【女の子と魔法と】魔導機人戦姫U 第14話〜【ロボットもの】

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342 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/03/31(火) 20:27:24.83 ID:nXiWmAUYo
 敗北が決定的になった事で、多くのテロリスト達は敗走を始めていた。

 だが、彼ら自身が作り上げたこの廃墟の檻が彼らの脱走を許さない。

 このNASEANメガフロートは閉ざされた箱庭だ。

 庇護してくれる集団が壊滅すれば、罪を犯さなければ生きては行けず、罪を犯し続ければ何時かは捕まる。

 最早、彼らに逃げ場と言える場所は無い。

 逃げ出して来るテロリスト達の末を思ってか、茜は憐れみと怒りの入り交じった表情を浮かべる。

茜「下っ端に用は無い。ホン・チョンスの確保を最優先するぞ」

 茜は指示を出しつつ、逃げ惑うテロリストを踏まぬように気を付けながら、技研中枢へと向かい、丘を登る。

 目標はコンテナが堆く積み上げられた倉庫……通称、謁見の間だ。

茜「401が四機、護衛についている可能性がある。注意しろ」

 茜は部下達に注意を促しつつ、丘を登り切った。

 と、その時である。

 茜の言葉通り、陽動の爆発で廃墟然としていた旧技研の中枢から、四機の401が姿を現す。

 まさか、とは思っていたが、この絶望的な戦況でもギリギリまで温存されていたらしい過剰な護衛戦力が、
 ようやくその重い腰を上げたようだ。

レオン『やらせねぇよ!』

 だが、後方に控えていたレオンの一声と共に数発の魔力弾が放たれ、
 飛び上がろうとした四機の内、二機の頭部や肩を撃ち抜いた。

 頭部や腕を失い、唐突に機体の制御を失った機体は明後日の方向に飛んで廃墟の中へと墜落して行く。

 紗樹やレオンもミニガン型魔導機関砲で残る二機を牽制し、茜は安全な距離まで一旦下がる。

茜(ここで戦闘しては、シェルターの中にいる女性達にどんな被害が及ぶかも分からないしな……)

 茜は心中で独りごちつつ、距離を取って改めて構え直し、敵を誘う。

 しかし、状況はさらに変化する。

クレースト『茜様! 地下から高密度の大魔力反応が迫っています!』

茜「なっ!?」

 センサーに集中していたクレーストの報告に、茜は愕然とした。

 いくら雑魚とは言え、401に奇襲を受けたタイミングでの魔力反応は狙っていたとしか言い様が無い。

茜「ッ、各員、401を牽制しつつ左右に散会!」

 茜は部下に指示を出しつつ、自らも魔力反応とレオン機との丁度中間まで大きく飛び退く。

 異変はすぐに起きた。

 陽動のためにかなりの規模で被害を与えた格納庫周辺が盛り上がり、
 崩れ去ってゆく瓦礫を押し退け、巨大な何かがせり上がって来る。

茜「こ、コレは……ギガンティックか!?」

 403に続く第二の隠し球の存在に、茜は驚愕の声を上げた。

 崩れた瓦礫の中から現れたのは大型ギガンティックなど目では無いほどに巨大なギガンティックの上半身だった。

 上半身だけで四十メートルはゆうに超える、超弩級のギガンティック。

 それが旧技研の格納庫跡地に悠然と立ち上がっていた。
343 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/03/31(火) 20:28:04.68 ID:nXiWmAUYo
風華『な、何なの……あの大きさ……』

 通信機からは風華の震えた声が聞こえて来る。

 今し方現れたギガンティックは、自分と正面で相対しており、風華達は丁度、その背中側にいた。

 紗樹と遼のアメノハバキリも風華達の側にいる。

茜「藤枝隊長! 正面側に援護をお願いします!
  アルベルト! お前はアレの後方に回れ!」

風華『分かったわ! クァン君、マリアちゃん、私と一緒に正面に!
   瑠璃華ちゃんは背後に回って!』

 茜の要請を受けた風華は仲間達に指示を出し、レオンは短く“あいよっ!”とだけ応えて後方へと向かう。

 と、それと同時に超弩級ギガンティックも動き出す。

 全身各部から黒い輝きが溢れ出し、驚異的な密度の魔力が溢れ出した。

茜「ッ……ぅ!?」

クレースト『茜様、どうやら高密度の結界装甲のようです』

 圧力すら伴うその魔力の衝撃に唸る茜に、クレーストが観測結果を伝えて来る。

 その証拠に、あまりに凄まじい威力でこちらの結界装甲に過干渉が起こり、エーテルブラッドがどんどん損耗して行く。

ほのか『全機、距離を取って! あまり近付いちゃ駄目よ!』

 通信機からは慌てた様子のほのかの指示が飛ぶ。

 直近で被害を受けていた茜達も、堪らずに大きく距離を開ける。

 レオン達のアメノハバキリも、さすがに機体そのものに結界装甲を纏っているワケではないため、
 オリジナルギガンティック以上にダメージが深刻なのか、機体各部から紫電を上げながらさらに遠くまで後退した。

瑠璃華『これだけ巨大なオリジナルギガンティックがあるとはな……誰が作っているのやら!』

 瑠璃華は仲間達が離れる隙を作るために背後から牽制砲撃を行ってくれているが、
 あまりに高密度の結界装甲に阻まれて大した被害は与えられていない。

 それどころか――

??『ええい! 鬱陶しい豆鉄砲が!』

 外部スピーカーを通して怒声を張り上げ、羽虫を追い払うような動作で
 瑠璃華とチェーロ・アルコバレーノの放った砲弾を叩き落とす。

 しかし、その動作が災いし、近場にいた二機の401を巻き込んでしまい、401は魔力を含んだ大爆発を起こした。

 結界装甲を持つギガンティックの爆発は、やはりオリジナルギガンティックの砲撃クラスの破壊力を持つ。

 だが、至近距離での大爆発にも拘わらず、超弩級ギガンティックは傷一つついていない。

??『お、おお……一瞬、驚いたが。
   なるほど……この俺の乗機に相応しい能力は持っていると言う事だな』

 外部スピーカー越しに驚きの声を上げているのは、やはりこの超弩級ギガンティックのドライバーのようだ。

 そして、その場にいた全員が、その声に聞き覚えがあった。

茜「貴様……そのギガンティックに乗っているのは、ホン・チョンスなのか!?」

 最もその声に聞き覚えのあった茜が、驚きに声を上げる。

 ホン・チョンスは殆ど魔力を持たない男だった。

 魔力を“見る”事は可能だが、感じ取ったり扱ったりする事が出来ないほどに低い魔力の持ち主。

 それがこれほど巨大なギガンティックを操り、あそこまで高密度の結界装甲を生み出すとは考えにくい。

 だが、間違いなく、そのギガンティックに乗っていたのはホン・チョンス本人であった。
344 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/03/31(火) 20:28:36.00 ID:nXiWmAUYo
 ホンはオリジナルギガンティックよりも二回りは巨大なコントロールスフィアの中に備え付けられた、
 玉座のように巨大なシートにふんぞり返るように座っていた。

ホン「見よ! 愚かなる偽王に従いし者共!
   これが真なる王に相応しき力! 404……ティルフィングだ!」

 ホンは大仰に両腕を広げ、高らかに宣言して見せる。

 超弩級ギガンティック……404・ティルフィングも大きく両腕を広げて見せるが、
 その隙だらけの身体にどれだけ攻撃を打ち込もうと、焼け石に水にしかならいのは分かり切っていた。

マリア『相っ変わらずの電波っぷりだなぁ……』

 敵を警戒しながらも、マリアは呆れきったように漏らす。

レオン『ってか、ティルフィングってアレ……持ち主が絶対に破滅するって切れ味抜群の魔剣だろ』

 レオンは子供の頃に読んだ北欧・ケルト神話の内容を思い出しながら乾いた笑い混じりに呟く。

 知らぬが仏とは言うが、それを自分に相応しいと言い切ってしまうホンも憐れでならない。

 茜も相変わらずのホンに眩暈を覚えるが、気を取り直し、この状況を切り抜けるチャンスが無いかと周囲を見渡す。

 だが、最初に目についたのは、404・ティルフィングの傍らでひしゃげて潰れたコンテナだった。

茜「………ッ!?」

 一瞬、ただのコンテナかと思ったが、見紛う筈が無い。

 謁見の間と呼ばれた、あの完全防備のコンテナ型シェルターだ。

 さすがに至近距離での高密度結界装甲の展開や、401の大爆発に耐えられなかったのだろう。

 しかし、明らかに爆発以外の力で押し潰されたような痕跡が見える。

 恐らく、瑠璃華の砲撃を振り払う際に叩き潰してしまったのだろう。

 さすがにあの状況では中にいた女性達の命は絶望的だ。

 その事実に気付かされ、茜は息を飲み、ワナワナと身体を震わせる。

茜「シェルターの中に居た女性達を……守るつもりはなかったのか?」

 茜は怒りに震える声でホンに問い掛けた。

ホン『ん? ……おお!?』

 ホンは何事かと怪訝そうな声を上げた後、すぐにそれが何を意味していたかに気付き、
 自分の傍らで潰れているコンテナを見て驚きの声を上げる。

 だが、そこには後悔や懺悔の思いは聞こえない。

 その証拠に――

ホン『多少のお気に入りはいたし、惜しい事はしたが……まあ、致し方有るまい。
   我はこの世唯一の正当なる王だが、下女や側女は代えの効く消耗品に過ぎん。
   また一から集めなおせば良い……多少面倒だが、次を厳選する楽しみもある』

 ――ホンは外道然とした言葉を、さも当たり前のように、尊大な声音で言い放った。

 自分以外の人間を、ただそこに存在している物としか……命ある存在として見てない。

 王である自分一人が存在し、それ以外は自分のために存在する環境でしかない。

 彼の不興を買わないように必死で使えていた女性達も、
 彼自身にとっては性欲や怒りのはけ口、その物――“者”に非ず――でしかなかったのである。

 そうとでも思っていなければ出てこない類の言葉だ。
345 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/03/31(火) 20:29:11.36 ID:nXiWmAUYo
風華『この……外道!』

 普段は温和でおっとりとしている風華も、
 戦闘時の緊張とは別種の……明らかな怒りの声音で吐き捨てるように呟く。

クァン『俺も認識を改めないといけないな……。
    救いようのないバカじゃなくて、救いようのない外道だったワケか……』

 普段は口数の少ないクァンも、嫌悪感を顕わにして声を震わせる。

 瑠璃華やマリアも同様で、通信機越しでも分かるほどの嫌悪感が息遣いから伝わって来た。

茜「………九日前、貴様と言う人間と初めて向かい合って、私は貴様が哀れだと思った……。
  裏で動いているユエの本性も知らず、担がれた御輿に載せらせただけの、可哀相な道化だとな……」

 茜はどこか悔やむような声音で朗々と呟く。

 この魔力絶対の世の中で、欠片ほどの魔力も持たずに生まれた事は、不幸としか言い様がない。

 その意味で、ホン・チョンスは世界の被害者と喩えても、間違いとは言い切れなかった。

茜「……貴様の血縁者を調べた事もある……。
  貴様とその父親はともかく、貴様の祖父や曾祖父は素晴らしい人間だった……」

 茜は幼い頃から調べ続けた、60年事件の情報を思い出しながら呟く。

 ホンが自らの血統を王朝と呼ぶ理由。

 それは決して、荒唐無稽な妄想だけではない事を、茜は知っていた。

茜「貴様の曾祖父、ホン・デジュン……当時は日本で三沢晃司を名乗っていた人物は、
  魔導弾の暴発事故で滅んだ故国のために、全ての私財を使い、生き残った人々を助ける事に全力を注いだ……」

 茜は記録を読み上げるように朗々と語る。

 それこそが、開戦直前に滅んだ国の人々が、今もこうしてNASEANメガフロートで生き繋いでいる事の答だ。

 日本で日本人として生きていたホンの曾祖父は、魔導弾の暴発で国土の殆どで破裂死を迎えた国民の、
 僅かな生き残りを助けるために国連の人道支援部隊に多額の出資を行い、自らも多くの人々を率いて救助活動に参加した。

 それが衷心からの善意だったのか、その後の利益を思っての事だったのかまでは定かではない。

 だが、ホンの曾祖父が数少ない生き残りを救ったのは事実であり、それは歴史として刻まれている。

 開戦から数年後に亡くなったホンの曾祖父の跡を継ぎ、ホンの祖父は生き残った人々と共に新たに企業し、
 戦中の混乱期を乗り切り、戦後には新興の企業型国家としてNASEANに加盟した。

 企業国家と言う分類に難しい国ではあった。

 それでも、確かにホンの祖父はその国の最高顧問……責任者であり、曾祖父はその礎を築いた人物だったのだ。

 だが、十五年前に過ちがあった。

 ユエや他の黒幕達に踊らされたホンの父、ホン・チャンスがテロリストを率いて反乱を起こしたのである。

 祖父や曾祖父の築き上げた確かな信頼を、積み上げてきた善行を、父の一代で無にしてしまった。

 そこにどんな思惑があったかは分からない。

 だが――

茜「貴様はその全てを覆しても足りない過ちを犯した……!」

 ――目の前にいるホン・チョンスが、悪鬼外道の素質を持っている事は明らかだ。

 このまま世に放ってはいけない人間。

 茜はその事実を受け止め、二刀の太刀を構えた。
346 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/03/31(火) 20:30:02.77 ID:nXiWmAUYo
茜「クレースト! 最接近から結界装甲を敵ギガンティックと接触する方向に集中展開!
  奴の懐に切り込む!」

クレースト『畏まりました、茜様!』

 指示を出した茜はクレーストの返事を聞くなり、構えた太刀を振りかぶり、
 ティルフィングに向かって斬り掛かる。

 それを合図に風華達も動き出す。

瑠璃華「チェーロ! ジガンテジャベロット出力最大!
    左右交互連射で風華達の援護だ!」

チェーロ『了解ですマスター。
     ブラッド流入量調整……連射、どうぞ!』

 ティルフィングの背後に回っていた瑠璃華とチェーロ・アルコバレーノは、
 両腰から突き出た砲身から左右交互に大威力魔力弾の砲撃を始める。

 先ほどのような牽制目的の攻撃とは違い、
 連射で多少の出力は落としているとは言え、目標を破壊するための全力射撃だ。

 しかし、それだけの威力の連射を受けながらも、ティルフィングの装甲は一部を焦げ付く程度で、
 目に見えて分かるようなダメージは入っていない。

クァン「カーネル! プレリー! 奴の腕を押さえつける!」

カーネル『おう! 最大出力で行くぜ!』

プレリー『ブラッド圧力上昇! オーバードライブ、いつでも行けますわ!』

マリア「押さえつけるなんてセコい事せず、全力でぶっ叩け、クァンッ!」

 クァンもカーネル・デストラクターを前進させ、
 カーネル、プレリー、そして、マリアの声を受けて両腕を高く掲げる。

 ギガントプレス・インパクトの要領で巨大な腕を作り出すと、
 迎撃のために動き始めたティルフィングの肩口に向けて、その巨腕を放つ。

 巨腕は見事にティルフィングの両腕を捉えるが、
 当のティルフィングは僅かにたじろぐばかりで、その腕は止まらない。

 イマジンを二体同時にすり潰す程の威力を持った巨腕ですら、
 ティルフィングの腕を押し留める事すら出来なかった。

ホン『ぬおっ!?』

 だが、攻撃こそ効きはしなかったが、前後からの挟撃は戦闘に慣れていないホンに僅かな隙を生んだ。

風華「突風! 茜ちゃんの攻撃に合わせて、豪炎・飛翔烈風脚で行くわ!」

突風『了解、風華! 炎熱変換、ブレードエッジ……マキシマイズ!』

 その隙を逃さず、風華は突風・竜巻と共に跳ぶ。

 脚部のブレードエッジに宿った蒼い炎が激しく燃え上がる。

 そして、さらに風華が目掛けた一点……胸に向けて茜とクレーストが飛び込んで行く。

クレースト『茜様、今です』

茜「ああ……! 本條流魔導剣術奥義、弐ノ型改! 天舞・破陣! 雷刃氷牙ノ型っ!」

 クレーストの合図と同時に、氷結変換された魔力を纏った小太刀の突きに続けて、
 雷電変換された魔力を纏った太刀の二連突きが、ティルフィングの胸に目掛けて放たれる。

 しかし、攻撃が命中する直前、黒い魔力が一点へと集約され、茜の太刀の切っ先を阻んだ。

 さらに、同時に炸裂する筈だった風華の飛翔脚も阻まれ、その勢いを殺されてしまう。

茜「な……っ!?」

クレースト『結界装甲密度上昇……?
      茜様、これは高密度結界装甲によるピンポイントの結界です!』

 愕然としながら飛び退いた茜に、クレーストは驚きを込めて言った。

風華『だとしても何て高密度……まるで結界装甲の分厚い壁だわ!?』

 傍らに降り立った風華も驚愕の声を上げている。
347 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/03/31(火) 20:30:34.24 ID:nXiWmAUYo
 どうやらこちらのピンポイントの攻撃を察知し、結界装甲の密度を自在に変更しているようだった。

 これこそが、瑠璃華達の攻撃を耐えきったティルフィングの頑強さのカラクリである。

 ティルフィングは上半身だけのギガンティックであり、自由自在に動く事は出来ない。

 無論、移動用のオプションとして数両のリニアキャリアで輸送すれば移動も可能だが、
 そんな外付け装備頼りの鈍重な動きでは隙だらけになってしまう。

 そこで、攻撃の魔力を感知すると一瞬でその攻撃に合わせて結界装甲の密度を変化させ、
 ピンポイントの強力な障壁を作り出す事で防御しているのだ。

 切れ味抜群の神話の魔剣とは対照的に、絶対的な防御力を誇る頑強なギガンティック。

 それがティルフィングの正体だった。

 無論、ホンは“乗機が強ければ構わない”と言う単純明快な思考のため、
 そんな大層な防衛システムが搭載されている事は知らない。

ホン『貴様ら程度のカトンボが放つ攻撃で、
   我の栄光を顕現したティルフィングが傷つけられる物か! フハハハハハッ!!』

 ホンは尊大に言い放つと、嫌らしい哄笑を上げる。

瑠璃華『身動き出来ない栄光とは……また陳腐だぞ』

 瑠璃華の口から、そんなホンに辟易した様子の皮肉が通信機越しで聞こえたが、
 その声音からは焦りの色が窺えた。

 その瑠璃華の焦りの正体には、茜も気付いていた。

茜(結界装甲の密度移動が早い……あの速度なら間違いなくオートで処理しているんだろうが、
  私やふーちゃんの攻撃より早いとなると……)

 茜は冷静に先ほどの攻撃を思い返しながら、心中で舌を巻く。

 この場で大威力で最速の攻撃が可能なのは自分と風華……クレーストと突風の二機。

 一点同時攻撃の都合上、先の攻撃が最速の一撃かと問われると怪しいが、
 それでもかなりの速度だった筈だ。

 しかし、敵はその攻撃よりも早く結界装甲の密度を変移させているのは間違いない。

 しかも、その挙動は魔力感知による全自動だ。

 攻略は難しい。

クレースト『茜様、ここはドライバーの魔力切れを狙ってみては?』

茜「そうしたいが……奴の魔力はエンジンの起動規定値どころか、
  携帯端末の起動規定値を下回っている……。

  おそらく魔力コンデンサを使ったバッテリー式だ」

 クレーストの提案に、茜は悔しそうな声音で吐き捨てた。

 エンジンの出力がどれだけ高かろうが、あれだけ高密度の結界装甲を維持するには相応の魔力が必要となる。

 ホンの魔力量でその大魔力を維持できる筈が無いのだ。

 となれば、バッテリー式と思うのは当然で、それは事実だった。

 あの巨体では内蔵しているコンデンサの容量もそうだが、循環しているブラッドの量も相当な物だろう。

 仲間達は戦闘開始から自分の倍以上の時間が経過しており、既にブラッドの損耗率も五割まで届いている。

 今から持久戦を仕掛けるのは自殺行為に等しい。
348 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/03/31(火) 20:31:22.95 ID:nXiWmAUYo
ホン『いい加減……鬱陶しいぞ! 下賤の輩が!』

 ティルフィングの攻略法に思索を巡らせる茜の意識を、ホンの怒声が断ち切る。

 先ほどから魔力の巨腕で必死にその巨体を押し留めていたクァン達に、ホンは狙いを定めたようだ。

クァン『お、押し返される……!?』

マリア『踏ん張れ、クァン!』

 押し返されそうな両腕を懸命に突き出すクァンに、マリアが檄を飛ばす。

 だが、圧倒的な出力と質量、そして結界装甲の密度の差に魔力の巨腕は徐々にひび割れ、
 ついに砕かれてしまう。

クァン『なっ!?』

 最大最強の技を難なく砕かれ、愕然とするクァン。

 だが、それだけでは終わらない。

 ティルフィングはその全高よりも長い腕を伸ばし、眼前のカーネル・デストラクターを片手で掴み上げる。

 四十メートルを超えるカーネル・デストラクターの巨躯も、
 上半身だけでその全高を上回るティルフィングの前では多少大きな人形程度でしかない。

クァン『離せ! このぉっ!』

 クァンはティルフィングの手首……その関節に向けて攻撃を続けるが、
 高密度結界装甲に阻まれて接触すらままならない。

カーネル『クァン! 早く離れろ!』

プレリー『結界装甲が……ブラッドがどんどん劣化しています!?』

 カーネルとプレリーが悲鳴じみた声を上げる。

風華『茜ちゃん!』

茜「はい!」

 風華に促されるよりも早く、茜もティルフィングの手首に向けて、風華と共に集中攻撃を始める。

 だが、既に高密度化している結界装甲を相手では太刀の切っ先すら届かず、徒労に終わってしまう。

瑠璃華『マリアとクァンを離せぇっ!』

 後方からは全力交互射撃による援護を続ける瑠璃華の声が響く。

ホン『貴様も鬱陶しいぞ! 豆鉄砲の分際でっ!』

茜「ぅうっ!?」

風華『キャァッ!?』

 ホンは怒声を張り上げると、群がってくるクレーストと突風・竜巻を振り払い、
 後方のチェーロ・アルコバレーノに向けてカーネル・デストラクターを投げつける。

チェーロ『マスター、避けて下さい!?』

瑠璃華『この状況で間に合うワケが――キャアァッ!?』

 慌てた様子で叫ぶチェーロの声に続き、瑠璃華は愛機と寮機の激突の衝撃で悲鳴を上げた。

 砲撃体勢のチェーロ・アルコバレーノではカーネル・デストラクターの巨体を受け止める事など出来ず、
 大音響と共に二機は弾き飛ばされ、その衝撃でカーネルとプレリーも分離してしまう。

茜「る、瑠璃華!? クァン!? マリア!?」

 一方、軽く弾かれただけで済んだ茜は、すぐにクレーストの体勢を立て直しながら、仲間達の名前を叫ぶ。

 だが、そんな場合ではなかった。

ホン『次は貴様だぁっ!』

 怒気の中に怨嗟を含んだ声で叫ぶホンの声と共に、
 ティルフィングの腕がまだ体勢を立て直し切れていないクレーストへと迫る。
349 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/03/31(火) 20:31:50.55 ID:nXiWmAUYo
茜「ッ!?」

 崩れた体制のまま転げ回るようにして何とか回避を試みようとした茜だが、
 すぐにもう一方の腕がその逃げ道を塞ぎ、クレーストは二本の巨大な腕に囚われてしまう。

茜「ぅっ……離せぇぇ……!」

 茜は唸るような声で腕を広げて振り払おうとする。

 しかし、フレーム剛性によって高い格闘能力を誇るクレーストとは言え、その馬力は決して高い方ではない。

 最初こそ何とか僅かに広がったものの、僅かに力を入れられただけで呆気なく押さえ込まれてしまう。

 ティルフィングの手を押し広げようとした際、太刀で突っぱるようにしていたため、
 その衝撃でバキバキと音を立てて二刀の太刀は砕けた。

茜「し、しまった!?」

 茜は愕然とする。

 敵に捕らわれた上に武器まで失ってしまった。

 最悪の状況だ。

ホン『無様だなぁ……女ぁ!』

 その様を見ながらホンは興奮し、下卑た声を上げ、さらに続ける。

ホン『さっきはよくも俺をコケにしてくれたな……!』

茜「さっき? ……ああ……」

 茜は必死に足掻きながらも、ホンの言葉を思い返して納得したように漏らす。

 おそらく、脱出の際の事だろう。

ホン『何も出来ない、などと言った相手に手も足も出ない感想はどうだ?
   悔しいだろう? 悔しいと言ってみせろ! ギャハハハハッ!』

 ホンは煽るように叫び、下品な哄笑を上げた。

 確かに、茜にも手も足も出ない悔しさはある。

 しかし、悔しがった所で事態が好転しない事も分かり切っていた。

 だが、それ以上に――

茜「他人に溜めてもらった魔力を使って、他人に作ってもらったギガンティックではしゃぐ……。
  貴様は、小遣いと玩具を与えてもらって自分の力だと思い込んでいる、身勝手な子供だな」

 ――子供然とした強がりしか出来ない虚像の王への、憐れみと呆れが先立つ。

 言葉にする必要は無かったし、言葉にすべき状況でもない。

 だが、余りにも痛々しい様に、声にせずにはいられなかった。

ホン『まだ……まだこの俺をコケにするのかぁぁぁっ!』

 ホンは激昂して叫ぶ。

 先ほどから自称・皇帝のメッキすら剥げ、ホン・チョンスと言う一人の人間に立ち返ってしまっている男は、
 自らのプライドと思い込んでいる虚栄心を突かれる度に激怒するしかない。

 それは、茜の言葉通りの“身勝手な子供”……いや、それにすら届かない、身の丈を知らない本能だけの獣のそれだった。

 虎の威を借る狐は、虎を利用している事を知り、自らの身の丈を理解している。

 だが、ホンの場合は自らが虎だと思い込み、他人も自分を虎と見ており、多くの獣を従えていると思い込んでいる。

 しかし、実態は虎の頭の上に座った羽虫ほどの認識だ。

 ただ、虎が羽虫の言うことに忠実なため、彼自身はそのギャップに気付けていないのだ。

 異様な尊大さも、非道な残酷さも、それ故の結果に過ぎない。

 それを哀れと言わず、何と形容すれば良いのか。
350 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/03/31(火) 20:32:22.98 ID:nXiWmAUYo
 ともあれ、茜は激昂と共に来るであろう衝撃に備えて身構える。

ホン『叩き付けられて粉々になれぇっ!』

 予想通りと言うべきか、激昂したホンは両手で掴んだクレーストを振りかぶるように掲げ、
 丘の麓に見えた手近な大型倉庫に向けて振り下ろすように投げ捨てた。

茜「ッぐっ!?」

 コントロールスフィア内の対物操作魔法では相殺しきれないGに、茜は苦悶の声を上げる。

 この勢いでは、さすがに結界装甲によって守られたオリジナルギガンティックでも破損は免れない。

 と、その時だ。

風華『茜ちゃん、危ない!?』

 慌てふためく風華の声と共に、投げ捨てられたクレーストの射線上に突風・竜巻が躍り出た。

茜「ふ、ふぅ、ちゃん!?」

 茜は絞り出すように驚きの声を上げる。

 直後に二機は空中で激突し、大音響を響かせて諸共に倉庫に叩き付けられた。

 倉庫の屋根を構成していたマギアリヒトが砕け散り、霧のような煙が立ちこめる。

茜「っ、ぐ、ぅ……」

 茜は何とか衝撃から立ち直り、身体を動かす。

 衝撃による痛みはあるが、機体の手足がもげたような様子は無い。

 風華と突風・竜巻が可能な限り衝撃を相殺してくれたお陰だろう。

 だが、茜はすぐに正気に立ち返り、思い出したように辺りを見渡す。

 すると、そこには両脚と左腕を失った突風・竜巻の姿があった。

茜「ふ、ふーちゃん!?」

 あまりに凄惨な姿に茜は驚愕の声を上げる。

 だが――

風華『だ、大丈夫……クレーストを受け止める直前に、合体は解除してる、から……』

 すぐに風華の声が返って来る。

 それと共に突風・竜巻は崩れ、内部から突風本体が露出した。

 風華の声は苦悶のそれに近かったが、手足を失った痛みで漏らした苦悶と言うワケではない。

 どうやら竜巻を緩衝材の代わりにして本体と、受け止めたクレーストを守ったが、
 完全なノーダメージとはいかなかったようだ。

風華『上半身は問題無いけど、下半身……膝のジョイントが破損した影響で足全体にガタが来てるわね……。
   このまま全力で戦闘するのは難しそうだわ』

 突風が悔しそうに呟く。

 風華は何とか突風を立たせようとするが、膝がガクガクと震えて満足に立ち上がる事が出来ていない。

 突風の膝は折り畳む事で、竜巻と連結するためのジョイントが存在する。

 だが、先ほどの無理な分離でそのジョイントが大きく歪んでしまったらしく、
 本体の足が上手く機能できていないようだ。
351 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/03/31(火) 20:32:55.23 ID:nXiWmAUYo
風華『ごめんなさい茜ちゃん、こっちが動けなくなっちゃった……』

 風華はいつも通りの柔らかな口調で言うが、その声は微かに震えているのが分かった。

 声が震えるのも当然だろう。

 テロとの決戦は、風華にとっても伯父の仇討ちと言う避けて通れぬ戦いだったのだ。

 それを茜一人に任せるのは歯痒さもあろう。

茜「大丈夫だよ……ふーちゃん」

 そんな風華を宥めるように、茜は優しい声音で言った。

 そして、立ち上がる。

茜「ふーちゃんが助けてくれたお陰で、私はまだ立てる……まだ戦える」

 太刀は折れたが、こうして立つ事が出来る事……戦う意志が折れていない事を風華の前で示す。

茜「ふーちゃんが繋いでくれたチャンスは絶対に無駄にしないさ」

風華『茜ちゃん……うん、私も出来る限り援護するわ』

 続く茜の言葉に感極まったように返した風華は、意を決してそう言った。

 まだ魔力弾くらいは撃つ事が出来る。

 加えて、二人が叩き付けられた倉庫は幸いにも技研の所有倉庫だ。

 結界装甲には対応した火器こそないが、武器は何種類かある。

 足は満足に動かせなくとも、投擲くらいには使えるだろう。

茜「私達も太刀の代わりくらいは拝借しないとな……」

 茜も周囲を見渡す。

 どうやら試作品倉庫のようだが、あまり物色された形跡は無い。

茜(ユエ・ハクチャもここまでは手を付けていないのか?)

 それだけ古い物が放り込まれていると言う事だろうか?

 ただ、保存用コンテナに厳重に格納されているだけあって、武器の品質は悪くない。

クレースト『茜様、アレを……』

 刀剣の類を確認していた茜に、クレーストが微かな驚きを交えて呟き、
 視界の一角をズームアップして一つのコンテナを指し示した。

 茜がそのコンテナを見遣ると、そこには“GXI−004−6”の連番式の型式番号が刻印されている。

茜「これは、まさか……!?」

 その型式番号が指し示す物に茜は目を見開き、驚愕の声を上げた。
352 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/03/31(火) 20:33:28.49 ID:nXiWmAUYo
 一方、オリジナルギガンティックの戦線離脱により、政府連合軍は窮地に立たされていた。

 高密度結界装甲による衝撃波で機体異常を起こしたレオン達のアメノハバキリも、
 軍や警察の寮機達と連携しつつ遠距離攻撃を行っているが、目立った戦果は上げられていない。

レオン「くそ……あんな場所にいる案山子の癖に……!」

 レオンは悪態を吐きながらもスナイパーライフルを連射するが、
 まるでマグマにスポイトで水をやっているかの如く、
 レオンの放った魔力弾はティルフィングの周辺で霧散してしまう。

 小高い丘に陣取った不動の上半身と言う、まるで怪物を思わせる異形のギガンティックは、
 連合軍の一斉攻撃にも拘わらずまるで堪えた様子が無い。

紗樹『副長! こちらはブラッド切れでもう撃てません!』

 ミニガン型魔導機関砲による絶え間ない銃撃を続けていた紗樹が、悲鳴じみた声で悔しそうに叫ぶ。

 シールドに使っていたフィールドエクステンダーとプティエトワールを、
 魔導機関砲に差し替えてまで使っていたが、それももうブラッドの限界だ。

遼『こちらも弾切れです……!』

 遼も状況は同じようで、ミニガンを足もとにうち捨て、予備の魔導ライフルでの牽制射撃に切り替えている。

 が、焼け石に水にもならない威力では攻撃も意味が無い。

レオン「お嬢! 風華! どっちでもいいから返事しろ!」

 レオンはそろそろ残弾も心許ないスナイパーライフルを気にしながら、
 通信機に向かって怒鳴るように二人に呼び掛ける。

 二人が叩き付けられた倉庫の周辺にはマギアリヒトが霧のように立ちこめ、
 ティルフィングの高密度結界装甲の余波が加わって通信障害が発生しており、
 通信に激しいノイズが交じって返事があるかどうかも聞き取れない状況だ。

ホン『ギャハハハハッ!
   どうした、どうした! もっと撃って来い! 貴様らは無力な虫けらだ!』

 代わりに全方位に向けた、ホンの耳障りな嘲りが響き渡る。

ホン『虫けららしくひれ伏せ! 泣き喚いて赦しを乞え! 我をあがめ奉れ!
   ゴミクズのような貴様らが我が臣民として生きる事を許してやろう!

   我こそが世界唯一の皇帝だぁっ!』

レオン「黙れっての……電波野郎がぁ……!」

 聞くに堪えない演説を続けるホンの声に、レオンは歯噛みするように呟いた。

 それは、恐らく戦場にいる全ての人々の代弁だ。

 レオンに限らず、同じような事を口にしていた者はいた。

 だが、あまりにも絶望的な戦力差に、それを面と向かって口にする事が出来る者はいなかった。

 心は折れる寸前だ。

 耳障りなホンの演説が……真意すらも定かではない狂言が、生き残る唯一の糸口のような甘言にさえ聞こえ始める。

 もう、駄目だ。

 誰かがそんな言葉を口にしかけた、その瞬間だった。

?『黙れ、外道ッ!!』

 鋭い叫びが聞こえた直後、茜色の閃きが走り、甲高い風切り音と雷鳴が轟く。

 そして、ピシリ、と言う耳障りな音と共に、ティルフィングの肩に僅かな亀裂が走った。

?『まだ浅い、か……!』

レオン「お嬢!?」

 悔しそうな声が通信機越しに聞こえ、レオンは声の主の姿を探す。

 いつの間にか倉庫を覆っていた霧のようなマギアリヒトは吹き飛んでおり、そこに声の主がいないのは分かった。

 だからこそ、全周囲を見渡す。
353 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/03/31(火) 20:34:15.70 ID:nXiWmAUYo
 そして、彼女は……彼女の愛機はそこにいた。

 ティルフィングの後方斜め上に滞空する、茜色の輝きを纏う
 巨大な黒い翼を広げたギガンティック……クレーストの姿がそこにあった。

茜「正式装備とは言え、やはり初めて使う武器では無理があったか……」

クレースト『ですがGXI−004・ドラコーンクルィーク、
      GXI−005・スニェーク、GXI−006・モールニヤ……全て異常無し。

      先ほどの攻撃で茜様の挙動に合わせた調整も完了しました。次はもっと早く動ける筈です』

 コントロールスフィアの中でどこか悔しそうに呟いた茜に、
 クレーストは自身と装備の接続状況を確認した後、自信ありげに言い切る。

 竜の牙の名を冠した槍、雪の名を冠した短刀、そして、稲妻の名を冠した黒い翼。

 それは、十五年前に所在不明となっていたクレーストの正式装備だった。

 刺突よりも斬撃に特化した薙刀のような槍と、斬撃特化の浮遊短刀、
 機動性と安定性を高めるスラスター兼スタビライザー。

 素早く相手の懐の入り込んで斬る。

 その一点に向けて特化された装備の数々が、倉庫にあったコンテナの中身だった。

茜(トップスピードは特に変化していないが、旋回性能も瞬発力も何倍にも跳ね上がってる……。
  槍もリーチの長い太刀と思えば、決して使い慣れない類の武器じゃない……)

 茜は先ほどの一太刀を思い出しながら、改めて各種装備の所感を独りごちる。

 大小の二刀流のまま機動性が上昇した事は間違いなく戦力アップだが、まだ振り回されている感が勝っていた。

 だが、それでもティルフィングの肩に傷を付けたのは事実だ。

ホン『貴様アァァッ! よくも俺の玉座に傷をぉぉっ!!』

 再び虚像の皇帝のメッキが剥げたホンが、猛り狂った素っ頓狂な怒声を張り上げた。

 茜はクレーストを振り返らせ、ティルフィングを見下ろす。

 駄々っ子のように手を伸ばす様が見て取れるが、その手は決して上空のクレーストには届かない。

 薄々感じてはいたが、ティルフィングには魔力弾を撃つ機能が無いのだ。

 そして、自身の魔力が循環するオリジナルギガンティックならば可能な、
 魔法としての魔力弾を放つ能力がドライバーのホンには欠如している。

 殆ど完全防備と言って良いティルフィングの結界装甲の前に遠距離砲撃は無力だ。

 だが同時に、ホンには遠距離攻撃の手段が無かったのである。

茜「それが……玉座、か……」

 茜は独りごちるように、消え入りそうな声で呟いた。

 与えられるままの力を自らの当然の権利と錯覚し、それを脅かされる事に激しく怯える。

 考える事を放棄し、現実から目を逸らした者の末路そのものこそが、今、眼下にいる男の真実だろう。

 だから駄々っ子のように振る舞い、獣のように本能のままに生きる。

 酷く、哀れだ。
354 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/03/31(火) 20:35:12.49 ID:nXiWmAUYo
ホン『皇帝に逆らった貴様だけは見せしめだ!
   大勢の人間の前で犯して! 従順になるまで嬲って!
   赦しを乞う貴様を、生きたまま八つ裂きにして殺してやる!』

 だが、ホンの吐き捨てた言葉に、憐憫などとは比べ物にならないほどの激しい怒りが湧き上がり、
 茜は複雑な表情を浮かべる。

茜「確かに……お前は皇帝なんだろう……お前自身の中では。

  だがな……本当の皇族や王族の方々は、外との接触を著しく制限される中、
  市民とは比べ物にならない量の魔力を自ら供出なさっている……」

 茜は畏敬にも似た思いを抱きながら、静かなに言い放つ。

 皇族や王族は、要は強い魔力を持って民をまとめ上げた強力な魔導師の末裔だ。

 その子孫にも、強い魔力は代々受け継がれている。

 そんな皇族や王族は政治と関わりながらも、
 自らの大量の魔力を用いてメガフロートの結界維持に努め、それを自分達の義務と定めていた。

 ノブレス・オブ・リージュ、ロイヤル・デューティ、
 言い方は多々あるが、割に合わない労を労われる事もないまま、民のために力を振るう。

 その覚悟を持っている人々がいるからこそ、茜達ロイヤルガードも身命を賭して皇居を守るのだ。

茜「お前がいくら自分を皇帝だと叫んでも、
  民を尊ばないお前が、民から皇帝として尊ばれる事は、絶対に無い!」

 茜は強く、その事実を言い放つ。

 暴君は革命により斃されるのが世の常。

 父同様、一方的な力で人々を押さえつけて来たホンは、その摂理にすら気付いていなかった。

茜「行くぞ、クレースト!」

クレースト『畏まりました!』

 茜の合図と共に、クレーストは味方の魔力弾が暴風雨のように飛び交う戦場を飛ぶ。

 フレキシブルブースターとシールドスタビライザーの複合装備であるモールニヤの機動性の前では、
 その魔力弾の暴風雨もそよ風に舞う木の葉も同然だ。

瑠璃華『連合軍全機! 261に構わず援護射撃を続けろ!
    少しでも敵の防御を反応させて、茜とクレーストの攻撃の隙を作れ!』

 通信機から瑠璃華の声が響き、ティルフィングの背面で瑠璃色の魔力砲弾が弾ける。

 どうやら、瑠璃華も立ち直ったようだ。

 そして、ティルフィング攻略の活路は瑠璃華の言う通りだった。

 ティルフィングの高密度結界装甲はフルオートでその密度を変移させる。

 一見して無効化されている小さな魔力弾も、ティルフィングの結界装甲に隙を作る、大きな役割を持っているのだ。

 茜は仲間達の作ってくれた隙を付き、幾度も槍から発生した巨大な魔力刃で斬り掛かる。

 結界装甲の密度が高まりきる前……刃が届く内に、ティルフィング本体を切り裂く。

 単純だが最も効果的な攻略法である。

 だが、先ほどの不意打ちの一撃と同様、浅い傷を穿つので精一杯だ。

茜「まだ浅い……!?」

 一撃一撃、渾身とも言える神速の斬撃を放っても、
 ティルフィングの結界装甲を切り裂き、刃を本体に届かせる事は難しい。

 傷つけられるのは薄皮一枚、と言う所だろう。

 だが、愕然としていられる場合ではない。
355 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/03/31(火) 20:36:02.21 ID:nXiWmAUYo
クレースト『茜様、限界まで魔力を集束して下さい。薄く、鋭く、折れない刃です』

茜「薄く、鋭く、折れない刃……!」

 茜はクレーストのアドバイスを反芻し、その刃をイメージする。

 魔力集束によって生まれる魔力の刃……集束魔力刃だ。

 AIの補助と武装の特性によって、
 既にドラコーンクルィークの魔力刃は研ぎ澄まされた刃そのものと言って良い程に集束されている。

 だが、ドライバーである茜が集束をイメージする事で、その効果もさらに高まるのだ。

茜「届けっ!」

 茜は再度、渾身の力で持って斬り掛かる。

 味方の援護射撃をくぐり抜け、遮二無二振り回されるティルフィングの腕を避けて、脇腹を切り裂く。

 先ほどよりは深い傷を穿ったが、それでも致命傷にはほど遠い。

茜(まだだ……まだ足りない! もっと鋭い刃で!)

 茜はさらに刃を研ぎ澄ます。

 自然と魔力は氷結変換され、茜色の氷の刃が切っ先に生まれる。

 そして、その時だ。

風華『ただの魔力弾が駄目なら、これはどう!』

 格納庫から顔を出した突風……風華が、肩に担いだランチャーから何らかの弾丸を放つ。

 弾丸はティルフィングに命中する直前に爆発し、辺りに霧のような煙を撒き散らした。

 すると、瑠璃華の砲弾やレオンの放った狙撃弾が、ティルフィング本体に届き始めたではないか。

茜「これは、一体……?」

 ダメージは微々たる物のようだが、先ほどとは明らかに変わった状況に、茜は驚きの声を上げる。

突風『撹乱用のジャミング弾頭よ!』

 その驚きの声に応えたのは突風だった。

 敵のセンサー系を撹乱できれば良い程度の、苦し紛れの一発だったが、
 センサーで敵の攻撃を感知しなければいけないティルフィングの防御システムには、覿面の効果を見せた。

 攻撃が届き始めたのは、センサーの撹乱で結界装甲の密度変移に遅れが生じている証拠だ。

茜「今なら行ける!」

 茜は、氷刃を構えたクレーストと共に飛ぶ。

茜「本條流魔導剣術、奥義! 天ノ型改が終! 龍天・氷牙ッ!!」

 本来ならば舞ノ型が終・凰舞と共に放たれる必殺の十文字斬り、龍凰・天舞。

 その十文字斬りに込める力を、その一太刀にだけ込め、渾身の力で振り抜かんとする。

 今までのように撫で斬りにするのではなく、胴体の付け根を両断せんとする神速の斬撃。

 それは、確かに結界装甲が分厚い障壁を作り出す直前、ティルフィングの胴体を捉えた。

 だが――

茜「ッ!? しまった!?」

 手の先から伝わる異質な感触に、茜は愕然とする。

 後追いで密度を高めた結界装甲の障壁に、刃が押し留められてしまったのだ。

 茜色の氷刃を、黒い障壁が絡め取り、茜は押す事も引く事も出来ぬ体勢で固まってしまう。

ホン『調子に乗るなぁ! メスガキがぁぁぁっ!!』

 ホンは砲声を張り上げ、眼前で動きを止めたクレーストに向けてティルフィングの腕を振り下ろす。

 正に、万事休す。
356 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/03/31(火) 20:36:47.30 ID:nXiWmAUYo
 しかし――

???『お前こそ調子に乗ってんじゃねぇぇぇっ!!』

 上空から怒声にも似た裂帛の気合、一声。

 マリアだ。

 そして、その声が轟いた直後、上空から巨大な大木が降って来た。

 火色と雄黄色の魔力に包まれた、周囲八十メートルはありそうな巨木だ。

 その両脇には、プレリーとカーネルが取り付いている。

 マリアとクァンはカーネル・デストラクターの合体が解除されてしまった直後、
 再合体不可能と悟って反撃の準備を整えていた。

 それは植物操作魔法による巨木の精製を行い、魔力と物理衝撃による二重攻撃を仕掛ける事だった。

 技研周辺の森にあった巨木を急成長させ、クァンによって硬化された、
 砦の扉を討ち破る攻城槌と化した大木を持って跳躍し、
 ティルフィングの脳天に向けて、たった今、突き落としたのである。

ホン『ぬがっ!?』

 激突による衝撃にホンは短い悲鳴を上げた。

 それと同時に結界装甲の密度が増し、急造の巨木は一瞬にして砕けてしまう。

 だが、一瞬で十分だった。

 クレーストの刃を絡め取っていた結界装甲の密度が、僅かに弱まる。

クァン『茜君っ!』

マリア『ぶったぎれぇぇっ!』

茜「ッ……こぉこぉ、だあぁぁぁっ!」

 クァンとマリアの声を合図に、茜は裂帛の気合を放ち、
 左腕に構えていたスニェークに雷の集束魔力刃を……
 ありとあらゆる物を叩き割る、稲妻の如き刃をイメージし、作り上げた。

 そして――

『舞ノ型改が終! 凰舞・雷刃ッ!』

 雷刃による凰舞で、氷刃を押し込む。

 既に切っ先のめり込んでいた氷刃は、雷刃によって漆黒の障壁の拘束を解かれ、
 一気にティルフィングの胴体を切り裂いた。

 さらに、後追いの雷刃が氷刃とぶつかり合い、十字の交点に凄まじい破壊力を生み出す。

 氷結変換と雷電変換、相反する魔力同士の反発が生む相乗効果により、
 切り裂かれた部位からティルフィングの胴体は爆発を起こし、その場で仰向けに崩れ落ちた。

 一方、茜とクレーストは爆発の向こう側へと突き抜け、崩れ落ちて行くティルフィングの巨体を背に、
 瓦礫の中へと着地する。

茜「………本條流魔導剣術……最終奥義、終ノ型改……龍凰・天舞……氷刃雷牙の型……!」

 茜は静かにそう言い放つと、槍の纏った氷刃と短刀に纏った雷刃を霧散させた。

 そして、改めて崩れ落ちたティルフィングへと振り返る。

 ティルフィングの胴体からは大量のエーテルブラッドが流れ出し、
 エネルギーの供給を失い、結界装甲すら失った巨体は微動だに出来なくなっていた。

 仲間達からの援護射撃も止み、連合軍の勝利で戦いは終わったのである。
357 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/03/31(火) 20:37:39.99 ID:nXiWmAUYo
茜「………」

 しかし、茜は無言のまま、ティルフィングへとクレーストを歩み寄らせる。

ホン『だ、誰か! 誰か、早く来い! 皇帝の危機だぞ!
   早く……早く助けに来い!』

 自らの敗北を悟り、それでもその敗北を認められず、ホンは外部スピーカーで喚き散らす。

 その声は恐怖で上擦り、涙で震えていた。

 茜はやはり無言のまま、ティルフィングの胴体へと乗り上げ、分厚い装甲で覆われた首もとに足を置く。

ホン『ひいぃっ!?』

 その瞬間、ホンが悲鳴を上げた。

茜「コックピットハッチは、ここ……で、いいようだな」

 茜は外部スピーカーに向けて、静かに呟く。

 聞く者が聞けば酷薄に聞こえる声。

ホン『ひ……ひぃぃぁぁ……』

 ホンは言葉にもなっていない呻き声を漏らす。

 どうやら、今、茜……クレーストの足が踏んでいる場所がハッチで間違いないようだ。

 と、その時。

 ティルフィングの近くにぽつり、ぽつりと人影が見えた。

 どうやら今の今まで、技研の地下シェルターに避難していた者達が顔を出したようだ。

 次第に増えて行く者達は、テロリストの構成員だけでなく、人質同然だった市民も混ざっていた。

 テロリスト、と言う観点で見れば加害者と被害者の混成集団だ。

 彼らは一様に、クレーストによって踏み付けにされた自分達の首魁を見ている。

 その目には、恐れと、諦めと、そして、恨みにも似た色が宿っていた。

ホン『お、お前達! 何を見ている! 貴様らの王がピンチだぞ!
   助けろ! 臣民なら、俺を助けろぉ!』

 人々に気付いたホンは、必死で彼らに自分を助けるように命じる。

 だが――

市民A「……ころせ……」

 誰かが、絞り出すように呟く。

市民B「ころせ……」

市民C「ころせ……!」

市民D「殺せ!」

市民E「殺せ! ホンを殺せ!」

 それを皮切りに、人々は怨嗟の声を上げた。

 ホン・チョンスを殺せ。

 俺達を煽動し、こんな恐怖集団に捉えたホン・チャンスの子を殺せ。

 私達を人質に取り、恐怖で抑え続けたホン・チャンスの子を殺せ。

 遊び半分で仲間を処刑したホン・チョンスを殺せ。

 娘を連れ去り、辱め、無惨に見捨てたホン・チョンスを殺せ。

 恐怖で押さえつけられていた集団が、その恐怖の戒めを失い、暴徒と化し、ホンへの恨みの大合唱を始めた。
358 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/03/31(火) 20:38:46.99 ID:nXiWmAUYo
市民F「殺せえぇぇぇっ!!」

 大音声を号令に、人々は足もとの瓦礫をティルフィングの残骸に向けて投げつけ始めた。

 ガンガン、カンカン、キンキンと様々な音を立てる。

ホン『ひ、ひぃぃぃっ!?』

 殺意の怨嗟のシュプレヒコールと、瓦礫と機体のぶつかり合う音に、ホンは恐怖に引き攣った悲鳴を上げた。

茜「これが……お前の真実だ……お前は皇帝なんかじゃない。

  上に立つ者の矜持も、義務も知らず、恐怖で人を支配するだけの、
  踊らされて担ぎ上げられた、ただの道化だ!」

 茜は周囲の人々を寂びしそうな目で見ながら、ホンに怒りの声をぶつける。

 戦闘が終わったばかりで、彼らを拘束する軍と警察の機動部隊はまだ駆け付けられない。

 何人かはホンを引き摺り出そうと、ティルフィングの巨体を登ろうとしている。

 だが、倒れたとは言え高さ二十メートルはあろうかと言う人型を登るのは容易ではない。

 それでも、機動部隊が来る前には登り詰める事も可能だろう。

 つまり、ホンは逮捕される前に、彼らによってリンチされて無惨に殺される未来が待っている。

茜「お前は……お前の父は幾つもの許されない罪を犯した……!
  そして、お前はその罪を引き継ぎ、さらに罪を重ねた!」

 茜は怒りのまま、叫ぶ。

茜「お前は……誰にも許されない!」

 そして、茜は一度は腰に収めたスニェークを構えた。

 魔力を込めて逆手に構え、振り上げる。

 止めの一撃。

 誰もがそう思っただろう。

 事実、最終的なホンの生死は問われていなかった。

 可能ならば捕らえる事が推奨されていたが、この状況で生きて捕らえるのは、もう難しい。

レオン『止めろ、お嬢!?』

 レオンも最悪の結末を予感し、慌てて茜を止めようとする。

 もう間に合わない。

 以前、茜を止めてくれた空は、まだ離れた場所で戦闘中だ。

 そして、スニェークがティルフィングのコックピットハッチへと突き立てられた。
 しかし、爆発も閃光も、ましてやホンが切り裂かれるような惨劇も、その場では起きなかった。

 代わりに、茜色の氷がコックピットハッチ周辺を固めている。

 ようやく登り詰めた人々の何人かが、氷を叩き割ろうと必死に魔力弾や棒きれを叩き付けるが、
 結界装甲の延長で作り出された氷は決して砕けない。

 それは、暴徒からホンを守る氷の防壁だった。

茜「その氷が保つのは三時間程度……。
  三時間経てば、お前を殺そうと登って来た人間がまたお前に襲い掛かるだろうな……」

ホン『………ぁ、ぁぁぁぁ……』

 茜の言葉に、まだ自分が助かっていない事を知り、安堵の声を絶望に変えながら、ホンは呻く。

茜「お前は、多くの人々を虐げ、恐怖を与えて来た……。
  なら、その万分の一、億分の一でもいい……お前が他人に与えて来た恐怖を味わえ!」

 茜はそう吐き捨てるように言い放つと、氷の中からスニェークを引き抜き、
 ゆっくりとティルフィングから離れた。
359 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/03/31(火) 20:39:38.99 ID:nXiWmAUYo
 すると、ティルフィングを取り囲む人々は一斉攻撃を再開した。

 少しでも早く氷を砕き、中にいるホンに制裁を……私刑を加えるべく。

 ガンガン、カンカン、キンキンと、様々な音が機体の全身を通じてホンに伝わる。

ホン『だ、誰か……助け……助けて………いやだぁぁぁっ!!
   助け、助けてくれぇぇっ! いや、し、死にたくない!
   死にたくない、死にたくない! たすけ、たしゅけ、だじゅげでぇぐれえぇぇぇっ!』

 結界装甲にも守られず、反撃の手立ても無く、人よりも弱い魔力しか保たない虚像の皇帝は、
 全てのかなぐり捨てて助けを求める。

ホン『謝る! ごめんなさい! ごべんなざい! ごべんなざぁいぃぃ!』

 泣きじゃくり、のたうち回り、必死に助けを求める。

 茜はその様を後目に、仲間達の元へと戻って行く。

レオン『お嬢……』

茜「文句があるか?」

 通信機越しに聞こえたレオンの声に、茜は溜息混じりに問い返し、
 “さっきは止めようとしただろう”と呆れたように付け加える。

 どうやらプライベート回線のようだ。

レオン『いや、ま、そうだけどよ……。

    けど、三時間もあれば、機動部隊が全部鎮圧しちまうぜ?
    実質、守ったようなモンじゃねぇの? いいのか、アレで……』

茜「………いいんだ、アレで」

 戸惑い、躊躇うようなレオンの問い掛けに、茜は複雑な声音で返す。

 いいのか、と問われれば、本心ではよくないと答えたい。

 臨死の恐怖を味わった60年事件の被害者達。

 囚われ、従えられ、死の恐怖に怯え続けた人々。

 その人々が感じた恐怖を、少しでもホンに味あわせたのだ。

 それで誰の恨みが晴れるのか、それとも晴れないのか。

 それすらも茜には分からない。

 本音を言ってしまえば、ホンを自らの手でくびり殺したいとさえ思う。

 だが、茜の復讐は、ホンに臨死の恐怖を味あわせる事で……
 自分が与えられた恐怖を少しでも返した事で、全て終わったのだ。

 茜は、そう思う事にした。

 その時、不意に離れた場所で輝いた空色の光が目に入る。

 目を凝らすと、こちらに向けて全力で飛んで来るエール・ハイペリオンイクスの姿が見えた。

茜(ユエは……空達が倒してくれたか……)

 その光景を見上げ、茜は感慨深く心中で独りごちる。

クレースト『お疲れ様です、茜様……』

茜「……ああ、お前もお疲れ様だ、クレースト」

 優しく声をかけて来た相棒に、茜はどこか憑き物の落ちたような笑みを浮かべて、満足そうに答えた。


第22話〜それは、振り切られた『忌まわしき十五年』〜・了
360 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/03/31(火) 20:43:17.26 ID:nXiWmAUYo
今回はここまでとなります。
………よし、予告通り!w

ついでに安価、置いて行きます

第14話 >>2-39
第15話 >>45-80
第16話 >>86-121
第17話 >>129-161
第18話 >>167-201
第19話 >>208-241
第20話 >>247-280
第21話 >>288-320
第22話 >>325-359
361 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/04/04(土) 20:03:21.07 ID:vhs4sgNE0
遅くなりましたが乙ですた!
アッカネーンの脱出……てけてけwwwwにポマードwwwww 後者で爆笑してしまった私は年齢がバレそうですなww
何にせよ、またロケットパンチ装備の人が増えなくて良かったです♪
そしてティルフィング……これ、乗っているのがホンでなかったら普通に脅威だったでしょうね。
いや、ホンが乗ってもこれだけ梃子摺ったんですから、キチンと訓練を受けた乗員が操縦して、移動手段があり、尚且つ周囲を固める護衛が付いていたらというテロ組織にはおよそ実現不可能な状況なら、ではありますが。
そのホン……信頼を築くのは時間が掛かるが、それを壊すのは一瞬、というのを体現しているような血族ですな。曽祖父さん哀れすぎでしょう。
ラストの茜の措置は、私情も入っているにせよ納得です。この選択が出来るようになったのは、大きな成長と言えますね。
ここでホンを石もて打つ人々は、同じテロリストとは言え、責められますまい。中東の某何とか国とか言う組織は勿論ですが、国内関東のその組織を真似たDQNグループが同様の武力で周囲を圧っしていたようなものですし、同じ歪んだ不満を理由に破壊行為を行っていたとは言え、あれでは……ね。
さて、大きな事件も一段落でしょうか。この後何が起きるのか、楽しみにさせて頂きます!
362 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/04/04(土) 22:04:22.23 ID:9+2Unvfwo
お読み下さり、ありがとうございます。

>ポマード
多分、口裂け女の対策方法がポマードだった時期の小学生かぬ〜べ〜世代しか分からないと思いますw
この所、シリアスな展開ばかりでお疲れかと思って地味にブラックな笑いをぶっこみました。

>ロケットパンチ装備の人
仮に茜がロケットパンチ装備になっていたら初代の直系と言う凄まじい状態にw

実は
 1.茜をどう脱出させないか 2.茜とミッドナイト1の交流
 3.決戦より先にエール奪還 4.茜をどうやって無傷で脱出させるか
と言う四つの点を考慮してのフェイの一時離脱だったりします。
あと、既に両手首どころか四肢全部切断された子が出て来てしまったので、流石に短期間に切断はヤバいなぁ、と
まあ、手足どころか自ら下半身を切断したテケテケがいましたが(遠い目

>ホンでなかったら普通に脅威
戦闘訓練をしっかりと受けていれば、上半身だけとは言えそれなりに動けますからねぇ……。
ホン自身が魔力弾を飛ばせないので遠距離攻撃が出来ないと言うお粗末な状態でなければ、
ハイペリオンイクス、予備タンク随伴クルセイダー、正式装備クレーストの三枚看板で、
政府軍が全滅寸前になってやっとこ撃破可能、と言う感じですかね。

>曾祖父さん哀れすぎ
結とグンナー、リノとトリスタンがBADEND的対比だったように、今回も茜との対比ですね。
テーマとしては“彼女(彼)は偉大な人物の血統を継ぐに足る人物か”と言う感じです。
ともあれ、ホンの父の代で何があったのか、と言うのは語る機会があるならば
僅かばかりであっても劇中で明らかにしたいと思っています。

>大きな成長
空との口論、M1とのふれ合い、ユエと言う黒幕の存在。
色々と成長に繋がるファクターは用意しましたが、
ホンとの決着を締めくくるのは成長した茜でなければならない、と……。
そして、茜は結の血統と奏のギアを継ぐに相応しい人間として成長して行く第一段階を突破したワケです。
加えて、空も前回のユエとの対決でもって、結のギアを継ぐための成長の第三段階に差し掛かりました。
第一と第二はそれぞれPTSDからの復帰とエールの奪還ですね

>中東の組織とかDQNグループとかと同様
コレの構想を練っていた一昨年の末頃は中東食い詰め無職集団もDQN集団も耳にも目にもしない連中ばかりでしたねぇ……。
ともあれ、不満を暴力だけで解消しようとする未熟な精神性の行き詰まりの姿ですな。
そんな未熟な精神性で行き詰まったまま国を作ればどうなるか、の極論がホンと人々の姿だと個人的に思っております。
まあ……対話と規律だけで回る綺麗事の世界でない事が、現代国際社会一番の問題であり、
それを放置して力と金に訴えている一部先進国の存在が未熟な精神を培う土壌でもあるのですがorz

>大きな事件も一段落
一応、世間的には幕引きの事件ではありますが、空達にとってはまだ片付いていない件がありますからね。
次回はそんな片付いていない件の一つである彼女が中心となる、茜と彼女の成長第二段階の話となります。
ついでに、フェイがどうやって助かったか手短に解説します(ぉぃ
363 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/04/26(日) 21:31:58.05 ID:qlEyjZ+G0
ho-syu
364 : ◆22GPzIlmoh1a [sage]:2015/04/29(水) 04:50:45.43 ID:EkVY6I6Do
保守ありがとうございます。

んが、キャラが難産+土日の畑仕事が忙しくて全然進んでおりませぬorz
もう少々お待ち下さい……
365 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/05/20(水) 20:06:56.82 ID:BcBQvjwCo
筆が進まないので気分転換に書いた匿名掲示板ネタ
キャラ崩壊・ジャンプ漫画ネタ注意 目を細めて生温くお読み下さい
366 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/05/20(水) 20:07:42.12 ID:BcBQvjwCo
第22.5話〜それは、破滅へ歩む『匿名掲示板の忍者』〜

―1―

2ch>ホビー>模型・玩具全般>ミリタリー>ギガンティック
 俺のキツネたんが人型に改悪された件について    スレ立て日時:2075/07/18(木) 22:28:12.20

1 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    クソがああああああああああっっっ!!!!!!

2 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    >>1
    おちつけし

3 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    ああああああああああああああああああああああ!!!!!!
    なんで人型とかキモイ形にしてんだよおおおおおおおおお!!!!!
    かえせよおおおおおおおおおおおおお!!!!
    俺のキツネエエエエエエエエエエ!!!!!

4 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    開いたら想像以上に>>1が荒れてて草

5 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    http:www.up-up/75071809008
    こんなんじゃねぇぇんだよおおおおおおおおおお!!!!!

6 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    責任者でてこいやあああああああああああ!!!!!!!!!

7 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    >>1の時点じゃ「っ」があったり「!」も半角なのに
    キャラがブレてるやり直し

8 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    >>5
    http:www.up-up/75071809009
    キツネ型にもなれますしお寿司

9 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    >>8
    ブースターとかいらないんですぅ
    前のキツネちゃんがかわいいんですぅ

10 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    >>9急におちつくなし

11 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    >>2>>10
    落ち着けと言ったり落ち着くなと言ったり

12 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    あ、昨日のテロとの戦闘、もう画像うぷされてんの?
    つか何? え? これが211?
    もうちょっとデザインどうにかならん?
    何で肩に四本も箸ついてんの?

13 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    箸じゃねぇよw
    解析班の話じゃブースターだってよ

14 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    箸ワロタ

15 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    211じゃなくて204な
    何か新しいエンジン見付かったとかってニュースが3日前に流れてた

16 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    見付かったって埼玉にでも埋めたのか?

17 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    80年以上前のニュースのネタとか分かる奴いないだろ

18 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    ちゃんと脱線してるいつものお前らで安心した

19 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    2レス脱線しただけで脱線したとか早漏すぎんよ
367 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/05/20(水) 20:08:35.38 ID:BcBQvjwCo
20 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    つか何でオリジナルギガンティックなのに機体新しくなってんの?モデルチェンジ?他のもやれよ

21 名前:◇2989wktk[sage]
    >>20
    テロリストにぶっ壊されて新型になった
    設計者は前と一緒

22 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    いつものバレ師キター!
    ◇2989wktk氏、お疲れさんです!

23 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    【悲報】バレ師 半月ぶりの降臨場所は批判スレ

24 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    降臨って宗教か何かかよ引くわ

25 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    >>24にわか帰れよ

26 名前:◇2989wktk[sage]
    今回の204は211を新しい201ドライバー用に改修、強化した機体な
    スペック時点で211よりも加速性、機動性、格闘能力で2割増しってバケモノ
    実際は5割増しとか

27 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    何でこんなに詳しいんですかねー?
    ガセじゃなきゃ内部の人間の情報リークで逮捕じゃね?

28 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    >>27
    ◇2989wktk氏はギガンティック機関の広報の中の人で提供可能範囲で情報提供してくれる広報担当さんだぞ
    下手に内部の人間が情報漏らす前に「ここまで」って線引きを事前にしてくれる人
    降臨しても一つのスレにしか現れないから、ギガンティック機関の人間は降臨したスレをROMってる
    そんな事も知らねぇの?

29 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    マジかwww
    よくクビになんねぇな

30 名前:◇2989wktk[sage]
    俺で三人目だけどね
    一人目も二人目も担当変わっただけでちゃんと在籍してるから

31 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    新しい201ドライバーってJCだよな

32 名前:◇2989wktk[sage]
    >>31
    通報しますた

33 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    バレ師、遊んでないで何か新情報

34 名前:ボクらはトイ774キッズ[age]
    バレ師降臨と聞いてあげ

35 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    新情報が無いなら寝る

36 名前:◇2989wktk[sage]
    明日のニュースで画像が出る予定だけど
    211同様、今回の204も合体しまふ
    ついでに205も212同様に合体
    新しい機体と201でも去年からしてる三体合体も可能

37 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    パワーアップktkr

38 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    マイジマのスケールモデルはいつ出ますか?

39 名前:◇2989wktk[sage]
    俺、M.Jさんトコの社員じゃないから知らんし
    昨日から社長が寝ずに型作り始めたとか聞いてないし
    半年以内に出したいとか聞いてないし

40 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    知ってるじゃねぇかwwwww
368 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/05/20(水) 20:09:28.50 ID:BcBQvjwCo
41 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    メガトイズ版合体固定モデルのエルペリオンの発売日が来週な件について
    発売後には既に実機が存在してないとか………

42 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    おっと前のドライバーが死んだ後に故人のパーソナルマーク仕様が発売されたチェーロさんの悪口はそこまでだ

43 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    >>42そっちもメガトイズ製じゃないですかーやだー


※注釈 メガトイズは劇中の玩具メーカー。
    ノンスケールのフィギュアの老舗で軍用機の完成済み可動フィギュア中心で販売しています。
    ちなみに“エルペリオン”はエール・ハイペリオンの略称でネットスラング。


44 名前:◇2989wktk[sage]
    司令が泣いちゃうからその話題はNG

45 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    半年前に改造していた俺に隙は無かった
    http:www.up-up/75011521022

46 名前:◇2989wktk[sage]
    司令室に呼び出し食らった、逝って来る

47 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    呼び出しはえーよw
    上層部が見てるのか、このスレw

48 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    このスレは英雄 明日美・フィッツジェラルド・譲羽によって監視されています

49 名前:◇2989wktk[sage]
    副司令だよ

50 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    余裕あるなバレ師
    携帯端末からアクセスかな?

51 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    どっちにしても副司令が見てんのかよw


※注釈 アーネスト・ベンパー副司令は諜報部の総責任者です。
    普通に広報担当者を名乗る諜報部員の書き込んでいるスレッドを監視しています。
    トリップの“◇2989wktk”は監視用のマーカーで外すと怒ら【減俸さ】れます。


52 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    半年以内に発売か。
    マイジマの社長は仕事早いからな205も204から二ヶ月以内に発売だな。

53 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    ん? 205って事は212も壊れたのか?

54 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    つかテロの使ってた機体とかも発売されんの?
    この前の電波ジャックで見た401とか結構好みなんだけど

55 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    きっと太陽造形ならやってくれる

56 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    太陽造形さんマジ俺らの太陽


※注釈 太陽造形はインディーズメーカー。要は同人模型サークル。
369 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/05/20(水) 20:10:22.77 ID:BcBQvjwCo
57 名前:減俸三割一ヶ月◇2989wktk[sage]
    ただいまー

58 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    うわぁ……

59 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    >>57ど、ドンマイ

60 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    ◇2989wktk氏の月給三割はきっとおれらの月給より高いんだろうな
    いいな特一級は

61 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    深夜ニュースに新画像キタアアアアア!!!
    http:www.up-up/75071900007

62 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    >>61
    202に羽戻ってるー!!

63 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    やべぇ黒地に赤ラインの羽とか格好良すぎんだろ

64 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    俺の改造ギガンティックフォルダが火を噴く時が来たようだ
    http:www.up-up/75071900025

65 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    >>64
    ちょw改造早過ぎんよww

66 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    5年前に茜たんが乗った時に25年前にマイジマの出した202フル装備版を改造した奴だからな
    当時の画像はこっち
    http:www.up-up/70040700011

67 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    クリアパーツ自作とかw
    五年前は架空兵器乙とか言ってスンマセンデシタorz

68 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    >>67
    許さん
    罰として「茜たんprpr」と絶叫しながら皇居正門前三往復な

69 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    >>68
    ロイガに逮捕されるな

70 名前:減俸三割一ヶ月◇2989wktk[sage]
    >>68
    逮捕より先に兄貴が出て来て踏まれるに俺の今月の給料七割

71 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    >>70無理すんなw

72 名前:減俸三割一ヶ月◇2989wktk[sage]
    呼び出し二回目ー

73 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    相変わらず副司令の反応はえーw

74 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    身体強化しながら見張ってる可能性

75 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    >>74してるワケねーだろ


※注釈 してます
370 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/05/20(水) 20:11:40.02 ID:BcBQvjwCo
76 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    もうやめて副司令! ◇2989wktkの給料は0よ!

77 名前:減俸五割一ヶ月◇2989wktk[sage]
    まだ半分残ってるし ゼロになってないし

78 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    アチャー

79 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    自業自得すな

80 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    >>64
    いくらで譲ってくれますか?

81 名前:減俸五割一ヶ月◇2989wktk[sage]
    >>80
    多分、来月になったらマイジマから製品版出るぞ
    実機用の装備が見付かったらいつでも発売できるように社長がスタンバイしてた筈だから

82 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    >>81
    やっぱりM.Jの事も詳しいじゃないですかー

83 名前:減俸五割一ヶ月◇2989wktk[sage]
    噂で聞いただけじゃよー ホントジャヨー

84 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    五年前にパーツの型どりから始めた俺の苦労は一体……

85 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    あとで総合スレのテンプレ書き直しておかねぇとな

86 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    ねえみんな>>1が息してないの

87 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    バレ師が現れたらそこがバレ師スレだからな
    >>1は犠牲になったのだ 犠牲の犠牲にな

88 名前:1[sage]
    いいよもう……1/300キツネたんニーして寝るから

89 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    >1/300キツネたんニー
    つまり……どう言う事だってばよ?

90 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    >>88
    モケニーとか上級者過ぎんよ

91 名前:減俸五割一ヶ月◇2989wktk[sage]
    >>88
    (ドライバー本人に)通報します

92 名前:1[sage]
    >>91
    やめてくださいこうふんします

93 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    うわぁぁぁぁ………

94 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    マジで通報した方が良いような気が……

95 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    211のドライバーって女の子だろ?
    そんな子にモケニーを語るバレ師も相当な気が………

96 名前:減俸五割一ヶ月◇2989wktk[sage]
    逝って来まーす

97 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    【速報】副司令 女子にモケニー語るヤバさに気付く

98 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    >>1よりバレ師の方がトばし過ぎな件

99 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    204その物より201との合体形態の方が気になる
371 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/05/20(水) 20:12:32.73 ID:BcBQvjwCo
100 名前:明日から始まる四代目バレ師に乞うご期待◇2989wktk[sage]
    ただいまー

101 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    うわあああああああああああ

102 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    バレ師逝ったあああああああああああ

103 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    ワロタwwwwwww

    ワロタ………

104 名前:1[sage]
    とりあえずもう寝る スレ落として

105 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    HENTAIの>>1が神を召喚したと聞いて

106 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    三代目は俺達の心の中に生き続ける

107 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    >>107殺すなし

108 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    【悲報】バレ師 無事死亡

109 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    次何かやったらクビになるのでは?

110 名前:明日から始まる四代目バレ師に乞うご期待◇2989wktk[sage]
    >>109
    押すなよ!絶対押すなよ!

111 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    意外と元気そうだな

112 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    VIPでも無いのに何でナルトネタばかりなんですかねぇ

113 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    >>112
    この間、岸影が四代目に交代して話題になったばかりだからしゃーない
    ってか言う程ナルトネタ出てねぇだろ

114 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    六十年前はワンピの原作者が何代目になるとかネタにされてたそうだな
    ま、二代目まで行ったけどな

115 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    ワンピは巻数三桁以内で完結したろ!いい加減にしろ!

116 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    ジャンプスレに帰れよ老害共

117 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    >>116
    うるせえ嵐遁・励挫螺旋丸食らわすぞ
    http:www.up-up/75071900133

118 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    >>117
    バレ師もそうだがお前も荒ぶるなよw
    ってか何でさっきのフル装備202にナルトフィギュアのエフェクト付けてんだよw

119 名前:117[sage]
    良かれと思って付けた
    反省はしている
372 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/05/20(水) 20:13:39.58 ID:BcBQvjwCo
120 名前:明日から始まる四代目バレ師に乞うご期待◇2989wktk[sage]
    五歳の頃に部屋でこっそり螺旋丸の練習していたお嬢の悪口はそこまでだ!

121 名前:明日から始まる四代目バレ師に乞うご期待◇2989wktk[sage]
    おwwwじょwwwうwww

122 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    お嬢って誰だよ
    ってかバレ師、変な事言ってるとまた呼び出し食らうぞ


※注釈 諜報部は李家・藤枝家の門下生が殆どです。お嬢の正体が前線部隊の隊長とか言ってはいけない。


123 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    俺も魔改造で>>117支援
    http:www.up-up/75071900189

124 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    >>122
    模型板とは言えミリ系スレでギガンティック少女はないわー

125 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    ギガンティック少女のエロフィギュアは見た事がある

126 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    >>125
    何でそんな事を言った!言え!と言うか画像を下さいおねがいします

127 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    >>123-124
    まあ、そうなるな

128 名前:明日から始まる四代目バレ師に乞うご期待◇2989wktk[sage]
    師匠から呼び出し食らったので逝って来ます………………………生きていたらまた会おう

129 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    あっ(察し)

130 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    バレ師いいいいいいいいいいいい!!!

131 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    今度こそ逝ったああああああ!


    え? マジ? 釣りとかじゃなくて?

131 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    四代目も気さくな人だといいなぁ……(遠い目


※注釈 師匠=前シリーズのサブキャラで>>1の一番のお気に入り


132 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    まさか二年ぶりのバレ師リアルタイム遭遇でバレ師の死亡を確認するとは思わなかった

133 名前:明日から始まる四代目バレ師に乞うご期待◇2989wktk[sage]
    まだ死んでねーし 究極穿孔・疾風飛翔脚食らうとは決まってねーし(震え声

134 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    究極穿孔・疾風飛翔脚……お嬢って……あっ(察し


※注釈 一体何枝何華なんだ?>お嬢


135 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    >>134
    それ以上いけない

136 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    先代バレ師が開き直ってる件
373 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/05/20(水) 20:15:01.06 ID:BcBQvjwCo
137 名前:明日から始まる四代目バレ師に乞うご期待◇2989wktk[sage]
    まだ死んでない!(泣

138 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    いや、もう明日ってか今日から四代目だから先代で合ってるでしょw
    びびり過ぎだろ

139 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    オリジナルドライバーに説教されに行くとか半分処刑台行きでしょ

140 名前:明日から始まる四代目バレ師に乞うご期待◇2989wktk[sage]
    ぼすけて

141 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    そんな古典ネタ出すとか随分余裕な先代バレ師w

142 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    ボスに給料半額にされたばかりだろ助け求めんなやww

143 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    伝説のバレ師がさらなる伝説になる瞬間と聞いて魔改造スレからきますた

144 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    映 画 化 決 定

145 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    15年ぶりに60年事件が解決されたばかりだと言うのに……嫌な事件だった

146 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    明日はバレ師の死体が藤枝邸から見付かるのか

147 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    藤枝邸モケニー殺人事件

148 名前:明日から始まる四代目バレ師に乞うご期待◇2989wktk[sage]
    ま だ 死 ん で な い !

149 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    >>148
    >まだ
    あっ(察し

150 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    何のスレなんですかねぇここ

151 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    モケニーの聖地でバレ師の墓標だろ

152 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    性痴ワロタ

153 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    >>151勝手にバレ師殺すなし

    ま、明日生きてる保証も無いけどなー

154 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    四代目まだー?

155 名前:明日から始まる四代目バレ師に乞うご期待◇2989wktk[sage]
    モケニーとかやり出す上級者に関わったせいでこの様ですわ

156 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    >>155
    いや概ね自爆ですやん
    酔っぱらってるの?w

157 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    酒で身を滅ぼす特一級とかメシウマ

158 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    反省してねぇぇwww
    師匠、やっちゃって下さいww

158 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    ギガンティック機関もここ一ヶ月くらいフル回転だっただろうからな
    バレ師もハジケちゃったんだろご愁傷様


以下、お祭り騒ぎ――――
374 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/05/20(水) 20:15:41.97 ID:BcBQvjwCo
―2―

 翌日、早朝。
 ギガンティック機関、司令室――

リズ「ハァァァ………」

 深いため息を漏らすコンタクトオペレーターチーフ……リゼット・ブランシェ。

 そんな彼女に笑みを浮かべて近付いて来たのは同期であり、タクティカルオペレーターチーフの新堂ほのかだ。

ほのか「リズ、聞いたよ? 減俸二ヶ月だって? ご愁傷様」

リズ「人事だと思って……性格悪いわよ、ほのか」

 苦笑い半分冷やかし半分と言った様子のほのかに、リズはジト目で睨みながら呟くと、さらに続ける。

リズ「って言うか、誰から聞いたの?」

ほのか「今朝、受付でみなみんから」

 リズの質問に、ほのかはあっけらかんと腐れ縁で同期の“みなみん”こと市条美波の名を挙げた。

リズ「ちょっとあの子持ち人妻小学生ガチで〆て来る………」

ほのか「いってらっしゃーい…………」

 無表情で立ち上がったリズを見送ったほのかは、明後日の方角を見遣りながら“みなみん、すまん”と小声で付け加える。

 数分後、ほのかはロビー方向から聞こえて来た“ほのぴぃぃぃぃぃぃっ!?”と言う素っ頓狂な悲鳴を聞き流しながら、
 業務の準備に入ったのだった。


―3―

 半年後――

2ch>ホビー>模型・玩具全般>ミリタリー>ギガンティック
 俺のキツネたんが人型に改悪された件について    スレ立て日時:2075/07/18(木) 22:28:12.20

995 名前:ボクらはトイ774キッズ[]
    伝説の跡地に足跡付けにきますた

996 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    >>995
    古いスレ上げんなカス

997 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    このスレまだ残ってたのか

998 名前:1[sage]
    はあああああん!新キツネたんのお箸のスキマ気持ちいいよおおおおおおおお!

999 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    ちょwおまww結局204でモケニーしてんじゃねえかよw
    しかも箸のスキマてw

1000 名前:明日から始まる四代目バレ師に乞うご期待◇2989wktk[sage]
    >>998
    変態!変態!変態!変態!


第22.5話〜それは、破滅へ歩む『匿名掲示板の忍者』〜・了
375 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/05/20(水) 20:20:13.70 ID:BcBQvjwCo
結論・真面目な話の書き過ぎでスランプ中

今回、バカばかり書いたので少し持ち直しました
前回書き込み時点では完成度二割ほどでしたが現在は六割ほど書き終えておりますので早ければ月末には来ます
お目汚し、失礼しましたorz
376 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/05/23(土) 18:46:10.61 ID:7/dPSH1D0
遅くなりましたが乙っしたー!
やっぱりこのお話の世界にも、オタとマニアは息づいているんですねぇww
でも大丈夫!箸ニーだったら、まだ後戻りは出来る!!
世の中にはブラギガスという伝説があるのですから……

ところで、英雄戦虹さまの可動フィギアorドールは勿論発売されてるんですよね!ね!!
377 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/05/23(土) 20:37:29.77 ID:HvzB6dLqo
お読み下さり、ありがとうございます。

>オタとマニアは息づいている
仮に百年前、千年前に2ちゃんがあったらきっと同じ事をやっていると思う、が持論ですので
きっと百年後も千年後もこう言うアングラ入門で匿名な掲示板は賑わうかとw

>ブラギガスという伝説
……………………………放送期間中は常に当該おもちゃ板に張り付いているのに聞いた事がないっ!?Σ(゚Д゚
何処にブレイブインした挙げ句如何にしてギガガブリンチョして貰うんでしょうか?(ぉぃ

>勿論発売されてる
この世界観だと現実で数十年前にアイドルの着せ替え人形が販売されていましたが、アレと同じ感覚ですかね?
或いは某最終回のスーパーフミナ的なアレとか……

ともあれ、ガチで存在した場合、
ふくしれーときょーかんは初代閃虹の“長女”の方のドールを所持している可能性が微粒子レベルで存在していますw
378 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/06/13(土) 13:26:35.76 ID:fbiOu5Nro
月末に来ると言っていたな………あれは…………嘘になってしまい大変申し訳ございませんでしたぁぁっ!orz

長らくお待たせしました、最新話を投下します。
379 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/06/13(土) 13:27:29.26 ID:fbiOu5Nro
第23話〜それは、人形のような『傷だらけの少女』〜

―1―

 第七フロート第三層でのテロリストとの決戦から三日後、7月20日土曜日の正午前。
 メインフロート第一層、ギガンティック機関本部――


 門扉に横付けされたパトカーの後部ドアから、ロイヤルガードの制服に身を包んだ茜が現れる。

 茜は背筋を伸ばして軽く伸びをしてから前に進み出ると、その後に続いて背の高い男性が姿を現した。

 臣一郎だ。

臣一郎「ご苦労、このまま本庁まで戻ってくれ。迎えが必要な時には呼ぼう」

運転手「了解しました」

 臣一郎が運転手に指示を出すと、パトカーは兄妹に見送られて走り去って行く。

 茜はパトカーが見えなくなると、肩を竦めて兄に振り返った。

茜「兄さん……わざわざ付いて来なくてもいいじゃない」

臣一郎「ハハハ、そう言ってくれるなよ。
    伯母上宛に叔父上や母上からの言づてもあるんだ」

 どこか不満そうに唇を尖らせた茜の言に、臣一郎は笑い飛ばすように言うと、さらに続ける。

臣一郎「それに妹を心配するのは兄貴の特権だ。
    ……お前が大人になるまでは、たまには兄貴らしい事をさせてくれよ」

 臣一郎はそう言って茜の頭をぽんぽん、と軽く叩くと機関の本部庁舎に向けて歩き出した。

茜「あ、ちょっと、置いてかないでよ!」

 茜は恥ずかしさ七割と言った風で顔を真っ赤にすると、小走りで兄の後を追う。

 普段ならばギガンティック部隊では上司と部下と言う堅苦しい関係であり、
 オリジナルギガンティックのドライバーと言う多忙さから自宅でも顔を合わせる事も少なく、
 公官庁の外で様々なしがらみから解放された二人は、実に兄妹らしく――
 どこか幼さを感じさせる――振る舞いながら、エントランスへと向かった。

 受付へと向かうと、そこには先日、テロリストの拠点からの脱出を支援してくれた美波と、
 彼女の後輩である木場順子が並んでいる。

 美波は茜に目配せし口元に人差し指を当てて“内緒”と言いたげなジェスチャーを見せた。

 さすがに一般職員の順子の前で、諜報部職員としての美波に礼をするワケにもいかないのだろう。

茜(礼の一つも言いたかったんだが……)

 茜は胸中で溜息を吐くと、普段通りの所作に出来る限りの感謝の意を籠めて会釈した。

順子「えっと、司令との面談ですね。話は通っています」

 思い出すように予定を確認した順子は、そう言ってインカムを取り出し、
 執務室にいる明日美に連絡を入れる。

 二人は案内されるまま受付から右にある司令執務室へと向かった。
380 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/06/13(土) 13:28:11.31 ID:fbiOu5Nro
 ノックして入室すると、すぐに明日美が口を開く。

明日美「検査と査問が終わったようで何よりだわ、茜」

 茜に視線を向け、安堵混じりに呟いた明日美は目を細めて笑みを浮かべる。

茜「半分自宅謹慎のような物でしたが」

 茜は、この三日間の事を思い返して苦笑いを浮かべた。

 三日前の決戦直後、茜は即座に後方へと送られて一泊の検査入院と、
 そこから政府監査部の査問を受ける事となった。

 クレーストの整備状態も去ることながらが、
 本人の健康状態に何ら問題が無かった点が特に取り沙汰されたのだ。

 無論、フェイに預けた報告書も監査の対象となった。

 敵の……それも首魁を裏で操っていた黒幕であるユエに庇われていた、と言う事で監査は長引く物と思われたが、
 空がユエを討ち果たし、茜自身がホンの逮捕に最も貢献したと言う事もあり、
 監査部の態度も柔らかい物で、自宅での取り調べが主な物となったのである。

 加えて、茜が手に入れた資料も捜査資料として高い価値と影響力を持ち、
 今は連日のように政財界での捕り物が相次いでいるのが現状だ。

臣一郎「こちらが要求のあった逮捕者のリストと、容疑の固まっている支援企業の一覧です」

 臣一郎はそう言いながら進み出ると、明日美に端末を手渡す。

 明日美は“ありがとう”と言って端末を受け取ると、
 執務机の据え置き端末とリンクさせてリストを呼び出す。

明日美「見事に御三家や山路、それにウチの反対派閥ばかりね……」

アーネスト「与党議員にまで逮捕者がいるのは、さすがに予想外と言いたいですが……いやはや」

 明日美が確認したリストを、アーネストも情報共有で確認し、二人は嘆息混じりに呟いた。

 連ねられた名前には二人も覚えがある名前が大半だ。

 特に、予算委員会などでギガンティック機関やロイヤルガードの予算に対して、
 異議ばかりを申し立てていた議員などはすぐに顔と名前が一致した。

 お里が知れる、と言う言い方はかなりの語弊があるが、何を思って異議を申し立てていたのか一目瞭然である。

臣一郎「彼らの言い分も、一部は分からなくもないのですが……」

 臣一郎は僅かに躊躇いがちに漏らす。

 テロリストに出資して多くの人々を死に至らしめ、市民を恐怖のどん底に突き落としておきながら、
 その意見に正当性などあった物ではない。

 だが、彼らの中にはギガンティック機関とロイヤルガードにしか対イマジンの手段が無い事……、
 もっと言えばオリジナルギガンティックしか対抗手段が無い事を酷く憂慮しており、
 新たな対抗手段の模索としてユエ・ハクチャに出資していたのだと言う。

 事実、ハートビートエンジンほどでは無いにせよ、彼はエナジーブラッドエンジンと言う新たな可能性を見出したのだから、
 その選択肢を一概に間違いとして切り捨てるのも早計かもしれない。

明日美「ユエ・ハクチャ………日本語に直訳すれば月博士、ね」

アーネスト「未だに、彼の素性は分かっていないのかい?」

 思案げに漏らした明日美に続き、アーネストが臣一郎に尋ねた。

臣一郎「逮捕したホン・チョンスの証言によると、ユエ・ハクチャは月島勇悟の助手、だそうです。
    十五年前の60年事件の決行前日には、ホン・チャンスと会談する月島勇悟と共に目撃したとの証言もありました」

 臣一郎はそう言うと“ただ、酷く混乱している様子で、信憑性は定かではありませんが”と付け加える。

 茜も兄の口から語られる事件の真相の一部を、どこか険しい表情で聞き入っていた。

茜(月島とユエは別人……そうだな、それ以外はあり得ない)

 その一点に納得したように茜は頷く。

 だが、月島勇悟の助手であるユエ・ハクチャと言う人物はやはり存在せず、
 茜の証言を元に作られたモンタージュと符合する人物は、山路重工のリストにも存在していなかった。
381 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/06/13(土) 13:28:57.77 ID:fbiOu5Nro
臣一郎「ここからはあくまで推測ですが、
    月島の死後にユエ・ハクチャが研究の全てを引き継いだ、と考えるのが一番妥当だと思います」

明日美「……ええ、そうね」

 臣一郎の言葉に、明日美は複雑そうな表情で頷く。

 故人同士を繋ぐ線は幾つも予想する事が出来るが、それがユエ・ハクチャと言う人間の素性に繋がる物ではない。

 それは臣一郎にも分かっていた。

アーネスト「茜君、実際にユエと言う人間と相対していた君は、どう思う?」

 アーネストの質問に、茜は僅かに思案した後、口を開く。

茜「……掴み所の無い人物でした。

  芝居がかって飄々として、人間を駒か道具である事が当然のように振る舞っていて……、
  そこは典型的な人格破綻者、と言うような印象を受けましたが……」

 茜は思い出すと不気味さが背筋を駆け上がるような感覚を覚え、肩を震わせる。

 言葉を濁した茜に、明日美は眉間に皺を寄せて何事かを思案する。

明日美「仮に……逮捕できていたとしたら、捜査に関して進展があったと思う?」

茜「………身内の恥を晒すような言い方ですが、到底そうは思えません」

 明日美の質問に、茜はそう言って肩を竦めた。

 むしろ、逮捕した所ですぐに逃げ出されてしまう。

 或いは、取り調べの前に、あっさりと自ら命を絶ったかもしれない。

 そんな感想しか思い浮かばず、仮にそうなっていれば事件はさらに錯綜した物となっていただろう。

茜「朝霧副隊長が彼を討った判断は……概ね、正しい事だったと思います」

 頷きながらそう言った茜は、口ぶり以上に結果に納得しているようだった。

 関係者からユエに関する情報を洗いざらい調べ上げ、彼の素性と言う輪郭を作り上げる他無い。

 それが、最良の方法なのだろう。

 ユエが死んだと聞かされた茜は、三日の時を経てそう納得できるまでになっていた。

明日美「そう……」

 政府側で殆ど唯一と言える、ユエと直接話した事のある茜の言に、
 明日美もどこか納得したように頷き、目を伏せる。

 暫しの沈黙の後、明日美は茜に視線を向けた。

 茜は直れの姿勢に正し、言葉を待つ。

明日美「前置きが長くなったわね……。
    本條茜、原隊復帰を認めます」

茜「はい、本條茜、只今を持って任務に復帰します」

 明日美の言葉を受け、茜は敬礼する。

 その様子に明日美は嬉しそうに目を細め、口を開いた。

明日美「風華達も待っているわ。早く行ってあげなさい」

茜「はい。
  ……ではお兄様、先に失礼します」

 茜も笑顔で頷くと、一旦、兄に向き直ってからそう言って、執務室を後にする。
382 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/06/13(土) 13:29:44.70 ID:fbiOu5Nro
 茜が行って暫くすると、明日美は目を細めたまま、安堵混じりの溜息を洩らした。

明日美「……憑き物が落ちたような顔をするようになったわね」

臣一郎「ええ……」

 明日美の言に臣一郎は感慨深く頷く。

 恨み辛みの全てが晴れたワケではないだろうが、あの決戦で茜にも得る物があったのだろう。

 査問の立ち会いもあってここ数日の茜を具に見ていた臣一郎は、
 その得る物が妹に良き変化をもたらした事を心から歓迎していた。

アーネスト「朝霧君との口論が原因なのか、それとも、彼方にいる頃に何らかの心境の変化があったのか……」

明日美「……両方、でしょうね」

 思案げに呟くアーネストに、明日美は何処か納得したように言って頷く。

 空との口論で狭まっていた価値観を広げ、テロの拠点で虜囚の身となっている間に何らかの変化があった。

 前者はともかく、後者は本人にしか分からない事だ。

 無論、査問ではその点も詳しく掘り下げて聴取されたし、前述の通り臣一郎も査問の場には立ち会っている。

 だが、彼女の身に何が起きたのかと、彼女の心境にどんな変化があったのかは、切り離せない事象ではあるが別問題だ。

 それでも、茜の気持ちが良い方向に向いているのも、また事実なのだ。

 明日美達は身内の少女がより良き方向に歩み出した嬉しさで表情を緩める。

 が、不意に臣一郎が表情を引き締めた事で、明日美とアーネストも気を取り直した。

臣一郎「……それで、おそらく妹に一番の影響を及ぼしたであろう件について、叔父上から幾つか言伝が……」

 二人の様子を見てから口を開いた臣一郎は、そう言って切り出す。

アーネスト「乙弐号計画四拾号……ミッドナイト1と呼ばれていた少女の事だね」

 アーネストが重苦しく口を開くと、臣一郎は無言で頷いた。

 乙弐号計画。

 悪名高い統合特殊労働力生産計画の中で、人工天才児育成計画と位置づけられたプロジェクトだ。

 瑠璃華を生み出した計画であり、瑠璃華自身が最終ナンバーである参拾九号の数字を与えられていた。

 人道に反した非道な計画は政府でも上層部や計画に深く携わった者達だけで秘匿され、秘密裏に進められていた。

 しかし、魔力観測によってレミィがハートビートエンジンに選ばれた事で七年前に計画が発覚し、
 瑠璃華もチェーロに選ばれるまでは政府研究機関に預けられていた、と言うのは以前までに語った事だ。

 だが、計画は水面下……それもテロリストの根拠地で続けられていた。

 その証拠が四拾号の数字を与えられたミッドナイト1である。

臣一郎「ミッドナイト1の基礎を作り上げたのは計画責任者の月島で、
    その後を引き継いだのがユエではないのか、と、我々は睨んでいます」

アーネスト「つまり、ユエ・ハクチャは月島勇悟の……言葉通りの後継者だった、と言う事かい?」

 ロイヤルガード上層部の出した推測を語る臣一郎は、アーネストの問いに“おそらく”と応え、さらに続けた。

臣一郎「ユエ・ハクチャは存在しない人間でした……、あり得なくない話だと思います」

明日美「存在しない人間が存在する、ね」

 臣一郎の話を聞きながら、明日美は不意に空の事を思い出していた。

 空も60年事件のゴタゴタで九年前までは“存在しない人間”だったのだ。
383 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/06/13(土) 13:30:24.01 ID:fbiOu5Nro
臣一郎「ユエ・ハクチャは推定で四十代から五十代。
    肉体強化による細胞活性で老化が停滞していた時期が長いなら、五十代後半と言う事は十分に考えられます」

 臣一郎が何故、そんな事を言い出したのかと言えば、茜の証言に依る物だろう。

 茜はユエが“エージェントだった”と言ったと証言した。

 虚言か、妄言か、しかし、それが真実であった場合、ユエの年齢に齟齬が出る。

 エージェントだったと言う事は、魔法倫理研究院が解体、
 再編成される以前から魔導師であったと言う事になるからだ。

 研究院が解体されたのはメガフロートでの籠城が始まった翌年……四十三年前の2032年の夏。

 その時点で最低でも十四歳でなければエージェントを名乗る事は出来ない。

 つまり、単純計算でもユエは五十七歳以上。

 仮に五十七歳であった場合、旧Aカテゴリクラスのような上位訓練校出身者でなければならない。

 明日美もアーネストも上位訓練校出身者であり、
 七年間の在学期間を考えればどちらとも面識がある可能性がある年齢だ。

 だが、二人にユエの正体と思える相手との面識は無い。

 二人の在学期間を合わせても同窓生は三十名余り。

 その内、アメリカ・ヨーロッパ連合の地球外脱出計画で別れたり、
 長く続いた第三次世界大戦やイマジン事変、病気や寿命などで死別した人数を除けば十数名。

 その全員の所在は分かっているのだから、間違いようが無い。

明日美「少なくとも、知り合いの中には該当する人間はいないわね……」

 明日美がそう言うと、臣一郎は僅かに肩を竦めて見せた。

 予感はあったのだろう。

臣一郎「大叔母のように極端に成長が遅かった例もあるとは言え、
    さすがに六十代半ば以上と言うのは考えにくいと思います」

アーネスト「そこまでの肉体強化の使い手が身分を隠し、存在せずにいられる、
      と言うのは、かなり無理があるだろうね」

 臣一郎の言葉を受けて、アーネストは“存在せずにいられる”の部分を強調して言った。

 強力な肉体強化は細胞の成長を抑制する事もあれば、逆に成長を活性化させる事もある。

 臣一郎の大叔父と大叔母である藤枝一真と明風は、二十代頃まではそれぞれに後者と前者の特性が顕著だった。

 そんな二人は一角以上の格闘戦技の使い手としても名を馳せている。

 話がやや横にズレたが、成長に多大な影響を及ぼすほどの使い手ならば、それだけ身を隠すのは難しい。

 魔力を検知し、魔力の納税にも深く関わっている端末が無ければ生きていけない世界なのだから、
 それだけの使い手を四十年以上も隠し通すのがどれだけ難しいのかは、推して知るべし、だろう。

 だが、そうなってしまうと……。

明日美「存在しない人間が存在できない、わね……」

 明日美はその結論に辿り着き、はたと気付いたように漏らした。

 臣一郎も“やはり、そうなりますよね”と呟いて肩を竦める。
384 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/06/13(土) 13:31:17.82 ID:fbiOu5Nro
アーネスト「存在しない人間として隠し通す事は不可能ではない………。
      がしかし、十五年以上前からユエ・ハクチャが月島勇悟と行動していた所を見たと言う証言は多い……」

明日美「考えれば考えるほど矛盾が多くなって来るわね……」

 思案を続けるアーネストの言葉を聞きながら、明日美は眉間を手で押さえながら溜息がちに呟いた。

 幾つも確実性の高い推測が出来るだけの条件があるが、それらを統合しようと思うと必ず矛盾が生じるのだ。

 まるで、予めそうなるように仕向けられていたかのような感覚さえ覚える。

 死して尚、人を嘲笑うような行為は、呆れを通り越して不気味さを感じずにはいられない。

臣一郎「数々の証言や証拠を吟味した結果、ロイヤルガードの捜査部として出せる推論は、
    “ユエ・ハクチャの年齢は五十前後から五十代後半”、
    “月島勇悟かホン・チャンス、或いはその両名によってその存在を隠匿されていた”、
    “Bランクエージェント相当の魔導師、或いはBランクエージェント”、
    “ユエ・ハクチャは月島勇悟の後継者である可能性が高い”と言う事くらいです」

 幾つかの推論を列挙する臣一郎は、どこか歯痒そうだ。

 傍目にはホンの逮捕や第七フロート第三層の解放、人質にされていた市民の解放、
 テロリスト達の逮捕で事件そのものは解決したように見えるが、その真相は闇の中……いや黄泉の彼方である。

明日美「気持ちは分からないでもないわ……」

 臣一郎の悔しさを慮ってか、明日美は僅かに項垂れて呟いた。

 自分とは男女の付き合いであった月島勇悟。

 彼の意志を引き継いだ人間が彼からどんな思惑を受け継ぎ、何を思ってテロへの協力を続けていたのか。

 個人的な感傷ではあったが、それを知る術はもう残されていない。

 だが、テロ事件としてはコレで解決だ。

臣一郎「致し方ない、と思うしかありません」

 臣一郎は肩を竦めながらそう言った後、気を取り直して笑顔を見せた。

 明日美も“そうね……”と言って自嘲気味に笑うと、二人は顔を見合わせて苦笑いを浮かべる。

 黒幕は死に、その背後関係も明らかになり、事件は終わったのだ。

 真相を知りたかった者達からすれば“終わってしまった”とも言い換えられるが、
 少しでも平和を取り戻せたのだから、差し引きで有り余る物を得たと思わねば罰が当たる。

 アーネストも二人の様子に、もの悲しいとも戸惑いとも取れる複雑な表情を浮かべた。

 だが、臣一郎はすぐに気を取り直す。

臣一郎「あと、こちらは母上からですが……
    “大きな仕事が片付いたのなら、暇を見て来て欲しい”との事です」

明日美「そう……ええ、近い内に休暇を取ろうと思っているから、
    その時にアリスと一緒にお邪魔しようかしら」

 臣一郎から伝えられた妹・明日華の言葉に、明日美は思案げに言ってから微笑んだ。

 アリスとはマリアの母だが、明日美にとっては母が命がけで救ったもう一人の妹、
 明日華にとっては姉に代わって面倒を見てくれたもう一人の姉とも言える人物。

 フィッツジェラルド・譲羽姉妹にとっては掛け替えのないもう一人の姉妹なのである。

臣一郎「それは……母も喜びます」

 臣一郎も微かな驚きに大きな喜びを以て応えた。

 明日美、明日華、アリスの三人が揃う事は少ない。

 三人ともそれぞれに――特に明日美は、だが――多忙で、揃って顔を合わせる機会は年々減っていた。

 母が二人のどちらかと顔を合わせる場に居合わす度に“三人揃ったら”と言う言葉を聞かされていたせいか、
 三人が揃うのは臣一郎としても喜ばしいのだろう。
385 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/06/13(土) 13:31:59.19 ID:fbiOu5Nro
臣一郎「……あ、それはそうと、風華とカズを伝って耳に入ったのですが、
    伯母上は朝霧副隊長と手合わせされた、とか?」

 が、不意にその事を思い出したように尋ねた瞬間、臣一郎の表情が微かに強張った。

 その言葉に、アーネストはジロリと咎めるような視線を明日美に向けた。

明日美「……手合わせ、と言うワケではないわ。
    クライノートに手を貸して貰う前に軽く手ほどきした程度よ」

 明日美はそう言うと、申し訳なさそうに宥めるような視線をアーネストに向ける。

 実際はシミュレーターの制限を解除し、自らも血反吐を吐く程に苛烈な短期訓練を空に施したが、
 その辺りの事を知っているのは彼女の主治医であり、医療部主任の笹森雄嗣だけだ。

 ともあれ、臣一郎は伯母の返答を受けてさらに続ける。

臣一郎「朝霧副隊長の腕前……茜からも聞かされましたが、
    訓練期間を含めてもドライバー歴がたったの一年三ヶ月とは言い切れない物だと」

 臣一郎は微かに興奮した様子で言った。

 アルフに師事し、半年でドライバーとして一線級の力を身に付け、
 さらに入隊から二ヶ月と言う短い期間で副隊長として推薦され、明日美から直々の指導を受ける。

 列挙すれば朝霧空と言う少女がどれだけの有望株か一目瞭然だ。

 しかも、アルフに師事する以前はまるっきりの一般人だったのだから……。

明日美「朝霧副隊長と手合わせ、してみたいの?」

 何処か期待に胸を膨らませている様子の臣一郎に、明日美は思案げに問い返した。

臣一郎「可能なら、是非」

 自分の声が思わず弾んでいた事に気付き、臣一郎ははたと気付いてバツの悪そうな表情を浮かべる。

 こう言う、やや間の抜けた部分は、やはり妹と同様に祖母譲りなのだろう。

明日美「ふふふ……そうね良い機会だから近い内に合同訓練でも予定してみようかしら」

 甥っ子の様子に微笑ましそうな表情を浮かべた明日美は、そう思案げに呟いた。

 そうと決まれば、先方との折衝や各ドライバーや人員のスケジュール調整など、やる事は山積みだ。

 アーネストは僅かに肩を竦めて溜息を洩らしたが、
 笑みを浮かべる明日美と期待している様子の臣一郎を交互に見遣ると、新たに増えた仕事に取りかかり始めた。
386 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/06/13(土) 13:32:47.55 ID:fbiOu5Nro
―2―

 臣一郎が明日美達と捜査状況を話し合っている頃、茜は待機室へと顔を出していた。

風華「茜ちゃん!」

レオン「お嬢!」

 茜が入室するなり、風華とレオンが喜びと驚きに満ちた声を上げる。

 今日で復帰するのは知っていたが、やはり実際に相対すると喜びが違う物だ。

マリア「やほー、元気そうで安心したよ」

クァン「お疲れ様、茜君」

 書架の前で本を選んでいたらしいマリアとクァンも、振り返って声をかけて来る。

茜「ああ、みんなには心配をかけたな……。で、そこの塊はなんだ?」

 茜は仲間達に向けてにこやかに応えた後、
 コの字型ソファーの中央で一塊になった三人に視線を向けて呆れたように呟いた。

フェイ「本條小隊長、救助を要請します」

 塊の中央……空と瑠璃華に両側から抱きすくめられたフェイが、
 淡々としながらも困った様子で、茜に向けて手を差し出す。

空「ん〜……」

 が、不機嫌そうに呻いた空によって、その手はすぐに絡め取られてしまう。

レミィ「向こうから帰って来るなりこんな状態でな……。
    まあ、さすがに今日は度が過ぎているとは思うが」

 レオンと遼を挟み、紗樹から距離を取った位置でコーヒーを飲んでいたレミィが、
 呆れたように肩を竦めて言った。

 茜は“お前も警戒し過ぎだろう”と言う言葉を飲み込んで、心当たりを思い出して成る程と頷く。

茜「自業自得だな……暫く抱きつかれていろ」

 茜は嘆息を漏らすと、三人の傍らに腰を下ろした。

 茜が自業自得と言ったのは、テロと本格的に戦争が再開したあの日、
 フェイがアルバトロス諸共に撃墜された際の事だ。

フェイ「ですが、私は確かに“この身体で最後までお役に立てて”と断りを入れた筈ですが」

 フェイは無表情で身を捩りながら抗弁する。

 だが――

空「普通、あんなタイミングでそんな事言われても分かりません!」

 空はフェイを抱きすくめたまま、微かに涙声になりつつも声を荒げた。

瑠璃華「生きていたなら、ちゃんと連絡するのが筋だぞ!」

 瑠璃華も怒ったように言うが、やはりコチラも涙で声が微かに震えている。

 そう、フェイはあの大爆発の中、偶然で助かったワケではなかったのだ。

風華「う〜ん………ギア同士でコアを共有させて生き残る、なんて思いつかないものねぇ」

 何とかして仲裁しようと考え込んだ風華だが、暫く考え込んだ上で苦笑い混じりに言った。

 フェイが助かった手法と言うのは、風華の言葉通りである。

 フェイは咄嗟に機体を犠牲にしてでも空を守るため、
 自身のコアに試作型ハートビートエンジンのコアからアルバトロスを引き上げ、
 二つのAIでコアを共有する事で処理能力を向上させ、自らの躯体を構成する
 膨大な量のマギアリヒトで瞬間的にコアを守る高密度外殻を形成、爆発の衝撃から身を守ったのだ。

 言って見れば対魔力物理障壁だ。

 ただ爆発の威力は凄まじく、形成した高密度外殻は消失し、
 フェイのコアは戦闘区域から大きく外れた場所へと投げ出されてしまったのである。

 その後、フェイとアルバトロスは魔力の回復と躯体の再構成をしつつ、
 自らの死を知った彼女達は、茜の救出とエールとクレーストの奪還に向けて独自に動き続けていた。

 そして、決戦当日、騒ぎに乗じて旧技研内に潜入したフェイは、
 遅れて突入していた諜報部よりも先に茜の所在を掴み、後はご存知通り、と言うワケだ。
387 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/06/13(土) 13:33:30.49 ID:fbiOu5Nro
レミィ「そろそろ許して……と言うか、放してやったらどうだ?」

空「ん〜……」

瑠璃華「むぅぅ……」

 呆れたように漏らすレミィに、空と瑠璃華は不満そうである。

 そして、瑠璃華が口を開く。

瑠璃華「確かに! 確かに、計算上は上手く行く方法だし、最善策だったかもしれないぞ!
    だけど、それと心配かけたのは別だからな!」

空「そうですよ、フェイさん!

  助けてくれた事には凄く……どうやって恩返ししたらいいか分からないくらい感謝してますけど!
  でも、だからってあんな危険な真似………もう二度としないで下さい!」

 空も瑠璃華に続いてまくし立てた。

 思わず何度か言い淀んだのは、責める気持ちよりも感謝の念が勝っていたためだろう。

茜「難儀だな……」

 茜もその事を察してか苦笑い半分の表情で呟いた。

 ともあれ、二人はさらに続ける。

瑠璃華「空の言う通りだぞ!
    今後は報告、連絡、相談……ホウレンソウはしっかりだからな!」

空「生きてて良かったけど……生きててくれて嬉しいけど……!
  私、怒ってるんですからね!」

 どちらも、抱きつきながら言っていては説得力にかけるお叱りの言葉だ。

 だが、二人の思いはフェイに届いたようである。

フェイ「……朝霧副隊長、天童隊員……」

 流石のフェイも無表情を保てないのか、どこか神妙な色を顔に滲ませて二人の名を呟く。

 空と瑠璃華が顔を上げると、フェイは二人の顔を交互に見遣り、そして、改めて仲間達を見渡す。

フェイ「……ご心配をおかけして、申し訳ありませんでした」

 そして、申し訳なさそうに頭を垂れた。

 茜達は顔を見合わせ合ったが、すぐにフェイに向き直って笑みを浮かべる。

マリア「ま、生きて返って来てくれたんだから、いいんじゃない?」

 マリアはそうあっけらかんと言って、
 フェイにしがみついていた瑠璃華を抱き上げるようにして引き離すと、自分の傍らに座らせた。

茜「そうだな……お陰で私も助けられた口だ。
  泣くほど怒りたい気持ちは分からないでもないが、そろそろ許してやってもいいんじゃないか?」

 茜もそう言って、空の肩に手をかけて離れるように促す。

 空は促されるままフェイから離れると、
 何とも言い難い申し訳なさと哀しさとごく僅かな怒りの入り交じった複雑な視線を向ける。

 フェイも、空の瞳を見つめ返す。

空「もう……二度とあんな真似しないって、約束してくれます?」

フェイ「……勿論です」

 どこか拗ねた様子で尋ねる空に、フェイは頷いて応えた。

 僅かな沈黙。

 だが、それはすぐに破られた。

空「……絶対に、約束ですからね!」

 小指を突き出した、空の声と共に。

フェイ「はい、約束です」

 フェイも頷きながら小指を差し出し、絡め合う。

 指切りげんまんだ。
388 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/06/13(土) 13:34:42.92 ID:fbiOu5Nro
クァン「空君に一万発殴られたら針千本飲まされるよりもキツいだろうな」

マリア「何言っちゃってんの、アンタ?」

 その光景を見ながらぽつりと呟いたクァンに、マリアは思わずツッコミを入れた。

 “指切り拳万、嘘吐いたら針千本飲ます”とは言うが、本当にやったらただ事ではない拷問だ。

 確かに、魔力量十万超かつ無限回復する空が一万発も“全力”で拳骨など放った日には、
 大概の建造物が粉々になってしまう。

 ギガンティックは無理かもしれないが、
 パワーローダーくらいはスクラップに出来る可能性は十分にある。

 ちなみに、空の先代ドライバーである結はアルク・アン・シエルで
 “殴る”事――リュミエール・コルノ――が出来た。

 正直、アルク・アン・シエルで一万発殴られたら、
 マギアリヒト全盛の今のご時世、大概の物が消え去ってしまうだろう。

レミィ「しかし、本当に一万発殴られたら、いくらフェイでも耐えられないんじゃないか?」

風華「ど、どうなのかしら〜?」

 思わず神妙な表情を浮かべたレミィに、風華は困ったように首を傾げて返す。

瑠璃華「同じ所ばかり狙われなければ、多分……形くらいは残ると思いたいが……」

フェイ「………朝霧副隊長、申し訳ありませんが、罰則の軽減を進言させていただいても宜しいでしょうか?」

空「指切りは物の喩えですよ!?」

 思案げな瑠璃華、淡々としながらも内心は戦々恐々とした様子のフェイに、
 最初は苦笑いを浮かべているだけだった空も、思わず声を荒げた。

 重くなった場の空気を和ませるための冗談だったのだろうが、さすがに調子に乗りすぎである。

茜「ッ、アハハハッ!」

 その様子に、ついに耐えきれなくなったのか、噴き出して大笑いを始める茜。

 少しでも口元を隠そうとしている所に育ちの良さは感じるが、笑い声は少々、はしたない。

空「茜さんまで……もう、酷いですよっ!」

茜「すまない……はぁ……けれど久しぶりに腹の底から笑えたよ」

 恥ずかしそうに抗議の声を上げた空に、茜は笑いすぎて目元に滲んだ涙を指先で拭う。

 ホンの逮捕劇を通じてしっかりと前を見据えていられるようにもなったが、
 だからと言って心底から心晴れやかとは行かなかった。

 だが、腹の底から笑えた事で気が晴れた部分も多い。

茜「お陰で幾らか気分が楽になった」

 茜がそう言って微笑むと、空は最初こそやや納得できなそうな表情を浮かべていたが、
 だが次第に笑顔を浮かべて納得したようだった。

 からかわれはしたが、茜の気が晴れたならそれはそれで良い。

 それに三日もフェイに粘着していたのは大人げなかったし、気まずかった。

 雰囲気を切り替えるいい機会だったと割り切ろう。
389 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/06/13(土) 13:35:48.55 ID:fbiOu5Nro
 空がそう自らに言い聞かせている、その時だ。

レミィ「ん……すまん、そろそろウェンディの所に顔を出して来る」

 端末で時刻を確認したレミィがそう言って立ち上がった。

茜「ウェンディ?」

 茜は聞き慣れない名前に小首を傾げる。

レミィ「ああ、そうか茜は知らなかったか……私の妹の事だよ」

 レミィは思い出したように言って、そう告げた。

 ウェンディ・ヴォルピ。

 それが助ける事が出来たレミィの妹……弐拾参号に与えられた名前だった。

 狼の遺伝子と特性を持つ彼女に、伊語でキツネを意味するヴォルピはどうかとも思われたが、
 そこは姉妹としての戸籍登録の理由もあっての事だ。

 ちなみに、ウェンディと言う名前は、姉がアルファベットで十二番目のLを頭文字としていたので、
 妹もそれに因んで二十三番目のWを当てたのである。

空「じゃあ私も一緒に……あの子の所に行って来ないと」

 レミィに続いて空も立ち上がると、再び茜が怪訝そうな表情を浮かべた。

 どうやらこの二週間にも満たない日々の間に、色々な事が起きているようだ。

 茜自身は半自宅謹慎の査問で外部との接触を極力禁じられていた事もあり、
 軟禁状態だった九日間も合わせて、ここ数日の変化に疎い。

 無論、ニュースなどは確認していたが、身の回りの変化となると情報が足りないのである。

 だが、直感と言うべきか、茜は空の言う“あの子”に僅かながら心当たりがあった。

茜「空、あの子、と言うのは……もしかしてエールに乗っていた十歳くらいの子供の事か?」

空「え? はい、そうですけど」

 神妙な表情で尋ねる茜に、空は驚いたように答える。

 よくよく考えれば、クレーストと共に囚われた茜は、
 機体越しとは言え少女……ミッドナイト1と接触しているのだ。

 その事に思い至り、空も冷静になる。

 だが、実際は機体越しの接触どころか、
 茜にとってみればミッドナイト1は軟禁生活の間の唯一の話し相手だった。

 しかし、まだ捜査情報が公開されていない部分も多く、
 空達が特一級と言えどもその事実は知らされていない。

茜「そうか……こちらで保護されていたんだな」

 茜は安堵の声と共に胸を撫で下ろす。

 空と……仲間と争い続ける彼女の無事を祈り、願った。

 どうやら、その願いは最も良いカタチで聞き届けられたようだ。

茜「すまないが、私もついて行っていいだろうか?」

空「? ……えっと、多分、大丈夫だと思います」

 茜の申し出に思わず首を傾げた空だったが、戸惑い気味に頷く。

 空の様子に怪訝そうな物を感じたものの、
 茜は“ありがとう”と言って立ち上がり、空達と共に医療部局へと向かった。
390 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/06/13(土) 13:36:40.01 ID:fbiOu5Nro
 三人が医療部局の特別病室区画に足を踏み入れるとすぐに、
 たどたどしい足取りで走って来る幼い少女の姿が見えた。

?????「お姉ちゃんっ!」

レミィ「っと!?」

 満面の笑みを浮かべて胸に飛び込んで来た幼い少女を、レミィが驚いたように受け止める。

 弐拾参号……ウェンディだ。

レミィ「病院で走っちゃ駄目じゃないか、ウェンディ」

 抱きついた妹を引き離して立たせると、レミィは膝を折ってその場に屈むと、彼女を窘めた。

 だが、嬉しさ九割と言った様子の表情では、叱っているのか喜んでいるのか分からない。

ウェンディ「でも、せんせーはお部屋の外に出てもいいって言ったよ?」

レミィ「部屋の外に出てもいいけど、走って誰かとぶつかったら危ないだろう?
    それでぶつかった相手が怪我をしたら、お前まで嫌な気持ちになっちゃうだろう?」

 不満そうなウェンディに、レミィはどこか哀しそうな顔をして窘める。

 テンプレートな“人に迷惑をかけてはいけません”と言った叱り文句だ。

ウェンディ「……うん」

 だが、その思いはしっかりと妹に届いたようで、ウェンディは姉同様に哀しそうな顔で頷いた。

 おそらく、誰かを怪我させてしまった所を思い浮かべてしまったのだろう。

 哀しそう、と言うよりも僅かな罪悪感が見える。

レミィ「分かってくれたか……。偉いぞ、ウェンディ」

 素直な妹をレミィは優しく抱き締め、ワシャワシャと頭を撫でた。

 すると哀しそうな顔をしていたウェンディも、
 途端に嬉しそうな満面の笑みを浮かべて“エヘヘ……”と照れたような声を漏らす。

茜「しっかりと“お姉さん”が出来てるじゃないか」

レミィ「当然だ。
    ……これでも、この子の最後のお姉ちゃんだからな……」

 戯けた様子で言った茜に、レミィは誇らしさ半分哀しさ半分と行った風な笑顔で返した。

 姉……伍号の死を知ってまだ丸三日も経っていない。

 だが、哀しくても、弐拾参号のために自分は前を向かなければいけない。

 そんな強く、悲壮な覚悟がレミィの笑みの中に見て取れて、茜は胸を打たれ、言葉を失う。
391 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/06/13(土) 13:37:10.63 ID:fbiOu5Nro
レミィ「じゃあ、私はウェンディの義肢の調子を笹森主任に診てもらって来るから、一旦、ここでな」

 レミィはそう言うと妹の手を取り、一歩ずつゆっくりと診察室へと向かった。

 義肢……そう、両腕と両足の全てを切除され、402・スコヴヌングの中枢に埋め込まれていたウェンディは、
 救出されるなりすぐにギガンティック機関医療部局へと搬送され、一定の回復を待ってから、
 医療部主任であり医療義肢関連技術の第一人者でもある笹森の手で手術を受けたのだ。

 主任の笹森雄嗣は、閃光の譲羽の右腕の義手を作り上げ、
 彼女の希望通りにロケットパンチまで仕込んだ笹森貴祢の孫だ。

 手足全てを義肢にするサイバネティクス手術など朝飯前である。

 ただ、それとウェンディ自身が四本の義肢に慣れるかどうかは別問題だ。

 施術から日の浅いウェンディは、魔力で自在に操作可能とは言え、義肢の扱いにはまだ慣れていない。

 レミィの元に駆け込んで来た時の、あのたどたどしい足取りがその証拠だ。

 今も時折、足を引き摺るようにして歩いており、何とかこちらに振り返って、不器用に手を振っている。

 空と茜は、思わずどんな表情をすれば良いか分からずに張り付いたような笑顔を浮かべてしまいながらも、
 小さく手を振って応えた。

茜「……自己紹介を、忘れてしまったな」

空「まだ何度だって機会がありますよ」

 二人が特別病室区画から出て行った後、思い出したように言って肩を竦めた茜に、
 空は笑みを浮かべてフォローする。

 ウェンディの足は日に日に快方へ向かっていた。

 いつか、自分の足で姉の元に来る事もあるだろう。

 自己紹介はその時でも遅くはない。

 それに、今はミッドナイト1との面会もある。

茜「……そうだな」

 茜は改めて気を取り直すと、空に案内されて特別病室区画のさらに奥へと歩を進めた。

 そして、区画の最奥……厳重なロックがされた隔離区画へと足を踏み入れる。
392 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/06/13(土) 13:38:00.61 ID:fbiOu5Nro
 端末で個人を認証し、スライド式の分厚い強化ガラスの扉を抜けると、
 そこにはやはり強化ガラス張りにされた隔離病室があった。

 しかし、隔離病室と呼ぶには、些か赴きが違う。

 クリーム色のクッション性の高い素材の床と、
 薄桃色のやはりこれもクッション性の高い素材で作られた壁と言う内装。

 ガラスも内側は防護用のエアクッションのカバーがかけられ、
 身体を叩き付けて自傷する事が出来ないようにされている。

 絵本やぬいぐるみが整然と置かれた棚も、やはり怪我をしないようにカバーがかけられていた。

 娯楽は他にも大小のボールやモニターが置かれているが、
 それらが動かされた様子はなく、モニターにも何かが映された様子は無い。

 そして、その部屋の中央、やや低めのベッドの上に人形のように佇んでいたのは、一人の少女……ミッドナイト1であった。

 微動だにせず、目には光すら宿らぬとさえ思えるほど焦点を失い、何処でもない虚空を見ている様は、
 彼女が人間である事を知らなければ、本当に精巧に作られた人形か何かにしか見えなかっただろう。

茜「……これは……」

 茜は驚いたように漏らす。

 保護されていると知った時は安堵したが、どうやら想像していた以上に厚遇されているようだ。

空「あの子……エールと魔力リンクが出来た、って事で、
  司令が無理を言ってこっちに引っ張ってくれたんです。

  それで、軍と警察、それに政府の立ち会いの検査の結果、色んな薬を使われたり、
  傷を治した痕が幾つも見付かって、すぐにこう言う形になったそうなんです」

 空はそう言って、哀しそうな視線をミッドナイト1に向けた。

 空はあの決戦から戻って三日、毎日のようにこうして彼女の元に足を運んでいた。

 それは、彼女に対する僅かな罪悪感があったからかもしれない。

 自分が彼女に勝ち、エールを救い出した事で、彼女を利用していたユエにとって彼女の利用価値を失わせたからだ。

 無論、エールを救い出せた事は喜ぶべき事だが、それと彼女に対する罪悪感は別であった。

 投薬や傷害の痕跡が見付かった事でこうして隔離病棟とは言え保護されてはいるが、
 ユエに捨てられた事でへし折られ、壊れた彼女の心は、未だに癒える兆候を見せない。

空「ねぇ、また来たよ」

 空は内部のスピーカーのスイッチを入れ、ミッドナイト1に優しく語りかける。

 しかし、ミッドナイト1は一瞬だけ、ピクリと微かに身体を震わせただけだ。

 外界からの刺激に対して何らかの反射は出来るようだが、反応は出来ない。

 先日、医療部局のスタッフに聞いた話だが、睡眠を取る際にはしっかりと身体を横たえ、
 起きるといつの間にか身体を起こしていると言う状態だと言う。

 笹森の話では“自発的に僅かでも動けるだけ、
 まだカウンセリングの余地はある”らしいが、保護されてそろそろ六日。

 まだ一言も言葉らしい言葉を発しない所か、日に二度の点滴以外の栄養を摂取していない。

 このままでは心身が衰弱する一方だ。

空「今日はね……フェイさんとようやく仲直りできたんだ」

 空は泣きそうな顔をしながら、必死にミッドナイト1に語りかける。

 しかし、答えを強要はしない。

 あくまで語りかけるだけだ。
393 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/06/13(土) 13:38:48.97 ID:fbiOu5Nro
茜「それとね、今日は一緒に来てくれた人もいるだ。
  本條茜さんって言って、私達の大切な仲間の一人だよ」

 空はそう言って茜に視線を向けた。

 その時だ。

 今までにないほど大きく、ミッドナイト1はビクリと肩を震わせた。

茜「ッ、私だ! 本條茜だ! 聞こえているか!?」

 その瞬間、茜は堪えきれずに大きな声を上げてしまう。

 また、ミッドナイト1の肩が大きく震える。

空「あ、茜さん!?」

 突然の茜の行動に空は驚きの声を上げ、彼女とミッドナイト1とを交互に見遣った。

 すると、微かに俯くような姿勢のままだったミッドナイト1が、微かにその顎を上げているではないか?

 まだ焦点こそ合っていないものの、視線をこちらに向けているようにも見える。

 茜は少しでも彼女との距離を縮めようと、ガラス張りの隔壁に身体を押しつけるように張り付く。

 そこで、ようやく冷静さを取り戻した空も気付いた。

 ミッドナイト1は、茜の名前と声に反応しているのだ。

 そして――

M1『あ……あ……ぁ……あぁ……』

 この六日間、一言も言葉を発していなかった少女が、絞り出すような声を漏らした。

空「!? さ、笹森主任を呼んで来ます!」

 空はこの場で自分と茜、どちらが彼女にとって重要かをいち早く判断すると、来た道を慌てて引き返す。

 茜は空の背中に向かって“頼む!”とだけ言うと、またミッドナイト1に向き直った。

茜「ここだ! 私は、ここにいるぞ!」

M1『ぅ、ぁ……ぁぁあ……』

 茜が幾度も呼び掛けると、ミッドナイト1は声を絞り出しながらようやく焦点を合わせ始める。

 ぼんやりとした視界が次第に像を結び始め、懐かしい姿を捉えた。

 だが、すぐにその視界が歪み、霞んで行く。

M1『……ほ、ん、じ、よ、う、あ、か、ね……?』

 一言一言、絞り出すように呟いた少女は、自分が大粒の涙を零している事に気付いてはいない。

 ただ、道具としての自分以外で、もう一つの拠り所となってくれた少女との再会に、
 ワケも分からずにその反応を示していたのだ。

茜「ああ、そうだ……そうだよ……」

 茜も目を潤ませ、声を震わせて、少女との本当の再開を喜ぶのだった。
394 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/06/13(土) 13:39:27.43 ID:fbiOu5Nro
―3―

 茜とミッドナイト1が六日ぶりの再開を果たした、その日の夜。
 医療部局内、医療部オフィス――


 最低限の人払いを済ませた室内には、主任である雄嗣の他、
 メディカルオペレーター・チーフであるメリッサと、明日美とアーネスト、それに風華と空の六人がいた。

明日美「茜がテロリストに軟禁されていた際の世話役が、あの子……」

 明日美は監視モニターに映る隔離病室の様子を見ながら、どこか唖然とした様子で呟く。

 十歳ほどと思しき少女に実戦部隊の主力だけでなく、拉致したドライバーの世話役までさせるとは、
 随分と人材に恵まれていないテロ集団もいたものだ。

 が、そこはユエの都合と思惑が幾分も入り込んでいたと推測できる。

雄嗣「しかし、医療部としては助かりました……。
   心のケアと言う物はいつの時代でも難しい物ですから」

 雄嗣は安堵の溜息混じりに言うと、茜と会話しながら食事をしている少女を見て、
 嬉しさと優しさの入り交じった笑みを浮かべた。

 マギアリヒトによる発展は医療分野においても目覚ましい物だったが、
 それはあくまで内科・外科的な物であって遺伝分野を除いた心療内科にまでは及んでいない。

 雄嗣の言葉通り、傷付いた心のケアはいつの時代も難しく、時間が必要とされている。

 心を開くキッカケ……その第一段階を茜がやってくれたのは、医療部としてみれば大助かりだろう。

メリッサ「食事もスープのような流動食なら胃が受け付けてくれるようですしね……。
     本條から“コーンポタージュ大至急”の要請が来た時は噴き出しかけましたが」

 メリッサもそう言ってその時の様子を思い出し、噴き出しそうになる。

 この場の面々も微笑ましそうな表情を浮かべているが、ただ一人、空だけはどこか浮かない様子だ。

空「それで……あの子はどうなるんですか?」

 空はこの場に集まった本題を切り出す。

 明日美とアーネストは上層部として、雄嗣とメリッサは医療部の人間として、
 風華と空は前線部隊隊長格として、ミッドナイト1の処遇を決めるために集められたのである。

アーネスト「会話が出来る状態まで回復したのだから、最低限の事情聴取と言う事になるな」

 アーネストが思案気味に言った。

 彼が“最低限”と言ったのは“ミッドナイト1は被害者的側面が大きい”と言うのが、
 政府、軍、警察、ギガンティック機関の統一見解だからだ。

 エールを操るために結・フィッツジェラルド・譲羽の魔力と同調可能と言う、
 あまりに優れた点を持ちながら、捨て駒としてアッサリ切り捨てられた点からもそれは言えた。

 前述の通り、頻繁な投薬をされた形跡や急速治癒促進が幾度も行われた痕跡に加え、
 捕縛したテロリストや月島とユエに出資していた者達からの証言も有り、彼女が実験動物扱いをされていたのは間違いなく、
 “側面が大きい”などと言う曖昧な言い回しを撤回して“被害者”と言い切ってしまっても問題ない程である。

 ともあれ、事実確認程度の聴取は行われるが、後は基本的に戦災孤児のような扱いになるか、
 統合労働力生産計画の被害者として政府から手厚く保護されるかの二択、と言う形だ。

風華「瑠璃華ちゃんやレミィちゃんの時のようにウチで面倒を見る、
   って事にはならないんでしょうか?」

 風華が挙手と共に発言する。

明日美「現時点では難しいわね……。
    ドライバーも枠は全て埋まっている状態ですし」

 だが、すぐに明日美が溜息がちに答えた。
395 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/06/13(土) 13:40:22.50 ID:fbiOu5Nro
 クライノートを除いた条件の限られるギガンティックのドライバーは全て埋まっており、
 残るクライノートもエールが整備中の場合に空が使う代替機と言う現状、
 レミィ、フェイ、瑠璃華の時のような方法は不可能だ。

 ウェンディに関してはレミィの本籍が明日美が経営する孤児院にあるため、
 義肢の最終調整が終わればそちらに引き取られる予定となっている。

 だが、さすがにミッドナイト1の場合は対イマジン特例法を適用するのは難しい。

 空の魔力を大量に接収したり、レミィ達を機関で保護したりと、
 色々な無茶を合法として通す事の出来る特例法だが、
 それもあくまでオリジナルギガンティック運用に必要な範囲まで。

 乗れるオリジナルギガンティックが無いのだから、ミッドナイト1には特例法を適用できないのだ。

 明日美の言葉で誰もがその点に思い至り、難しそうな表情を浮かべる。

アーネスト「実際問題として、最終的には公営・私営を問わず、
      孤児院で引き取る可能性が高いだろうね……現状では」

空「可能性が高い、って言う事はそれ以外の選択肢もあるって事でしょうか?」

 アーネストの言に、空が怪訝そうに尋ねた。

雄嗣「検査の結果、彼女の魔力は五万六千超。
   重要人物保護プログラムを適用した上で正一級として独立して暮らす方法もある。

   勿論、未成年である以上は後見人を立てる、と言う大前提はあるがね」

明日美「………」

 溜息がちにアーネストへの質問を代理で答えた雄嗣の言葉に、
 明日美はどこか哀しみと苛立ちの入り交じった色を目に浮かべる。

 旧魔法倫理研究院時代、母・結と共に保護エージェントとして尽力した彼女だ。

 孤児の扱いに思う所があるのだろう。

空「あの、以前見た特一級の権限の中に、
  特一級だったら未成年でも十五歳以上から後見人になれるって書いてあったんですけど……」

 躊躇いがちに空が挙手と共に発言すると、
 メリッサが“よくそんな細かい所を覚えているな”と感心半分呆れ半分と言った様子で呟く。

 記憶力の良さ……と言うよりは思い出す能力の高さの賜である。

風華「空ちゃん、確かに後見人にはなれるけど早まっちゃ駄目よ」

明日美「そうね……“なれる”と“出来る”は違うわ」

 オロオロと空を窘める風華に続いて、明日美も神妙な様子で呟く。

 空自身はまだ“後見人になる”とは言っていないが、話題に出している時点で言っているも同然だ。

雄嗣「後見人は被後見人の成人まで様々な責任を背負う事になるからね……。
   君の思いがどうあれ、生半可な重責ではないよ」

 雄嗣もそう言って、逸りがちな空を窘めた。

 浅はかな考えを見透かされているようで、空は気落ち気味に“はい……”とだけ言って頷く。

雄嗣「それに、まだ後見人制度に頼ると決まったワケでもないからね」

 そんな空の様子に苦笑いを浮かべた雄嗣は、そう言って手元の端末を操作すると、
 モニターに何かのグラフを表示した。
396 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/06/13(土) 13:41:00.05 ID:fbiOu5Nro
明日美「これが検査結果?」

雄嗣「ええ……DNAには確かに結・フィッツジェラルド・譲羽、奏・ユーリエフ、
   クリスティーナ・ユーリエフに近似する物が見受けられましたが、
   魔力波長は03に最も近い数値が出ていますね。

   朝霧副隊長の物とも比較しましたが、同波長との近似で言えば彼女の方が圧倒的に近いですね」

 明日美の質問に、雄嗣はそう言って指でモニターを指し示す。

 どうやらミッドナイト1の検査結果らしい。

明日美「朝霧副隊長、それにエール。
    彼女は確かにギアの補助無しにプティエトワールとグランリュヌを使っていたのね?」

空「え? あ、はい」

 唐突な明日美からの質問に、空は怪訝そうに答え、さらにエールが続ける。

エール『僕が補助を始めたのは空と再リンクしてからだよ。
    ログを取って貰えば分かるけど、彼女が保護される直前まで着けていたギアも動作補助は行っていないよ』

 共有回線を通したエールの返答に、明日美はアーネストや雄嗣と顔を見合わせ、頷き会う。

 だが、アーネストはやや不承不承と言った風だ。

アーネスト「でっち上げ、と言う事にはなりませんか?」

明日美「でも、朝霧副隊長よりもクライノートの適性が高いのは事実でしょう」

 困ったように漏らしたアーネストに、明日美はどこか割り切ったような様子で返す。

風華「えっと……それってつまり、あの子をオリジナルギガンティックの……
   クライノートのドライバーとして迎え入れる、って事ですか!?」

 風華は何故、前線部隊責任者とは言え、自分と空がこの場に呼ばれていたのかを察し、
 合点が行ったのが二割、驚き八割と言った狼狽の声を上げた。

 空は副隊長としてだけではなく事実確認のために呼ばれたようだが、
 風華は前線部隊の隊長として意見を求められていたのだ。

 確かに、モニターに映し出された数値を見れば、高い同調率を誇っているようである。

 加えて、クライノートは本体よりも付随するヴァッフェントレーガーの操作が枷となる機体だが、
 ギアの補助無しに十六基もの浮遊砲台を自在に使いこなしたとなれば、その点でも申し分ない。

 エールの完全復活、二基のハートビートエンジンの起動、
 ヴィクセンとアルバトロスの強化とギガンティック機関も力を付けている。

 オリジナルギガンティックのドライバーを増やす事が急務と言うほど切迫はしていなが、
 それでも、イマジンからこの世界を守るために、力を扱える者は多いに越したことは無い。
397 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/06/13(土) 13:41:55.66 ID:fbiOu5Nro
明日美「あまり堅苦しい事は言わないわ。
    感じた通りに言って頂戴」

 激しく狼狽していた風華だが、明日美に促されて何とかして落ち着きを取り戻すと、
 視線を監視モニター越しにミッドナイト1へと向け、思案する。

 その表情には次第に哀しげな色が浮かんで行く。

風華「……正直、ドライバーとして迎え入れる事が正解になるかは、私には分かりません」

 風華は、ミッドナイト1が正気を取り戻し、茜と再度面会できるようになるまで、
 空と茜の二人から聞かされた話を思い返しながら答え、さらに続ける。

風華「あの子が60年事件や統合労働力生産計画に端を発する、一連の事件の被害者なら、
   瑠璃華ちゃん達の時のように彼女の意志を確認して、それを尊重すべきだと思います」

 風華は隊長らしい毅然とした態度で言い切った。

 瑠璃華達……瑠璃華、レミィの二人は、自らの境遇や望みよってドライバーとなる事を選んだ。

 フェイも最初こそ戸惑いもあったが、今は望んでドライバーとして機関に籍を置いている。

 だが、ミッドナイト1は戦ってデータを得るための道具として作り、育てられた。

 ドライバーとしての道を彼女に提示するのは、未だ早計なように風華には感じられたのだ。

 故に“事件の被害者”と言う言葉を使ったのである。

空「私も風華さんと……藤枝隊長と同じ意見です」

 そして、それは空も同じだった。

 オリジナルギガンティックに乗れるからと言って乗せるのでは、彼女を道具のように扱っている気がしてならない。

 無論、自分たちにそのつもりがなくても、だ。

 幾つかの道を彼女に示して、彼女が望む道を彼女自身に選んで貰う。

 それこそが彼女の心のリハビリ、その第一歩になる。

 二人のその思いは他の四人にも伝わったのだろう。

 メリッサは納得したように深く頷き、明日美達三人も顔を見合わせた。

明日美「……ならば、この件は一旦保留として、
    彼女はドライバー適格者の保護の名目でギガンティック機関預かりとします」

 明日美はそう言って、アーネストの無言の首肯で確認を取ると、さらに続ける。

明日美「今回上がった案に関しては、彼女の肉体的、精神的な回復を待ってから順次、
    全て伝えて行こうと思っています」

雄嗣「ええ、それが最善手でしょう」

 明日美の言葉を聞き、雄嗣は深々と頷いて答えると、監視モニターに目を向けた。

 空達もそれに倣って監視モニターを見遣る。

 茜とミッドナイト1は先ほどから変わらずベッドの上に並んで座り、
 談笑――と言っても本当に笑っているワケではないが――しているようだ。

雄嗣「その間の彼女の世話役として本條小隊長をお借りしたいですが……よろしいでしょうか?」

 雄嗣はその様子に申し分無いと確信した様子で、明日美に問い掛ける。

アーネスト「天童主任の申し出で各ギガンティックはオーバーホール中です。
      遠征任務が再開されるのは再来週からになりますし、暫くは待機任務の名目上このままで良いかと」

明日美「そうね……現状、彼女が一番心を開いているのは茜のようだし、そうしましょう。

    それと自傷行為に類する挙動が見られないようなら、
    早い内に隔離区画から出す方向で検討して行きましょう」

 アーネストからの提案もあって承認した明日美は、そう言って場を締めくくった。
398 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/06/13(土) 13:42:51.98 ID:fbiOu5Nro
 一方、監視モニターの向こう……ミッドナイト1の隔離病室では、
 茜が食事を終えたミッドナイト1と、自分たちの身にあれから何があったのかを話し合っていた。

 空との闘いに敗れユエに用済みとして捨てられ、ギガンティック機関の手で保護された事。

 仲間に助けられ、復讐を乗り越えて事件を解決した事。

 そして、自分たちの共通項とも言える、ユエの死。

M1「……そう、ですか……」

 創造主の死の事実を聞かされたミッドナイト1は、
 一瞬、戸惑ったような哀しげな表情を見せた後、無表情で頷いた。

 自分を縛る者が亡くなった事……自分を道具として定義する存在が居なくなった事は、
 少なからずミッドナイト1の胸の内に波紋を投げ掛けたようだ。

 だが――

M1「よく……分かりません……」

 ミッドナイト1は俯いたまま、怪訝そうな雰囲気を漂わせた声音で漏らした。

 彼女には自分の胸の内に生まれた波紋が何であるか定義できないのだ。

 解放の悦びか、喪失の哀しみか、それとも全く別の何かなのか。

 自我と言える物を自覚できるようになって、まだ一週間足らず。

 自分の胸の内にある物……心が何であるかを言葉に出来るだけの経験が、彼女には欠けていたのだ。

茜「そうか……」

 茜もそれを察してか、少し寂しそうな表情を浮かべて頷く。

茜「少しずつでいい……気持ちをゆっくりと整理していこう?」

 茜は昔、声を失った頃に医者に言われた言葉を思い出し、ミッドナイト1に語りかけた。

 そして、その肩に手を添えようとして、僅かな躊躇いの後、添えようとしていた手を引く。

 彼女も連中に利用されていた被害者。

 そうは言っても、あの旧技研は彼女の帰る場所だったのだ。

 それを壊した自分が、彼女を慰めるのはどこか筋違いのように思えた。

 そして、自分は一時とは言え、彼女を脱出の手段として利用しようとしていた。

 彼女が心を開いてくれている相手が自分だけ、と言うのはこの上なく嬉しい。

 だが、それ以上の罪悪感が、茜の心に細く、長い針を打ち込む。

茜(私は……悪い人間だな……)

 慰めてあげたいのに、それを拒まざるを得ない罪悪感を感じながら、茜は心中で自嘲した。

茜「……もう夜も遅い。また明日も顔を出そう」

M1「はい……ありがとうございます」

 言いながら立ち上がった茜に、ミッドナイト1はようやく顔を上げて浅く頷いた。

 感謝された、と言う事は、やはり自分が来る事を彼女も望んでくれているようだ。

茜(私は……本当にそんな資格があるのか……?)

 ミッドナイト1の目を覗き込みながら、茜は自問し、“じゃあ、また明日”とだけ言って病室を後にした。

 この時に覚えた罪悪感と戸惑いが、後に大きな騒ぎの引き金となる事を、未だ知らずに……。


 そして、それから瞬く間に四日が過ぎた――
399 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/06/13(土) 13:43:31.76 ID:fbiOu5Nro
―4―

 7月24日、午前九時。
 医療部局病棟、ミッドナイト1の個室――


 ミッドナイト1は病室内の書架に置かれた紙製の絵本や図鑑を引っ張り出し、眺めていた。

 紙製と言ってもマギアリヒトの合成紙で製本された、安価な物だ。

 本物の紙製の本など高級品すぎて早々に手が出る物ではないが、
 こう言った合成紙の本も電子書籍全盛の世の中であっても、
 絵本や図鑑のような子供向けの書籍には好まれていた。

 親子が並んで読める、と言った風情や情操教育目的もあるが、
 子供が何を読んでいるか分かり易いと言う利便性もあっての事である。

 ミッドナイト1は旧世界……メガフロートの外の世界が描かれた図鑑を好んで読んでいた。

 世の常識であっても知る必要の無い事として、様々な知識をそぎ落とされて育った彼女には、
 常識の全てが驚きと戸惑いに満ちた物ばかり。

 世界に触れる事さえ初めてだらけで戸惑う彼女にとって、
 一番の驚きはこの天蓋の向こうにもっと広い世界がある事だったのだ。

 自らに与えられたコードネーム・ミッドナイト……深夜にも関わりが深い、
 夜空に浮かぶ月、満点の星空の写真が載ったページを見渡しながら、
 彼女は感慨深げな表情を浮かべていた。

 そう、彼女はようやく表情らしい表情を浮かべられるようになった。

 他の人間を見て学び、吸収する。

 彼女個人の人格や存在を否定しているようで語弊のある言い方かもしれないが、
 やはりそこは結の遺伝子がそうさせるのだろう。

 要は飲み込みや覚えが早いのだ。

 ともあれ、ミッドナイト1は図鑑の月や星を眺めながら、食後の一人きりの時を過ごしていた。

 すると、不意にコンコンとドアをノックする音が響き、
 ミッドナイト1は僅かに喜色の入り交じった顔を上げる。

 すぐに“どうぞ”と言って促すとドアが開かれ、茜とその後ろから空が顔を出す。
400 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/06/13(土) 13:44:10.70 ID:fbiOu5Nro
M1「アカネ、ソラ……おはようございます」

 二人の姿を見るなり、ミッドナイト1はどことなく嬉しそうな表情を浮かべた。

 アカネ、ソラ……ミッドナイト1は二人の事を名前で呼ぶようになっていた。

 二人……特に懐いている茜に倣っての事だったが、
 一々フルネームで呼んで来る彼女をそれとなく促しての事だ。

空「今日も図鑑を見ていたんだ?」

M1「はい」

 ベッドの傍らに歩み寄って来た空の問い掛けに、ミッドナイト1は頷いて答える。

 空もベッドの縁に腰掛け、図鑑を覗き込む。

空「まん丸の満月と綺麗な星空だね」

M1「はい、満月と星空です。……綺麗です」

 空の言葉に同意して、ミッドナイト1はどことなく声を弾ませる。

茜「夜空が好きなんだな……」

 茜は優しそうな笑みを浮かべてそう言うと、
 ミッドナイト1を挟んで空とは反対側のベッドの縁に腰掛け、三人で並ぶ。

M1「夜空……夜の空……はい、夜空は落ち着きます」

 ミッドナイト1は言葉を反芻し、ややあってから答えた。

 ここ数日で見上げた夜空を思い出し、その光景に思いを馳せながら答えたのだ。

 遠くに見える街や家々の灯りと、天蓋に整然と並んだ小さな照明が作り出す偽物の星。

 第七フロート第三層では決して見る事の出来なかった光景。

 決して暗闇だけでない夜の世界は、見ていると穏やかな気分になる。

茜「生前のお祖母様や大叔母様に聞いた星空は、本当に綺麗だったと聞いた事があるな……。
  映像技術も昔よりも進歩したと言うが、生で見るのとは違うのだろう」

 茜はふと思い出したように呟く。

M1「これは本当にあった世界なんですね……」

 茜の言葉に、ミッドナイト1は失われた旧世界の夜空に思いを馳せる。

空「……いつか見てみたいよね、本当の空……」

 思いを同じくするミッドナイト1に、空も感慨深く呟く。

 ミッドナイト1も“はい”とだけ答えて深く頷いた。
401 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/06/13(土) 13:44:53.43 ID:fbiOu5Nro
 そして、ようやく気が済んだのか、
 ミッドナイト1は図鑑を閉じると、二人をゆっくりと交互に見遣る。

空「今日は何か知りたい事はある?」

M1「……昨日聞いた、空達が通っていた学校の事について教えて下さい」

 空が促すと、ミッドナイト1は僅かに考え込んだ後、即座に答えた。

空「学校……学校かぁ……」

 空は何事か思案すると、ベッドの縁から立ち上がると、反対側に回り込んで窓際へと歩いて行く。

 そして、少しだけ目を凝らすと官庁舎の向こうに目当ての建物が見えた。

空「ほら、こっちに来て」

 空はミッドナイト1を手招きすると、目当ての建物を指差す。

M1「……あの建物、学校だったんですね」

空「うん、京都第二小中学校、一級市民向けの小中学校だね」

 感慨深げに漏らすミッドナイト1に、空は説明を続ける。

 そんな二人の様子を、茜はベッドの縁に腰掛けたまま肩越しに見ていた。

茜(あの子も、随分と空に慣れて来たな……)

 茜はここ数日のやり取りを思い返し、胸中で独りごちる。

 あの子。

 自分達の事を名前で呼んでくれるようになったミッドナイト1に比べて、
 空も茜も彼女の事を名前では呼べなかった。

 ミッドナイト1と言う名前に、彼女なりの矜持があるかどうかも分からないが、
 記号と数字の組み合わせのような名前で呼ぶのに抵抗があったからだ。

 ともあれ、最初は自分以外の人間に距離を置いていたミッドナイト1だったが、
 空が自分に危害を加えるような人間でないと分かると、すぐに心を開いた。

 それは、この医療部局にいるスタッフ達に対しても言えた事で、
 昨日、問診に来た雄嗣の回診に居合わせた時にも、問題無く受け答え出来ていたと思う。

茜(私だけに拘らなくてもやっていけそうだな……)

 その結論に達した時、茜はズキリ、と胸が痛むのを感じた。

 ああ、敢えて思い返すまでもなく、これは罪悪感の表れだ。

 一時でも、利己的な目的のために彼女を利用しようとした。

 道具として育てられた人間に対して、最もやってはいけない事。

 茜は今にも泣き出しそうな哀しげな表情を浮かべ、
 笑顔で説明を続ける空と彼女の話を熱心に聞き続けるミッドナイト1を見つめた。

 そして、胸に突き刺さる罪悪感の痛みに、顔をしかめる。

 再会の晩に感じた微かな痛みは、もう無視できない激痛へと発展していた。

茜(このままではいけないな……私だけじゃなく、彼女のためにも)

 茜は胸に手を当て、改めてその決意を確認する。
402 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/06/13(土) 13:45:40.89 ID:fbiOu5Nro
 暫くそうしていると、ようやく学校の説明が終わったらしい。

M1「同じ年頃の子供が集まって勉強する場所……」

 ミッドナイト1はその言葉を反芻しながら、感心したように何度も頷く。

M1「……合理的で、便利な場所です」

空「うん、それに友達も出来ると、学校に行くのも楽しくなるからね」

 子供らしくない感想を述べるミッドナイト1に、空は困ったような笑みを浮かべた後、そう言った。

 だが、今度はその“友達”と言う言葉にミッドナイト1が反応する。

M1「ソラ、ともだち、とは何ですか?」

空「え? えっと……」

 ミッドナイト1の質問に、空は思わずたじろいでしまう。

 感覚として理解している事柄や言葉ほど、口で説明するのは難しい物だ。

空「えっと……私達、みたいな関係の事かな?」

 空は困った末に、苦し紛れにそんな曖昧な答を返した。

 無論、この場で言う私達とは、茜を含めたこの三人の関係の事だ。

 確かに、友達、友人と言うのに憚られる関係で無い事は客観的にも明らかだろう。

 だが――

M1「その説明では曖昧に感じます」

 ミッドナイト1にはやはり苦し紛れの言葉に聞こえたのか、少し不満そうに呟いた。

空「あ、茜さ〜ん!」

 空は思わず茜に助けを求める。

茜「……まったく、普段の君は妙な所で締まらないな」

 一方、助けを求められた茜は肩を竦めて返した。

 友人の定義。

 個々人によって線引きも程度も違うであろうソレを説明するのは難しい。

茜(けれど、いい機会かもしれないな……)

 しかし、茜はそう思い直すと、意を決してミッドナイト1を手招きする。

茜「空、君は何か飲み物を買って来てくれないか?」

空「はい、そうします……」

 予期せぬ失態を演じてしまった空は、項垂れた様子で茜の提案を受け入れた。

 インターバルを入れて気持ちを整えて来いと言う、茜の思いやりだ。

 だが、茜自身にはそれ以外の思惑もあったが……。

茜「私は烏龍茶を頼む、メーカーはどこでもいい」

M1「オレンジジュースをお願いします」

空「は〜い……」

 空は二人の要望を聞くと、そそくさとその場を後にした。

 空の背を見送った茜は、一度、天井を振り仰ぐ。
403 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/06/13(土) 13:46:22.53 ID:fbiOu5Nro
茜(友達か……そうだな、これは……私と彼女が、本当の友人になるための第一歩だ……)

 そして、その思いと共に視線をミッドナイト1へと向けた。

 一見して無表情のように見える少女だが、
 その視線には期待の眼差しと言って差し支えない好奇心のような物が見える。

茜「友達と言うのは、空も言ったように私達の関係を一言で言い表す言葉だな……。

  時には嘘をついたり、喧嘩をしたりもするが、
  一緒に遊んだり、勉強や運動を競ったり、
  そうやってお互いを高め合えるような関係が理想だ」

M1「嘘や喧嘩は、いけない事ではないでしょうか?」

 茜の説明に、ミッドナイト1はそれまでに教えられて来た言葉を思い返し、怪訝そうに首を傾げた。

茜「確かに、嘘や喧嘩はいけない事だな……。

  でも、友達を守るために必要になる嘘も中にはあるし、
  いくら友達でも譲れない一線を守るためには時には喧嘩する事もある。

  だけど、そうやって色々な物を乗り越えていけないようでは、本当の友達にはなれないんだ」

 茜は二週間以上前の事を思い返して、不意に遠くを見るような目をする。

 あの日、自分と空は言葉をぶつけ合った。

 復讐にかられる事は間違っていると、自らの経験を持って自分を諭してくれた、年下の少女。

 大人達が気遣って踏み込まない一線を踏み越え、心の声をぶつけて自分の凶行を止めてくれた空を、
 茜は掛け替えのない友人として認識していた。

茜「軽口を叩き合ったり、巫山戯合ったり、笑い合ったり……
  そうやって楽しく過ごせる相手が友達だ」

M1「楽しく過ごせる……私は、ソラやアカネと一緒だと、楽しいです……。
   これは、二人が私の友達だと言う事なのでしょうか?」

 茜の説明を聞きながら、ミッドナイト1は胸に手を当てて自らを思い返す。

 楽しい。

 喜怒哀楽だけで人の感情は計れないし分類もし切れないが、
 それだけはミッドナイト1にも分かるようになって来たらしい。

茜「………」

 しかし、茜は問い掛けるようなミッドナイト1の言葉に、すぐに頷く事が出来なかった。

 そして、小さく深呼吸し、改めて口を開く。

茜「……友達との間で、絶対にやってはいけない事が幾つかある……。
  それは、友達を傷つけ、裏切る事と、友達を利用する事だ。

  ……それは、友達を友達とも思わない、とても……とても酷い事だ……」

 茜は苦しそうな表情で、絞り出すように呟いた。

M1「裏切り……利用……」

 ミッドナイト1は、その言葉を反芻しながら哀しげな色を目に浮かべる。

 それはかつての自分が身を置いていた世界で身近な物。

 指導者の不興を買いたくなくてお互いの足を引っ張り合って裏切り、自らもユエに利用され続けて来た。

 友達と言う言葉が、かつての自分の境遇とは真逆にある物だと感じて、ミッドナイト1は哀しそうに目を伏せる。

 そこで、限界だった。

茜「私は! ……私は、お前に謝らなければいけないな……」

 思わず大きな声を上げそうになった茜は、悔しそうに言葉を吐き出す。

M1「アカネ……?」

 茜の言葉に、ミッドナイト1はキョトンとした様子で首を傾げた。
404 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/06/13(土) 13:47:10.80 ID:fbiOu5Nro
 茜が自分に謝る事など一つもない。

 むしろ、自分は幾つも茜にお礼を言わなければならない立場だ。

 色々な事を教えてくれて、ありがとう。
 いつも会いに来てくれて、ありがとう。
 世界の事を教えてくれて、ありがとう。

 ミッドナイト1の胸の内は、茜と、そして、空への感謝で溢れそうな程だった。

 そして、茜への感謝は、あのユエの研究室にいた頃からひっくるめて続いている。

 だが――

茜「……私は……ユエに軟禁されていた時、脱出のために、君を利用しようと、した……」

 ――苦しそうに茜が紡いだ言葉が、ミッドナイト1の思考を、一瞬、吹き飛ばした。

M1「……?」

 一瞬、理解できずに首を傾げたミッドナイト1は、だが、次第に小刻みに震える。

 友達だと思っていた。


――友達を利用する事だ……――


 感謝を捧げる、優しい人だと思っていた。


――友達を友達とも思わない、とても……とても酷い事だ……――


M1「うそです……友達は嘘もつきます……」

 茜の言葉を思い返して、ミッドナイト1は茫然としながら呟く。


――友達を守るために必要な嘘も中にはあるし――


 守るための嘘ではない。

 むしろ……――


――友達を傷つけ、裏切る事と――


 ――絶対にやってはいけない、もう一つの事。

M1「嘘……です!」

 ミッドナイト1はワナワナと震えながら、叫ぶ。

茜「嘘じゃない……私は……君に魔力抑制装置を外して貰おうと、
  君を懐柔しようと……利用しようとしたんだ!」

 だが、茜は意固地になって、自らの罪を告白する。

 そうしなければならない。

 そうでなければ、いけない。

 赦されなければ、彼女の友人だと、胸を張れない。

 茜は耐えきれずに項垂れ、目を伏せた。
405 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/06/13(土) 13:47:57.43 ID:fbiOu5Nro
M1「私は……私はアカネを友達だと思っていました……。
   それも私が一人で思い込んでいただけなんですか……?」

 そんな茜に、ミッドナイト1は抑揚のない声で問い掛ける。

茜「ッ!?」

 茜は肩を震わせ、それを否定しようと顔を上げた。

 だが、否定の言葉を発するよりも先に、茜は息を飲んでしまう。

 ミッドナイト1は涙を流しながらも、
 まるで凍り付いたような無表情の仮面を、その顔に貼り付けていた。

 表情以上に感情を表していた目にも、何の感情の色も宿っていない。

茜(嗚呼……)

 茜は悟った。

 罪に耐えかねた自分の告白が、彼女の心を、また壊したのだ、と。

 感謝で溢れそうだったミッドナイト1の心を、
 黙し、嘘を突き通してでも守るべきだった彼女の心を、砕いたのだ。

M1「ッ!」

 ミッドナイト1は踵を返し、走り出してしまう。

 無表情の仮面の縁から、溢れた涙が散る。

茜「ミッ……!?」

 その名を叫び、呼び止めようとした茜は、思わず躊躇い、口を噤んでしまう。

 止めなければいけなかった。

 だが、記号のような名を叫ぶ事が躊躇われ、茜は呼び止める事が出来なかった。

空「あ、茜さん!? あの子、走って行っちゃいましたよ!?」

 入れ替わりで、空が病室に駆け込んで来る。

 その手には三本のボトル飲料。

 それを買いに行ったものの五分足らずの出来事だった。

茜「…………私は……私は、何をやっているんだっ!」

 茜は自らの不甲斐なさと残酷な行いに、握り締めた拳で自らの膝を叩いた。
406 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/06/13(土) 13:48:43.26 ID:fbiOu5Nro
 一方、病室を飛び出したミッドナイト1は深く俯き、
 無表情のまま滂沱の涙を溢れさせ、行く当てもなくフラフラと走り惑っていた。

 既に病室外への外出が許可されていた彼女は、
 自分よりも背の高い大人ばかりの医療部局で表情を悟られる事なく、人波を縫って走る。

M1(友達……じゃ、なかった……友達だと……思っていた……)

 その思考だけを、頭の中で反芻するミッドナイト1。

 友達だと思い込んでいたのは自分だけで、茜はそうではなかった。

 混乱したミッドナイト1は、茜と行き違ったまま最悪の結論に達してしまったのだ。

 無論、茜はそうではなかった。

 改めて友人として付き合って行くため、罪を告白したに過ぎない。

 だが、言うべき瞬間に、言葉を発せなかった。

 たった一つ、時間にして二秒程度の時間で、完膚無きまでに行き違ってしまったのである。

 俯いて走り続けていたミッドナイト1は、足をもつれさせて転ぶ。

M1「あ……っ!?」

 痛みの悲鳴を堪え、倒れる。

 何とか、受け身は取れた。

 だが――

M1(痛い……)

 激しい痛みに、ミッドナイト1は倒れたまま立ち上がれずにいた。

 身体の痛みではなかった。

 胸の奥から湧き上がる、痛み。

M1(マスターに捨てられた時は……真っ暗になっただけだった……)

 ユエに切り捨てられ、自分の存在意義を見失った時は、何も感じなかった、何も感じられなくなった。

 だが、今は……茜に突き付けられた言葉は、真実は、痛かった。

M1「痛い……痛い……」

 ミッドナイト1は倒れ伏しながら、譫言のように呟く。

 肉体的な痛みは、治癒促進や身体強化でいくらでも我慢する事が出来た。

 だが、この痛みは、到底、我慢できる類の物ではなかった。

 存在意義を失って空っぽになるよりも、友達を失った痛みの方が、ミッドナイト1には耐えられなかったのだ。

M1「いたい……いたい、よぉ……」

 生まれて初めて、誰かに痛みを訴えかけるように弱音を吐いた。
407 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/06/13(土) 13:49:18.58 ID:fbiOu5Nro
 胸が痛い。

 張り裂けるように、痛い。

 こんなに痛いのなら――

M1(友達なんて……)

 こんなに苦しいのなら――

M1(欲しく……なかった……)

 失うと言う事が、こんなにも胸を穿つなら――

M1(最初から……)

 ――生の実感など……命など、欲しくなかった。

M1「………ぅ、ぅっぁぁぁぁ……っ」

 俯せのまま、張り裂けるように軋む胸を掻きむしりながら、ミッドナイト1は長い嗚咽を漏らす。

 生きている事が楽しいと、空と茜に会うのが楽しいと、ようやく思えて来たのだ。

 友達と言う言葉の意味を知り、二人が友達だと、心から思えたのだ。

 だが、その全てが、茜自身によって否定された。

 存在意義ではなく、存在理由を失ったように、ミッドナイト1は感じていた。

 生きて良いのではなく、生きていたい。

 そんな存在理由すら失ってしまった。

 まだ幼い身体に比べてすら未熟な心は、そんな悲鳴を上げ続ける。

 死にたい。

 そんな短絡的な思考が脳裏を過ぎった時、ミッドナイト1はふらふらと立ち上がる。

 行き止まりだと思っていた場所は、何かの隔壁のようだった。

 決して厳重でないその隔壁は、医療部局と格納庫を結ぶ負傷者搬送用直通エレベーターの扉。

 ミッドナイト1が歩み寄ると、自然とその扉は開かれた。

 彼女の魔力は登録コード03……クリスティーナ・ユーリエフに近い波長を持っていたため、
 その魔力を感知して開いてしまったのだろう。

 だが、そんな理屈とは関係なく、ミッドナイト1にはそれが大きく口を開けた黄泉の門に見えていた。

 エレベーターに足を踏み入れると、直通エレベーターは自動で降下を始める。

 高速エレベーターだが加速によるGは感じない。

 二分と経たずに最下層……格納庫に辿り着いたエレベーターは、音もなく開かれた。

 整備班の喧騒と機械の作動音が身体に降り掛かり、俯いていたミッドナイト1は一瞬だけ身体を震わせる。

 だが、すぐにフラフラと歩き出し、僅かに首を動かして後は視線だけで辺りを見渡した。
408 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/06/13(土) 13:50:06.87 ID:fbiOu5Nro
 オーバーホール中のオリジナルギガンティック達が並ぶ中、
 修繕とテスト起動を終えたばかりのアメノハバキリがハンガーに戻されていた。

紗樹「エンジンはこのまま暫く運転続けた方がいいんでしたよね?」

班長「ああ! お前さんの機体はエンジンを新品に乗せ換えたから、しばらく機関部の慣らし運転だ!
   慣らしと最終チェックを終えたら、こっちで止めておく!」

 コックピットハッチから顔を覗かせ、足もとの整備班長と大声で話し合っていたのは紗樹だが、
 ミッドナイト1は誰が誰かなど知らないし、知ろうとも思わない。

 紗樹は整備班長と二、三、言葉を交わすと待機室へと戻って行く。

 整備班長もハンガー脇のモニターを覗き込んでいる整備員に指示を出すと、自身は他の機体の整備へと向かう。

 ミッドナイト1は火の落とされていない、起動状態のままのアメノハバキリを見上げる。

 混迷を続ける彼女の思考は、そこで確実に死ねる方法を思いつく。

 ギガンティックで自身を握り潰す、と言う方法を、だ。

 下手にビルの屋上から飛び降りたり、刃物で急所を斬り付けるよりも確実な方法だろう。

 万が一、死の寸前に反射的に身体強化を行っても、ギガンティックの攻撃を防御できる筈が無い。

 自身の操縦するギガンティックの腕で、コックピットを貫けば、エンジンの爆発もあってより確実に死ねる。

 生身の人間では絶対に助からない方法だ。

M1(そうだ……そうしよう……)

 ミッドナイト1はフラフラと歩き出す。

 普段よりも沢山の人間で溢れかえっていた格納庫だが、先日からのオーバーホール作業に忙殺され、
 病衣を纏った小柄な少女の存在には誰も気付いていない。

 ミッドナイト1はリフトなどは使わず、身体強化した足でふわりと跳び上がり、
 開かれたままのハッチからコックピットに潜り込む。

 少々、シートは大きいが、問題なく扱えるようだ。

M1(……あの人、誰だったんだろうな……?)

 直前までこのシートに座っていたドライバーに、ミッドナイト1は少しだけ思いを馳せた。

 だが、すぐにその思いも消え去る。

 これから死ぬ自分には、もう何の関係も無い事だ。

 少女は何の感情も宿らない瞳で、統一規格の機械を動かして行く。

 以前に使っていたエクスカリバーよりもずっと扱いやすい構造だ。

 コックピットハッチは敢えて閉じない。

 その方が、死ねる確率も高くなる。

 ミッドナイト1は少しだけ、穏やかな表情を浮かべると、アメノハバキリの右腕を掲げさせた。

整備員A「お、おい! 263号機が動いてるぞ!?」

整備員B「何だ!? 動作異常……コックピットに生体反応……?
     ど、ドライバーが乗ってる!?」

 足もとの整備員達もようやく気付いたのか、慌てた声が聞こえて来るが、もう遅い。

 外部から緊急停止されるよりも先に、ミッドナイト1は外部との接続を遮断する。

 そして、掲げさせた右手を手刀の形にして、コックピットに向けて突き込む。

 目前まで迫る手刀に、死の恐怖は感じない。

 ただ、この胸の痛みから逃れられると思うと、僅かに安らいだ、だが哀しそうな表情を浮かべた。

 まだ知り合ってから半月ほどしか経っていない人達の顔が、次々と脳裏を過ぎる。

 空と茜の笑顔が脳裏を過ぎり、反射的に目を瞑った瞼の裏に鮮やかに浮かぶ。

 痛い。
 苦しい。

 そんな思いと共に。

 だが――
409 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/06/13(土) 13:50:45.94 ID:fbiOu5Nro
?「エエェェェルゥゥッ!!」

 絶叫にも似た砲声が轟き、身体が、機体が激しく揺れた。

M1「ッ……!?」

 一瞬、手刀が自分を貫いた衝撃と勘違いしたミッドナイト1だったが、
 まだ自らの感覚がハッキリとしている事に気付き、彼女は慌てて目を開く。

 すると、開かれたままのハッチから見えたのは、
 他のギガンティックに腕を掴まれたアメノハバキリの手刀だった。

 エールだ。

 ブラッドラインが鈍色のままの緊急起動状態だったが、
 それでも体格と出力ではアメノハバキリよりも勝っており、
 手刀が触れる直前の、本当にギリギリの所でアメノハバキリを静止できたのである。

 視線を走らせると、空がハッチを開いてコントロールスフィアに転がり込もうとしている所だった。

 空は病室に戻った直後、茜から事情を聞き、茜と共にミッドナイト1を探していた。

 ミッドナイト1の魔力を探り、大回りで彼女よりも数分遅れて格納庫へとたどり着いた空は、
 そこでアメノハバキリに乗り込むミッドナイト1を見付け、
 嫌な予感に突き動かされるように愛機を緊急遠隔起動させ、
 エールの自律制御に任せて兎に角、アメノハバキリの静止を優先したのだ。

 結果はギリギリ、あとコンマ1秒でも遅れていれば間に合わなかっただろう。

 しかし、間に合った。

 そして、ドライバーが搭乗した事で、ようやく全身に空色の輝きが灯る。

空「こんな事……しちゃ駄目だよ!」

 空はハッチを開いたまま、ミッドナイト1に向かって叫ぶ。

 咎めるような口調だが、哀しそうな声は心底から自分を心配してくれる声だと、
 ミッドナイト1は感じた。

 だが、それだけに胸が、また張り裂けそうに痛む。

M1「だって……だって……いたい……いたいです……!
   こんなに痛いなら! 生きてなんていたくない! 死んでしまいたい!」

空「ッ!? 死にたいなんて、言わないでっ!!」

 空は、泣き叫ぶミッドナイト1の言葉に息を飲むと、怒声を張り上げた。

 自らの死を望む言葉は、痛く、苦しく、
 そして、姉の死を、フェイを喪いかけた一瞬を思い起こさせ、胸を締め付ける。

 知り合ってからまだ日も浅い、一度はエールを奪われ、矛すら交えた少女。

 だが、彼女の辛く哀しい身の上を知り、茜と共に親身に彼女と関わる内に、
 空にも同情だけではない親愛の情が芽生えていた。

 彼女の様々な質問に答え、話しをするのが楽しかった。

 そんな友人とも呼べる少女が自ら死のうなど、見過ごせる筈が無い。

空「あなたが死んだら哀しいよっ!
  あなたが死んだら……そんな事、考えるだけで苦しいよ……!」

 空は泣きそうな顔で懇願するように叫ぶ。

 その声に宿る感情に、ミッドナイト1は少しだけ胸の痛みが治まるのを感じる。

 だが、茜に拒まれたと勘違いしたままの心は、再び痛み、疼き始めた。

M1「でも……でも、もう嫌ぁ……っ!」

 愛されて、拒まれて、愛されて……。

 そんな繰り返しで錯乱した少女は、乗機の左手を掲げ、今度こそ自らの命を絶とうとする。

 しかし、その左手も、エールのもう一方の腕で押さえつけられてしまう。

M1「放して……放して下さい!」

 ミッドナイト1はエールの腕を振り払おうとするが、出力の差で振り払う事が出来ない。

空「茜さんっ! 今です!」

 空は振り回されないように踏ん張りながら、足もとに向かって叫んだ。
410 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/06/13(土) 13:51:24.29 ID:fbiOu5Nro
 するとその直後、エールとアメノハバキリの間……
 二機のハッチの中間点に魔導装甲を纏った茜が姿を現した。

M1「あ、アカネ……!?」

 ミッドナイト1は愕然と叫び、身を震わせる。

 茜もまた、空と共にこの場に来ていたのだ。

 そして、跳び上がった茜はアメノハバキリのコックピットハッチに取り付く。

 ミッドナイト1は慌ててハッチを閉じようとするが、ハッチが閉じられるよりも先に、
 茜がコックピット内に転がり込む。

茜「やっと……追い付けた……!」

 茜は息を切らして声を吐き出す。

 息を切らせるほど走ったワケではないが、
 さすがに組み合った二機のギガンティックの間を跳び上がるのは肝を冷やした。

M1「来ない……で、下さい……」

 ミッドナイト1はワナワナと震えながら声を絞り出し、
 自らの肩を掻き抱くようにしてシートに身体を押し付け、少しでも茜から離れようとする。

 そのミッドナイト1の態度に、茜は哀しそうな顔を浮かべた。

茜「……空君に怒られたよ。
  ちゃんと説明しないから誤解される、って………。

  当然だな……感情任せに一方的に言えば、誤解させるに決まってる……」

 茜は泣きそうな顔で自嘲気味に言うと、
 コントロールパネルを乗り越え、ミッドナイト1に身体を密着させた。

 そして、震えるミッドナイト1を優しく抱き締める。

 また、痛みが増し、だが、それと同時に痛みが和らごうとする。

M1「……あ、アカネ……?」

 不思議な感覚に、ミッドナイト1は茫然自失気味に茜の名を呼んだ。

茜「私は……お前に、ずっと謝りたかったんだ……」

 そして、その呼び掛けに応えるように、茜はミッドナイト1の耳元で呟く。

 涙ぐんで震える声には、優しさと、慈しみと、そして、後悔の響きがあった。

茜「お前を利用しようとして……すまなかった……。

  でも、信じてくれ……私は、お前を助けたかった……!
  あんな……あんな酷い場所からお前を助けたかった……!

  でも、私はお前を助けられなかった……!」

 強く、強く抱き締めながら、茜は悔恨の声を漏らす。

 助けたいと願い、決意しながらも、それを行動に移す事が出来なかった。

 ユエの呪縛からミッドナイト1を解き放ったのは、彼女を倒し、ユエすらも討ち果たした空だ。

 だが、ミッドナイト1にとっては、
 存在意義を失って空っぽになった自分を救ってくれたのは、茜であった。

 そして、また、空っぽになりかけた心に、注がれる――

茜「わたしは……私は、お前と本当の友達に……なりたかった……!」

M1「ッ!?」

 ミッドナイト1は目を見開き、身体を震わせる。

 ――その、暖かな言葉が。
411 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/06/13(土) 13:51:58.25 ID:fbiOu5Nro
 抱き締めてくる茜の腕の力が増し、痛いほどだ。

 だが、不思議と胸の痛みが和らいで行く。

 そして、悟る。

 罪を告白した茜の苦しそうな表情の意味を……。

 茜も、痛かったのだ。

 ずっと、ずっと痛くて、苦しかった。

M1「う……ぅぅ……っ」

 茜に抱き締められながら、ミッドナイト1はさらなる涙を溢れさせる。

茜「死にたいなんて、言わないでくれ………!
  お前が死んだら……私は……私はぁ……!」

 それ以上は言葉にならず、茜の口からも押し殺した嗚咽が漏れた。

 抱き締める力の強さは……茜の心の痛みの顕れ。

 そして、その強さはミッドナイト1の砕けた心を……友人との行き違いでひび割れた心に、
 暖かい物を注ぎ、満たして行く。

M1「アカネ……アカネ……あかねぇ……うぅぅ、ぁぁぁぁぁ……っ!」

 ミッドナイト1は茜の肩に自分の頭を預け、泣きじゃくった。

 ひび割れた心に染み渡る暖かさが嬉しくて、茜が自分の思った通りの人だった事が嬉しくて、
 そんな茜を疑ってしまった自分が申し訳なくて……。

 ミッドナイト1も、震える手で茜を抱き締める。

 謝罪と、赦しと、感謝と、そんな全てが混じり合った思いで……。

 すると、不意に閉じられていたハッチが外部から開かれ、機体の手を通じて空が顔を覗かせる。

空「……良かった、二人とも……」

 空は泣きじゃくりながら抱き締め合う二人の様子から全てを察すると、
 胸を撫で下ろし、安堵と嬉しさで涙を滲ませた。

M1「ソラぁ………そらぁぁ……」

空「うん……ここにいるよ……」

 ミッドナイト1が泣きじゃくりながら空の名前を呼ぶと、空は涙で濡れた目で優しく微笑んだ。

 友達がいた。

 自分の事を本気で心配して、こうしてぶつかり合ってくれる友達が。

 本当の友達になるために、自らの罪に押し潰される苦しみと立ち向かってくれた友達が。

 自分が一人じゃない、そう思えた時、ミッドナイト1の胸の痛みは消えていた。

M1「ぁぁああぁぁぁぁ、うぅぁぁぁ……っ!」

 空に見守られ、茜に抱き締められながら、ミッドナイト1はいつまでも泣きじゃくり続けた。


 茜の罪悪感と、二人の行き違いから始まった大事件は、そうして終わりを告げた。

 迷惑をかけた医療部や整備班、機体を勝手に使って傷つけた紗樹への謝罪などの一幕もあったが、
 空や茜も当事者として謝罪に同行した事は、逆に三人の繋がりを強めたと言えるだろう。


 そうして、また、三日の日々が過ぎた――
412 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/06/13(土) 13:52:38.97 ID:fbiOu5Nro
―5―

 7月27日土曜、早朝。
 ギガンティック機関、ブリーフィングルーム――


 小さなテーブル付きの椅子に座る空達ギガンティック機関所属ドライバー七人に、
 ロイヤルガードから出向している茜達四人、そして、オペレーターチーフ達五人が左右に並び、
 中央に明日美とアーネストが並ぶ場に、一人の少女が緊張した足取りで入って来る。

 不安と期待と、大きな喜びの入り交じった微かな笑みを浮かべ、空達の前に立つ。

 そう、その少女とはミッドナイト1だ。

 ギガンティック機関ドライバーに支給される白い制服を身に纏い、
 小さな身体でしっかりと立ち、仲間達に一礼する。

明日美「自己紹介……は、全員済んでいるわね」

 明日美は視線で部下達を見渡すと、ここ数日の事を思い返して微笑ましそうな表情を浮かべた。

 ミッドナイト1がギガンティック機関への入隊を自ら申し出たのは、二日前の夜。

 彼女から今後の身の振り方について相談を受けた空と茜が、
 隠しきれずに話してしまった直後の事である。

 ミッドナイト1は二人の側にいられる事、
 そして、自らの力を活かせる仕事と言う事で、ドライバーの道を強く望んだ。

 無論、空と茜も危険な仕事である事、強い意志がなければ続けていけない仕事だと説得もした。

 だが、彼女は頑として譲らず、友達を……空と茜を支えるために戦う事を望んだのである。

 それ以来、すぐに会いに行けると言う理由で、
 ひっきりなしのお見舞いにかこつけた自己紹介が行われたのだ。

 そして、彼女の右手首には、空から譲り受けたクライノートのギア本体。

 クライノートもまた、仮の主ではなく、
 大切な仲間のために戦う意志を示した少女を、新たな主として認めたのだ。

クライノート<さあ、挨拶を……マスター>

M1<分かりました……クライノート>

 クライノートに思念通話で促され、ミッドナイト1は姿勢を正した。

M1「203ドライバー、美月・フィッツジェラルド・譲羽です」

 そして、深々と頭を垂れる。

 美月・フィッツジェラルド・譲羽――美月【みつき】。

 それが、彼女の新たな名前。

 記号と数字の組み合わせのような名前ではなく、大好きな夜空に浮かぶ“月”の一字を持った名前。

 そして、後見人である明日美から貰った、フィッツジェラルド・譲羽の名。

美月「どうぞ、よろしくお願いします」

 顔を上げたミッドナイト1……いや、美月は、やっと表せるようになった微笑みを浮かべて言った。

 かつて、ミッドナイト1と呼ばれた少女は、
 新たな愛機と名を授かり、大切な友達のために今、新たな道を歩み始めたのであった……。
413 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/06/13(土) 13:53:48.70 ID:fbiOu5Nro
 同じ頃。
 第四フロート外殻部、旧第四フロート第三空港施設――


 使う者もいない外界との緩衝地帯にしか過ぎない空港に、幾人もの人の声と作業音が響き続ける。

 かつては航空機の並べられていた格納庫に並ぶのは複数体の大型と、それらを上回る超弩級ギガンティック。

 そして、それらのギガンティックが並べられた最奥……研究者達が集う区画に、そのカプセルはあった。

 人間一人が余裕で入れるほど大きなカプセルの回りに並び、カプセルの様子を見守る研究者達。

男「八……七……六……五……四……三……二……一……ゼロ!」

 その中にいた一人の男がカウントダウンを終えると同時に、カプセルは空気を吐き出すような音と共に開かれた。

 カプセルの中から現れたのは、黒いボディスーツに身を包んだ、三十代半ばほどの男。

男「覚醒まで百三十五時間……予定通りです。主任」

 その男の元に、カウントダウンをしていたのとは別の研究者が歩み寄り、彼に白衣を手渡す。

 その研究者は、かつて、テロリスト達の拠点となっていた旧技研で、
 ユエに403と404の最終調整の進捗報告を行った男だった。

 そして、彼が主任と呼んだカプセルの中から現れた男は、どこか死んだ筈のユエ・ハクチャに似ている。

 ユエににた謎の男は白衣を羽織り、研究者達を見渡す。

??「出迎えご苦労、諸君……。さあ、各自、作業に戻りたまえ」

 謎の男がそう言って労い、促すと、研究者達はそれぞれの作業へと戻って行く。

 研究者達は口々にお互いを鼓舞し合い、その士気は非常に高いようだ。

 それもこれも、彼がカプセルから姿を現した事が関係しているようだった。

男「早速ですが、進捗状況を報告させていただきます。
  量産型は現状、二機が完成。405も各駆動部の最終点検に入っています」

??「ふむ……ここまでは予定通りか」

 進捗報告を聞きながら、謎の男は満足そうに何度も頷く。

男「403、404の戦闘データも解析は九割完了。
  現在は全体の八割の人員を投入し、主任から……いえ、AIユエ・ハクチャからの最終指示通り、
  大型トリプルエンジンをトリプル・バイ・トリプルエンジンに改造、換装する作業を続けています」

??「実用化は間に合いそうかね?」

男「現在は難航しています。そちらの進捗は予定の三割も進行していません」

 進捗報告を続けていた科学者は、謎の男の質問に申し訳なさそうに答えた。

??「では、そちらは私が受け持とう……」

 謎の男はそう言って“言い出したのは私だからな”と付け加えた。

 まるで、自分がユエであるかのような物言い。

 だが、ユエは空達との闘いで木っ端微塵に破裂し、スクレップと共に消えた筈だ。

 それは間違いない。

 では、ここにいる男は一体、何者なのか?

 そして、研究者が口にしたAIユエ・ハクチャとは?

??「……さあ、始めよう。
   コンペディション……その最終段階に向けた準備をね」

男「はい、月島主任!」

 大仰に言い放った男を、研究者は確かにそう呼んだ。

 月島、と。


第23話〜それは、人形のような『傷だらけの少女』〜・了
414 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/06/13(土) 13:57:59.01 ID:fbiOu5Nro
今回はここまでとなります。

ついでに安価を置いて行きます

第14話 >>2-39
第15話 >>45-80
第16話 >>86-121
第17話 >>129-161
第18話 >>167-201
第19話 >>208-241
第20話 >>247-280
第21話 >>288-320
第22話 >>325-359
第23話 >>379-413

特別編 >>366-374
415 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/06/17(水) 22:27:47.59 ID:uvfV4JGs0
乙ですたー!
いや、ミッドナイト1改め美月タソ、自分の居場所も、支えてくれる人も、支えたい人も得られて何よりです。
クライノートも新たなマスターゲット出来ましたしね。
友達の定義の所は、色々と考えさせられました。年を経て大人になってしまうと「友達は利用してはいけない」と言う事の大切さも忘れがちになるものです。
リアルで友達には助けられてばかり身としては、果たして自分は”利用”はしていないか?助けてもらった分を返せているのか?と思わされました。
それでも、奪われて壊されるばかりだった過去の関係より、今はずっと互いに互いの力になれる関係を築けているとは思いたいものです・・・薄い本作ったりとかww アイデア出し合ったりとかww
そしてユエぇぇえええ!?
こ、これはもしや、テ○ホークスのナインスタイン司令?いや、キャプテンスカーレットか、はたまた某長寿ヒーロー漫画の真のツンデレヒロインア○トムさんか!?
次回も楽しみにさせて頂きます。

追伸:ブラギガスはググっても幸せになれるとは限りませんよ!限りませんからね!!
416 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/06/18(木) 04:49:50.93 ID:AmMHGqCzo
お読み下さり、ありがとうございます。

>美月@支えてくれる人も、支えたい人も
茜や空との関係ありきでここまで積み上げてきましたからねぇ。
出来るだけ自然に着地できたと思いたい物ですがw

>クライノートも新たなマスターゲット
ずっと空の代車と言うワケにもいきませんしねw
実際、空の能力的にはエールの方が性能面で合致するので、本当にメンテ中の代車にしかなりませんので。

>友達の定義
正直な話、コレの考え過ぎと畑仕事が重なって丸二週間ほど筆が止まっておりました。
特に美月は精神面ではほぼゼロ歳相当の純真な子ですし、あまりドロドロしたのもアウトだろうし、
かと言って踏み込まないとあの騒ぎまでは持っていけないだろうし、と。
結果的に「やったらアウト」「やられたらアウト」のシンプルな所に収めたつもりです。

>友人関係
創作活動で協力しあえる友人ってのは得難い物ですよね。
趣味が同じか嗜好が同じか性癖が同じかの三択に集束する内容を話し合いますし。
浅く見えて存外、深い部分の話だと思います。

>ユエ
推理物では無いので結編を読み返すと回答が出ております。
あと……ツンデレに関しては謎の完全一致ですw

>次回
12話以上に長くなりそうなので多分、投下を二回に分けますorz
そうしないと三ヶ月とか空いてしまう可能性も………。
第二部、こんなにやり残した事が多かったのかとやり残しを箇条書きにして戦慄しております。
次回までにはちょいちょい名前だけが出ていたギガンティックの登場になるかと……。

>ブラギガス@ググるなよ!絶対ググるなよ!
よーし! ……………………わたしは なにも みなかった なにも ナニモミテナイワ
417 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/06/19(金) 21:00:45.62 ID:r2mVyDOqO
このスレに注目
P『アイドルと入れ替わる人生』part11【安価】
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1434553574/
418 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/07/16(木) 00:23:05.71 ID:P6UtN6b30
捕手
419 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/07/19(日) 20:25:24.24 ID:td6LGtrLo
保守ありがとうございます。
24話の前半部分を投下します。
420 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:26:03.34 ID:td6LGtrLo
第24話〜それは、受け継がれる『虹の意志』〜

―1―

 2048年1月9日。
 メインフロート第一層、第一街区――

 廃墟然としたビル街に、逃げ惑う人々の悲鳴と怒号が谺する。

 そんな中、一際大きな悲鳴が上がった。

???『っ……ぅぁぁぁぁぁぁっ!?』

 余りの激痛に、押し殺そうにも押し殺せない悲鳴を上げているのは208ドライバー、
 アルフレッド・サンダース。

 寮機を庇い、愛機であるカーネルの右腕と右脚を失った。

 それだけならば良かったが、右の腕と脚を失った愛機はダメージによるシステムダウンを起こし、
 外部操作による魔力リンク切断が不可能となってしまう。

 自らの意志でも、外部からの操作も受け付けないまま魔力リンクは続く。

 気絶する事が出来たら即座に魔力リンクは自動切断されていただろうが、
 余りにも酷い激痛が彼の意識が途切れる事を阻んでいたのだ。

明日華『アルフさん!? アルフさん……しっかりしてぇっ!?』

 仲間の身を呈した犠牲で、何とか巨鳥型イマジンを討ち破った202ドライバー、
 明日華・フィッツジェラルド・譲羽が悲鳴じみた声で呼び掛ける。

 だが、アルフも彼女の声に応える余裕などなく、呻き声と悲鳴を交互に上げ続けるだけだった。

 殆どパニックに陥った明日華は誰かに助けを求めようと辺りを見渡したが、状況はそれを許さない。

アーネスト『明日華君! 君はそのまま明日美さんの援護に向かうんだ!』

明日華『あ、アーネストさん……でも、でもぉ……!』

 オペレーターチーフのアーネスト・ベンパーに、半ば怒鳴るように促されるが、
 こんな状態のアルフを放り出すワケにもいかず、明日華は困惑の声を上げる。

 ドーム内への三体ものイマジンの同時侵入を許してしまった戦況は最悪と言っていい。
421 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:26:41.31 ID:td6LGtrLo
 僅かに離れた場所……皇居前の広場では、本條勇一郎の駆る210・クルセイダーと
 藤枝尋也の駆る206・突風が巨大なカメ型イマジンとの激戦を未だに続けていた。

 見かけ通りに足が遅く、防御力も高いカメ型イマジンを、
 何とかクルセイダーの有効射程距離にまで導こうと必死なのだが、
 軽量級の突風・竜巻の攻撃ではその作戦も上手くいかない。

 そして、皇居上空では、姉・明日美が今もたった一人で巨大な人型ギガンティックとの戦闘を続けている。

 この危機的状況で困惑などしていられる余裕など無いのだ。

 だが――

明日美『明日華! 勇一郎君と尋也君の援護に向かいなさい!』

 通信機越しに響く姉……明日美の声に、明日華はビクリと肩を震わせた。

明日華『で、でも……明日美お姉ちゃん……』

明日美『あのイマジンがあのまま真っ直ぐ行ったら何があるか、考えなさい!』

 困惑気味に反論しようとした妹を、明日美は鋭い声で叱りつける。

 カメ型イマジンは皇居正門前で構えなければならないクルセイダーと、
 誘導しようとする突風・竜巻を無視し、街を蹂躙しながら好き勝手な方角に歩みを進めていた。

 そして、今目指す先にあるのは住宅街と、小高い丘に建てられた……姉と自分の自宅に併設された孤児院だ。

明日華『……アリス……お姉ちゃん!?』

 明日華は愕然と漏らす。

 そうだ。
 あの場にはもう一人の姉とも言うべきアリスがいる。

 重量級のカメ型イマジンは、避難シェルターごと建造物を蹂躙していた。

 孤児院の地下にはこの周辺のシェルターよりも一際頑丈なシェルターが存在している。

 だがいくら一般用よりも頑丈なシェルターでも、
 このままカメ型イマジンの侵攻を許せば、被害は甚大な物となるだろう。

 そして、その被害の中には自分の大切な人々も含まれるのだ。

 その事に気付かされ、最悪の想像に明日華は思わず身を竦める。

明日美『動きなさいっ! 明日華っ!』

明日華『は……はいっ!』

 そして、姉に促され、明日華は何とか気を取り直して応えると、尋也と共にカメ型イマジンの誘導へと移った。
422 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:27:39.64 ID:td6LGtrLo
 一方、皇居上空での戦闘を続けていた明日美と彼女の駆る200・ヴェステージは、
 劣勢を強いられていた。

 両親の……母譲りの飛行魔法の才と父譲りの空間認識能力の高さを活かし、
 決して飛行を得意としないヴェステージであっても十全な空戦ポテンシャルを誇った明日美だが、
 敵の戦闘能力は彼女達のさらに上を行っていた。

 本来ならば白と紫の美しいコントラストが映える躯体に、藤色の輝きが宿る美しい機体のヴェステージだったが、
 今は全身に深浅を問わぬ細い傷が走っている。

 深い物はブラッドラインの表層を切り裂き、
 藤色のエーテルブラッドが血のように滲み、溢れ出している箇所もあった。

 対峙するのは人型をしたイマジン。

 長身痩躯の全身にのっぺりとしたボディスーツを思わせる赤黒い装甲を貼り付けた、
 どこか甲虫を思わせる特徴を併せ持ったイマジンだ。

 その腕は肘から先が鋭利なナイフのようになっており、
 空中を自在に飛翔してのすれ違い様の斬撃は恐ろしい切れ味を誇る。

 現に結界装甲すら突破するその攻撃は、既にヴェステージの戦力を半分以上もそぎ落としていた。

明日美「ヴェステージ……稼働状況は?」

ヴェステージ『腕部四一パーセント、脚部一八パーセント、左足に至っては滑落寸前なのである』

 息を上げながらも何とか問い掛けた明日美に、ヴェステージは尊大な口調ながらもどこか悔しげに返す。

 メガフロートでの籠城戦が始まってから十七年。

 百以上に及ぶ戦いで勝利を収め続けて来た無敗のオリジナルギガンティック、
 その中でも最優とされる明日美とヴェステージがここまで追い込まれたのは初めての事だ。

ユニコルノ『明日美、地上に降下して四対二の共同戦線を展開すべきです』

 明日美本来の愛器であるユニコルノも、主と相棒の身を案じてそんな提案をいつになく強い口調で言う。

 機動性はこちらを大きく上回り、腕の刃の切れ味は結界装甲すら切り裂く。

 普段通り、多対一の状況に持ち込めれば多少の苦戦で済んだろうが、
 三体のイマジンが同時にメガフロート内に侵入する異例の事態に加え、第一街区の被害も看過できないレベルだ。

明日美「このままコイツを下に下ろすワケにはいかないわ……」

 明日美は横目で眼下の状況を見遣ってそう言うと、歯を食いしばり、腕を動かす。

 全身を切り裂かれながらも最低限の魔力リンクを残しているため、思い通りに動きはするが、
 身体を動かすだけで激しい痛みが全身を駆け抜ける。

明日美「それに、下手に動いて皇居にでも降りられて被害が出たら、
    結界を失って人類はメガフロートにすらいられなくなるわよ……」

 明日美は痛みを堪えて、何とか言葉を吐き出す。

 メガフロートを守る最重要結界の施術と維持は、高い魔力と魔導資質を誇る皇族・王族に拠る物だ。

 無論、メガフロートの外殻を構成する超高密度のマギアリヒト装甲もイマジンを押し留めるのに一役買っているが、
 それらの同化・吸収を押さえ込んでいるのは外殻に施術された結界である。

 その結界を失えば、このNASEANメガフロートはイマジンによってあっという間に食い破られてしまう。

 仮に、上手く地上まで誘導できたとしても、地上はカメ型イマジンによる蹂躙の被害も止まず、
 甚大なダメージを負ったアルフとカーネルは今も動く事がままならない。

 そんな状況でこんな難物を下に連れて行けば被害は拡大する一方だ。

 今は敵を牽制して上空に引きつけ続けなければならない。
423 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:28:24.43 ID:td6LGtrLo
明日美「ッぅ、さあ……そろそろインターバルを切り上げて、また始めましょうか」

 明日美は気迫で痛みをねじ伏せると、そう言って苦悶混じりの不敵な笑みを浮かべた。

イマジン『Rrr?』

 外部スピーカーを通した声は人型イマジンにも通じたのか、珍妙な鳴き声と共に首を傾げて来る。

 こちらがイマジンの攻撃を待っていたのではない、あちらが明日美が動くのを待っていたのだ。

 目の前の紫色は自分が遊ぶに足る“オモチャ”か、それとも取るに足らない“ガラクタ”か……。

 明日美が激痛を堪えて動きを止めた時間を、単なる品定めの時間に費やしていたのである。

 そう、余裕綽々で。

 どうやらイマジンはコチラを“オモチャ”として認識してくれたらしく、楽しそうに腕をぶらぶらと振り始めた。

明日美「随分とナメてくれるわね……」

 格が違うとでも言いたげなイマジンの挑発を受けながらも、明日美は視線をイマジンの全身に走らせる。

 安い挑発に刺激されるようなちんけなプライドは、後悔を糧に二十二を手前にして全て捨てて来た。

 むしろ“そうやってナメてくれればコチラに勝機が巡って来る”と、冷静に相手を見られるまでになっていた。

 何処に活路があるか、何が活路となるか、それをしっかりと見極めなければならない。

 明日美はいつ相手の攻撃が来ても対処できるようにと身構えながら、活路を見出すその一瞬を待つ。

 そして、人型イマジンが踊るように両腕を振り始めてからきっかり十秒後、イマジンは動いた。

『Rrr……Rrrrrrッ!』

 前傾姿勢を取ったと思った瞬間、イマジンはヴェステージに向けて猛然と飛翔する。

 しかし、明日美は動じない。

明日美(モーションはやはり全て同じ……前傾姿勢から背面で魔力を爆発させるような高速移動!)

 明日美はそれまでに見て来たイマジンの動作を思い浮かべつつ、敵の動きを観察していた。

 攻撃は恐ろしく早いが動きは単調だ。

 それは既に見切っている。

 だからこそ、次は斬撃が命中する瞬間を見極めなければならない。

 明日美は最初の一撃で最も深く傷つけられ、滑落寸前となった左足を振り上げ、そこに攻撃を誘導した。

明日美「左足の全魔力リンクカット、急いで!」

 明日美は通信機に向け、オペレーターへの指示を叫んだ。

 直後、斬撃と左足が接触する瞬間、僅かに走った激痛と同時に魔力リンクが解除され、
 左足だけ痛みが消え去る。

明日美「ッ!?」

 一瞬の激痛に顔をしかめつつ、明日美は切り裂かれて行く左足に目を凝らした。

 こちらもある程度、推測の出来ていた事だが、間違いない。

明日美(刃は見かけだけで高密度集束された刃が纏っている……。
    斬撃系魔法に特化した魔導師のような戦術、と言うワケね)

 殆ど動かなくなっていた左足を犠牲に、今までの推測に確信を得た明日美は、
 左足の接続部をパージさせて大きく距離を取り直した。

 覚悟を決めて目を凝らせば、今まで見えなかった物が見えて来る物だ。
424 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:29:06.65 ID:td6LGtrLo
明日美「ヴェステージ、ユニコルノ! 解析は大丈夫!?」

ヴェステージ『うむ、しかと見届けたのである!』

ユニコルノ『こちらも解析完了です』

 問い掛けに応えた二人の声と共に、明日美の思考に解析結果が流れ込む。

 激痛で魔力が鈍るような事が無かったため、解析された情報は今までよりもずっと鮮明だ。

 そして、やはりと言うべきか、解析の結果も高密度集束された魔力の刃と言う回答を出していた。

オペレーター『解析結果、出ました!
       敵の武器は魔力を纏った鋭利な刃ではなく、
       刃周辺に発生している単分子並の薄さまで極限に集束された魔力刃です!』

 通信機を介して、戦術オペレーターからの詳しい解析結果も伝えられる。

明日美「極限まで集束された魔力刃……」

 その言葉を反芻しながら、明日美は思考を巡らせた。

 ナノ単位の微小機械であるマギアリヒトでも、さすがにそのサイズは単分子以下ではない。

 単分子並の薄さと言う事は、
 あの鋭い刃を構成しているマギアリヒトからさらに薄い刃が発生していると思っていいだろう。

 マギアリヒトそのものが刃を展開し、こちらのマギアリヒトや魔力の結合を断っている、と言った所だ。

 となると、スピード云々を抜きにしても防御は難しい。

 相手は魔力やマギアリヒトの構造体を切断する事に特化した、
 一種の呪具を両手に携えているような物なのだから……。

 だが――

明日美「どんな特殊な魔法も中身を知れば、いくらでも対処方法はあるわね……」

 明日美はその逆境の中にあって、不敵な笑みを浮かべた。

 そんな明日美から漂う雰囲気を感じてか、人型イマジンは右腕の刃を振り上げ、猛然と襲い掛かってくる。

 しかし、今度も明日美は動かない。

明日美「来たっ!」

 ただ、待っていましたとばかりに声を上げ、イマジンの振り下ろして来る右腕に注視した。

 大上段から脳天を叩き割る必殺の一撃だ。

 受け止める事も、防ぐ事も叶わないと分かったその一撃。

 頭部に受ければ先ず間違いなく一撃で終わってしまう。

 しかし、明日美は動じる事なくその一撃を見極め、両掌に魔力を集束して掲げた。

 そして、掲げた両掌の間をイマジンの刃が通り過ぎようとしたその瞬間、掌の間で魔力の爆発が巻き起こる。

 そう、明日美の魔力特性、特質型熱系変換特化の特性と魔力探知を活かした設置型の魔力爆弾だ。

 異質な魔力を検出した瞬間に両掌の間にある魔力が爆発するだけの単純な仕掛け。

明日美「今っ!」

 明日美はそう叫ぶと、爆煙の中でも魔力探知で捉え続けているイマジンの刃を両手で押し潰すようにして押さえ込んだ。

 もうお分かりだろう。

 真剣白刃取りである。

 受ける事も防ぐ事も出来ない筈の刃が、明日美の……ヴェステージの掌の間で完全にその動きを止めていた。

イマジン『RRッ!?』

 信じ難い光景にイマジンも驚愕の声を上げている。
425 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:29:53.29 ID:td6LGtrLo
 だが、それだけで明日美の反撃は終わらない。

明日美「爆ぜなさいっ!」

 明日美はさらに両手に魔力を集束し、集束魔力爆発の力を加えてイマジンの刃を叩き折った。

イマジン『RRRRRRrrrrrッ!?』

 刃にまで痛覚でも通っていたのか、イマジンは悲鳴を上げながら全身を振り乱し、
 折れた右腕を庇うようにヴェステージから大きく距離を取る。

 ありとあらゆる魔力とマギアリヒトの構造体を切り裂き、防御不可能と思われた刃。

 それがどうしてこうも単純に叩き折る事が出来たのか、その答えはイマジンの刃自身にあった。

 今までも明日美は防御のために結界や爆発を駆使してみたものの、それらは全て失敗に終わっていた。

 それはイマジンの刃に対して真っ向から挑んだためである。

 そこで解析結果を得た明日美は、確信を持って、刃に対して側面からの魔力を加えたのだ。

 要は“切り裂く”事だけに特化した単一作用の呪具だったため、
 正面からの攻撃や防御に対して無類の強さを発揮する反面、
 単一のマギアリヒトを縦に連ねただけの集束魔力刃は、側面から攻撃に対して非常に脆かったのである。

 だが、側面と言っても斜めからの攻撃はいなされてしまう可能性が高く、それほど効果的ではない。

 そこで明日美が考えたのが先ほどの設置型魔力爆弾だ。

 これならば正確に、かつある程度まで広範囲に側面からの攻撃が加える事が出来る。

 そうして集束魔力刃を相殺、無効化した後に真剣白刃取りで刃を受け止め、
 集束魔力刃が再生する前に叩き折ったのだ。

イマジン『Rrrr………rrrrrRRRRRッ!!』

 だが、人型イマジンが痛みを振り払うように嘶くと、瞬時に刃は再生してしまう。

明日美「さすがに……単純に起死回生の一手、とは行かないわね」

 その光景に目を見開きながら、明日美は悔しそうに漏らす。

 再生は一瞬、それも任意のタイミングで可能と見て間違いない。

 再生にどれだけの魔力を消費するか分からないが、自在に再生されるとなると恐ろしい物がある。

ヴェステージ『再度、後退しての合流と体勢の立て直しを進言するのである……』

ユニコルノ『明日美、さすがにこれは我々だけでは手に余ります』

 ヴェステージとユニコルノも、あまりの状況の悪さに再度の撤退を促す。

 だが、明日美は譲らない。

明日美「下の状況はまだ芳しくない……こんな状態でコレをあの子達の所に連れては行けないわ」

 明日美は下の戦況を見ながら呟く。

 戦線に明日華が加わった事で僅かずつだがカメ型の誘導が出来ているようだが、
 それでも未だに思うとおりに誘導できているワケではなかった。

 そんな状態で敵を増やせば、また元の木阿弥だ。

明日美「……相手のやり口が分かった以上、これからは時間稼ぎに専念よ」

 そう落ち着いた口調で言った明日美だが、
 その声音には時間稼ぎでは終わらせないと言う“熱”のような物が感じられた。

 可能ならば積極的に殲滅する。

 そう言った戦う意志のような“熱”だ。

 左足を失い、全身に浅くはない傷を負い、追い詰められ、激痛に苛まれながらも、
 明日美の戦う意志は挫けていない。
426 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:30:53.80 ID:td6LGtrLo
 そして、そこからは正に激闘であった。

 片手ではまた折られると悟った人型イマジンは両手での乱雑な攻撃に戦術を切り替え、
 明日美達に襲い掛かって来た。

 明日美はその攻撃に対して、ピンポイントでの魔力爆発によって集束魔力刃を無効化し、
 魔力刃を失ったイマジンの刃を魔力障壁で受け流し、隙あらば叩き折る。

 絶対不利の詰め将棋か針穴の糸通しをミス無く延々と続けているような感覚。

 与えられるインターバルは、敵の刃を叩き折った直後、
 イマジンが痛みを堪えてその刃を再生させるまでの僅かな時間。

 神経をすり減らし続ける戦局に於いて、それは十分な休息とは到底言えなかった。

 だが、明日美は耐え、千日手のような戦いを続ける。

 明日美も全ての攻撃を完全に無効化できているワケではない。

 極限まで集束された魔力刃を微かにでも無効化し損ねれば、
 想像以上の切れ味で防御した箇所を障壁ごと切り刻まれる。

 以前より深くはないが、それでも鋭く、激しい痛みを伴う。

 だが、明日美はその痛みを気力でねじ伏せ、戦いを続けた。

 そして、ついにその時が訪れる。

イマジン『RRRRRR――――ッ!?』

 もう何度目か、それとも十何度目かも分からないほどイマジンの刃を叩き折った時、
 いつものように痛みに悶えながら距離を取ったイマジンは、だがいつものように腕を即座に再生する事は無かった。

 痛みに悶えながらも叩き折られた腕を庇い、警戒するようにこちらを睨め付けて来るだけ……。

ヴェステージ『これは……遂に再生も弾切れであるか!?』

 長く続いた激戦に差した僅かな光明に、ヴェステージが歓喜の声を上る。

ユニコルノ『明日美、今です!』

 ユニコルノも冷静さをかなぐり捨てて叫ぶが、それよりも早く、明日美も動いていた。

 突き出した両手の間に無数の術式を展開する。

 拡散・集束・増殖の術式を編み込んだ多重術式の魔力弾を、動きを止めたイマジンに向けて放つ。

 亡き母の使う最強儀式魔法と、亡き父の魔力の特性を併せ持ち、亡き師によって高められた才能と、
 去って行った師の元で極限まで磨き上げた、明日美・フィッツジェラルド・譲羽最強の儀式魔法。

明日美「その片腕だけの刃で防ぎ切れるものなら防いでみなさいっ!」

 イマジンの激突した多重術式の魔力弾は、明日美の声と共に散らばり、
 術式の作り出した結界がイマジンの全身を覆い尽くす。

明日美「爆ぜなさいっ!」

 そこに起爆のための魔力爆発を叩き込むと、一斉に術式が反応を始めた。

明日美「インフィニート・エスプロジオーネッ!!」

 伊語で“無限大の爆発”を示すその名の通り、
 イマジンの全身を覆い尽くした術式から無数の指向性魔力爆発が、内部のイマジン目掛けて襲う。

 指向性爆発も一撃では終わらない、全ての術式が何十、何百と爆発を繰り返す。

 結のユニヴェール・リュミエールが魔力による魔力的対象完全相殺を目的とした魔法ならば、
 明日美のインフィニート・エスプロジオーネは魔力と爆発による魔力・物理を問わぬ対象完全消滅を目的とした破壊魔法だ。

明日美「ッ……ぐぅ……ぁ」

 無数の爆発に包まれ、術式結界の中で跳ね続けるイマジンの姿を見ながら、明日美は痛みの吐息を漏らす。

 内部の対象物が完全消滅を迎えるか、注ぎ込んだ魔力が切れるまで爆発は終わらない。

 如何に魔力を切り裂く事に特化したイマジンであっても、
 全周囲の至る方向から襲い掛かる指向性爆発を片腕だけで切り裂き続ける事は出来ない筈だ。

 もう、既に勝ちは揺るがない。
427 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:31:40.76 ID:td6LGtrLo
オペレーターB『ブラッド損耗率98.4パーセント、残魔力量1.3パーセント……
        セーフティ発動限界ギリギリです』

オペレーターC『安全地帯に降下次第、魔力リンクを切断します。
        譲羽隊長、そのまま回収可能地点まで降下して下さい』

 オペレーター達も微かな安堵混じりの声音で明日美に指示を出す。

明日美「……了解、このまま戦闘区域外に降下します」

 痛みを堪えながら答えた明日美は、再び地上に視線を向けた。

 どうやら地上でも決着は着いたようで、
 あの巨大なカメ型イマジンが崩れ去ってゆく光景が見える。

 まだ爆発を続ける最大の儀式魔法を警戒しつつも勝利を確信し、
 痛みの中で安堵の溜息を洩らそうとした明日美は、
 だがすぐに全身が総毛立つような殺意を感じて、身構えた。

 油断していたワケではない、慢心していたワケでもない。

 ただ――

イマジン『RRRRRRRRRrrrrrrrrrrrッ!!!』

 無数の指向性爆発を全方向から浴びせかけられながら、
 降下を始めたヴェステージに向けて、人型イマジンが襲い掛かって来た。

 ――イマジンの生命力が、それら全てを上回ったのだ。

 無数の爆発に包まれ、原型も留めぬほどボロボロになりながらも、
 その痛みを与えて来た明日美に……ヴェステージに復讐すべく、残った片腕を伸ばす。

明日美「ッ!?」

 愕然としながらも、明日美は防御の態勢を取った。

 先ほどまでと同じように設置型の魔力爆弾でイマジンの刃を覆う集束魔力刃を消し飛ばし、
 イマジンの刃を叩き折る。

明日美(よしっ!)

 敵の最後の攻撃を防いだ明日美は、会心の笑みを浮かべて心中で独りごちた。

 だが、それこそが真の油断と慢心であった。

 いや、それを果たして油断や慢心などと呼んで良かったのか、今となっても分からない。

 それでも、明日美がイマジンの最後の一撃を見誤ったのは確かだった。

 ザクリ、などと言う音などもなく、
 刃はヴェステージの胸と腹の間……コントロールスフィアがある位置を貫いていた。

明日美「ッ………………ゥァァァァァァァァッ!?」

 明日美が声ならぬ悲鳴を上げたのは、自らの腰を半分ほど切断している刃の存在に気付いた直後、
 切り裂かれてからたっぷりと二秒以上の時が過ぎてからの事だった。

 そう、切れ味抜群のイマジンの刃が……集束魔力刃を伴った刃がヴェステージと明日美の身体を貫いたのだ。

 だが、残る一本の刃は先ほど、明日美自身の手によって叩き折られた筈である。

 では、この身体を切り裂き、愛機を貫いている刃の正体は?

 それは、必殺の一撃の直前に叩き折った筈の刃だった。

 イマジンはあの連続魔力爆発の中、叩き折っていた筈のもう一方の刃を再生させていたのだ。

 錯乱の末の行動か、明日美達への復讐に専心した執念故の行動かは分からない。

 だが、既に存在していなかった筈の刃にヴェステージは貫かれ、明日美の身体が切り裂かれたのは事実である。

 その刃もすぐに霧のようなマギアリヒトの粒子に変わって消え去ってしまう。

 ヴェステージのエーテルブラッドも損耗限界を超え、機体内に残る全ての魔力を使い果たし、
 自身も魔力ノックダウン状態に陥った明日美は愛機諸共に、瓦礫だらけの街へと墜ちて行く。

イマジン『……R……R、rr……』

 その様を見届けながら、イマジンは最後の爆発と共に霧散して行った。

 直後、大音響と共に瓦礫の中に落ちた明日美は、遠のいて行く意識の中で自分の名を叫び続ける愛器と、
 必死に呼び掛けて来る妹の声を聞きながら、気を失った。

 そして――
428 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:32:20.34 ID:td6LGtrLo
 ――現在、明日美は見開くように目を覚ます。

明日美「ぅ、ぅ……」

 低い呻き声を漏らし、横たえていた身体を起こした明日美は、辺りを見渡す。

 ここは自宅……自身の経営するひだまりの家に併設されたログハウスにある寝室だ。

 どうやら、昔の夢を見ていたらしい。

 今は2075年の八月。

 実に二十七年以上も昔、実際に体験した出来事だ。

明日美「………久しぶりに、嫌な夢を見たわね……」

 明日美は自嘲気味に独りごちて、深いため息を漏らした。

 時刻は夜中の三時。

 出勤まではまだ三時間以上もある。

 比較的大きな仕事を片付け、執務に余裕が出た事で久しぶりに帰って
 自宅のベッドで眠れると思った矢先にコレでは堪った物ではない。

 よく見れば全身汗まみれだ。

明日美「本当に……嫌な夢……」

 明日美は先ほどまで見ていた夢を……その時の体験を思い出して、吐き捨てるように呟いた。

 アルフが右腕と右脚の自由を失ったあの日の激戦で、自分も愛機と子宮を失った。

 苦し紛れ――かどうかは分からないが、明日美はそう思っている
 ――にイマジンが再生させた刃は、コントロールスフィアを貫いて
 ヴェステージのハートビートエンジンを破壊し、明日美は片側の卵巣と子宮を大きく損傷した。

 アルフが元の身体を残してサイバネティクス手術を受けたように、
 自分にも人工子宮と置き換える手術を薦められたが辞退し、逆に残るもう一方の卵巣の摘出手術を受けた。

 少々、短絡的に思えたかもしれない判断だったが、三十を過ぎ、
 かつての月島勇悟以外で愛おしいと思える男性と出逢える事が無く、
 その機会ももう無いだろうと判断しての事である。

 その判断は結果として当たってしまい、結局、伴侶と呼べるような人間と出逢う事もなく今に至っていた。
429 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:33:05.29 ID:td6LGtrLo
 ともあれ、あの後、愛機を失った明日美は、戦線に復帰できるまで回復した後、
 当時の司令の要望と自らの意志もあって前線部隊の教官職に就く事となった。

 まだ若い妹や仲間達が、自分とアルフを失って三人だけになってしまった事への不安や、
 新たに配属される可能性もあったドライバー達に自分と同じ過ちを繰り返させたくない、そんな思いもあってだ。

 そして、その司令が数年して定年を迎えた後、優秀だが繰り上がりで副司令となるには
 まだ若いと判断されたアーネストに代わって副司令となり、十七年前に司令となって今に至る。

明日美「……色々と、あったわね……」

 明日美はかつてを思い返し、溜息がちに感慨深く呟く。

 最初の教え子であり、
 二代目のチェーロのドライバーであったアルバート・コネリーを失った十三年前の戦い。

 先代のエールのドライバーであり、
 アルフの元を卒業した後も自分の元で鍛え続けた朝霧海晴を失った一年前の戦い。

 妹や妹の幼馴染み達の訓練の相手もしてきたが、本当に教え子と言える者は三人だけ、
 その内で今も息災なのはマリアの先代であるプレリーのドライバーで、
 このひだまりの家から巣立って行ったリーザ・サンドマン……
 現タクティカルオペレーターの一人、アリシア・サンドマンの母だけだ。

 恩師、母、父、愛した男、可愛い教え子達。

 大切な人を喪ってばかりの苦しい人生だった。

 だが――

明日美「………」

 明日美はふと、ベッドサイドに置かれた大きな写真立てに目を向ける。

 古い写真は全てフォトデータに直し、妹の明日華に譲った明日美だったが、
 そこにはたった二枚だけ、古めかしくやや色褪せた写真があった。

 幼い自分とまだ若い両親の写った家族写真、生まれたばかりの妹を加えた家族写真の二枚。

 ――それでも、揺るがぬ決意を支えてくれる大切な思い出は胸の内にある。

 写真を眺めながら、不意に笑みを浮かべた明日美はベッドから起き上がる。

明日美(少し早いけれど……もう眠れそうにないわね……)

 汗まみれの身体と濡れたシーツではあと数時間を眠るのは難しい。

 シャワーで汗を流し、パジャマとシーツも洗濯しよう。

 明日美はそう決めると、少し早い出勤に向けて準備を始めた。
430 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:33:57.57 ID:td6LGtrLo
―2―

 ミッドナイト1が美月・F・譲羽に名を改めてから僅かに時は過ぎ、8月5日、月曜日。
 皇居正門前――


 二十七年も前に人類の命運をかけた大激戦の地となったその場所に今、
 巨大な正門を背に仁王立ちするクルセイダーと、その左右に並ぶ突風・竜巻、
 チェーロ・アルコバレーノ、そして、カーネル・デストラクター。

 そこから五キロほど離れた位置、広い交差点に立ち並ぶのは
 エール、クレースト、クライノート、ヴィクセン、アルバトロスの五機。

 全十機のオリジナルギガンティックが、その戦力を半々に分けて相まみえる光景は圧巻の一言だ。

 お互いの間に走る緊張感が伝わり、肌が引き攣るように感じる。

 それは、ギガンティックを駆るドライバー達も同じで、ある者は微かな不安を目に宿し、
 ある者は冷静に視線を走らせ、ある者はいつの間にか額に浮かんでいた汗を手の甲で手早く拭う。

 触れれば切れそうな緊張感が最高潮に達しようとした瞬間、エール……空が動く。

空「各機散会! 茜さんは左翼から風華さん、フェイさんは上空から瑠璃華ちゃん、
  美月ちゃん右翼からクァンさんとマリアさんにそれぞれマッチアップ!
  レミィちゃんは私と一緒に臣一郎さんを正面突破で!」

 空は仲間達に指示を飛ばすと、その場で即座にプティエトワールとグランリュヌを切り離し、
 レミィのアルバトロスMk−Uと愛機を合体させた。

レミィ「空、最初から全速力で行くぞ!」

空「お願いっ!」

 レミィの声に応え、空はクアドラプルブースターを噴かし、クルセイダーに向けて一気に肉迫する。

風華『させないわよ、空ちゃん、レミィちゃん!』

 だが、そこに風華と突風・竜巻が割り込む。

空(風華さん……やっぱりこっちの突進にタイミングを合わせて来た!?)

 お互いに加速力に優れる機体とは言え、後出しでタイミングを合わせられる所は、流石の一言に尽きる。

 だが――

茜『それはこっちの台詞だ!』

 二機の隙間を縫うように、茜とクレーストが飛び込んで来た。

 衝突を考慮してギガンティック一機分の隙間は確かにあったが、
 そこに迷うことなく飛び込んだ茜の胆力も流石と言えよう。

 クレーストの振りかざした槍の切っ先と、突風・竜巻の蹴り上げたブレードエッジがぶつかり合い、
 耳障りな金属音がけたたましく鳴り響く。

 そこで二機の動きは止まり、空達はその傍らを駆け抜ける。

瑠璃華『馬鹿正直な正面突破を許すワケないぞ!』

 しかし、いつの間にか左手側に展開していたチェーロ・アルコバレーノが、
 瑠璃華の声と共に拡散魔力弾を放ってきた。

 拡散範囲こそ狭いが、完全にエールの進行方向に的を絞った攻撃は、動きを止めなければ回避不可能だ。

 だが、空は構わず魔力弾のまっただ中に向けて突っ込む。

 半数以上が直撃する。

 そう思われた瞬間、エールの周囲を山吹色の輝きが覆った。

瑠璃華『フローティングフェザー!? フェイか!?』

フェイ『申し訳ありません、天童隊員。
    支援砲撃は全て封じさせていただきます』

 愕然として上空を見上げた瑠璃華の視界に、悠然と滞空するアルバトロスMk−Uの姿。

 そう、フェイが上空から支援してくれる事を見越して、空は敢えてスピードを緩めなかったのだ。

 さらに、フェイは愛機の腕を魔導カノンへと変形させ、
 地上のチェーロ・アルコバレーノに向けて無数の砲弾を放つ。

 瑠璃華も対空戦を始めざるを得ず、支援砲撃を任せられていたらしい瑠璃華と
 チェーロ・アルコバレーノはそこに釘付けにされてしまう。
431 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:34:39.90 ID:td6LGtrLo
 風華、瑠璃華の立て続けの邀撃を仲間の援護で退けた空達は、臣一郎に続く最後の関門、
 正門前広場の入口に立つカーネル・デストラクター……クァンとマリアの二人と対峙する。

クァン『スピードならそっちに分があるだろうが……!』

マリア『真っ向勝負の力比べなら、アタシらの方が上だよ!』

 待ちかまえるカーネル・デストラクターから、クァンとマリアの声が響く。

 マリアの言う通り、同じダブルエンジンの出力を速力と武装に回したハイパーソニックでは、
 その殆どを関節部の出力向上に割いたカーネル・デストラクターが相手となれば、力比べでは分が悪い。

 だが、それは空も想定済みだ。

空「美月ちゃん、お願いっ!」

 空は僅かにクアドラプルブースターの出力を下げて貰い、一瞬だけ減速する。

 すると、その頭上を跳び越え、背後からフル装備のクライノートが姿を現した。

 最大戦速のヴァッフェントレーガーに運ばれつつ、エールHSの背後に付いていたのだ。

美月『02、イグニション……!』

 美月はエールの頭上を跳び越えるなり、両腕に装着したロートシェーネスを起動し、
 巨腕後部のスラスターを噴かしてカーネル・デストラクターに飛び掛かる。

 巨大な拳同士がぶつかり合い、魔力の衝撃波が広場の立木を大きく震わせた。

 数々の武装のお陰でオールラウンダーに見えるクライノートだが、
 本体はそれらの武装に振り回されぬよう、高い安定性と強度を誇る。

 カーネル・デストラクターのマッチアップの相手として、これ以上の適役はいないだろう。

美月『ソラ、レミィ……行って下さい』

 美月は静かに言い放つと、腰部のドゥンケルブラウナハトから魔力砲弾を放つ。

 しかし、そこはオリジナルギガンティックでも最高硬度を誇るカーネル・デストラクターだ。

 ゼロ距離射撃とは言え、たじろがせるので精一杯だった。

 だが、それで十分である。

空「ありがとう、美月ちゃん!」

 空は美月に礼を言いながら、組み合う二機の傍らをすり抜け、
 遂に本丸とも言えるクルセイダーの正面に躍り出た。

 一方、クルセイダーは既に迎撃準備を整えており、
 青藍のエーテルブラッドがその手足を覆い、眩い輝きを放っている。

 いつでもエクステンド・ブラッド・グラップル・システム――
 E.B.G.S――を発動させる事が出来るだろう。

 ブラッドを機体外に放出、硬化、属性変換する事で生み出される、
 結界装甲そのものとも言える伸長する手足。

 クルセイダーは格闘戦専用で俊敏とは言い切れない大型機だが、
 その一点でただの格闘戦用ギガンティックと言い切れない性能を発揮する。

レミィ「ッ、時間をかけ過ぎたか!?」

 レミィもソレを警戒し、クアドラプルブースターを旋回させて強制減速させ、
 再度、距離を取ろうとした。

 だが――

空「レミィちゃん! このまま全速力! 皇居正門を落とせば私達の勝ちだよ!」

レミィ「そう言う戦略的な物言いは目をキラキラ輝かせて言う物じゃないだろっ!?」

 空の言葉で急制動を踏み留まったレミィだが、それを言った空の顔を覗き込んで思わず声を荒げる。

 空は臣一郎との真っ向勝負を楽しんでいるようだ。

レミィ「どうなっても知らないからな!」

 レミィは自棄気味に叫ぶと、落ちかけていたブースターの出力を最大にまで引き上げた。
432 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:35:31.45 ID:td6LGtrLo
臣一郎『勝負だ……朝霧君!』

空「はいっ! 本條隊長!」

 低い声で言い放つ臣一郎に応え、空は姿勢を低くして走り出す。

 対して、臣一郎……クルセイダーも腰を落として重心を低くし、両腕を大きく腰だめに引き絞る。

臣一郎『本條流格闘術奥義……! 轟ノ型参・改! 流水……!』

 込められて行く魔力に呼応して、腕を覆うエーテルブラッドの装甲が水へと変化し、激しく波立つ。

臣一郎『轟砕双打掌ッ!!』

 そして、突き出された一対の掌底打ちから激流が放たれ、真っ向から迫るエール・HSに襲い掛かった。

 掌底・掌打・手刀による目標の粉砕を目的とした轟ノ型。

 その奥義が第三、轟砕双打掌【ごうさいそうだしょう】。

 引き絞った腕から放たれる掌底打ちと言うシンプルだが、
 破壊力抜群の一撃に加えて、流水変換による激流の如き破壊力。

 生身のソレですら身の丈を上回る巨岩すら粉砕する一撃だ。

 イマジンやギガンティックは勿論、直撃すればオリジナルギガンティックですらひとたまりもない。

 だが、当たれば必殺のその一撃を、空は身体を大きく左側に傾けて避けた。

 突出した肩の装甲とアスファルトが接触し、火花と共にアスファルトが砕け散る。

 クアドラプルブースターの推進力と加速性能に任せた強引な回避だ。

 エール・HSの斜め上を、目標を見失った二筋の激流が駆け抜けて行く。

臣一郎『その程度で!』

 しかし、臣一郎もただでは引き下がらず、
 激流を放ちながら右腕は横薙ぎに、左腕は下に振り下ろして空達の逃げ道を制限する。

 空達から見れば足もとを左腕から放たれた激流が塞ぎ、右腕が頭上を塞いだため、逃げ道は一つ、
 このままさらに左側に跳ぶしかない。

 だが、いくら皇居前の広場に出たとは言え、左に大きく跳べば高層ビルの建ち並ぶ官庁街に飛び込んでしまう。

 頭から突っ込めば突進の勢いを殺されるどころか、さらに逃げ道を塞がれる事になるのだ。

空「……レミィちゃん! このままっ!」

レミィ「言うと思ったよ!」

 空は瞬時に判断し、抗議めいた声を上げるレミィの声と共に真っ直ぐに突っ込む。

臣一郎『ふんっ!』

 直後、臣一郎は一旦軽く振り上げた右腕を斜め下に向けて振り下ろし、
 殆ど倒れる寸前の体勢で駆けるエール・HSの脳天に向けて激流を叩き込まんとする。

空「ここ……だぁっ!」

 だが、空はクルセイダーの右腕が振り下ろされ始めた瞬間、最も速度の低い一瞬を見極め、
 左腕の裏拳でアスファルトを叩いて上体を無理矢理起こすと、クアドラプルブースターを噴かしてさらに肉迫する。

 しかし、その無理矢理な回避運動では臣一郎の追撃を回避するのは難しく、
 四基あるブースターの内、右上の一基が激流の直撃を受けて砕けた。

空「ッ!? れ、レミィちゃん!」

 魔力でリンクしている右肩胛骨に走った激痛を気合で押さえ込み、空はレミィの名を叫ぶ。

レミィ「レフト1、パージッ! ヴィクセンッ!」

ヴィクセン『オートバランス補正開始! まだ行けるわ!』

 レミィは即座に左上側のブースターを切り離し、ヴィクセンに姿勢制御を預けた。

 ヴィクセンは残った下側二基のブースターを最大まで広げてバランスを立て直させる。

 一瞬、大きく姿勢を崩された空とエール・HSだが、判断と立て直しが早かった事で大きな時間的ロスは無かった。

 ブースター破壊から体勢を立て直し切るまで四秒足らず。

 だが、その四秒足らずで臣一郎とクルセイダーもまた、完全に体勢を立て直し切っていた。
433 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:36:27.35 ID:td6LGtrLo
臣一郎『本條流格闘術、奥義! 轟ノ型壱・改! 炎熱……轟烈掌ッ!!』

 さらに、袈裟懸けに薙ぐような炎の手刀が振り下ろされる。

 だが、空は怯まずに突進を続けた。

空「うわあぁぁぁっ!」

 裂帛の気合を一声、クルセイダーの腰に向けて体当たりを見舞う。

臣一郎『ぬぅぁっ!?』

 推力が半分になったと言っても、それでも重量級のエールの体当たりに、
 さしものクルセイダーも僅かにぐらつく。

 だが、臣一郎も振り下ろす手刀の勢いを緩めてはいなかった。

 超高温の炎の剣と化した手刀が、エール・HSの背面を捉えんとした、その瞬間――

レミィ「空、後は任せた!」

 レミィはそう叫ぶと、自身の愛機とエールのOSS接続を解除する。

空「れ、レミィちゃん!?」

 振り返って目を見開き、愕然と叫ぶ空の目の前でレミィの姿がスフィア内から消え、
 突如として背面に巨大な物体――ヴィクセンMk−U本体――が出現した。

 接続が解除された事で異物として認識されたためだ。

 直後、ヴィクセンMk−Uは真っ二つに切り裂かれ、エールの背後で大爆発が起きる。

エール『204ロスト! 背面部ダメージ軽微……空!』

空「ッ……うぅぅあぁぁぁぁぁっ!!」

 エールの報告を聞きながら、背中を焼かれる痛みを気合でねじ伏せた空は、
 まだ腕に残る……レミィの遺してくれたツインスラッシュセイバーに魔力を集中した。

 鋭い魔力の刃が伸び、体当たりの体勢から掴んだままのクルセイダーの腰に刃を突き立てる。

臣一郎『ッぐぅぅぁ……!?』

 深々と腰に突き立てられた刃の感触と激痛に、臣一郎も苦しそうに呻く。

 だが、まだ終わってはいない。

空「エール、結界装甲出力最大!
  プティエトワール、グランリュヌ、フォーメーション・デュオ! モデル・クロワッ!」

 空は残る全魔力と出力を結界装甲に集中し、
 合体直後から切り離したままのプティエトワールとグランリュヌに指示を出す。

 すると、二機の上空に全十六基の浮遊砲台が十字を描くようにして陣形を組み、
 その全ての砲門を直下のギガンティック達に向けた。

臣一郎『お、おぉっ!?』

 上空を見上げながら、臣一郎は驚愕と感嘆の入り交じった声を上げる。

 エールのツインスラッシュセイバーは、腰を切断するほど深くは突き刺さってはいないが、
 すぐに振り払えるほど生易しくはない。

 さらに、エールの身体は一回り大きいクルセイダーの下に回っている。

 加えて最大まで出力を高めた結界装甲。

 十六基の浮遊砲台からの一斉射の大ダメージも、ほぼ七割から八割をクルセイダーが受ける事になり、
 ダメージも最小限に抑えられる。

 射角を調整する余裕があれば、エールが受けるダメージは、ひょっとすれば一割を切るかもしれない。

 これは回避不可能な上、防御にも最大級の出力を割かなければならないだろう。

 その上――

空「アルク・アン・シエル……フル・ファイアッ!!」

 ――通常防御を無効化する虹の輝き!
434 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:37:21.47 ID:td6LGtrLo
臣一郎『ッ! デザイアッ! ブラッド・プリズンだ、急げっ!』

デザイア『イエス、ボスッ!』

 慌てて叫ぶ臣一郎に、クルセイダー……デザイアもどこか焦ったように応えた。

 直後、二機のオリジナルギガンティックを虹の輝きが包んだ。

空「ッ!? ………あ、あれ?」

 直後に来るであろう衝撃を想定し、身構えたいた空だったが、
 拍子抜けする程に少ない衝撃に思わず素っ頓狂な声を上げる。

 そう、自らにも僅かとは言え降り注ぐ筈だった虹の輝きは、空とエールにまで届いてはいなかった。

 いや、エールだけではない。

 クルセイダーにすら、虹の輝きは届いていなかった。

 虹の輝きを阻んでいたのは、青藍に輝く分厚い結晶の檻。

 機体外に排出されたエーテルブラッドで作り上げた、巨大な防壁である。

 虹の輝きはその分厚い結晶の中を屈折、乱反射して足もとにまで逃がされていたのだ。

空「そ、そんな……!?」

臣一郎『君のように撃てはしないが祖母の使っていた魔法だ……対策くらいは幾つか考えていたよ!』

 愕然とする空に、臣一郎は力強く言い切った。

 数秒後、虹の輝きがその勢いを失うと、役目を終えた結晶の檻――ブラッド・プリズン――は砕け散り、
 相手の腰を掴んだまま茫然と立ち尽くすエールと悠然と立つクルセイダーが残る。

空(ま、魔力の回復が遅い……!?)

 直後、空は急激な脱力感に襲われた。

 無限の魔力を持つ空は、一度の魔法や防御に全魔力を注ぎ込んでも、
 僅かな時間があれば最大まで回復してしまえる。

 だが、他者の魔力の影響下にいる場合はその回復も遅れてしまう。

 ブラッド・プリズン本体は砕けたとは言え、臣一郎の魔力の余波はまだ周囲に残っている。

 自身のエーテルブラッドの劣化こそ最小限に抑える事が出来たが、
 肝心の魔力がなければ結界装甲はその強度を著しく減じてしまう。

臣一郎『今度こそ終わりだ、朝霧君!』

 そして、臣一郎はその言葉と共に、燃える刃と化した手刀をエールの背面へと突き立てる。

 空は息を飲む間もなく手刀によって胴体を貫かれ、深々と突き立てられた手刀は、遂にエールの胸まで貫いた。

 背面からエンジンと、そして、コントロールスフィアを貫通する一撃だ。

 主と動力を失ったギガンティックは、その腕から伸びた魔力の刃も消え去り、膝から崩れ落ちた。

 そして――
435 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:37:59.23 ID:td6LGtrLo
 ――朝霧空は目を覚ます。

空「ッ!? ハァハァ……!?」

 飛び跳ねるようにして起き上がった空は、肩で息をする。

 呼吸は乱れ、バケツで水を被ったかのように全身が汗でびっしょりだ。

レミィ「お疲れ……空」

 そして、その傍らには、先ほど乗機諸共に爆発四散した筈のレミィ。

 肩を竦めたレミィは悔しさの滲む苦笑いを浮かべ、慰めるように空の肩を叩いた。

 そこでようやく正気に返った空は、深呼吸を繰り返して呼吸を徐々に整えてゆく。

空「……ごめんなさい、レミィちゃん……また負けちゃった」

 ようやく呼吸が整ってきた空は、悔しさ半分申し訳なさ半分と言った風に気落ち気味に呟いた。

 そして、ベッドからゆっくりと立ち上がり、辺りを見渡す。

 仲間達もベッドから起き上がり、身体を解す者もいれば、先ほどの戦闘を振り返って反省している者もいる。

 そう、ここはシミュレータールーム。

 もうお気付きだろう。

 先ほどの戦闘はシミュレーターを利用した模擬戦である。

 そうでなければオリジナルギガンティック同士……仲間同士での全力での戦闘、
 ましてや皇居護衛が本分であり、その仕事を誇りに思っている茜が皇居を防衛している側に攻撃を仕掛ける筈がない。

 とは言え――

茜「模擬戦でも皇居に向かって攻撃を仕掛けるのは、あまり精神衛生上良くないな」

 ――気持ちはやはり複雑なようで、茜はどこか納得がいかないと言った様子で肩を竦めて嘆息を漏らしている。

???「はーい、みんなー、ちゅーもーくっ!」

 空達がそんな話をしていると、不意に離れた位置から声が上がった。

 全員がそちら……コントロールパネル側に視線を向けると、そこにはほのかとサクラ、クララの三人に加え、明日美が座っている。

 声を上げたのはほのかのようで、彼女は掲げた手を軽く振って注目するように促していた。

ほのか「じゃあ、先ずはさっきの防衛戦を想定した紅白戦の戦闘結果の報告からね。

    攻撃側の白組、隊長機、および随伴一機が撃墜。二機小破、一機無傷。
    防衛側の紅組、隊長機、随伴二機が中破、二機小破。
    防衛拠点の皇居正門は無傷、よって紅組の勝利」

 ほのかが模擬戦の結果を告げると、彼女達の背後の大型モニターにその戦績が映し出されてゆく。

空「あ、アハハハ……」

 紅白戦で白組の隊長を務めていた空は、殆ど惨敗を言って良いほどの評価に乾いた笑いを漏らす。

レミィ「やっぱり撃墜は私達だけか……ハァ」

 レミィも情けないやら悔しいやらと言った風に肩を竦め、盛大な溜息を交えて呟く。

 201と204の横についた“LOST”の文字の点滅が目に痛い。
436 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:38:40.70 ID:td6LGtrLo
サクラ「それでも、白組は唯一無傷で役目を果たし続けたフェイとアルバトロスは凄いですね」

クララ「うん、あと美月ちゃんとクライノートもね。
    クァン君達とカーネルを短時間で中破まで追い込んでるもの」

 サクラとクララは映像で戦況を再確認しながら、そう言って顔を見合わせた。

 フェイとアルバトロスは終始優勢で瑠璃華とチェーロ・アルコバレーノを足止めし続け、
 美月とクライノートもクァンとマリア、それにカーネル・デストラクターを休むことのない連続攻撃で押し留めたのだ。

フェイ「私の場合、機体特性もありましたが、
    マッチアップしていた天童隊員の頭上と言う有利な位置を取れた事が大きな要因でした」

瑠璃華「正直、一対一での対空戦は私とチェーロ・アルコバレーノの課題だな……。
    改良案もさっさと考えないと」

 淡々と呟くフェイに、瑠璃華も思案気味に呟く。

クァン「まさか、片腕を持っていかれると思わなかったよ」

マリア「この模擬戦でどんどん腕あげてるじゃん、美月」

美月「………恐縮です」

 クァンとマリアからの賞賛に、美月は褒められ慣れていない事もあって顔を真っ赤にして恥ずかしそうに俯く。

明日美「最終的な勝利は紅組だったけれど、全体的な戦況では白組有利だった、と言えない事も無いわね」

 明日美はそんな様子を見渡しながら、どこか感慨深げに呟いた。

ほのか「確かに……エールとヴィクセンが撃墜された事で最終的な被害は白組が上回ってますけど、
    隊長機を除いた各メンバーの被害量の比較だと紅組の方が被害は上と言う事になりますね」

サクラ「戦況が五分で推移していたのは本條小隊長と藤枝隊長の戦闘くらいで、
    他は基本的に紅組側が優勢でしたからね」

 ほのかがそう思案げに漏らすと、サクラがその後を引き継いで言った。

 小破、中破、大破、撃墜の順に一から四の段階で数字を当て嵌めれば、
 白組は撃墜二と小破二で十、紅組は中破三と小破二で八となって被害は少なく見える。

 だが、隊長機同士の戦闘結果を除外した場合は白組は二、紅組は六と、実に三倍もの差となるのだ。

 ヴィクセンの撃墜の被害……被害度四を追加しても六対六と互角である。

クララ「けど、それって本條隊長とクルセイダーが圧倒的って事になるんじゃないかな?」

 しかし、サクラの隣で考え込んでいたクララがあっけらかんと言い放ち、空とレミィはがっくりと肩を竦めた。

 そう、三倍もの被害を一機でひっくり返したのは、他ならぬ臣一郎とクルセイダーだ。

 仲間達の十全な援護を最後まで活かし切れなかった事、
 しかも殆ど捨て身の戦法まで使ったと言うのに攻め切れなかった事は大きい。

 ちなみに、作戦が成功していれば発射直前にヴィクセンを切り離し、
 レミィ達には射撃有効範囲から離れてもらうつもりでいた。

 だが、予想以上に動く臣一郎とクルセイダーに翻弄されて、
 最後の切り離し前にヴィクセンが撃墜されてしまったのである。

臣一郎「だけど、本当にギリギリまで追い込まれたのは今回が初めてだ。
    朝霧副隊長もヴォルピ君もそんなに気を落とさないでくれ」

 気落ちした様子の空とレミィに、臣一郎は宥めるように言った。

 臣一郎の言葉は本心だ。

 クルセイダー……デザイアがアレックスの晩年に第二世代オリジナルギガンティックとして完成してから大凡四十年。

 いかなるイマジンもギガンティックも、起動中のクルセイダーに中破以上の手傷を負わせた事は無い。

 それは先々代の一征、先代の勇一郎から一貫してだ。

 クルセイダーが大きな損傷を負ったのは、
 60年事件のパレード中、起動前に集中攻撃と絨毯爆撃を受けたただ一回だけである。

 正に“無敵の衛士”だ。

 そのクルセイダーを相手にほぼ一対一で肉迫し、中破まで追い込んだ上、
 奥の手のブラッド・プリズンまで発動させたとなれば大金星と言って差し支えない。
437 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:39:23.85 ID:td6LGtrLo
美月「ソラ、レミィ、どんまい、です」

 美月も落ち込む二人を励まそうと両手に握り拳を作って、大人しい彼女なりに精一杯力強く言った。

 こちらは特に根拠無く、単に励ましたいだけだろう。

明日美「二人の言う通り、そこまで落ち込む事もないわ」

 明日美は不意に立ち上がってそう言うと、さらに続ける。

明日美「今回の合同訓練に於いて、あなた自身の総合戦績は決して恥じるようなモノではないわ」

クララ「実際、三日間の行程で空ちゃんの戦績は茜ちゃんと並んで個人三位だしねぇ」

 落ち着いた様子で言った明日美の言葉を補足するように、クララがあっけらかんと言った。

 一対一の個人戦リーグに於いて、上位は臣一郎、風華、そして空と茜の四人だ。

 そこから下にクァン、レミィ、美月、フェイ、瑠璃華、マリアと続く。

 他のメンバーの中では、個人成績で振るわなかったとしても紅白戦では大きく貢献している者もいる。

 空は基本的に臣一郎とは違うチームなるよう、明日美が意図的に振り分けていたため、
 団体戦での戦績が振るわなかった事もあって、そこが気になっているのだろう。

 個人・団体の総合で言えば、空の順位は九位と言った所だが、
 これも基本的に臣一郎が意図してマッチアップしていたためだ。

 団体戦の度に撃墜、或いは大破していれば総合成績が振るわないのも無理は無い。

 だが、副隊長……指揮官としての責任感がその低い成績に納得できないのは、また別の話である。

 先ほどの紅白戦も、レミィ自身が庇ってくれた事とは言え、
 結果的に彼女を犠牲にしてしまったのも悔やまれる一因だ。

臣一郎「副隊長としての責任感があるのは良い事だ。
    けれどそれだけに囚われるのも良くない事だよ」

 空のその辺りの気持ちを察してか、臣一郎は窘めるように言った。

 実際、自分が空の立場ならば落ち込まずにいるのも難しい。

空「本條隊長……」

臣一郎「僕も今の役職について数年だが、それでも色々と見えて来た事もある」

 怪訝そうな空に、臣一郎は言い聞かせるように語りかけ、さらに続ける。

臣一郎「隊長と言うのは大きく分けて二つのタイプに分類される。
    一方は君のお姉さんのように仲間達を引っ張って行くタイプ、
    もう一方は仲間にもり立ててもらうタイプだ」

空「引っ張って行くタイプと、もり立ててもらうタイプ……」

 臣一郎の言葉を反芻しながら、空は考え込む。

 確かに、仲間達の様子や生前の姉の様子を見聞きする限り、亡き姉は仲間達を引っ張って行くタイプだったに違いない。

 自分も、確かな実力と統率力に裏打ちされるかのような、そのタイプに憧れがある。

 臣一郎も恐らくはそのタイプであろう。

 だが――

臣一郎「僕は典型的な後者のタイプでね……」

空「えっ!?」

 ――臣一郎からの思わぬ一言に、空は素っ頓狂な声を上げてしまった。
438 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:40:06.31 ID:td6LGtrLo
 空の反応が予想通りだったのか、臣一郎は苦笑いを浮かべてさらに続ける。

臣一郎「考えてもみてくれ。
    機体は確かに強いが、その性能を十分に発揮するためには、
    ブラッド貯蔵施設を埋設している皇居正門から離れられないんだ」

 臣一郎はそう言って肩を竦めた。

 無敵に見えるE.B.G.Sも、絶えずブラッドを供給できなければ機体が動作不能に陥ってしまう。

 その上、貯蔵施設は規模が大きければ維持費も膨大で、幾つも増設するワケにはいかない。

 結果的にクルセイダーは正門前から動けないギガンティックとなってしまっているのだ。

臣一郎「まあ、普段から置物同然だからね……。
    だからこそ部下達や妹達に頑張って貰っているワケで、
    回りにもり立てて貰わないと僕は隊長としてはやっていけないんだよ」

風華「私も、みんなにもり立てて貰わないと駄目な方かなぁ」

 苦笑いを浮かべた臣一郎に続いて、風華が肩を竦めて呟く。

 確かに、ギガンティック機関の前線部隊は風華と空を中心に纏まっているが、
 どちらかと言うと仲間達が風華と空を隊長・副隊長としてもり立ててくれている部分が大きい。

臣一郎「僕も仲間を引っ張るタイプの隊長には憧れるが、
    そうやって自分に合わない事を目指すのは努力とは違うんだ」

空「努力とは違う……?」

 窘めるような臣一郎に、空は訝しげに訪ねる。

臣一郎「なりたい物を目指すのは努力ではあるんだ。
    だけど……自分に出来ない、自分だけでは出来ない事に自分の力だけで立ち向かうのは違うんだよ」

茜(耳が痛いな……)

 兄の言葉を聞き、一人で抱え込んで憎しみに囚われていたかつての自分を思い出し、
 茜は肩を竦めた。

 そして、それは空も同じだ。

空「自分だけでは出来ない事……」

 空はその言葉を反芻しながら、確かに、と納得する。

 一人で抱え込んでは耐えきれなくなり、親友達や仲間達に幾度も迷惑をかけた。

 だが、今は少しづつでも成長しているつもりだ。

 それでもまだ、他人から見れば自分は背負い込み過ぎなのだろう。

 となれば、これは自分の性分だ。

 三つ子の魂百迄と言うが、持って生まれた、物心つくまでに培った性分と言う物は早々治るものでもない。

 難しい物だ、と空が唸っていると臣一郎が苦笑いを浮かべた。

臣一郎「あまり難しく考え込む事でもないよ……。
    答はいつだって見えていないだけで、案外、既に自分の中にあるものだ」

空「見えていないだけで、自分の中に……」

 空は三度、臣一郎の言葉を反芻すると、自らの胸に手を当てる。

 答は自分の中にある、と言う感覚は分からないでもない。

 事実、昨年末に荒れていた時も、自分の中にある答を見出せたからこそ、今もこうしてここにいられるのだ。

 今回も、そうやって自分の中にある物で見出して行くべき、と言う事だろうか?

臣一郎「自分自身や仲間達と向き合って行く内に、自然と分かる物さ」

 まだ悩んでいる様子の空に、臣一郎はそう言って爽やかな笑みを浮かべた。

 風華も穏やかに微笑んでいる所を見ると、どうやら彼女は自分自身の答えは既に見付かっているようだ。
439 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:40:53.24 ID:td6LGtrLo
風華「明後日からしばらくは派遣任務もあるし……改めて自分自身と向き合うチャンスなんじゃないかしら?」

 風華は柔らかな笑顔のまま、そんな提案を持ち掛けた。

 派遣任務……件の軟体生物型イマジンがメガフロート各地に産み落として行った卵の探索と処分の事だ。

 もう一ヶ月も前になる卵嚢群発見など記憶に新しい所だろう。

 美月が加わった事で班編制も改められ、本来ならばクァンとマリアが二回連続で遠征に行く予定だったが、
 今回は空と美月の班とレミィとフェイの班が遠征に行く事になっていた。

 本部に五人のドライバーが残る事で即応力も以前とは段違いだし、
 何より、ヴィクセンとアルバトロスの性能が向上した事によって前述のような新編成も可能だ。

美月「ソラと一緒に頑張ります」

 美月は、派遣任務とは言え初めての出撃と言う事もあり、どこか熱の篭もった様子で言う。

 ふんす、と言う鼻息まで聞こえて来そうな気合の入れ様だ。

茜「そうか……しばらくは離れ離れになるんだな」

 だが、そんな気合十分と言った美月とは逆に、茜は少し寂しげな表情を浮かべた。

美月「あ……」

 美月もその事に気付くと、空と茜を交互に見遣る。

 その動きは次第に早くなり、表情もみるみる内に曇って行く。

 道具としての扱いばかりを受けて来た生活から、改めて人間らしい扱いをされる生活と環境の中で、
 急速にあるべき表情と感情を取り戻しつつある美月は、それまでの反動もあってか、
 とても繊細で寂しがりの甘えたがりな本性が表れつつあった。

 泣き出しそうな表情で空と茜を交互に見遣っているのは、どちらか一方と離される寂しさもあるが、
 だからと言ってどちらか一方を選ぶ事も出来ないジレンマに苛まれているのだ。

 難儀な物である。

瑠璃華「美月、美月〜」

 そんな美月の様子を見かねてか、瑠璃華が手招きで彼女を呼ぶ。

美月「?」

 困った表情のまま首を傾げた美月は、トボトボと瑠璃華の元に歩み寄る。

 だが、瑠璃華は少し悪戯っ子のような表情を浮かべると、そんな美月の耳元で何事かを囁く。

瑠璃華「………? 成分? 補給? それは何ですか、ルリカお姉さん?」

 瑠璃華の言葉に美月は、キョトンとした様子で首を傾げた。

 ルリカお姉さん……美月は同計画で生まれた直接の姉である瑠璃華をそう呼んでいた。

 と言うより、瑠璃華が胸を張って姉として名乗り出たため、そう呼ばされていたとも言うが……。

 まあ、同じ人物同士から提供された卵子と精子をベースに使っているのだから、
 美月にだけ著しい遺伝子調整が為されていても、二人は間違いなく姉妹である。

 閑話休題。

瑠璃華「細かい事は気にしなくていいから、言われた通りにやってみるといいぞ」

 キョトンとした様子の妹に、瑠璃華は悪戯っ子の笑みを浮かべたまま、美月を茜の方に向けて歩かせた。

マリア「………ああ、そう言う事」

 途中、瑠璃華の企みに気付いたらしいマリアが、一瞬噴き出しそうな表情を浮かべた後、
 瑠璃華と同じくニンマリとした笑みを浮かべる。

 そして――
440 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:41:39.12 ID:td6LGtrLo
美月「アカネ……」

茜「ん? ど、どうした?」

 改まった様子の美月に、茜はどこか緊張した様子で返す。

 すると、不意に美月は茜の胸に顔を埋めるように抱きついてきた。

茜「み、み、美月!?」

 突然の美月からの抱擁に、茜は驚きの声を上げる。

 だが、美月は構わず、頬ずりを始めた。

茜「ふおぉぁぁぁぁ………!?」

 友人の突如の大胆な行動に、その原因が瑠璃華にある事も忘れて茜は素っ頓狂な声を上げてしまう。

 ドライバーの正式な装備とは言え、身体のラインがはっきりと出るインナースーツを着た
 少女と幼い少女が密着している様と言うのは、なかなかどうして目のやり場に困る物だ。

 臣一郎は妹とその友人の様を微笑ましそうに見ているが、クァンなどは慌てて目を逸らしている。

美月「えっと……一ヶ月分のアカネ成分を補給しますから、
   アカネも一ヶ月分の私成分を補給してください?」

 美月は思い出すようにそう言って、どこか恥ずかしそうな上目遣いで言った。

レミィ「純粋な子供に何を吹き込んでいるんだ、お前は?」

 レミィは心底呆れた様子で言って、ジト目で瑠璃華を見遣る。

 当の瑠璃華はどこか自慢げな様子で胸を張っており、レミィの呆れの視線など何処吹く風と言った様子だ。

茜「る、瑠璃華ぁっ! 美月に妙な事を教えると怒るからなぁっ!」

フェイ「本條小隊長、譲羽隊員を抱き締めながら仰っても説得力がありません」

 怒声を張り上げた茜だが、フェイの言葉通り、
 頬ずりを続ける美月を抱き締めながらでは説得力など皆無である。

臣一郎「いや……本当に妹が明るくなってくれて僕も嬉しいよ」

空「あ、あの、本條隊長? 茜さん、あっちですよ?」

 凍り付いたように微動だにしない笑顔を向けてしみじみと語る臣一郎に、
 空はたじろぐように返す他なかった。

 その臣一郎の傍らでは、どうしたらいいものかと風華が慌てふためいている。

 最早、どんちゃん騒ぎの様相を呈して来た。

クララ「途中まではいい話っぽい感じだったんだけどなぁ……」

サクラ「何だか、もう収集がつかない雰囲気ですね」

 空達の様子を傍目に見ていたクララとサクラは、顔を見合わせて肩を竦める。
441 : ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2015/07/19(日) 20:42:17.83 ID:td6LGtrLo
 一方、明日美はと言えば、この収集のつきそうにないどんちゃん騒ぎを、
 どこか目を細めるようにして眺めていた。

ほのか「司令、注意しなくても宜しいんですか?」

明日美「一通りの演習が終わったのだから……今は殆どオフのような物よ。
    羽目を外しすぎないならメリハリも必要でしょう」

 ほのかが怪訝そうに尋ねると、明日美は穏やかな様子でそう答えた。

 そして、さらに続ける。

明日美「……それにしても十人も揃うと賑やかね」

クララ「それは……まあ若い子が多いですからねぇ」

 感慨深く呟く明日美に、クララは空達を見渡しながら返した。

 クララも今年でまだ二十四と若いが、年上なのは今年で二十五の臣一郎だけで、
 他はみな年下ばかり……大半は十代だ。

 自分よりも長く機関に所属しているドライバーもいるので忘れがちだが、
 十代半ばの少年少女が命がけで戦っていると思えば、こうしてオンオフの切り替えるのも重要なのだろう。

 だが、明日美の言葉の真意は別にあった。

 彼女が現役のドライバーだった頃は、自分を含めてたったの五人しかドライバーがいなかったのだ。

 それも、常にロイヤルガードの責務として皇居正門にいなければならない勇一郎を除けば四人だけ。

 たった四人で残った人類を守らなければならなかった緊張の度合いを思い返せば、
 多くの仲間達と支え合い、笑顔まで見せてくれる今の若い世代が、羨ましくも眩しく写るのである。

 そして、それは幼き頃に憧れた亡き母達……旧対テロ特務部隊への憧憬に似た感覚でもあっただろう。

ほのか「さて、と……じゃあ私達はみんなが骨休めをしている間に、気合を入れて今回の模擬戦データを纏めましょう。
    クララも今回分のフィードバックお願いね」

サクラ「はい、主任」

クララ「は〜い、チャチャッと終わらせちゃいましょ」

 ほのかの提案にサクラとクララは笑みを交えて頷き、三人は今回の模擬戦で得られたデータの分析を始めた。

明日美(そろそろ、次のチーフ候補の選定かしら、ね……)

 明日美は横目で三人の様子を頼もしげに見遣ると、そう胸中で独りごちる。

 そして、再び空達に視線を向けると、ようやく落ち着きを取り戻して来たのか、
 談笑混じりの模擬戦の講評に戻りつつあった。


 このロイヤルガードとの合同演習が終わった二日後、空達はそれぞれの派遣先へと出発して行った。
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