れながら言う。

「……」

「そうそう、暁美さん」

「は、はい」

「このことは、クラスの皆には内緒だぞ」

 そう言って美樹さやかは片目を閉じた。


648 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/18(水) 19:58:50.11 ID:O9JpTr3wo





   魔法少女とハリマ☆ハリオ

     オルタナティブ

     ♭4 秘 密



649 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/18(水) 19:59:21.65 ID:O9JpTr3wo


 美樹さやかの話によれば、この街には魔女と呼ばれる化け物がおり、
彼女はその魔女を狩る魔法少女だという。

 この街で起こる奇妙な事件の多くに、その魔女が関わっているという。

「でも大丈夫!」

 そう言ってさやかは親指を立てる。

「この街の平和は、この魔法少女のさやかちゃんが守りまくっちゃうからね!」

「……」

「だから安心して、暁美さん」

「……はい」

 さやかは笑顔だった。

 でも彼女の笑顔はどこか寂しげだと、ほむらは感じた。

 かつて、ほむらの両親が見せた笑顔にどことなく似ていたのだ。




   * 
650 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/18(水) 20:00:13.78 ID:O9JpTr3wo


 それから数日、ほむらは不安を抱えつつもそれを誰にも言えずい過ごしていた。

「どうしたの? ほむら」

 クラスメイトの一人が心配そうに声をかけてくる。

「ううん、なんでもない。風邪でも引いたのかな」

 ほむらはそう言ってごまかす。

「大丈夫? 保健室行ったほうがいいんじゃない?」

「だ、大丈夫だよ」

 とは言ったものの、彼女の不安が消えるわけではない。

 その後、学校でよく笑顔を見せていた美樹さやかは次第に表情が暗くなり、
ボーっとすることが多くなった。

 そしてついに、彼女は学校を休む。

 ほむらの不安はさらに大きいものになった。

(あんな化け物と戦って、いくら魔法少女という“力”があっても無事で済むはずがない。
美樹さんが休んだのも、きっと何かあったからだ)

 ほむらはそう確信した。

(誰かに相談したほうがいいかも)

 彼女は何度も考えた。

 しかし誰に相談すればいいのか。

 こんな話をクラスメイトにしたところで信じてもらえるはずがない。
651 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/18(水) 20:01:53.86 ID:O9JpTr3wo

(播磨さん)

 ふと、サングラスの高校生が頭に浮かぶ。

 もしかして、あの人なら何とかしてくれるのではないか。

 根拠はないけれども、ほむらにはそう感じた。

(でも信じてもらえるかな)

『いるわけねェだろう』

 播磨の言葉がよみがえる。

 自分を救ってくれた、ある意味“恩人”である彼に変な目で見られることは
ほむらにとって耐えがたいことでもあったのだ。

(それでも……)

 さやかには秘密と言われたけれど、その不安を一人で抱えるには重すぎる。

 その時、鹿目まどかの姿が見えた。

 まどかはクラスでも、美樹さやかと特別仲が良かった生徒の一人だ。

 そんな親友のさやかが学校を休んだのだから、心配しないはずがない。

 現に、まどかの表情は暗い。

「あ、あの、鹿目さん」

 ほむらは思わず声をかけてしまう。
652 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/18(水) 20:03:05.68 ID:O9JpTr3wo

「なに? ほむらちゃん」

 ほむらの声に気づいたまどかは、笑顔を見せる。

 その笑顔は、どことなく痛々しく感じた。

(どうしてみんな、そんな笑顔をするんだろう)

 ほむらはそう思いつつも、勇気を振り絞る。

 誰かを頼ることは悪いことではない。

 播磨の言葉を思い出しながらほむらは言った。

「実は、少し相談したいことがあって」

「なあに?」

「ここだと人に聞かれるかもしれないから、場所、移さない?」

「え?」

 ほむらの言葉に、まどかはただならぬ様子を感じ取ったようだ。



   *
653 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/18(水) 20:03:33.81 ID:O9JpTr3wo
 

 誰もいない放課後の屋上で、ほむらはまどかに、美樹さやかについてのことを話した。

 そして意外にもまどかはほむらの話を信じた。

 それどころか、より詳しいことを知っていたのだ。

「今まで黙っててごめんね。まさかほむらちゃんも巻き込まれてるなんて、知らなかった」

 まどかはそう言って謝る。

「別にいいの。私だって、実際に目の当たりにするまでわからなかったんだから」

 本当は、転校初日に一度遭遇していたのだ。

 しかしその時は、なぜか助かっていた。

「でも、美樹さんのことはどうするの?」

 ほむらは自分の懸念を口にする。

 もちろんさやかだけでなく、自らの身の安全も危ない状況である。

「ほむらちゃん、ありがとう。私に相談してくれて」

「そんな……」

「私ね、さやかちゃんのことも含めて、ある人に相談しようと思ってるの」
654 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/18(水) 20:04:40.54 ID:O9JpTr3wo

「ある人?」

「うん」

 不意に、まどかの瞳に光が宿ったような気がした。

「そのある人って」

「拳児くんだよ」

「え?」

「播磨拳児くん。とっても頼りになるんだ」

 そう言うと、まどかはポケットから携帯電話を取り出した。

 確かに、播磨とまどかが知り合いであるということをほむらは知っていたけれど、
まさかここで、彼の名前が出てくるとは夢にも思わなかった。




   *
655 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/18(水) 20:06:05.94 ID:O9JpTr3wo

 その後、ほむらは魔法少女や魔女についてさらによく知ることになる。

 何より、その恐ろしさも含めて。

 また、この街には美樹さやかだけではなく佐倉杏子という新しい魔法少女も入ってきて
いるという。

 この先一体どうなってしまうのか。

 ほむらの不安は、解消されるどころかさらに膨らんでいく。

(播磨さん……)

 佐倉杏子と初めて会った日の帰り道、ほむらはずっと播磨の袖を握っていた。


 それでも、播磨拳児や鹿目まどかといった理解者ができたことは、それはそれで心強い。

 自分は一人ではない。

 そう思うだけで心持ちは違ってくる。

 しかし雨の季節の到来は、梅雨前線とともに最悪な知らせを彼女の元に運んできた。

 空を覆う暗い雨雲。

 それと同じくらい暗い表情で、担任教諭の早乙女和子は告げる。

「実はみなさんに残念なお知らせがあります。私たちのクラスの美樹さやかさんが、



 昨夜亡くなられました――」



 ざわめく教室。

 すでに何人かの生徒は、そのことを知っていたようだ。

 ほむらは昨日まで鹿目まどかが座っていた場所に目を移す。

 そこには、誰も座っていなかった。




   つづく
656 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/18(水) 20:10:20.62 ID:O9JpTr3wo

 順調に進むと思われた新生活。

 しかし、見滝原の怪異現象はそこに大きな影を落とす。

 ほむらに明るい未来はあるのか。

 次回、ほむらの父親。通称パパほむが登場予定。
657 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西・北陸) [sage]:2012/01/18(水) 21:30:11.49 ID:vZefoYpAO
乙!
パパほむよりほむパパの方がそれっぽい気がするw
パパほむだとほむほむがパパみたいじゃないかww
658 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山口県) [sage]:2012/01/18(水) 21:52:36.60 ID:VfBMZMDto


暁美・・・何だろうな
659 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/19(木) 00:48:48.33 ID:HkVCXiy4o
660 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/19(木) 20:24:41.76 ID:gZmXTKMLo
自分で書いといてなんだが、パパほむはないわな。
661 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/19(木) 20:25:41.17 ID:gZmXTKMLo

 東京に行くのは嫌いだった。

 入院生活、なじめない学校。そして両親。

 あまりいい思い出はない。

 でも、最近はやっと慣れてきた見滝原の街でも嫌な事件が続いたため、
正直今はほっとしている。

 窓の外に流れる灰色の街並みを眺めながら、ほむらはそんなことを思っていた。

 月に一度、ほむらは実の父親と会うことになっていた。

 ここ数か月は、体調不良を理由に会っていなかったけれど、この日は会いに行くことにした。

 それほど、街を離れたかったのだ。

「最近どうだ? 叔母さんは元気か」

「うん。元気」

「一人でここまで来たのか? すごいな」

「そうね……」

「ああ、すごいぞ。数か月前まで入院してたのが嘘みたいだ」

「……」

 ホテルのレストランで食事をしながら、父は他愛もない話をする。

 静かな食卓。

 そこに笑顔もなければ、楽しげな会話もない。

 ほむらは、淡々と父の質問に答えるだけだ。

 なぜこの人が自分の父親なのだろう。

 彼女はふと考える。

 でも、答えは出てこない。

 もしも、この場にいるのが父親ではなく播磨拳児であったら。

 そう考えると少しだけ胸が熱くなった。
662 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/19(木) 20:26:13.72 ID:gZmXTKMLo





   魔法少女とハリマ☆ハリオ

     オルタナティブ

    ♭5  離 別
 


663 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/19(木) 20:27:04.41 ID:gZmXTKMLo




 駅まで送って行こう、と父親は言ったけれど、ほむらはあの内装が革張りで、
変なニオイのする自動車に乗る気にはならなかった。

 だから父の提案を丁重に断る。

 父親のほうも、無理に乗せようとは思っていなかったらしく、あっさりと引き下がった。

 ほむらは、子供の時から親子というのはこういうドライな関係なのだとずっと思っていた。

 テレビに映し出されるホームドラマは嘘だと。

 でも、見滝原で見た鹿目まどかの家庭はそうではない。

 すごく温かくて、人と人との関わりが密だったと彼女は思う。

「はあ……」

 ため息をつきながら、ほむらは歩いた。

 なんだか、歩きたい気分だったのだ。

 空を見上げると、灰色の雲が広がっている。

「あれ?」

 ふと、視線を落とすとそこには見慣れない建物があった。

 昔の映画に出てくるような、古い木造の建物。といっても、和風建築ではなく、
妙に洋風な要素も加わっている感じ。
664 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/19(木) 20:27:36.88 ID:gZmXTKMLo

 都会の真ん中で、その建物と土地はまるで何かを引き寄せるようにそこにたたずんでいた。

(……こんな家、あったのかな)

 暗くて不思議な建物の中に、ほむらはいつの間にか足を踏み入れてしまう。

「あら、いらっしゃい」

 正面玄関の戸を開けると、中から不思議な声が聞こえてきた。

「あ、あの……」

 はじめ、暗くてよく見えなかったけれども、すぐに背が高く髪の長い女性であることがわかった。

「いらっしゃい、あなたはお客さんね」

 不思議な雰囲気を持つその背の高い女性はそう言って笑みを見せる。

 怖い、という感じではあったが同時に魅力的にも思える。

「すみません。別に用というわけではないんですが、無意識のうちにここに入ってしまって」

「ここは、何でも願いをかなえる“ミセ”よ」

「店、ですか?」

「立ち話も何だから、奥へいらっしゃい」

「え……、はい」




   *
665 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/19(木) 20:29:07.79 ID:gZmXTKMLo


 不安がないと言えばうそになる。

 むしろ不安しかないだろう。

 しかし、そんな不安を吹き飛ばすような圧倒的な存在感が、目の前にいる女性にはあった。

(この雰囲気、どこかで感じたような)

 ほむらはふとそんなことを思ったけれど、努めて考えないようにした。

「こんにちは、お嬢さん。私はこのミセの主人、壱原侑子よ」

 建物の奥の間で、洋風の椅子に座った侑子がそう自己紹介した。

 この建物は、洋風と和風が入り混じった奇妙な外観をしているけれど、
内装もまた和洋折衷でしかも、中の広さがよくわからなかった。

 それは広くもあり、また狭くも感じる空間だった。

「あなた、お名前は?」

「え? あの、暁美ほむらです」

 ほむらは素直に自己紹介する。

「ダメよあなた」

「へ?」

「それ、本名でしょう」

「はい」

「他人に安易に本名を教えてはダメなの」
666 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/19(木) 20:29:41.01 ID:gZmXTKMLo

「え?」

「名を知られるというのはね、相手に自分の魂の端を掴まれるようなものなの」

「じゃあ、あなたの名前も」

「そ、偽名よ。壱原侑子はニセの名前」

「……」

 なんだかよくわからないけれど、すごく居心地の悪くなるほむらであった。

 しかし、そんなほむらの気持ちもお構いなく、侑子は話を続ける。

「ところで、あなたには願いがあるようね」

「別に、願いなんて」

「ウソよ」

「……」

「何の願いもなしに、ここに来るなんてことはありえないわ」

「それは、偶然です……」

「そんなことはないわ」

「え?」

「この世にはね、偶然なんて無いの。あるのは必然」

「必然……」

「話してごらんなさい。何か解決策が見つかるかもしれないわ」

「……あの」

 ためらいはあった。
667 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/19(木) 20:30:36.55 ID:gZmXTKMLo

 あったけれどしかし、今親友の鹿目まどかに会えず、頼りにしていた播磨拳児も近くにはいない。

 そして現在の状況に対する適切な対処方法は見つかっていない。

 このまま見滝原の街で魔女に怯えながら暮らすということはできそうもない。

「実は……」

 ほむらは、魔法少女に関すること、そして魔女に関する事柄。

 また、それによる奇妙な事件の数々について、自分の知っている限り淡々と話した。

「そう」

 侑子は、ほむらの話を頷きながら真剣に聞いていた。

 播磨やまどか以外で、魔法少女に関してまともに話したのはこの日が初めてである。

 しばらく黙って話を聞いていた侑子は、ふと思い出したように声を出す。

「それで、あなたの願いはなに?」

「願い、ですか」

 ほむらは少し考える。

 この状況で願うこと、それは――

「私はただ……」

「ただ?」

「平和に暮らしたいだけです」

「……そう」

 侑子はその言葉にうなずく。
668 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/19(木) 20:31:17.65 ID:gZmXTKMLo

「……」

「でもね、ほむら」

「え?」

「平和に暮らすっていうのは、ある意味一番贅沢なことなのよ」

「それは……」

「だってそうでしょう? 世界中は争いに満ちているんですもの。

それに、日本のようにインフラが充実して治安のいい国はないわ」

「……」

 確かにそうかもしれない。

 ふと、戦争や自然災害のニュースが頭によぎる。

「でもまあ、ちょっと意地悪言っちゃったけど、あなたの願い、叶うわよ」

「へ?」

 不意に笑顔を見せる侑子に、ほむらは少し動揺する。

「だから、願いがかなうって言ってるの。平和に暮らすためにね」

「ど、どうすればいいんですか?」

「これ、あげるわ」

 そう言うと侑子は、どこから取り出したのかわからない指輪を差し出す。

「これは」

「お守りみたいなものよ」

「お守り?」
669 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/19(木) 20:31:52.64 ID:gZmXTKMLo

「これを持っていれば、少しは役に立つかもしれないわ」

「でも、私お金は」

「私はあげるって言ったの。“これは”無料(タダ)よ」

「は、はあ」

 ほむらは侑子から、指輪のようなものを貰った。

 お守りと言っていたけれど、彼女には玩具の指輪にしか見えない。

「それをどう使おうとあなたの自由。自分が持っていてもいいし、人にあげてもかまわない」

「自由……」

「さ、遅くなるといけないから帰ったほうがいいわよ」

「あ……」

 時計を見ると、かなり時間が過ぎていることに気づく。

 どういうわけか、この屋敷の中にいると時間の感覚が狂う。

 こうしてほむらは、壱原侑子から指輪をもらい、そのまま帰宅することになった。




   *
670 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/19(木) 20:32:25.15 ID:gZmXTKMLo


 数日後、街に異変が起こる。

 市内全体に大雨洪水警報が発令され、多くの人たちに避難指示が出された。

 当然ほむらの住んでいる地域も例外ではなく、彼女は一緒に住んでいる親戚の
人と一緒に近くの体育館に避難していた。

(なんだろう、この感覚……)

 漠然とした不安が、はっきりとした恐怖となってほむらの背筋を伝う。

 バケツをひっくり返したような酷い雨と強い風は、体育館の中にいてもはっきりと感じられた。

(もしかして……)

 彼女の記憶がよみがえる。

 思い出したくもない恐怖の記憶。

(魔女……?)

 そんなことを考えていた時、避難している多くの人の中から見覚えのある赤いリボンと、
長めの髪の毛を両側に束ねた少女が目に入った。

「鹿目さん!」

「え」

 鹿目まどか。ほむらのクラスメイトだ。

 ここ最近学校を休みがちだったのでほとんど会って話をする機会がなかった少女。

 数日ぶりに会ったまどかは、少し痩せているようにも見えた。

「ほむらちゃん」

「鹿目さん、大丈夫なの?」

「え、うん。身体のほうは……」
671 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/19(木) 20:33:10.16 ID:gZmXTKMLo

 悪天候で不安になっているのだろうとは思ったけれど、それ以外にも不安の要素はあるだろう、
とほむらには思えた。

「もしかしてこの雨って――」

 ほむらがそう言いかけた瞬間、

「大丈夫だよほむらちゃん」

 まどかはそう言って笑顔を見せる。

 無理に作った笑顔。

 ほむらの嫌いな表情。

「鹿目さん、その……」

「ほむらちゃんごめんね。ちょっとお手洗いに行ってくるから」

「え、うん」

 そう言うと、まどかは足早にほむらの前から去って行った。

 なんだか逃げるようにも見えた。

(もし、鹿目さんも私と同じように魔女を感じることができるのなら)

 ふと、そう考える。

(この嫌な感じも、多分感じているはず)

 一人になったとき、そう思った。

(だとしたら)

 美樹さやかの顔を思い出す。
672 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/19(木) 20:33:41.55 ID:gZmXTKMLo

 彼女も、鹿目まどかも美樹さやかと同じように魔法少女となって、魔女と戦おうとするかもしれない。

 誰にでも優しいまどかなら、そうするような気がする。

 しかし、

(この魔女は今までの魔女とは違う)

 恐らく、街一つを飲み込むくらい強力なものだろう。

 根拠はないけれど、そう感じた。

(だとしたら止めなくちゃ)

 確かに街の平和は大事だ。

 しかし、親友の命もまた、大切なものだ。

 そう思い、ほむらは再びまどかの姿を探す。

 が、見つからない。

(どこ? どこなの鹿目さん)

 不安が焦りを呼び、焦りがまた不安を呼ぶ。

 悪循環だ。

 そんな時、

「ん?」

 見知った顔が彼女の目に入ってきた。

「播磨さん!」

「暁美か」
673 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/19(木) 20:34:18.80 ID:gZmXTKMLo

 特徴あるカチューシャとサングラスの播磨拳児であった。

 不安のあまり、思わず抱き着いてしまいそうになったが辛うじてその衝動を抑える。

「お前ェもここに避難してたんだな」

「ええ。それより」

「ん?」

「鹿目さんが見つからないんです」

「何?」

「さっきちょっとあって話をしたんですけど、その後姿に。体育館の中はおおむね見て回ったので、
恐らく外へ……」

「外っつったって」

 そう言って播磨は窓の外を見る。

 外は酷い雨だ。風も強い。

 こんな状況で外に出るのは自殺行為である。

「播磨さん。実はこの感じ……」

「魔女って言いてェのか」

「ええ」

「まどかを、連れ戻さねェと」

「危険です」

「わーってるよ。だがまどかはもっと危険だ」
674 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/19(木) 20:35:48.30 ID:gZmXTKMLo

「でも……」

「大丈夫だ」

 播磨はそう言うと踵を返した。

 これから外へ出てまどかを探しに行くつもりなのだろう。

 播磨ならきっとそうする、という確信がほむらにはあった。

 ただ、ここで別れてしまったら二度と会えないような気がした。

 だから、

「お……」

 ほむらは、播磨の背中に抱き着く。

「待ってください……」

 懐かしい匂いがした。

 初めて会ったとき、ほむらを抱き上げた時に感じた匂い。

 播磨の匂いは今も変わっていなかった。

「……」

「鹿目さんだけじゃなく、あなたまでいなくなってしまったら私……」

 それでも彼は行くだろう。

 ほむらはそう確信していた。

 少なくとも“ほむらが好きになった播磨拳児という人”は、ここで何もしないような
男ではないからだ。
 
 そして、気づかれないように彼女は、壱原侑子からもらった例の“お守りの指輪”を、
そっと彼のズボンのポケットの中に入れた。
675 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/19(木) 20:36:49.77 ID:gZmXTKMLo
 
 しばらくすると、播磨はゆっくりとほむらの手をほどく。

 そして身をかがめて彼女と向き合った。

「暁美」

「……はい」

 あふれ出る涙のため、播磨の顔が曇ってよく見えない。

「泣くな」

 そう言うと彼はポケットからハンカチを取り出し、ほむらのメガネを少し上にずらして目元を拭う。

「播磨さん」

「俺は必ず帰ってくる。まどかと一緒に。絶対にだ」

「本当ですか?」

「ああ、約束する」

 そういうと、彼は自分のハンカチをほむらに渡した。

「あの、これ」

「俺が戻るまで預かっといてくれや。どうせ雨でずぶ濡れになるから、もう必要ねェ」

「……絶対」

「ん?」

「絶対無事でいてくださいね」

「おう」

 播磨はそう返事をすると、走り出した。

(さようなら、播磨さん)

 播磨からもらったハンカチを見ながら、ほむらは心の中でそうつぶやく。





   つづく
676 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/19(木) 20:37:39.28 ID:gZmXTKMLo
次回、最終回。

そしてもう一つのエピローグへ。
677 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(岡山県) [sage]:2012/01/19(木) 20:38:37.37 ID:VSYSw/kNo

ほむほむ…
678 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山口県) [sage]:2012/01/19(木) 22:00:42.04 ID:s3NWYhfeo
なるほど

お守りの指輪、ね
679 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/19(木) 23:49:41.64 ID:9I+aeMkXo

ほむほむ……
680 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) [sage]:2012/01/19(木) 23:56:35.89 ID:h0g21Urbo
乙ほむ・・・・・・
681 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/20(金) 20:45:40.93 ID:W7oVHpI5o
 明日から本格的に書き出そうと思った矢先、
アマゾンで資料だけでなくゲームまでポチってしまった。

これはやばいかもしらんね。
682 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/01/20(金) 20:46:15.75 ID:ftMtfzam0
乙ほむほむ...
683 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/20(金) 20:51:15.49 ID:W7oVHpI5o
気を取り直して最後の投下いきます。

実は精神系の魔法を使った佐倉杏子は過去三作の中で今回がはじめて。

そういえば彼女だけは毎回立ち位置が変わりましたね。
684 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/20(金) 20:52:01.43 ID:W7oVHpI5o


 夏休み。

 少女は数人の友達と一緒に、都内の図書館に勉強に来ていた。

 といっても楽しみは勉強の後に寄るファーストフード店だったりするのだが。

「それにしても暑いよねえ」

「そうそう。梅雨が長かっただけにねえ」

 夏の日差しは強く彼女たちを照りつける。

「本当、暑い」

 そう言って少女はハンカチを取り出した。

「ねえ、あんたのハンカチってさ」

「え?」

「なんか男の人が持ってるやつっぽいよね」

「そうかな」

「もしかして、お父さんの?」

「いや、お父さんのじゃないと思うけど」

 少女の箪笥の中に、大事にしまわれていたハンカチ。

 シンプルなデザインは、確かに彼女の趣味とは違う。

「でも、なんか気に入ってるの」

 少女はそう言うと、大事に鞄の中にハンカチを入れた。

 その時、

「あれ、カップルかな」
685 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/20(金) 20:52:29.28 ID:W7oVHpI5o

「?」

 別の友人がそう言う。

 彼女の視線の先には、やけに身長差のある男女が歩いていた。

「兄妹じゃないかな……」

 と、少女は言ってみる。

「兄妹で手はつながないよ」

 笑いながら友人は言った。

「そうだよね」

 背の高い男性と、小柄な中学生くらいの少女。

 その姿を見ていると、どこか懐かしいと思いつつ、同時に悲しくなっていた。

「どうしたの?」

 隣にいた友人が驚く。

「え? なにが?」

「いやだってあなた、泣いてる」

「へ?」

 少女は驚いて目の周りを拭う。

 確かに目から涙があふれている。

「本当に大丈夫?」

 心配する友人。

「あれ? なんでだろう」 

 少女は再びハンカチを取り出して涙を拭うものの、しばらくそれは止まりそうになかった。

686 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/20(金) 20:52:56.20 ID:W7oVHpI5o





   魔法少女とハリマ☆ハリオ

     オルタナティブ

     ♭6 深 層




687 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/20(金) 20:53:48.89 ID:W7oVHpI5o

 

 客の帰った静かな屋敷の縁側で、この“ミセ”の主、壱原侑子は夏の太陽に照らされる
庭を眺めていた。

「何してんだ? 侑子」

 雇われている身でありながら、およそ無遠慮な少女、佐倉杏子は侑子の隣にドカリと座る。

「別に、何もしてないわ」

「そうか」

「仕事は終わったの? 杏子」

「ああ、楽勝よ。ちょっと休憩」

「そう」

 不意に乾いた風が流れる。

 すると、軒下につるしてあった風鈴が静かに鳴った。

 まぶしい日差しに合わせるように、どこからともなくセミの鳴き声が聞こえる。

「なあ、侑子」

「なあに」

「結局さ、ハリマってやつは何者なんだ?」

「何者って?」

「だってあいつ、魔女の力に干渉されないんだぜ? 

あいつが近づいたら、結界も消えちまうんだ」

「そうねえ……」

 侑子は空を仰いだ。
688 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/20(金) 20:54:32.43 ID:W7oVHpI5o

「その話、私も聞きたいわ」

 そう言ったのは、もう一人の従業員、巴マミである。

 手にはお盆を持っていた。

「あら、マミ。それって」

「水ようかんですよ。暑い日にどうかと思いまして」

「いいわねえ、水ようかん」

 縁側に腰掛けた三人は、マミの持ってきた水ようかんを食べながら話をする。

「それで、何の話だったかしら?」

 ようかんを一切れ食べた侑子が再び杏子に聞く。

「ハリマのことだよ。あいつは何者だ? 結局わからねえよ」

 と、杏子。

「私もわかりませんでした。調べようと思ったんですけど」

 マミもそう言った。

「確かに、“あなたたちにとっては”不思議な存在だったかもしれないわね」

「どういう意味だ?」

 ふと、杏子は表情を変える。

「どう表現していいのかわからないけど彼はね、“特異点”なの」

「特異点?」
689 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/20(金) 20:55:55.24 ID:W7oVHpI5o

「そう、特異点という言葉には色々と意味はあるけれど、彼の場合は周囲の状況に関わらず
自己を保持することが可能な能力、とでも言えばいいかしら」

「……?」

 杏子の頭の上に?マークが浮かぶ。

「人間は、周囲の温度と関係なく自分の体温を保持するじゃない? それと同じ。
ジャイロスコープのように、どんな状況でも一定の角度を指し示すとか」 

「つまり、周りがどんなに異常でも自分だけは正常でいられるってことですよね」

 マミがまとめる。

「そういうこと。言ってみれば、鈍いのよね」

「鈍い……」

「あなたたちには、前に少し説明したと思うけど、見滝原は“異界”なの。
正確には『異界だった』、と言ったほうがいいかもしれないけど」

「異界って、なんだったっけ」

 と杏子。

「もう、この前説明したでしょ? 異界とは、この世とこの世ならざる世界を結びつける地域。
最近はめっきり少なくなったけど、そこでは特別な力が生まれやすいわ。
あなたたちのような、魔法少女も」

「……ああ」

「もちろん、異界は見滝原だけじゃないわ。まだ全国にいくつか残っているわね。例えば京都とか」

「なるほど」

「昔の人は、都市計画に陰陽道を利用したわ。今風に言えば風水ね。暦(こよみ)や方角などを
計算して都市を作る。これは異界のエネルギーを増幅させる効果があるの」
690 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/20(金) 20:56:31.03 ID:W7oVHpI5o

「エネルギーか……」

「でも、その反動もある。異界の力を利用することによって、物の怪や悪霊が発生したりするわ。
もちろん、あなたたちの言う“魔女”というのもその一種ね」

「そうかあ、魔女も妖怪だったのかあ」

「そういえば杏子」

 不意にマミが呼びかける。

「ん?」

「あなた、見滝原を離れていたときはどこに住んでたの?」

「まあ、色々転々としていたけど、だいたいいたのは……」

「どこ?」

「鎌倉」

「近っ!」

「京都とか行ってられっかよ。金もねえし。あそこは結構魔女がいたぜ」

「鎌倉も、典型的な異界よね」

 水ようかんの最後の一切れを食べた侑子が笑いながら言う。

「ところであなたたち」

「ん?」

「なんですか? 侑子さん」

「日本で、一番大きい異界はどこかわかる? いえ、一番大きかった、と言うべきかしら」

「うーん、京都?」
691 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/20(金) 20:57:16.36 ID:W7oVHpI5o

 と、杏子は答える。

「惜しいわね」

「出雲」今度はマミだ。

「残念」

「どこだよ。大きい都市か?」

「正解は、ここよ」

「へ?」

「東京」

「あ……」

「今から約100年前までは、日本だけでなく世界有数の異界だったのよ、東京は」

「なんか、聞いたことがあるような」

「でも、今は違うんですよね」

 と、マミは聞く。

「ええそうよ。科学技術の発達に力を入れた当時の帝國政府は、異界の力を利用した従来の
都市計画から、近代的な都市の建設に着手したの」

「見滝原の時みたいに、大きな反動があったわけですか?」

「ええ。あったわよ。大正12年9月1日午前11時58分32秒」

「関東大震災」

「その通り。すごかったわ、まさに火の海ね」

「侑子は見たのか?」
692 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/20(金) 20:58:28.22 ID:W7oVHpI5o

「まあね。伊達に長生きはしていないわよ。たっくさんの人が死んだわ」

「うへえ。さすが“極東の魔女”だけのことはある」

 そう言うと、杏子はアイスティーを飲み干した。

「それで話を戻しますけど侑子さん」

「ああ、ハリオのことね」

「彼は、見滝原という異界の影響を受けなかったってことですよね」

「そうね。どういう原理なのかはわからないけれど、かなり珍しい人間よ。稀に現れるんだけど」

「侑子さんにもわからないんですか?」

「私にもわからないことはあるわ。だからこの世は面白いのよ」

 侑子はそう言って笑った。

「しかもハリオの面白いところは、自分だけでなく周囲にも影響を与えてしまうことなの」

「周囲に影響?」

「“あなたたち”もそうよ」

「ん?」

 杏子とマミは二人、顔を見合わせる。

「本来なら、“見滝原という異界”の力で存在してきたあなたたちは、異界が消えた時点で
その存在も消えるはずだった」

「そうですね。魔法少女という存在そのものが無くなるのですから、私も杏子も」

 マミは首をかしげる。

「でも、あたしらはいるぜ? これって、侑子の力じゃないのかよ」
693 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/20(金) 20:59:24.49 ID:W7oVHpI5o

「ええ、確かに私の力も供給している。でも、いくら私でも“存在しないもの”を現出させる
ことはできない」

「ん?」

 再び杏子の頭に?マークが浮かぶ。

「多分だけど、あなたたちはハリオと接触したことで因果の鎖から解放されたのよ」

「ってことはさ、侑子」

「なに?」

「ハリマ自身が“異界”なんじゃねえの?」

「そうね、そうとも言えるわね。フフフ」

 そう言って再び侑子は笑った。

「ところでマミ」

 今度は杏子がマミに話しかける。

「なあに?」

「マミはハリマと接触しようとしてたよな」

「そうね」

「でもなんで、“あんな方法”だったんだ?」

「へ? あんなって……」

 マミの顔がみるみる赤くなる。

「チューとかしてたし」

「そ、それは……。ってかなんで知ってるのよ!」
694 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/20(金) 21:01:02.03 ID:W7oVHpI5o

 すると侑子が、

「お姉さんは、何でも御見通しよ」

 と言ってどこからともなく水晶玉を取り出す。

「はあ……」

 マミは観念したようにため息をつく。

「私も今言った播磨さんの体質に興味があって、それを調べようとしてたんです」

「うんうん、それでそれで?」

 侑子は嬉しそうだ。

「でも私、男の人と仲良くなる方法なんてわからなかったから、雑誌を買って調べてみたんです」

「……え」

「そしたら、『気になる男の子と仲良くなる方法』っていうのが色々書いてあって、
『体を寄せ付けたら好印象』とか書いてあったから、とにかくやってみようと思ったの。
さすがにキスはやり過ぎたと後で反省したけど……」

「え〜」

「うわあ……」

「もう! 言わないでよ!!」

 耳まで真っ赤にしたマミがそう言って怒る。

「良い子のみんな、雑誌に書いてあることを鵜呑みにしちゃダメよ」

 最後に侑子はそう言った。

「っていうか侑子さん、誰に言ってるんですか?」

「恥ずかしいわマミ。ふつう、そんなことされたドン引きだろうがよ」

「もー! 知らなかったのよ! 私だって恥ずかしいわよ!! ってか、あなたもやったじゃない!」

「ありゃ魔法のためだ。お前とは違うよ。この淫乱魔法少女」

「淫乱っていうなー!」

「あははは」

 風鈴の音とともに、杏子たちの笑い声が響く。

 しかしその声は、セミの鳴き声や都会の喧騒の中でかき消されていった。





   *
695 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/20(金) 21:02:31.36 ID:W7oVHpI5o


 地上のセミの声が届かない地下鉄のホーム。

 そこで播磨とまどかは並んで電車が来るのを待っていた。

 ふと、播磨がポケットの中に何かを見つける。

「どうしたの? 拳児くん」

 隣にいるまどかが聞く。

「いや、なんかズボンのポケットに入ってた」

 そう言ってポケットから異物を取り出す播磨。

 手に取って見ると、それは指輪であった。

 しかし、覚えのない指輪だ。

「それ、指輪? どうしたの?」

「いや、わからん」

 播磨はじっくりとその指輪を観察する。

 それは“何の変哲もない玩具の指輪”だった。

「ふむ」

「それ、拳児くんが買ったの?」

「いや、わからん」

 播磨は再度否定する。

「だけどよ――」

 播磨は無意識に言葉を発する。

「大事なモンのような気がする」

 そう言うと、播磨はその指輪を再びポケットの中に入れた。

「へえ、そうなんだ」

 まどかはそう言ったが、それほど興味はないようで、すぐ別の話題を話しはじめた。

(大事な物か……)

 自分の言った言葉に少し驚きつつ、それを表に出さないよう彼はまどかと話を続ける。

(せっかく東京に来たんだし、何か買い物でもして帰るか。できれば何か、
記念になるようなモンでも)

 そんなことを思いながら。




   おわり 
696 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(岡山県) [sage]:2012/01/20(金) 21:05:38.28 ID:18dXHXdAo

マミさんスイーツ(笑)すぐるwwwwww
てっきりもっと深い理由があるものかとww
697 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/20(金) 21:07:55.75 ID:W7oVHpI5o
 これにて本当におしまい。

 本編での疑問は解消できたでしょうか。

 え? ガッカリした? それはすみません。

 でも真実なんてそんなもんです。人生は札幌時計台です(はりまや橋でも可)。

 暁美ほむらは結局対価を支払ったのか否か。それはみなさんの想像にお任せします。

 それではまたいつかお会いしましょう。

 明日から小説生活の再開です。また血尿が出ない程度に頑張ります。

 それではごきげんよう。

 平成24年1月20日 筆者
698 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/20(金) 21:11:09.85 ID:W7oVHpI5o
   ※没ネタ

 実は魔法少女化による精神的な副作用という設定も考えたんですよ。

 さやか→情緒不安定になる

 杏子→やたら食欲が増す

 マミ→性欲が強くなる

 みたいな。

 でも、このスレは全年齢対象なのでR18になりそうな設定を回避した結果、先のような理由となりました。
699 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/01/20(金) 21:15:03.51 ID:W7oVHpI5o
 あと、このスレにはストーリー的な原作はないのですが、故中島らも先生の小説、

『白いメリーさん』を少し参考にしたような気がします。
700 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西・北陸) [sage]:2012/01/21(土) 18:53:55.74 ID:k2k6maJAO
マミさん意外とどうでもいい理由だったww
仮に播磨がその気になってそっから先に行こうとかになっちゃっても慌てたマミさんに吹っ飛ばされてた訳か
どっちみち卒業出来ず、播磨残念

出会わなかった事になっちゃってるほむほむカワイソス


しかし播磨は結局なんなの?
近づいたら魔女結界消えるとか全身そげぶなの?
701 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/21(土) 19:21:53.63 ID:mGikA1HDO
おつ!
ほむ…
702 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山口県) [sage]:2012/01/23(月) 22:34:48.31 ID:l8N4qm7jo
マミさん()
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